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2012年10月20日 (土)

冤罪事件は何故起きるのか(3)

岩永氏の論理的な説明は以下のように続きます。

先ず、裁判における『判決の質』は、法廷に提出される『証拠の質』と、『証拠』を基に裁判官、裁判員が行う『事実認定の質』に依存することになります。

日本の刑事裁判では、検察側が捜査権を用いて、集めた『証拠』が主として用いられますので、昨日も書いたように、『検察側の恣意』がそこに潜む可能性が高いことになります。別の云い方をすれば、『証拠の質』に問題があるということになります。検察側が『提出しなかった証拠』を、被告人や弁護側は見ることができない(見る権利がない)などの、不公平も生じます。

裁判官、裁判員が行う『事実認定』は、方法論としては『論理則』と『経験則』で行われます。平たく云ってしまえば『頭がよく、社会経験も豊富な人』という資質が求められます。裁判官は、法律知識に詳しく、論理思考ができる頭脳の持ち主であっても、社会経験は豊かとは言えないという弊害を是正するために、法律知識を持たない一般市民の『経験則』を利用する『裁判員制度』が導入されましたが、『判決』内容には必ず裁判官の意見も反映するようなしくみ(変則的多数決制度)になっていますので、最後に裁判員の『経験則』は否定されてしまう可能性が残ります。

『自白』は『事実認定』には有力なものですので、容疑者を『人質』状態にして、『心理的、肉体的な拷問』に近い方法で訊問したり、『直接証拠』を形成するための誘導尋問が行われたりする問題も生じます。『訊問』の状況をビデオテープに収録して、『可視化』しようなどという議論もありますが、なんとなく梅爺には対処療法の感じがします。

この日本の裁判の問題を考え直す手掛かりの一つとして、岩永氏は、アメリカの『ディスカバリー』という制度を紹介されました。『ディスカバリー』は、事実審理の準備のために、被告人や弁護士が、『証拠』を収集するための手続きで、『権利』として法的に保証されています。

梅爺は、アメリカ人作家のジョン・グリシャムの『法廷』に関る小説を読み、弁護士が行う『Interogatories(質問)』や『Deposition(証言録取)』という英単語は承知していましたが、これらが『ディスカバリー』の一環として認められている法的権利であることを、岩永氏の説明で初めて理解できました。

アメリカの『ディスカバリー』制度をそのまま日本へ導入するには、弁護士の再教育、コスト負担などいくつかの課題を克服しなければなりません。ただ、日本の裁判における『証拠の質』を高める改善努力や、そのための議論は重要であると認識しました。

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