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2011年4月27日 (水)

福岡伸一著『動的平衡』(1)

自然界を支配する『摂理』というものがあるとすれば、『様々な要因が、刻々その時の平衡状態を求めて遷移する(動的平衡)』と『生まれる、生きる、死ぬを繰り返す(創造と破壊)』ではないかと梅爺は感じています。

宇宙も、星も、生物も、勿論生物の一種である『人間』も、この同じ『摂理』に支配されていると観ると、色々なことに得心がいきます。

自然界に『奇跡』と言えるほどの偶然があるとすれば、それは、生物の中で人間だけが『高い理性(知性)』を進化の過程で獲得したことではないでしょうか。勿論、この『理性』やそれをもたらした『進化』も、『動的平衡』『創造と破壊の繰り返し』という『摂理』に支配されていますので、実は稀有な偶然ではありますが、『奇跡』ではありません。

人間はその高い『理性』で、『愛』や『正義』といった抽象概念を思いつき、その象徴である『神や仏』という概念も考え出したのではないでしょうか。その結果、『愛』『正義』『神』が、人間の精神生活の根本であると思いついたのも、『理性』の推論として肯けます。しかし、冷静に自然界を観察してみると、これらの抽象概念は、少なくとも自然界の支配要因にはなっていないように思えます。

『愛』『正義』『神』が、人間や人間社会を支配する重要な概念であることに、梅爺は異論がありませんが、これを自然界を支配する『摂理』に格上げすることには疑問を感じています。人間が『理性』と『情感』を織り交ぜて作り上げた『精神世界』である宗教、芸術、哲学、科学は、人間が創造した『別世界』であり、自然界とは次元が異なったものであると考えた方が、矛盾がすくないように思います。ただ『科学』だけは、自然界の摂理を探究しようという行為ですので、自然界との接点があり、無縁のものとは言えないかもしれません。

梅爺が、自然界の『摂理』は、『動的平衡』と『創造と破壊の繰り返し』ではないかと『推論』するのも、梅爺の『理性』がなせる業(わざ)です。人間や人間社会が消滅すれば、人間が考えだした抽象概念やその成果である『精神世界』も消滅し、後に残るのは、『摂理』に支配される自然界だけということになるのではないかと考えています。

梅爺が傾倒する生物分子学の権威、福岡伸一先生の著書『動的平衡』を読みました。『生物の生命活動は動的平衡である』という先生の主張が底流にありますが、ちりばめられているエピソードとそれを表現する日本語の美しさを堪能できる本でした。

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