« 生物進化論(4) | トップページ | 映画『東京物語』(2) »

2011年9月18日 (日)

映画『東京物語』(1)

NHKBSプライム・チャンネルで、『山田洋次監督が選ぶ日本映画100本』の放映が2年がかりで始まり、初年度の今年は『家族』をテーマにした作品が紹介されています。『映画大好き爺さん』の梅爺は、楽しみに録画して観ています。

社会の状況、政治体制、文化や貧富のレベルが変れば、『家族の在り方』も変わるのは当然です。現代に産まれた日本の子供たちは、自分が置かれた『家族環境』しか知りませんから、それが『家族』というものだと受け止めているに違いありません。

しかし、70年も生きてきた梅爺のような日本人は、昔の『家族』を体験していますので、日本人の『家族』の価値観が『変ってしまった』と感じます。『昔の日本の家族は、もっと強い絆で結ばれていた』と、現代を嘆くのは、昔を知っているある年齢の大人たちです。

『昔は良かった。現代はヒドイ』という評価は、どの時代の老人にも共通する口癖です。現在の子供たちも、年寄りになれば必ずそうつぶやくにつがいありません。

裕福な環境で生活することが『幸せ』であると人間は考える習性を持っています。生物として、本能的に『安泰』な環境を求める習性ですから、当然のことです。ただ、人間のややこしい点は、『身体の安泰』と『心の安泰』の両方を求めるようにできていて、『身体の安泰』は『心の安泰』を必ずしも保証する要因ではないということです。というよりも、時に両者は、相反(あいはん)する要因にもなります。

他人より裕福でありたいと願えば、他人を排除することになります。そして『自分の力で自分は生きている』と思い上がるようになります。しかし、人類にとって『自然と協調して生きる。群をなして相互依存しながら生きる』ことが、永い間生き残りの条件でしたので、本能的にそれを求める習性も残っています。自然の摂理や、周囲の人たちとの絆で、自分は『生かされている』と感じた時の方が、人は『心の安泰』が得られます。

『身体の安泰』と『心の安泰』は両方必要であり、そのバランスをどのように考えるかが、人の『生き方』そのものになります。時代や環境の変化の中で、そのバランスを考え続けなければなりません。『昔は良かった』といってみても、環境を昔に戻すことができない以上、『くりごと』に過ぎません。

山田洋次監督が、最初に選んだ作品は、小津安二郎監督の『東京物語』でした。1953年の映画です。梅爺は前に何度もこの映画を観ていますが、あらためて観て、素晴らしい映画であることを再認識しました。それに、『デジタル・リメイク版』ということで、デジタル技術で、ノイズカットされていて、美しい映像も楽しむことができました。

60年前の日本人の『暮らし』『日本語』『価値観』は、まるで別世界を垣間見るような体験ですが、この映画は、『家族の絆』が失われていくことへの問題提起が主題です。映画の中で老人は、現代の老人同様に『昔は、こうではなかった』と呟いています。老人が『阻害されている』と感じ、『寂しい』気持ちになるのは、現代に限ったことではありません。しかし、よくよく考えてみると、社会のしくみが基本的に『老人最優先』ではないのはしかたのないことです。従って、嘆き悲しんでばかりいる老人は、カワイイとは言えません。老人にも『節度』と『品位』は求められます。

|

« 生物進化論(4) | トップページ | 映画『東京物語』(2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 生物進化論(4) | トップページ | 映画『東京物語』(2) »