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2011年2月28日 (月)

アマゾン原住民『シクリン』(1)

BSジャパンの10周年記念番組で、ブラジル、アマゾンの原住民『シクリン』へ密着取材したドキュメンタリー番組があり、録画して観ました。

アマゾンの熱帯雨林の中には、今でも234種族の原住民が住んでいて、ブラジル政府はそれぞれに保護区を設定して、文明人の勝手な接触を規制していることを知りました。『シクリン』はその中の1部族で、一時は150人までに人口が減少し、絶滅の危機に瀕しましたが、現在では734人までに回復しています。しかし、依然として絶滅の危機は脱していません。

日本のテレビクルーが、ブラジル政府の特別の許可を得て、管理官同行のもと、滞在し取材した内容で、『シクリン』の実態の報道としては世界初のものであろうと思います。文明人が病原菌を持ちこまないように、テレビクルーは事前に徹底した健康診断を受けました。

『シクリン』の風貌は、明らかに『モンゴロイド』で、1万年以上前に、アジアから北米、中米を経由して南米に移り住んだ人たちの末裔なのでしょう。他の部族との抗争に敗れて、徐々に密林の奥へ追いやられたのであろうと、テレビでは解説していました。元々は『家族単位』で、密林を自由に移動する民でしたが、現在はブラジル政府の命令で、『定住』を強いられ、村を構成しています。村の広場の真ん中に『集会所』があり、それを中心に、家族単位の『住居』が円周状に配置されています。

『シャーマン(呪術師)』はいますが、部族の長老は特別には存在せず、何かある時には『大人の男達』だけが『集会所』に集まって、議論をして対応方針を決める方式が採られています。最近まで家族単位の移動の民であったことが、この一見民主的な方式を産みだしたのでしょう。もし、部族が『定住村落方式』を永い期間選んでいたとしたら、必ずコミュニティーには『長老(リーダー)』が存在するようになっていたのではないかと梅爺は推測しました。『コミュニティーには必ずリーダーを必要とする』というのが、私達現代人の『常識』ですが、『コミュニティー』の結束の強さ次第で、『リーダー不在』も選択肢の一つであることが分かります。『リーダー不在』は『シクリン』が、たまたま選択した方式で、原始社会の原点は『リーダー不在』であると、決めつけるわけにはいかないように思いました。

テレビクルーの取材を認めるかどうかで、男達の集会が行われ、『取材の期間中は、女は着衣をすること』が決められました。普段は、男女とも裸体に近い状態なのであろうと想像できますが、この取材では、男は『短パン』、女は『ワンピース』といった文明社会が持ちこんだ『衣料』を身につけていました。文明人は『裸体』に対して異なった価値観を持っていることを『シクリン』が既に知っていて、『この際は、相手の価値観に合わせておいた方が無難』と『判断』していることに梅爺は興味を抱きました。『シクリン』は既に、純粋な『原住民』ではいられない環境に身を置き始めていること、文明人の『価値観』の一部を知って、自分達の『価値観』との調整を余儀なくさせられていることは、『日本』が日本だけの価値観で生きていけない時代に入り、価値観の調整を余儀なくさせられている話と同じであるからです。

人類の歴史は、『異なった環境』や『異なった価値観』に遭遇し、どう対応していくかをその都度選択してきたことと言いかえることもできるのではないでしょうか。『シクリン』を観ていると、『人間』や『人間社会』の本質が見えてくるように感じました。

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2011年2月27日 (日)

下駄に焼き味噌

上方いろはカルタ『け』、『下駄に焼き味噌』の話です。

何とも、意味不明な諺です。焼き味噌をつくる板と下駄が似ているという、単なる語呂合わせなのか、板が見当たらないので下駄で味噌を焼いてしまったという『人間は切羽詰まると、とんでもないことを思いつくものだ』という教訓が込められたものなのか、梅爺には分かりません。下駄と焼き味噌という意外な組み合わせは滑稽というより、なにか汚らしい印象を受けてしまいます。

現在この諺は、あまり使われていないところをみると、『あまり上出来な諺ではない』と人々に受け容れられなかったためかもしれません。上方いろはカルタの中では最も出来が悪いものの一つのような気がします。江戸いろはカルタの『け』は『芸は身を助ける』ですから、こちらの方が気が利いています。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_7820.html

一見関係の無い二つのものを組み合わせて、新しいことを連想する、アイデアを思いつくという人間の脳の能力は、人間だけが保有する能力の一つではないでしょうか。型にはまった発想しかできない人よりは、柔軟な発想ができる人の方が魅力的で、柔軟な発想のひとつは、『思いもよらないものを組み合わせて考えてみる』ことから生まれるような気がします。料理の名人が『隠し味』と称して、思いもよらない材料を加えることがその例です。

『隠し味』の場合は、一歩間違えば大失敗で、せっかくの料理を台無しにしてしまうことがありますが、頭の中で、異なった概念を組み合わせて、連想や発想を楽しむと言う行為は、別段他人には迷惑がかからない話ですから、大いに活用すべきものであるように思います。大人は妙な『常識』に支配されて、『その様なものの組み合わせはおかしい』と先入観でものを観たりしますが、幼児の脳は、どのような突飛な組み合わせでも、受け容れてしまう柔軟さがあります。その証拠に童話は突飛な発想や話の展開に満ち溢れています。

梅爺は、頭の柔軟さを何とか保とうと『梅爺閑話』を書いているところがあります。その分『変わった気難しい爺さん』と、後ろ指をさされることがありますが、それはいたしかたがないことと覚悟しています。

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2011年2月26日 (土)

ジャズアピニスト秋吉敏子(5)

秋吉さんは、当然音楽以外は関心が無いという方ではありません。ジャズが『情』を表現し、伝えることを目的とする限り、『この世の出来事』『人間の行動』に無関心ではありえないからです。

終戦後30年経って、フィリピンのジャングルで生き延びていた小野田少尉が見つかり、身柄を拘束された時に、兵士の魂であった軍刀を渡して『投降』しました。この様子をニュースで観て、秋吉さんは、小野田少尉の『心情』に心うたれ『孤軍』という曲を作曲します。またヒロシマの悲劇は、とても自分では表現できないと避けていましたが、あるとき被爆直後の一枚の写真の中に若い女性の『微笑み』を見つけ、『Hope(希望)』という曲をつくります。秋吉さんは、ご自分の心情を『ジャズ語で表現する』ことをご自身の使命と考えたのではないでしょうか。

普通の人の何倍にも相当する人生を送り、普通の人が成し遂げられないことを達成した人の言葉には、深さと重さがあります。梅爺ごときが、『理』で思いついたり、どこかで見聞いて気に入っているような浅薄な言葉ではないからです。

この番組のインタビューで、秋吉さんも、いくつか心に残る言葉を述べておられます。

『金は一番大切なことは解決してくれない。でも多くのことを解決してくれる』
『先頭を走ろうとすれば(フロントに立てば)、必ず抵抗を受ける』

これらは、必ずしも秋吉さんのオリジナルな言葉ではありませんが、『先ずは自分に忠実な表現をし、それを他人と共有できればそれに越したことは無い』『ジャズは自分の人生そのもの』と考え、苦難の中で実践し続けた秋吉さんの言葉になっているように思います。

100年後の日本人へのメッセージは、以下の英語で表現されました。梅爺の拙訳を添えて紹介します。

『Be kind to yourself.(自分を大切にし、忠実でありなさい)』
『We can't win. But you can try.(成功はできなくても、挑戦することはできる)』

これは、ジャズのことではなく『人生』に関することですと、秋吉さんは最後に念を押されました。

ただ番組の中での『楽器を弾いても音楽にはならない』という発言は、合唱に加わっている梅爺には耳が痛いものでした。『歌うだけでは、音楽(合唱)にはならない』と、たしなめられたような気がしたからです。

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2011年2月25日 (金)

ジャズピアニスト秋吉敏子(4)

梅爺が仕事の現役時代に最も多く海外出張を繰り返した国がアメリカです。コンピュータ・システム事業の最先端技術が、アメリカに集中的に存在していたからです。主として、システム事業、コンサルタント事業のメッカである東海岸(ボストン、ワシントン近郊)、半導体メーカが多いテキサス州(オースチン)、半導体やソフトウェアのメーカが多い西海岸(シリコンバレー)への出張でしたが、シアトル(マイクロソフト社の本拠地)、ビーバートン(オレゴン州のインテル社の本拠地)へは一切近づきませんでした。会社の中で、パーソナル・コンピュータ事業と、企業向けシステム事業を完全に分離し、相互に『企業機密』が漏えいする疑いを、相手企業に与えないための対応策をとっていたからです。逆にいえば、パーソナル・コンピュータ事業の従事者は、システム事業の会社へは近づかなかったことになります。

この時の経験が、梅爺のアメリカを視る眼を形成しています。アメリカは『偉大な国』であると同時に、信じられないほど『ひどい国』でもあるというのが実感です。『とてつもなく優秀な人物』も多いのですが、『とてつもなく下賤な人物』も多いと感じました。この両極端のブレの大きさが、日本とは決定的に異なります。日本は、相対的な比較において『偉大な国』でも『ひどい国』でもないという点で、世界では珍しい国の一つです。『自由・平等』『民主主義』が深く根付いているアメリカなどという、きれい事は、とても鵜のみにはできません。

日本の、しかも女性のジャズピアニストの秋吉さんが、ジャズの本場アメリカで活動した時に、どのような偏見で観られたかは、想像に難くありません。勿論好奇心で観られたこともあろうと思いますが、多くは『ジャズが理解できるはずがない』という先入観で評価されたに違いありません。

秋吉さんは、『自分が日本で活動を続けていたら、何も考えず、何も感じなかったでしょう』と述懐しておられます。逆境の中で、自分とジャズの関係を考え続け、ついに日本文化をジャズと融合させることにまで挑戦します。そのことで『ジャズへ恩返ししたかった。ジャズを更に太いものにしたかった』と述べておられます。秋吉さんの業績はアメリカで認められ、ジャズ・ミュージシャンの最高の栄誉である『ジャズ・マスターズ賞』を日本人として初めて受賞することになります。異文化に遭遇し、異文化に呑みこまれたり、あわてて逃げ帰る日本人は多いのですが、異文化を認め、さらに日本文化を融合させ、異文化の人々に認めさせるという業績をあげる日本人は多くありません。秋吉さんは、素晴らしい日本人の一人であると梅爺は思います。

それにしても、日本の政治家からは、どうしてこのような『人物』が出て来ないのでしょう。本当に自ら『異文化と対決』したことがないからではないでしょうか

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2011年2月24日 (木)

ジャズピアニスト秋吉敏子(3)

秋吉さんは、西洋音楽やジャズは『タテの音楽』で、日本古来の音楽は『ヨコの音楽』であると表現されました。云い得て妙です。特に西洋音楽は、『理』に適ったいくつかの法則に拘束されて成り立っています。音の数は1オクターブを12音で均等分割し、楽譜でこれ以外の中間音を指定することは原則できません。この12音で、旋律や和音が生みだされます。絵画に例えれば、12の色以外の中間色は『使えない』といった話です。音の長さも、1小節は何拍と指定され、1拍を基準にして、何倍、何分の一の音符で小節は構成されます。演奏の速さも、1分間に何拍の速さで演奏しなさいと、作曲家は指定します。

西洋音楽は、自然界には存在しない『音の表現様式』を、人間が『理』の法則で作り上げたものです。音楽の目的が、人間の『情』を対象としたものであるにもかかわらず、基本ががんじがらめの『理』で構成されているという関係を、梅爺は興味深く感じます。西洋人が『理』を重視するのは何故かも気になります。西洋音楽が聴いている人に、『安定感』『統制感』を与えるのは、基盤が『理』の法則で支配されているからではないでしょうか。

ジャズは、西洋音楽の楽器や様式を利用していますので、影響は受けていますが、『理』の堅苦しい制約を逃れるために、『即興演奏(アドリブ)』を許容し、重視しています。自由に『情』を表現するためにそれが必要であるからです。

いずれにしても、西洋音楽、ジャズは、リズムをベースに音楽が進行するという点では『タテの音楽』です。それに対して、日本古来の音楽や、イスラム教の祈りの歌などは、一定のリズムで音楽が進行するというより、メロディーが自由に横方向へ広がっていく感じを受けます。音の数も12個と規定せず、自由に中間音を使いますし、音の長さも自由です。このような表現様式は、『原始的』と言えるかもしれませんが、西洋音楽より『劣っている』とは言えません。

秋吉さんは、『タテの音楽』であるジャズに、『ヨコの音楽』である日本の情感をとりいれることに挑戦します。アメリカで活動する日本のジャズ・ミュージシャンが、自分を表現しようとするとそういう帰結へ向かうのでしょう。秋吉さんはアメリカ人からは不評を買うであろうと予測しますが、逆に高い評価を受けることになります。異文化の遭遇は、新しい文化様式を『動的平衡』で生みだすということが、ここでも起きました。一人の人間が、自分を求めて、いままで存在しなかったジャズの表現様式が出現させたということになります。

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2011年2月23日 (水)

ジャズピアニスト秋吉敏子(2)

『ジャズ』の原点は、アフリカからアメリカへ奴隷として連れて来られたアフリカ系アメリカ人の祖先が、苦しい労働、虐げられた生活を耐えるために創りだした『労働歌』『宗教歌』であることはご承知のとおりです。アフリカ系の人々の独特のリズム感が特徴で、身体が自然に揺れ動くような『スウィング』がそこから生まれました。

民族や人種によって、音楽の表現様式に微妙な違いがある背景には、自然環境や生活環境の違いが影響していると推測できますが、何といっても脳の『情』に関わる遺伝子に差異があるのではないかと思ってしまいます。

日本人には、屋根に落ちる雨音や、秋の草むらにすだく虫の音(ね)は、心地よい音に聴こえますが、西欧人には不快な雑音に聴こえるという話を聞いたことがありますが、真偽のほどは分かりません。もし本当なら、これも『情』に関係する遺伝子に違いがあるのかもしれません。

アフリカ系の民族が、アメリカや中南米で、西洋音楽の楽器と出合い、『ジャズ』や『サンバ』などの『ラテン音楽』の一部を生みだすことになったのであれば、異文化の交流が新しい様式を生みだした典型例のように思います。哀しい『奴隷制』が背後にありますが、文化も『動的平衡』で、混じり合い、変容、進化していくことが分かります。

『ジャズ』は、アフリカ系民族の音楽と、西欧音楽(特に楽器)の遭遇が生みだした表現様式ですが、同じピアノ演奏でも、『まったく異なった印象』を私たちに与えます。ピアノは西洋音楽の『理』で定められた『12音階律』に制約されている楽器であることを考えると、この違いは驚きです。ジャズはこの12音の内、利用する主要音の組み合わせが西洋音楽と微妙に違います。専門的には、E♭、B♭という『ブルー・ノート』と呼ばれる音が旋律で多用されることが違った印象の原因です。

秋吉敏子さんは、16歳の時に別府のダンスホールの専属ピアニストとして演奏活動を開始し、『テディ・ウィルソン』の『スウィート・ロレイン』というジャズピアノの演奏レコードを聴いて、魅せられ、演奏技法を独学で真似始めたとのことでした。終戦直後の混乱期のことを考えると、そのような情報も乏しく、物質的にも恵まれない環境で、独力で才能に磨きをかけていったという話は、感服の他ありません。

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2011年2月22日 (火)

ジャズピアニスト秋吉敏子(1)

梅爺は、音楽を職業として生きていけるほどの能力は持ち合わせていませんが、音楽はジャンルを問わず好きです。理屈屋の梅爺も、自分が何故音楽が好きなのかと深く考えたことはありません。強いて挙げれば、そういうDNAを遺伝子に持っているということなのでしょう。母方の伯父(故人)が、京都大学理学部数学科の教職に就いた時に、初任給を全部はたいて、『輸入畜音器』と『輸入クラシックレコード盤』を購入したという話を聞いたことがあります。現在なら、さしずめ最新のオーディオ装置とクラシック音楽CDを買い漁ったということですから、梅爺が『音楽好き』のDNAを引き継いでいてもおかしくありません。

『ジャズ』も梅爺のお気に入りですが、特に、ピアノソロの演奏が好きです。『ジャズ』の歴史の中で、ピアノ演奏の名手は沢山いますが、『オスカー・ピーターソン』『ビル・エヴァンズ』『チック・コリア』『キース・ジャレット』などが弾く、比較的静かな曲が好きです。

『スウィングしなければジャズではない』と言われますから、リズムに合わせてひとりでに身体が揺れてくるという感覚が基本ですが、静かなピアノ曲を眼を閉じて聴いていると、何故か懐かしい透明な感覚の世界へ心が誘(いざな)われ、安らぎを感じます。脳の『情』へ訴える要素が強いためなのでしょう。『ビル・エヴァンス』のピアノを聴いていれば、『ジャズ』と『クラシック』の間の垣根などは感じません。音楽は、『情』の連帯を求める行為で、高度なレベルに達したものは、ジャンルに依る区分けをしてみても、あまり大きな意味を持たないように思います。

NHKBSハイビジョンの『100年インタビュー』にアメリカで活躍するジャズピアニスト『秋吉敏子』さんが登場し、梅爺は録画して観ました。

秋吉さんは、現在80歳ですが、ピアノ演奏やインタビューへの受け答えは若々しく、年齢を感じさせませんでした。ただ、アメリカ暮らしが永いために、日本語がすぐに出てこないようなところがあり、『Well,......』とか『Ah,.........』とか英語の発音の接ぎ穂で時間稼ぎをしてから日本語で応えておられました。先ず英語の内容が思い浮かび、その後日本語に変換するという、普通の日本人とは逆に脳が働いているのかもしれません。

ジャズの本場アメリカで、『日本人女性のジャズピアニスト』が、どれほどの偏見に晒(さら)されたかは、想像に難(かた)くありません。それでも、秋吉さんはジャズ・ミュージシャンとして最高の栄誉である『ジャズ・マスターズ賞』をアメリカで受賞しました。普通の日本人の数倍の人生を送られたと言っても過言ではないでしょう。インタビューの内容も、深い内容でした。

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2011年2月21日 (月)

井上ひさしの『国語元年』(6)

現生人類は、どの部族、人種も必ず『言語』を保有しています。人類が何故『言語能力』を進化の過程で獲得したかは、明確です。『言語能力』を保有している方が『種としての生き残りの確率』が高かったためです。勿論『言語能力』だけが『生き残りの条件』ではありません。2~3万年前にヨーロッパで絶滅したと考えられている『ネアンデルタール人』は、体格、脳の容量ともに現生人類にひけをとらないものでしたので、『言語能力』は保有していたと考えるのが自然です。多分『絶滅』は、他の要因によるのでしょう。

文字を持たなかった原始社会では、『言語』は、親から子へ、大人から子供へ口づてで伝承されていったに違いありません。部族、人種によって『言語』の表面的な表現形式は異なっていますので、『物の名前』や『行為の名前』は、単なる『約束事』として考え出されたにちがいありません。人間が創りだした言語の、驚嘆すべきことは、どの『言語』も、必ず『文法法則』を包含していることです。と言っても、『文法法則』をまず決めて、それにしたがって『言語』ができたのではないということです。自然に出来上がったかに見える『言語』を、後々検証してみると、必ず『文法法則』が見つかるという不思議な話です。

私たちが外国語を勉強する時に、『文法』を先ず習って、これに合うように表現しようとしますが、これは言語成立の過程を考えると不自然な対応ということになります。それが証拠に、日本人の幼子が『日本語』を習得していく時には、『文法』など誰も教えません。幼子は『赤い』という色の概念を覚えると、『赤い花』『赤い洋服』『赤い自動車』と使い始めます。『赤い』という形容詞概念は、他の名詞と結びついて、共通に使えるという論理『法則』を自然に会得しているように見えます。

多くの言語学者は、これを、人間の遺伝子の中に『言語』を『論理処理』する資質が含まれているからと説明しています。にわかに信じがたいようにも感じますが、これ以外の説明は見つかりません。テレビで『四六時中英語を聞き流していれば、自然に英語が喋れる様になる』などいうコマーシャルが流れて、梅爺は『嘘だろう?』と疑っていますが、遺伝子が英語の論理構造を自然に習得するということになると、あながち『嘘』とは言えないのかもしれません。しかし、柔軟な子供の脳ならともかく、柔軟さが失われている大人の脳では、効果が薄いのではないかと、あくまでも疑っています。

『国語元年』という喜劇ドラマを観ながら、梅爺の空想は、あっちへ飛び、こっちへ飛びと大変でした。『言語』には不思議がいっぱい詰まっていて、興味が尽きることがありません。

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2011年2月20日 (日)

井上ひさしの『国語元年』(5)

現象的に観察すると、一般に『日本人は外国語の習得が不得手である』と言われても反論できない面があるように感じています。かなり高学歴の方でも、『私は英語ができません』などと、最初から逃げ腰の発言をされます。『文法構造が違う』『発音が違う(日本語では必要のない発音を発声したり、聴取しなければならない)』など色々な原因はありますが、『外国語ができないと生きていけない環境に追い込まれることが少ない』というのが一番の理由ではないでしょうか。いざとなれば、日本語だけで片がつく『均一社会』のなかへ逃避できる場合が多いからです。

裕福になった日本人の多くが、海外旅行を楽しんでいますが、日本の旅行社が企画した『パッケージ・ツア』に便乗するかぎり、添乗員や現地ガイドが、親切に対応してくれますので、現地で外国語で困ることはほとんどありません。景色や食べ物など、『異文化』には接することができますが、これで本当に『海外を体験した』と言えるのかどうかは疑問です。辛辣に云えば『ツアー・グループ』という『ミニチュア版日本社会』が、そのまま『外国』のなかを移動しているだけです。『外国へ行ったことがある』と『外国の異文化に触れたことがある(外国人とコミュニケートしたことがある)』では大きな違いがあります。

そうは云いながら、梅爺も『パッケージ・ツア』の『格安』『便利』につられて、何度も利用してきました。何もかも、自分で対応しなければならなかった仕事の現役時代の『海外出張』にくらべると、『手とり足とり、面倒見てもらえる』のは、確かに『いやー、楽チン、楽チン』と完全依存してきましたので、偉そうなことは言えません。

日本人にとって外国語の習得は、『文法構造』『発音』など確かにハンデキャップがありますが、やはり、『そこまで自分を追い込まなくてもやっていける』という逃避口実があるために中途半端に終わるのではないでしょうか。日本人の言語対応能力が劣っているとは思えませんが、日本人にとっては、『均一社会の中へいつでも逃避できる』という恵まれた環境が習得の障害になっているように感じます。

スイスの街角で新聞を売っている普通のおばさんは、平気でドイツ語、フランス語、イタリア語を使い分けます。そうしなければ『生きていけない環境』に身を置いているからです。こういう環境が世界には存在することを、多くの日本人は『自分がそのような環境に追い込まれたらどうしよう』と想像したこともないのではないでしょうか。

ドラマ『国語元年』を観ながら、梅爺は『方言の違いの克服』は『言葉の違いの克服』にくらべれば、まだ『たいした問題ではない』と感じました。

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2011年2月19日 (土)

井上ひさしの『国語元年』(4)

明治維新以降の『日本語の統一』も興味深い話ですが、そもそも『日本語』はどのように出来上がっていったのかは更に興味深い話です。『三つの異なったルートで日本へ渡来したと考えられる縄文人達の時代には、いくつの異なった言語が存在していたのか』『その後渡来した弥生人は、どのような言語を話していたのか』『日本語の原型は、どのようにまとまっていったのか。複数の言語の融合なのか、一つの言語が他を排除したのか』など素人の梅爺の興味は尽きません。言語は、永い世代交代のなかで、他の言語の影響なども受けながら自然に醸成されていく側面と、統治権力者の意向で、短期間に使用を強制されて変化する側面があるはずで、日本語成立には、それらがどのようなバランスで関わっていたのを知りたくなります。日本には、今でも沢山の『方言』がありますが、『方言』はどういう条件で出来上がっていくのかも同様に大変興味深いことです。あるコミュニティが、コミュニティ内部だけで言語を変容させ、それが定着させるのに、どのくらいの世代交代が必要なのかも知りたいところです。

漢字文化を取り入れた後の日本語変容の経緯は、文献などで、ある程度たどることはできますが、それ以前に成立していた日本語の基本構造(文法)、基本発音体系(母音、子音の数など)が、どのようなものであったのかは、必ずしも解明されていないのではないでしょうか。『言語』は、日本人の精神構造と深く関係していますので、言語学だけの視点ではなく、日本文化の視点で、この研究は重要であるように思います。

日本語の方言は、文字通り方言で、言語の基本体系は同じですから、異なった方言同士で会話すると、お互いに苦労はしますが、全く理解できないという事態は避けられます。『日本語元年』というドラマでも、トンチンカンな誤解は勿論生じますが、それでも何とか会話が成立しているところが、滑稽に見えます。ドラマの主人公が案出した『7つの基本ルールだけで日本語を話す』などという試みは、『言葉には合理的なルールが必要、でも単純なルールだけで律することは無理』という井上ひさし氏の考えを逆説的に表現したものなのでしょう。『7つの基本ルール』では、なんとか意図は伝えられても、ニュアンスは伝わらず、不自然であることをドラマを観ている人は知り、ニュアンスが言葉の重要な要素だと気付きます。

いつもの梅爺流の表現をお許しいただければ、『言葉』は人間の精神世界の『理』だけではなく『情』も表現できるものでなければならないということになります。『言葉』は手段であって、人と人の『絆』を築くことが目的であるからです。

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2011年2月18日 (金)

井上ひさしの『国語元年』(3)

ドラマの主人公は、明治政府文部省の官吏で、上役から『全国統一話し言葉』の原案を作るように命じられます。本人は『長州』出身で、『長州弁』を使っていますが、妻、義父は『薩摩』出身で、幼い一人息子を含め家の中で『薩摩弁』で会話しています。それ以外に女中頭は『江戸の山手言葉』、飯炊き婆さんは『江戸の下町言葉』、新入りの女中は『山形弁』、作男は『栃木弁』、お抱えの車夫(人力車)は『青森弁』、書生は『名古屋(尾張)弁』と、家の中はまさに方言の坩堝(るつぼ)の状態です。更にここに、公卿を名乗るいかがわしい男(京都弁)や、泥棒(会津弁)まで加わって、抱腹絶倒のドラマが展開します。

作者の井上ひさし氏が、各地の言葉の特徴を熟知していなければ、このような脚本は書けませんから、日本語や方言への造詣の深さが分かります。

主人公は、先ず『ものの呼び名』の統一を思いつき、維新に功績のあった、薩摩や長州の言葉を優先して採用し、旧幕府に味方した地方の言葉は全て排除する方針を決めます。ただし、天皇が住む江戸の山手言葉だけは、天皇に敬意を表し例外として認めることにします。薩摩と長州が不公平にならないように、同じ比率で『ものの呼び名』を採用しようとしますが、『印象の悪い言葉を意図的に薩摩から採用している』などと、義父から難癖をつけられ閉口します。

やがて、主人公は『言葉は、ものの呼び名だけでは済まされない』ことに気付き、どこの方言でもない『全く新しい日本語のルール』を制定すれば、公平な問題解決になると考えます。そこで『基本的な7つのルール』を考えだし、これで『日常の意思疎通ができるか』『喧嘩ができるか』『女をくどくことができるか』などを自ら試そうとしたりします。

言葉は、文化や人間の精神世界(脳のはたらき)と深くかかわっていることを、熟知している井上ひさし氏が、『ものの呼び名』や『簡単な基本ルール』というような皮相なことだけで言葉は扱えねいことを逆に示すために、このような滑稽演出で、観る人に『言葉とは何なのだろう』と深く考えさせる趣向になっていて見事です。

現在の日本語は、『江戸の山手言葉』を主にした共通語(標準語)で構成されています。何故『薩摩弁』や『長州弁』が標準語にならなかったのかは、分かりませんが、多分明治政府の要人は、自分たちの言葉を強要することで、いらぬ摩擦を起こすことを避けようと、政治的な配慮をしたのではないでしょうか。

このドラマを観ていて、もし東北の『ズーズー弁』が、標準語として採用されていたら、現在の日本人の精神文化は、どのように変わっていたのだろうかと梅爺は考えてしまいました。観る人に、そのようなことを想起させることこそが、井上ひさし氏の狙いであったのでしょうから、すっかり乗せられてしまったことになります。

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2011年2月17日 (木)

井上ひさしの『国語元年』(2)

多くの国の歴史は、先ず部族長や豪族による地方支配から始まり、やがてそれらが覇権を争って、戦国時代に突入し、ついに『英雄』が現れて、国家統一を果たすという経緯をたどっています。その『英雄』も、また違う『英雄』に倒されることの繰り返しが続いてきました。現代国家では、武力による覇権争奪ではないまでも、合法的に覇権争いが繰り返されると言う点では、基本パターンは変わっていません。

人間社会の維持には、『組織』と『秩序(法)』が必要という『知恵』を、人類は経験則で見出しましたが、そこには『組織』と『秩序』を自分の思いのままに操ろうと言う権力志向の強い人間が必ずと言ってよいくらい出現します。中には、『世界制覇』まで夢見る、ヒトラーのようなとんでもない人間まで現れます。『権力などは、所詮空しいもの』という教えを説くはずの宗教も、『法皇』などという最高権力者の座を設定して、これを巡り歴史的には醜い争いが繰り返されてきたという事実は皮肉なことです。

国家も会社も、『組織』と『秩序』で構成されますが、これを悪用しようと言う独裁者体質の人間が現れる危険をはらんでいます。『組織』と『秩序』は、人間社会を最も効率よく運用する手段ではありますが、『権力の座』を悪用しようと言う人間を産みだす温床でもあることが分かります。

日本の江戸時代は、『中央集権』と『地方分権』が微妙なバランスで成り立っていました。江戸幕府を開いた時に、徳川家康は『中央集権一色に染めるのは無理』と考えたのかどうか知りませんが、『幕府に基本的に忠誠を誓えば、藩にはかなりの自立権を認める』という、現実的な政策で『藩の統治』に臨みました。このため、日本の各地に、『高度で独自の文化』が育ち、競って咲き乱れるという状態が実現しました。各地に、『小京都』と呼ばれるような都市ができ、陶器、工芸品、染物、織物、和菓子など生まれました。現在の日本の方が、むしろ中央と地方の格差が大きいと言えます。この江戸時代の『多様な地方文化』は、日本の強さの根源となり、その後の日本へも響を及ぼし続けていると梅爺は考えています。

しかし、文化の中心をなす『言葉』、特に『話し言葉』も、地方色が強まることになりました。薩摩藩は、これを逆用して、幕府の隠密の侵入を阻もうとしたとも言われています。しかし、そうは言っても、異なった藩同士や、江戸幕府との意思疎通のために、『共通の言葉』が必要になり、手紙で使われた『候(そうろう)文』が定着したと言われています。一種のバイリンガル対応ですから、日本人の『知恵』は大したものです。

『国を一色に染めなければ、日本は列強の支配下になってしまう』という明治政府の認識と強い意思は、歴史の流れの中で当然と言えますが、それに伴う『話し言葉の統一』は、現在の私たちが考える以上に難問であったと想像できます。しかし、これが実現できなければ『均一の教育』ができないばかりか、軍隊の中の命令も通らないことになりますので、緊急の課題であったにちがいありません。

『国語元年』というドラマは、明治政府の文部省で『統一話言葉』の原案を作成するように命を受けた官吏の家の中そのものが、『異なった言葉』が渦巻く坩堝(るつぼ)のような場所であるという滑稽な設定で進行します。

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2011年2月16日 (水)

井上ひさしの『国語元年』(1)

昨年末に、NHKBS第二放送で、25年まえに放映された井上ひさし原作のテレビドラマ『国語元年』のシリーズ5作が一挙に再放映され、梅爺は録画して笑い転げながら観ました。

明治維新後の日本政府が、文部省に専門官をおいて『全国統一話(はなし)言葉』を制定しようとしたことを題材とするドラマで、井上ひさし流の上質なユーモアがちりばめられている喜劇であると同時に、私たちが現在当たり前に使っている『日本語』とは一体どうして出来上がったのだろうという、素朴な疑問を自分で考えてみる機会にもなりました。何しろ25年前の作品ですから、このドラマに出演した主要な役者の6人は既に他界してしまっています。原作者の井上ひさし氏も昨年亡くなられました。しかし、このドラマの面白さは、今観てみても、いっこうに色あせるものではありませんでした。井上氏が、優れた作家であることの証左でしょう。

維新後の明治政府が、話し言葉の統一問題に取り組んだことは事実であったと思いますが、このドラマは、井上ひさし氏が作り上げたフィクションです。

井上氏は、NHKテレビの子供向け人形劇番組『ひょっこりひょうたん島』の放送作家としてデビューしたことは有名ですが、その後劇作家、小説家としても活躍されました。ご自身が、山形県の出身で、初めて上京した時に、『言葉の訛り』によるコンプレックスで、『どもり』になってしまい、克服に苦労されたと聞いたことがあります。人間としての資質や能力に差が無いにもかかわらず、『東北弁』『ズーズー弁』故に、東北人が『なにか遅れている、劣っている人たち』とみなされがちなことに、生涯心情的な反撥を抱いていたのではないでしょうか。『おかみ(中央権力)』の言う通りに、反発もしないでじっと耐えていた東北人が、ついに決起して『吉里吉里(きりきり)国』を建国して、独立を果たすと言う井上氏の有名な小説『吉里吉里人』は、この心情の発露のように思います。

この心情の延長で、中央権力が、弱い下々(しもじも)を、権威で抑圧する体制にも反撥し、『共産主義への共感』『憲法第九条の擁護』『天皇制反対』など、政治的な発言も多かったことで井上氏は知られています。家族の中でも考え方の違いが原因で、『激突家族』であったと言われています。温厚、ユーモアが特徴の井上氏の作風からは、なんとなく違和感を覚えますが、人間は『それくらい、杓子定規には律することができない不可思議な存在』なのでしょう。梅爺は、このように多様で、矛盾に満ちている人物に、むしろ共感を覚えます。誰からも『良い爺さん』と言われる存在に、自分はとてもなれないと言うあきらめの気持ちがあり、これを梅爺は無意識に擁護しているからなのでしょう。

井上氏は、日本語の語感がつくりだす『美しさ』『面白さ』に徹底こだわった作家で、『ひょっこりひょうたん島』などとういうタイトルにもそれが表れています。したがって、小説『吉里吉里人』を、外国語に翻訳して、同等の『可笑しさ』を伝えることは、ほとんど不可能に近いのではないでしょうか。

ドラマ『国語元年』も、外国語に翻訳できそうにない内容でした。

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2011年2月15日 (火)

室内楽チャリティー・コンサート

2月11日(金)の夕刻、青山のO.A.Gホールで、『チャリティ・カンマー・コンサート ウィーンの響き』が開催され、梅爺、梅婆は拝聴に出かけました。生憎雪混じりの天候で、その上、梅爺は不節制がたたって、少し前から体調を崩していましたので、心配しましたが、無事出かけることができました。同じく演奏会を聴きに来られた友人のYご夫妻と、演奏会後、赤坂見附の中華料理屋で、食事や歓談までできましたので、満足して夜11時過ぎに帰宅しました。積雪は、都心の方が青梅より多いくらいでした。いつもは少しの雪でも止まってしまう青梅線も、夜間まで通常通りに運行していて、これも助かりました。

今回の演奏会については、昨年11月のブログで『予告』としても紹介しました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-ed17.html

梅爺の畏友青木修三さんの奥さまでピアニストの紀久子さんを中心とした恒例の本格的室内楽演奏会なのですが、今回は特に青木ご夫妻のご長男健太さんが、代表格で推進しておられる『カンボジアの貧しい少女が、買春に身を売らないように手に職をつけさせて救済する』ことを目的とした日本のNPO『かものはしプロジェクト』の資金集めの目的も兼ねた特別の演奏会でもありました。会場の300ほどの聴衆席がいっぱいになるほどの盛況で、梅爺も嬉しくなりました。

演奏者とプログラム内容は以下です。

A.青木紀久子(ピアノ)
B.クリストフ・エーレンフェルナー(ヴァイオリン)
C.ヘルベルト・ミューラー(ヴィオラ)
D.アダルベルト・スコチッチ(チェロ)
E.星秀樹(コントラバス)

モーツァルト  ピアノ四重奏曲 変ホ長調 K.493
        (演奏者 A、B、C、D)
ベートーヴェン 弦楽三重奏曲 ハ短調 作品9・3
        (演奏者 B,C,D)
シューベルト  ピアノ五重奏曲 イ長調 作品114D『鱒』
        (演奏者 A、B、C、D、E) 

外国から参加した演奏者は、いずれもウィーンを中心に活動しておられる方々ですから、このプログラム内容は、『生まれつき身体にしみついた音楽』に違いありません。室内楽は、演奏者一人一人の技量と、仲間同士の『音楽理解度』のレベルが、如実に現れますが、今回は、梅爺のような素人聴衆者でも安心して聴くことができました。

華麗さに精神的な表現が加わり始めた円熟期のモーツァルトの作品、重厚な精神世界の表現であるベートーヴェンの作品、第四楽章で、日本人の多くが知っている歌曲『鱒』の主題が使われるシューベルトの華麗な作品と作曲家の個性が比較できるのも嬉しいことでした。アンコールで、ブラームスの『ハンガリア舞曲』まで演奏されましたので、18~19世紀に隆盛期を誇ったドイツ・オーストリアの音楽文化を一挙に楽しむことができました。

室内楽は、各楽器の『かけあい』が面白さの中心ですが、今回はコントラバスが一つ加わっただけで、景色が大きく変わることを体感しました。CD再生装置などで聴いていると聴こえて来ない(我が家の安い再生装置では)低音の響きが、生演奏では、しっかり体感できることがわかりました。他の楽器がフォルテで演奏している背景で、コントラバスが奏でる主題がしっかり聴き取れるのは、驚きの体験でした。

多くの友人・知人と会場で再会でき、『素晴らしい音楽』という『非日常』も体験できるという、梅爺のような老人には、一石二鳥の楽しい夕べになりました。

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2011年2月14日 (月)

民族浄化(5)

人間が作るコミュニティは、より強大になるためや、生き残りが難しくなった状況から脱出するためなどの理由で、他のコミュニティを攻撃し、時には徹底的にせん滅しようとします。国家間、民族間、異なった宗教間の争いは、絶えたことがありません。これらの争いは、法で裁くことが難しくなります。法やルールの規制の下で行われる『争い』には、企業間の争いやスポーツがあります。無法な戦争は論外としても、人間社会を維持するために『争い、競争』は必要なものであることが分かります。『格差』や『番付』は『競争』の結果生じますので、『格差』もまた避けられないものであることが分かります。問題は『不当な格差』だけは、最小限排除しようという法やルールが作れるかどうかにかかります。政治家が『格差をなくす』と言った時には、その政治家が『格差』の本質をどの程度理解して発言しているのかをチェックする必要があります。

『民族浄化』という表現の裏には、浄化をしようとする民族に根拠のない『優越感』が見え隠れします。『民族浄化』を掲げて他民族をせん滅しようとした事例は、歴史上数多くありますが、近世におけるナチスドイツの『ユダヤ人迫害』は他に類をみない残虐な話です。ユダヤ人の存在が、実質的にナチスドイツの存在を脅かすものであったとは言い難い状況で、ただ『ユダヤ人は悪魔の子孫』であるという盲信を根拠に、600万人ものユダヤ人が虐殺されました。このようなことを経験したユダヤ人が、イスラエルを建国すれば、どのような国家防衛政策をとるようになるかは、『民族浄化』の大規模な犠牲者になったことがない日本人には想像が困難です。梅爺は、イスラエルの肩を持つつもりはありませんが、ユダヤ人の心の傷や他民族に対する不信感は、ある程度察することができます。

日本人は、有史以降、植民地政策で、『民族浄化』の加害者になりそうな事態はありましたが、被害者になる経験はしていません。『蒙古来襲』『黒船来襲』『大東亜戦争敗北』で、日本人は『皆殺しにされる』『外国人支配の国になる』と怯えたことはありますが、先人の努力や島国である地形が幸いして、大規模な被害者にならずに過ごしてきました。そのため、自分たちに『民族浄化』と関係する事件が降りかかる可能性をあまり考えたことがありません。それは大変ハッピーなことですが、世界の各地には今でも『民族浄化』で争う人たちが存在することを理解しておく必要があるのではないでしょうか。日本人の視点でものを観ることは当然重要ですが、異なった視点が世界には存在することを知っておくことが、これからの日本人には特に求められるような気がします。

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2011年2月13日 (日)

民族浄化(4)

ヨーロッパの火薬庫と言われてきたバルカン半島の事情や、旧ユーゴスラビアの分割にからむ事情に、多くの日本人は疎いのではないでしょうか。梅爺も、お恥ずかしいことに、2010年の春、のんきな『スロベニア、クロアチアの観光旅行』に出かける前は、歴史はおろか、地理関係もいい加減な理解しかできていませんでした。しかし、いかに能天気な梅爺でも、現地で今なお残る民族独立戦争の爪痕を目(ま)の当たりにすれば、『まぁ、キレイ』『わぁ、ステキ』だけの観光旅行だけではすませないと感じ、改めて少し調べたりして、旅行記をブログに掲載しました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-18c3.html

1989年の『ベルリンの壁崩壊』で、実質ソ連の支配下にあった東欧諸国が独立を果たす中で、旧ユーゴスラビアは、セルビア人主体で、国の形を継承しようとしましたが、『スロベニア』と『クロアチア』が先ず独立を宣言し、『セルビア』との間で、民族戦争に突入します。旧ユーゴスラビアは、元々民族、宗教が複雑に入り組んだ地域でしたが、チトー大統領の指導力で、『多民族連邦国家』として、統合され維持されてきた国家でした。アメリカも『多民族連邦国家』ですが、インデアンだけが住んでいた広大な土地に、ヨーロッパ系白人が移住して、云わば白紙の上に絵を描いたような話ですから、『多民族連邦国家』しか方法がなかったと言えますが、旧ユーゴスラビアは、多民族の分割支配であった所に、強引に『多民族連邦国家』を築いたということで、事情が大きく異なります。

人間が作り上げる国家として、『多民族連邦国家』が好ましいのか、『細分された民族国家』が好ましいのかは、判断が難しいところですが、放置すれば、人間は『細分化された民族国家』を選ぶ傾向がつよいことを、ソ連の分割崩壊、旧ユーゴスラビアの崩壊が示しています。アメリカは歴史的背景を考えると例外的な国家と言うことになります。中国も『多民族連邦国家』の形態はとっていますが、実質は、漢民族中心の共産主義一党独裁で、その他の民族の独立願望を力で抑え込んでいるとも見えますので、時限爆弾を抱えた危うい国家であるように思えます。

オーストリアに隣接する『スロベニア』は、大半がスロベニア人で構成される裕福な地域で、たった10日間の『セルビア』との戦争で、独立を勝ち取りました。『セルビア』も、『スロベニア』を攻撃する大義名分が薄弱で、『独立は認めざるをえない』と判断したからでしょう。同じく独立を宣言した『クロアチア』は、『クロアチア』が主張する領土内に、多数のセルビア人が住んでいたこともあり、『そう簡単に独立は認めない』とばかりに、『セルビア』は、軍隊を送り込み、凄惨な戦争が約4年間も続きました。現在日本人が大好きな『観光国クロアチア』は、15年前は、悲惨な戦地であったということです。

旧ユーゴスラビアの中では、『ボスニア・ヘルツェゴビナ』が最も『民族浄化』のスローガンの下に、迫害が行われました。迫害されたのは、ここに住んでいたイスラム教徒です。『ボスニア・ヘルツェゴビナ』のセルビア人勢力が、数万人のイスラム教徒を、特定の町に強制収容しました。ナチスの『ユダヤ人収容所』、アメリカの『日本人収容所』のような話です。このセルビア人勢力の横暴は国際世論の批判の的になり、結局NATO軍、アメリカ軍が、セルビア人勢力の本拠地サラエボを空爆するという事態になります。

『ボスニア・ヘルツェゴビナ』は、その後独立しますが、ボスニア人という民族が存在するわけではなく、イスラム教徒を含む、クロアチア人、セルビア人で構成される、小規模な『多民族国家』ですから、今でも『火種』を抱えていることになります。サッカーのオシム監督は、『ボスニア・ヘルツェゴビナ』の出身ですが、今はオーストリアに居を構えている理由は、なんとなくわかるような気がします。

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2011年2月12日 (土)

民族浄化(3)

17万年の歴史を持つ現生人類は、同一先祖に由来し、その後の進化の過程で『ネグロイド(黒色人種)』『モンゴロイド(黄色人種)』『コーカソイド(白色人種)』に分かれたというのが定説です。梅爺は、現生人類だけの進化ではなく、今は絶滅してしまっていると言われる『先住人類』と、『現生人類』の混血があったのではないかと勝手に推測しています。『コーカソイド』は『ネアンデルタール人』との混血、『モンゴロイド』は、アジアに生息してた『アジア系先住人類』との混血があったという推測です。17万年という期間が、生物種が目覚ましい進化をする期間としては、あまりに短いと感じていることが根拠です。現在の日本人が、生物種として、縄文人より進化しているとは思えません。数万年前と比べて大きな変化が無いのに、17万年の間には、大きな変化があったとみるのは不自然であると考えていますが、それ以上論証する能力はありません。

皮膚の色、髪の毛の色、頭蓋骨の形状などを観ると、黒色人種、黄色人種、白色人種を見分けることができますが、この分類は、大雑把なものであり、ながい混血の歴史から、今や純粋な『○○人』を特定することは困難です。梅爺は、日本で生まれ、日本の文化、言語で育ちましたので、『日本人』であることには違いありませんが、DNAを細かく調べれば、東南アジア、モンゴル、シベリア、アイヌなどの人達の特徴的なDNAを受け継いでいることが判明するにちがいありません。

こう考えてくると、私たちが非常に重視する『民族意識』というものは、根拠が薄弱で、むしろ自分が生まれ育ったコミュニティへの『帰属意識』を持つという人間の習性が本質ではないかと思われます。『国家』というコミュニティの結束手段として『民族意識』は分かりやすいために、政治的に『民族意識』が利用されるのではないでしょうか。アメリカのように、国の成り立ちからいって『民族=国家』を主張できない国では、『民族(人種)』に代わる何らかの『共通帰属意識』を確立する必要があり、『自由尊重の精神』などという抽象概念が強く打ち出されます。アメリカのような『多民族国家』は、人類にとって究極の『理想コミュニティ』なのか、無理が多い危なっかしいコミュニティなのかは、梅爺には判断がつきません。

旧ユーゴスラビアの解体などをみていると、人間は放っておけば『民族=国家』へ向かう習性が強いと感じます。旧ユーゴスラビアの解体は、人種の他に、宗教、文化(言語)などが複雑に絡んでいますが、『帰属意識が持てるコミュニティ』を作り上げるには、やはり『民族』を標榜することが手っ取り早いように見えます。しかし、梅爺には、ボスニア・ヘルツェゴビナにいるイスラム系の人の容姿はかろうじて区別できるものの(オスマントルコ支配時代に流入したアラブ系の人たちなのでしょう)、『スロベニア人』『クロアチア人』『セルビア人』の違いは見分けることができません。人間は、この程度の違いを重視し、『民族浄化』を掲げて、殺し合いをするものなのです。紛争当時のセルビアのミロシェヴィッチ大統領、クロアチアのツジマン大統領の言動は、まるで支配地の分捕り合戦を繰り広げるヤクザの親分に見えます。

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2011年2月11日 (金)

民族浄化(2)

日本は、国内に『国家体制維持』と『民族間権力抗争』との間に生ずる大きな問題を抱えていません。『アイヌ人』『在日朝鮮人』など共存していますが、これらの人たちは全体から見ると少数派であり、『国家体制』を揺るがす問題であるとは認識していません。つまり、日本人は、『国家』と『民族』は別の概念であるという認識が希薄です。このことが、日本人を『世界情勢音痴』にしてしまっているのではないでしょうか。世界中を見渡すと、日本のように『国家=民族』でやっていける国家は、むしろ少ないことに気付きます。多民族国家のアメリカはいうまでもなく、中国も国家と民族の問題のかじ取りを誤れば、国家体制そのものが危機に瀕(ひん)する可能性を秘めています。

中国の『反日運動』は、中国政府にとっては、民族独立運動や貧富の差などの国内問題から目を逸らすために、有効な手段ではありますが、野放しにすると、国内問題への国民の鬱憤(うっぷん)に火をつけてしまいかねない要因にもなりかねませんので、慎重にコントロールしようとします。中国政府が『強硬に日本を非難する声明』をだしたり、中国国内で『反日運動』が盛り上がったりする背景に、このコントロールがあることを、日本人は冷静に観る必要があります。中国や朝鮮半島の人たちが、過去の日本の植民地政策や軍事侵攻で被った苦しみから、感情的に『反日』になるのは、無理からぬ話です。梅爺も、広島、長崎への原爆投下に対して、当時のアメリカの対応を『許せない』と感ずるのと同じことです。当時の国際情勢の中で、日本なりの事情があったという弁解は、中国や朝鮮半島の人たちには通用しません。現在の日本は、過去の日本とは違う国家になったことを、辛抱強く言動で示し続けることが、日本の外交政策として最も重要なことであると思います。表面的な事象で、日本が感情的になって右往左往するのは得策ではありません。

日本は明治以降の『富国強兵』政策の中で、日本人は『優れた人種』であり、他のアジアの国の人たちは『劣っている』と考えることで、政策を強固なものにしようとしましたが、理性で考えれば、それは何の根拠もないことは明白です。第一日本人そのものは、アジアから渡来した複数の人種の混血で成り立っている民族ですから、『純粋な日本人という人種』は、錯覚にすぎません。

厳密に観れば、世界のどこにも『純粋な人種』などはほとんど存在しない状況にもかかわらず、クロアチア人とセルビア人が、お互いに『純粋な人種』であるかのごとき対立を引き起こし、民族浄化を叫んで、自分たちの国家を築こうと固執するのは、何故なのでしょう。『多民族国家』は、危険な綱渡りであり、結局『国家=民族』でなければ、安定したコミュニティの維持はできないという宿命を人類は帯びているのでしょうか。

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2011年2月10日 (木)

民族浄化(1)

人間は何故『民族』という概念を重視するのでしょう。少なくとも『理』で考えれば、『民族にこだわる』ことは、それほど意味があるとは言えません。地球上の全人類の祖先は、17万年前に、アフリカ中部のサバンナ地帯にいた『アダムとイヴ』であることは科学の力で判明していますし、どの民族間の結婚でも、子供が産まれますから、『生物種』としては、現生人類は同種であることは明白です。

そういう『理屈っぽい爺さん』である梅爺も、サッカーのワールドカップやアジアカップで日本が勝ち進めば、熱狂し、嬉しくなって祝杯をあげたりするわけですから、『民族にこだわる』原因は、『理』ではなく『情』に根ざしていることは、これまた明白です。

『情』は、本能と直結していて、本能は、ながい生物進化の過程で、獲得、蓄積されたDNAのプログラムによって支配されていますから、その存在を先ず認めることから開始しないと、人間や人間社会の問題は、うまく対応できません。食欲や性欲は『いやらしい』などと云ってみても、生きるために逃れられないのと同じです。梅爺は、『本能のままに生きるのが人間らしい』と言っているわけではありません。『本能(情)を抑制できる理性を保有している』ことが、『人間らしさ』の根源であり、人間をすばらしい生物にしていると考えています。

しかし、いつも理性が本能を制するとは限りません。それほど人間の本能は強力な支配力を発揮しようとします。どんな時でも、『冷静沈着』で理性的な判断ができる人は稀で、多くの人は、咄嗟には本能に従って行動してしまいがちです。そして後になって『理』で反省し、自己嫌悪に陥ったりします。これも、脳の処理が『情先行、理後追い』のようにできているからで、人間である以上、このしくみから逃れることはできません。

人間は、『群(むれ)をなして生きる』ことが、生き残りのために重要だと本能に刷り込まれた生物ですので、『群から疎外される』『孤独になる』ことには、『恐怖』や『不安』を感ずるように本能がはたらくのだと梅爺は推定しています。このために『群の中の絆』を大切にしようとするのも本能に由来するのであろうと考えています。このことは何度もブログに書いてきました。

従って人間は、『家族』『学校』『会社』『県』『国』などというコミュニティの単位を全て『絆』のもととして、大切にしようとします。『同窓会』『県人会』などの継続に意欲を燃やします。

『民族』は、同じ言葉、習慣、宗教などの他に容姿の類似性などもあって、『絆』を築きやすい要因であることは明白です。

しかし、自分の属するコミュニティの中に、『異民族』の共存は許さないという『民族浄化』などという考え方までに発展すると、本能なのでしかたがないなどとのんきなことは云っておられなくなります。人間の歴史は『民族間の抗争の歴史』でもあり、悲惨な殺し合いの歴史でもあります。そして、今なおそれは続いています。

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2011年2月 9日 (水)

映画『アマデウス』(3)

この映画では、モーツァルトの晩年の作品、オペラ『魔笛』と、鎮魂ミサ曲『レクイエム』が、ストーリーの重要な要素として登場します。両曲とも、現在では音楽史に残る不朽の名作となっていますが、モーツァルトは、借金返済の手段として、作曲を引き受けています。芸術の価値は、それが産み出された動機とは直接関係がないという話です。もともと絵画や彫刻も『職人』が作り出したもので、『職人』は必ずしも自分を『芸術家』であるとは認識していなかったのではないでしょうか。『大衆文学』や『ジャズ』が、『純文学』や『クラシック音楽』に比べれば下賤なものとは、単純にいません。少なくとも『価値』に関して、明確な境界線があるとは思えません。

『魔笛』は、大衆劇場の一座から、依頼を受け作曲したもので、興行収入の半分をモーツァルトが受け取ると言う条件でした。『レクイエム』は、匿名の依頼主からの要請で、作曲を開始しましたが、完成前にモーツァルトが亡くなったために『未完』で残されました。現在、ベルディ、フォーレと並んでモーツァルトの『レクイエム』は、3大『レクイエム』と賞賛されていますが、彼の死後弟子たちによって、補筆され完成したもので、厳密には100%モーツァルトの作品とは言えないものです。

『レクイエム』の匿名の作曲依頼主は、後の研究で、ヴァルゼック伯爵という音楽好きな田舎領主であることが判明しています。伯爵は、これを自分の作品として世に発表しようとしたと伝えられています。

しかし、この映画では、匿名の作曲依頼主は『サリエリ』であったという設定になっています。『神が愛(め)でる才能の持ち主(モーツァルト)』を、蔭で操っているのは自分だと言う歪んだ発想で、神を嘲笑し、復讐しようとしたという設定です。この映画の中で、サリエリは、モーツァルトを死に追いやったのは自分であるという良心の呵責と、一方、モーツァルトという苦痛の種を自分に与えた神を恨み、精神を病んで、晩年は精神病院へ隔離されます。『我こそは凡人の救世主なり』と叫ぶ所で、映画は終わっています。

サリエリの名誉のために、繰り返せば、これはフィクションで、史実ではありません。しかし、映画のサリエリは、人間の中にある、ドロドロした矛盾を私達へ提示する重要な役割を果たしています。

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2011年2月 8日 (火)

映画『アマデウス』(2)

モーツァルトは、音楽に関して『神童』『天才』と称されますが、彼の足跡をたどれば、それが大袈裟な表現ではないことが分かります。ザルツブルグの大司教に仕える楽師で、バイオリンの奏法理論などに詳しい父親の薫陶を受けたことがモーツァルトの才能開花のきっかけですが、それだけで『神童』『天才』の説明にはなりません。『天才』の親は、必ずしも『天才』ではなく、『天才』の子供も、必ずしも『天才』になるとは限りません。遺伝子継承のカラクリが、『突然変異』のように、『天才』を産み出します。あまりにけた外れの能力に驚嘆して、周囲は『神に愛(め)でられし子供(神童)』と呼びますが、あからさまに言ってしまえば、生殖時の遺伝子組み換えで、幸運な偶然が起きたに過ぎません。逆に不幸な偶然で、障害を持つ子供が生まれることがあることを考えれば、『自然の摂理』のせいであって、『神』とは無関係であることがわかります。

モーツァルトが『天才』であったと言えるのは、生涯700曲ほどの作曲をするという多作をこなしながら、いずれもある水準以上の出来栄えであることと、何よりも残されている直筆の楽譜に、添削の跡がほとんどないことです。つまり、楽譜にする前に、頭の中で全ての『音楽』が完成していたとしか考えられません。交響曲やオペラの、全ての楽器、歌い手の演奏内容が、同時に頭の中で、添削のしようがないほどに、『完全』に出来上がっているということは、凡人には想像もつかないことです。モーツァルトにとって、音楽は、『尽きぬ泉から水を汲むようなこと』であったのでしょう。この映画の中でも、音楽に関して凡人の皇帝(ヨーゼフ2世)が、『お前の音楽は音が多すぎる』と評した時に、モーツァルトは『どの音が不要なのかご指摘ください』と言い返しています。

サリエリは、『神が与えたもの』としか考えられないモーツァルトの才能に『嫉妬』の念を抱きます。人は誰も『情』のレベルで他人を『嫉妬』するように作られていますが、多くの人は『理』でそれを抑制します。しかし、サリエリは、自分も人並み以上の才能があり、モーツァルトの才能のすごさを認知できるが故に、歪んだ形で一層『嫉妬』を深めます。

野卑で神に無礼なモーツァルトを神が愛し(才能を授け)、礼儀正しく、神にも仕えてきた自分(サリエリ)に報いない神は、『無慈悲で、不公平』であると、『神』を逆恨みし、『神』への復讐のためにモーツァルトを破滅させようとします。全く逆恨みとしか言いようがありませんが、『情』は、誤った『理』を誘発するほどに、人間には手ごわいものであるとも言えます。この映画のサリエリのように誤った『理』で、自分の『情』を肯定する人は、世の中に沢山いますから、もし本当だとしても、サリエリだけを責めるわけにもいきません。この映画の真の主人公は、モーツァルトではなく、サリエリであると感じました。そして自分の中にも『サリエリ』がいることに気付き、暗い気持にもなりました。

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2011年2月 7日 (月)

映画『アマデウス』(1)

NHKBS放送で放映された映画『アマデウス』を録画して観ました。

『アマデウス』は、35歳で夭折(ようせつ)した、オーストリアの天才作曲家『ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト』のことで、この映画は、モーツァルトと同時代の音楽家サリエリとの確執を描いたものです。確執を際立たせるために創作されたシナリオに基づいたフィクションであり、史実を踏襲はしていません。モーツァルトは、目もくらむような音楽の才能の持ち主である一方、実生活では、野卑で浪費癖のひどい人物として描かれています。そういう一面があったかもしれませんが、実像が歪められているようにも感じます。人間は、一面的に律することができない複雑な存在で、そうであるが故に魅力に富んでいるのではないでしょうか。

梅爺は、前にも民放の『洋画劇場』で放映された時も『アマデウス』を観ましたが、民放版は途中に映画とは関係の無いCMが挿入されて気が散ったり、時間合わせの編集(カット)が施されたりしていて、じっくり落ち着いて『観た』とは言えないものでしたが、今回は『ディレクター・カット版』と注釈がついており、3時間の映画の中間に劇場並みの『インターミッション(休憩)』が挿入されていましたので、映画の『原版』に近い内容であったものと思います。もちろん、腰を据えてじっくり観ることができました。

モーツァルト(オーストリア人)もサリエリ(イタリア人)も、18世紀の後半に活躍した音楽家(作曲家)ですが、二人の接点となった場所は、ウィーンのオーストリア・ハプスブルグ家の宮廷でした。サリエリは、皇帝ヨーゼフ2世の時代の、宮廷作曲家、宮廷楽長を務めた人でしたから、世俗的な『出世』の観点で観れば、『成功を収めた音楽家』でした。ハイドンとも交際があり、サリエリの生徒として薫陶を受けた作曲家には、ベートーベン、シューベルト、リスト等がいますから、当時彼の才能は、評価されていたのでしょう。しかし、後世の私たちには、モーツァルト、ベートーベン、シューベルト、リストほど有名ではありません。残念ながら、歴史の評価を耐え抜くだけの、才能はなかったと言えるのかもしれません。

一方モーツァルトは、幼少時から『天才』と言われながらも、世俗的な成功は得られず、サリエリが宮廷作曲家といて君臨していたウィーンで、宮廷での音楽的な職を得ようとしたり、貴族の子女の音楽教師になろうとしたり努力をしていました。音楽でなんとか生計を立てようとしていたということです。

この映画では、『天才的な才能に恵まれながら、世俗的に不遇のモーツlルト』と『モーツァルトに比べれば凡庸な才能の持ち主ながら、世俗的には成功を収めているサリエリ』の『確執』がテーマになっています。つまり、サリエリのモーツァルトの才能に対する『羨望と嫉妬』が、やがて『神を恨み、神への復讐を思いつくほどの狂気』へ変貌していく様子が描かれています。

勿論、前にも書いたように、これは史実に基づくストーリー展開ではありませんので、草葉の陰でサリエリは、『俺をコケにしおって、怪しからん、いい加減にしろ』と怒っていることでしょう。

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2011年2月 6日 (日)

まかぬ種ははえぬ

上方いろはカルタ『ま』、『まかぬ種ははえぬ』の話です。

願ったり、祈ったりしているだけではダメで、実際の行動を起こさないことには結果は期待できませんよ、という戒めです。『とにかく、バットを振らないことにはヒットは打てない』というのと同じことでしょう。

歳とともに頭髪が薄くなる梅爺は、『養毛トニックをふりかけても生えぬぞ』とお門違いの八つ当たりを口にしたくなるような諺です。

人間が自分に好ましい状態を想起するのは『理』の働きで、それが現実のものであって欲しいと願ったり、祈ったりする行動は『情』の働きです。『安泰な状態』を生き残りのために本能的に求める生物としての基本習性が人間に受け継がれてきているためであろうと、梅爺は推測して、何度もブログに書いてきました。つまり『安泰な状態』が『自分に好ましい状態』に置き換わっていると考えられます。

『願う、祈る』は人間なら誰もが保有する本能に根ざした『情』の行動ですが、『ただ願ったり、祈ったりしていても結果にはつながらない』と考えるのは、因果関係を推測する人間の『推論能力』であり、『理』によるものです。

『推論』で、好ましい状態を実現する元となる『種(たね)』を特定し、『種を蒔こう』と具体的な行動を起こす人は、能動的な人で、これが迅速にできる人は、リーダーの資質を持っていると賞賛されます。有能な経営者や政治家に求められる資質です。

しかし、人間は『正しい種』を思いつくだけではなく、時には『間違った種』を『正しい種』と思い込み、好ましい状態どころか、のっぴきならぬ状態へ向かって走ってしまうことがあります。ブッシュ大統領の『イラク侵攻』は、今となっては『間違った種』と言えるものですが、当時アメリカ国民やアメリカのメディアの大半は、『正しい種』として大統領を支持しました。『種をまく』ことは大切ですが、『種を見つける』ことはもっと大切であり、意外に難しいことがわかります。

現実には、どう考えても『種』が特定できないことが多いのが、この世のならわしです。しかし、何もしないでいるのは宙ぶらりんで、不安になってきて落ち着きませんので、人間は、『神や仏に祈願する』という、とっておきの妙策を思いついたのではないでしょうか。

梅爺が現役時代に勤務していたコンピュータの製造工場の敷地内に、『お稲荷さんを祀った神社』があり、年始には、工場幹部、労組幹部がうちそろって、『安全祈願、品質問題を起こさないようにと祈願』するのが恒例の行事でした。最先端の科学を駆使した製品をつくる工場の、最後のよりどころは『お稲荷さん』という少々滑稽な組み合わせですが、全員神妙に参拝しました。

『まかぬ種ははえぬ』は、一見当たり前な話に聴こえますが、間違った種を見つけたり、どうしても種が見つからなかったりと、対応は意外に難しいことがわかります。

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2011年2月 5日 (土)

日本人は何故『国際音痴』なのだろう(4)

日本人で最も『国際音痴』と縁遠い人は、『国際連合』で働く日本人でしょう。特に難民救済の高等弁務官の要職で、中東やアフリカの政治紛争の犠牲になった、数十万、数百万の難民を救済するために、辣腕をふるい、『小さな巨人』と世界から称賛された緒方貞子さん、アメリカの留学から帰国せず、そのまま日本人初の国連職員として採用され、国連No.2の地位にまで登り詰め、カンボジアやボスニア・ヘルツェゴビナの紛争解決、民主的選挙体制の確立などに、命がけで奔走した明石康さんなどは、日本が誇りうる世界に通用する人材です。

現在国連本部で働く日本人は111人で、国別では5番目に多い国であることをテレビを観ていて知りました。これも誇らしい話です。

国連で働いている日本人の一人は、『もっともっと、日本の若い人に参加して欲しい。日本人の勤勉さ、責任感の強さ、忍耐強さ、思いやりの精神は、世界で役に立つ資質ですから』と、テレビ番組のインタビューで答えていました。

現在の日本人が、胸を張って自分たちの長所は『勤勉さ、責任感の強さ、忍耐強さ、思いやりの精神』であるといえるかどうかについては、少し面映ゆいところですが、『長所として大切にすべき資質』であることはまちがいないでしょう。

日本人の『国際音痴』を助長しているものの一つに、日本の報道ジャーナリズムの偏った姿勢と表現能力の貧しさがあるように感じています。物事の本質を洞察して、鋭く問題提起する能力に欠けているように思います。つまり多くのジャーナリスト自身が『国際音痴』であると言えます。報道は『客観的表現にとどまるべき』という基本ルールを取り違えて、本当に表面的なことでお茶を濁しています。逆説的になりますが、『深い洞察』がなければ本当の客観的視点などは、望むべくもありません。

『中国の内陸都市で反日デモが行われた』『北朝鮮の独裁後継者は2男に決まった』などという表面的な報道は、誰でもできます。しかし、中国国民の不満の鬱積の真因、北朝鮮が独裁者世襲を実現するために国民に強いている恐怖政治の実態などを洞察しないと、今後これらの出来事が、どんな事態へ発展していくのかを予測することは難しくなります。

日本人が全員緒方貞子さんや明石康さんになることはできませんが、少なくとも、国民もジャーナリストも政治家も、自分で物事の本質を『考える』習慣を身につける努力をしないと、いつまでたっても表面的な事柄で右往左往するだけで、『国際音痴』からは脱却できないのではないでしょうか。

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2011年2月 4日 (金)

日本人は何故『国際音痴』なのだろう(3)

梅爺が仕事で外国人と接して、最初に気付いたのは『相手より先に自分の主張を表明した方が有利らしい』ということでした。『こんなことは云わなくても相手は理解しているだろう』と考えたり、しっかりした考えが無い時には、『黙っている方が無難』と考えがちな日本人にとって、先にしゃしゃり出て意見を言うことは、非常に違和感を覚える行為ですが、これを乗り越える必要に先ず迫られました。

自分の意見を先に述べて、『あなたはどう思うか』と問い、もし相手が『I have no idea』などと答えようものなら、ここを先途とばかり襲いかかって、『それでは、私の意見に賛成してもらえますね』たたみかけることができ、極めて有利にことが運べます。相手の意見を想定し、わざと先に云わせて議論を有利に導くと言う高等戦術もありますが、よほど自信が無いとうまくいきません。

相手の意見に同意できない時は、即座に『I don't think so(そうは思いません)』と言い返すのは、日本人同士の会話では『失礼』と感じて躊躇しますが、欧米人は平気で使います。こちらが親切に『May I help you?(何かお困りではありませんか)』と言ったのに対して『I don't think so』と言われて、梅爺は最初はムッとしましたが、それは梅爺が日本人の感覚で受け止めているだけで、相手は特に悪気があるわけではないと段々に分かってきました。

国際的に振舞うと言うことは、『相手の価値観に合わせる』ことではありませんが、『相手の価値観を察して』振舞うことは重要です。自分の価値観と相いれない時には、こちらの価値観を正確に伝え、何故そう思うかを説明する必要があります。日本人はこれが苦手のように梅爺は感じています。こちらの価値観を相手が受け容れるまで説得することが『議論』であるとと私たちは思いがちですが、西欧人は『議論』の主目的は、価値観の違いの妥協点を探ることだと考えます。双方に妥協の余地が無い場合は、『残念ながら決裂』とはっきり云い渡す必要があります。これも、西欧人には『失礼』な振舞いではありません。無駄な『議論』を続ける方が『失礼』になります。

しかし、西欧流の対応を日本人同士で行うと、日本では『角(かど)が立つ』ことになりますので、『国際音痴』でないようにするためには、『二刀流』を身につけなければなりません。日本が国際社会で、一目おかれる国家になりたいのなら、日本人の多くが、『二刀流』を身につけ、したたかに外国人と対応する必要があります。このことは『腹黒く』振舞えと言うことではありません。『二刀流』が日本人の『本当の気持ち』を伝える早道だといっているだけです。

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2011年2月 3日 (木)

日本人は何故『国際音痴』なのだろう(2)

外国に住んで、外国語に堪能であれば、自然に相手の文化、歴史、風習に接する機会が多くなりますので、手っ取り早く、ある程度『国際音痴』は回避できますが、それで十分ともいえません。

梅爺が『国際音痴』というのは、『異なった価値観を持つ人たちと、堂々と議論する能力に乏しい人』という意味ですので、外国語が堪能かどうかは二の次です。必要なら通訳を介しても議論はできるからです。

従って『国際音痴』は『議論下手』と言い変えることができます。日本人が『議論下手』なのは、そのような訓練を積んでいないからで、日本の教育にその原因があるように思います。『沢山のことを学んで覚える』ことが『勉強』であると考えられていて、『沢山のことを知っている人』は『頭が良い人』と評価されます。

『沢山のことを知っていて、頭の良い人』が何故議論に弱いのかは、簡単な理由で、『物事の本質にかかわる自分の考え』が欠如しているからです。普段、自分が見聞きしていることから、その本質を、自分で考えようとする習慣が身についていないこともあり、『自分で考える』ことには興味を示さずに、楽をして『誰かに教えてもらう』『本を読んで答えを見つけよう』ということを優先する人が多いように梅爺は感じます。

『自分の考え』を表明することは、間違って赤恥をかくこともありますから、勇気のいることですが、少なくとも基準となる『自分の考え』をもっていないと議論にはなりませんから、『沢山のことを知っている』より、数は少なくても『深く考えて自分の意見を持っている』ことが、有能な人と評価されることにならないかぎり、日本人は『議論下手』から抜け出せないのではないでしょうか。

北欧の教育が、小さいころから『自分で考える能力』に重点を置いているのは、日本の教育と対極的です。勿論教育には、『強制的に覚えさせる』という側面が必要ですが、日本の教育はそれに偏り過ぎているように思います。

本質を洞察して自分の考えを持っていれば、自分の間違いに気づくことも、他人との違いを理解することも容易になります。坂本竜馬が魅力的なのは、『船中八策』という短い文章の表現で、『日本の将来像』に関する自分の考えを洞察し表明する能力の持ち主であるからです。

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2011年2月 2日 (水)

日本人は何故『国際音痴』なのだろう(1)

梅爺が『日本人は何故国際音痴なのだろう』と言えば、『冗談を言うな』『そういうお前はどうなんだ』と猛反発があることは覚悟しています。『どこの国でも国民の大半は国際音痴ではないか』『ノーベル賞を受賞する学者や作家、野球やサッカーの本場で活躍する選手、国際コンクールで入賞する音楽演奏家の数をみれば、日本人が世界で通用することがわかるではないか』と反論は多岐にわたるでしょう。

オフィスの中の公用語が英語の外資系企業で働く日本人や、ビジネスのために海外へ出張したり、駐在したりしている日本人が、どんどん増えていることは梅爺も知っています。梅爺も40歳を過ぎたことから、海外ビジネスへの関与が増え、『時差ぼけ』『言葉(英語)』『カルチャー・ショック』で、悪戦苦闘をしましたので、外国人とビジネスで渡り合っている日本人を見ると、『御苦労さま』と声をかけたくなります。

しかし、それでも尚多くの日本人は、『特別の専門的能力を持った人だけが海外で活躍する』と考えていて、『あの人たちは特殊な日本人だ。自分は幸いなことに安泰な日本の中だけで生きていける』と思っているのではないでしょうか。日本の旅行会社のツアーに参加して、『海外体験』することは、金と時間さえあれば誰でも可能ですが、これは『安泰な日本』の延長の中で、身体だけ『外国』へ移動したに過ぎませんから、本当の『海外体験』とは程遠いものです。そう言いながら梅爺は、『経済効率を考えるとこれが一番』と自己弁護しながら、旅行会社のツアーを時折利用していますので、偉そうなことは言えません。

外国人と接触して、相手が異星人かと思えるような異なった『価値観』を保有していることに気付くと、『人類皆兄妹』などという言葉が空々しく感じられるものです。それは、日本人同士の『ちょっとした価値観の違い』のような生易しいものではないからです。

日本人が本当に『安泰な日本の中だけで生きていける』のなら、別に梅爺は『日本人は何故国際音痴なのだろう』などと、憎まれ口をたたかなくとも済みますが、『安泰な日本』は、今や残念ながら独立して存在せず、政治も経済も文化も、国際的な相対的関係の中で影響を受け、決まる時代に移行していることを考えると、日本人のだれもが最低限の『国際感覚』を身につけることが大切なことであり、そのことが真に日本を『安泰な国家』に導く唯一の方法であると感じています。そのための憎まれ口ですから、お許しいただきたいと思います。

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2011年2月 1日 (火)

パオロ・コエーリョ『The Fifth Mountain』(6)

この本の中では、新約聖書の中の『エリア』に関する以下の二つの記述が引用されています。恐縮ですが梅爺の好きな昔の『文語体』で紹介します。

ルカ伝 4、24
また言い給う『我誠に汝らに告ぐ、預言者は己が郷(さと)にて喜ばれることなし。我實(まこと)をもて汝らに告ぐ、エリアのとき三年六ヶ月、天とじて全地大(おおい)なる飢饉(ききん)になりしが、イスラエルの中に多くの寡婦(やもめ)ありたれど、エリアはその一人にすら使わされず、唯(ただ)シドンなるサレブタの一人の寡婦(やもめ)にのみ遣(つか)わされたり』

マタイ伝 17、10-13
弟子たち問いて云ふ『さらば、エリアの先ず来るべしと学者らの云ふは何(なん)ぞ』答えて云いたまふ『實(げ)にエリア来りて萬(よろず)の事をあらためん。我汝らに告ぐ、エリアは既に来たれり、然(さ)れど人々これを知らず、反(かえ)って心のままに待(あしら)へり、斯(か)くのごとく人の子もまた人々より苦しめられるべし』爰(ここ)に弟子たちバプテスマのヨハネを指して云ひ給ひしなりと悟れり。

いずれも、イエス・キリストが弟子たちに語った内容ですから、キリスト自身がユダヤ教の教えに精通していたことがうかがえます。後に世界の宗教に変身したキリスト教の視点からは、不都合に見えるかもしれませんが、キリストは、ユダヤ教の世界を生き、ユダヤ教の世界で神(ユダヤ民族のための唯一神)と関わっていたと考える方が自然です。キリスト教を世界の宗教に変身させたのは、使徒パウロの功績ではないかと、梅爺は何度も書いてきました。

『イスラエルが大飢饉で、多くの寡婦が苦しんでいたのに、神はエリアを異国の寡婦のもとへつかわした』『神の意図を告げよとつかわされた予言者は、人々からひどい扱いを受ける(バプテスマのヨハネは、エリアの再来である)』という上記の新約聖書の内容は、虚心坦懐に読めば、なんとも不可解と言えます。神は人間を何故このように蒙昧(もうまい)な存在として創ったのだろうという疑問がわいてきます。手っ取り早く、神の意図を理解できる存在に創っておけば、こんなややこしいことにはならなかったのにと、うらめしく思えてきます。

しかし、『人間をわざわざ蒙昧な存在に創った』ことには、うかがい知れない『神の意図』があるにちがいないという観方もできます。ひょっとすると、人間が神の方を向くように、神は人間に『試練』を与えているのかもしれません。『試練』を避けていては、人は神に出会えないというのが、パオロ・コエーリョが云いたかったことなのでしょう。『試練』なしに、『心の安らぎ』を得ようというのは、とんだ間違いであるということになります。『心の安らぎ』は結果であって、人が生きることは、すなわち『試練』の中でもがき苦しむことだということにもなります。『悩みも苦しみもない』という状態は、生きていては得られないことになり、『死』が究極の解放であるということかもしれません。生きていることに感謝するなら、『試練』は甘受しろという話になります。

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