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2010年11月21日 (日)

日本人のルーツ再び(4)

従来『縄文人』と呼ばれていた人種は、1種類ではなく、『東南アジアから沖縄へ』『シベリアからサハリン経由で北海道へ』『朝鮮半島経由で九州へ(または山陰へ)』の少なくとも、3つの異なったルートで、異なった人種が渡ってきたことが、『ミトコンドリアDNA』の研究から判明しています。『東南アジアから沖縄へ』の人種は、残されている人骨から、オーストラリアのアボリジニに近いことも分かっていて、このルートの渡来がもっとも古そうな気がしますが、3つのルートの渡来順序は、必ずしも確定できていません。

ただ、北海道に残されている石器の材質や形状から、シベリアの文化と共通していることが、九州に残されている石器の材質や形状から、朝鮮半島の文化と共通していることは分かっていますので、『異なった人種』が渡来したことだけは間違いなさそうです。

シベリアから渡来した人種は、氷河期で大陸とサハリン、北海道が地続きであったころに、獲物のマンモスなどを追って日本へ到達したものと思われます。一方朝鮮半島からの渡来は、氷河期に日本と朝鮮半島は地続きではなかったものの、海面は今よりもずっと低く、海峡は狭かったために、渡り易かったものと想像できます。

これら3ルートから渡来した、日本人の先祖が、どのように融合していったのかは、まだ分かっていません。ただ、現代の日本人の中に、これらの先祖の血が確実に受け継がれていることを『ミトコンドリアDNA』の研究は示しています。

『卑弥呼』などというと、太古の人のように思いますが、たった1700年前の人で、日本には、それよりはるか古い数万年前から、日本人(の祖先)は、既に住んでいたことになります。考古学は、今後も色々な『事実』を明らかにして、私たちを驚かせてくれることでしょう。

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