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2011年11月30日 (水)

パウロ・コエーリョ『The Winner Stands Alone』(1)

ポルトガルの世界的作家『パウロ・コエーリョ』の小説『The Winner Stands Alone』を英語のペーパーバック版で読みました。タイトルを直訳すれば『勝者は一人佇(たたず)む』というところでしょうか。

『The Alchemist(錬金術師)』を読んで以来、梅爺はすっかりパウロ・コエーリョのファンになって、『どうせなら読破してやろう』と、本屋で彼の作品が目に留まれば購入することにしています。『梅爺閑話』の左側にあるカテゴリ欄の『パウロ・コエーリョ』をクリックいただければ、今までに読んだ作品の感想をご覧いただけます。

『神とはなにか』『人の心の安らぎとはなにか』『愛とはなにか』など、普遍的なテーマを扱い、舞台設定、時代設定も奔放で、特に幻想的な『大人のための童話』のような物語の展開が梅爺の好みです。読後に、素晴らしい音楽や絵画に出会ったときのような余韻が残るのが、病みつきになる原因です。

しかし、今度読んだ『The Winner Stands Alone』は、今までとは全く異なり、読後に言い知れぬ『不安』や『恐怖』が残りました。この小説は、言ってみれば現代版の『ジキル博士とハイド氏』の物語で、外見上は、『立派な成功者』の中に潜む『狂気』がテーマになっています。

華やかな映画祭が行われているフランスのカンヌを舞台として、無差別の『連続殺人事件』が『狂気』の結果として起こります。警察や犯罪心理学者も登場しますが、この小説は『ミステリー、スリラー小説』ではありません。読者は『誰が犯人で、どのような手段で殺すか』は、読み進んで分かりますが『何故殺す必要があるのか』は、理解できずに戸惑います。殺しの動機は主人公の『狂気』であるからです。

梅爺がパウロ・コエーリョの作品として最初にこの小説に遭遇したら、他の作品も読んでみたいとは思わなかったでしょう。しかし、パウロ・コエーリョは、人間を基本的に暖かい視線でみつめる作家であることを梅爺は承知していますので、その彼が、何故一転して、冷たい『狂気』を描こうとしたのだろうかと考えさせられました。

『暖かい愛情』と『冷たい狂気』は、人間の中で紙一重であることを表現するために、容赦なく『冷たい狂気』だけを意図的に提示したのかもしれません。読後に『不安』や『恐怖』が残るのは、『あなたの中にも冷たい狂気が潜んでいるのではないですか』という問いかけを感ずるからなのでしょう。

人間は『限りなく善良でもあり、限りなく邪悪でもある』という矛盾を直視しようとすれば、このような小説が生まれるのでしょう。自分が善良であると疑いもなく信じ、『これは、異常な性格の犯罪者の物語で、自分とは関係が無い』と割り切れる人には、この小説は『異常犯罪小説』に過ぎません。

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2011年11月29日 (火)

開高健(6)

開高氏は、『自らの体験から得られたもので、自らの思考を創造する』ことに情熱を燃やした人です。自分で獲得した思考が、自分には最も得心がいくものであるからです。開高氏は、科学者ではありませんから、自分が創造した思考内容を、客観的に『正しい』と証明するような努力はしていませんし、それをしようとも思わなかったのではないでしょうか。こういう性格の人は、自分を安堵させようと『考えている』だけで、他人を説得することにはあまり関心を示しません。

『戦場に身を置いて考える』『食べてみて、旨いかどうかは自分で考える』『釣りの極意や醍醐味を体験して考える』など、その行動パターンは一貫しています。勿論万巻の書を読破した人に違いありませんが、それは『間接的に他人がつくりだした情報をそのまま取得する』ことが目的ではなく、読書は『自分の思考の素材を探す』ための格好の場所であったためではないかと推察できます。

この番組の中でも、開高氏は、釣りの合間の雑談で、色々なことに深い洞察を示す言葉を語っています。

『魚が、釣り針の餌やルアーに反応するのは、食欲だけではない。生物は自分のテリトリ意識(縄張り意識)を本能で持っていて、侵入者を排除しようとする。その証拠に、時に魚は腹に釣り針がささってあがってくる。これは体当たりで侵入者を排除しようとした証拠だ』

『日本の科学者は、西欧の科学者と異なり、神を背後に感じないで真実に迫ることができる。それは長所でもあるが、科学を畏れないのは短所でもある』

『文明国ほど自然がある。文明国の自然は、人間が関与した二次的な自然であるが故に絶滅しにくい。発展途上国の自然は、原始的なままの自然であり、何かの拍子に一気に絶滅に向かう恐れがある』

『人間が一歩前進すれば、自然は二歩後退する』

生物学者のようでもあり、『宗教と科学』『文明と自然』について語る社会・歴史学者のようでもあります。思想が、斬新な表現の文学として発酵してくるというのは、なんと素晴らしいことでしょう。梅爺が、心酔しているウンベルト・エーコ、パウロ・コエーリョと開高氏は共通しています。

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2011年11月28日 (月)

開高健(5)

2夜目の放送は、開高氏が、死の前年に、カナダ、バンクーバのケネル湖でおこなった野生の『ブラック・バス(Black Bass) 』釣りの様子でした。未開地での大物釣りを繰り返していた開高氏が、死を予感してか、最後に選んだのが、大物釣りとはいえない『ブラック・バス』であったのには、それなりの意味があるのでしょう。釣りに詳しくない梅爺には分からないことですが、『ブラック・バス』は警戒心が強く、それでいて攻撃的でもあり、『ルアー(疑似餌)』を微妙に操って釣るのは、釣り人の究極の『醍醐味』なのだそうです。

開高氏は、カナダ人のガイドで友人のボブさんと二人で小舟に乗り、連日朝から晩まで釣り続けます。時折襲ってくる背中の激痛に、悪態をつきながら耐えて、それでも釣りを続ける様子は、壮絶とも言えるものでした。別れ際に、開高氏はボブさんに、自分の腕時計を感謝をこめて贈ります。開高氏には、もうこの友人と会うことはないという覚悟があったのでしょう。ボブさんも今は亡き人ですが、奥さんは『腕時計は、夫の生涯の宝ものでした』と番組の中で語っていました。『一緒に釣る』ということは、単なる時間の共有ではなく、人生観の共有であり、深い友情が芽生える不思議な力を秘めているのでしょう。

釣りをしながら、開高氏は、『私は狩猟民族です』と、自分に言い聞かせるように呟きます。軽い冗談なのか、告白なのか、それとも願望のこもった真剣な本音なのか、想像するしかありませんが、開高氏の生き方は『狩猟民族』的であることは間違いありません。『明日は獲物が無くて飢えるかもしれない』という恐怖と背中合わせの中で『危険を冒して今と対峙(たいじ)する』ことが、『生きている』ことを実感することであり、それが情熱の根源であったのではないでしょうか。番組では、日本の若者に『狩猟民族になりなさい』と訴える開高氏のメッセージであるというような解説をしていましたが、梅爺はそうは思いません。開高氏は、自分の価値観を他人に押しつけがましく説教するつもりや、自分を弁解するつもりはなく、ただ、良し悪しとは関係なく『自分はこういう人間だ』と言っているだけのことではないでしょうか。ありのままに『自分を認める』ことは、できそうでできないことです。

梅爺のような臆病な人間は、テレビ、インターネット、本、新聞などという、他人が介在している『情報』を間接的に取得する『疑似体験』を、『体験』と勘違いしていますが、開高氏は、自分が直接体験する以外の『情報』を疑っていたのではないかと思います。安全な日本にいて『ベトナム戦争』を批判したり、論じたりするのではなく、直接戦場を体験して『ベトナム戦争』を自分の思考の対象にしようとしました。そして、自分の思考が煮詰まった時に、それを文章として吐きだしたのではないでしょうか。開高氏にとっては、『戦争』も『釣り』も、そして『食べること』も、全て直接体験して、思考の糧にするためのものであったに違いありません。

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2011年11月27日 (日)

開高健(4)

開高氏の驚くべき才能は、話している内容をそのまま文字にすれば、立派な『文章』になっているということです。人間の脳では、『話す』と『書く』は必ずしも同じ場所を利用しているわけではありません。梅爺は『ばらのはな』と話すことができても『薔薇の花』と漢字で正確に書くことはできません。モーツァルトの直筆の楽譜をみると、ほとんど修正したあとがないことから、先に頭の中で完全に音楽が出来上がっていたと考えられています。開高氏も、頭の中で事前に文章ができあがっていて、それを話しているとしか思えません。

まともな文章を書こうとすれば、『文法』『論理性』『美意識(リズム、語感など)』『表現様式(正確さ、面白さなど)』などを総合的に駆使する必要があります。『梅爺閑話』程度の駄文を書くにも、梅爺はそれなりのチェックをしながら対応しています。パーソナル・コンピュータのワード・プロセッサ機能を活用して、添削を繰り返しながら仕上げます。

話が逸れますが、ワード・プロセッサの出現で、『添削』が容易になったかわりに、原文がどのように変更されたかが分からなくなってしまいました。昔の作家の残されている直筆原稿をみると、添削箇所から、何故作家が変更しようとしたのかその理由をある程度推測することができます。文学研究者にとっては、これは貴重な情報です。梅爺の文章は、後々研究の対象にはなりませんので、ワード・プロセッサの短所は問題になりません。

開高氏の場合は、話す前に、内容の『総合チェック』が、瞬時に脳で行われていることが分かります。『頭の回転が速い』『頭が良い』人に共通する能力で、羨ましい限りです。これに比べれば『失言』を繰り返す政治家は、『頭が悪い』人ということになります。

もう一つ、梅爺が面白いと感じたのは、『開高氏は、よく一人で自問自答するように呟くことがあった』という関係者の証言です。自分で『仮説』をたてて、自らそれを検証しようとしているのではないかと想像できます。好奇心旺盛な人は、結果的に、次々と『仮説』を思いつきます。『仮説』ですから、正しいとは限りませんが、それはある意味どうでもよいことで、『仮説』を見つけ出すことに楽しみを見出していることになります。好奇心は、そのためのきっかけに過ぎません。

レベルはかなり違いますが、梅爺にも同様な性格があり、開高氏の好奇心と、それが引き金になっている言動内容は、ある程度理解することができ、共感することもできました。

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2011年11月26日 (土)

開高健(3)

食べることにも、人1倍の好奇心を示した開高氏は、セイント・ジョージ島で自らが釣り上げた80キログラムの『オヒョウ(Halibut)』を、日本から同行した料理人に命じて、34種の異なった料理にして食べました。最後には、90人分の刺身にして、嬉しそうに食べている様子が写真で紹介されました。『料理』や『美味の探究』は、開高氏にとっては『未知の探究』の一つであり、取り済ました『グルメ』とは一線を画するように思いました。開高氏の全ての言動は、『未知の探求への情熱』に集約できるような気がします。

食べ物に関する文章も沢山残していますが、『えも言われぬ美味しさ』などという、ありきたりの表現を一切自らに禁じて、独自の表現を探究しながら書いたと語っています。『心に通ずる道は、胃を通る』というのも、開高氏流の表現です。たしか『まったりとしている』などという表現は、開高氏が始めて使った表現ではなかったかと記憶しています。『文章を書く行為』も開高氏にとっては、当然『未知の探究』のひとつであったのでしょう。

『味覚(美味しい、不味い)』は、人間の脳が処理する『情』の一種ですから、これを文章で、誰もが同じように理解できる情報として伝えることはできません。『味』を科学的に分析し、成分を定量化して示すことはできたとしても、各人がそれをどのように感じているかを、客観的な数値で示すことはできません。絵画や音楽を文章で解説しても、感性の全てを正しく伝えることができないのと同様な話です。言葉は、『理(論理)』を表現するには、強力な武器ですが、『情』の世界を表現する道具としては、限界があります。そうであるが故に、逆に言葉で『情』をどう表現するかが、『探究』になります。文学の面白さの大半は、完全ではない言葉で、『情』の本質をいかに多様に表現できるかへの挑戦と言えるのではないでしょうか。この面白さが理解できない人には、文学は興味の対象にはなりません。

『釣り』の合間に、開高氏は、誰に話すともなく突然色々なことをしゃべり始めます。周囲の誰かへのサービス精神なのか、言葉の途絶えた時間が苦痛なのか、頭に浮かんだ発想を口にしないといられないのか、分かりませんが、とにかくこの『話の内容』が、色々な分野にわたり、滅法面白いことに梅爺は惹きこまれました。『神と科学』『文明と自然』『生物の本能』の話のほかに、エロティックなフランス小話までが突然飛び出してきます。

『梅爺閑話』をお読み下さる方なら、すぐにこれらの話題が梅爺の興味と合致していることに気づかれると思います。ご想像通り、梅爺は、番組にくぎ付けになりました。

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2011年11月25日 (金)

開高健(2)

今回の番組は、開高氏の趣味である『釣り』に焦点をあてたものです。『釣り』といっても、開高氏の場合は、『地球上で、人類の文明の指紋が残っていない所へ出かけ、まだ誰も釣ったことがない大物を釣る』ということですから、並みの『釣り師』ではなく、誰もが思いついてできる話ではありません。

既に名声を得ていた開高氏ですので、写真入りの『釣り紀行』を出版したり、映像をテレビ番組にして売り物にしようとする出版社やテレビ局がスポンサーがつき、『クルー』を組んで同行するわけですから、独りぽつ然と釣り糸をたれる『大公望』という風情ではありません。そういう意味では開高氏であるからできる『釣り』ということになります。

今回の放送の初日は、アラスカのベーリング海に浮かぶセイント・ジョージ島へ、『オヒョウ(Halibut)』を釣りに行く内容ですが、日本語が堪能な白人ガイドを含め、総勢15人の『クルー』が同行しています。中には、食通の開高氏のために、日本人の料理人が含まれていて、料理機材や食材が1.5トン事前に別送されたという話ですから、大名旅行です。開高氏の『才能』は、これだけの投資に見合うビジネス対象であったということでしょう。

『釣り』は究極の趣味であるとよく言われますが、『釣り』にハマったことが無い梅爺には、実感がありません。開高氏は、中国の格言を引用して、以下のように表現しています。

1時間幸せになりたかったら、酒を飲みなさい。
3日間幸せになりたかったら、結婚しなさい。
11日間幸せになりたかったら、豚を殺して食べなさい。
永遠に幸せになりたかったら、釣りを覚えなさい。

『この世の憂さを、何もかも忘れて、無我の境地になれる(解脱の疑似体験)』『魚との果てしない知恵比べ』など、『釣り』の醍醐味は色々に表現されますが、開高氏の場合は、更に『未知なるものには、リスクを承知で近づきたくなる』という『男の本能』が強く作用しているように思えます。開高氏も『男は危機と遊ぶもの』『男は根源的に情熱的な存在』と表現しています。そして、それは『良いか悪いか』などとは別の話であると付け加えています。

朝日新聞の臨時特派員として、ベトナム戦争の取材に赴き、同行した南ベトナム軍が戦闘に巻き込まれ、200人の内生還したのは17人というような体験をしてしてきたのも、その『男の本能』に依るのでしょう。男が生きることは文字通り『命がけ』ということになります。開高氏は、57歳の短い人生を、『男』として駆け抜けたのではないでしょうか。草葉の陰で、『そやけど、良いか悪いかは別の話やで』と関西弁で呟いている開高氏が眼に浮かびます。

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2011年11月24日 (木)

開高健(1)

自分が逆立ちしても真似できない、型破りでスケールが大きい人や、世界が認める才覚、才能に恵まれた人の存在を知ると、梅爺は嬉しくなります。それが日本人なら、なお嬉しくなります。

梅爺は、知的好奇心が人一倍旺盛であるとは思いますが、『行動する』ことには、臆病、慎重で、小さな箱の中に閉じこもって、窓の外をのぞいているに過ぎません。本を読んだり、テレビを見たり、インターネットで調べものをしたりしますが、身体は安全な巣の中に閉じこもっている小鳥同然です。時折、見知らぬ土地へ旅をする程度が『大冒険』ということになります。

それでも、仕事の現役時代は、じっと箱の中に閉じこもっているわけにはいかずに、『行動せざるを得ない』必要に迫られ、見知らぬ土地に出向き、見知らぬ人と交流しました。この時の体験は、梅爺の大きな財産となりましたが、引退すると、とたんに『行動しない爺さん』に逆戻りした所を見ると、根は『事なかれ主義』の、いたってつまらない凡人なのでしょう。しかし、本当の好奇心は『行動を伴う』ものであることは、十分承知しています。

NHKBSプライムチャンネルで、2夜にわたり放映された『釣って、食べて、生きた!作家開高健』を録画して観て、知的好奇心と行動が一致している開高健氏に、尊敬と羨望を感じました。

開高健氏は、1930年の生まれですから、御存命なら81歳ということになりますが、残念ながら57歳の若さで他界されました。御存命ならどんな爺さんになっておられたのか、どんな作品を更に残されたのかと考えてしまいますが、それは詮(せん)無いことです。57歳で終わった人生ですが、70歳の梅爺の数倍もの人生を体験されたように思います。

梅爺が大学生の頃、日本の文壇では、大江健三郎、開高健という二人の若い作家が注目を集めていました。二人とも、独特の『日本語文体』が特徴で、その頃の梅爺は、若気の至りで、『どうして、こんなひねくれていて難解な表現をするのか、気取って奇をてらっているだけではないのか』と感じていました。文学を『理』で理解しようとしていたためで、歳を重ねてようやく『理』と『情』が渾然一体となって醸し出す感性の意味や表現の面白さを理解できるようになり、二人の偉大さが分かるような気になりました。しかし、梅爺が一番好きな文体の作家は、夏目漱石です。

日本人として、大江健三郎や開高健の作品を、『日本語で読める』ことは幸せなことです。二人の作品を外国語に翻訳することは、至難の業で、日本語の伝える感性のニュアンスが、そのまま同じように伝えることができるとは到底思えません。

番組は、開高氏が、アラスカとカナダに『釣り』に出かけた時に、同行した関係者の回想で構成されていますが、勿論開高氏の『強烈な個性』が、観る人に伝わってきます。ご自分は、当たり前に『生きた』とおっしゃるのでしょうが、梅爺のような凡人には『破天荒な生き方』に見えます。男にとって『破天荒』は魅力的で、羨ましいものです。

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2011年11月23日 (水)

韓国の仏教事情(5)

番組には、韓国仏教界の論客『法頂(ポクチョン)和尚』と、作家五木寛之氏の対談があり、興味深く拝聴しました。『法頂和尚』は、難しい『華厳経』の真髄を平易な言葉で解説した『無所有』という本の著者としても有名で、この本は翻訳され日本でも売られているようですが梅爺は読んでいません。

テレビで拝聴した『法頂和尚』の話の内容だけで、『華厳経』を理解したように振舞うのは慎むべきですが、梅爺は、以下の2点に特に興味を持ちました。

一つ目は『全ての命は繋(つな)がっている』という表現です。これは、お釈迦様が洞察した『世界観』である『縁起(えんぎ)』を分かり易く表現したものではないかと思いました。単独に存在するものなどは無いということで、すべてが相互に関連し、影響を及ぼしあっているという洞察です。これは、梅爺が自然の摂理の一つは『自律分散処理』『動的平衡』ではないかと、小賢しく何回もブログに書いてきたことと似ています。梅爺は自然科学の知識があって理解できたことですが、2500年前のお釈迦さまが、これを『縁起』という一言で、見抜いていたことは驚きです。

『全ての生きとし生けるものは、繋がっている』という仏教の教えは、これも地上の生物の全ては、同じ『単細胞生物』から進化したという、『生物進化論』の知識と矛盾しません。これを敷衍(ふえん)すれば、『生きている』ということは『生かされている』ということになります。自分の命を粗末にすることは、他人の命を粗末にすることであり、他人の命を粗末にすることは、自分の命を粗末にすることであるという考えにも行き着きます。

二つ目は、『全ての存在は心が創り出すものである』という表現です。これも『心』を『人間の脳』と置き換えれば、理解できます。『人間の脳』が認識できるものだけを私たちは『存在する』と考えています。それは、具象的なものも抽象的なものも対象になります。『そんなことはないだろう、富士山は人間の脳とは無関係に存在するのではないか』という反論は、もっともですが、人類が絶滅すれば、富士山の存在を認識するものが存在しなくなるというややこしい話になります。

『法頂和尚』の話の素晴らしい所は、『全てのもの』に『仏』が含まれることです。『「仏陀」は固有名詞ではなく、誰の心の中にあるものです』という説明になります。これは、お釈迦さまが『煩悩』を解脱するには、自分の中にある『仏性』に頼るしかないと悟ったことと同じことを言っているのだと梅爺は感じました。『仏』も『如来』も、心が創り出すものという説明に、梅爺は違和感を覚えません。生物として『安泰』を希求する本能を人間が保有することは当然のことで、『精神的な安泰』のためには、『仏』『如来』を心(高度な人間の脳の機能)が創り出すことも、当然に思えるからです。『衆生で終わるのも、如来になるのも心次第』という教えは深遠です。

日本の『仏教』が、法事や葬式で辛うじて存在を維持しているのに対して、韓国の『仏教』は、人々の悩みに、直接寄り添う努力をしていることに感銘を受けました。韓国の若い人たちが、『Temple Stay』で『華厳経』を学ぶ様子を観て、『年寄りの集会所』『観光だけの場所』になっている日本の寺との違いを強く感じました。韓国の『仏教』の方が、宗教の本質に近い活動をしていると言えるのではないでしょうか。

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2011年11月22日 (火)

韓国の仏教事情(4)

梅爺は、朝鮮半島の歴史に詳しくないので、誤解があるかもしれませんが、14世紀末(1392年)に『李氏朝鮮(李朝)』が統一を果たすまでは、複数の国による分割支配が、原始時代から継続していました。日本人が耳にしたことがある『高句麗(こうくり)』『百済(くだら)』『新羅(しらぎ)』などは、それらの一つで、それ以外にも『渤海』『安東』などがありました。『古来、日本は朝鮮半島と交流があった』というのは確かですが、どの時代の、どの支配体制と関係があったのかを特定するのは易しくありません。

『李氏朝鮮』も、完全独立国家として成立したのではなく、中国(明国)の属国として承認されたものでした。16世紀の秀吉による『朝鮮征伐』は、直接は『李氏朝鮮』との戦いでしたが、宗主国の『中国』も敵に回した戦争であったことになります。日清戦争で中国に勝った日本は、下関条約で、朝鮮半島の中国支配を終わらせ、『大韓帝国』を誕生させますが、これは1910年の『日韓併合』を行うためのお膳立てでした。日本の統治時代は、日本の敗戦で終わりを告げますが、今度は連合国軍政下を経て、朝鮮半島は北緯38度線で分断され、現在の『大韓民国』と『北朝鮮人民共和国』が成立することになります。このように観てくると、朝鮮半島で完全独立の統一国家が成立したことは一度もなく、近世以降は、必ず外国の強い支配を受け続けてきたことが分かります。外国の支配下で主権を失ったことが無い日本は、幸運な国ですが、その分、日本人は、朝鮮半島の人たちの心情を、正しく理解することができないのかもしれません。

『李氏朝鮮』以前の『(統一)新羅王朝』で、『仏教』は保護され繁栄します。人心を一つにするために『華厳経』の『全てはつながっている』と言う思想が都合が良いものであったためと言われています。その後、李氏朝鮮』は『儒教』を採用し、一転して『仏教』は弾圧の対象になります。敬虔な仏教徒は山の中に逃げて、信仰を守ったと言われています。現在でも『儒教』の精神は、生活風習の中に根強く残っていますから、『仏教徒(韓国の人口の25%)』『キリスト教徒(同じく25%)』といえども、その影響を受けているとみるべきでしょう。北朝鮮の『将軍様』も、都合よく『儒教』の精神を利用しているのではないでしょうか。

現在韓国の仏教界の論客の一人とされている『法頂(ポクチョン)和尚』は、番組ホストの作家五木寛之氏との対談で、『弾圧されて宗教は本物かどうかが試されます。弾圧されて消え去る宗教は本物ではありません』と語っていました。

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2011年11月21日 (月)

韓国の仏教事情(3)

宗教が成立するのには、多くの場合以下の四つの要素を必要とします。『開祖(教祖、預言者)』『聖典(教典)』『聖職者(師、神父、牧師、僧、伝道師)』『特別の意味を持つ場所(教会、聖堂、神殿、寺院、聖地)』です。

もっとも、土着の原始宗教では、『開祖』が誰かは不明で、教義やしきたりが『言い伝え』で伝承されているものもありますが、ここでの話は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教などの、人間社会に広く定着し、文明と深くかかわりをもつ宗教を念頭においています。

文字を考え出した人類は、当然のことながら、その宗教の信者に最も都合のよい『言語』で、『聖典』を作成し、その後、言葉が異なる地域にまで、布教が進むと、その地域の『言語』に翻訳されました。布教をある限定されたコミュニティや民族の中だけにとどめるか、世界各地へ広めるかで、宗教の性格は変わってきます。ユダヤ教のように、ユダヤ民族の宗教と限定すれば、『神』は、ユダヤ人だけの『神』で、民族を導き、救う存在となり、自分たちは特別の民族であるという論理を展開をするのに都合がよい話になりますが、異邦人への対応姿勢は排他的なものになってしまいます。ユダヤ人が、世界中で嫌われてきた原因の一つは、このユダヤ教信仰による排他性に由来します。

宗教を考える時に、この『地域限定型』なのか『汎世界型』なのかを考慮することが重要です。キリスト教を『地域限定型』から『汎世界型』に変貌させた功績は使徒パウロによるものです。お釈迦様やムハンマドには、『汎世界型』などという意識はなかったと思いますが、結果的に、仏教やイスラム教は『汎世界型』の宗教に発展していきました。

『聖典』に関して興味深いことは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が、『これが正当なる教義を記した聖典である』と『聖典』を統一しているのに対して、仏教の『経典』は、布教の過程でどんどん増えていったことです。当然のことながら、新しい『経典』は、新しい『宗派』を産み出しました。この仏教と他の宗教の大きな違いが、何に由来するのかは、梅爺の興味の対象の一つです。これは別の機会に論じてみたいと思います。

前置きが長くなりましたが、現在まで韓国の人たちに深く浸透している仏教の教えは、『華厳経』の教えであることを番組で知りました。『華厳経』は、日本へは奈良時代に伝来していますが、現代の日本人の考え方のよりどころになっているとは必ずしも言えません。『般若心経』等の方がポピュラーなのではないでしょうか。

『華厳経』は、お釈迦様の世界観である『縁起(えんぎ)』を敷衍させたものであろうと思いますが、『生きとし生けるものは、すべてつながっている』という考え方を強調しています。『あらゆる存在が世界の創造者であり、心があらゆる存在をつくりだす』というような『教え』らしいと理解しました。このような哲学的で難解な内容が、庶民にまで浸透しているとしたら、驚くべきことだと感じました。

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2011年11月20日 (日)

韓国の仏教事情(2)

1997年に、韓国は国家財政が破綻(はたん)の危機に瀕し、その後、種々の荒療治を敢行して危機を乗り越え、現在の繁栄に至っています。しかし、荒療治は、強者の生き残りを優先し、弱者の切り捨てもやむなしとするところがありますから、社会構造的には経済格差が拡大し、それが社会不安を産み出す要因になっています。華やかな表面の裏には、暗い闇がうごめいているのが世の常で、韓国も例外ではありません。

韓国は、日本以上の競争社会で、一昔前の日本のように、『一流の学校への進学』『一流企業への就職』が、一般に人生成功の登竜門と考えられています。激しい競争は、社会を活性化させる要因でもありますが、脱落者も輩出します。

競争社会では、脱落者、敗北者の心に、無力感、絶望感、孤独感などが巣食うようになることは、容易に想像できますが、人間の不思議な所は、一見成功者として羨まれる勝者と言われる人たちの心にも、言い知れぬ不安感や孤独感が生じることです。良心的な人ほど、自分が欲望を満たすために、他人を排除して何かを勝ち取ることに、不安や罪の意識を感じるようになります。

これは、幼いころから教え込まれてきた倫理、道徳観だけの影響ではなく、人間は『絆の喪失』を不安と言うストレスとして感ずるようにできているためであろうと梅爺は推測しています。原始時代に『群をなして生きる』ことが生き残りの条件であった人間は、『群との絆が切れる』ことを、恐怖、不安と受け止める本能を、生物進化の過程で確立し、継承してきたということでしょう。

人間は、常に『絆』を確認し、確認できれば安心します。逆に、迷子になった子供は、恐怖心で泣き叫びます。最愛の人を失うことは、『絆の喪失』の最たるものですから、無力感、絶望感に押しひしがれることになります。これは本能という強力な『情』によるものですから、『理』でコントロールすることはほとんど不可能です。悲嘆にくれている人に、『理』で、『しっかりしろ、がんばれ』などと小賢しい助言をしてみても、あまり役には立ちません。『理』で自分をコントロールしたいと願いますが、残念ながらそうとばかりはいかないように、私たちの脳はできています。

韓国の人たちに、不安感、孤独感が広まり、多くの人たちが宗教に再び関心を寄せるようになったと番組では報じていました。『人との絆』の代わりを『神や仏との絆』で補おうということなのでしょう。

韓国の仏教徒は、1000万人(人口の25%)ですが、仏教徒でない人でも、寺に1~2泊して修行体験をする『Temple Stay』が人気を博しているとのことでした。韓国には、日本のような『檀家制度』はなく、好きなお寺を選ぶことができます。そして、韓国の仏教の教えの基盤は、『華厳経』であることを知りました。

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2011年11月19日 (土)

韓国の仏教事情(1)

NHKBSプライムチャンネルでは、視聴者の『もう一度観たい』という要望に応えて再放送する『BSアーカイブ』という番組があり、さすがに『なるほど、これは面白い』と肯ける内容が多いので、梅爺は録画して観ることにしています。

2007年に放送された『五木寛之 21世紀 仏教への旅』が再放映されました。作家の五木氏が番組のホスト役として、現代人の中に『仏教』はどのように根付いているのかを探るために、インド、韓国、ブータン、フランス、アメリカを旅する内容で、仏教に関する知識が浅い梅爺には、面白いと同時に、『人間の不思議さと偉大さ』を再確認する上では、大変勉強になる内容に満ちている内容です。前に『インド編』は観ていましたが、今回『韓国編』と『ブータン編』を始めて観ました。梅爺よりご高齢の五木氏が、時に体調を崩しながらも、インドやブータンを旅する様子を、こちらは我が家のソファーにふんぞり返って、コーヒーをすすりながら、何の苦労なく追体験しているわけですから、申し訳ない気持ちになりました。

梅爺の浅い知識で間違っているのかもしれませんが、『仏教』の開祖である『お釈迦様』は、生きることの悩み、苦しみの根源を探り、これを克服するための方策を模索した、いわば『自分の内面と対峙した偉大な思想家、哲学者』であるように思えます。悩みや苦しみをもたらす根源が、自分自身の『煩悩』であり、これを『解脱』しようとすれば、これまた自分の中にある『仏性』に頼るしかないと悟りました。自分の中に存在する広大な『精神世界』と、人はどのように向き合うべきかを追求したわけですから、今流に云えば人文科学の分野の探究です。この行為を『宗教』とみるかどうかは、微妙な問題であるように思います。

確かに、『お釈迦様』が誰の中にも存在すると説いた『仏性』は、その後、布教の過程で、色々に解釈され、『極楽浄土の阿弥陀様』などの『あの世』の『仏様』などに変容しましたので、これだけをみれば、『キリスト教』の『神様』と似たような存在となり、『仏教』は『宗教』であるという定義もおかしくなくなります。『お釈迦様』の思想は、人はどう生きるべきかを説いたもので、あくまでも自分の内面(精神世界)との対峙(たいじ)であったものが、その後自分以外の『外界』に存在する『仏』を前提とした『宗教』に変貌していったというのが、梅爺の見解です。中国の『孔子』も、基本的に人間の生き方の規範を示そうとしていますので、『儒教』は『宗教』ではなく、偉大な思想家の『教え』であるという認識です。『外界』の『神様』『仏様』の存在を前提とするかしないかで『宗教(神仏の教え)』と『哲学思想(人間が考え出した道徳など)』は分かれるというのが、梅爺の考えです。ついでに、思い切ったことを言ってしまえば、『人間は、神や仏を持ちださなくても、どのように生きるべきかを論ずる能力を保有している』と考えています。逆にいえば、人間は『神や仏の教え』と見まごうばかりの優れた『教え』を考え出す能力を持っているということです。『宗教』の教義は、人間が考え出したもので、権威づけのため、反論を封ずるため、話を分かりやすくするために、神や仏の存在を利用しているのではないかと、偏屈な梅爺は感じています。まことに罰当たりな考えですが、梅爺のなけなしの理性で考えると、その方が得心がいくということに過ぎません。

『お釈迦様』の教えが、何故インドから西の、中東、ヨーロッパへひろまらず、東のチベット、中国、朝鮮、日本へひろまっていったのかは、梅爺は理解できていませんが、地形的な要因が大きかったのではないかと想像しています。

日本への『仏教』の伝来は、地形的には朝鮮半島経由と考えるのが自然ですが、現実には、遣唐使に同行した留学僧たちの努力で、中国から直接もたらされたものの影響の方が強いのではないでしょうか。勿論、仏像などのいくつかは、朝鮮半島からもたらされていると思いますが、『教え』の根幹は中国からといって差し支えないと思います。

同じように、朝鮮半島へ伝わった『仏教』は、現在どのように継承されているかを番組を観て始めて知りました。北朝鮮では、宗教は表向き認められていませんので、ここでいう朝鮮半島は『韓国』のことです。想像した通り、現在の『日本の仏教』と『韓国の仏教』は、微妙に異なっていました。

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2011年11月18日 (金)

餅は餅屋

上方いろはカルタの『も』、『餅は餅屋』の話です。

この諺は、現代でも日常の会話の中でよく使われますので、今更解説の必要はあまりありません。『その道のことは、その道の専門家に任せればよい』『あることを極めた人の知識や知恵は、さすがに称賛に値する』というような意味で、素人が生半可な知識で、出しゃばろうとするときに、たしなめる言葉にもなります。

梅爺が、仕事の現役の頃、『エキスパート・システム』と称するものの開発が流行ったことがありました。コンピュータ・システムの規模や性能が拡大、向上し、コンピュータへの過剰な期待が高まって、『かなり専門的な分野の仕事でも、人間ができることならコンピュータにもできるはず』という楽観的な考えが蔓延(まんえん)していました。

『エキスパート・システム』は、その道の『専門家』や『匠』に、徹底インタビューし、知識や知恵の詳細を聴きだして、その内容をプログラムに置き換え、コンピュータで人間の仕事を代行しようという試みです。

この考え方の落とし穴は、『人間の知識や知恵は、言葉で完全に表現することが可能で、それを論理構造に置き換えれば、コンピュータで利用できるはず』という『前提』に依存していることです。確かに、単純な知識や知恵は、言葉で表現し、論理構造に置き換えが可能なものもあります。製造現場で活躍するロボットなどがそれを実証しています。しかし、人間の知識や知恵の全てが、その対象であるという保証はありません。その様なことは、少し考えて観れば分かる話で、『名ピアニスト』の知恵と知識を、すべて聴きだして、コンピュータにインプットすれば、『名ピアニスト』と同じレベルの自動演奏が可能であると、勘違いするような無謀な話です。

さすがに、何にでも『エキスパート・システム』は適用できるという楽観論はその後下火になりましたが、それでも『金融トレーダー』をコンピュータに代行させるようなしくみが導入され、どの金融会社も皆同じような反応をするために、世界経済の変動が、急峻でかつ増幅されると言った弊害が生じました。

人間の脳の仕組みは、解明されていませんので、全てをコンピュータで代行させようという話には無理があります。放射能を処理する知恵や技術を持たずに、完全に遮蔽できると言う『前提』で、原子力発電を推進し、『前提』が崩れて右往左往する羽目になる事態と同じようなことが起きかねません。

人間同士が『餅は餅屋』と認めあっている間は、問題がありませんが、誰かが『餅はコンピュータ』と言い出したら、疑ってかかることをお薦めします。近い将来、人間の脳のしくみの全貌が明らかになる可能性は極めて低いと梅爺は予測しています。

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2011年11月17日 (木)

何故アメリカは戦争をするのか(4)

アメリカは、本土を戦場にせずに、第二次世界大戦で戦勝国になりましたので、疲弊してしまった他国に比べて、圧倒的に有利な立場を享受することになります。敗戦国のドイツや日本も、『畏れ入りました』とアメリカに恭順な姿勢を示し、『世界は、我が意のままになる』とアメリカは勘違いし始めます。世界の『自由、正義の番人』が使命であるという考えが根付き始めます。『軍国主義』であった日本が、占領軍司令官であるマッカーサーを小旗を振って出迎え、占領軍に対する報復テロなども無しに、短期間に『民主主義』の国へ変貌するのをみて、アメリカが出向けば、世界中どこでも、アメリカに感謝して、日本のようになると思い込んでしまったのではないでしょうか。しかし、日本のような対応は、国際的には『例外』であることが徐々に明らかになっていきます。

その後アメリカは、世界のどの国よりも沢山国際紛争や戦争に関与しましたが、アメリカが期待したようには、事が運ばなくなり、『感謝される』どころか『鼻つまみ』になり始めます。『戦勝国』の栄誉を享受するなどは、『夢のまた夢』になり、ベトナム戦争では、『敗戦国ではない』という体裁をようやく取り繕って、撤退することになりました。フセインを倒せば、イラクも日本のように『民主国家』になると、『軍産複合体』に操られたブッシュ大統領は、単純に考えていたように見えますが、イラクもアフガニスタンも、平和になるどころか一層混迷を深めて、ベトナム戦争同様、またもや『当初の目的は達成した』と体裁を取り繕いながら撤退を余儀なくされようとしています。『サダム・フセイン』と『ビン・ラディン』を捕縛、殺害したことが、アメリカ国民へ『大成果』として伝えられ、アメリカ国民が、狂喜している様子をテレビで観て、梅爺は苦笑せざるを得ませんでした。膨大な戦費を税金で支払った成果がこれだけで、更にその一部は『軍産複合体』の私腹を肥やすことになっていることに、いつアメリカ国民は気付くのでしょう。

反動で、アメリカは再び『モンロー・ドクトリン』に戻り、外国に干渉しない政策を採用する可能性もありますが、『閉じこもり政策』ならば、これもアメリカにはハッピーな結果をもたらさないでしょう。

日本人も『異文化』との付き合いが上手ではありませんが、まだ『異文化』の存在を認めているだけましで、大半のアメリカ人が『異文化』を知らないか、『異文化』は間違っていると考えている状態は不幸なことです。

アメリカ国民が、『軍産複合体』の妖怪を退治し、『異文化』を認めて謙虚に勉強を開始しない限り、またもやアメリカは戦争に走ることになるのではないでしょうか。

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2011年11月16日 (水)

何故アメリカは戦争をするのか(3)

アメリカは、他国の軍隊によって本土が大規模に侵略されたり、主要都市が爆撃を受けたりした経験がありません。戦場体験は、外国へ出兵した兵士に限定されれいて、一般市民にはありません。戦争は、兵士と兵士の殺し合いであると考え、一般市民が巻き添えになる悲惨な状況を、『我が事』として感じたことがないのではないかと思われます。『ロンドン』『ベルリン』『パリ』『東京』の市民とは異なります。

従って、『9.11』のように、ニューヨークやワシントンが『標的』になる攻撃を直接体験すると、自分も『標的』になる可能性を始めて実感して、国中がパニックになりました。ブッシュ大統領は、即座にテロリストに対する国家としての『報復』を宣言し、テロリストとの戦いは『戦争』であると定義しました。梅爺はここで『戦争』の定義を論ずるつもりはありませんが、アメリカにとって不都合な集団は、それが『国家』でなくても『戦争』の対象にすると、新解釈を示したことになります。

アメリカの一般市民が、『標的』になることを極度に恐れながら、アメリカが他国で行ってきた『戦争』が、現地の一般市民を『標的』にしたことには、あまり『罪の意識』を感じていないようにみえるのは、能天気としか言いようがありません。

アメリカの為政者や軍部は、『一般市民を巻き添えにはしていない(または極力最小限にする努力をしている)』と強弁したり、時には『大きな目的のためには少々の犠牲はしかたがない』と居直ったりしてきました。

『広島』『長崎』げの原爆投下も、『戦争を継続していたら、アメリカ兵士の死者はさらに100万人増えたと考えられるので、戦争を終わらせるには必要であった』と自己弁護し、多くのアメリカ人も『そうだ』と考えているように見えます。第二次世界で、戦死したアメリカ軍兵士の総数は、ヨーロッパ戦線と対日戦線を含めて50万人ですから、『さらに100万人』は少し大袈裟ですが、弁護の正統化にはこういう表現が必要であったのでしょう。それよりも、『戦争』を経済行為と同じように、定量的に『どちらが得か』と比較してることに腹が立ちます。『広島』『長崎』に対してアメリカが行った行為は、人間として弁解が許されない残虐行為です。

第二次世界大戦の末期に、アメリカはこの戦争が終わった後は、ソ連が次なる脅威になることを予感し始めます。『広島』『長崎』への原爆投下は、軍事面におけるアメリカの圧倒的な優位性をソ連(スターリン)に見せつけようとしたものであるとも言われています。その様な目的のために、数十万人の日本人の命を犠牲にしたのであれば、絶対に許せません。

しかし、アメリカの懸念通りに、ソ連がその後宇宙開発技術で、優位性を誇示する事態になり、アメリカは自尊心を傷つけられると同時に、大陸間弾道ミサイルの攻撃に怯えて、なりふり構わず軍事力強化に国費を投入することになります。『ソ連の脅威』で国民は脅かされ、『軍産複合体』が妖怪へ変貌していくことを黙認してしまったことになります。

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2011年11月15日 (火)

何故アメリカは戦争をするのか(2)

アメリカは建国以来ずっと、『自由』と『正義』のためなら、世界中どこへでも出向いて戦う国家であったわけではありません。むしろ『他国のことには干渉しない』方針を採っていました。第五代大統領のモンローが表明した『モンロー・ドクトリン』として知られています。

しかし、『モンロー・ドクトリン』は、『反戦』『平和志向』の立派な理念であると褒め称えるのは早計です。当時のアメリカは、先住民掃討や、メキシコとの国境争いなど、自国の問題で精一杯で、『他国へ干渉する』余裕がなかっただけのことです。ヨーロッパの列強が、南北アメリカを植民地にしようとする動きを牽制し、『ボクはキミに干渉しないから、キミもボクに干渉するな』と言ったに過ぎません。

第一次世界大戦でも、当初アメリカは『モンロー・ドクトリン』で中立を守っていましたが、最後の頃に連合国側として参戦する決断をしました。イギリスやフランスがドイツに負けてしまうと、貸し付けてあったお金が回収できなくなるので、止むなく参戦したのだという見方もあるようです。本当なら、タテマエは『正義』のためで、ホンネは『打算』のためという、味気ない話になります。『外交』の舞台裏としては、よくある話です。

その後、アメリカは国力も強化され、アジアがヨーロッパや日本だけに植民地化されるのを黙って見てはいられないと、アジアでの利権を求めて行動を開始しますが、とりわけアジアの国でありながら、ヨーロッパの国と同様に振舞おうとする日本が気に入らず、なんだかんだと嫌がらせや『日本いじめ』を始めます。追いつめられた日本は『窮鼠猫をかむ』ように、真珠湾攻撃へ突き進みます。

アメリカ国民は、日本に対する嫌がらせやいじめのことは知らずに、『軍国主義』の日本が、『民主主義』のアメリカを攻撃したと考え『愛国心』に火がつき、圧倒的な国力の差もあって、日本を敗戦へ追いやりました。

『真珠湾攻撃』も『9・11』も、アメリカの国民の大半は、攻撃された本当の原因が自分側にあるかもしれないなどとは少しも考えずに、攻撃者を『邪悪』とだけ決めつけました。自分たちは正しくて、何ら落ち度がないのに、それを攻撃する相手は『邪悪』としか言いようがないという単純な論理です。為政者も、このような国民を更に奮い立たせるために、サダム・フセインやビン・ラディンを『悪魔(Evil)』などと臆面もなく呼び捨てにします。『Evil』は、宗教的な概念を含む『根源的な邪悪』という意味で、『Deity(神の資質)』の反対の言葉ですから、日本語の『悪い奴、ならず者』というような、道徳、倫理上の比較表現とは異なります。

第二次世界大戦が終わり、ヨーロッパや日本は、疲弊してしまっているなかで、本土に戦争の類が及ばなかったアメリカは、相対的に強大な国家になり、今度は、『自由、正義の番人』として、『モンロー・ドクトリン』はかなぐり捨てて、世界中の紛争に首を突っ込むようになりました。勿論、新たな『邪悪』の標的は『共産主義・社会主義』であったことはご承知のとおりです。

ソ連との軍事力競争の中で、『軍産複合体』が妖怪になっていき、冷戦終結の後は、『テロリスト』を標的として、『戦争』を継続することになります。『戦争』をしていないと『軍産複合体』という妖怪は、生きていけないからです。

『自由や正義のため』と国民を洗脳し、『打算』で戦争を行っていると、この番組は糾弾しています。

イラクやアフガニスタンで、戦費がかさみ、犠牲になるアメリカ兵の数も増え続けて、ようやくアメリカの多くの人たちが、『なにかおかしい、騙された』と感じ始めたのではないでしょうか。1%の人の富で、アメリカは支配されていると99%の人たちが、抗議を開始しましたが、少し遅きに失しているように思います。

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2011年11月14日 (月)

何故アメリカは戦争をするのか(1)

NHKBS第一チャンネルで、アメリカで制作された『何故アメリカは戦争をするのか』という主旨のドキュメンタリー番組が放映され、録画して観ました。

主として、9・11事件後、ブッシュ政権がイラク、アフガニスタン侵攻を強行するにいたったプロセスを追う内容ですが、真の背景は『戦争に利権を求める軍産複合体が背後で操っている』ことを糾弾した内容です。

『軍産複合体黒幕説』は、説得力があり、多くの真実を含んでいるとは思いますが、これだけが原因と決めつけるほど、アメリカ参戦のメカニズムは単純ではないように思いますので、『やっぱり悪者はあいつか』と、一つの要因で得心してしまうのは早合点かもしれません。

番組の中に、アメリカ市民に街角で『何故アメリカは戦争するのですか』と質問する場面があり、梅爺の予想通り多くの市民は、『自由のため』『正義のため』と答えていました。この人たちは、一度でも『自由と何か』『正義とは何か』を考えたことがあるのだろうかと云いたくなりますが、アメリカ人の平均像はこの程度のものなのでしょう。こういう人たちは『アメリカは、自由と民主主義の国』とこれまた単純に信じているのでしょう。腹黒い為政者にとっては、まさしく思うつぼです。

もっとも、もし日本の街角で、日本人に『日本は、何故前の戦争を戦ったのですか』と質問すれば、多くの人は即答できずに戸惑うでしょう。ただし、『自由のため』『正義のため』と答える人はほとんどいないのではないかと推察できます。梅爺も突然質問を受ければ、きっと戸惑うでしょうし、適切な答を返せる自信もありません。戦争は、単純に一つの理由で起こったりはしませんが、強いて挙げれば『日本国民や指導者が、状況を冷静に判断する能力を欠いていたから』ということでしょうか。しかし、梅爺は当時の日本人や指導者を糾弾する気持ちは薄く、『自分もその渦中にあれば、戦争に加担したに違いありません』と付け加えることになりそうです。自分は過ちを犯さないと言う前提で『白馬の騎士』のような発言をする人は、梅爺は苦手です。

『軍産複合体』が、妖怪のような存在になり、このまま放置するとアメリカを危うくしかねないと、アイゼンハワー大統領が、職を去る時に国民に訴えた演説内容は有名です。自身が軍人であったわけですから、『他人事(ひとごと)のようい云うのはおかしい』と言いたくなりますし、『国家の最高責任者でありながら、何故是正できなかったのか』とも問いただしたくなりますが、大統領でさえ手に負えない妖怪になってしまった証拠なのでしょう。

『自由のため』『正義のため』と国民を洗脳して戦争を肯定し、多額の国家予算を軍事費に振り向けて、利権や利益を貪(むさぼ)る『軍産複合体』を野放しにしている国家が、自らを『民主主義国家』と称するのは、あまりにおこがましい話です。しかし考えようによっては、国民を騙さない戦争はないのかもしれません。

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2011年11月13日 (日)

近くて遠い国『韓国』(10)

Dscn9035 『扶余(プヨ)』にある『百済』時代の仏教の寺『極楽寺(ゴランサ)』

今回の旅行では、ホテルに宿泊した次の日の午前中は、原則自由時間でしたので、観光、買い物、散策などを楽しむことができました。ソウルのように、日本人観光客が多い所は、先方もそれなりに待ち構えて対応してくれますので、あまり支障なく行動できますが、地方都市では、『言葉』が通じないために、色々なハプニングに遭遇します。

Dscn2642 『大田(デジョン)』の『忠南(チュナム)大学』キャンパス

『大田(デジョン)』では、国立大学『忠南(チュナム)大学』のキャンパスの中を散策しました。『大田(デジョン)』は、日本で云えば『筑波学園都市』のようなところで、『宇宙開発』から『ナノ・テクノロジー』にいたる国の研究機関等が集まっているハイテクで注目されている都市です。

話が逸れますが、2005年に、『韓国』ソウル大学の黄禹錫(ファン・ウソク)教授の『論文ねつ造事件』が話題になったことを思い出しました。黄教授は、『ヒトの胚性幹細胞(ES細胞)』の研究者としてノーベル賞受賞が期待され、『韓国期待の星』でしたが、論文データのねつ造が発覚し、失脚しました。日本の学者は概(おおむ)ね愚直で世事に疎い印象の方が多いのに対し、失脚前の黄教授は、『スマートで弁が立つ』颯爽たる学者で、梅爺は『韓国の学者はすごいな』と思って観ていました。黄教授の一件だけで、『韓国』のアカデミーを評するのは危険ですが、『栄達』を最優先にするあまりに、手段を誤る危険性を秘めているのかもしれません。過酷な受験戦争で有名な『韓国』ですので、『栄達』こそが人生の成功の証(あかし)と考える文化が根強いのかもしれません。まるで『李王朝』時代の『科挙(かきょ)』偏重の考え方がいまだに残っているようにも見えます。しかし『ねつ造論文』を、『偽物』ブランド品と同じように、『ケンチャナヨ(それがどうした)』で済ますわけにはいきません。

Dscn2845 『慶州(キョンジュ)』近郊にある世界遺産『良洞村(ヤンドンマウル)』、500年間同じ建築様式、生活様式が保立てれいる。『李王朝』時代『科挙』に合格する高級官僚を沢山排出した村としても有名。

『忠南大学』のキャンパス内で、通りすがりの男の学生に、『この大学はレベルが高く、あなたも優秀な学生さんでしょう?』と英語で質問しましたら『教授は優秀ですが、私は優秀ではありません』としどろもどろの英語で答えてくれました。こういう謙虚な学生さんに出会って少しほっとしました。

Dscn9100 『良洞村(ヤンドンマウル)』の景観

『慶州(キョンジュ)』のホテルは、町はずれにあり、午前中の自由時間は、付近の村落の中を仲間と散歩しました。そこで出会った一人のオバアサンが、『イルポン(日本人)?』と確認した上で、手真似で『家へあがってコーヒーを飲んでいきなさい』と私たちを招き入れてくれました。図々しく家へ入り込んでコーヒーをごちそうになったものの、こちらはなけなしの『韓国語』、『オモニ、マシソヨ(お母さん、美味しいです)』『オモニ、カムサミダ(お母さん、ありがとう)』だけで対応する羽目になりました。記念写真を撮ろうとすると恥ずかしそうに避けるオバアサンをみて、梅爺はやはりほっとしました。『人間の押しつけではない善意』は、『異文化』を越えて共通であり、コミュニケーションの原点であることを再確認できたからです。

辛いもの好きの梅爺には、『韓国』の料理は抵抗ありませんが、それでも日本人の『味覚』嗜好との違いは感じますし、色彩感覚も微妙に異なると感じました。西欧人から観れば、『日本人』と『韓国人』は区別が難しいものと思いますが、私たちは、相互に『違い』は理解できます。相手の価値観を、自分の価値観で判断すると不都合なものもありますが、それはお互い様です。『違い』を認めて、大人のお付き合いができる国に双方がなっていくことを期待して止みません。『本当は私の方が優秀だ』と勘違いしていては、関係は改善できません。

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2011年11月12日 (土)

近くて遠い国『韓国』(9)

Dscn2797 『慶州(キョンジュ)』の世界遺産『仏国寺(ブルゴサ)』

海外旅行は、日本人が『異文化』を直(じか)に感じ取ることができる絶好の機会です。『異文化』とどのように付き合うかは、21世紀の人類の最大の課題の一つですが、残念なことに『日本人』は、『異文化』に疎(うと)いと梅爺は感じています。『異文化』を特段に意識しなくても、日本では生きていけると言う恵まれた環境がその原因ですが、『国際社会の一員』としては、それではやっていけません。

Dscn9075 『仏国寺』山門の『四天王像』。形状表現、色彩表現が微妙に日本とは異なる。

外国には、日本とは異なったその国の『文化』があり、それが倫理観、死生観の基盤になっているということを理解せずに、日本の『文化』をベースに外国を観てしまうと間違った認識をしたり、相手に誤解されたりしてしまいます。政治やビジネスの関係でさえも、『文化』の影響は無視できません。梅爺は、外国とのビジネスで『異文化』のしっぺ返しを沢山経験し、痛い目にあってきましたので、少しばかり『異文化』に過敏になり過ぎているかもしれません。しかし能天気に『異文化』を無視するよりはましであろうと考えています。

Dscn9095 『仏国寺』の高い石組の床構造

『文化』に大きな影響を及ぼしているものが、『言語基盤』『宗教基盤』『自然環境基盤』です。特に日本人の『宗教基盤』は非常に独特ですので、この視点で外国を観る過ちを犯しがちです。

Dscn9083 『仏国寺』の『大雄殿』

韓国は、基本的に『儒教思想』が強い国で、『同族意識』が強く、長老や目上の人を敬う風習が強い国です。しかし、一方25%の人が『仏教』を信じ、同じく25%の人たちが『キリスト教』を信じています。ここでも、『韓国』の『仏教』『キリスト教』は、日本の『仏教』『キリスト教』とは微妙に異なっていると推測しなければなりません。『宗教』が『文化』育み、『文化』は『宗教』にまでも影響を及ぼすからです。

過酷な『競争社会』である現在の『韓国』では、心の病を持つ若い人が増えて、『宗教』へ救いを求めることが多いのかもしれません。少なくとも『韓国』の『仏教』は、日本のように『葬式屋、法事屋』ではなく、若者の悩みに直接対応しようとしていることを報ずるテレビ番組を観たことがあります。

Dscn9073 紅葉が映える『仏国寺』の池

今回の旅行では、『慶州(キョンジュ)』の世界遺産『仏国寺(ブルゴサ)』を訪ねました。『新羅』時代のお寺です。建築様式が日本の『お寺』と異なっている上に、中国の『陰陽五行』の思想などの影響を既に色濃く受けていることを知りました。『仏国寺』は、豊臣秀吉が朝鮮半島を攻めた時に、義勇軍が立てこもって、しぶとく応戦したことでも有名です。業を煮やした秀吉軍は、『仏国寺』を徹底破壊したと伝えられています。『韓国』で歴史を持ちだされると、日本人は肩身が狭い思いをすることになります。

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2011年11月11日 (金)

近くて遠い国『韓国』(8)

Dscn2516 『純豆腐チゲ』

『韓国』の人たちが、『日本』を嫌いな国の筆頭に挙げるのは、1910年(明治末期)に『日本』が朝鮮半島を『領有(日韓併合)』し、その後『日本』による統治が35年間続いた歴史があるからです。豊臣秀吉が朝鮮半島へ攻め入って暴虐の限りを尽くしたという歴史も『日本嫌い』の要因になっていますが、やはり近世の『日本の支配』が一番の要因です。

Dscn2517 『チジミ』

1910年は、今からたった100年前のことですが、当時の『国際政治状況』は現在とは全く異なっていました。疲弊した『清(中国)』は、西欧列強植民地主義の利権の漁り場になりつつあり、名目的に『清』の支配下にあった朝鮮半島も当然その標的でした。新興国『日本』は、朝鮮半島およびその延長で、列強の支配が『日本』へも及ぶことを懸念し、先手を打って、朝鮮半島の領有を強引に行ったことになります。『李王朝』を終わらせ、『日韓併合』を行うに当たっては、『日本が進出しなければ、西欧列強の食い物にされるぞ、さあ、どっちを選ぶ』と脅しをかけたのではないでしょうか。

Dscn2557 『カルビ焼き肉』

梅爺は、『日韓併合』を弁護するつもりはありませんが、現代の価値観だけで、歴史を観ると理解が不十分になると言いたいだけです。『強者』が『弱者』を威嚇し、意のままにするのは褒めたことではありませんが、国際政治は非情なパワー・バランスが作用しますので、容赦のない言い方をお許しいただければ『弱者』は、自分が『弱者』であることにも責任を追わねばなりません。『私は何も悪くない。悪いのは皆お前の方だ』という論理は、必ずしも国際政治では通用しません。

Dscn2626_2 『韓国しゃぶしゃぶ』

『日本』が『日韓併合』の後に、朝鮮半島で行ったことは、根拠のない民族的な優越感に基づくもので、他民族の『文化』や『プライド』を踏みにじる行為が多かったことは間違いありません。特に『文化』の基盤である言葉を『日本語』に変えようとしたのですから、横暴極まりない話です。

Dscn2781_2 『石焼ビビンパ』

日本が戦争に負けた『8月15日(天皇の敗戦宣言)』(1945年)は、『韓国』では日本支配からの解放の日、『光復節』という祝日です。国際政治のルールに厳密に従えば、『ポツダム宣言』を『日本』が受諾した日、1945年9月2日が日本支配が終わった時で、『大韓民国』の建国式典が行われたのは、1948年8月13日ですから、『8月15日』は、解放された日でも独立を果たした日でもありませんが、『韓国』にとっては、『8月15日』は政治的な意味があるのでしょう。以降『光復節』は、『反日教育』の象徴的な日になりました。

Dscn2863 『プルコギ』

残念なことに、歴史は消し去ることはできません。時間がかかることですが、日韓両国は、新しい関係を築いていくしかありません。人間は安泰を求める本能があり、その願望があるが故に、相手を不当に蔑んだり、優位に見える相手を妬んだり、羨んだりしがちです。しかし、理性で冷静に考えて観れば、潜在能力で、どちらかの民族が総合的に優っているなどということはありません。日本人も韓国人も、そのことを理解し、『理』で『情』を抑制できて始めて、両国はレベルの高い大人のお付き合いができるようになるはずです。科学技術、芸術、スポーツ、経済活動などで、両国は競い合いながら、友好国であり続けなければなりません。相互に相手を尊敬する気持ちが無ければ、それは達成できません。

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2011年11月10日 (木)

近くて遠い国『韓国』(7)

『韓国』には、ユネスコが認定した『世界遺産』が10箇所あります。文化遺産が9か所、自然遺産が1か所です。因みに、『日本』には、文化遺産12か所、自然遺産4か所の計16か所が『世界遺産』に認定されています。

今回の旅行では、10か所の内、以下の6か所を効率よく観てまわりました。

宗廟(ソウル)
華城(水原)
海印寺大蔵経板殿(慶尚南道)
慶州歴史地域(慶州)
石窟庵と仏国寺(慶州)
大韓民国の歴史的村落:河回と良洞(慶州)

Dscn9004 『水原(スオン)』の世界遺産『華城(ファソン)』の城壁北門『長安門』、18世紀後半、李王朝時代に建造され、残っているのは城壁のみ、建物は最近復元されたもの。

Dscn9009 『華城』の曲線が美しい石垣城壁

『世界遺産です』と言われると『是非観たい』と思い、観れば『観たぞ』と満足したり自慢したくなる不思議な習性を人間は持ち合わせています。梅爺のようなへそ曲がり人間は、自分でもいそいそと観に出かけておきながら、『観たからと言って、別に自分が偉くなるわけではないだろう』などと皮肉を言い、その上人間のの習性を不思議がったりしますので、手に負えません。多くの方のように、自分の中にある習性をあまり『不思議』とは感じない方が健康的なような気がします。しかし、人間が本能として持っているこのような『知的好奇心』こそが、文明を進展させる原動力になってきたことは確かです。

『世界遺産』に認定されると、途端にその地に観光客が押し寄せ、一帯は観光収入で潤いますが、一方、俗化してしまったり、自然が破壊されたりする弊害も生じます。今回の旅行では、『海印寺(ヘインサ)』は土曜日、『仏国寺(ブルグクサ)』は日曜日とぶつかったために、現地は観光客でごった返していました。

Dscn9045 慶尚南道、伽耶山にある世界文化遺産『海印寺(ヘインサ)』山門

梅爺の好奇心を最も刺激した『韓国』の『世界遺産』は、慶尚南道、伽耶山山中にある仏教の寺『海印寺(ヘインサ)』でした。この寺は、9世紀の初めころ新羅の僧によって建立されたと伝えられていますが、『海印寺』が『世界遺産』に認定されたのは、『新羅』の後の『高麗』時代(13世紀)に、『元(モンゴル)』の侵略の危機から国を護ろうと、国家事業(祈願)として15年の歳月をかけて作成した『仏教経典の版木』が8万枚が、そのまま保存されて残っているからです。勿論『経典版木』は、サンスクリット語から中国後へ翻訳されたもので『漢字』で彫られています。『経典』の全ての『版木』が残されているとよく説明されますが、何をもって仏教の『経典』の全てというのかは、多分曖昧ですので、『漢字に翻訳された経典のほとんど』が『版木』として残っているという表現が正しいのではないでしょうか。これだけ大規模に集約されて残っているのは、他に類を見ないものと思われます。専用の『収蔵庫』としての建物は15世紀末期のもので、その頃全ての『版木』はこの寺へ移送され、今日までにいたっています。『版木』が湿気や虫などにやられて腐ったり崩れたりしないような昔の人の知恵がこの『収蔵庫』には施されていて、この建物と『版木』群が『世界遺産』の対象となっています。『版木』を保護するために、これから100年間、寺から外へ持ち出すことを禁止する決定がなされたとガイドの『申(シン)さん』が教えてくれました。

『韓国』の仏教では、『華厳経』の教えが重視されてきた、と前に聞いたことがありますが、『海印寺』では、『華厳経』だけ特別扱いされているような様子はありませんでした。『韓国』の仏教に関しては、別の機会にブログを書こうと思っています。

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2011年11月 9日 (水)

近くて遠い国『韓国』(6)

日本人が外国の古代史や現代史を学ぶ時に、『国』の概念を、無意識に『日本』に置き換えて考えてしまうために、混乱が生じます。海に囲まれた島国であるために、自然に決まる『国境』があり、民族もほぼ均一(厳密には、多数の民族の混血が、均一に見えるまでに融合している)で、言葉も共通ですが、『国』を構成する要因として、これらは『当たり前』のことではなく、世界の中で、『日本』は『例外』的な存在です。

『大和朝廷国家』がいつ成立したかは、必ずしも明確ではありませんが、それ以降、1500年近く『天皇』が『国』の頂点に位する『国体(体制)』が継続しているのも、世界の中では『例外』的なことに属します。『鎌倉幕府』『室町幕府』『徳川幕府』は勿論のこと、織田信長、豊臣秀吉などの野心家も、形式的であれ『天皇家』の存在を認めてきました。日本人は、権力闘争はあったものの、『国体』は『天皇家』のもとに、変わらず維持されてきたと考え、『国』というものはそういうものだと勘違いしがちです。

Dscn2763 『慶州』にある新羅王朝離宮を復元した『臨海殿址(雁鴨池)』 、夜景が売り物。
朝鮮半島を、『高句麗』『百済』『新羅』が分割支配していた時代があったなどと聞くと、それぞれ異なった民族が、『国家』をつくって争っていたのかと想像してしまいますが、実態は必ずしも異民族間の争いではなく、同民族の中で権力を得た者が『国』をつくって、勢力争いをしていたということではないでしょうか。言ってみれば『越後の上杉謙信』と『甲斐の武田信玄』が争ったというようなことなのでしょう。今回の旅行のガイドの『申(シン)さん』に確認しましたら、現在の『韓国』では、自分の祖先が『百済』か『新羅』のどちらに属するかは判然としないものの、どの『一族』を祖先に持つかは非常に重要なことで、結婚の時にも問題になると教えてくれました。『韓国』では4人に一人が『金(キム)』さんなので、みな同じと思っていましたら、どの一族を祖先に持つ『金(キム)』さんであるかが重要なのだとわかりました。『韓国』が『同族社会』である弊害が、時折表面化するのはそのためであろうと想像しました。一族から権力者が出ると、親類縁者からそれを利用して汚職に走る人間が出やすく、権力者もそれを黙認せざるをえないという風習があるのでしょう。

『韓国』は『儒教』の国と言われますが、『儒教』を重要視したのは14世紀に中国(明)の承認を得て朝鮮半島を支配下におさめた『李王朝』からのことです。それ以前の朝鮮半島を支配していた国々は、『仏教』を信奉していましたが、『李王朝』はこれを弾圧しました。僧侶や信徒は山岳地へ逃げたりしてひっそり信仰を守り続けました。幸い、何もかも破壊すると言うような徹底的弾圧ではなかったために、『韓国』には、今日『仏教』の歴史遺産が残されています。

Dscn2537ソウル『景福宮(勤政殿)』の『李王朝』の玉座

『儒教』を宗教と考えるかどうかは議論がありますが、『死者の霊を祀る』という考え方はあり、『李王朝』の歴代の皇帝は、ソウルの『宋廟』にまとめて祀られています。言ってみれば『合祀』ですので、王様が亡くなるたびに、ピラミッドや大墳墓をつくるような無駄がなく、なかなか合理的で経済的な対応です。『宋廟』で梅爺が興味を覚えたのは、後の世から観て『善政』を行ったと評価された王様19人が、『正殿』に祀られていて、『悪政』であったと評価される王様(日本に併合された時の皇太子を含む)計16人は、別の『永寧殿』に合祀されていることです。最初は『正殿』に祀られたものの、後に『永寧殿』に移された王様もいると聞いて、失礼ながら笑ってしまいました。

Dscn8984 ソウル『宋廟』の『正殿』。善政を行った王様たちが19人合祀されている。

後の世の誰が、どのような基準で『善政』と『悪政』を区分けしたのかは分かりませんが、少なくても日本では、このような『死者を鞭打つ』かに見える発想は差し控えられます。『韓国』では『死者の霊を祀る』と言いながら、現世の『生者』が、『死者を評価区分け』したりするわけですから、『やっぱり、重要なのは、現世と現世の価値観ではないの?』という現実的なホンネが垣間見えます。梅爺は、個人的にはこのような考え方が嫌いではありません。

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2011年11月 8日 (火)

近くて遠い国『韓国』(5)

歴史上朝鮮半島全域を、一つの独立国が支配した例は、厳密にいえば無いのではないかと思います。7世紀の『新羅(統一新羅)』や、10世紀から14世紀にかけての『高麗』は、『ほぼ全土』を治めていたとは言えますが、北部は『渤海(ぼっかい)』の領土でした。『高麗』の後の『李王朝(14世紀から20世紀)』は、全土を掌握したように見えますが、実質的には中国の『明王朝』から承認された『属国』の立場でした。1910年に、日本が『日韓併合』してからは、『中国』の影響は排除されましたが日本の支配下に入り、日本の敗戦以降は、北の『北朝鮮民主人民共和国』と南の『大韓民国』に分割が続いていますので、一国の独立国家とは言えません。

独立国家の主権が外国によって侵されたことがない日本人には、『韓国』の人たちの『国家』に関する心情を理解することは難しいように思います。

Dscn9021『百済』王朝最後の都があった『扶余(プヨ)』にある宮廷の庭園跡。

Dscn9024 その池に咲く蓮の花。

日本の古代史は、朝鮮半島が、『高句麗(BC1世紀から7世紀)』『百済(BC4世紀から7世紀)』『新羅(BC4世紀から10世紀)』の3国に概(おおむ)ね分かれていた時代の影響を受けています。

Dscn2688 『唐(中国)』『新羅』の連合軍に追い詰められ、『百済』の宮廷の女官たちが川へ身を投じて自害した『落花石』の断崖の上からの眺め。

学校の歴史の時間に習った『好太王碑(石碑)』や『白村江(はくすきえ)の戦い』などが、朝鮮半島との関連事項です。法隆寺の国宝『百済観音』も、その名前(通称)から、絶滅以前の『百済』からもたらされたという説がありますが、定かではありません。7世紀の作という鑑定が正しければ、ギリギリ『百済』の歴史と重なります。

『好太王碑』は、『高句麗』の王の業績を記録した石碑で、現在の中国(吉林省)に残っています。『高句麗』が支配していたのは朝鮮半島だけではなく中国本土までに及んでいたたことが分かります。5世紀の初めに、『倭人(日本人)』が『新羅』を荒らしまわり、『新羅』の要請に応じて『高句麗』が援軍を出して『倭人』を追い払ったこと、これとは別に『高句麗』を攻めてきた『倭人』との戦いに勝利したことなどが記録されてます。5世紀初めの頃の『日本』がどのような『国家(または国家群)』であったかは、はっきり分かっていません。しかし、朝鮮半島の北までも戦いに出向いた、野心的で行動力に富んだ『日本人の先祖』がいたことが分かります。

『白村江の戦い』は、663年(天智2年)に、660年に滅亡した『百済』の残党と『倭国』が組んで、中国『唐』と『新羅』の連合軍と、海、陸で戦い(現在の錦江近辺)、『倭国』組が敗北した事件です。『倭国』が、『百済』にどのような義理を抱えていて出兵したのか興味をそそられます。この事件は、明らかに『大和朝廷国家』確立後の時代のことということになります。

朝鮮半島と『日本』は、古代から、私たちが想像する以上の規模で、交流があり、当然文化や技術などが、『日本』へもたらされていたに違いありません。現在の日本人のDNAの中にも、『日本』へ帰化した朝鮮半島の人々の遺伝子が、ある比率で継承されているものと思います。

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2011年11月 7日 (月)

近くて遠い国『韓国』(4)

Dscn8978 ソウルにある李王朝時代の『景福宮(キョンボックン)』内にある『勤政殿』。

今回の旅行の訪問都市および利用した交通手段は以下の通りです。空路は大韓航空を利用し、陸路は全て専用の大型バスで移動しました。大雑把にいえば、北のソウルから、南の釜山(プサン)まで。陸路で南下したことになります。

羽田空港(東京)-(空路)-> 金浦空港(ソウル) 1泊
ソウル -(陸路)-> 水原(スオン)
水原 -(陸路)-> 大田(テジョン)         2泊
大田 -(陸路)-> 慶州(キョンジュ)        2泊
慶州 -(陸路)-> 釜山(プサン)
釜山空港 -(空路)-> 成田空港(東京) 

Dscn8996_2 ソウルにある李王朝時代の『徳寿宮(トクスグン)』内にある『中和殿』。

旅行は日本の『阪急交通社』にお願いして特別に企画してもらったものですが、実質は『阪急交通社』から委託された『韓国』の『ソウル東方観光株式会社』が現地での世話をしてくれました。ソウル『金浦空港』での出迎えから、釜山空港での見送りまで一切を、日本語ができる『申(シン)さん』という女性ガイドが、独りで担当しました。世話の焼ける爺さん、婆さんの団体を、朝から晩まで独りで面倒をみるわけですから、さぞ重労働であったにちがいありません。バスが動き出す前に、『パスポート、財布、カメラ、帽子の忘れ物はありませんか』と必ず念を押し、ついでに『鬘(かつら)、入れ歯はありますか』とユーモアで対応してくれました。

このグループは2年前に、『ベトナム、カンボジア』を旅行しましたが、その時は欲張ってかなりの強行軍であったことを反省し、今回は、ホテルに宿泊した次の午前中は、可能な限り自由時間にすることにしました。治安がよく、日本語もある程度通用する『韓国』であるが故に可能なことで、他の国で『午前中は全て自由時間です』と言われても、むしろ困るかもしれません。

ホテルは、以下を利用しました。

ソウル       『コリアナホテル』        1泊
大田(テジョン)  『儒城(ユソン)観光ホテル』  2泊
慶州(キョンジュ) 『慶州コーロンホテル』          2泊

旅行費用との関係で、必ずしも『豪華ホテル』ではありませんでしたが、いずれもマアマアのホテルでした。特に、大田(テジョン)と慶州(キョンジュ)は、『温泉』つきのホテルということで、『韓国の温泉とはどんなものだろう』と興味がありましたが、日本で云えば、少し規模が大きい町の『共同浴場(銭湯)』の風情でした。日本と異なっているのは、『韓国』の人たちは、熱心に『垢(あか)すり』に励んでいることで、ガイドの『申(シン)さん』の話では、『韓国人は週に数回垢すりをしないと落ち着かない』とのことでした。梅爺の入浴は『烏(カラス)の行水』の部類ですので、想像しただけでおぞましく、『韓国』に生まれなくて良かったと安堵しました。

Dscn2628 温泉で有名な『儒城(ユソン)観光ホテル』の『オンドル部屋』。

大田(テジュン)のホテルでは、『オンドル部屋』の割り当ても可能とのことで、一度は体験してみようと所望して『オンドル部屋』に泊まりました。日本で云えば『和室』を所望した様なものです。床暖房の堅い床に、比較的薄い敷き布団をひいて寝る様式であることが分かりました。

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2011年11月 6日 (日)

近くて遠い国『韓国』(3)

Dscn2723 観光地『海印寺(ヘインサ)』の路傍で朝鮮人参を売るオバサン。

Dscn2727 同じく干した山菜などを売るオバアサン。

西欧のブランド品(バッグや衣料品など)の『偽物』を、アッケラカンと店頭に並べているのを、庶民や観光客で賑わう市場の中の小店舗ばかりではなく、ホテルの土産品売店でも見かけました。タテマエは『規制』があるのでしょうが、実質的には『野放し』です。『偽物』流通の裏側には、貧しい東南アジアの国々等も巻き込んだ、素材製造、縫製を分担する大規模なシンジケートが存在するのではないでしょうか。影響度の大きさを考えると、『取り締まり』を今更強化できない、何らかの事情があるのかもしれませんが、『韓国』が一流の先進国の仲間入りをするには、このまま放置するわけにはいかなくなるでしょう。『売る方も、買う方も偽物と承知で取引しているのだから、何が悪い』と居直ることには限界があります。

『偽物』の製造、販売は、『本物』の意匠権を侵害している点で『悪いこと』ですが、優れたものを『真似る』という行為は、人類の文明が普及していく時の基本で、『悪いこと』とは言い切れません。先ず『真似る』ことから開始して、やがて、『凌駕する』ものが出現し、今度はそれが『真似される』対象になっていきます。スポーツや芸術の領域では、これは日常茶飯事に繰り返されています。『完璧に真似できる能力』が、『本物の凌駕』を実現する基盤になる可能性を秘めていると言うややこしい話になります。高い能力がなければ、完璧に近い『偽物』は作れません。

『韓国』で売られている『偽物』は、ひょっとすると品質は、本物と同等またはそれ以上であるということもありえます。『偽物』としてビジネスが継続できているのは、『粗悪品』ではない証拠なのかもしれません。

Dscn9040 『扶余(プヨ)』にある『百済歴史文化館(最近造られたテーマパーク)』にある百済初期の住居を復元したもの。日本の弥生時代を彷彿(ほうふつ)させる。

『百済(くだら)』『新羅(しらぎ)』時代の歴史遺産を見ると、当時の『日本』は後進国で、懸命に朝鮮半島の文化や技術を『真似ようとしていた』ことが分かります。逆に、第二次世界大戦以降、『日本』は、工業製品輸出国として復興し、南北に分断された朝鮮半島の『韓国』は、『日本』を徹底して『真似る』ことで、今や『日本』を凌駕するほどの力をつけてきたことになります。

両国は世界の中で、『真似る』ことでは、いずれ劣らぬ能力を保有していると言えそうです。ただし、『日本』は『偽物』を大っぴらに扱うことを『潔(いさぎよ)しとしない』のに対し、『韓国』は『偽物』を『ケンチャナヨ(それがどうした)』と認めてしまうところが異なっています。これは『文化』の違いです。

『韓流テレビドラマや韓流スター』『アイドル歌手グループ』などが、日本で人気を博していますが、これも、元はと言えば、『日本流文化』の『真似』であるように感じます。ホテルで『韓国』のテレビのバラエティ番組を何気なく観ていると、雰囲気が日本の番組そっくりであることに気付きます。

『韓国』は、『嫌になるほど日本に似ている』一方、『驚くほど日本とは異なっている』ことをこの旅行で再確認できました。

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2011年11月 5日 (土)

近くて遠い国『韓国』(2)

『韓国』は、お隣の国でありながら、梅爺は、不勉強で極めて断片的な知識しか持ち合わせていません。勿論、『ハングル』も読めませんし、話せません。

Dscn2578 『李明博(イミョンバク)』大統領がソウル市長の時に、高架道路を取り払って復活させたソウルの『静渓川(チョンゲチョン)』。かつては汚染がひどいドブ川だった。

Dscn9000 『清渓川(チョンゲチョン)』は大河『漢江(ハンガン)』から動力で水を引き込んでいて、今では魚も生息している。

仕事の現役時代、梅爺は海外とのビジネスは、『公用語』の英語で通してきました。『韓国』も『中国』もそれで通してきました。しかし、私的な旅行では、『相手の国の言葉』の理解が重要な役割を演じます。今回は、全行程を『申(しん)さん』という、韓国人の中年女性が『日本語』のできるガイドとして私たちのグループに同行してくれました。申さんの日本語の発音には『訛(なま)り』があり、時折理解できないこともありましたが、当方は全く『ハングル』が理解できないわけですから、相対的に頭が上がらず、梅爺は特段に不満を感じませんでした。それに、申さんの、明るい親切な人柄は、少々の『日本語の難』を帳消しにするのに十分なものでした。

日本の観光客が多く押し寄せるためと思いますが、ホテルやお店の従業員も、多くが日本語を理解してくれて助かりました。ソウルの繁華街には、『日本語ガイド』と書いた札を首に下げている人が立っていて、相談に乗ってくれます。大変ありがたいことですが、日本人は、どこへ行っても『相手が日本語で対応してくれること』を当然のこととして期待するのは、あまり感心したことではありません。異文化の理解には、先ず相手の『言葉』を最低限理解する必要があり、日本人がその努力をしない限り、国際人にはなれません。偉そうに言う梅爺も、今回は『アンニョンハセヨ(こんにちは)』と『カムサミダ(ありがとう)』だけで、対応するしかない『情けない日本人』の一人でした。

『韓国』で感じたことは、『日本と同じ道をたどっているな』ということと、『これは日本とは違うな』ということの両面がありました。先進国の技術を取り入れ、先進国以上の洗練された商品を創り出し、世界の市場を席巻していく姿勢は、かつての日本をみるようで、『いつか来た道』と感じます。自動車、家電商品、情報機器等の分野で、『韓国』は今や日本に追いつき、追い越そうとしています。

Dscn2555 『南大門市場』の賑わい

一方、街には、西欧のブランド品の『偽物』が公然と並べられ、売られています。ソウルの『南大門(ナンデモン)市場』は、上野のアメ横のように、沢山の小さな店が軒を並べるところで、ごったがえしていますが、日本人観光客が通ると、『完璧な偽物があるよ』とか『店中、偽物だけだよ』とかお店の人が声をかけてきます。このように、居直り、開き直って、むしろ『偽物』を売り物にしてしまう文化は、日本人には驚きで、『日本とは違う』と感じてしまいます。勿論日本にも『偽物』を売る人はいますが、『こっそり』または『騙して』売るのが普通で、後ろめたさを伴います。

『韓国』では、『ケンチャナヨ(それがどうした、どうにかなるよ)』という表現がよく使われますが、公然と『偽物』を売る文化は、まさしく『ケンチャナヨ精神』そのもののように感じました。

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2011年11月 4日 (金)

近くて遠い国『韓国』(1)

Dscn9044 韓国は紅葉のシーズン、『海印寺』周辺の紅葉

10月26日から31日まで、5泊6日の『韓国旅行』を楽しんで帰国しました。大学時代の男声合唱団(東京大学コールアカデミー)の昭和39年卒業の同期生仲間で企画したツアーで、夫婦で参加が7組、単身参加が6名の総勢20名の旅でした。梅爺、梅婆は夫婦で参加しました。

Dscn9051 『海印寺』周辺の渓流

このグループは、2年に1度の頻度で、国内外の旅行を行い、旧交を温めることにしています。海外旅行は今回が5回目で、過去には『台湾』『アメリカ(西海岸)』『オーストリア、チェコ、ハンガリー(オペラ鑑賞)』『ベトナム、カンボジア』を訪ねています。

梅爺を含め、男性のメンバーの多くは、今でも『OB男声合唱団(アカデミカ・コール)』で合唱を楽しんでおり、週に一度は練習で顔を合わせている間柄ですが、約10年間もこのような旅行を続けてきましたので、奥さま達も、互いに顔見知りで、文字通り『和気藹藹(わきあいあい)』の旅行でした。

そうは言っても、男性メンバーの平均年齢は70歳に達しましたので、自分が思うほど身体や頭は動いてくれず、この旅行中も、階段や山道の上り下りには喘(あえ)いだり、『忘れ物』『落し物』に悩まされたりすることが多くなってきました。とりあえず、全員無事に帰国できて何よりでした。

旅行には常連で参加されるメンバーの何人かが、ご自分の都合や、ご家族の体調不良で、今回は不参加になってしまったのは残念なことでした。次回の旅行が成立するかどうかは、今のところ不明ですが、このメンバーの『集い』が、永く続くことを願っています。

Dscn9097 『佛国寺』の紅葉

今回の旅先『韓国』は、梅爺にとっては、20年以上も前に、仕事で何度か訪れたことがある国ですが、想像していた通り、すっかり違う国になってしまっていて、浦島太郎の気分を味わいました。もっとも、仕事で訪れた時は『観光』などはほとんどありませんでしたので、『韓国』の歴史遺産を多く訪ねる今回の旅行は、新鮮な体験になりました。

20年前は、『日本』は『韓国』に比べてあらゆる分野で『圧倒的に進んだ国』でしたが、今は、『韓国』の都会も田舎も、少なくとも外見上日本とほとんど変わりがありません。昔は、韓国人が一番嫌いな国がダントツ『日本』でしたので、その気持ちを更に逆なでしないように、仕事の対応では気を使いました。今もその心情が韓国人にはあると思いますが、『日本』に追いつき、追いぬけそうになってきた現在では、かなり薄らいできたのではないでしょうか。韓流(はんりゅう)スターに『キャー、キャー』騒ぐ日本のおばちゃん達や、日本の若い女の子達の態度も、韓国人の『日本』に対する劣等意識を和らげることに大いに貢献しているように思います。お互いが、気取らず『ありのまま』の姿を理解し合うことが、重要ですので、『日韓関係』が、庶民レベルから改善されることは、良いことだと感じています。

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2011年11月 3日 (木)

瓢箪から駒

上方いろはカルタの『ひ』、『瓢箪(ひょうたん)から駒』の話です。

江戸いろはカルタは、『理(論理)』で表現する傾向が強く、一方、上方いろはカルタは、唐突な表現、突飛なものの組み合わせなど、語感の面白さを表現しているものが多いように梅爺は感じます。江戸と上方の庶民文化の微妙な違いがあるのかもしれません。

現代でも、東京のお笑い芸人と、関西のお笑い芸人の芸風に違いがみてとれます。関西人は、芸人でなくても、『つっこみ』を軽い『のり』で受け流して、その場の雰囲気を和(なご)ませる習性を受けついでいます。『嫌なこともおまんが、ま、ここはひとつ楽しくいきまひょ』という生き方に、梅爺も好感を抱きます。

『瓢箪から駒』は、『思いもかけないことが現実になる』『冗談に言っていたら、それが本当になる』などという例えとして使われる諺ですが、例によって、関西の『突飛なものの組み合わせ』かと思いましたら、中国明代の小説『東遊記』の中の逸話からの引用であることを知りました。

中国の八仙の一人とされる道士の『張果』は、白い驢馬(ろば)にまたがって、一日数万理も旅する能力の持ち主ですが、休息する時には、腰に下げた瓢(ひさご)の中に、白い驢馬を納めた、という逸話が原典のようです。似たような表現に『嘘から出たまこと』があります。

どうして、この逸話が『思いもかけないことが現実になる』『冗談に言っていたら、それが本当になる』という意味に転じたのかは、いまひとつ判然としません。

『なでしこジャパン』の澤選手が、自身5回目の『女子サッカー・ワールドカップ』に挑戦する前に、『今度はメダルをとる』と発言していましたら、なんと金メダルを獲得してしまいました。問題だらけで疲れ切っていた日本国民にとっては、まさしく『瓢箪から駒』のような、嬉しい出来事になりました。

こういう嬉しい『瓢箪から駒』なら、もっともっと沢山起きて欲しいと願いますが、永田町という『瓢箪』をいくら振ってみても、立派な政治リーダーという『駒』は、出てきそうもない雰囲気で、心が暗くなります。

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2011年11月 2日 (水)

幸福指数(GNH)(5)

国民が老若男女を問わず、『私は幸福です』とアンケートに回答する国が、本当に幸福な国と言えるのかどうか疑問で、手放しで喜ぶことはできないように思います。勿論、国民の大半が『私は不幸です』と答える国よりはましかもしれませんが、国民の価値観が、一色になるように操作されているのではないかと疑念がわきます。

人間は、一人ひとり知性、感性の能力が異なっているという現実とどう向き合うかは易しいことではありません。人間社会の悲喜劇は、すべてこのことに由来しているように思います。『誰もが同じように考え、感じる』という前提にした方が、組織や社会の運用は、楽になるに決まっています。そこで、必ず指導者は『価値観を一つにする洗脳操作』を始めようとします。

ナチズムや北朝鮮のような、指導者の品性を欠いた『洗脳政策』は、むしろ極端な例で、多くの場合、指導者は、それが組織や国民のために『正しい』と自ら信じて洗脳を行おうとします。悲しいことに、人間は、毎回同じことを吹き込まれると、段々それが正しいと思い込む習性も持ち合わせています。自分で判断するよりも、他人の判断に従っておいた方が周囲との摩擦も起きず、無難であると思い込み始めます。政治やメディアは、この国民の『洗脳されやすい習性』にうまくつけ込もうとします。

しかし『洗脳』は、『人間は、一人ひとり知性、感性が異なっている』という自然の摂理に反した行為で、結局はうまくいかないことを、歴史の多くの事例が示しています。『ベルリンの壁の崩壊』などは象徴的な事件です。

『ブータン』の指導者が、品性を欠いた『洗脳』で、国民を『幸せだ』と思わせているなどと言うつもりはありませんが、いかに善意の意図であっても、『洗脳』には、無理があるといいたいだけです。『物質と精神のバランスのとれた生き方』『自然を破壊しない生き方』などを指向することは、何も悪いことはありませんが、そのための『方策』となると、とたんに『洗脳』が見え隠れするのではないかと思います。例えば『ブータン』では民族衣装を着用することが義務付けられています。

若者は、夢や希望を追い求めることに充実感を感じ、老人は、日々が穏やかであればよいと願います。一人ひとりが、自分の知性と感性で、自分の幸せを求めようとすること、幸せは相対的な概念であること、などを多くの人が是認し、理解している社会が健全なのではないでしょうか。違いを認めることは、自分だけ勝手なことはできないことを知ることでもあります。『周りの人に迷惑をかけることはしてはいけない』という昔からの教訓は、『何かをしてはいけない』ということを言っているわけではありません。

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2011年11月 1日 (火)

幸福指数(GNH)(4)

国民の『幸福度』を量る方法として、アンケートを利用する方法が国際的にも採用されています。『あなたは幸福と感じていますか』という問いへの回答を統計解析するものですから、全く無意味とは言えませんが、有意義とも言えません。なぜなら、人間が『幸福』と定義する内容や、比較判断する物差しは、環境条件に左右されやすく、個人個人でも異なっているからです。異なった物差しで測ったものの多寡を比べてみても、それほどの意味がないからです。当面の不満要因を解決していくという政治姿勢は、対処療法のようなもので、長期的に国民の幸福度基盤を強化することには、必ずしもつながらないかもしれません。『幸福度』を論ずるには、人間に対する深い洞察と、理解が求められます。

『ブータン』が国策として『幸福指数』を追い求めていると初めて聞いた時に、梅爺は『後進国の負け惜しみ戦略』ではないかと思いました。どう頑張っても先進国のレベルへ達することが不可能な国が、開き直って『経済的な繁栄?それがどうした』と言っているのではないかと想像したからです。それに、どうせ量れない『幸福度向上』などという抽象的なスローガンを掲げることは、やみくもにただ『火の用心』と叫ぶより、さらにたちが悪いとも感じました。

しかし、よくよく考えてみると、政治が『国民の幸せ』を追求するのは当たり前のことで、今頃まともに『幸福指数』を掲げる国家が出現したことの方が、不思議なのかもしれないと思うようになりました。歴史を振り返れば、どの国も『国民の幸せ』という名目で、『戦争を行い』『帝国主義的な植民地支配を行い』『単一のイデオロギーを国民に強い』『圧倒的な経済力で他国を事実上支配する』ことを行ってきました。これらに垣間見えることは、『国がハッピーなら、国民もハッピーであるはずだ』という論理です。もし『ブータン』が、『ハッピーな国民が多ければ、国もハッピーである』という逆の論理を指向しているのなら興味深いことだと思うようになりました。

しかし、現実は『ブータン』の政策に反対するネパール系の国民が、国外へ逃亡したり、過激な手段で政府へ反抗しようとする『共産主義』を信奉するグループが存在しているようですので、夢のような『桃源郷』ではなさそうです。

結局、『この形が幸福をもたらす』というあるパターンを、国民に強いているのであるとすれば、必ず『このパターンは嫌い』という国民(個人)が出現するのは当然のことです。基本的にはパターンの選択の自由度を許容し、ただし、行き過ぎには、制約を加えるというバランスが政治の勘所ではないでしょうか。『国民を一色に染めようとしてはいけない。ただし、国民も許されない色があることは理解している』という国が大人の国です。そういう意味で、相対的に世界の中で、日本はかなり大人の国です。日本が求めるべきことは、これで満足せずに、世界が認める更なる大人の国になることで、それは『物質的な豊かな人』ばかりではなく、『心の豊かな人』が増えることです。

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