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2012年3月 9日 (金)

ドキュメンタリー番組『なぜ人間になれたのか』(5)

4回にわたって放映されたこのドキュメンタリー番組の『第2回目』を梅爺は、見落としましたが、山崎次郎さんが、ブログ『おゆみ野四季の道(新)』に詳しい論評を記載してくださったために、梅爺は、内容を想像することができました。

現生人類は、生き残り、繁栄のために数々の『道具』を創り出してきましたが、中でも『投擲型武器』を考え出したことが、生き残りにもっとも寄与したという説明であったらしいと理解しました。

後に『投擲型武器』は進化して、『弓矢』や火薬を利用した『飛び道具(鉄砲、大砲)』になったと考えられますは、原始的な『投擲型武器』は、『槍』や『ブーメラン』のようなものであったと推察できます。

現生人類が進出する前のヨーロッパの先住人類『ネアンデルタール人』が絶滅し(約3万年位前)、新しく進出した現生人類のみが生き残ったのは、『投擲型武器』を『持っていない』『持っている』の違いが原因である、というこの番組の説明は『本当かな?』と山崎さんは、疑念を表明しておられます。梅爺も、『仮説』であるにせよ、少々強引な説明のように感じます。

人類種として『旧人』に属する『ネアンデルタール人』が、『何故絶滅したのか』は、考古学的にはっきりは分かっているわけではありません。発掘された骨から、『ネアンデルタール人』は、体格はむしろ現生人類より大柄で頑健であり、『脳』の容量も現生人類と大差ないことが分かっています。『脳』の容量だけで、その知脳レベルを比較するのは危険であるにせよ、知能が現生人類にくらべて『格段に劣っていた』とは考えにくいように思います。

仮に、後から進出してきた現生人類が、新式の『投擲型武器』を使っていることを『ネアンデルタール人』が知ったら(見たら)、すぐにそれを真似するようになったのではないでしょうか。『真似することを思いつくほどの知能をもっていなかった』、つまり『大きな知能差があった』とは考えにくいように思うからです。だいたい『石を投げる』などの『投擲行為』は、『旧人』以前の『原人』レベルでも思いつく行為ではないでしょうか。

番組では、現生人類は『投擲型武器』を利用して、自分の身を危険にさらさずに、狩りで獰猛な大型動物をし止めたり、すばしこい小型動物や、鳥なども食糧(獲物)にしたために『生き残れた』という説明があったようですが、『ネアンデルタール人』が、こん棒のような武器だけを振りまわし、小型動物には眼もくれずに、危険を伴う大型動物だけを狩りの対象として、ついに獲物の数も減ってしまったために、自らも絶滅の道を歩むことになった、という説明は説得性が乏しいと感じます。動物でも人間でも、空腹になれば、周囲の食べられるものは何でも食べるのではないでしょうか。『ネアンデルタール人』が、小型動物に眼もくれずに、絶滅したとは思えません。

『ネアンデルタール人』と『現生人類』の関係は、日本における『縄文人』と『弥生人』の関係と同じで、先住民が絶滅したのではなく、後から進出してきた人たちとの交雑で、『同化』してしまったのではないかと、梅爺は勝手に推測しています。『ネアンデルタール人』と『現生人類』は、交雑が可能である程度の近い『種』の関係であった、という前提です。現在のヨーロッパ人の金髪、白い肌などの外見的な特徴はは『ネアンデルタール人』から受け継がれているのではないでしょうか。最近、『ネアンデルタール人』のDNAが数%、現在のヨーロッパ人に継承されているというドイツの科学者の報告があり、梅爺は意を強めています。

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