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2010年12月31日 (金)

年の瀬問答

八五郎『ご隠居さん、今年も大晦日になっちまいましたね』

梅爺『特に歳をとると、1年はやけに速く感じて、どうもいけません。ところで八っつぁん、お前さんには、今年はどんな年だったんだい』

八五郎『これこのとおりピンピン生きているんで、お天道様には感謝しなくちゃいけないのでしょうが、まわりは、見ること聞くこと暗い話ばかりで、とんと気が晴れない年でござんしたよ。ところで、ご隠居さんは、しかめっ面をして毎日せっせと何やら書き物をなさっておられるようですが、誰かの悪行でも暴いて、世直しでもしようという魂胆なのですかい?』

梅爺『世直しを訴えると言ったような滅相な了見などありはしませんよ。老いの手ずさみで、思うところをつらつら書いているということに過ぎませんな』

八五郎『するっていと、ご隠居さんの徒然草(つれずれぐさ)ってぇわけですな』

梅爺『兼好法師さんの名文と比較するなんざ、畏れ多くて冷や汗もんですが、徒然草とは云い得て妙だねぇ』

八五郎『ところで、その書き物を続けることには、何かの御利益でもあるんですかい?』

梅爺『ご利益がないものは無駄と決めつけるのは、昨今の悪い風潮でいけませんなぁ。まぁそうは云っても書くことは考えることにつながりますから、私なりに頭の中がスッキリして、物事の道理が少しわかったような気がするとは言えますな。これはご利益と言えばご利益かもしれないねぇ』

八五郎『物事の道理が見通せるとなると、悟りをひらいた偉い坊さんのようなものですな。てえしたもんだ』

梅爺『八っつぁん、それは誤解だよ。物事の道理を見とおそうとするのと、煩悩を排除して悟りをひらくのは、同じとは言えませんよ。煩悩は人間につきもので、生身の人間には、到底排除できないものと私は、はなから観念しちまっていますよ』

八五郎『それを聞いて安心しました。あっしなどは、煩悩が着物をきて歩いているようなものですから』

梅爺『そう開き直ってもいけませんね。煩悩は排除できなくても、排除しようという心が大切なんだよ』

八五郎『どうも、ご隠居さんの話は、合点がいきませんな。排除できないものを排除せよと、こんにゃく問答のようで、あっしには難しすぎます』

梅爺『理屈っぽい爺さんと付き合うには、それ相応の覚悟もしてもらわなくては困るねぇ。まぁ、これに懲りずに、また訪ねていらっしゃいな』

八五郎『へぇ、ありがとうございます。それではご隠居さん、これでおいとまします。どうかよいお年を』

梅爺『八っつぁんも、よいお年を』

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2010年12月30日 (木)

臭いものには蠅がたかる

上方いろはカルタの『く』、『臭いものには蠅がたかる』の話です。

『類をもって集まる』は、やや表現が間接的でしたが、これは、『悪徳』の周辺に、これでもかとばかり『悪徳』を好むものが吸い寄せられる光景が想像できて、つい顔をしかめたくなるような表現です。

『紳士面』『淑女面』をした人間の仮面を剥いでみたら、中身は『悪徳』や『ドロドロした欲望』のかたまりであることが暴(あば)かれるというような実話や小説は、この世に沢山あり、庶民は正義の御旗を振りかざして『とんでもない野郎だ。ざまあ見ろ』と溜飲をさげます。

『上品を装った人間が内に隠し持つ下品さ』を、これでもかとばかり暴くことに情熱を燃やした映画監督が、山本薩夫(さつお)氏で、『社会派監督』の異名をとりました。山崎豊子原作の『白い巨塔』『華麗なる一族』、三浦綾子原作の『氷点』などの映画が、これにあたります。

三浦綾子氏はクリスチャンですので、『氷点』は、単に『下品さの暴露』だけでなく、『清らかな心の持ち主ほど、罪の意識が強く、傷つきやすい』という人間の側面を、『殺人者の娘』と後ろ指をさされる少女(実はそうではないことが最後に判明)の苦悩を通して表現した小説です。

梅爺は、『上品を装った人間が内に隠し持つ下品さ』を暴く小説や映画より、『一見下品に見える人間の中にある清らかな心』を描いた小説や映画の方が好きです。『エデンの東』を好きな映画の第一位に挙げるのはそのためです。

人間は誰もが程度の差はあれ、上品、下品の側面を持っています。したがって、自分を棚に上げて『下品さ』を糾弾するより、『下品』と思われている中に、キラリとひかる『上品』を見つけた時の方が、ほっとして救われる気になります。

話が少し逸れましたが、『臭いものには蠅がたかる』という表現から、政権の座を争う政治家先生たちを思い浮かべてしまいました。国民から政権の座が『臭いもの』、それを争う政治家たちが『蠅』とみなされている内は、日本の政治体制はお先真っ暗です。政治は『上品』だけで済まないことは承知していますが、『下品』で当然と居直られては困ります。

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2010年12月29日 (水)

ヒトの記憶再び(8)

人間の高度な精神活動の源泉は、過去に取得した記憶ではないでしょうか。新しい、情報に接するたびに、過去に取得した記憶と比較し、どのグループとして新規に記憶するかを、無意識に(不随意に)判定して脳に収納します。新しい情報が今までにない特徴をもっていれば、グループの特徴にも、それが反映され、以後の判定基準は、前とは少し代わります。

精神活動の基準になる判定基準は、このように『動的な平衡』で、日々刻々変化していきます。『善良そうな顔』の人を『善良な人』だと思い込み対応して、とんでもないしっぺ返しを喰らえば、以後、『善良そうな顔』を疑ってかかるようになります。

情報の持つ『表面的な特性』で分類するか、『奥に秘められている本質』を想定して分類するかで、その人の精神活動は異なってきます。梅爺のように、脳の中の異なった記憶グループ間の『関連付け』に異常な興味を持つ人間は、情報の『表面的な特性』を軽視する傾向があります。従って、これで一喜一憂することはあまりありません。一国の首相が『優柔不断』を繰り返すことは、好ましくなく、日本にとって不幸なことだとは思いますが、鬼の首を取ったように、『怪しからん』と糾弾する気持ちにはなりません。それよりも、何故日本では『優柔不断』な人物が首相になれるのだろうと考えてしまいます。

一方、『表面的な特性』を重視する方は、直接的に、情報の『表面的特性』に反応します。情報が持っているパラドックスを即座に判断できませんので、一喜一憂することになります。『愛していると言ったのに、私を裏切った』などと泣き叫びます。人は、愛していないのに『愛している』と言ったり、愛しているのに『愛していない』と口にすることがあるという、判定基準を持ち合わせていないからです。

しかし、『表面的特性』に直接的に反応する人は、『単純な人』と軽蔑されることもありますが、『分かり易い人』として歓迎されることもあります。一方、梅爺のような『裏側に潜む本質』にこだわる人は、『思慮深い人』と褒められることもありますが、『腹黒い人』と敬遠されることもあります。

遺伝子に支配されていますので、自分を変えることは至難の業ですが、少なくとも自分がどちらに属する傾向が強いかを承知しておけば、人生で損することは少ないのではないでしょうか。

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2010年12月28日 (火)

ヒトの記憶再び(7)

記憶に関する興味の持ち方で、人は二通りに分類できるのではないかと気付きました。『異なった情報間の関連付け生成』が興味の中心である人と、『個々の情報の正確な記憶』が興味の中心である人の二種類です。

前者に属する人は、情報を一般概念としては理解していますが、一般概念を構成する個々の要素の具体的な固有名詞の記憶はあいまいであったり、求められても正確に答えられないような人です。この人にとっては、個々の要素の固有名詞を正確に沢山記憶しておくことは、興味の優先的な対象ではありません。この種の人は、『1989年にベルリンの壁が崩壊した』という事実より、『何故ベルリンの壁が崩壊したのか』という原因に、『天正10年(1582年)に織田信長が本能寺で自刃した』という事実よりも、『信長と家臣明智光秀の確執の要因』に興味を示します。

一方後者に属する人は、事実や名称を正確に記憶することが得意な人で、友人知人の生年月日や電話番号を正しく記憶ていたり、『何年に何処で醸造された何という銘柄のワインが美味しい』などということも記憶することができる人です。暗記に強く、博覧強記(はくらんきょうき)とも言えますが、えてしてこういう人は、異なった情報間に、自分なりの関連付けをすることは、それほど得意ではないように見えます。

梅爺は、明らかに前者で、固有名詞の正確な記憶は不得意で、興味も希薄です。『世界三大美術館』という概念は知ってますが、『エルミタージュ美術館』の名前が思い出せない時があります。歳をとって、固有名詞が出てこない傾向はさらに強まりましたが、これは今に始まったことではなく、若い時も同様でした。

そのくせ、異なった情報間に勝手な関連付けを思いつき、『あーではないか、こーではないか』と屁理屈を述べることに執心する性質は、『梅爺閑話』に顕著に現れています。子供の時から暗記は苦手でしたが、空想にふけることは好きでした。そういうDNAを持って生まれてきたわけですから、こればかりは、どうにも変えようがありません。

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2010年12月27日 (月)

ヒトの記憶再び(6)

情報が脳に記憶される場合、類似情報がグルーピングされ、情報そのものは、一種のイメージ・パターンで大脳皮質の脳細胞にマッピングされるのであろうと推測できます。

このイメージ・パターンは、脳によって記号化されたもので、現実の世界のイメージ・パターンと1対1で対応するものではなさそうです。記憶を再生する時は、記号を元の実態イメージへ再変換しているのではないでしようか。

たとえば、『犬』という概念は、『犬に共通する特徴を記号化し、グループにまとめて記憶』しているように見えます。この結果、初めて見る種類の犬でも『犬』と認識できるのでしょう。

更に人間の脳の素晴らしいところは、異なったグループの情報間に、自由自在に『関連付け』ができるようになっているように見えることです。

コンピュータの世界に置き換えれば、これは柔軟な『リレーショナル・データベース』でもあり、巨大な『検索エンジン』でもあります。コンピュータの世界では、指定された『キーワード』が、『データベース』や『検索エンジン』を探索するのに『きっかけ』として要求されますが、人間の脳は、自ら『キーワード』に相当するものを、論理思考、推論思考で創造してしまうように見えます。これによって、異なったグループの情報間に、自由自在な『関連付け』が可能になります。

この自由な『関連付け』が、人間の脳の『閃(ひらめ)き』『発明・発見』『異なった視点でものを見る能力』を可能にします。現状のコンピュータは、記憶量においては、圧倒的に人間を凌駕していますが、自由な『関連付け』という点では、人間には程遠い段階です。

脳は、どのグループに属する情報からでも、探索(関連付け)が開始できます。『正岡子規』から探索を開始して『坂の上の雲』に到達することも、『坂の上の雲』から探索を開始して『正岡子規』へ到達することもできます。『洗剤の香り』から『亡くなった母』を思い出したり、『麦わら帽子』から『幼馴染み』を思い出したりすることもできます。

世間で、『頭の良い人』『頭の回転が速い人』と言われる人たちは、この脳の『関連付け』が迅速で柔軟であるに違いありません。しかし、とっさに状況を総合判断してしまう人は『節操のない人』に見えたり、新しい『関連付け』が苦手の人が『ブレない、芯のある人』に見えたりしますので、この世は実に厄介です。

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2010年12月26日 (日)

ヒトの記憶再び(5)

小説や探偵小説には、『ジキルとハイド』のような『二重人格者』がよく登場します。一人の人間が、意図的に(または無意識に)二人の人格を演ずるという『ご都合主義者』のことではなく、精神の病とされる『解離性同一性障害』に相当する人の話です。それにしても、専門家や学者はどうしてこのようなもったいぶった理解しにくい名前を付けるのでしょう。『二重人格症』では権威が保てないということでしょうか。

そもそも人間は、『善良でもあり邪悪でもある』わけですから、人格の同一性などは望むべくもなく、誰もがある意味で『多重人格者』であり、生物の進化を考えれば、それは必ずしも『異常』なこととは言えません。

しかし『解離性同一性障害』は、同じ人間が、時に『Aの人格』、時に『Bの人格』と状態が遷移し、『Aの人格』の時には『Bの人格』の時の言動を、『Bの人格』の時には『Aの人格』の時の言動を、『全く覚えていない』という奇妙な現象が起こることを云います。そんなことが本当にあるのかと、梅爺は疑っていましたが、先日テレビのニュースショーで、若い女性の患者を克明に追いかけた内容が放映され、それを観て、確かに『解離性同一性障害』という病気が存在することが確認できました。

この女性は、何かの拍子で違った人格に移り変わり、顔つき、言動、食の好みまでも、ガラッと変わってしまいます。そして元に戻った時に、前の状態のことを何も覚えていません。

『解離性同一性障害』は、幼い時に『厭な体験』をした記憶があり、それを払しょくしようと、自分の脳の中に『もう一人の人間』を創造するために起こると言われています。

四川省大地震で『恐ろしい記憶』に悩む子供に、カウンセラーが『楽しい記憶』を思い浮かばせ、脳のバランスをとるようにしたと昨日書きましたが、これも、対応を誤ると、各々の記憶が独立して脳の中に残ってしまい、バランスをとるどころか、『二つの人格』を形成してしまう恐れがあることが分かります。

『記憶とは何か』という脳の中枢機能の一つが解明されないために、人間は記憶無しには生きていけないにもかかわらず、時に記憶という正体不明なものに悩まされるという状態から、抜け出せないでいることが分かります。

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2010年12月25日 (土)

ヒトの記憶再び(4)

中国四川省大地震で、『恐ろしい記憶』のために心に傷を負った子供たちにカウンセリングの専門家は、3枚の絵を描くように仕向けます。『現在の思い』『現在欲しいもの』『将来の夢』を、この順序で描くように指導します。

当然『現在の思い』には、ネガティブな『恐ろしい過去(地震)の記憶』が色濃く影を落とします。そして『現在欲しいもの』『将来の夢』では、少しづつポジティブな要素が現れ始めます。

『恐ろしい記憶』も、時を経れば少しづつ薄らいでいくことはあるかもしれませんが、鮮明なまま子供たちの現在を支配している事態では、そのような悠長な対応では埒(らち)が明きません。『恐ろしい記憶』を、すぐにでも薄れさせるか、消え去る方法があれば良いのですが、そのような手段は現状では見つかっていません。

カウンセリングでは、この現実を認め、脳の中に『恐ろしい記憶』に対応するものとして、『ポジティブな期待(想像)』を『楽しい記憶』として配置しようとします。この結果、両者のバランスで『恐ろしい記憶』の相対的な重みを軽減しようと試みます。天秤ばかりの両方のお皿に、バランスがとれるように荷重をかけるしくみに似ています。科学は、『記憶』の実態を解明しきっていませんが、『記憶』が産み出す弊害への『対処療法』を見つけようとしていることが分かります。絵を描くことで、子供たちに少しづつ笑顔が戻ってくる様子が印象的でした。

大人は、『恐ろしい記憶』『悲しい記憶』へ対抗するものとして『神や仏の慈悲や救い』を脳の中に形成し、バランスをとることができるかもしれませんが、子供にそのような抽象概念の意味や重さを理解させることは困難ですので、もっと手っ取り早く自分にとって『楽しいこと』を対抗手段とするのは理に適っています。

一方、一見『情』の世界の宗教が、何故『心を癒す』効果を持っているのかは、カウンセリングと同じく、脳のバランスの習性をうまく利用しているのであるとすれば、皮肉なことに多くの宗教が好まない『理』の世界を、実は利用しているのではないかということになります。『脳のバランスの習性』という知識を持ち合わせていなかった昔に、人間は宗教という『対処療法』を見つけ出したのではないかとも言えます。

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2010年12月24日 (金)

ヒトの記憶再び(3)

記憶が、大脳皮質の複数の脳細胞にまたがるイメージ・パターンであるとすると、それらの脳細胞が全て機能しなくならない限り、記憶全体がが『無くなる』ことはないのだろうと推測できます。コンピュータのメモリーにマッピングしたイメージ情報が、メモリー素子の一つ(1ビット)が不具合を起こしても、全体としては大きなダメージを受けないことと似ています。

『記憶が薄らぐ』『記憶が蘇る』ということは、鮮明なイメージが、全体としては失われないまでもボケていく、またはボケていたイメージが再び鮮明に戻るということに対応するのでしょう。ボケるというのは、脳細胞間の連携が弱くなることを意味します。脳細胞間の連携は、筋肉同様使用しなければ、弱くなるという生物としての習性を持っているにちがいありません。意識して脳を使うことが、記憶を維持するのに重要なことであることが分かります。

見聞きした対象を、人間は全て記憶するわけではありません。いくら人間の脳の容量が大きいとはいえ、そのようなことをしていたら脳はパンクしてしまうからです。見聞きした対象を、記憶するかどうかには、『随意』と『不随意』の二つのきっかけがあるのではなでしょうか。

『これは記憶しておこう』と意図するのが『随意』のきっかけで、記憶術選手権の競技などはこれにあたりますが、人間はこれ以外にも『情』が強い刺激を受けた時には、本人の意思とは無関係に、つまり『不随意』に、それを記憶します。特に非常に感動した時、非常に恐ろしい思いをした時などがそれにあたります。

番組では、中国の四川省大地震で、親兄弟や友達が目の前で亡くなった恐ろしい体験をした子供たちが、『恐ろしい記憶』のために、正常な日常生活ができなくなってしまう例を紹介していました。同じことは日本の関西淡路大地震でも起きましたし、戦場でむごい体験をした兵士にも起こります。

ショックで『不随意』に獲得した記憶は、あまりにも強烈過ぎると、脳全体の正常な営みを損なうことがあることが分かります。記憶のために、脳は『憂い』『悲しみ』『寂寥感』といった『情』の領域のネガティブな要因で支配されるようになります。人は無口になり、無表情になり、生きる意欲も薄らいでいきます。

このような症状から、人を救うために、『宗教』『カウンセリング』『薬物』などが考えられます。残念ながら現状の『薬物』は、一時しのぎで、決定的な効果をもたらすとはいえません。

番組では、中国の四川省大地震の後に、現地に送り込まれた『カウンセリング専門家』の活動を紹介していました。『宗教』と『カウンセリング』は、結果的に同じ効果をもたらすように見えますが、『カウンセリング』はあくまでも科学的な『理』に基づくもので、『信ずる』という『情』の世界で迫る『宗教』とは異なります。梅爺は、子供たちの『心の傷』を癒していく『カウンセリング』の方法に興味を抱きました。

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2010年12月23日 (木)

ヒトの記憶再び(2)

記憶術世界選手権に出場している記憶の達人たちは、1組のトランプのランダムな配列などという、それ自体に特段の意味がないものを、短時間に記憶し、再提示することができます。そのようなことを可能にする『コツ』は、一見意味のない対象を、自分にとっては意味のあるイメージ・パターンに変換し、時系列的にある種のストーリィとして記憶しているのだということでした。

普段から、複数枚のトランプの配列を、自分だけで理解できるイメージ・パターンに変換する訓練をしていて、普通の人には単なるトランプのランダムな配列に過ぎないものを見た時に、たとえば『白い犬がパンを食べる』というような情景イメージに変換して記憶するというのです。

このことは、脳の中で記憶がどのように行われているかを推測するのに、重要なことを示唆しているのではないでしょうか。

『記憶する』という行為は、『対象を認識し、脳にイメージ・パターンとして収納する』ことであり『記憶を呼び起こす』という行為は、その逆で『脳に収納されているイメージ・パターンを呼び出し、再認識して対象に変換する』ということではないかと推測できます。

ここでいうイメージ・パターンは、必ずしも現実の具象イメージとは限りませんが、とにかくイメージ・パターンであることが重要な意味を持ちます。つまり、大脳皮質の複数の脳細胞を利用して、対象は、イメージ・パターンとしてマッピングされるのではなかということです。個々の脳細胞は、励起されるかされないかという『1』か『0』かのデジタル的な対応をしますが、ある細胞が励起する条件は、科学物理反応としてアナログ的ですので、脳細胞を単純にコンピュータの記憶素子に置き換えて論ずるのは危険です。

更に、驚くべきことに、脳は対象を認識した場合、やみくもにイメージ・パターン化するだけでなく、既に収納されている他のイメージ・パターンとの類似性を瞬時に見極め、同じようなパターンは、同じ場所にグルーピングして収納しているのではないかと思われます。

新種の犬を見た時に、それが犬であると認識できるのは、『犬のグループ』に属すると類推していることになります。

このように、『対象物をイメージ・パターンに変換し、類似性の高いものをグループの概念でとらえて収納する』という行為は、誰が教えなくても幼児期から開始することですから、ヒトの遺伝子によるプログラムは、そうなっているとしか考えられません。

しかも、このグルーピング能力は、個人差がありますので、新種の犬を見て、犬と判断できる人と、できない人が出現するのも不思議ではありません。遺伝子によるプログラムは、基本的には誰でも共通していますが、個々には能力差を生ずると考えれば、『格差が何故生ずるか』も理解できます。人間を理解する上で、『基本的には同じでありながら、個々に大きな違いを保有している』と考えることが、重要であることが分かります。

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2010年12月22日 (水)

ヒトの記憶再び(1)

以前、脳に関する本を読んで、『ヒトの記憶』というブログを書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-d31f.html

誰もが、毎日脳の『記憶機能』を駆使しながら生きているのにも関わらず、『ヒトの記憶』のカラクリは、脳科学者でもほとんど分かっていないということなので、それならばと断片的な情報を組み合わせて、怖いもの知らずの勝手な『推測(仮説)』を書きました。

例によって、脳の機能を『随意と不随意』『理と情』で分類し、これで『記憶』を考えてみるどうなるかというものでした。今読み返してみても、それほどトンチンカンな内容ではなく、修正を要することもなさそうなので、ホッとしてます。

その後、NHKハイビジョン特集で放送された『記憶術世界選手権大会』の様子などを録画して観る機会があり、再び『ヒトの記憶』について書いてみようという気になりました。

『記憶術世界選手権大会』などというものがあることにも驚きましたが、その競技内容にも驚きました。たとえば、完全にシャッフルされた1組のトランプのランダムな配列順序を、何秒間で正しく記憶できるか、といった内容で、世界記録はなんと25秒程度でした。そのほか、ランダムな数列、意味のない図形の配列順序、人物の顔写真と名前の組み合わせなどを、規定時間内にどれだけ記憶できるかというのも競技内容もありました。『大会』は、これら異なった競技内容10種類を3日間かけて争うもので、前年に引き続き、イギリスの中年のオジサンが、見事連続世界チャンピョンに輝きました。

このような能力にまったく自信が無い梅爺が観ていると、これはまさに『神業』であるとしか言いようがありません。しかし、選手たちが、どのような手段で『記憶』しているのか、日ごろどのような訓練をしているのかの解説を聴いて、またまたいつもの悪い癖で、『記憶のカラクリ』について勝手な推測をしてしまいました。

勿論このケースは、人間が『随意』で、何かを記憶しようとする時に、脳の中で何が起きているか、そしてその場合、能力の限界は何で決まるのか、というようなことに関する推測です。

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2010年12月21日 (火)

有馬温泉に遊ぶ(2)

Dscn1792 帰路に京都途中下車、錦市場の『京漬物(梅爺の大好物)』の店

六甲山の山頂からの絶景が楽しめるガーデン・テラスへ車で出向き、洒落たレストランでランチを食べました。あいにく、日本列島が寒波に襲われた時で、外は身を切るような寒さでしたが、眼下に広がる景色は確かに絶景でした。山と海がつながっている神戸は、浅瀬の無い天然の良港であることが良く分かりました。

六甲山を下って、有馬温泉へ向かい、今回のお目当ての宿『東急ハーベストクラブ有馬六彩』へチェックインしました。有馬温泉の中でも飛びぬけて豪華な建物、施設であることが分かりました。洋室と和室を両方備えた家族用の部屋を予約してありましたので、梅爺夫婦、娘夫婦の4人で宿泊しました。

年金生活の梅爺夫婦が、何も知らずに有馬温泉を訪ねたとしたら、豪華なリゾートホテルのたたずまいを見ただけで、『これは我々には分不相応』としっぽを巻いて退散するにちがいありません。有馬温泉名物の2種類の源泉、『金の湯』『銀の湯』も満喫し、大名気分を味わいました。有難い話です。それにしても、このような高級リゾートホテルがこの時期満室に近い状なのですから、日本には、不景気などどこ吹く風のお金持ちが沢山いることが分かります。

有馬温泉からの帰途、『宝塚』に立ち寄りました。梅爺は小学生の頃、伊丹に住んでいた祖母を訪ねる度に、『宝塚大劇場』に観劇に連れて行ってもらったことがあり、昔の記憶を呼び戻そうと楽しみにしていましたが、何もかもが変わってしまっていて、まるで知らないところになっていました。考えてみれば、60年近い昔のことですから、当然と言えば当然な話です。梅爺の『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)』の夢ははかなくついえました。

Dscn1822 清水寺に展示されている今年の漢字『暑』

最後の日は、青梅への帰途、京都に途中下車して、『錦市場』『高台寺』『清水寺』などを散策しました。特に、『清水寺』は、境内も、お土産屋が両側に立ち並ぶ清水坂も、耳を澄まして周囲から聞こえてくる言葉が、中国語、韓国語などの外国語であることに驚きました。『尖閣列島』や『延坪(ヨンビョン)島』も、ここではどこ吹く風の風情でした。

楽しい4日間を過ごし、帰宅すると、いつもはしっぽを振って嬉しそうに出迎えてくれた愛犬『ゆうた』がいないことをあらためて思い知らされました。梅爺の生活は、『非日常』から一気に『日常』へ舞い戻りました。

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2010年12月20日 (月)

有馬温泉に遊ぶ(1)

梅爺の大学時代の合唱仲間とは今でも折に触れて、食事会、演奏会鑑賞、国内外の旅行と、夫婦ぐるみでのお付き合いが続いています。Wさんご夫妻も常連でしたが、残念なことにWさんは他界されました。それでも、W夫人とは今も親交があり、W夫人のご厚意で、会員になっておられる『東急ハーベストクラブ』のリゾートホテルを利用する小旅行を、同じく合唱仲間のUさんご夫妻、梅爺夫婦、W夫人で、一緒に何度か楽しんできました。

Dscn1771 寒波襲来で観光客もまばらな六甲山山頂

今回は、W夫人から『梅爺夫婦だけで楽しんでいらっしゃい』と、会員向け宿泊券を頂戴し、どこへ出かけようかと思案の末、関西の有馬温泉にある『東急ハーベストクラブ六彩』を利用することにしました。最近娘の婿さんが関西転勤になり、神戸に近い夙川に転居したこともあり、娘夫婦を訪ねて、娘夫婦ともども有馬温泉へ遊びに行こうと、欲張りなことを考えました。

計画を立て、予約もしましたが、その後我が家の老犬の具合が悪化し、介護に明け暮れるようになって、『これはとても家を留守にはできない』とあきらめかけていました。しかし、老犬は12月8日に亡くなり、予定通りに、12月14日から12月17日まで3泊4日で(娘夫婦の所に2泊、有馬温泉に1泊)でかけることができました。犬の世話から解放された安堵感と、家族同様であった愛犬を失った寂しさが入り混じる複雑な気持ちの旅でした。

梅爺と梅婆は、JR東の『ジパング倶楽部(大人の休日倶楽部)』の会員になっているため、乗車券や特急券が3割引きで購入できます。年金夫婦には有難い優遇で、勿論この特権を利用しました。ただ、東海道新幹線の『のぞみ』は利用できないという制約があり、往復とも『ひかり』に乗りました。もっとも、老夫婦はビジネスマンなどとは違い、一刻を惜しむ必要などありませんから、30~40分時間が多くかかっても、料金3割引きの方が魅力的で、特段の不満は感じませんでした。

梅爺は、仕事の現役の頃は、『尼崎』『摂津本山』『住吉』『神戸』などは出張で馴染みがありましたが、娘夫婦が住むようになった『夙川(しゅくがわ)』は今回初めて降り立ちました。『夙川』は隣の『芦屋』同様、閑静な住宅地帯で、電車で『神戸』や『梅田(大阪)』への手軽に出かけることができ、その上娘夫婦が借りたマンションから近い所に、川沿いに桜並木のある広い公園があって、快適な環境であることが分かりました。マンションから徒歩で行ける所にスーパー・マーケット(コープ神戸)もあり、梅婆は娘の新居環境に安心した様子でした。

Dscn1805 青梅への帰路京都に途中下車、高台寺を散策

娘の婿さんが、15日、16日とわざわざ休暇を取り、車で『六甲山』『有馬温泉』『宝塚』『神戸』を案内してくれました。

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2010年12月19日 (日)

オットー・プレミンジャー(3)

『枢機卿(すうきけい)』は、アメリカ人のカトリック神父が、幾多の試練を乗り越えて、アメリカのカトリックを統括する『枢機卿』に上り詰めるという話です。映画の真ん中で休憩が挿入される、3時間の大作です。『枢機卿』は、英語では、『Cardinal』で、文字とおり『枢機卿』の礼服の『真紅色』を表したものです。

中世は、『枢機卿』の定員は70人と決められていましたが、現在では、世界各地へ布教が拡大し、180~200人と増えています。勿論日本人も含まれています。『法王』が亡くなった場合、『枢機卿』による『投票(コンクラーベ)』で次の『法王』が決まりますので、『枢機卿』は『法王』への登竜門でもあります。現在までのところ、アジア地区、アフリカ地区、アメリカ地区から『法王』は選出されたことはありません。将来カトリックが、『ヨーロッパ主導、白人主導』から脱皮できるかどうかは、注目に値します。

この映画では、主人公が、『厳しいカトリックの戒律の遵守』『アメリカの人種差別』『ヒトラーのオーストリア併合時のカトリック弾圧』などの試練に立ち向かっていきます。自分自身の恋心との相克、実の妹が異教徒であるユダヤ教の青年と恋に落ちたことへの対応など、悩みを抱えますが、あくまでも『戒律』を曲げずに対応します。その結果、彼を慕う女性や妹を不幸にし、妹にいたっては絶望して自堕落な生活を送り、妊娠して出産しようとしますが、難産で医者は、母親か胎児のどちらかしか命は救えないと宣告します。ここでも、兄の神父は『戒律』をまもり、胎児を見捨てることは殺人だといって、妹を死に追いやります。

『オットー・プレミンジャー』は、『戒律は本当に神の意思なのか』『宗教はどこまで現実の政治に影響を行使できるのか』などの重い問題を、次々に提示し、見る人に迫りますが、カトリックを肯定も否定もせずに、公平に描いていきます。『私には答がわかりません。観るあなた自身で考えてください』と言う姿勢ですから、こちらも『うーん』と呻ってしまいます。ただ、梅爺は『自由尊重のアメリカ民主主義』を基本的に賛美している映画のように、なんとなく感じました。ベトナム戦争以前のアメリカでつくられた映画であるためかもしれません。

バチカンで撮影したと思われる、壮麗な儀式の場面や、映画監督のジョン・ヒューストンが、前任のアメリカ地区枢機卿役の役者として登場するなど、気楽に観ていれば、面白い金のかかった豪華な映画です。しかし、あまりにも、『理』で『善悪』を問う話題が『てんこ盛り』のために、『良くできた紙芝居』のような感じをうけましたので、梅爺は3本の中では、最下位の評価を下すことになりました。

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2010年12月18日 (土)

オットー・プレミンジャー(2)

続けざまに観た『オットー・プレミンジャー』の3作品に関して、梅爺の好みの順は、『月蒼くして』『野望の系列』『枢機卿』です。小津安二郎の映画のように『これでもか、これでもかと言わんばかりの同じトーン』ではなく、3本とも毛色の異なった映画ですから、『オットー・プレミンジャー』の多彩な能力と表現意欲を感じます。

『月蒼くして』は、建築家で裕福な独身青年(若き日のウィリアム・ホールデン)と女優の卵で貧しい娘との、ハッピー・エンドで終わるラブ・コメディです。゙『オットー・プレミンジャー』が、ブロードウェイで演出したことがある舞台劇の映画化ですから、限定された登場人物が繰り広げる『軽妙洒脱な大人の会話』が何といっても秀逸です。『処女』とか『セックス』とか言う語彙が頻繁に使われるのはよろしくないと、当時映画製作会社は公開中止にしようとしましたが、怒った『オットー・プレミンジャー』は、映倫を脱退して、強引に公開し、大当たりとなった映画です。現代人ならば、あまり抵抗を感じない会話ですが、当時(1950年代)のアメリカの、社会的な倫理観では、『扇情的』であったのでしょう。『十二人の怒れる男たち』と同様、計算されつくされた舞台劇のような映画は、梅爺の好みです。

『野望の系列』は、一転して、アメリカの大統領や上院議員達の権力抗争の裏側を描いた政治的内容のフィクション映画です。大統領が推薦した国務長官候補を推す陣営と、排除しようとする陣営が、上院小委員会で、丁々発止のやりとりをする様子が圧巻です。国務長官候補が、若い頃に共産主義者の集会に参加していた事実が、反対陣営のよって暴き出されますが、大統領は、証拠を握りつぶしてまでも自分の主張を通そうとします。このために、小委員会委員長の過去のスキャンダル(軍隊時代に、同性愛者であった事実)をほじくり出し、恐喝材料にしたりします。反対陣営の古狸のような親玉と、これまたしたたかな賛成派の親玉が、国務長官候補を含めた証人尋問を交えて、小委員会で繰り広げる『討論』は、まるで裁判所の検察側と弁護側が繰り広げる『やりとり』のように、スリリングです。

当時のアメリカの政治家にとって、『アカ』『ホモ』は致命的であったことが推察できます。『オットー・プレミンジャー』は、こういうレッテルを貼って、その人の全てを否定する単純な行為に批判的であったのでしょう。何といっても、この映画では、権謀術数を駆使した『討論(ディベート)』の弁術に引き込まれます。日本の国会ならば、相手を罵倒し、殴り合いになりそうな気がしますが、アメリカの政治家は、『したたかな論理』や『皮肉たっぷりのユーモア』などで、一見冷静に対応していきます。日本の国会議員の先生には、到底望めないような資質と能力です。

アメリカ人と外交やビジネスで渡り合うときには、このような資質、能力が求められますよ、というような内容なので、梅爺は昔を思い出し、身につまされながら観ました。こういう能力で、アメリカ人と丁々発止とやりあえる白洲次郎のような日本人は、残念ながらそう沢山はいません。

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2010年12月17日 (金)

オットー・プレミンジャー(1)

我が家は、二人の子供達が、独立、結婚して家を離れて、梅爺、梅婆の二人暮らしですが、テレビ視聴環境、録画環境は、奮発して『梅爺専用(液晶37インチ)』『梅婆専用(液晶52インチ)』に分けてあります。これで、『チャンネル争い』などのトラブルは一切発生しません。梅爺が、現役を退いた時に、居間のテレビを『好き勝手に利用』することが、それまで主導権を持っていた梅婆には『ストレス』になるらしいことが分かり、それならばと、即刻決断して、視聴環境を分けました。

テレビ画面の大きさは、『梅婆専用』が勝りますが、『梅爺専用』は、更に地元のケーブルテレビと契約し、ケーブルテレビが『標準パッケージ』として提供しているCS放送チャンネル(スポーツ、ニュース、映画、漫画、音楽)も視聴できるようにしてあります。もっとも、地デジ、BS衛星放送は、もともと視聴できるわけですから、ケーブルテレビは、もっぱらスポーツ専用チャンネルを観ています。これで、野球中継が、『良いところで、尻切れトンボで終わる』というような、イライラはありません。というようなわけで、我が家は既に『地デジ移行』が完了しています。

『梅爺専用』は、テレビ(東芝Regza)に外付けでハード・ディスクを直接接続すると、録画ができる仕様になっていますので、1テラ・バイトのハード・ディスクを別に購入しました(1万円程度で購入可能)。これで、ハイビジョン番組が、約90時間録画できます。昔のビデオ・テープ録画とは異なり、完全に鮮明なハイビジョンで、録画・再生ができますので、90時間という総録画時間も含め、『テレビっ子』の梅爺は、大いに満足しています。

梅爺が主に録画するのは、『映画』『オペラ』『クラシック音楽コンサート』『ドキュメンタリー番組』です。常時20~30本の番組が、ハード・ディスクに収まっていて、梅爺のために待機していることになります。

もうだいぶ前のことになりますが、NHKBS衛星2チャンネルで、1950年から60年にかけて、ハリウッドで活躍した映画監督『オットー・プレミンジャー』の以下の3作品が放映され、録画して観ました。

『月蒼くして』(モノクロ) 1954年
『野望の系列』(モノクロ)1961年
『枢機卿』 (カラー)   1962年

オットー・プレミンジャーは、ユダヤ系のオーストリア人で、祖国では舞台監督でしたが、ナチの台頭でアメリカへ渡り(1935年)、ブロードウェイでミュージカルなどを手がけた後に、ハリウッドの映画監督に転じた人です。彼は、それまでのハリウッドの『常識』を次々に覆すアイデアを実践し、物議をかもし出しましたが、『堕ちた天使』『ポーギーとベス』『黄金の腕』『帰らざる河』『悲しみよこんにちわ』『栄光への脱出』など、その作品は、高い評価を受けました。反骨精神と、高い知性の持ち主であったのではないかと、梅爺は想像しています。

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2010年12月16日 (木)

ブルックナーの男声合唱曲

9月に『二人の巨匠傑作展』という、モーツアルトとブルッックナーの宗教曲の演奏会を拝聴した印象をブログに書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-e353.html

この時、梅爺は、男声合唱演奏会に参加するための練習中であることに触れました。その演奏会が、12月11日に練馬文化センターの小ホールで開催されました。

東京大学音楽部合唱団コールアカデミー(男声合唱団)の定期演奏会(毎年1回)に、梅爺の所属するOB男声合唱団『アカデミカ・コール』が1ステージだけ賛助出演し、現役の『コール・アカデミー』と合同で、ブルックナーの『世俗的男声合唱曲』の中から以下の6曲を無伴奏(アカペラ)で歌いました。指揮は、『アカデミカ・コール』の常任指揮者三澤洋史(ひろふみ)先生でした。

Des Hőchsten Preis, des Vaterlandes Ruhn(最高者への称賛、祖国の名誉)
An dem Feste(祝宴にて)
Sternschnuppen(流れ星)
Die Geburt(誕生)
Der Abendhimmmel(夕空)
Sängerbund(歌い手の連帯)

19世紀半ばから後半にかけて活躍したオーストリアの作曲家ブルックナーは、オルガン演奏者から音楽の道に入り、ベートーベンやワグナーの影響を受け多くの有名な交響曲を残しています。生前に世俗的な名声も獲得していますので、幸せな人生を送った作曲家の部類に入りますが、求婚はすべてうまくいかなかったと伝えられていますので、女性には苦労をしたのかもしれません。

ブルックナーは男声合唱が好きで、自分もメンバーになったり指揮をしたりしたこともあり、多くの『男声合唱曲』を残しています。今回の演奏は、その中から選曲したものです。

『アカデミカ・コール』という平均年齢が70歳に近いような『爺さん合唱団』の指揮を、日本だけでなく世界に合唱指導者として名前が知られている三澤先生が何故お付き合いくださるのかは、不思議な組み合わせですが、歌の技量はともあれ、熱心に合唱に情熱を燃やす『爺さんたち』を『健気(けなげ)である』と感じてくださっているからかもしれません。有難い話です。

今回、三澤先生は、練習時間の半分以上もかけて、ドイツ語の歌詞の表向きな意味、裏に込められている意味を解説下さり、その言葉のニュアンスを表現するためのドイツ語発音の特訓をしてくださいました。つまり、日本人的なドイツ語発音から、ドイツ人のドイツ語発音に近い表現を目指したことになります。爺さんたちは、頭では理解できても、それを実現する技量を欠いていますので、先生の求めるレベルには程遠い演奏になりましたが、それでも音楽(合唱)と言語の密接な関係については、多く学ぶことができました。

『アカデミカ・コール』の次の演奏会は、来年6月に予定されていて、爺さんたちは、いそいそと次の演奏の練習を開始することになります。次もシューベルトの男声合唱曲を予定していますので、今回の『ドイツ語発音特訓』の成果が少しは役立つかもしれません。

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2010年12月15日 (水)

南北戦争(5)

『リンカーン』がもしいなかったら、アメリカの歴史は大きく変わっていたかもしれません。北と南に国家が別れていたかもしれません。更に、『リンカーン』が暗殺されなかったら、これまたアメリカの歴史が変わっていた可能性があります。『リンカーン』は、アメリカの大統領として最初に暗殺されたことで、死後実像以上の人物として語り継がれ、美化された英雄になり、ついには、『自分の死で国を救った神のような存在』にまでなったのではないかと梅爺は想像しました。『ケネディ』も暗殺後、偉大な大統領として美化されました。

南北戦争で亡くなった兵士の数は、62万人で、この数は、アメリカが参加した以降のどの戦争の死者よりも多いことになります。自分の信条を貫くためとは言え、62万人の同胞を死に追いやった責任は、『リンカーン』に重くのしかかり、彼はやつれきっていたと伝えられています。『リンカーン』は、当初『戦争は避けられる』または『小規模で終結する』と考えていた様子なので、62万人の死者という数は、予想と全く違う展開であり、つらい結果であったはずです。『リンカーン』が生きていたら、これに対する国民の不満や責任追及は避けられなかったと思いますが、彼が暗殺されたことで、国民は『大統領も死んだのだから』と自分達に言い聞かせ、むしろ『国家再建』に向かって民意が統一されることになったのではないかと、梅爺は推測しました。『リンカーン』の棺が、ワシントンDCから、ふるさとであるイリノイのスプリング・フィールドまで、2700Km特別列車で移送された途中、弔意を表した国民の数は、アメリカの歴史上、類を見ないと伝えれています。

『リンカーン』を暗殺した犯人、ブースは、有名な舞台俳優でしたが、狂信的な南部支持者で、『リンカーン』を『邪悪の根源』と妄信し、自分は『真の英雄』として歓迎されると思い込んでいたと言われています。逃亡の途中、アメリカ全土が『リンカーン』の死を悼み、自分を極悪人としている新聞記事を読んで愕然とし、それでも『神は私を支持してくださる』などというような内容の自己弁護の手記を残しています。最後は、捜索隊に射殺されました。

計り知れない大きな器の人物が、小さな器の人物の『妄信』で、殺されてしまうという、理不尽なことが、人間社会には起こるのは、悲しいことです。

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2010年12月14日 (火)

南北戦争(4)

『南北戦争』は、『奴隷制度』をめぐる争い、というより、北部と南部の『経済基盤』の違いをめぐる争いなのだ、と番組を観ていて気づきました。当時の南部は、『綿花』『たばこ』が最大の収入源(ヨーロッパへ輸出)であり、この産業は当然多量で安価な『労働力』を必要とします。つまり『奴隷』は産業を維持するために必要であったとみることができます。一方、北部は、『鉄鋼製品』などの工業製品が産業の基盤であり、白人の労働者で労働力の需給をまかなうことができました。

裕福な白人と『奴隷』で構成される南部では、白人はヨーロッパの貴族社会をまねたような優雅な生活を送り、文化も『ゆったり優雅なもの』であったことは、『風とともに去りぬ』の映画を観なくても想像できます。一方、北部は、一握りの大富豪はいたとしても、大半は、中産階級の工業労働者でしたから、文化も、貴族的な文化などとは無縁の、現在の日本のように『せせこましいもの』であったに違いありません。

このような、南部と北部が戦えば、明らかに北部が有利です。何故ならば、戦争で消費される『兵器』を、生産、供給できる能力では、北部が勝るからです。南部は、このハンデキャップを克服するために、合衆国の各地の要塞や兵器庫を襲い、『兵器』を先ず略奪することから始めました。

最初は、南軍が有利に戦いを進め、ワシントン近郊まで攻め込み、『リンカーン』を苦しめますが、やがて北軍が挽回し、南軍のリー将軍が投降して、『リンカーン』は大統領に再選され、就任式で終戦宣言を行います。

『リンカーン』が偉大であるのは、この演説の中で、一切南部を『非難』したり、『恨みつらみ』らしいことを言っていないことです。梅爺が『リンカーン』であったら、『ほれみろ、お前達の邪悪は、正義には勝てないことを思い知ったか』などと、つい言ってしまいそうな気がします。

『リンカーン』は、南北戦争の後の『国家再建』に、何が必要であるかを洞察していたからこそ、『恨みつらみ』は口にしなかったのでしょう。洞察力のある偉大な政治家であることが、このことからだけでも分かります。

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2010年12月13日 (月)

南北戦争(3)

『人間が他人を奴隷として扱う』のは良くないというのなら、皮肉な言い方で恐縮ですが、『人間が他の動物を奴隷のように扱う』のは許されるのか、ということになります。人間は、動物を使役に使い、捕獲や飼育して殺し、食用にし、物のように売り買いの対象にし、時に愛玩用のペットにしてきましたが、動物の『自然に生きる権利』を主張して、立ち上がり、大統領になった人はいません。『動物愛護運動』も、表面的な虐待に異を唱えているだけで、『動物の自然に生きる権利』を主張しているわけではありません。つまり、所詮人間は、『人間にとって都合の良い論理』だけを受け入れて生きてることに気づきます。

今でこそ『奴隷制度』は『良くない』という価値観が定着していますが、ほんの150年くらい前までは、『奴隷制度は人間社会に必要だ』という論理も存在していたことを私達は知る必要があります。『民意』は状況でめまぐるしく変わると同時に、時代によっても変化するものなのです。昨日も書いたように、表面的な『奴隷制度』は無くなっても、今も目に見えない『奴隷制度のようなしくみ』は、人間社会から無くなってはいません。

経済に疎(うと)い梅爺が、このように言うのは間違いかもしれませんが、人間社会を維持するのに『経済』が必要である以上、『奴隷制度のようなしくみ』はなくならないのではないでしょうか。『経済行為』は、基本的に『強者』と『弱者』の存在、格差の存在を肯定しないと成り立たないのではないかと思うからです。

うまいしくみを作れば、取引する両者がともに『得をする』という関係もあるのだと、それらしい説明をして納得しようとしますが、それは、異なった価値観を都合よく利用しているからで、ひとつの価値観で見れば、取引は、どちらかが得をし、どちらかが損をするようにできています。途上国の人達が、現状の貧しさから抜け出せないよりは、たとえ先進国に安い労総力を提供してでも、生きる糧を得る方が良いではないか、というような論理がそれにあたります。

人類が現状で抱える、飢餓や貧困の問題を解決する手段として『経済』は重要な役割を果たしますが、『経済』だけでは救えないということに、多くの人達が気づき始めました。しかし、『具体的な方法』は見つかっていません。多分『利他(博愛)主義』といった抽象的価値観が『民意』として根付く必要があるのでしょう。ここでも、『格差の是認(自然の摂理)』と『個人の人権(抽象的価値観)』が、矛盾するように、『経済行為(自然の摂理に立脚)』と『利他主義(抽象的価値観)』は、矛盾したものとして受け入れる必要が生じます。

『リンカーン』は、個人的な心情としては『奴隷制度反対』の強い信念を保有している一方、政治家としては、『奴隷制度維持もやむを得ない』と考えていたらしいことを知って、梅爺は『リンカーン』に親近感を感じました。

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2010年12月12日 (日)

南北戦争(2)

私達は、『奴隷制度』は『良くないことだ』と考えています。人間は人種などとは無関係に、『一人の人間として尊厳をもって扱われる権利を有する』という、『価値観』を受け入れているからです。たしかに、地球上からは『奴隷制度』は姿を消しましたが、『奴隷』とは呼ばれないだけで、『一人の人間として尊厳をもって扱われていない人達』は、現在でも地球上には沢山いることを考えると、基本的な問題を、未だ人類は解決していないことに気づきます。『奴隷制度』は、根本問題ではなく、皮相な現象であり、これが無くなったから『メデタシ、ネデタシ』では済まされません。

何故、人間が『他人を奴隷のように扱う』ことから脱することができないかは、人間も生物の一種で、『強者が弱者を支配する』という自然の摂理の中で生きているからではないでしょうか。『人間は誰もが平等』などという価値観は、人間が近世になって理性で考え出した価値観であり、自然の摂理を覆すほどの力が無いと見ることもできます。自然の摂理と、人間の理性が作り出した価値観が矛盾することは、他にも沢山ありますが、これも深刻な一例のように感じます。

梅爺は、『奴隷制度』を肯定するためにこのようなことを書いているわけではありません。個人的には、『人間は誰も尊厳をもって扱われるべき』という価値観を優先していますが、世の中の人間は全て梅爺と同じとは限らず、『自分は、弱者を利用しても強者でありたい』という、自然の摂理を優先する人が絶えない限り、『奴隷のように扱われる人達』が姿を消すことはありません。『帝国主義』や『植民地主義』などを挙げるまでも無く、現に今でも、『グローバライゼーション』などという美名の下に、途上国の安い労働コストを利用して、私達先進国の人達は、『労せず、裕福な生活を享受している』のではないでしょうか。

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2010年12月11日 (土)

南北戦争(1)

2009年5月に、アメリカ、アトランタ郊外に当時住んでいた息子一家(現在は日本へ帰国)を訪ねたときに、丁度、アメリカの『戦没者慰霊の日』に遭遇し、道路沿いに、兵士として戦い、亡くなった人の名前、戦争名、戦死年月などをかいた札が並べて立てられ、花などが飾ってありました。

多くは、イラク侵攻戦争、湾岸戦争、ベトナム戦争、朝鮮戦争、太平洋戦争など、記憶に新しい戦争名が書いてありましたが、中に150年前の『南北戦争(Civil War)』というのもあり、息子は驚いていました。戦争体験のない息子には、『南北戦争』は、異国の遠い昔の話と感じていたからなのでしょう。アトランタ郊外ですから、この戦死者は、多分南軍の兵士であったと思われます。

『南北戦争』は、日本で言えば、徳川時代最後の頃の『戊辰戦争』と言った時代の話ですので、多くの日本人にとっては、確かに異国の遠い昔の話と感ずるのは無理からぬことです。アメリカが南北の州に分かれ、『奴隷解放』を巡って争った戦争で、リンカーン大統領の北軍が勝利した、という程度の理解が大半ではないでしょうか。梅爺もその程度の認識でした。

NHKテレビで、『リンカーン暗殺の真実』を紹介するドキュメンタリー番組があり、梅爺はこれを録画して観て、少しばかり『南北戦争』の背景事情の知識が増え、今までと異なった視点で『南北戦争』が理解できたように感じました。

特に、『リンカーン』という人物への興味がわき、オバマ大統領が、何故『リンカーン』を引用するのかということも、なんとなく分かるような気がしてきました。アメリカ人は『リンカーン』の死を『キリスト』の死にダブらせ、『国家の救世主』と見ているのではないかと思われます。つまり、少し大げさに言えば、『リンカーン』はアメリカ人にとって『神』に近い存在なのではないかということです。

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2010年12月10日 (金)

負うた子に教えられ浅瀬を渡る

上方いろはカルタの『お』、『負うた子に教えられ浅瀬を渡る』の話です。

子供の背丈では、川は渡れないと判断した親が、子供をおぶって渡り始めたところ、背中の子供が、『あっ!そっちは深いよ。こっち、こっち』と渡り易い浅瀬の場所を次々に親に教えたおかげで、無事川を渡りことができたという微笑ましい光景が目に浮かびます。

肉体的にも、人生経験でも、親は子供に勝りますから、子供に頼ることなどないと考えるのが普通ですが、こと浅瀬を見つけることに関しては、子供の能力が親に優っているという例えですから、『あいつより、オレの方が上だ』などと決めつけずに、他人の言葉や知恵を尊重しなさい、と言う教訓が込められていることになります。

吉川英治の『我以外皆我師也(我以外皆な我が師なり)』という言葉を思い出します。

『個人の処世訓』として、『負うた子に教えられ浅瀬を渡る』や『我以外皆我師也』は、ごもっともな教えですが、この『個人』が、コミュニティのリーダーとなった時は、そう単純な話ではなくなります。

個人もコミュニティも、生きていくために待ったなしの『決断』を、迫られることがあります。個人の決断がもたらす結果は、その人の責任ということで済みますが、リーダーの決断は、コミュニティに属する人たち全員の運命や命に関わりますから、責任が重大です。

リーダーが、『我以外皆我師也』などと言って、周囲の意見ばかり聞いていては、決断のタイミングを逃し、最悪の事態にもなりかねません。そうかといって、リーダーの決断が早ければ、うまくいくとも限りません。リーダーも人間ですから、マチガイがないとは言えませんが、識見や器量で勝っていれば、マチガイを起こす可能性を少なくできるというだけの話です。

識見や器量で劣っている人が、リーダーになってしまったコミュニティは、多くの場合悲劇に遭遇します。そのコミュニティの中で、総合的に識見や器量を有する人をリーダーに選べば良いということになりますが、それに適した、これはといううまい方法を私たちは未だ見つけていません。民主的な選挙があるではないかということになりますが、リーダーの資質を持った人ではなく、リーダーになりたい人だけが立候補していては、結果は期待できません。

リーダーが自分の優柔不断を弁護するために『負うた子に教えられ浅瀬を渡る』などと言い出したらお終いです。

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2010年12月 9日 (木)

我が家の老犬逝く

12月8日の正午頃、約17年半、家族の一員であった我が家の老犬『ゆうた』が亡くなりました。最後はポックリとはいかず、少々可哀そうな状態が続きましたが、人間の歳に換算すれば100歳程度ということになり、『天寿を全うした』と言えるのではないでしょうか。今は嫁いでいる娘が、まだ小学生のころにせがまれて、農家で生まれた子犬をもらいうけて飼い始めました。『血統』などとは無縁の雑種(柴犬とスピッツの混血らしい)でしたが、少なくとも家族にとっては『容姿端麗』で『利発(りはつ)』な犬でした。

P1000002 こちらの眼をみて、人間の意図を読み取ろうとしているようにみえる元気な頃の『ゆうた』

数年前から耳が遠くなり、半年くらい前から、散歩の時に後ろ足を引きずるようになりました。そのうち後ろ足の麻痺が進行して、立ち上がることが困難になり、2週間くらい前から、ほとんど起き上がれなくなりました。それでも、食欲はあり、水も元気に飲んでいましたが、1週間ほど前に容体が悪化し、食べ物を受け付けなくなり、亡くなる2~3日前からは、水も飲めない状態になりました。

子犬の頃から、庭の犬小屋で飼ってきましたので、犬小屋の中が落ち着くらしく、入りたそうにしていましたが、そうすると介護がしにくくなるために、軒下に特設の寝場所をつくって、梅爺と梅婆で、介護を続けました。夜中に弱々しい鳴き声が聞こえると、何度も起きて撫でたりさすったりすることが続き、介護する側の老人も、寝不足がちになりました。人間の場合とは比較にならないまでも、『老々介護』らしきものの一端を体験しました。

容体が悪化した時点で、『死』は見えていましたので、獣医に頼んで『安楽死』の処置をしてもらうことも、頭の隅をよぎりましたが、『情』でそれをとても決断できずに、自然の摂理の『死』の訪れをじっと待つことにしました。この2週間はとても永く感じました。

苦しまないように『安楽死』を選ぶことが『思いやり』なのか、『むごい』ことなのか、それとも自然の摂理の『死』を選ぶことが『思いやり』なのか『むごい』ことなのか、梅爺には分かりません。『ゆうた』の気持ちを勝手に推測することはできても、聴き質(ただ)すこともできません。ただ、梅爺の『情』は、『安楽死』を受け容れることができませんでした。『ゆうた』には迷惑な選択であったかもしれません。

P1000003 飼い主には『容姿端麗』な犬に見えた元気な頃の『ゆうた』

『ゆうた』の肉体や心は、死で全てが無に帰しましたが、家族の脳裏には、17年半の楽しい思い出が沢山残っています。家族は、この間どれだけ『ゆうた』に心を癒されてきたことでしょう。家族の脳裏に思い出が残る限り、『ゆうた』は存在し続けます。

『ご苦労さん。良く頑張ったね』と梅爺は声をかけ、そっと別れを告げました。

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2010年12月 8日 (水)

歴史ミステリー小説『The Moses Stone』(6)

発見された『死海の書』の中で、『カッパー・スクロール(薄い銅板の巻物)』だけが、異色であり、現在でも考古学的な論議の的になっています。他は、羊皮紙などに書かれた『神とユダヤ民族の契約』に関わる内容などですが、これだけは材質も異なり、『財宝のありか』らしいことが書いてあるからです。

この小説では、更に『シルバー・スクロール(薄い銀板の巻物)』の存在を、フィクションで加え、二つの巻物を合わせ読むと『ソロモンの財宝の秘匿場所』が分かると言う筋立てになっています。

『死海の書』は、死海のほとりのカムランで生活していた、ユダヤ教の厳しい戒律を守る一派『エッセンス』が、キリストの死の30年後に起きた『ユダヤ戦争』で、ローマ帝国軍に追い詰められ、貴重な宗教的な書物を、洞穴に隠した、というのが有力な説ですが、異論を唱える人もいて、定かではありません。発見された時に、『キリストの実在を証明する資料』になるのではと、世界中が期待しましたが、それと特定できる内容は見つかっていません。『キリストが十字架の死の3日後に蘇った』などということが本当なら、当時の人にとっては30年前の出来事ですから、誰でも知っている大ニュースで、どこかにその記述があるに違いないと多くの人が期待したのも肯けます。

この小説には、古代のユダヤ人が建設した、エルサレムやメギドの地下の水道、井戸、貯水池が登場します。高台に位置するエルサレムやメギドは、敵の攻撃には有利ですが、住人の飲み水の確保は大変です。近世になって、遠い水源から、人工的な地下水道で、同じく地下の貯水池に水を引いている遺跡が発見されました。紀元前10世紀ころ、人間は高い土木技術を持っていたことが分かります。ヨーロッパの山上にある城や修道院も、観光客には絵になりますが、住民にとっては、水の確保が大変であることは容易に想像できます。訪ねてみると、信じられないほど深い井戸が掘られていることが確認できます。

この小説では、主人公の男女が、『シルバー・スクロール』と『モーゼの石板』を苦労の末発見しますが、イスラエルの秘密警察モサドにいずれも没収されて終わります。つまり『ソロモンの財宝の行方』も、『十戒の本当の内容』も、イスラエルの国家機密として、封印されてしまうという結末です。

ストーリーそのものはさておいて、背景で扱われている歴史的な事柄は、梅爺の興味を満足させるに十分な小説でした。

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2010年12月 7日 (火)

歴史ミステリー小説『The Moses Stone』(5)

この小説は、『宝探しゲーム』の形式で、『宝』は、『モーゼの石板』と『古代ユダヤ王室の財宝(ソロモンの財宝)』です。両方とも、エルサレムがバビロニアに攻め落とされた紀元前6世紀以降、歴史の闇へ消え去ってしまっています。『エルサレムが陥落する前に、両方ともユダヤ人によってこっそり持ち出され、どこかに秘匿された』と考えるのが自然で、この小説もその前提で構成されています。日本で云えば『徳川の埋蔵金』のような話です。

『ソロモンの財宝』については、十字軍に加わった『テンプラー騎士団』が、エルサレムで手に入れたという説が、今でも囁かれています。確かに、『テンプラー騎士団』が突如、強力な財力を持つ集団になった事実背景は、はっきり分かっていません。『テンプラー騎士団』の正式名称は『キリストとソロモン神殿の貧しき戦友達』ですから、何やら思わせぶりです。『テンプラー騎士団の謎』については、前にブログに書きました。しかしこの小説では、『テンプラー騎士団』がヨーロッパへ持ち帰ったという説は採用していません。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-0229.html

この小説では、『宝の行方(隠し場所の情報)』は、代々、あるユダヤ人グループによって、こっそり受け継がれ、そのグループが、『ユダヤ戦争(キリストの死後、30年程度後に起きたローマ帝国支配に抵抗するユダヤ人の蜂起)』の時に、マサダの城砦にたてこもって、最後までローマ帝国軍隊に抵抗し、陥落の前に全員自刃して死んだグループと同一のグループであるという前提になっています。『ユダヤ戦争』『マサダの陥落』は史実ですから、これをうまく利用しています。

ただし『全員自害』では、物語になりませんから、一部の人間が、こっそりローマ帝国軍の包囲をかいくぐり逃走し、『宝の行方』を記した4枚の『陶板』(フィクション)を、秘密の場所に隠したというプロットになっています。この4枚の『陶板』を合わせて読むと、『宝の行方』がわかるという仕組みです。

物語は、この4枚の『陶板』の謎を追いかける『主人公の英国人男女』『歴史的アンティークの闇市場に関係する英国人グループ』『モロッコのマフィア・グループ』『イスラエルの秘密警察(モサド)』の4つのグループが、くんずほぐれつの大活劇を展開することで進行します。勿論、現代のイギリス、モロッコ、イスラエルが主要舞台です。

『ソロモンの財宝の隠し場所』は、『カッパー・スクロール(銅の巻物)』『シルバー・スクロール(銀の巻物)』を合わせ読むと分かると、陶板には書いてあり、『シルバー・スクロール』だけが探索の対象になります。なぜなら『カッパー・スクロール』はフィクションではなく、『死海の書』と一緒に既に見つかっていて、本当に公開されているからです。『カッパー・スクロール』は史実で、これにフィクションの『シルバー・スクロール』を組み合わせると言う、実に巧みな筋立てになっています。

『死海の書』に関する本を前に読んだことのある梅爺は、『ふんふん、お主なかなかやるのう』と作者の知識と才覚を認めながら読み進みました。

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2010年12月 6日 (月)

歴史ミステリー小説『The Moses Stone』(4)

モーゼの『十戒』は、原典では以下の内容とされています。キリスト教のプロテスタント派では、ほぼ忠実にこれを踏襲しています。

(1)神の他に、なにものをも神としてはならない。
(2)偶像を作ってはならない。
(3)神の名をみだりに唱えてはならない。
(4)安息日を守ること。
(5)父母を敬うこと。
(6)殺してはならない。
(7)姦淫してはならない。
(8)盗んではならない。
(9)隣人について偽証してはならない。
(10)隣人の家をむさぼってはならない。

ところが、キリスト教カトリック派では、これが以下のように微妙に『変更』されています。『偶像を作ってはならない』が欠落し、『隣人の妻を欲してはいけない』が付け加えられています。布教姿勢を肯定するために、『偶像を作ってはならない』は不都合であることは分かりますが、『姦淫してはならない』のほかに、何故選りに選って『隣人の妻を欲してはいけない』を重大禁止事項として付け加える必要があったのかは、興味深い話です。いずれにしても、『神の意図』が、人間側の事情で『変更』されているように、梅爺は感じます。

(1)わたしのほかに神があってはならない。
(2)あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
(3)主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
(4)あなたの父母を敬え。
(5)殺してはならない。
(6)姦淫してはならない。
(7)盗んではならない。
(8)隣人に関して偽証してはならない。
(9)隣人の妻を欲してはならない。
(10)隣人の財産を欲してはならない。

『十戒』は、『ユダヤ民族の神が、ユダヤ民族に与えた掟』であって、掟はコミュニティの中で遵守(じゅんしゅ)されるべきものという性格を持っていることを理解する必要がありそうです。モーゼの後リーダーを引き継いだヨシュアは、『約束の地カンン』を手に入れるために、カナン人の都市ジェリコ(エリコ)を攻め、大規模な殺戮と強奪を行いましたが、ユダヤの歴史では、英雄と称(たた)えられています。つまり『殺すな、盗むな』は、コミュニティの中の話で、『異教徒』『異民族』は対象ではないと都合よく排除されます。これは、現代の戦争でも同じことで、敵を多く倒した兵士は英雄になります。法は、コミュニティを前提として成立するものであることが分かります。そして、戦争に関する『国際法』も都合よく無視されたりします。

『十戒』は、『神の知恵』がなければ考え出せない深遠な内容であるとは梅爺は考えません。論理思考、抽象概念の創出、抽象概念のグルーピングが可能な『人間』ならば、この程度の内容は考えだせると推察しています。『道徳』や『倫理』も、神や仏の力を借りずに、人間が『個人の安泰』『コミュニティの安泰』を優先して考え出せるものと推測しています。

もし、本物の『十戒の石板』が見つかり、内容が明るみにでると、従来の言い伝えとの矛盾が見つかって困ることになる国家や宗教があるかもしれない、という事情が『The Moses Stone』という小説の伏線となっています。梅爺はむしろ、科学調査で、『神の手(指)で刻印された』という事実が否定されたり、石板の材質がシナイ山では採掘できないことが判明したりして、信憑性(しんぴょうせい)が疑われることになるのではないかと思います。いずれにせよ、『ある種の人たち』には、不都合な事態になる可能性があります。聖杯、聖櫃、それにキリストの遺骨などは、見つからない方がハッピーなのかもしれません。

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2010年12月 5日 (日)

歴史ミステリー小説『The Moses Stone』(3)

旧約聖書に記述されたモーゼの生涯は、現代人の目でみると、『いくらなんでも、それは』と腑に落ちないことばかりですが、『事実は小説より奇なり』と言いますから、一概に否定もできません。『エジプトから脱出する時に、海(紅海)に裂け目(海の中道)を出現させた』『シナイ山で神から十戒を授かった』などの『奇跡』は、『理』では説明できないからこそ『奇跡』なのだ、と言われればそれまでですが、エジプトを脱出してから、現在のパレスチナの地(約束の地カナン)へ到達するまで、『荒野を40年さまよった』というのも、その距離を考えると不自然ですし、約束の地を目の前にしながら、その地に足を踏み入れることを神から許されず(杖で、神の岩を2度叩いた罪で)120歳で死んだというのも、少し不自然な気がします。

エジプトに居住するユダヤ人奴隷の子として生まれながら、ファラオの娘の養子として育てられ、成人してから、ファラオへの反逆児になったという話も、『出来過ぎ』のような気がしますが、真偽の確認のしようがありません。旧約聖書には、実の父母、兄妹の名前まで記されていて、真実味に富んでいますが、エジプト側には、モーゼに相当する人物を記述した遺跡、史跡は残っていません。

モーゼがシナイ山で神から授けられた『十戒』の石板は、ユダヤ民族の宝物として、金(きん)で装飾を施した木櫃(Ark)に収められ、ソロモン王が建設したエルサレムの神殿の奥の間に安置されていたと旧約聖書は伝えています。木櫃の大きさまでも正確に記述されています。しかし、紀元前587年に、ネブカドネザル王率いるバビロニア軍によって、エルサレムや神殿が破壊、略奪されて以降、その行方に関する記述が途絶えてしまっています。民族の宝物ですから、その他の財宝ともども侵略される前に、こっそりどこかへ持ちだされ、隠されたのではないかとして、その後、現代にいたるまで、この『失われたアーク(木櫃)』や『ソロモンの財宝』は、冒険家や考古学者の探究の的になってきました。

木櫃は『バビロニア軍によって破壊された』『こっそりエチオピアへ移された』『今でもイスラエルのどこかに隠されている』『十字軍がこっそりヨーロッパへ持ち帰った(どこかに隠されている)』などの諸説が後を絶ちません。

エチオピアには、エチオピアのシバの女王とユダヤのソロモン王の間にできた息子が、エルサレムから『木櫃(アーク)』を携えて帰国したという言い伝えがあり、『木櫃』を収めたエチオピア正教(キリスト教の一派)の教会が今でも存在します。ただし、この教会は一生番人として仕える人以外は、入ることが許されておらず、『木櫃』の所在を確認することができていません。『木櫃』のレプリカにいたっては、エチオピアには多数あります。それがレプリカにせよ、何故エチオピアだけに存在するのかは不思議な話です。

『The Moses Stone』という小説では、『今でもイスラエルのどこかに隠されている』という説を採用しています。そして、それは『メギド(アルマゲドンはメギドの丘という名前から転じたもの)』の遺跡の中ということになっています。勿論、これはフィクションです。

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2010年12月 4日 (土)

歴史ミステリー小説『The Moses Stone』(2)

旧約聖書の『出エジプト記』の主人公『モーゼ』は、エジプトの奴隷であったユダヤの民を引き連れ、エジプトを脱出し(エクソダス)、神がユダヤ人に賜った約束の地『カナン(蜂蜜とミルクがしたたる土地と表現されている)』へ導いた、民族の英雄、予言者、立法者とされています。立法者と呼ばれるのは、彼がシナイ山(現在はエジプトに属する)で、『神の手』で石板に刻印された『十戒』を神から授かったとされているからです。

旧約聖書の神は、明らかに『ユダヤ民族の神』で、ユダヤ民族は『自分たちだけの一人の神』を持っている、という主張になっています。これは『ユダヤ教』の信仰の原点で、『十戒』をはじめとする旧約聖書の記述内容は、神とユダヤ民族の間の間で交わした『契約(約束事)』とされています。西欧社会で、『契約』を神聖なものとして重んずる文化は、ここから始まったのかもしれません。

『ユダヤ教』『キリストの立場と教え』『現在のキリスト教』の関係に詳しくない多くの日本人には、共通に語られる『神』という言葉が理解しにくいのではないでしょうか。

『ユダヤ教』社会で育ったキリストは、ローマ帝国支配に追従する当時のユダヤ教司祭たちの言動を快く思っていなかったとしても、基本的には『ユダヤ教の神』を『神』としていたのであろうと梅爺は推測しています。

話がややこしくなるのは、『現在のキリスト教』の基礎を築いたパウロが、『神』の概念を『ユダヤ人だけの神』から『人類全体の神』へ格上げしてしまったことにあります。こういう展開になるとは、キリストも想像していなかったのではないかと梅爺は推測しています。更にややこしいのは、『現在のキリスト教』が、『ユダヤ教』の聖典を、キリスト教の『旧約聖書』として採用していることです。初期のローマン・カトリックは、キリストを、ダビデ、ソロモンなどユダヤ人王家の血を継承する人物として権威づけるために、そしてユダヤの古い予言通りにキリストが出現したとするために、『ユダヤ教』の聖典を自分たちの『旧約聖書』として採用したにちがいありませんが、それによって同時に『矛盾』も抱え込んでしまったことになります。『矛盾』の一つは、キリスト教の神は『分け隔てなく誰をも愛してくださる神』ですが、『旧約聖書』の『神』は、『ユダヤ民族だけをエコ贔屓(ひいき)する神で、信じない者には鉄槌をくだす、愛憎を表に出す怖い神』であるように見えることです。

旧約聖書の原典は、いつごろ書かれたのか、『モーゼ』は実在の人物か、は判然としませんが、一般に旧約聖書はキリストの出現の1000年以上前に書かれたものと推測されていて、もし『モーゼ』が実在の人物であるならば、エジプトの新王国時代(BC1500年頃)の人間と推測されます。

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2010年12月 3日 (金)

歴史ミステリー小説『The Moses Stone』(1)

本屋の洋書コーナーで、『The Moses Stone』という、ペーパーバック版の歴史ミステリー小説を見つけて、梅爺は躊躇なく買いました。『モーゼの石』というのは、あの『十戒』が刻まれている聖なる石板のことに違いなく、どのようなミステリー仕立てになっているのかと期待したからです。

西欧のキリスト教文化圏の人たちにとって、『失われた聖杯(Holy Grail)』『失われた聖櫃(せいひつ:Ark)』は、好奇心がくすぶられる対象に違いありません。『聖杯』は、キリストが最後の晩餐で用いた杯、『聖櫃』は、『十戒』が刻まれた石板を収めた木製の箱のことで、多くの人たちが探し求めてきましたが未だ見つかっていません。日本人にとって『卑弥呼の墓』が、好奇心の対象であるのと似ています。

『聖杯』や『聖櫃』を小説や映画の題材にすれば、うけること間違いありませんから、この種の小説や映画は後を絶ちません。最近では、ダン・ブラウンの小説『ダヴィンチ・コード』には聖杯が登場しましたし、インディー・ジョーンズの映画には『聖櫃』が登場しました。

『聖杯』や『聖櫃』は、見つかるはずがないと梅爺は、理性では想像しながらも、この種の小説に遭遇すると、作者がどのようなもっともらしい話を、今度はでっち上げたのかを知りたくなり、つい購入してしまいます。

梅爺のような野次馬につけ込む作家は、ダン・ブラウン、スティーブ・ベリーなどアメリカ人の作家が多いので、『The Moses Stone』も、柳の下のドジョウを狙ったアメリカ人作家の小説であろうと想像しましたが、作者のジェームズ・ベッカー(James Becker)はイギリス人であることが判明しました。アメリカ文化を嘲笑するイギリス人も、金儲けのためならアメリカンスタイルも踏襲するということなのでしょうか。イギリス人の男女の主人公が、モロッコやイスラエルで、血沸き肉踊る冒険を繰り広げるというスタイルも、アメリカの小説とそっくりです。

ただ、この小説には、『ユダヤ戦争(キリストの死後、ユダヤはローマ帝国に対して反乱をおこし、徹底弾圧された)』『死海の書』『モーゼの石板』『メギド(アルマゲドンの語源となった場所)』が、重要な役割で登場しますので、梅爺の好奇心をくすぐるには、十分のものでした。『死海の書』『アルマゲドン』については、以前ブログで紹介しました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-06fa.html

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-ae0b.html

史実とフィクションをどのように組み合わせるかが、この種の小説の鍵ですが、『The Moses Stone』は、マアマア良くできているストーリーで、野次馬の好奇心には十分応えてくれるものでした。

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2010年12月 2日 (木)

『龍馬伝』終わる(2)

欧米では、優れたリーダー(政治家、経営者など)に求められる資質の一つに『ビジョナリー(ビジョンを持っている人)であること』があります。『坂本龍馬』は、この『ビジョナリー』であったと言えます。それに、見事な『行動力、実行力、説得力』を兼備していたわけですから、リーダーとしては、『鬼に金棒』ですが、得てしてこういうリーダーの周囲の人間は、わけがわからないまま奔流にのみ込まれて、必ずしも幸せとはいえません。現在多くの日本人は、政治家の『ビジョンのない右往左往』を嘆きますが、本当に『ビジョンと実行力』を兼ね備えた政治家が登場すれば、国民は『信じて従う』と言う点では楽ですが、それはそれで心の奥では戸惑うはずです。『ビジョン』が正しいという保証はないからです。

龍馬を暗殺した下手人や黒幕は、分かっていませんが、『龍馬の存在が気にいらない、自分たちにとって都合の悪い存在で、これ以上の言動は許せない』という、『自分たちの正義』を振りかざした器量の狭い人間であったことだけは、確かでしょう。器量の狭い人間が、とてつもなく器量の大きい人間を、殺してしまうという事件は、人類の歴史では後を絶ちません。殺さないもでも、無視するというようなケースは、私たちの身の回りにも沢山存在するはずです。人間は、哀しいことに自分の器量でしか相手の器量を推し量れません。

『坂本龍馬』の『ビジョン』は、自分だけの力で新しいことを発想しているというより、周囲の情報の本質を推量し、それらを組み合わせて、『自分にとって得心がいく世界』を作り上げる能力に長けていたと言えます。一見『周囲から得た情報の良いところだけをつまみ食いしている』ように見えますが、そうではありません。『情報』を自分の『知恵』に変える能力が優れているのです。当時、龍馬と同等またはそれ以上の情報に接していた人間は沢山いたはずですが、龍馬のように自分の『知恵』に変換できる人は少なかったということでしょう。龍馬が『勝海舟』を慕ったのは、自分と同じ資質を見出したからではないかと思います。

吉川英治は、『我以外皆我が師なり』と言っていますが、龍馬も、誰かれなく訪ねて、話を聴こうとします。沢山の意見を聴くことが目的ではなく、自分の『知恵(考え方の基準)』を強固にすることが目的です。人間の器量は、知識の量ではなく『知恵』の量で決まることが分かります。そして多くの『知恵』は、自ら考え抜いて獲得するものであることも分かります。今までの慣習やしきたりを足かせ手かせとせずに自由に考えることは易しいことではありませんし、更にそれを実行することは命がけの勇気を必要とします。『坂本龍馬』はそれができた、稀有な人物と言えます。

『坂本竜馬』が、『何を成し遂げたか』より、『何をどう考えて自らの行動規範(知恵)を作り上げたのか』が、梅爺の興味の対象です。

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2010年12月 1日 (水)

『龍馬伝』終わる(1)

今まで、NHKの大河ドラマを年間通して観ることがなかった梅爺ですが、今回の『龍馬伝』は、初回から最終回まで、もれなく観ました。日曜日夜のこの時間帯は、スポーツシーズンならば、野球やサッカーの実況中継を優先して観ますので、当然全て録画して、暇な時に観たということです。大容量のハードディスク装置に、ハイビジョン映像画質を損なわずに録画できる時代になったお陰で、こんなことが可能になりました。10日以上、海外旅行などで、家を留守にする時も、録画予約できるわけですから全く便利な時代になったものです。

日本の歴史に中で、『明治維新』ほど国家の基盤システムが、様変わりしたことはありません。第二次世界大戦で敗北し、国も国民も大きな犠牲を払って『民主主義』国家になった時も、様変わりですが、基盤システム変革の度合いで云えば『明治維新』の方が上ではないでしょうか。

時代の変革時には、新構想(ビジョン)をもった『英雄』『風雲児』が出現するのは世の常ですが、『変革』と『風雲児』との因果関係は簡単にきめることができません。時代が英雄を生み、英雄が時代を創ると言う両面があるからです。

『坂本龍馬』は、土佐という江戸から遠く離れた土地の、下士(下級武士)の息子として生まれながら、『世界の中の日本』という発想で将来を考える器量をもっていたわけですから、『型破りの人物』であったことはまちがいありません。当時の土佐は『田舎』ではなく、大名の所在地はどこも文化の中心地で、日本の各地に、こじんまりした文化圏が散在していた時代でした。『都市』と『田舎』の二極化は、その後の近代化で顕著になった現象です。

将軍や大名などの『体制』の上層部から『英雄』が出現したわけではなく、云わば庶民の一人が国の将来を決めるような行為を成し遂げたことや、志が実現する直前に、暗殺で非業の死を遂げたことなどが、『坂本龍馬』人気の要因になっているのではないでしょうか。日本人は、『豊臣秀吉』『坂本龍馬』といった、『我らのヒーロー』が大好きです。

残されている直筆の手紙などから、龍馬の魅力的な人柄は、推測できますが、多くの日本人は司馬遼太郎の『龍馬がいく』を読んで、『坂本龍馬』の人物像を脳裏に思い浮かべているように思います。主人公を魅力的な人物に仕立てることに関しては、作家司馬遼太郎の手腕は見事なもので、『龍馬がいく』『峠』『坂の上の雲』『翔ぶが如く』を読めば、読者は主人公の坂本龍馬、河井継之助、秋山好古、真之兄弟、西郷隆盛に感情移入して、好きになってしまいます。

実在人物を扱う歴史小説は、『事実(史実)』と『虚構』が、微妙な関係で組み合わされますので、『小説の人物像』と『実際の人物像』は必ずしも同じではありません。梅爺は、『実際の人物像』を熟知しているわけではありませんから、小説や大河ドラマにケチをつけるつもりはありませんが、あくまでも、『必ずしもこのような人物であったとは言えない』と考えながら、小説を読んだり、テレビを観たりしています。何とも可愛くない性格です。

今回の大河ドラマに登場する、坂本龍馬、岩崎弥太郎、武智半平太、岡田以蔵、後藤象二郎、山内容堂、桂小五郎、高杉晋作、西郷隆盛、勝海舟、徳川慶喜など、役割を明確にするための人物像つくり(脚本福田靖)になっていますが、『実際の人物像』とはかなり異なっているのではないかと推察しました。特に龍馬は、主演の福山雅治の容貌と演技が作り出した『龍馬』で、もし、『坂本龍馬』本人がこのドラマを観たら、『わしはこんな男ではないぜよ』と苦笑いするかもしれません。

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