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2011年3月 2日 (水)

アマゾン原住民『シクリン』(3)

『シクリン』の宗教観も、梅爺には興味深いものでした。北米のネイティブ・アメリカン(インディアン)や、オーストラリアのアボリジニ同様に、周囲の自然、動物に神や霊が宿るという考え方(アミニズム)でした。『シャーマン(呪術師)』が、宗教行事のリーダーで、代々家系で継承し、『修行』も欠かさずこの役目を果たしています。熱帯雨林の中の薬草にも通じている『医者』でもあります。『シャーマン』は、番組の中で『人は森とともに生き、死ぬ。人は森の一部だ』と語ります。古代の日本人と同じ死生観であると感じました。

人間にも霊が宿ると信じていて、死者が出ると、村人全員が泣き悲しみ、『あの世』への霊の旅路が無事であるように、死衣装で死体を飾ります。共同墓地に土葬しますが、霊が『寂しがらないように』『寒がらないように』と、約1ケ月間、家族が焚き火を絶やさず墓に付き添います。これらの行為は、現代の宗教にも引き継がれている儀式の原型であることが分かります。面白いのは、1ケ月が過ぎると、男達が滑稽な衣装をまとい、滑稽なしぐさで踊って、村人が笑い転げる儀式があることでした。『悲しみ』を緩和する方法として『笑い』が妙薬であることを、『シクリン』は知っているのでしょう。人間の脳のしくみを考えると、この『切り替え』は大変な『知恵』であることが分かります。

『シクリン』の男女は、黒い染料で身体じゅうに模様を描きます。赤ん坊が生まれるとその家伝来の模様を顔に描きます。模様には、動物の霊が宿り、魔除けになると信じているようです。女達は、自分達の模様を『きれいでしょう』と誇らしげに見せていました。『きれい』の価値観は現代人と異なりますが、オシャレをして、自分を『きれいに見せたい』という本能には変わりがありません。動物の中で、装飾物を身につけるのは人間だけですが、周囲に自分の存在を誇示して、『絆』を構築しようとするからなのでしょう。人間にとって周囲との『絆』が最も重要な要素であることが分かります。

人間社会の原型を考える上で、『シクリン』は興味深いものでした。しかし、現代文明は、彼らの熱帯雨林も疲弊に追いやり、獲物や魚が獲れなくなって村人は嘆いていました。『シャーマン』は、『文明と出会って、自分達はダメになってしまった』と呟いていました。文明との出会いは、避けがたいものですが、それが『シクリン』にとって、幸いなのか、不幸なのかは、誰も即断ができない難しい問題であると梅爺は感じながら番組を観終わりました。

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