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2011年3月 9日 (水)

悲劇の中の善意(4)

アフメドの臓器が提供された難病の子供は5人で、2人はパレスチナ人の子供、1人はユダヤ人の子供であることが判明しています。名前が公表されることを3人の親は了解した結果です。しかし、残り2人は、『親の同意がない』という理由で公開されていません。

アフメドの父親イスマイルは、提供された子供たちに是非会いたいと願い、それぞれの親に面会を申し入れます。アフメドの死が、全くの無駄ではなかったことを、父親としてせめて確認したいと願ってのことでしょう。

パレスチナ人の子供と親を訪問することは、勿論何も問題が無く、子供の命が救われた家族の暖かい歓迎を受けます。イスマイルも、恩きせがましい態度は一切示さず、黙って難病から解放された子供を抱きしめます。イスマイルの気持ちを考えると観ていてこちらの胸がつまるシーンでした。

名前が判明しているユダヤ人の家庭にも面会を申し入れ、了解を得ます。しかし、これはイスラエルの厳重監視下にある『パレスチナ人居住区』から、外へでて、エルサレムのユダヤ人の家を訪問することを意味しますから、敵地へ乗り込むようなものです。

ユダヤ人の両親は、イスマイルを迎え入れ、『臓器提供者がパレスチナ人の子供であることを、手術の後で知らされ、つい動転して、もし事実を知っていたら、提供を拒んだかもしれない』などと過去に発言したことを、心から詫びます。イスマイルはここでも冷静で、難病から解放された女の子の頭をなでるだけで済ませます。

5人の臓器被提供者の内、2人の名前が明かされないのは、ユダヤ人であるからではないかと、梅爺は推測してしまいました。子供はもとより、一家が『異教徒の臓器をもらった』ということで、ユダヤ人社会の中で後ろ指をさされる事態を恐れてのことではないかとも推測しました。恩恵を受けながら、なんと卑怯なと、責めたくもなりますが、子供の一生を考え、問題に巻き込まれたくないという親の気持ちもわからないではありません。

イスマイルは番組の最後に、『(ユダヤ人とパレスチナ人の)和解は、それほど難しくはないはずだ』と呟きますが、梅爺には、『それを、難しいものにしているのは一体何なのか』という怒りの裏返しの表現であるようにも感じました。『民族』や『宗教』にこだわらなければ、『和解は、難しくない』ことは、『理』では明白ですが、人間の『情』は、それにこだわり続け、こだわりを捨てるくらいなら、『死んだ方がまし』とまで考えます。そしてついには『相手を殺すのもいとわない』という論理にまで発展します。梅爺には、人類がこだわりを捨てる日が近いとは、とうてい思えません。

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