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2011年4月28日 (木)

福岡伸一著『動的平衡』(2)

自然界に存在する一見ランダムな事象の中に、人間はある『パターン』や『ルール(法則・規律)』を本能的に見出そうとします。空に浮かぶ雲の形や、壁のしみを見ても、勝手に『何か』を連想したりします。生物としての進化の過程で、環境の状況を判断し、生き残るために、そのような能力必要であり、その資質が現生人類にまで継承されていると考えると、この習性の意味は得心がいきます。科学や哲学は勿論のこと、宗教もこの人間の習性がなければ、存在しなかったのではないでしょうか。

『パターン』や『ルール』を鋭く感知できる人は、そうでない人より先に身を護ったり、獲物を捕獲できたりできますから、断然有利と言えますが、この人間の習性には、大きな陥穽(かんせい)が待ち受けています。この本では、それを『脳のバイアス』の功罪として説明しています。意味があるものと思いこんだ『パターン』や『ルール』は、『真実』とは縁のない『単なる思いこみ』『勘違い』であることが大半です。虹は厳密には7色ではありませんし、平家蟹の甲羅に浮き出て見える人の顔は、海の藻屑と消えた平家の人たちの無念の形相ではありません。このような他愛のない『勘違い』で済むことなら問題はありませんが、時に甚大な影響を周囲にもたらす弊害の元となることもあります。『思いこみ』が嵩(こう)じて、他人を恨み、ついには殺してしまうというような悲劇も生じます。

人は誰も『脳のバイアス』の束縛から基本的に逃れられませんが、唯一この呪縛を逃れて『自由』を獲得する方法は、『学ぶ』ことであり、人は何故勉強をする必要があるのかという意味がそこにあると、福岡先生は指摘されます。自分が獲得(認識)した『パターン』や『ルール』は、『客観的な真実とは縁遠いものかもしれない』と『疑ってみる』能力は『理性』であり、この『理性』を研ぎ澄ますためには、『学ぶ』しかないという主張ですから、ごもっともな話です。

表現を変えれば、『直感を疑いなさい』ということになりますが、一方人間は個性を発揮するために『直感は大切にしなさい』という教えも間違いではありません。『直感』を疑っていては芸術などは成り立ちません。『直感』とどう付き合うかは、人間にとって大変厄介なことであることが分かります。

『直感』を産み出すのは脳細胞ネットワークですが、この脳細胞ネットワークは、人によって詳細の構成は異なっています。これが『個性』の源泉です。脳細胞ネットワークの形成は、胎児の時のランダムな接続に始まり、出生後外部環境の刺激を受けて、必要なものが強化され、不要なものは刈り取られて(消滅して)出来上がると言われています。先ずやみくもに接続して(行動してみて)、その後必要なものを残していく(生き残っていく)という、プロセスは、生物進化の過程の踏襲のように見えて、梅爺は大変興味深く感じます。

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