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2011年12月27日 (火)

先史人侮りがたし(1)

文字で書かれた史跡が発見されない昔を、私たちは『先史時代』と呼びます。現生人類が文字を発明したのはいつかは、特定が難しいことになりますので、いつの時点からが『先史時代』なのかも判然としません。地球上の場所によっても『先史時代』の定義は異なってきます。日本の『先史時代』は、エジプトや中国の『先史時代』と同じではありません。一般論では、5~6千年前以前が人類共通の『先史時代』ということになるのでしょうか。

文字は記号(コード)であり、話し言葉の文脈、内容を忠実に記録、再生できる手段と私たちは受け止めますが、表音文字を持たない時代の『絵』『模様』『彫刻』『建造物』には、一種の『表意機能』があったのではないかとも考えられます。イングランドの『ストーン・ヘンジ』、アイルランドの『ニューグレンジ』などの遺跡は、現代人には『謎』ですが、その時代の人たちやコミュニティでは、『誰もが知っている共通の意味』が存在していたことは間違いありません。先史人が世界中の洞窟内部の壁に残した『壁画』も、『人物』『手形』『動物』『異形の生物(神?)』『紋様』などが共通モチーフですが、単なる暇つぶしに描かれた『お絵かき』ではなく、絵を見ただけで、当時の人たちは『共通の意味』を読み取っていたとも考えられます。

つまり、『絵』や『造形物』には、広い意味で『文字』と同様に、コミュニティにおける『意味の共有』を実現する機能があったと考えられます。『グループの絆の確認手段』でもあり、共有する『精神世界』の表現でもあったのではないかと推測できます。

文字を持たない時代の人たちは『野蛮人』であったと、現代人の私たちが優越感で単純に決めつけるのは危険なような気がします。確かに現代人のような『知識』をもってはいませんが、その時代の知識をもとに、『推測する』『推論する』などの脳の基本機能は、現代人となんら変わらないようにも見えます。『知識』が少ないとはいえ、太陽、月、星を観測して知っていた天体に関する知識、建造物や船をつくる知識、食べ物や薬物に関する知識は、想像以上であったことが、最近の考古学の研究で判明してきています。

遺跡を残した『先史人』は、せいぜい数万年から数千年程度以前の人たちですから、人類種の数百万年に及ぶ長い歴史の中では、相対的に『つい最近』の話で、当時の人たちの『脳』は、ほぼ現代人と同じ程度に進化していたと考えるほうが自然です。『先史人侮りがたし』と梅爺が考える所以(ゆえん)です。

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