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2011年3月20日 (日)

何故アメリカの報道内容を信用するのか

『梅爺閑話』では、世相、時事問題を評論しないということを原則としてきましたが、原発事故に関する日本の新聞記事を読み、枝野官房長官への新聞記者の質問を聞いていると、新聞関係者は『アメリカの報道は信用できる、アメリカの姿勢が正しい』ということを無条件に前提としているように見受けられ、梅爺は、腹立たしくなり、またまた禁を破ってこのブログを書いています。

原発事故が判明した時に、アメリカから解決のための協力申し入れがあり、日本の菅総理が『断った』ことに関して、読売新聞には、かなり大きな見出しで『米国日本に不信感』という記事が掲載されていました。これでは、折角のアメリカの好意を、踏みにじったのは菅総理の『落ち度』であるという印象を読者に与えかねません。アメリカの協力申し入れを受け入れるか、受け入れないかは、日本の国益を考えて日本が決めることであり、どちらが正しいかについて、各自の意見はあるにせよ、日本の責任者が『断った』と客観的な表現でとどめるべきでしょう。

梅爺がもし総理大臣であったとしても、『ご厚意には感謝するが、お断りする』と、やはり伝えると思います。この原発を設計、製造したのは日本であり、アメリカの関係者より、圧倒的に多くの情報を日本の関係者は保有しています。つまり日本の方が問題解決の『当事者能力』が高いと判断します。もし、アメリカの関係者が乗り込んできたら、説明するだけで(しかも英語の通訳付きで)時間がもったいなく、第一、具体的な方策についてアメリカの提言があった時に、決定責任者はそれをどう扱うか、命令系統はどうなるのかなど、混乱することが予測できるからです。緊急時には、無駄を極力排除し、決断、命令系統を簡素化することが肝要です。日本の知恵者(当事者能力の保持者)の努力、頑張りに全てを託そうと、当事者能力の無い日本人(梅爺のような)は、ここはひとつ腹をくくるしかありません。

外国との外交、ビジネス折衝では、『申し入れを断る』ことは、立場が異なるわけですから、当然頻繁に発生します。梅爺も仕事の現役の頃は、よく『断り』、『断られ』ました。折衝当事者が個人的に『不快』と『感ずる』ことがあっても、国と国、会社と会社の間で一々『不信感』の表明など行わないのがルールです。そのような常識なしに、日本の新聞が何故ここに『不信感』などという曖昧で情緒的な表現を持ちこむのか、梅爺は理解ができません。

これ以外に、枝野官房長官に対する新聞記者の質問に、『今日のアメリカの新聞で、こういう(原発事故に関して)報道があったが、どう思うか』というものが多く、これにも梅爺は驚きました。あたかも、アメリカが正しい報道をしていて、日本政府や枝野官房長官が、日本の国民や新聞記者を騙そうとしているのではないかという、非難の意図を感じたからです。

梅爺は、アメリカの報道は正しくないと言っているわけではありません。しかし、新聞記者が、日本の政府見解と異なったアメリカの報道が正しいと思うなら、その裏付けを自分で取材し、確信を得て日本政府を糾弾すべきです。自分は動かず、取材もせず、考えもしないで、『今日のアメリカの新聞の報道をどう思うか』などと質問するのは、自分のレベルの低さを自ら露呈しているようなものです。これでは日本の政治家のレベルが低いなどと、言えたものではありません。この程度のことで許されるなら梅爺でも新聞記者が務まります。

『何事もアメリカ追従の姿勢は怪しからん』などと、国の外交姿勢について、鬼の首を取ったように言っていたジャーナリストが、実は一番『無条件にアメリカ依存してしまう体質』なのではないかと、失礼ながら疑いました。

血圧には悪いと知りながら、こんなことで梅爺はカッカし続けています。

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