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2012年3月11日 (日)

ドキュメンタリー番組『なぜ人間になれたのか』(7)

シリーズ4回目(最終回)は、テーマが『お金(マネー)』でした。実経済が生みだすモノやサービスの付加価値を等価交換するマネーではなく、複雑怪奇化した国際金融システムの上で、実経済からは遊離した『金融商品』を操り、手に汗せずに才覚だけで際限なく『儲け』を得ようと言う人たちが横行するようになった現代社会は、マネーに翻弄されてしまっています。一部の人たちが考え出した『悪知恵』が破綻し、世界中の人たちの資産が、瞬時に目減りしても、システムの複雑さと巧妙な手口のために、誰が悪いのか責任が曖昧で、結局社会全体で『損』を引きうけることになるという、何とも釈然としないことが起きています。

勿論『マネー』が悪いわけではなく、人間の欲望が生みだす『悪知恵』が根源で、国際金融システムと情報通信技術(IT)の合体が、『悪知恵』を支える手段になっています。

『マネー』は、『文字』同様に人類が考え出した見事な『しくみ』であり、『マネー』が文明推進に大きな役割を果たしたであろうことは、この番組を観なくても想像ができることでしたが、具体的に、『いつ』『どこで』『なにが』『どのように』使われたのかを解説してもらって、経済音痴の梅爺も『なるほど』と理解が進みました。6000年前のメソポタミアで、『小麦』を通貨とするシステムが始まり、古代ギリシャのアテナイで『銀貨』が誕生し、古代ローマ帝国時代の広域で『コイン(マネー)』が共通概念になったという話でした。

当初の『マネー』は、小麦、塩、羊など実際の価値が当事者間で合意できるもので、ギリシャの『銀貨』までは純度の高い銀を用いて、この考え方が継承されましたが、ローマ帝国では、『マネー』が信用保証の対象としての立場を確立したことを逆手(さかて)にとって、銀含有量を極度に減らしたコインをつくり、『銀貨』として通用させました。実際には価値の無いものを『価値あるもの』と保証するというトリックのような話で、これならいくらでもコインの発行が可能になります。このしくみは現代でも『紙幣』というかたちで継承されています。日本の1万円札も原価は、数10円程度ではないでしょうか。現在、世界中で一日に印刷される『紙幣』は、8兆円規模と言うことでした。

梅爺がこの番組を観て、一番興味をそそられたのは、『マネー』という概念を保有して、人間の『脳』の活動がどのように変化したかということでした。

人間のあらゆる行為は、『どうしたら自分がより安泰に生きていけるか』を追求することに帰着し、複雑な『政治』『経済』のしくみも、元はと言えばこれが原点です。矛盾するように見えますが『殺し合い』『戦争』もこれで起こります。『マネー』のしくみも当然この目的で考え出されました。

『マネー』の概念のない原始社会で、不安定なその日暮らしをしていた人たちは、群で全てを『分かち合う』という共産社会を『安泰』の基盤にしていました。『一人占めしたい』という欲望は、群の『安泰』のために抑制されていたことになります。しかし『マネー』の概念を知ると、『他人より多く蓄財して将来に備える』という『夢』や『群よりは自分だけを優先する』という欲望が、抑制できないほどに大きくなったとこの番組は解説していました。ある意味で『マネー』は群から個人を解放する手段になったということなのでしょう。

『マネー』は、『都市』『権力者』を作り出し、『専門の職業』が生まれて、一気に文明を開花させる原動力になりましたが、一方で『格差』や『争い』を生みだすことになりました。『マネー』は人類を豊かにもしましたが、一方『不幸』にも追いやることになり、『どうしたら適度なバランスがとれるのか』については、現代でも『回答』が見つかっていません。

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