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2012年10月30日 (火)

イスラームによる国家統治(4)

梅爺は『イスラーム圏』の国家統治の基本は『神主主義』ではないかと、このタイトルのブログの最初に書きましたが、これは誤解を生ずるかもしれません。第一次世界大戦で敗北し崩壊した『オスマントルコ帝国』の時代までは、『イスラーム圏は神主主義』といえるかもしれませんが、それ以降現在に至るまでの『イスラーム圏』は、一律に論ずることが難しい状況に変貌しているからです。しかし、表面は変わっても、根底に『神主主義』が存在することを見落としてはいけないような気がします。

『イスラーム圏』も世界の政治、経済とは無関係には国家維持ができなくなり、『グローバリズム(経済、情報共有文化)』の影響は一段と色濃くなりつつあることが、表面的な多様さの背景です。

最初に『神主主義』を大胆に破棄しようとしたのが『トルコ』です。第一次世界大戦で『オスマントルコ帝国』は敗北し、国土は西欧戦勝国に分割配分されそうになりました。この時『アタチュルク(ケマル・パシャ)』が立ち上がり、西欧諸国に対抗し、ついに『トルコ共和国』としての独立を勝ち取り、国家滅亡の危機を救いました。

『アタチュルコ』が行った政治改革は、『世俗主義』などと呼ばれますが、内実はよくもここまでやれたものだと梅爺が感嘆する位徹底した『イスラーム神主主義』の排除でした。宗教裁判、神学校などは廃止になり、言語表記もアラビヤ語表記からアルファベット表記に切り替えました。当然学校教育は、『ムハンマド』より『アタチュルク』を礼賛する内容に変えられました。短期間の大改革には、手段としてリーダーの『神格化』が必要ということなのかもしれません。全てを『西欧化』することが、国家維持の前提と考えたのは日本の『明治維新』と共通です。『明治維新』でも政府は『廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)』などで『宗教』への介入を行いましたが、『トルコ』ほど国家にとっての最大課題ではありませんでした。

一人の人間の強い改革意思が、1000年以上の『慣性』をもつ、宗教文化基盤を変えられるのかという視点で見れば、『トルコ共和国』建国時の状況は非常に興味深いものです。国家滅亡という危機でもあったためか国民は、表向きはこの改革を受け容れ、今日に至っています。勿論、あまりにも過激な改革に反対し『アタチュルク暗殺』を企てるような動きもありましたが、『アタチュルク』はこれらを反逆者として徹底弾圧し、『自分がトルコだ』とまで言い切りました。

『トルコ』は、西欧民主主義に近い政治体制の『イスラーム圏国家』ですが、今でも選挙のたびに、『世俗主義』と、『イスラーム』を重視する『反世俗主義』の争いが繰り広げられています。

今後『イスラーム圏国家』の民主化があるとすれば、『トルコ』のような『強引な民主化』は例外で、多くの国家は『民意』でそれを選択する方式が採られるものと思います。しかし、これにはどうしても『イスラーム』の一部を否定する必要(矛盾)が生じるために、どう考えてもスンナリ行きそうな気がしません。少なくとも短期間に民主主義国家に生まれ変わるなどということはないと推測できます。

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