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2011年4月30日 (土)

福岡伸一著『動的平衡』(4)

この本には、ダイエットのメカニズムを説明した章があり、メタボが気になる梅爺は真剣に読みました。人間の一日の基礎代謝エネルギーは約2000キロカロリーで、これ以上の余分な食物の摂取は、『太る(体脂肪を増やす)』原因になると単純に考えてしまいますが、人間の生命維持活動のメカニズムは、非常に複雑で、そのように単純に律することができないことが分かりました。

そもそも、『太る』ということは、脂肪細胞が、血液中のブドウ糖を脂肪に変えて細胞内へ貯めこむことですが、何故そうするかは、人間が進化してきた環境のせいで、人類種が地上に現れてから約700万年の間、ほとんどの時代人間は飢餓に怯えて生きてきたことに由来すると考えられています。まさかの時に備え、余った分は貯金をしておこうという発想と同じです。この仕組みの司令塔は、脳ではなく、膵臓(インシュリンで警告)であることも、生物進化の名残として興味深い話です。メタボは逆に飽食に悩まされているということですが、人間は、飽食が種の存続を脅かす要因であるなどという状況を従来深刻に経験してきていませんので、飽食に対する防御策は、生命維持のメカニズムの中に持ち合わせていません。数十万年後の人間は、太り過ぎを自動的に抑えるメカニズムを進化で獲得しているかもしれません。

一度貯めこんだ脂肪を、運動で消費するという行為は、非常に効率が悪いことが分かっていますので、よほど意志の強い人でない限り、運動を継続することは困難で、運動に頼るダイエットは多くの場合挫折します。勿論、運動にはダイエット以外の効果もありますので、運動が無意味であるということではありません。

人間の身体の中で作り出せない、ビタミン、元素(カルシューム、金属など)、必須アミノ酸などは、外から補給する必要があり、サプリメントの服用が有効と考えがちですが、必要以上の補給は、返って身体に有害ということもあり、逆効果にもなりかねません。通常は、普通の食生活で、これらは十分補えるようにできていると、福岡先生は書いておられます。

同じ量でも、チョビチョビ時間をかけて食べれば太らず、空腹を我慢した後にドカッと食べれば太るという仕組みに人間はできているようです。長期間でみれば、食べる量を減らせば痩せることになりますが、短期間では、むしろ身体を飢餓状態に置くことを避け、偏食を避けて、チョビチョビ食べることの方が太らず、健康を維持できる秘訣になるようです。

タンパク質は体内に貯めこむことができず、しかも、細胞が死と生を繰り返す『動的平衡(生命活動の根源)』の源ですので、人間は食べ続ける必要があります。『You are what you ate(汝は、汝が食したものなり)』とは、よく言ったものです。

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2011年4月29日 (金)

福岡伸一著『動的平衡』(3)

人間は、食べ物を口にした時から『食べ物が体内に入った』と思いますが、果たしてそうなのかと福岡先生は問います。消化器内で、食べ物が分解され(消化され)養分の一部が消化器内壁から血液内へ吸収されて初めて『食べ物が体内に入った』と見れば、食道、胃、腸の内部は未だ『体外』であるとも言えます。ちくわの内部を貫く筒状の空間は、ちくわの一部ではないという論法です。

勿論、体内、体外の定義を議論することが目的ではなく、人間は、単純に模式化すれば、ミミズのように、口から肛門までの筒状の体外部分を内部に持つ生物であると見ることができるという話です。脳とか心臓とか、私たちが非常に重要な器官であると考えますが、それらは生物進化の過程の後の段階で追加獲得したもので、ミミズのようであった時の原型が人間にも残されているという見かたは、人間を理解する上で意味があります。受精卵が分裂して人間の形を形成していく初期の段階で、筒状の『内部体外部分』が先ず確保されることも分かっています。消化器や心臓には、脳の指令とは別の自律神経があることも、どの順序で人間が出来上がっていったかを推測させる材料です。

筒状の内部空間とも言える消化器内部で、食べ物は消化酵素によって分解され(タンパク質はアミノ酸へ)、食べ物が保有していた固有の情報(タンパク質の構造情報)は消滅します。人間のタンパク質の持つ情報とは異なった食べ物固有の情報がそのまま体内に入ると、人間に悪影響を及ぼすからです。消化の本質的な目的は、吸収されやすいように細かくするということより、食べ物固有の情報を消去することにあるのだと分かります。完全に消去できれば、遺伝子操作で作られた動物、植物を食べても大丈夫という論理になります。

人間に必要なタンパク質は、吸収したアミノ酸などを利用して、再度合成されます。食べ物やサプリメントのタンパク質がそのままの形で補填(ほてん)利用されるわけではありません。

こう考えると、歳をとって関節がギシギシする人は『ヒアルロン酸』『コンドロイチン』を、お肌がカサカサしたら『コラーゲン』を、頭を良くするには『味の素(グルタミン酸ソーダ)』を摂取しなさいという話はあやしいことになります。これらはいずれも、全て人間の体内で、ありきたりのアミノ酸を材料に合成できるものであるからです。人間に効果のあるものは、人間の体内では作り出せない必須アミノ酸を外部から摂取する時に限るということになります。

関節がギシギシし、お肌がカサカサするのは、老人のタンパク質合成能力が衰えているためですので、材料のアミノ酸だけを多量に補給しても、必ずしも有効ではないということになります。老人はサプリメントのテレビ広告に、惑わされないようにする必要がありそうです。

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2011年4月28日 (木)

福岡伸一著『動的平衡』(2)

自然界に存在する一見ランダムな事象の中に、人間はある『パターン』や『ルール(法則・規律)』を本能的に見出そうとします。空に浮かぶ雲の形や、壁のしみを見ても、勝手に『何か』を連想したりします。生物としての進化の過程で、環境の状況を判断し、生き残るために、そのような能力必要であり、その資質が現生人類にまで継承されていると考えると、この習性の意味は得心がいきます。科学や哲学は勿論のこと、宗教もこの人間の習性がなければ、存在しなかったのではないでしょうか。

『パターン』や『ルール』を鋭く感知できる人は、そうでない人より先に身を護ったり、獲物を捕獲できたりできますから、断然有利と言えますが、この人間の習性には、大きな陥穽(かんせい)が待ち受けています。この本では、それを『脳のバイアス』の功罪として説明しています。意味があるものと思いこんだ『パターン』や『ルール』は、『真実』とは縁のない『単なる思いこみ』『勘違い』であることが大半です。虹は厳密には7色ではありませんし、平家蟹の甲羅に浮き出て見える人の顔は、海の藻屑と消えた平家の人たちの無念の形相ではありません。このような他愛のない『勘違い』で済むことなら問題はありませんが、時に甚大な影響を周囲にもたらす弊害の元となることもあります。『思いこみ』が嵩(こう)じて、他人を恨み、ついには殺してしまうというような悲劇も生じます。

人は誰も『脳のバイアス』の束縛から基本的に逃れられませんが、唯一この呪縛を逃れて『自由』を獲得する方法は、『学ぶ』ことであり、人は何故勉強をする必要があるのかという意味がそこにあると、福岡先生は指摘されます。自分が獲得(認識)した『パターン』や『ルール』は、『客観的な真実とは縁遠いものかもしれない』と『疑ってみる』能力は『理性』であり、この『理性』を研ぎ澄ますためには、『学ぶ』しかないという主張ですから、ごもっともな話です。

表現を変えれば、『直感を疑いなさい』ということになりますが、一方人間は個性を発揮するために『直感は大切にしなさい』という教えも間違いではありません。『直感』を疑っていては芸術などは成り立ちません。『直感』とどう付き合うかは、人間にとって大変厄介なことであることが分かります。

『直感』を産み出すのは脳細胞ネットワークですが、この脳細胞ネットワークは、人によって詳細の構成は異なっています。これが『個性』の源泉です。脳細胞ネットワークの形成は、胎児の時のランダムな接続に始まり、出生後外部環境の刺激を受けて、必要なものが強化され、不要なものは刈り取られて(消滅して)出来上がると言われています。先ずやみくもに接続して(行動してみて)、その後必要なものを残していく(生き残っていく)という、プロセスは、生物進化の過程の踏襲のように見えて、梅爺は大変興味深く感じます。

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2011年4月27日 (水)

福岡伸一著『動的平衡』(1)

自然界を支配する『摂理』というものがあるとすれば、『様々な要因が、刻々その時の平衡状態を求めて遷移する(動的平衡)』と『生まれる、生きる、死ぬを繰り返す(創造と破壊)』ではないかと梅爺は感じています。

宇宙も、星も、生物も、勿論生物の一種である『人間』も、この同じ『摂理』に支配されていると観ると、色々なことに得心がいきます。

自然界に『奇跡』と言えるほどの偶然があるとすれば、それは、生物の中で人間だけが『高い理性(知性)』を進化の過程で獲得したことではないでしょうか。勿論、この『理性』やそれをもたらした『進化』も、『動的平衡』『創造と破壊の繰り返し』という『摂理』に支配されていますので、実は稀有な偶然ではありますが、『奇跡』ではありません。

人間はその高い『理性』で、『愛』や『正義』といった抽象概念を思いつき、その象徴である『神や仏』という概念も考え出したのではないでしょうか。その結果、『愛』『正義』『神』が、人間の精神生活の根本であると思いついたのも、『理性』の推論として肯けます。しかし、冷静に自然界を観察してみると、これらの抽象概念は、少なくとも自然界の支配要因にはなっていないように思えます。

『愛』『正義』『神』が、人間や人間社会を支配する重要な概念であることに、梅爺は異論がありませんが、これを自然界を支配する『摂理』に格上げすることには疑問を感じています。人間が『理性』と『情感』を織り交ぜて作り上げた『精神世界』である宗教、芸術、哲学、科学は、人間が創造した『別世界』であり、自然界とは次元が異なったものであると考えた方が、矛盾がすくないように思います。ただ『科学』だけは、自然界の摂理を探究しようという行為ですので、自然界との接点があり、無縁のものとは言えないかもしれません。

梅爺が、自然界の『摂理』は、『動的平衡』と『創造と破壊の繰り返し』ではないかと『推論』するのも、梅爺の『理性』がなせる業(わざ)です。人間や人間社会が消滅すれば、人間が考えだした抽象概念やその成果である『精神世界』も消滅し、後に残るのは、『摂理』に支配される自然界だけということになるのではないかと考えています。

梅爺が傾倒する生物分子学の権威、福岡伸一先生の著書『動的平衡』を読みました。『生物の生命活動は動的平衡である』という先生の主張が底流にありますが、ちりばめられているエピソードとそれを表現する日本語の美しさを堪能できる本でした。

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2011年4月26日 (火)

縁と月日

上方いろはカルタの『え』、『縁と月日』の話です。

『縁と月日は末を待て』または『縁と浮き世は末を待て』を、短縮してしまった表現で、『果報は寝て待て』『待てば海路の日和(ひより)あり』と同様、『じたばた悪あがきせず、じっと待っていれば良縁が転がり込んでくる』という、梅爺のような無精者には極めてありがたい諺です。

『江戸いろはカルタ』と『上方いろはカルタ』を比較してみると、『江戸いろはカルタ』の方は、表現が理詰めで、初めて接した人でも、それだけである程度状況が想像できるように配慮がなされていますが、『上方いろはカルタ』の方は、極端な省略や、単なる語呂合わせのような表現が多く、むしろ、感性に依る『語感』の面白さを重視しているように感じます。『縁と月日』『下駄に焼き味噌』がそれにあたります。

江戸時代の江戸と上方の文化の差をなんとなく感ずると同時に、この文化の差は、現代にまで継承されているように思います。梅爺は、あきらかに『江戸型』の人間です。

『じたばた悪あがきせず、じっと待っていれば良縁が転がり込んでくる』と言われれば、何もしないことの弁解にもなり、ありがたく従いたくもなりますが、梅爺のこれまでの拙い人生経験を振り返ってみると、『じっと耐えていたら良いことが起こった』という事例は数えるほどで、多くの場合『もっと悪い方向へどんどん転がって行ってしまった』ことが圧倒的に多いように感じますので、『縁と月日』を、若い人の将来のためにお薦めする気にはなれません。

人生は『縁と月日』と、老い先の短い梅爺のような人間が達観して呟くのならともかく、若い人が、これで全員『棚から牡丹餅(ぼたもち)』を期待して、口だけをあけて待っているようになるのは、いただけません。牡丹餅が落ちて来ないのは、世間のせい、国のせい、と責任転嫁するのはもっといただけません。

人生は、『切羽詰まって、悪あがきしていると突然光明がさすことがある』というのが、梅爺の実感です。もう少しカッコよく云えば『人事を尽くして天命を待つ』ということでしょうか。悪あがきしても、ついにうまくいかなかった時は、『しかたがない』とあきらめもつきますが、何もしないで、最悪の状態に落ち込めば、後悔だけが残って後味が悪いものです。

残念ながら、『楽をして、得をする』というように、人生はできていません。有り金はたいて、宝くじを買い、当たりくじをじっと待つというようなわけにはいきません。

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2011年4月25日 (月)

人は何故走るのか(4)

スポーツ選手が、足腰の鍛錬のために『走る』のは、目的が明確ですが、サラリーマンであった頃の梅爺は、別に『走った』からといって、昇給したり、出世が早まるわけではありませんから、ただ『走る』ことに魅せられて『走っていた』ことになります。強いてあげれば、自分の潜在能力に挑戦したいと言う『欲望』が関連していたのかもしれません。

『走る』ことは、肉体的には苦しさを伴い、特に、暑い時、寒い時などは、『サボりたい気持ち』に負けてしまうこともありましたが、『四季の移り変わりを肌で感ずる楽しさ』『走り終わった時の爽快感』『我慢強さの実感』などの沢山の楽しみもあり、一度『走る』習慣が身についてしまうと、『走らないではいられない』ようになりました。本当の『楽しさ』は、『苦しさ』と表裏一体であるということなのでしょう。

しかし『ララムリ』が『走る』のは、梅爺のような能天気な『楽しみ』とは無縁で、『走ることが生きること』という環境であるからです。『トウモロコシ』と『インゲン豆』を主食とする比較的小柄な体格の『ララムリ』に、どうして驚異的『走る』持続力が備わっているのかは不思議な話です。

『ララムリ』を研究対象としている医師によると、『ララムリ』には、『糖尿病』『うつ病』が一切無いということでした。これが本当なら、人間は『文明』を獲得した代償として『病気』や『不幸』を背負いこんだことになります。

分子生物学の福岡伸一先生の本に、『人間は、永い進化の過程で、飢餓に備えて脂肪を体内に蓄積する機能を獲得したが、飽食の弊害に備える機能は獲得していない』というようなことが書いてありました。『ララムリ』には、文明人の『メタボ』や『肥満』の悩みは、不可解な話にちがいありません。

『文明』は極めて短期間に高度化しましたので、人間の基礎能力は、これと比例して進化しているとは言えません。『文明』が、うまく機能している時は、快適に感じますが、一度不具合に遭遇すると、人間の『ひ弱さ』を露呈してしまいます。『利便』『快適』を求めて、『身の丈以上の生活』を享受してきた人類の弱点は、自分たちが作り出した『文明』に見合った能力をまだ進化で獲得していないということかもしれません。

過酷な環境で『走り続けるララムリ』と、『ほとんど走らない文明人』と、どちらが『本来の人間』に近いのかは、梅爺には判断ができません。

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2011年4月24日 (日)

人は何故走るのか(3)

人が走るためには、筋肉を必要とし、特に持続的に走るためには、トレーニングで筋肉(筋力)を維持する必要があります。折角貯めた筋肉も、トレーニングを怠ると、すぐに減少してしまいます。コツコツとトレーニングを継続しないと、走る筋力は維持できません。

梅爺もランニングを継続していた時は、健康診断時のレントゲン写真で、心臓が肥大気味と指摘されていましたが、走ることを止めて1年後には、すっかり元の心臓の大きさに戻ってしまったと記憶しています。

人間の筋肉が、使わないと減少するように、脳も使わないと、機能劣化してしまうことは容易に推測できますので、なんとか食い止めようと、ブログを書いたり、英語の本を読んだり、梅爺は涙ぐましい努力をしています。著しい効果を実感できているわけではありませんので、単なる気休めかもしれません。

走ることは、エネルギーを必要とします。人間は、細胞内の糖を燃焼させてこのエネルギーを作り出します。当然酸素の供給が必要となりますので、心拍数が上がります。しかし、これに伴い、乳酸が生成され、肝臓が処理できないほどの乳酸が血中に貯まると、身体は危険な状態になります。

番組の中で、『ララムリ』のランナーと、日本人の取材スタッフの一人に、同じ条件で走ってもらい、直前、直後の、『心拍数』『乳酸値』を測定して比較する実験が行われました。直前、直後の『心拍数』は、『ララムリ』が63-164、日本人は98-205で、絶対値に違いがありますが、相対的に増えていることは同じです。ところが、『乳酸値』では、『ララムリ』が1.6-3.2、日本人が1.4-12.4と大きな違いがあることが分かりました。

酸素が薄い高地に住んでいる『ララムリ』と、取材で訪れた日本人では、違いが出るのは当然とも言えますが、『乳酸値』を見る限り、『ララムリ』は非常に効率よくエネルギーを使っていることが予想できます。現に、『ララムリ』のランニング・フォームをスポーツ医学の権威にみてもらうと、『無駄のない理想的な走り』であることが分かりました。

多くの現代人は、『走りかた』を忘れてしまいましたが、『ララムリ』は人類先祖の『無駄のない理想的な走り方』を継承しているとも言えます。この能力は、遺伝子で継承されているのか、後天的に環境から獲得したものなのかを知りたいところですが、それに関する解説は番組ではありませんでした。

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2011年4月23日 (土)

人は何故走るのか(2)

梅爺が参加していた『青梅マラソン』は、『マラソン』と名がついていますが、厳密には『30キロメートルのロードレース』です。ただし、往路は主として登り、復路は主として下りがダラダラと続く地形ですので、平坦地の30キロメートルよりは過酷なレース条件です。

それほど広くない道幅の道路を、1万人ものランナーが走るわけですから、スタート直後は『芋洗い』の状態で、周囲と同じ遅いペースでしか走れず、中盤でバラけてきて、ようやく少し自分のペースで走れそうな状態になった時には、今度は、自分の思うようには身体が動かないという状態でしたから、本番では練習時より良いタイムを刻むことはできませんでした。一番良かった時のタイムが2時間40分程度で、年齢が50歳に近付いた頃には、限りなく3時間に近いタイムになり、それが『引退』を決意する一つの要因にもなりました。

『ランニング』を日課としていた時には、毎日走った距離とタイムをノートに記録し、『少しでも自己記録を更新しよう』と、頑張ってしまいますので、膝や踝(くるぶし)の関節を痛めたりしました。『向上心』『克己心』に重きをおくばかりに、健康には必ずしも良くないことをやっていたのかもしれません。『ランニング』は、健康第一の『ジョギング』とは、似て非なるものです。

長時間走る訓練を続けると、身体はそれに合わせて変化します。筋肉が増えて筋力が増しますが、心臓も肥大し、平常時の心拍数は少なくなります。走ったり運動をすると勿論心拍数は上がりますが、運動をやめれば、かなり速い速度で心拍数は平常時へ戻るようになります。中年の頃の梅爺でも、このように体質が変化したわけですから、これは先天的なものではなく、人は誰でも訓練すればそうなる資質を持っているということに他なりません。

走っていたころの梅爺は、現在のようなメタボ体型とは程遠い、スリムな体型で、健康診断の数値も全て良好でした。それに『肉体的精神的耐久力の向上』『達成感』などを実感して、自分では大いに満足していました。

梅爺が何故40歳の時に、突然思い立って『走り始めた』のかは、今になって思い起こそうとしても判然としません。『青梅に住んでいて、青梅マラソンを何度か観戦していて、自分も走ろうと思い立った』『何かムシャクシャする鬱積する気持ちがあり、それを忘れよう晴らそうとして思い立った』『惰性で生きているように感じ、もっと克己心を養わねばと思い立った』などいくつか理由は思いつきますが、どうもピンときません。『なんとなく走ってみようと思った』というのが一番当たっているように思います。梅爺の中にある『走る本能』が表面化したというのであれば、多かれ少なかれ人は誰も『走る本能』を保有していると言えそうです。

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2011年4月22日 (金)

人は何故走るのか(1)

アメリカで『Born to run(走るために生まれてきた)』という、メキシコの少数山岳民族『ララムリ』の驚異的な長距離持走力を取材した本(ノンフィクション)が話題になっているということで、NHKが『ララムリ』の実態を取材したドキュメンタリー番組が、BSハイビジョンチャンネル(4月1日からプライムチャンネルに改名)で放映され、録画して観ました。この本を梅爺は読んでいませんが、『人は何故走るのか』という素朴な疑問が湧いてきました。

『人は何故走るのか』などという、考えてみても一銭の得にもなりそうもないことを好奇心の対象にして、考え込んでしまうのが梅爺の悪い癖です。もっとも、この種の好奇心の対象になるもので、この世や周囲は満ち溢れていますので、『梅爺閑話』はなかなかネタ切れになりません。

『ララムリ』はメキシコの標高2千メートルの山岳地帯に住む人口6万人の少数民族です。痩せた農地にトウモロコシとインゲン豆を植え、それを主食としていますが、子供から年寄りまで、『走る』ことが日常の生活パターンになっています。主として走るのは男ですが、女性も走ることを苦にしません。子供は遊びの中で、大人は放牧する牛を追ったり、狩りの獲物を追って、とにかく起伏の激しい山岳地を長時間『走り』続けます。

麓(ふもと)の町で開催される、長距離走を競う大会(中には山岳地帯も含む80キロメートルのスーパーマラソンもある)では、上位入賞者は『ララムリ』で占められます。時には『ララムリ』の走者は、世界各地のマラソン大会へも招待され、上位入賞を果たしています。

しかし、当然のことながら、『ララムリ』はマラソン大会で好成績を収めるために日常走っているわけではありません。生きるための『基本動作』として、当たり前に走っています。逆にいえば、『走らないと生きていけない環境に適応してきた民族』と言えるのではないでしょうか。

人類は5000年位前に『文明』を実現し、その後、『時折必要な時に走る』『馬や車に乗って自分は走らない』ことが当たり前になってしまいましたが、それ以前の人類は、『ララムリ』同様に、『走ることは、生きるために必要なもの』であったに違いありません。人類が日常走ることを止めたのは、数百万年の歴史の永さを考えると、ごく最近のことで、大半は『走っていた』ことになります。

現代人の中には、誰から頼まれたわけではなく『ジョギング』や『ランニング』に執着する人がいます。梅爺も、40歳から50歳になるまでの10年間、地元の『青梅マラソン』に参加するために、『ランニング』を日課にしていました。梅爺が愛読している『おゆみ野四季の道』というブログの著者、山崎次郎さんは、60歳を越えた現在も、『走る』ことへの情熱が衰えを見せません。

梅爺が走っていた時には、『お前は、自虐を楽しむマゾヒストか』と友人たちからひやかされました。走ることには、走る人だけが得られる『喜び』や肉体的なメリットがありますが、『苦しさ』も伴います。ですから、遠い昔の祖先が、生きるために走っていた時の『本能』に触発されたのかと問われれば、『そうかもしれない』と考えざるを得ません。走る目的の理屈は、いくつでも思い浮かびますが、『何故走るのか』には、理屈ではない要素が多分にあるように感じます。人間は元々走ることを、生きるための重要な資質として進化させてきた生物なのではないでしょうか。

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2011年4月21日 (木)

地球は奇跡の星か(5)

誕生当時の地球環境は、現在とは似ても似つかぬものでした。大気の大半は水素とヘリウムで、酸素はほとんど無い状態ですから、当然『水』は存在せず、燃料となる樹木もありませんから『火』も存在しなかったことになります。

最初の地球の大気に酸素は少なかったとしても、炭酸ガスや酸化鉱物など酸素元素は存在していて、これらが分解して酸素ができ、それが水素と結合して最初の『水』が出現したものと考えられます。更に『光合成』を行う生命体が地球に出現したお陰で、大気の酸素比率が高まり、水素と結合して『水』が増え豊かな『海』ができました。『水』は蒸発、降雨を繰り返す資源になりました。やがて『光合成』を大規模に行う植物群が誕生し、空気中の酸素濃度が上昇して、『火が燃える条件』の13%に達し、地球上に自然の『火』が出現しました。これは、約4億年前であったと考えられています。燃料は植物で、点火は、雷の稲妻であったと推測されます。酸素濃度は、その後も増え続け、現在は21%程度でバランスしています。

『水』と『酸素』が存在するようになって、初めて酸素呼吸でエネルギーを確保する動物が出現し、現在の地球環境に近いものになりました。生物として支配的に君臨するようになった人間の出現は、そのずっと後のことで、たった数百万年前のことです。地球誕生からのプロセスを考えると気が遠くなるような話です。しかし、全ては、多様な条件の組み合わせを利用して、自然の摂理が『動的平衡』を求めて変容を繰り返した結果もたらされたものです。一つでも条件が異なっていれば、全く別の変容を遂げたと推測できますので、どうなるかは予測ができない『危うい変容』であったことになります。とても『神のデザイン』通りに進行したとは言えそうにないと梅爺は考えています。つまり、この変容は、『あらかじめ設定された目的へ向かう変容』ではないということです。現在の地球環境は偶然の積み重ねでできたもので、結果だけをみると、人間には『奇跡』に見えるということに過ぎません。

150万年前に、『火』を自分でコントロールする能力を身に付けた人間は、そのお陰で現代にいたる文明進化のプロセスを歩み始めました。しかし、燃料として『樹木』『石炭』『石油・天然ガス』『ウラン』と、地球資源を使い果たしそうな状態になり、今では次なるエネルギー源を模索する必要に迫られています。

地球資源のことを考えると、誰が考えても、70億人という世界の人口はバランスがとれていません。科学が、『エネルギー資源』『食料資源』『水資源』の問題を解決してくれるという楽観論もありますが、予断を許しません。

これから人間は、地球の『奇跡』だけに頼ることはできません。どう切り抜けていくかは、全て人間の『叡智』にかかっているような気がします。

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2011年4月20日 (水)

地球は奇跡の星か(4)

人間が『地球は奇跡の星だ』と感ずるのは、人間を含む生物が生命を維持するのに、好都合な環境が多く整っているからでしょう。勿論、好都合なものばかりではなく、不都合な環境もあったり、生命を脅かす不都合な環境が出現したりしますが、人間はそれを知恵で避けたり、避ける手段を考えたりして、現在まで生き延びてきました。

地球環境を利用することと、人間の文明は当然密接に関係しています。『ナイル川』『チグリス・ユーフラテス川』『インダス川』『黄河』の流域に、最初の人類文明が出現したというのは、歴史の定説で、『飲み水の確保』『農業灌漑水の確保』『船を利用した交易』などを考えれば、定住する人口が増え、大河のほとりに文明が芽生えるのは当然と納得できます。しかし、現在では、この『四大文明』と同時期や、もっと古い時代に文明が存在した地域が、世界の各地で見つかっており、『四大文明』が最古の文明とは必ずしも言えないことが判明しつつあります。ブルガリアを中心とする『トラキア文明』などもその一つで、見事な『黄金細工』の技術が有名です。

その後、『金属の利用』が文明を進展させる要因になり、『鉱物資源』が採取できる近辺に、文明の中心地が出現するようになります。鉱物資源は、地球のマントルが地殻の割れ目や断層から地表へ噴出したところに多く存在します。更にその後文明の推進役になる石油、天然ガスも、地殻の断層付近から採取できることで、近辺に人が住みつきましたが、この一帯は、逆に火山や地震が発生しやすい場所でもありますので、いつ発生するか分からない大災害と隣り合わせで生活していることになります。中東は産油国でもありますが、地震多発地帯でもあります。アメリカ西海岸は、巨大な断層が走っているために、『ゴールド・ラッシュ』や『石油採掘』で繁栄しましたが、サンフランシスコやロス・アンジェルスは、大地震に襲われる可能性のある危険な場所です。勿論火山が多い日本の大都市の大半は、地殻断層の近くに存在しています。『いい場所見ーつけた』と昔の人はほくそ笑んだことでしょうが、現代科学は、そこが危険地帯であることを明らかにしてしまいました。この世の常で、『うまい話には裏がある』ということですが、防災のためのコストは膨大ですので、多くの人たちは『運を天にまかせて』、または『それと知らずに』危険な都市に住み続けています。

古代人も、『大航海時代』のヨーロッパ人も、海流や、季節風を利用して、遠洋航海を行いました。奇跡と考えられる地球環境は、生命の維持だけではなく、人間の文明と深く関与していることが分かります。『季節風や海流の向きが変わった』『干ばつが続いた』などの地球環境の変化に耐えきれずに、滅亡した文明も沢山あります。地球温暖化がもたらす環境の連鎖反応的な変化が、現代文明に致命的な影響を及ぼすであろうと、科学者が予測するのは、決して大げさではないように感じます。気温が数度あがるというのは引き金で、結果として海流が止まったり、流れが変わったりすれば、海の生態系は変わり、現在の温暖地が寒冷地に代わり、農業も維持できなくなる可能性があるからです。

人間に恩恵をもたらす『奇跡の星』も、環境バランスが少し変わっただけで、人間に牙をむく『怖ろしい星』に変貌します。地球は人間のために存在するのではなく、地球があるバランスを保てば、人間は存在できるという関係に過ぎません。

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2011年4月19日 (火)

地球は奇跡の星か(3)

天の川銀河系の中に、太陽系が誕生したのは、46億年前で、分子雲(塵とガス)が、物理法則に従って寄り集まり、太陽(恒星)、惑星群、惑星の周囲を回る衛星群が形成されたと考えられています。お互いの位置関係は、当然引力によって保たれています。

中心の太陽は、太陽系の全質量の99%を占める圧倒的な大きさで、地球を含む惑星群は、太陽の引力との関係で、常に動的平衡で惑星軌道を保っています。太陽系の誕生と同時に、現在のような軌道位置が、ほぼ安定化したわけではなく、38億年前に、木星と土星の軌道が『共鳴』して、その影響で太陽系全体が大混乱に陥いり、その混乱が収束して、相互に安定的な平衡関係を見出すまでに約1億年を要したと考えられています。

この時期、地球は、彗星との衝突を繰り返し、現在の地球とは似ても似つかぬ環境であったと推測できます。地球上に生命体が出現した時期は特定されていませんが、少なくともこの太陽系の混乱時期の後と考えるのが妥当ではないでしょうか。

宇宙も、太陽系も、すべて物理法則に従って創られましたが、ある形を目指して創られたわけではなく、複雑な諸条件が動的に平衡状態を求めて、現在の形に偶然なったと言えます。地球の、太陽の周囲を365日かけて一周する軌道や、1日かけて一回自転することが、太陽系形成時の動的平衡で決まりました。また自転も偶然地軸が傾いたために、地球上には『季節』が生まれました。

太陽との距離関係も、『近からず、遠からず』で、このおかげで、地球上の『水』の大半は、『液体』状態で存在できます。つまり気体(水蒸気)や固体(氷)ではない状態が維持できる温度環境が偶然形成されたということになります。この液体状態の水が豊富に存在することが、生命体を生みだす必須条件であったことは云うまでもありません。

太陽に近い水星は、灼熱の惑星ですから水は液体では存在できず、太陽から遠い惑星では、水は個体(氷)でしか存在できません。土星の輪は、氷の塊でできているというのが、現在の定説です。

このように考えると、人間の価値観で観れば、地球は『極めて幸運な偶然が重なって出来上がった星』であり、その幸運の度合いは、想像を超えたものでもありますので『奇跡の星』と言えないことはありません。この幸運が無ければ、私たちは存在しないからです。

しかし、自然の摂理で冷徹に観れば、諸条件と物理法則が創りだした単なる平衡状態であり、地球だけが例外の扱いにはなっていません。人間は、かけがえのない地球環境に感謝しますが、自然の摂理は、人間の願望や感謝を配慮して作用しているわけではありません。天地は人間のために創られたのではなく、自然の摂理が創りだした天地の中に、偶然これまた自然の摂理が働いて人類が出現しただけのことです。人間は、自然の摂理の一部を解明し、それを利用して『動的平衡』へ影響を与えるような尊大な存在にまで進化してきましたが、そもそも自然の摂理に逆らっては生きていけない存在なのです。今回の震災であらためてそれを思い知らされました。

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2011年4月18日 (月)

地球は奇跡の星か(2)

夜空の星を眺め、広大な宇宙に思いを馳せて、自分がいかに小さな存在であるかを思い知り、泣いたり、笑ったりしていることさえも、ちっぽけなことに感じたりしますが、それは物理的な『大きさ』の話で、人間は『脳』の中に、抽象的ながら『広大な精神世界』を保有していますので、その存在は必ずしも『とるにたらないちっぽけなもの』とは言えません。ちっぽけな身体の中に、広大な精神世界を保有しているという、実に不思議な生物が人間なのです。

人間が、眼で見える範囲の宇宙は、宇宙の極々一部であって、科学者が説明する宇宙の広さの話を聞けば、呆然としてしまいます。『地球』は太陽の惑星の一つで、太陽系は一種の銀河に属し、この銀河だけでも広大な世界ですが、なんと宇宙には1千億個の他の銀河が存在すると言うのです。それらの銀河は、120億年の昔から、相互に衝突と分裂を繰り返し、そのプロセスの中で、銀河に含まれる星も、生まれたり、消滅したり(塵とガスに分解)を繰り返してきました。

物理法則に支配された、生成と破壊が『動的平衡』を求めて繰り返されるという摂理が宇宙を支配していることが分かります。『動的平衡』で、変容していくというのは、『生物進化』も『生命活動』も『政治や経済』も同じです。東日本大震災の復興もこの摂理で行われますので、復興は以前の日本を復元することにはなりません。起こってほしくなかった災害ですが、起こってしまった以上、日本は新しい日本へ変貌していきます。科学が解明できていない分野が多い人間の『精神世界』も、『動的平衡』の賜(たまもの)であることにはちがいなく、自然の摂理から見れば『例外』とは言えないものではないでしょうか。

こう考えてくると、宇宙そのものでさえも、生成と消滅を繰り返しているのではないかと思いつきます。現に、宇宙物理学者の中には、現在の宇宙は、『50回目の宇宙』であるという仮説を唱えている人もいます。つまり、『ビッグバン(生成)』と『ビッグクランチ(消滅)』を繰り返しているという主張です。

過去に、『ビッグバン』が何回もあったかどうかは別にしても、現在の宇宙は137億年前の『ビッグバン』で、膨張を開始したというのが定説です。1千億個の銀河が存在するわけですから、宇宙のどこかに『地球』と極めて類似した環境の星が存在する確率は無視できません。宇宙には、地球の生命体とは別の生命体が存在する確率も無視はできません。勿論高度な知性をもった生命体の存在も否定はできません。

このようなことを書くと、『お前はUFOや宇宙人を信ずるのか』とひやかされそうですが、『宇宙のどこかに』という話で、『地球』に近い宇宙空間では、『地球』に極めて似た星も、地球の生命体に似たものも、今のところ見つかっていません。『宇宙人との戦争』に巻き込まれるより、人間同士の戦争に巻き込まれる可能性の方が格段に高いのは云うまでもありません。

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2011年4月17日 (日)

地球は奇跡の星か(1)

私たちは、物理学者や天文学者でなくても、宇宙の中で『地球』が『特別な環境を有するの星』であることは理解できます。しかし、このことは『地球』だけが、特別なルールで支配されている星であることを意味しません。科学者の眼で観れば、地球もその他の宇宙も、全て同じルールで出来上がり、存在しているということになります。ただ特別の条件が偶然に組み合わさって、『地球』環境が成立しているということに他なりません。ルールの全てが解明されているわけではありませんが、判明している基本ルールで、矛盾なく多くのことが説明できるようになりました。

人類が、この知識を獲得したのは、近世以降のことで、永い永い人間の歴史の中で、ほとんどの人間は、『宇宙を支配するルール』に関して正しい知識を持たずに過ごしていたことを理解する必要があります。ユダヤ教(キリスト教)の聖典に書かれた『天地創造』の話や、ヒンズー教の『乳海撹拌(神々による天地創造)』の話は、宇宙を支配する摂理についての知識を持たなかった当時の人たちが、『推論能力』を駆使して考えだしたものです。人類の文化遺産として、または人類を理解する手掛かりとして、重要な意味を持ちますが、『科学(理)』の視点で、この内容の真偽を論ずることは、今や大きな意味を持ちません。

宗教が、昔『理』の世界にまで介入して『天地創造』を説明し、これに神(神々)が関与していたとして神(神々)の能力を権威づけようとしたことは『さもあらん』と理解できますが、今やこれが、現代人を悩ませることになりました。無神論者は、宗教の教義に記載されている『非科学的なこと』を、鬼の首をとったように取り上げ、宗教全体を否定しようとしますが、神や仏を信じてきた人たちでさえも、教典に書かれている内容が科学的には『正しくない』ことを知らされれば、少し不安な気持ちになるからです。

梅爺がブログに何回も書いてきたように、宗教の本質的意義は、人間の心(脳)の『恐れ、不安、悩み、悲しみ、寂しさ』といった『情』に関わるもので、『心の安らぎ』を求めるところにあります。この『情』の分野は、宇宙のルールのような明解な説明が現代科学でもできていません。人間が『心の安らぎ』を必要とする以上、今のところ宗教の全てを否定することはできないような気がします。宗教以上に『心の安らぎ』をもたらすものは、現状では見つかっていないからです。しかし、今後、『理(科学)』の世界とどのように付き合っていくかは、宗教にとっては大きな問題かもしれません。

梅爺の浅薄な知識で間違っているかもしれませんが、釈迦もキリストも『理』を論じていると言うよりは、『情』の世界で仏や神と交流することの大切さを説いているように見えます。『理』で宗教を権威づけようとはしていません。

話が少し逸れましたが、『地球』は『特別な星ではない』にも関わらず、『特別な星として存在している』というのが今回のブログのテーマです。

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2011年4月16日 (土)

小野田寛郎『生き抜く』(8)

ルパング島で、日本政府が数回にわたって派遣した救出調査団の前には、姿を現さなかった小野田氏でしたが、鈴木紀夫という一人の日本青年が、単身ジャングルに分け入ってテントを張り、呼びかけたのには応じて、ついに姿を現しました。小野田氏は、現れる前に数日間、物陰から鈴木氏を観察し、本当に単身であることを確認します。それでも、『これは、フィリピン空軍が、自分をおびき出すためにしかけた罠である』と考えていたと述べています。

鈴木氏は、『上官が直接任務解除を命ずる』ことが小野田氏の投降条件であることを確認して日本へ帰国します。これを受けて、日本政府は、上官、小野田氏の兄、鈴木氏を現地へ派遣し、『任務解除命令書』を直接手渡し、投降が実現します。『兵士としての任務を自ら放棄したわけではない』という『論理』へのこだわりが、小野田氏の真骨頂(しんこっちょう)のように思います。それでも、投降すると同時に、フィリピン軍に射殺されると覚悟をしていたと述べています。潜伏中、フィリピン軍との交戦で、相手を殺傷し、ルパング島では、農民の作物や家畜を盗んでいたことで、報復を受けるであろうと推測していたことになります。

日本へ帰国後、両親との再会、島田伍長、小塚一等兵の遺族への謝罪などを果たしますが、小野田氏の心は日本から離反していきます。自分が、日本人にとって好奇心の対象だけの存在で、空虚なヒーローにまつりあげられていくことに耐えられなかったのでしょう。最初に羽田に降り立った時に、記者が『29年間で一番悲しかったこと、一番嬉しかったことは何ですか』と得意げに『情』を欠いた質問した時に、小野田氏が見せた怒りの眼差しが、心が離反していくきっかけではないかと梅爺は感じました。

事件や災害の被害者に、『今のお気持ちは』とか『一番困っていることは何ですか』などと、形式的で心がこもらない質問しかできない日本の記者のおつむの程度には、梅爺もほとほと愛想が尽きますので、小野田氏の怒りは理解できるような気がします。

ブラジルへ帰ると『ほっとする』と言いながら、それでも小野田氏は祖国日本が存在し続けて欲しいと願い、日本でも『小野田自然塾』などの活動を続けています。現在は90歳に近い高齢のはずです。

『運命を呪ったり、ふてくされてみたり、くよくよしてみても仕方がない。運命は受け容れて、その中で新しい目標をつくって目指せば生きられる。それが厭なら死ぬしかない』と小野田氏は云います。繰り返しになりますが、このような発言は誰でもできますが、それを実行することは、誰にでもできることではありません。

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2011年4月15日 (金)

小野田寛郎『生き抜く』(7)

梅爺も、他人から『理屈屋』と言われますから、かなり『理』が勝った人間であろうと思いますが、小野田氏は、梅爺が足元にも及ばないほど『理』で自分を抑制できる能力の持ち主であると、番組を見ながら感じました。普通の人が、小野田氏をある程度理解することは可能であっても、生き方をまねることは困難です。ほとんど不可能と言ってもよいのではないでしょうか。『理』が強い人は、『情に薄い』と誤解されることが多く、梅爺も迷惑しています。『理』と『情』は、バランスで表に現れますので、『理』が強いというだけで、『情』が薄いということにはなりません。したがって小野田氏の『理』の強さをもって、『情に薄い人』と決めつけることはできません。

小野田氏にとって『生きる』ことは、『自分の能力に挑戦する』ことで、その挑戦を回避しようとする自分は、想像しただけで『恥ずかしい』ということなのでしょう。番組の中で何度も『自分は負けず嫌いである』と述べておられますが、他人の眼を気にすると言うより、くじける自分を見たくないと言う気持ちの方が強いのであろうと思いました。

小野田氏の『理』が、どのくらい強いかを示す発言の一つは、『私は、生かしてもらっていることには感謝はしますが、神や仏に何かをお願いしたことは一度もありません』です。このくらいの気持ちが無ければ、ルパング島で生き延びることはできないことは分かりますが、普通の人は、誰かに頼って生きようとしますから、このように『生きることは、結局自分だけの責任』と言い切ることはなかなかできません。

『あなたは、戦場で敵を殺したことがあるか』という突っ込んだ質問に、小野田氏は『銃弾を無駄にしないために、必ず50メートル以内まで敵をおびき寄せて銃を撃ちました。はずしたことはありません』と答えています。そして『戦争は、兵士が命のやり取りをする場です。殺さなければ、殺されます』と付け加えています。戦争と言う異常な環境と、平時の環境の『論理の違い』を『理』で、ごっちゃ混ぜにせずに、割り切ってとらえていることが分かります。戦場の修羅場を体験した多くの兵士が、『情』に強いストレスを受け、精神障害を起こすことを考えると、小野田氏の『理』による、自己抑制能力が、異例なくらい強いことが分かります。

『ものごとを複眼的に観て、検証しようとするが優柔不断ではない』『自分ではどうにもならない運命は受けいれるが、運命だけに流されるのは拒もうとする』『自分の能力に挑戦しない自分は恥ずかしいと思う』『理を優先して判断する』というような生き方が小野田氏を支えているように思いました。そして、小野田氏は『普通の人が真似できない特別な性格、能力の持ち主』であると感じました。

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2011年4月14日 (木)

小野田寛郎『生き抜く』(6)

小野田氏は、日本へ帰国し、ルパング島で共に戦い、戦死させてしまった、島田伍長、小塚一等兵の実家への謝罪に出向きます。これで責任を果たしたかのように、翌年、ブラジルへ永住権を得て移住してしまいます。日本人や、日本のジャーナリズムが『戦争の犠牲になった悲劇のヒーロー』に祀(まつ)り上げようとしたことに、違和感を覚えたのでしょう。他人の情(なさけ)にすがって生きていくというようなことはプライドが許さなかったのではないでしょうか。梅爺は、なんとなくその気持ちが分かるような気がします。

ブラジルへ渡り、文字通り『裸一貫』から始めて、現在では牛1800頭を保有する『小野田牧場』を作り上げました。『兵士ではない小野田寛郎の能力を発揮して日本人を見返したい』という自負の念があったのかもしれません。『しくじって、笑い者になりたくなかった』とインタビューでは述べています。結婚と事業の両面で、『笑い者になりたくない』という小野田氏の性格は、ブラジルであらゆる苦難を乗り越える原動力であったのでしょう。

2005年のインタビュー時には、83歳の高齢でしたが、かくしゃくとしていて驚きました。牧場では、トラクターを乗り回し、原稿を書くのにパソコンを使っていますので、日本の平均的な83歳の老人と比較すると、『飛んで』います。ポルトガル語の基本も習得したに違いありません。

ブラジルでの生活は、30年を超えていますので、既にルパング島の生活より永いことになります。若いころの上海での生活も考えると、ほとんど『外国暮らし』ということになります。異文化から逃避して日本に閉じこもろうとする日本人が多い中で、小野田氏は珍しいタイプの日本人とも言えます。『外国では、その土地の価値観に合わせて自分を切り替えることが大切』と語っておられます。梅爺が何度もブログに書いてきたように、これが分かっていて、実行できる日本人は多くはありません。

インタビューで『ふるさとはどこですか』と尋ねられて、小野田氏は苦笑いしていました。それでも『祖国日本』のためになりたいと、現在日本で『小野田自然塾』という青少年のための研修所を開設し、既に2万人の受講者を送り出しています。金属バットで親を撲殺した事件が日本で起きたことを知って、『小野田自然塾』の設立を決意したとのことでした。若いころ、親と対立して、母親から『嫌なら死ね』と言われた小野田氏は、自分がそうしたように、『親が厭なら、親を逆に見捨てて家を飛び出ろ』と日本の若者に云いたかったのではないでしょうか。『親が悪い』『社会が悪い』と責任を転嫁することが『恥ずかしいと思わないのか』と一喝したかったのでしょう。

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2011年4月13日 (水)

小野田寛郎『生き抜く』(5)

『情報』の信憑性(しんぴょうせい)を確認するには、複眼的に、つまり色々な角度から検証する必要があります。小野田氏は、生まれつきの性格と、『中野学校』で叩きこまれたことの両方があってのことと思いますが、普通の人より『疑い深い』ように見えます。一般に『疑い深い人』は、優柔不断で、決断ができない傾向がありますが、小野田氏の場合は、『自分が決断するために、ある程度納得できるまで、色々疑ってみる』ということで、『決断』することが最優先になっていますから、優柔不断ではありません。優柔不断では、ジャングルで29年間も、生き延びることができるはずがありません。

敵地に潜伏する『残置諜者(スパイ)』は、いざという時に、味方と連絡する必要があり、そのためには『自分たちの存在』を、敵に察知されることを覚悟で、外へ発信し続けなければなりません。『生きていることは知らせる』しかし『隠れ通す』という難しい任務を遂行しなければなりません。『隠れ通す』ために、転々と居場所を変えるわけですが、最初の3年間は、ルパング島の『地理』の全貌が分からないために苦しかったと述懐しています。フィリピン軍が行った100回以上の『討伐作戦』や、日本からの調査団の行動も、全て物陰から観察して、対応していたことになります。それでも、フィリピン軍との交戦で、二人の仲間を失ってしまいました。

仲間を失えば、孤独に耐えられなくなり、絶望的になるはずですが、小野田氏の精神が強靭なところは、即座に『仲間がいることの長所・短所』『自分一人であることの長所・短所』を冷静に比較して、『一人であること』が必ずしもマイナスばかりではないと、自分に言い聞かせるところです。仲間がいた時は、価値観の違いから、殺し合いにもなりかねないような喧嘩があったと正直に述べておられます。『起きてしまったことは愚痴を言っても始まらない。与えられた条件でその先どう生きるかを考え直す』という、ことが実践できるひとは、世の中には多くありません。小野田氏は、その意味で、稀有な『強い精神の持ち主』であると言えます。多くの人が、小野田氏には感服しますが、誰もが小野田氏のように行動できるわけではありません。

日本へ帰国後、小野田氏に対して全国から同情の寄付金が寄せられますが、小野田氏はそれらを靖国神社へ寄付してしまいます。『自分は生きていたので、同情してもらうことはない。同情されるべきは死んだ人だ』という思いがあってのことですが、この行動に関して、世間から『軍国主義への加担者』呼ばわりの批判を受けます。『兵士として召集された自分が、何故戦争の責任者のように批難されるのか』と腹を立てた小野田氏は、日本に嫌気がさし、ブラジルへ新天地を求めて渡ってしまいます。小野田氏は、自分の考え方を持っていて、決断して、前向きに行動すると言う点で、稀有な人間であることがここでも分かります。

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2011年4月12日 (火)

小野田寛郎『生き抜く』(4)

生物は、周囲の環境を『情報』として受け取り、それに対応して生きています。桜は春の到来を『感じて』花を咲かせ、紅葉(もみじ)は冬の到来を『感じて』、葉を落とします。人間も同じですが、さらに、脳の『情』と『理』を駆使して、周囲の『情報』を感知し、高度な対応(情報処理)を行います。適切な情報処理ができる人は、『有利な条件で生き残れる可能性が高い』ことになります。そのために『情報』の多寡(たか)が、『格差』を産む要因になり、情報化社会では、『情報格差(デジタル・デバイド)』が世界規模で問題になっています。

沢山の『情報』に恵まれている環境は、有利な条件ですが、人間の側に『情報を感知し、処理する能力』がなければ、宝の持ち腐れになります。それどころか、『情報』の多さに困惑し、反って間違った判断をする原因にさえなります。個人が適切な『情報処理能力』を高めるには、『勉強』を継続するしかありません。『勉強』は沢山の知識を覚えることではなく、『情報』を複眼的に観る能力を養うことです。現在の日本人は、世界で最も『情報』に満ち溢れた環境で生活していますから、有利ではありますが、日本人が世界で一番すぐれた『情報処理能力の持ち主』とは必ずしも言えませんから、『情報』が多い分、価値観の多様化がうまれ、ときには社会が混乱する要因にもなります。『情報』は、社会を一様にする要素と、多様化させる要素の両面を持っています。

ルパング島の小野田氏が、どのような『情報』環境で生きていたかと、小野田氏の『情報処理能力』が、どのようなものであったかの二つを理解しないと、小野田氏の『行動』は理解できません。私たちは、自分たちの環境を前提に、『何故あんなに頑張ったのか。もっと早く投降すれば良かったのに。そうすれば、貴重な人生を無駄にしなかったのに』と云いたくなりますが、それでは小野田氏を理解することはできません。

小野田氏は、『兵士としてやるべきことを放棄したと、他人から蔑(さげす)まれることは恥である』『日本は、再びアメリカに戦いを挑む日が来る』という考えを前提に、周囲の『情報』を判断していたことになります。太平洋戦争の終結後、朝鮮戦争、ベトナム戦争が起こり、ルパング島の上空を米軍機が飛び続けるのを見て、『日本はまだアメリカとの戦争を続けている』と確信を深めていくことになります。少ない『情報』で、全てを判断するわけですから、このような不幸な『誤認』が生ずるのも、しかたがないことです。

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2011年4月11日 (月)

小野田寛郎『生き抜く』(3)

ルパング島に、ゲリラ戦を指揮するために赴任した小野田氏は、日本の不利な戦況を理解しており、やがては米軍がルパング島に上陸してくることも、日本本土でさえも米軍の支配下になり、アメリカの傀儡政権が日本にできることも『想定し織り込み済み』であったと、述べています。しかし、日本はやがてアメリカに対して反抗して、再び立ち上がる時が必ず来ると考え、その時に備えてゲリラ戦を継続することを『任務(残置諜者となる)』と決めたことになります。

米軍のルパング島上陸で、日本軍は壊滅的な敗北を喫し、200人いた守備隊は50人以下になってしまいますが、小野田氏は、生き残った兵士を3人一組に分け、ゲリラ戦で対応しようとします。しかし、結局小野田氏のグループ(島田伍長、小塚一等兵)以外は、全て戦死するか、終戦時に投降することになりました。

戦後フィリピン軍による、『残留日本兵討伐作戦』が100回以上も展開され(ルパング島の農民が、作物、家畜の盗難被害を受けていたこともあり)、最初に島田伍長が銃弾に倒れ(1954年)、小塚一等兵も銃撃戦で亡くなります(1972年)。1974年に小野田氏は、日本へ帰国したわけですから、小塚一等兵は、もう少し生きていたらと悔やまれます。小野田氏は最後の2年間は一人で生き続けたことになります。

日本政府(厚生省)も、ルパング島に未だ日本兵が残っていることを知り、何度も調査隊を送り、最新の日本の新聞などをを島の各地に残して、『日本はアメリカに負けたが、見事に復興しつつある』ことを知らせて、出てくるように呼びかけますが、小野田氏は応じませんでした。小野田氏は、日本が『負けた』ことは知っていましたが、現在の日本はアメリカの傀儡(かいらい)政権であると信じているわけですから、全てが『自分たちをおびき出すための謀略』であると疑っていたことになります。日本政府は調査の打ち切りを宣言し、日本では小野田氏の『葬儀』も行われました。

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2011年4月10日 (日)

小野田寛郎『生き抜く』(2)

インタビューを聴いていて、小野田氏を少なくとも理解しようとすれば、その『性格』が鍵であることが分かりました。『見聞きしたことをそのまま鵜呑みにしない。色々な角度から考えてみて、納得できると思うものだけを受け容れる(他人の言動で右往左往しない)』『負けず嫌いで、あいつはやっぱりダメな奴と他人から言われたくない(自分が自分に負けることを嫌うのであって、単なる見栄っ張りとは異なる)』が顕著ですが、一方『賭けごとが好き』というような一見矛盾するような性格も持ち合わせています。

和歌山県の、父親は県会議員、母親は教師という恵まれた家庭に生まれましたが、もの心ついた時から、両親と考え方が合わずに衝突し、母親から『そんなに嫌なら死ね』とまで言われたと述懐しています。そして、『母親の言葉は極端であるけれども、そのとおりであると思った』とも付け加えています。普通の人は、このような状況では『情』に駆られえ『カッとなる』ものと思いますが、『理』でものごとを冷静に受け止める性格がよく表れています。

中学では、剣道部で活躍しますが、学校の理不尽なことに抗議したりします。考え抜いて納得する性格である半面、自分で納得がいかないことは頑固に受け容れない性格なのでしょう。

中学を卒業後、家を飛び出し、単身上海へ渡って、貿易の仕事に従事し、『お金も儲け、大いに遊んだ』と述べておられます。後に小野田氏は、その行動から、コチコチの軍国主義に染まった『日本軍人の鑑(かがみ)』のような人物と受け止められましたが、本人は、『若い時から、軍国少年とは程遠かった』と述懐しています。

その後、軍隊へ召集され、甲種合格で『陸軍中野学校』へ配属となります。『中野学校』は、スパイ養成学校です。陸軍が素性調査をして、『冷静に自分で状況判断する能力』『外国語(中国語)能力』『護身術(剣道)の習得者』『車の運転能力』『写真機を扱う能力』などを評価したのであろうと、小野田氏自身が分析しています。スパイの特殊任務からして、親兄弟、友人との縁を切る必要もありますが、元々両親と不仲であった小野田氏にとっては、大きな障害ではなかったようです。

意外なことに『中野学校』は、軍国主義を徹底洗脳する学校ではなく、自由な校風で、『色々な考え方が存在する』ことを前提に考えることを教わったと小野田氏は述べています。『天皇機関説』のような思想さえ論ずることが認められていたようです。偏った見方しかできない人間はスパイになれないことを考えれば当然です。小野田氏は、『中野学校』卒業後、ゲリラ戦を指揮するために、フィリピンへ配属されますが、『既に、日本が極めて不利な戦況にあることは、正確に告げられ、知っていた』ことになります。何も知らされずに戦っていた一般兵士とは大きな違いです。そして、皮肉なことに、そのことが、29年間ルパング島で、ゲリラ戦を継続する要因になりました。

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2011年4月 9日 (土)

小野田寛郎『生き抜く』(1)

NHKBS第二チャンネル(4月1日からこのチャンネルは廃止されました)で、時折『BSアーカイブ』という番組があり、過去に放映された番組で好評を博したものが再放映されます。さすがに、視聴者が『もう一度見たい』と思うほどの内容ですから、どれも興味をひくもので、梅爺は録画して観ています。

『小野田寛郎「生き抜く」』は、作家の戸井十月(といじゅうがつ)氏が、小野田氏へインタビューした内容を中心とするドキュメンタリー番組で、最初は2005年に放映されたようですが、梅爺は今回初めて観ました。『小野田寛郎氏』はいうまでもなく、終戦後29年間フィリピンのルパング島で、日本軍陸軍兵士として『戦争』を続け、1974年に、現地へ出向いた上官から『任務を解く』と直接命令を受けて日本へ帰国した方です。

この番組を企画し、インタビューも行った作家の戸井氏は、『私の興味の対象は、人間の不可思議さで、特に小野田寛郎氏という個人を知ろうと努力をしたが、今もって小野田寛郎氏が理解できたとは言えない』と解説しておられました。梅爺も、『不可思議な自分』を少しでも解明しようと4年間も『梅爺閑話』を書き続けてきましたが、今もって『自分が理解できた』とは思えないわけですから、戸井氏が数時間インタビューしただけで、他人の小野田氏を理解できないのは当然と感じました。

小野田氏の受け答えを見聞きしただけで、小野田氏が高い感性、知性の持ち主で、自分の『考え方』をしっかり持っておられる方であることは、梅爺にも分かりました。それに、普通の人にくらべて、かなり『頑固、へそ曲がり』の性格であることもわかり、そういう性格では人後に落ちない梅爺は、親近感がわきました。小野田氏の発言から伝わってくる価値観に、ほとんど違和感を感じませんでした。人生の貴重な時期を29年間無駄にしたとか、それを強いた戦争が憎いとか、私たちが云いそうなことを一切小野田氏は口にしません。『あの時代、兵士になり、兵士らしく生きようとしたのは当然のことで、人間にとって、らしく生きることは重要なことだ』と云い、むしろなんでもかんでも『戦争が悪い、戦争の犠牲になった』と言い訳する人を、蔑(さげす)んでいるようにも感じました。2005年の放映当時、小野田氏は83歳で、現在もブラジルの『小野田牧場』の経営者として成功をおさめておられます。ブラジルで裸一貫で牧場を初めて、既にルパング島より長い30年以上が経過しています。

どんな逆境でも、『前を向いて生きる』小野田氏の姿勢に、すぐに妥協したり、自己弁護したりする梅爺は、感嘆するばかりです。戸井氏がいうように、『人間の神秘』を探るには、小野田氏は、稀有な素材であると感じました。小野田氏から、人間が持つ能力の大きさを知ることができますが、誰もが小野田氏のような能力を発揮できるとは限りません。小野田氏の例をみて、『人間はなんと素晴らしい』などと『人間一般論』へ敷衍(ふえん)するのは慎重を要します。『なんと小野田氏は素晴らしい』という表現なら問題はありません。

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2011年4月 8日 (金)

これに懲りよ道才坊

上方いろはカルタの『こ』、『これに懲りよ道才坊』の話です。

梅爺は、てっきり『道才坊』という坊さんがいて、何やら失態や悪事をしでかして、こっぴどく罰を受けた、というような故事があり、そこから、『一度懲りたら、二度と同じことを繰り返しなさんな』と諭(さと)している諺かと想像しましたが、実際は、単なる語呂合わせの可笑しさの表現であるらしいことを知りました。『さいぼう』は『撮棒』のことで、これは武器となる堅い木の棒のことのようです。

『撮棒(さいぼう)』で、打たれたり、突かれたりする痛いイメージで、『どうだ、これで懲りたら改心しろ』と言っていることになります。『下駄に焼き味噌』などもそうですが、上方いろはカルタでは、『語呂合わせ』の可笑しさを『情感』で楽しむところが、『理』で教訓を垂れようとする江戸いろはカルタと少し異なっているように感じます。

大阪の人は、東京の人より今でも、『冗談』に明るく対応する(即興で悪乗りする)気質に富んでいますが、江戸時代も、江戸と上方では、気質の差があったのかもしれません。

『これで懲りたろう』と言われても、人間はなかなか懲りない習性を備えています。『塀の中の懲りない面々』という阿部譲氏のエッセイが昔ベストセラーになりました。何度も懲りずに犯罪を犯し、刑務所へ舞い戻る人たちの話ですが、これ以外にも、何度も麻薬事件を繰り返す芸能人や、何度も女性問題を繰り返すプロゴルファーと、例は枚挙(まいきょ)に暇(いとま)がありません。

よほど命にかかわるような危ない目に合わない限り、人間は『喉元過ぎれば熱さを忘れる』ようにできています。これは欲望と言う『情』が、抑制という『理』に優先して働くように脳ができているためと梅爺は推測しています。特にとっさの判断では、この傾向が強いように思います。

官僚が賄賂を受ければ、一生の身の破滅につながることは、少し考えればわかりそうなものだと思いますが、賄賂事件は後を絶ちません。特に、みみっちい額を受け取って、免職になる官僚を見ると、あきれてしまいます。

人間が『懲りない』ことの最大の証拠は『戦争』が絶えないことでしょう。人類は十分『懲りる』だけの戦争体験をしてきたにもかかわらず、のど元過ぎれば、やれ『聖戦のため』やれ『自由を守るため』やれ『国を守るため』などと、戦争肯定の論理を優先することにになります。

この他にも、『独裁者は悲惨な最期を迎える』という多くの歴史的な教訓があるのもかかわらず、国家や組織を『独裁的に支配しよう』という人間の出現は後を絶ちません。

みみっちい賄賂で一生を棒に振る官僚は、他人事として『あきれた』で済まされますが、『戦争』や『独裁者』は、自分の身にも危険が及ぶことですので、『あきれた』では済まされません。

最低限、人間は『懲りない』習性を持っており、自分も例外ではないという認識を持つことが大切であるような気がします。

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2011年4月 7日 (木)

ダン・ブラウン『The Lost Symbol』(8)

アメリカの『フリーメイソン』が、『謎のピラミッドの置物』に記号で所在地を記し、秘匿しようとした『メッセージ』の内容が小説の最後で明かされます。勿論、これはフィクションで、作者のダン・ブラウンが創作したものです。

その内容は、『神は人間の中に宿る』という、単純なもので、どうしてこれを『封印』しなければいけないのかと、怪訝に思ってしまいますが、よくよく考えてみると、これは『キリスト教の教義』へ真っ向から疑問を投げかけたものなので、一部の識者(フリーメイソンのメンバー)だけの『共有知識』としてのみ『封印』したということらしいと気付きました。社会基盤の考え方の基本を変えるということは、『パラダイム・シフト』であり、特に、『絶対正しいと信奉されてきた』宗教の教義を変更することは、宗教の権威の正当性を問うことで、宗教そのものを否定することにもなりかねません。アメリカ建国当時に、無用な『混乱』は避けたいと、建国の父達が考えたとすれば、現実的な話です。

『神は人間の中に宿る』を『仏は人間の中に宿る』と読みかえれば、仏教にとっては、このメッセージは当たり前の考え方です。ダン・ブラウンも小説の中でそのことを指摘しています。

仏教は、布教の過程で、各地の土着宗教と結びつき、複雑に変貌してしまっていますが、釈迦の説いた教えは単純で、人間の中に共存する『善良な心(仏の心)』と『邪悪な心(煩悩)』のうち、『邪悪な心(煩悩)』から解脱する努力(修行)を続けなさい、というものであったと梅爺は理解しています。このほか、釈迦は『自然の摂理』の根幹を、『縁起(多様な事象が影響し合って、止まることなく変容を続けること)』と看破していますから、偉大な哲学的思想家であったと思います。

『人間の中に秘められている神秘な能力、資質こそが神である』とみれば、偉大な芸術家の作品、スポーツ選手のパフォーマンス、科学者の論理思考能力は、それの発露であると理解できます。政治活動や経済活動で、新しい世界を切り拓いていくのも人間の能力です。観方を変えれば、真の『創造者』は、人間ではないかということになります。不思議な能力、資質を保有している『人間』こそが、『神秘』であるということにもなります。

しかし、人間は『あなたの中に神や仏がいる』と言われても戸惑うばかりで、むしろ多くの人は『あなたの外に神や仏がおられて、あなたを救ってくださる』と言われたほうが安堵します。大衆を救済するには、この方が分かり易く、多くの宗教はこの立場を採用してきました。仏教も『大乗仏教』は、この立場に変わりました。

『神は人間の中に宿る』というメッセージは、日本人にはそれほど違和感のない話ですが、キリスト教の教義が深く浸透しているアメリカでは、衝撃のメッセージで、『眼から鱗(うろこ)が落ちる』視点なのかもしれません。

ダン・ブラウンは、それを狙ってこの小説を書いたのかもしれないと思いました。

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2011年4月 6日 (水)

ダン・ブラウン『The Lost Symbol』(7)

アメリカの建国の父達の多くが『フリーメイソン』のメンバーで、建国の理念や、首都ワシントンの都市づくりにその『考え方』が反映していると言われています。ジェファーソン中心に起草され、国家の理念となった『独立宣言』は、人間は生まれながらに平等で、『生命』『自由』『幸福』追求の権利を有し、その権利を剥奪する政府・国家を否定する権利を持つ、という内容が骨子で、現在の私たちが読めば、『極めて当然のこと』のように思えますが、当時のヨーロッパの政治思想や、キリスト教の考え方からすれば、まさに『革命的』な宣言であったことになります。

個人が、自らの理性で受け容れることができないものを否定する権利を持つということは、超越神の啓示を否定する姿勢にもつながる『危険思想』であったからです。ジェファーソンは、無神論者ではありませんが、従来の『聖書』の中の、理性で受け容れられないと自分が感じた部分を削除した『私家版聖書』を書いたと言われています。『私家版聖書』では、『処女マリアからキリストが誕生した』『キリストが死後3日目に蘇った』などというエピソードは削除されていると聞いたことがありますが、梅爺は確認していません。

理性で受け容れられることを重視し、『啓蒙的』『合理的』にものごとに対処するという思想が当時の『フリーメイソン』の考え方の骨子で、それがアメリカ建国の精神に反映されたという話は、大いに納得できますが、現在皮肉なことに、アメリカは世界でも最もキリスト教的価値観が強い国です。無神論者が最も嫌われるのも、『生物進化論』を子供に教えてはならないなどと今だに議論が絶えないのも、アメリカです。

『啓蒙的』『合理的』であるためには、『信ずる』ことより『疑う』ことから開始しなければなりません。『平等』や『自由』とは何かは、『疑う』ことから始め、内包する矛盾も受け止めないと理解が難しい概念です。しかし、現在多くのアメリカ国民は、『平等』や『自由』を表面的な言葉として『信ずる』対象にしてしまっているように梅爺には見えます。『独立宣言に書かれているからアメリカは自由平等の国家である』と信じているように見えます。建国の父達の深い思いが、皮相な理解で定着してしまったように思えます。

『The Lost Symbol』という小説の舞台は、ワシントンDCで、新国家の象徴として建造された議事堂をはじめとする沢山の建築物が登場します。そこに施されている装飾は、確かにキリスト教文化の反映とは考えにくいものがあり、中でも建国記念碑として作られた、巨大なオベリスクなどは、どういう意味があるのかと梅爺も常々疑問に思っていましたが、この小説では、『フリーメイソン』の思想の具現化であると説明されています。『啓蒙的、合理的な精神を尊重すること』と『古代の神秘を崇拝すること』との間に、何か深い関係があるようにも思えますが、残念ながらその答をこの小説からは読み取れませんでした。

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2011年4月 5日 (火)

ダン・ブラウン『The Lost Symbol』(6)

周囲が『神秘』に満ちていた古代では、『呪術師』『霊媒師』『占い師』『透視術師』『予言者』は、『神秘』な世界と交流できる特別の能力を持った人として、コミュニティで尊敬され、珍重されたにちがいありません。つまり古代の人たちは『神秘』の存在を『信じていた』からです。しかし、科学が多くの『神秘』を解明してしまった今日では、『神秘』は、今のところ人間の能力が解明できていないだけで、やがては解明されるにちがいないと大半の人々が『推測』するように変わってしまいました。言い方を変えれば、本来解明されない『神秘』は存在しないはずだと『推測』していることになります。

ただし、全ての『神秘』は解明されることはない、という主張にも一理があります。一つの『神秘』が解明されると、その奥にまた新しい『神秘』が立ち現れるからです。『知れば知るほど、分からないことが増える』ということです。梅爺も、現時点での『精神世界』に関する『神秘』は解明の対象になると考えますが、やがて、非常に難しい状況に遭遇するであろうとも想像しています。他の分野で『何故ビッグバンが起きたのか』『何故無機質な世界に、有機体で構成される生命が誕生したのか』などは、それに近い『壁』となって、科学者の前に立ちはだかっていることを根拠に、そう想像しています。

人間の『精神世界の神秘』に関する解明は、まだ緒に就いたばかりで、『宇宙のビッグバン』『生命科学のDNA』に匹敵する、本質は見つかっていません。壁にぶつかるのは、かなり本質の解明が進んだ後の話です。

アメリカには『Noetic Sciences』の学会がありますので、真面目に研究している方々がおられるのは確かですが、少なくともこの小説で紹介されている『実験事例』は、的外れではないかと梅爺は感じました。一つは『人間の「思い」には、質量(マス)があり、一つ一つは軽いものでも、多くの人の「思い」が寄せ集まれば、無視できない質量になる』ことを、立証するために、『「思い」を検出し、測量しようと言う実験』です。これが本当なら多くの人が心をこめて『世界の平和』を祈れば、その影響が何らかの具体的な力になって反映されるというわけです。もう一つは、『死の瞬間、人間の霊が肉体を離れることを立証するため、死の直前と直後の体重を正確に量る』実験です。

『「思い」には質量がある』『死後、霊が肉体から遊離する』という『仮説』を実証しようとする実験ですから、全く無意味ではありませんが、『仮説』そのものが直感的に梅爺にはピンときません。

脳科学者たちの地道な研究より先に、『Noetic Sciennces』が、『精神世界の神秘』の本質に到達することは難しかろうと、想像しました。あくまでも梅爺の直感ですから、『Noetic Sciences』に取り組んでおられる方々には失礼な話かもしれません。

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2011年4月 4日 (月)

ダン・ブラウン『The Lost Symbol』(5)

古代人は、現代人が『知らない』大いなるパワーの源を突き止め、このパワーを放置すると世界は滅びると考えて、『封印』したというプロットは、この種の歴史ミステリー小説作家が好んで採用するものです。勿論、そのようなものが存在しないと『断言』することは論理的には不可能ですが、可能性は極めて低いと梅爺は『感じ』ます。

古代人が『神秘』と考えたことの大半は、現代人にとっては『神秘』ではありません。『科学』がそれを解明してきたからです。『天体、宇宙』『物体の物性、組成』『物理・化学の法則』『生命誕生のしくみ、遺伝のしくみ、生物進化のしくみ』などについて、もし古代人が知ったら眼をまわすような『事実、情報』を私たちは当たり前に共有しています。飛行機、自動車、テレビ、コンピュータ、無線電話などを古代人が見れば、『神がもたらした奇跡』とひれ伏すかもしれませんが、これらは『神』ではなく全て『人間』が『創造』したものです。

もし、古代人が『知って』いて、現代人が『知らない』ことがあるとすれば、現代人にとって今もって『未知』な分野が対象になります。何といってもその第一候補は、『人間の精神世界』、具体的には『人間の脳が創りだす世界』でしょう。とは言え、現代人は『人間の脳』に関しても、古代人よりは格段の量の知識を保有しています。しかし、『宇宙創成』に関する『ビッグバン』、生命科学における『遺伝子(DNA)』のような、基本のしくみの解明には至っていません。この現代人には分からない分野のことを、古代人は、実は既に知っていたという説は少々無理があるように思えますが、ないとは断言できません。

現代でも『人間の精神生活』と深く関係する『宗教』が存続しているのは、この分野が未だ『神秘』に満ちているためであろうと梅爺は想像しています。もし科学が『人間の精神生活』の謎の本質を解明するようなことが今後起これば、『宗教』は現在のままでは存続することが難しい立場に追い込まれるのではないでしょうか。『謎(神秘)』を『神』と絡めて理解しようとしていた人間の前に、『神』ではない『原因』が明らかになる可能性があるからです。そのような事態は、人類を幸福にしないと考え、反対する方々もおられると思いますが、真相追及の対象として『人間の精神世界』だけは『神聖で侵してはならない領域』であるとすることには無理があります。一時的な混乱は生ずるとは思いますが、人類は『新しい知識』をベースに、『新しい生き方』を見つける知恵も有しています。『内燃機関(エンジン)を利用した交通手段』『無線通信、放送』『コンピュータ』『インターネット』を利用することを習得した人類の生活が、それ以前とはどれほど変わってしまったかを考えてみれば、人類の柔軟な対応能力は侮りがたいものであることが分かります。『宗教』だけは、どんなことがあっても見直しの対象にならないものだという保証はありません。

この現代でも『神秘』とされる領域へ科学的に挑む『Noetic Sciences』が、この小説の中に登場します。『Noetis』はギリシャ語で『内なる知恵、主観的認識』を意味する言葉です。しかし、小説に登場する『Noetic Sciences』の実験例は、いずれも梅爺には『的はずれ』なもののように感じました。

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2011年4月 3日 (日)

ダン・ブラウン『The Lost Symbol』(4)

この小説には、想像を絶する狂気に取りつかれた『犯人』が登場します。全身に入れ墨を施した、容貌からして怪奇な男です。この男が元々誰であったという素性が、最後に明かされます。彼は、古代の人類は、絶対的な存在として『神』と『悪魔』が両極であると『知っていた』と考えます。しかし、人類は『悪魔』の影響が人類へ及ぶことを危惧し、これを封印する術を見出し、以降人類は『神』の方向だけを見るように、宗教(キリスト教)によって導かれてきたと妄想します。キリストが、徹底した自己犠牲で『神の子』になったように、自分も徹底した自己犠牲で、『悪魔』の祝福を受けて『悪魔の子』に変身し、絶対者としての『悪魔』の存在を人間社会に復活させようと夢想します。

そして『フリーメイソン』が秘匿し続けてきた『謎のミラミッドの置物』には、人類が『悪魔』を封印した過程を知る手掛かりが隠されていて、これを解明できれば自分は『悪魔の子』に変身できると盲信します。そこで、先ず犯人は、変装し、偽名を使って『フリーメイソン』の組織メンバーとなり、極秘とされている一見いかがわしい秘密の加入儀式に臨み、その様子を隠しカメラで撮影します。CIAがその映像内容をひそかに入手するところとなり、これが『公開』されたら、世界におけるアメリカの威信は失われると驚愕し、『国家緊急事態』として極秘裏に犯人探しに乗り出します。映像には、そうそうたる現役の政界、財界、高級官僚、法曹界の人物が、『フリーメイソン』のメンバーとして映っていたからです。

アメリカの一般大衆読者の興味を引くための『プロット設定』とは言え、このようなおどろおどろしい筋立ては梅爺の好みではありません。『いくらなんでも、それはないでしょう』と梅爺は呟きながら、それでも、めまぐるしい事件の展開をつい追いかけて、読み進んでしまいました。物事には『表裏』があると考えれば『神』と『悪魔』を対極とする『概念』は成立し、何故人間は『神』だけに重きをおいてきたのかという疑問はもっともかもしれませんが、梅爺のように『神』『悪魔』は、人間が考え出し、人間だけが共有する『抽象概念』に過ぎないのではないか、したがって宇宙空間のどこかに宗教が教義で記述したような『神』や『悪魔』といった『実態』は存在しないのではないかと考えている人間には、この『犯人』は、単なる狂人にしか見えません。しかし、小説の中の人物に文句を言ってみてもはじまりません。

ダン・ブラウンもさすがにそこは心得ていて、この『犯人』は、小説を面白くするために、『狂言回し役』で使っているだけです。最後に判明する『謎のピラミッドの置物』が指し示す場所に秘められていた人類への『メッセージ』の内容は、荒唐無稽とだけは言えない示唆に富んでいるもので、『なるほど、あなたは言いたかったのはこれなんですね』と、梅爺も最後はそれなりに納得しました。

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2011年4月 2日 (土)

ダン・ブラウン『The Lost Symbol』(3)

この小説は、1991年に、アメリカCIA長官の金庫に、あるドキュメントが封印されたという『事実』が土台になっています。その謎めいたドキュメントには、『アメリカのどこかに、地下の未知の場所へ通ずる入口がある』と書かれているらしいのです。そんな子供だましに近い内容のドキュメントを、わざわざ『国家機密文書』として封印する理由は何だろうと、梅爺のような野次馬はすぐに乗せられてしまいます。しかし、このドキュメントの存在の真偽については、梅爺には確かめようがありません。

登場する現在のアメリカの『組織』や『建造物』は全て実在するもので、物語にリアリティがあると読者に感じさせておいて、『途方もない作り話』をうまく舞台にはめ込むのが、この種の小説作家の技量です。そうと分かっている梅爺でも、つい騙されそうになります。

物語は、現在のアメリカ『フリーメイソン』のグランド・マスターである大富豪が遭遇する怪事件で、事件発生から解決までの約1日という設定ですが、この間に波乱万丈の出来事が展開します。650ページというペーパーバックとしては分厚い部類に属する本です。

『フリーメイソン』のグランド・マスターの家に受け継がれてきた『秘密のピラミッドの置物』に刻印されている暗号のような記号を解読しながら、秘密の場所へ迫っていくと言う、『宝探し』の形式で話が進行します。先ずは『秘密のピラミッドの置物』の所在を突き止めることから始まり、次にそこに刻まれている謎の記号を解読して秘密の場所へ向かうと言う、2段構えの謎とき小説です。

こう書いてしまうと他愛が無い話のように見えるかもしれませんが、ディズニーランドやラスベガスのように、他愛にないものに全力で取り組み、『とんでもないもの』に仕立ててしまうアメリカ人のことですから、この小説の『暗号(記号)解読』の内容も、なかなかの力作で良くできています。かなりすれた『暗号解読』愛好者でも、満足するのではないでしょうか。

秘密の場所には何が埋められているのか、その情報をCIAが封印したということは、アメリカの『安全』を揺るがすものであるに違いなく、それは一体何なのかという興味に引きずられて読者は、最後までドキドキハラハラしながら、この本を読み進むことになります。

主人公の記号学者や、『フリーメイソン』のグランド・マスターは、何度も死にそうになる危機に遭遇したりしますが、『超人的な活躍』で、大団円へ向かいます。梅爺の好みでいうと、主人公たちが現実味を欠くほどに『超人的』すぎるのがダン・ブラウンの小説の欠点であるように感じます。

同様な小説家として知られているアメリカの作家スティーブ・ベリーの作品でも、主人公は『超人的』な活躍をしますが、リアリティを失わないような配慮がされていて梅爺は、納得して読むことができます。梅爺の英語能力は、作家の文体比較ができるほどのものではありませんが、それでもスティーブ・ベリーの方が硬質で、豊かな知性を感じます。

どうせ小説(フィクション)なのだから、細かいことはどうでもよいではないかということかもしれませんが、それでも読者にとっては『好み』は無視できないものです。

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2011年4月 1日 (金)

ダン・ブラウン『The Lost Symbol』(2)

アメリカの建国の父達と言われるひと達の多くは『フリーメイソン』のメンバーであったことは、歴史上の事実です。アメリカの『独立宣言』に署名した56人の内、3人を除いては全て『フリーメイソン』であったという極端な説もありますが、少なくとも、ベンジャミン・フランクリン、ウィリアム・フーバーはメンバーであったことが確認されています。

『フリーメイソン』という結社は、色々な小説にも登場し、中には『黒魔術』まがいの秘密の儀式を行う集団として紹介されますので、なにやらいかがわしい印象を受けますが、『フリーメイソン』とは何かは、よく分かっていません。少なくとも梅爺は、とても理解しているとは言えません。

『フリーメイソン』は現在でも、世界の各地に支部を持つ国際組織で、会員数は6百万人と言われています。日本にも数百人のメンバーがいるようです。世界のメンバー数の2/3はアメリカと言うことですから、現在の『フリーメイソン』活動はアメリカ中心と言えそうです。

『フリーメイソン』の起源説も謎に満ちていて、古代エジプト、ソロモン神殿建設時のユダヤ、十字軍で名をはせたテンプル騎士団などがありますが、具体的な活動が確認できるのは、18世紀初頭のイギリスからです。『ロッジ』と言われるメンバー限定のクラブ形式であったと言われています。

『男性しか加入できない』『加入には信条審査がある(宗教は問わないが神を信じない者、共産主義者は加入を認められない)』『組織には、徒弟、職人、親方という呼び名の階級がある』『加入者は徒弟から開始し、階級を登って33階級の最高位グランド・マスターに達することができる』『ピラミッドの中に眼を描いたデザインはフリーメイソンのシンボルである(アメリカの1ドル紙幣の裏に個のデザインが使われていることは有名です)』などの断片的な知識を得ても、『フリーメーソン』が一体どういう組織団体なのか、梅爺には見当もつきません。

しかし、ナポレオンやチャーチルといった歴史上の有名人や、アメリカの建国の父達が『フリーメイソン』であった(日本でも西周や鳩山一郎はメンバーであったとされています)と聞くと、俗人にはうかがい知れない何やら大切なことが結社の背景にあるのかもしれないと想像してしまいます。

『宗教は問わないが、無神論者、死後の霊の存在を信じない者は加入を許されない』というところに、何か意味があるように感じます。梅爺は明らかに加入資格がありません。18世紀初頭のヨーロッパで、キリスト教の教義にとらわれずに、『神』や『人間』の中に存在する『神秘』の本質を追究しようとしたのかもしれません。特定の宗教の枠を離れて、『神』や『人間』の神秘を見直すことは、多分人間の脳のしくみを追求することにもなり、意味がないとは言えないからです。『フリーメイソン』が古代文明(特にエジプト文明)に注目したり、『神秘性』と『合理性』という矛盾したものを同時に追求するのはそのためではないでしょうか。

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