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2011年3月27日 (日)

テオ・アンゲロプロス(1)

『テオ・アンゲロプロス』という現代ギリシャの偉大な映画監督の存在を梅爺は偶然知りました。NHKBS第二の『衛星映画劇場』で、『シテール島への船出』『永遠と一日』『エレニの旅』という、彼の作品が数夜にわたり以前放映され、それを録画して観てのことです。

『音楽とは何だろう?』というブログで、『音楽を含む芸術は、創作者にとっては、自己追及、自己表現であり、鑑賞者にとっては、触発された自己発見が目的である』のではないかというような趣旨のことを書きました。人間は『言葉』だけでは表現できない、『共有の絆』を求めて、芸術を創出し、高度なレベルへ発展させていったのであろうという推測です。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-e3f5.html

全ての映画が『芸術』であるとは言い難いですが、映画の一部は高い『芸術性』を表現するレベルに達しています。興行成績の良い映画だけに興味を惹かれて観ていては、芸術性の高い映画を見落としてしまうことになります。アメリカ文化を代表するものが映画で、ハリウッドがその中心であると単純に受け取って、『ハリウッド映画』や『ハリウッド映画を模倣した映画』が『映画』であると考えているのは、もったいないことかもしれません。

確かに世界には、『ハリウッドに認められることがメジャーになること』と考え、この努力をしている映画人は沢山います。中国の優れた映画監督チャン・イーモウ(張 芸謀)なども、今ではハリウッド資本の映画を創るようになっています。

しかし、『ハリウッド』には全く目もくれず、独自の『映画表現』を追求している人たちも世界には沢山います。前に『こんなに近く、こんなに遠く』というイランの映画を観て、梅爺が驚いた様子はブログに書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_b50e.html

テオ・アンゲロプロスというギリシャの映画監督も、その一人であることを知りました。『シーンのワンカットが非常に長い』『カメラ・アングルの移動が非常にゆっくりしている』『曇天ばかりで晴天が無い』『言葉(会話)は厳選されていて非常に少ない』『映像美と役者の演技だけで、人物の心理描写が行われる』『貧しいはずの登場人物が立派な服装をしている』というような手法に最初は戸惑いますが、やがて、観ている内にその手法やテンポの意図がなんとなく理解できて来て、心地よいものになり、映画の世界に引き込まれていきます。

映画好きの年金爺さんにとっては、思いがけない発見、遭遇で、大変得をしたような気分になりました。

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