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2012年10月10日 (水)

児童合唱、混声合唱、ピアノとオーケストラのコラボレーション

『認定NPO法人おんがくの共同作業場』が主催する、東日本大震災復興支援のコンサート『児童合唱、混声合唱、ピアノとオーケストラのコラボレーション』が、10月8日に、八王子の『オリンパスホール』で開催され、梅爺、梅婆は出かけました。 

梅爺の大学時代からの合唱仲間の畏友Uさんと奥さまが、『モーツァルトのレクイエム』の混声合唱のメンバーとして、このコンサートに出演なさるのを拝聴するのが主目的でしたが、以下のプログラムを全て堪能しました。 

(1)『こどもたちのための交響歌』(慈恩玲乃作曲)
(2)ピアノ協奏曲第五番『皇帝』(ベートーベン作曲)
(3)『レクイエム』(モーツァルト作曲)
  

管弦楽 オラトリオ・シンフォニカJAPAN
指揮  ジェフェリー・リンク
 

開幕前の『ウェイティング演奏』として、『FCT郡山(福島)少年少女合唱団』の演奏があり、その見事なコーラスに梅爺は驚きました。梅爺は自分が『男声合唱』を今でも続けていることもあり、コーラスには辛口な批評をする方ですが、この合唱団には心服しました。地元の民放局(福島中央テレビ)の専属合唱団で、オーデション等を経て厳選した子供たちなのでしょうが、それにしても、『発声法』『日本語の発音』『ハーモニー』『リズム』のいずれも見事でした。優れた指導者がおられるのでしょう。日本中の子供たちが『AKB48』のような『幼い地声』で歌うようになってしまうと、『合唱』は成り立ちません。 

(1)『こどもたちのための交響歌』は、日本や外国の有名な子供の歌を、合唱曲にアレンジしたもので、『FCT郡山少年少女合唱団』に、『オーケストラとうたう子供合唱団』や、三鷹、八王子、町田の小学校の合唱団が加わった、大規模な『少年少女合唱団』とオーケストラの共演でした。 

梅爺は歳をとって、涙もろくなり、このような清純な歌声を聴いただけで、直ぐに感動してしまいます。演奏の達成感、満足感を体験した子供たちは、きっと大人になっても音楽を愛するに違いありません。音楽を愛する心は『いじめ』などとは無縁です。明治政府が、初等教育に『音楽』や『図工』を必須科目として組み込んだ功績は多大で、日本人の精神世界に大きな影響を及ぼしています。アメリカは、教育予算が捻出できないという理由で、初等教育の『情操教育』は必須科目ではありません。イラクやアフガニスタンで膨大な戦費を使いながら、国家の将来にとって最も重要なことに先行投資をしていないわけですから、本末転倒も甚だしいと云わざるを得ません。今回の指揮者ジェフェリー・リンク氏はアメリカ人ですから、日本を羨ましく思ったのではないでしょうか。 

日本各地には、『合唱コンクール』への入賞を目指してがんばる、沢山の小中高等学校の『合唱団』があります。大人の合唱団も、企業の合唱団、大学のOB合唱団や、市民合唱団、ママさんコーラスなど数え切れないほどの人たちが、日常的に『合唱』を体験しています。その数の多さや、総合的なレベルの高さを考えると、日本は世界の中でも屈指の『合唱大国』です。今回のプログラムの『モーツァルトのレクイエム』は、ラテン語の宗教曲で、決して易しい曲ではありませんが、プロのソリスト(独唱者)を除いては、アマチュアの合唱団がこれを見事に歌い上げるわけですから、外国人からみれば、驚くべきことです。梅爺は日本人として、合唱を愛する人間として大変誇らしく感じます。

(2)のピアノ協奏曲第五番『皇帝』(ベートーベン)は、予定していたピアニストの太田太郎氏が体調不良で、急遽白石光隆氏が、代役を務めましたが、見事な演奏でした。このようなことが可能になるのも、日本の音楽の総合レベルが高いことの証左です。『皇帝』という名称はベートーベンが付けたものではなく、後の人が付けた呼び名ですが、由来は諸説あってはっきりしていません。

(3)『レクイエム(モーツァルト)』は、死者を悼むカトリックのミサ曲ですが、日本では多くの合唱団(混声合唱団)が好んで演奏する曲です。必ずしも、キリスト教文化を基盤としない日本で、しかもラテン語で歌われるわけですから、これも、外国人には、不思議にみえるかもしれません。モーツァルトの晩年の作品で、未完でしたが、弟子の補筆で完成し、今では『三大レクイエム(モ-ツァルト、ベルディ、フォーレ)』の一つと言われています。モーツァルトは、その言動から、決して信仰深い人であったとは言えませんが、見事な宗教曲を作ってしまうところは『天才』というほかありません。日本人を魅了するのは、純粋に音楽としての完成度の高さからなのでしょう。

楽しい演奏会を満喫し帰宅しました。

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