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2010年11月19日 (金)

日本人のルーツ再び(2)

現代日本人の『ミトコンドリアDNA』は、20種類に分類でき、いずれもアジア各地にその先祖が分布していますので、シベリア、中国(モンゴル、チベットなどの内陸も含む)、朝鮮、東南アジアの人種の影響を受けていることになります。学術的には『大和民族』などという純粋種は存在しません。現代日本人でも、北海道と沖縄では『ミトコンドリアDNA』の分布パターンは異なっています。

『縄文人』と呼ばれている人たちの『ミトコンドリアDNA』でさえも、12種類に分類できますから、その時点でも既に、アジアの色々な人種からの影響を受けていることになります。

渡来系『弥生人』と呼ばれている人たちは、朝鮮半島経由で九州へ2300年前に渡来したと推測されています。日本に最初の現生人類が辿りついたのは、4万年位前とこれも推測されますので、『弥生人』の渡来は、比較的『最近』のことであると言えます。2300年前と言えば、ギリシャで、ソクラテス、プラトンなどが活躍していた時代です。

『弥生人』以前の日本人を総称して『縄文人』と呼び、4万年の時間軸で日本の歴史を俯瞰すれば、ほとんどが『縄文人』の時代であったことになります。しかし、最近の学術調査研究で、『縄文人』は少なくとも前述の3つの異なったルートから渡来した人々の、共存または混血共存であったことが判明しています。

17万年前にアフリカ中部で生まれ、8万年前頃に、アフリカを出て、世界へ分散していった現生人類が、東南アジア(当時氷河期で東南アジアは、スンダランドと呼ばれるまとまった陸地であった)経由で、4万年ほど前に沖縄へ到達したのが、最初ではないかと推測できます。沖縄で見つかった1.8万年前の人骨(発見された場所の地名から湊川人と呼ばれている)の特徴は、明らかに、東南アジア(スンダランド)の人たちの特徴と類似しています。オーストラリアのアボリジニも、スンダランドから渡った人たちの子孫と考えられています。現代の沖縄人の特徴も、目鼻立ちがハッキリしていることで、最初の渡来人の影響を受けていると考えれば納得できます。

この最初の渡来人は、やがて日本全土へ分散し、何らかの事情で一部が東北、北海道で、『隔離状態』となり『アイヌ』になったというのが、梅爺の推測です。沖縄の人とアイヌの人の『Gm血液型』が類似していることは、このように考えないと説明がつかないからです。

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