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2011年12月31日 (土)

先史人侮りがたし(5)

アイルランドの『ニューグレンジ』の東を向く正面や西を向く裏面に置かれた礎石壁面には『渦巻の紋様』が彫られています。『渦巻の紋様』は、蚊取り線香のような文様で、日本の『唐草紋様』にも似ています。『渦巻の紋様』は、ニューグレンジより1万年以上前の先史人が残した、世界各地の洞窟壁画にも頻繁に登場する共通の『紋様』で、単なる美的紋様ではなく、当時の人々の宗教など、精神世界と関連があると推測されています。日本の縄文土器の紋様にも使われています。人間は、誰もが同じようなことを思いつき、考えるものだと言ってしまえば、それまでですが、何故『渦巻紋様』なのかは不思議です。

宗教の原点の一つは、アミニズムに代表される『周囲の自然に対する畏怖の念』であったと想像できますが、グラハム・ハンコックは、人間の脳が体感する『超自然現象(Supernatural)』もその一つではないかと推定しています。これについては前にブログで紹介しました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_82a5.html

単調なリズムの繰り返し、連続した激しい踊り、麻薬となる薬草の服用などで、人間は『トランス(恍惚)状態』に陥ることがあり、肉体と精神が遊離した感覚を体験すると云われています。この世とは思えない不思議な世界の体験は、『神』や『死者の霊』との遭遇を思いつくきっかけになったというのが、グラハム・ハンコックの主張です。そう言われてみれば、仏教の木魚、イスラム教の一派の『メブラーナ教』の輪舞、アフリカや南米の呪術師の薬草服用など、宗教はこれを利用していることに思い当たります。『トランス状態』で人間が観る共通の紋様の一つが、明るい光の渦であると言われていますので、『渦巻の紋様』が精神世界の象徴であるという主張には一理があります。

『渦巻の紋様』はまた『繰り返し』の象徴でもあるように思えます。先史人にとっては、昼と夜の繰り返し(太陽の運行)、めぐる季節、月の満ち欠け、星座の動きなどの自然の摂理は、すべて『繰り返し』であり、そこに神秘な力が働いていると推定したのは、当然のことのように思います。

エジプトのファラオが、自分は星や太陽の化身であると主張して、『霊の不滅』『命の復活』を願ったことは、人間の『強欲』の象徴とも思えますが、自然の『繰り返し』を観ていれば、『自分の命も繰り返す』と信じたくなる気持ちもわからないではありません。『霊の不滅』『死後の世界の存在』『輪廻(りんね)』などは、世界の宗教に共通する考え方です。つまり推論能力を保有する人間が、実際には無いものを『在る』と推測し、それを語り伝えるようになるのは、自然の成り行きです。

先史人が『渦巻の紋様』の中に、不思議な力の本質を感じていたという主張には『そうかもしれない』と思わせるものがあります。繰り返しになりますが、現代人が先史人に比べて、人間として優れた能力をを保有しているように見えるのは、文明・科学で獲得した知識によるだけで、基本的な資質は変わっていないというのが梅爺の推測です。私たちも先史時代に生まれていれば、『渦巻の紋様』を、不思議な力の根源として崇めていたのではないでしょうか。

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