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2011年3月 1日 (火)

アマゾン原住民『シクリン』(2)

『シクリン』を見ていると、人類がどのようにコミュニティ(仲間による群)を形成していったのかが推測できます。ブラジル政府が、『定住化』を強制する前は、『家族単位』で熱帯雨林の中を移動し、食料を獲得しやすい場所、ねぐらをつくり易い場所にジャングルの草木を利用した簡易住宅を建て、そこにしばらく住んで、都合が悪くなれば、別の場所へ移動するという生活様式でした。

しかし、何かある時には『部族』として集い、連携して助け合うという『絆』も保有していたのでしょう。そうであるが故に、ブラジル政府から『定住化』を強いられた時には、『定住村落』をつくることができたのでしょう。

現代社会は、非常に複雑なコミュニティの絡み合いになっていて、『職場』『学校』『趣味の仲間』『同じ宗教を信ずる人たちの集い』など、その都度『個人』は、異なった『コミュニティ』の一員になりますが、結局基本的には『家族のもとへ帰る』ことになります。社会のコミュニティの基本単位は『家族』であることは、昔も今も変わっていません。健全な『家族』あっての、社会、都市、国家であることを政治家が理解していないと、政治は本末転倒の話になります。

『シクリン』では、『家族単位の自由行動』と『コミュニティとしての共同行動』が共存しています。男の仕事である『狩りや漁』は、単独行動も、共同行動も選択自由です。しかし、しとめた獲物や魚は、近所で分かち合う風習が定着しています。女達はジャングルへ入り、野生の『芋』掘りを共同で行い、収穫を分かち合います。どこまでが『個人の自由』で、どこからが『共同行動の遵守(じゅんしゅ)』が必要かを、生き残るための『知恵』として自然に身につけているように見えます。なるほど人類はこうやって、群(むれ)をなして生きる知恵を継承してきたのかと、梅爺はあらためて理解することができました。

男女が、それぞれの分担を自然に担い、力仕事、危険への対応、コミュニティの重要方針決定は男の仕事、家事、育児が女の仕事となっていて、それに対する疑念などは無いように見えます。男が一人前とみなされるためには、命を危険にさらすような『成人の儀式』を体験しなければならないのが『シクリン』のしきたりです。男の優位を誇示すると言うより、男の役目を確認する儀式のように見えました。後に、コミュニティが複雑に進化し、『男が女を財産として所有する』ことや、逆に『男女は平等であるべき』などという発想が新しく産みだされたように感じました。つまりこれらは人間にとって『普遍的な価値観』では必ずしもないということなのでしょう。

しかし、『シクリン』といえども人間の集団ですので、『嫉妬』や『独占欲』で、コミュニティの和を乱す人間が出現しないとはかぎりません。コミュニティとして、それはどのように処理されるのか、梅爺は興味がわきましたが、それに関する話は番組では紹介されませんでした。

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