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2011年3月 7日 (月)

悲劇の中の善意(2)

日本人が、その判断基準でみるかぎり、イスラエルという国家は、最も『理解することが難しい国』の一つではないでしょうか。梅爺は、現地を訪ねたことがありませんので、映像や本で得た知識で、なんとか理解しようとしていますが、正直なところ、ほとんど分かっていません。

『ユダヤの歴史(特に他国民から受けた受難の歴史)』『パレスチナの風土』『キリスト教、イスラム教を産みだす母体となっているユダヤ教』について、かなりの深い知識を持っていない限り、イスラエルの人々の価値観を理解することは難しいのでないでしょうか。現在『イスラエル人とパレスチナ人(アラブ人)が殺し合いを繰り返している』事象をみて、『不毛な争いは止めて、共存の道を選んだらどうですか』などという忠告は、誰にでも言えることですが、それは『理』による説得で、『殺し合い』の真因は『情』に根ざす憎悪ですから、あまり意味を持ちません。イスラエル人もパレスチナ人も、『民族のプライド、帰属意識』『自分達が信ずる宗教を絶対視すること』を放棄すれば、共存の道は開けますが、人間の『情』は、『民族』も『宗教』も放棄できないほどに強固なものなのです。

特に、エルサレムは、『ユダヤ教(ソロモン神殿跡)』『キリスト教(キリスト受刑地の跡に造られた聖墳墓教会)』『岩のドーム(予言者ムハンマドが、大天使ガブリエルの導きで一夜神のもとへ昇天したと伝えられる聖地)』の信仰の中心地でもありますから、そうおいそれと権利の放棄はできないと言う複雑な事情があります。

昔は、確かにパレスチナの地に、『ユダヤ王国』『イスラエル王国』が存在しましたが、7世紀にイスラム帝国の支配下になり、ユダヤ人は『流浪の民』となってしまいました。1948年に、『ここは、もともと神との約束で自分達の土地であった』と、軍事力で強引に『イスラエル』建国宣言がなされ、世界中からユダヤ人が舞い戻ってきました。1000年以上、自分の土地と思い住んでいたパレスチナ人(アラブ系の人たち)には、まさしく『寝耳に水』の話であったにちがいありません。

ユダヤ人もパレスチナ人も、『ここはもともと自分達の土地である』と、それぞれ異なった根拠で主張しているわけですから、それ以降、問題は解決の兆しが見えません。尖閣列島を巡り、日中が領土権を主張し合っているという問題とは、深刻さの度合いが異なります。

ドキュメンタリー番組が伝える『事件』は、イスラエルの『ジェニン』という『パレスチナ人強制居住区』の中で起きました。『ジェニン』に潜む『パレスチナ過激派』を掃討するために、やってきた『イスラエル軍』が、12歳のアフメドというパレスチナ人の男の子を、反抗分子と誤認して、射殺してしまいます。『イスラエル軍』は、子供がオモチャの銃を携行していたからと誤認の弁解をし、パレスチナ人は、ただ買い物に出かけただけだと主張して、相互に話はかみ合いません。

アフメドの父親イスマイルは、死んだ我が子の臓器を、難病に悩む他の子供たちのために『提供』することに同意します。イスマイルは、見るからに聡明そうな風貌の人物で、インタビューへの受け答えも、理知的で冷静です。

色々な臓器が、五人の難病の子供へ提供され、命を救うことに貢献します。『悲劇の中の善意』として世界中から賞賛されましたが、意外に難しい『問題』へ発展します。それは、提供された子供の中にイスラエル人の子供も含まれていたからです。

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