« 当事者能力の欠如(1) | トップページ | 知の巨人『ジャレド・ダイヤモンド』(5) »

2011年3月17日 (木)

当事者能力の欠如(2)

梅爺は、『自分であるにもかかわらず不可思議で理解できない自分』を見つめることを主目的として『梅爺閑話』を書いてきました。世相や事件に接して『世の中』や『日本』が『おかしい』と糾弾することは、他の方々が沢山ブログに書いておられますので、それに任せればよいと考えてきました。『梅爺閑話』が世直しに貢献するとは思えなかったからです。しかし、今回は堪りかねて、原則を破り、『日本はおかしい』という内容のブログを書いています。

平常時には見えない本質的な問題が緊急時には見えてきます。平常時には、皆が『ああだ、こうだ』と勝手な意見を言い、小田原評議を繰り返していても、さほど問題はありませんが、緊急時には、問題解決のための『当事者能力を持つ人たち』『対応を具体的に決断できる責任者』の存在が重要になります。迅速に、効果があがることから優先順序を決めて実行しないと、事態がさらに悪化するからです。その他の人たちも、『情』に駆られて、何かを言いたくなるのは当然ですが、緊急時に限っては、その行為が、『当事者』や『責任者』の邪魔にならないように配慮する必要があります。問題解決に貢献しない野次馬がいくら沢山いても役には立ちません。このブログを書こうかどうか梅爺が逡巡したのは、梅爺も野次馬の一人であるという矛盾を感じたからです。

それでは、『当事者能力を持った人たち』と『決断責任者』になら、絶対間違わないことを期待できるかと言えば、それも無理であると承知しておかなければなりません。最高の人材でも、間違いを犯すことがあることも、認めざるをえません。『事故を起こしている原発から、何キロメートル退避したら、絶対安全なのか』などと詰め寄ってみても保証は得られません。知恵者もある確率でしかものは言えないからです。人間の能力では予測できないことがこの世には存在することは、今回の災害規模からも明白です。それでも緊急時には、知恵者といえども間違いを犯すことがあることを覚悟して、運命を託すしかありません。

今回の災害で、日本には、国民が運命を託すことができる、『当事者能力の持ち主』『決断責任者』が存在するのかが問われています。梅爺は、『当事者能力の持ち主』の存在は疑いませんが、『決断責任者』の存在に不安を感じています。『一人でも多くの人命を救うことを優先して行動してほしい』などと抽象的な訓示を垂れることなら梅爺にでもできます。『決断責任者』の仕事は、そのための具体的な手段を、どの順序に実行し、その経済的費用の裏付けにも責任を負うことです。

難しい状況の中で、効果的な手段を『理』で考え出し、その内容を、普通の人にも理解できるように表現できる能力を持つリーダーが、日本には少ないと言う弱点が、今回のことで浮き彫りになったように思います。

『今回の災害は、日本人への天罰だ』などとしかコメントできない人は、リーダーとして論外です。しかし、少なくとも、素晴らしい対応をする人が出現すれば、その人およびその政党に、国民は間違いなく投票するでしょう。未曾有の困難に直面しているからこそ、政治家にとっては、真価、力量を発揮する絶好のチャンスとも言えます。災いを転じて、国民に気持ちを一つにして奮い立つよう、説得する機会でもあります。アメリカ9.11事件の時に、ニューヨークのジュリアーノ市長が、陣頭指揮で一気に名声を獲得しました。しかし、日本の現状政権の、青息吐息の対応を見ていると、梅爺はむしろ心が萎えてきます。『リーダー不在』の日本の弱点は、国民も加担してつくりあげてきたしくみの歪(ひずみ)ですから、今更嘆いてもしかたがあませんが、そろそろ、『当事者能力の無い人』は『リーダー』にはなりにくいというしくみをつくることに、皆で本気で取り組む必要があるのではないでしょうか。高度に複雑化した社会では、『リーダー』には、なりたい人がなるのではなく、『情』と『理』を駆使して、ものごとの本質を総合判断できる資質をもった人がならないと、うまくいきません。

|

« 当事者能力の欠如(1) | トップページ | 知の巨人『ジャレド・ダイヤモンド』(5) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 当事者能力の欠如(1) | トップページ | 知の巨人『ジャレド・ダイヤモンド』(5) »