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2010年11月30日 (火)

アガサ・クリスティ(4)

『アガサ・クリスティ』とほぼ同時代に、アメリカでは『ヴァン・ダイン』が出現し、その少し後に『エラリー・クイーン』が続いて、『本格探偵小説』は、最盛期を迎えました。『探偵小説』は、作者と読者の知恵の競い合いで、作者は、あの手この手で読者を騙そうとします。しかし、当然ながらこの『騙しあい』には、暗黙のルールがあって、それを破った作品は邪道とされました。たとえば、容疑者に完全なアリバイがあると思わせておいて、小説の最後のあたりで、容疑者には双子で共犯者の兄弟がいることが判明するなどというプロットは、『ルール違反』となります。勿論、探偵自身が犯人というのも『ルール違反』です。

『アガサ・クリスティ』は、この『ルール違反』ギリギリのところに挑戦したことでも有名です。『アクロイド殺人事件』では、物語の一人称の語り手が『犯人』で、当時賛否両論が巻き起こりました。『アガサ・クリスティ』自身は、『読者を騙したわけではなく、注意深く読めば論理的に分かるような表現ができていることに満足している』と述べています。『オリエント急行殺人事件』では、探偵と被害者を除く、一見他人同士のはずの全ての主要乗客が、『全員共犯者』であるという、突飛なプロットになっています。

登場人物が多く、過去に複雑な登場人物同士の絡み合いがあるという『設定』が『アガサ・クリスティ』の小説の特徴です。こういう『理屈っぽい背景』を執拗に創造するのは、常人には『頭が痛くなる作業』で、途中で放棄したくなるものですが、『アガサ・クリスティ』は、むしろそれを楽しんでいたように見えます。『パズルのような込み入った構成』を創造して楽しむと言う性格は、男性に多いものですが、『アガサ・クリスティ』はその点男勝りです。

少女時代、『風変わりな考え方』の母親が、『アガサ・クリスティ』を学校へ通わさせずに、家庭内で教育したために、一人で仮想の友達を思い浮かべ、物語や会話を創造していたことが、後に作家となるための母体になっていると言われていますが、生まれつき『空想を好む』『理屈を好む』性格であったのではないかと梅爺は推測しています。

一人の作家が、質の良い『本格長編探偵小説』を産み出すのは、6作品程度が限界と言われていますが、『アガサ・クリスティ』は、長編66作品、短編156作品を残していますから、まさしく驚異的です。この他にも、戯曲や、別のペンネームで書いたロマン小説もあります。『アガサ・クリスティ』の真髄は、むしろロマン小説の方にあるという方もおられますが、梅爺は読んだことがありませんので、感想を述べることができません。

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2010年11月29日 (月)

アガサ・クリスティ(3)

『推理小説』『探偵小説』というジャンルは、19世紀の末期にイギリスの『アーサー・コナン・ドイル』によって確立したと言えるでしょう。主人公の探偵『シャーロック・ホームズ』の名前は著者の名前より有名で、世界中に知れ渡っています。『アーサー・コナン・ドイル』については、『アーサーとジョージ(Arthur & George)』という小説を読んだ時にブログで紹介しました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/arthur-george-8.html

人間は生物進化の過程で、脳の高度な『推論能力』を獲得しました。因果関係を予測する、近未来を予測するという能力は、『種の生き残り』に重要な要素であるからと考えられます。こう考えること自体が『推論』です。しかし、何故人間だけが高度な『推論能力』を獲得したのかは、依然謎のままです。それでも科学者は『神が人間を特別に愛しているから』と言う理由は排除しようとします。

『推論能力』は人間の本能ですから、誰もが持ち合わせていますが、非常に込み入った内容になると、『考えても頭が痛くなるだけ』と多くの人は『推論する(考える)』ことを放棄します。『数学者』や『哲学者』は、少々のことではへこたれない優れた『推論能力』の持ち主と言えます。梅爺は、結構しつこく物事の本質を『考えよう』とする性格であることは自覚しています。『梅爺閑話』を読めば、それは歴然ですが、こればかりはDNAのなせる業で変えようがありません。この性格ゆえに梅爺は人生で、得も損もしてきました。

そういう梅爺ですから、何故『推理小説』というジャンルが、イギリスで花開いたのかということに、深い興味を抱きます。『理屈っぽい』という点では、ドイツ人やユダヤ人の方が、イギリス人に優っていると考えられているのに、どうして、ドイツやユダヤで『推理小説』が開花しなかったのだろうかという疑問です。ドイツ人やユダヤ人は生真面目(きまじめ)で、『遊び心』を重視しないからとも考えられますがどうもピンときません。

『推理小説』は、込み入った因果関係が解き明かされるという楽しみの他に、ものごとを異なった視点で観ると、異なった事実が浮かび上がるということに驚くと言う側面があります。『異なった視点で観る』ことは、『批判的に観る』ということにつながります。イギリス人は、『理屈っぽい』というより、『物事を多面的に観る、批判的に観る』という『批判精神』が旺盛で、これが『推理小説好き』につながっているのではないかと思います。『批判精神』が強い人種は、国家が一枚岩になり難い欠点があると同時に、ヒトラーのような独裁者の出現をゆるさないという長所があります。どちらかと言えば、『批判精神』が強いということは健全なのではないでしょうか。

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2010年11月28日 (日)

アガサ・クリスティ(2)

男は『理』が好き、女は『情』が好き、というのは一般論で、『理』が大好きな女性がいても、『情』のかたまりのような男性がいてもおかしくはありません。アガサ・クリスティが登場する以前は、探偵小説は、『理』を好むコナン・ドイルのような男性作家が書くものと考えられていましたので、女性作家の登場は驚きをもって迎えられ、『ミステリィ・クイーン』と呼ばれました。最近では、推理小説を書く女性作家も増えてきましたが、当時は大変珍しかったにちがいありません。

アガサ・クリスティの探偵小説の特徴は、列車、客船、離れ小島といったような『密室のような舞台』に、最初は偶然に居合わせたように見える多くの人物(多くの場合10人以上)が登場し、やがて、殺人事件がおきて、登場人物の間に、いわくありげな過去の関係が存在することが次々に明るみに出てくるというパターンです。登場人物には、全て誰が『犯人』であってもおかしくない『動機』があるにもかかわらず、一見アリバイがあって、読者を大いに悩ませるという設定になっています。

しかし、これまた偶然その『密室のような舞台』に居合わせた名探偵(ミス・マープルやエルキュール・ポワロ)が、最後に、全員を一堂に集めて、謎解きを行い、一番犯人らしくない人物が『犯人』であることが判明するという段取りになっています。そして更に、『犯人』は、自分の罪を認めて、自ら命を絶つという設定が多いのも特徴です。法の裁きより、『自らの罪は、自らで償う』ことが、せめてもの『罪滅ぼし』という価値観をアガサ・クリスティを始め、当時のイギリス人は持っていたからではないでしょうか。

10人以上の登場人物が、複雑に絡み合うわけですから、読者は登場人物の名前を覚えるだけでも大変で、気合をいれて読んでいないと、途中で頭が混乱してしまいそうになります。特に記憶力が怪しくなっている老人には荷の重い内容で、従ってよほど『探偵小説』好きの人間しか読まないのだろうと想像してしまいますが、英国では、聖書、シェークスピアについで多く読まれる作家がアガサ・クリスティであると言われています。英国人は、日本人の想像をはるかに超えた『理』を好む人種なのかもしれません。

当時の『探偵小説』は、作家も読者も、これは小説の形式をとった『パズル・ゲーム』であると認めていたわけですから、『密室のような舞台に、過去に絡み合った関係がある多数の人間と名探偵が偶然居合わせて事件が起きる』などという設定は不自然であるなどと言ってみても始まりません。アガサ・クリスティも不自然さをできるだけ打ち消そうと、色々な『理屈』を提示していますが、少々『屁理屈』のそしりは免れません。古典的な『探偵小説』は、大人のための『パズル・ゲーム』であって、読者も、それを承知して、むしろ騙されることを期待して読むのが正しい読書姿勢なのではないでしょうか。

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2010年11月27日 (土)

アガサ・クリスティ(1)

梅爺は30歳代の頃、外国の『探偵小説』を読み漁(あさ)ったことがありました。当時、早川書房、創元社から、ペーパーバック形式、文庫本形式の『探偵小説』全集が発刊されていて、これを片っ端から購入し、通勤電車の中などで、読んでいました。その当時は、英語の本を読む習慣はありませんでしたので、翻訳本に夢中になっていたということです。そして古典的な『物理的トリック』『心理的トリック』といった『トリック・パターン』は、一応習熟しているつもりになっていました。

その頃の梅爺は、今考えると『思い上がった生意気な奴』でしたので、『この程度のストーリィなら、俺でも書ける。40歳になったら探偵小説を書いてみよう』と夢見たりしていました。コンピュータの仕事をしていましたので、専門知識を活かして『コンピュータ殺人事件』などという、『どう考えてもコンピュータしか犯人がいない』というような突飛なプロットの構想を考えたりもしていました。デビューするためのペンネームや、登場する探偵や刑事の名前も、あれこれと考えていたような記憶があります。

30歳代の梅爺は、今よりも、もっともっと『理屈屋』でしたので、ヴァン・ダインの作品に登場する『ファイロ・バンス』のような、やたらと博識・雑学をひけらかす衒(げん)学的(Pedantic)な探偵に魅力を感じていました。古典的な探偵小説に共通する特徴は、『現実味(Reality)』よりも、大人のためのパズル・ゲームといった『込み入った設定(Intrigued Situation)』を優先することです。したがって、パズルとして割り切って楽しめる人でないと『そんな不自然な状況は、現実にはありえない』と、不自然の方が目立って忌避する気持ちが強まってしまいます。

『ハード・ボイルド』『法廷もの』『警察もの』と呼ばれるジャンルは、むしろ『現実味』を重視したもので、その後『社会派小説』と呼ばれるジャンルも登場します。日本人は、パズル・ゲームのように理屈一辺倒の込み入ったストーリィはあまり好まず、権力者の悪事を暴くと言った『社会派小説』を好みます。松本清張などは、これに便乗した作家ですが、ミステリィとするために挿入したトリックの部分だけが突然『現実味』を欠いた不自然なものになる傾向が強く、梅爺は馴染めませんでした。『現実味』を追求した小説の中に、不自然な『偶然の出会いや組み合わせ』などが頻出すると、『おいおい、それはないだろう』と言いたくなるからです。

込み入ったパズル・ゲームを『理』で解明するという習性は、『科学者』や『数学者』にも共通するもので、女性よりも男性の方が、この習性が強いといえるのではないでしょうか。ギリシャ文明を継承する西欧は、『理』で物事を解明することへの興味が強く、日本は、むしろ込み入った『情』の世界を好む傾向が強いように梅爺は感じています。『シャーロック・ホームズ』がイギリスでデビューしたのは偶然ではないような気がします。

今年は、そのイギリスが生んだ天才的女性探偵小説作家『アガサ・クリスティ』の生誕120年にあたるというので、NHKBS放送で、映画化された彼女の作品が集中的に放映され、梅爺は久しぶりに『アガサ・クリスティ』の世界を録画して楽しみました。

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2010年11月26日 (金)

横浜フォーラム『梅爺の知的冒険譚』

11月24日の夕刻、毎月開催される気のあった仲間の会合『横浜フォーラム』で、梅爺が講師を務め、『梅爺の知的冒険譚』という、タイトルだけみると、何やら思わせぶりの感がある講演を行いました。梅爺の大学時代の合唱仲間のMさんが主宰する『横浜フォーラム』については、以前ブログで何度か紹介したことがあります。『横浜フォーラム』で梅爺が講演するのは、9年ぶりのことでした。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_66c0.html

今回は、ほぼ4年間継続して書き続けてきた『梅爺閑話』の舞台裏と、これで梅爺が得たものを、パワーポイントで作成した資料(スライド40枚ほど)を用いて紹介しました。

元々『梅爺閑話』は、仕事の現役時代の専門分野『IT(情報処理技術)』にまつわる話題を紹介して、すぐにネタが尽き、『三日坊主』で終わってしまいそうだと懸念しながら書き始めたものですが、ふたを開けてみると、『IT』はそっちのけで、やれ『自然の摂理(宇宙、生命、生物進化)』、やれ『神様』、やれ『人間の脳、精神世界』と、梅爺が摩訶不思議と感ずる世界へ、興味の対象が移ってしまい、いずれも単純に律することが困難で、誰もが納得する『知識』としては説明ができていない世界ですから、梅爺が拙い能力を振り絞って『ああではないか、こうではないか』と勝手な憶測を際限なく展開することになりました。自分の知っている『専門知識』ではなく、世の中の事象の裏側に存在する本質について、自分の『考え』を述べるわけですから、恥をかくことはあっても、ネタは尽きそうにありません。この『私的な思考プロセス』を、カッコよく『知的冒険』と表現したまでです。

話す前から、このような珍妙な話の内容は、うけないだろうと予測していましたが、20人の参加者の半分くらいの方が、当惑しながら興味を示してくださり、半分くらいの方は、当惑したままの様子と拝見しました。最後に主宰者のMさんが、『横浜フォーラム始まって以来の形而上学的な話』と締めくくってくださり、またYさんからは、『あなたは現代の兼好法師(徒然草の著者)ですね』と評していただきました。いずれも的を射ています。

この種の話に、日本人が当惑するのは、学校教育で、『知識を客観的事実として取得し記憶すること』『教えられたルールに従って考えること(答えをだすこと)』を重視する習慣に慣れてしまっていて、『自分で自分なりの思考ルールを考え出して、自分なりにものごとの本質を理解しようとする』行為に不慣れなためではないかと思います。せっかく与えられた脳の機能をフルに活用しないのは惜しいように梅爺は感じます。『親鸞』『道元』などの優れた『形而上学的思考者』を輩出したことからもわかるように、日本人がこの分野に元々不慣れなわけではないように思います。

『客観的事実として教えてもらえること』などは、世の中にそう多くは存在せず、大半は、誰にとっても周囲は『摩訶不思議なこと』だらけですから、たとえ客観的に間違うことがあったとしても、自分なりに本質を推測すること(知的冒険)は、『生きている実感を伴う楽しいこと』と梅爺は考えています。ただ自分の考えを『正しい』として、他人にまで強要するのは、慎むべきことです。

『理屈っぽくて読んでいて頭が痛くなる』『表現が難解で面白くない』と、『梅爺閑話』は評されることが多いのですが、それでも、健康が許す限り、今のままのスタイルで『知的冒険』を続けたいと思っています。日本に、一人くらいこのような変わった爺さんがいてもいいだろうと、すっかり居直ってしまっています。

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2010年11月25日 (木)

健やかに生きる(4)

幼児が『愛情』を体験しないで育つ可能性が増えるのと同時に、成人となった大人も、周囲の人たちとの『絆』を維持できない社会的な風潮が強まり、『ひきこもり人間』や、時には『無差別殺人に走る人間』が出現するという、昔は存在しなかった社会へ日本は変わりつつあります。若い男性に『草食系人間』が増えているなどという現象は、面白おかしく笑いの対象にしては済まされない事態なのではないでしょうか。周囲の家族や友人が次々に亡くなって、老人が徐々に孤独な環境に追いやられるのは、ある程度しかたのない話ですが、若い人が『絆の喪失』に悩む世の中は、健全とは言えません。

『経済至上の拝金主義』がはびこり、『思いやり』などの人徳が軽視される社会になったことが原因ですが、敗戦後の日本が、世界の中で再度復興するために、選ばざるを得なかった道のりでもありますので、ただ『経済至上の拝金主義』はけしからん、政治家は何とかせよ、と怒鳴って見ても、解決法は見つかりません。現状を直視した上で、今後日本をどうしていくかが、現在の日本人に課せられている課題です。

『絆の喪失』は、『不安』『恐怖』を呼び起こし、やがて『自暴自棄』『周囲への不信、恨み』などへつながっていきます。原点は本能に近い『情』が関与していますから、『もっとしっかりしろ』『頑張れ』といった『理』で説得しても効果がありません。日本はこんな国ではなかった。昔の若者は、こんなではなかった。しっかりしてもらわなければ困るというような論評は、誰もが思いつきますが、本質に迫る議論ではありません。

人間の死に由来する『絆の喪失』は、いかんともしがたいものですが、生きている人間同士の『絆』の維持は、『金持ちになって裕福になる』ことよりも『絆』の維持の方が幸せにつながるという価値観が優先しないかぎり実現しません。『絆の喪失』と感ずるレベルも個人によって異なりますので、価値観の復興は容易な話ではありません。

失った『絆』の代替に、『神や仏との絆』を求めると言う人間の行動は、『心の安らぎ(安泰)』が得られるという点で、『理』にかなっています。『神の正義』をふりかざしたり、願望や欲望をかなえてもらうために神を利用しようという行動には、梅爺は同意しかねますが、個人が『心の安らぎ』を得るために信仰をもつことは意味があると考えています。殺伐とした世の中を変えるために、『信仰』が必要であるという主張に異論はありませんが、『信仰』を全員に強いることはできないとすると、『信仰』だけでは解決になりません。

人間にとって『健やかに生きる』ということは、並大抵なことではないことが分かります。

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2010年11月24日 (水)

健やかに生きる(3)

人間が求める『安泰』には、肉体的に安全が確保される物理的な環境と、精神的な『心の安らぎ』とがあります。肉体的な安全が確保されていれば、ある種の『心の安らぎ』は得られるという両者の相関関係はありますが、肉体的な安全を脅かす要因が無くても、人間は『心の安らぎ』を失うことがあります。そして、その原因の一つが『絆の喪失』です。

何度もブログに書いてきたように、人間は進化の過程で『群をなして生きる』習性を遺伝子情報として受け継いでおり、このため人間が生きるためには『絆』が重要な役割を果たすようになったのであろうと梅爺は推測しています。

迷子の子供が、不安と恐怖で泣き叫ぶのは、その端的な証拠のように思います。親が自分の子供を愛情をこめて育てるのは、味気ない言い方をお許しいただければ、『種の存続』のために、本能として受け継がれている習性がその根源にあるということになります。人間以外の動物にも、この習性は見られます。梅爺は、『親の愛情は味気ないものだ』と言っているのではありません。人間の生き方の中で重要な価値を持つことは承知しています。『親の愛情』という抽象概念を人間が創りだした背景には、自然の摂理が関与していると推測しているだけのことです。

それでは『子育てを放棄し、子供を死に追いやる親』が増えているように見える社会現象はどう説明すればよいのでしょう。これらの人間は、本能を持たない欠陥人間なのでしょうか。梅爺はそうではないと推測しています。これらのひどい親は、『子供を愛情を持って育てる』という本能より、『自分本位に生きる』という別の本能に由来する欲望が相対的に勝っているのではないかと思います。普通の親も、『自分本位に生きたい』という欲望を持っていますが、それを抑制して『自分を犠牲にしても子供を大切にする』という生き方を『選択』しているのではないでしょうか。人間は多くの異なった欲望を本能として保有しており、どれを優先するかは、実はきわどい『選択』をしながら、綱渡りをしているように思えます。『子育てを放棄した親』は、『愛情の価値』を知らずに育った人間で、『愛情』が選択の強い要因として働いていないように見えます。『鬼のような親は怪しからん』『もっと道徳教育を強化すべきだ』と怒ったり叫んだりしても、本質的な問題解決にはなりません。

幼児期に、『愛情』を肌身に感じて体験した人は、『愛情』の重みを無視しない大人になる可能性が高いことは明白です。梅爺は、学校教育の充実もさることながら、幼児期の情操教育を義務化する制度を日本が世界に先駆けて実現すべきと望んでいます。従来日本では、大家族の中で両親、祖父母、兄妹が幼児に『愛情』を注げる環境でしたが、核家族になった現在では、それが期待できなくなっていますので、社会のしくみとして導入すべきであるという考えです。『理』の勉強は学校教育で実現できますが、『情』の基礎訓練は、3歳程度までにしないと手遅れになります。『情』に関わる脳神経細胞のネットワークがこの年齢まででほぼ確立してしまうからです。

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2010年11月23日 (火)

健やかに生きる(2)

『健やかに生きる』ためには、肉体的には『安泰』な環境に身を置くことが必要条件になります。危険が少ない環境、不快でない環境を自ら作り出そうとしたり、それを求めて移動したりします。『移動する』『移動しない』の選択で、生物は進化の過程で『動物』と『植物』に分かれたものと考えられます。動物は『移動する』ためには、エネルギーを多く必要としたり、細やかな動きの制御を必要としたりしますので、消化器系、循環器系、筋肉系、神経系をやがて獲得し、総合制御の中枢として脳を獲得したのでしょう。動物は多大なエネルギーを作りだすために酸素呼吸を選択し、比較的低エネルギーで生命維持が可能な植物は、光合成をエネルギー獲得の手段とししたものと推定できます。植物に『脳』にあたる機能が無いのは、それを必要としない進化のプロセスをたどったからなのでしょう。脳の進化のレベルが高い『人間』は、動物のなかでは特別の存在のように見えますが、基本的には他の動物と、生きるための仕組みは同じです。

『安泰』を脅かすものには、脳は本能で、『惧(おそ)れ』『不安』を感ずるようにできています。これに関しても人間は動物と基本的には同じです。我が家の犬は、雷鳴がとどろくとあわてて犬小屋へ退避します。『安泰』への対応は、『闘う』『耐える』『逃げる』の選択しかありません。選択の失敗は、すなわち『死』につながる可能性を秘めています。人間は、いまでこそ地球上で最も優位に振舞う動物になっていますが、大昔は、他の動物の『餌食』になる恐怖に怯えながら、それでも何とかその環境での『安泰』を見出そうとしていたものと想像できます。先史時代の洞窟に人間が残した壁画には、多くの動物が描かれていますが、お遊びや暇つぶしに描いたのではなく、『生きるために対決する相手』『恐ろしい相手(神の化身)』として描いたものと思われます。私たちは、現代人の感覚で昔の人間のことを、つい考えてしまいがちです。同じように、日本人の価値観で、世界の人たちも同じであろうと考えたりしがちです。

脳の機能が高度に発達した『人間』は、推論能力を獲得し、推測した仮想の状況や、抽象概念も『安泰』を脅かす要因と感ずるようになります。『永くは生きられないかもしれな』『周囲から嫌われているかもしれない』『敵が攻めてきて殺されるかもしれない』と思いこんだり、『悪魔』や『邪悪』が自分を支配するかもしれないと悩んだりします。このことが、人間や人間社会をやっかいなものにしています。

推論能力や、不安、恐怖を感ずる程度は、個人によって大きな差があり、これが人間社会を複雑にする大きな要因になっています。少なくとも精神的な話に限定すれば、『健やかに生きる』とはこういうことだと、誰にも通用する話として単純に論ずることは難しいことが分かります。ある人には不快な環境が、違う人には快適であるというような極端な差さえ生ずることにがあるからです。

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2010年11月22日 (月)

健やかに生きる(1)

若いころ、人は『健やかに生きる』意義などを深く考えたりしません。『生きている』ことは当たり前のことであり、『人は誰もがやがて死ぬ』ということは、『理』で理解していても、自分には遠い先の話であると感じているからです。可能性を秘めた無限に近い永さの未来が自分にはあると感ずることは、若さの特権です。

しかし、若い人にも病魔が襲いかかることがあり、初めて『生きている』ことは当たり前ではないことを思い知らされると、バラ色の未来が一瞬に消え去るような、言いようのない不安にとらわれます。病魔でなくても、戦場へ兵士として駆り出されるような事態を強いられれば、同じことが起こります。若さの特権を、人為的に奪う戦争が、いかに罪深い行為であるかが分かります。

若さの特権は大いに尊重されるべきもの、という考え方に梅爺は異論がなく、若い人のバラ色の未来に水を差すつもりはありませんが、現実は、『生きている』ことは、当たり前ではありません。老人は、いやでも当たり前ではない事態に遭遇しますから、それを実感するようになるというだけの話です。

肉体的に、生命が維持されていれば、『健やか』かというと、そうとばかりは言えないところが、人間という生物の厄介なところです。肉体的、精神的の両面で『健やかさ』が保たれていて、人ははじめて『健やかに生きている』といえるからです。

肉体的な『健やかさ』は、60兆個と言われる人間を構成する全ての細胞が、正常に機能しているということで、味気ない言い方をすれば、各細胞は遺伝子で受け継がれた指令に従って、周囲と動的平衡を維持するための、物理的、化学的反応を繰り返していることが『健やかさ』の根源になっています。このレベルの話では、他の生物(動物、植物)と人間は変わるところがありません。

更に、人間は精神的な『健やかさ』も生きるために重要な要因であることは、容易に推測できますが、精神的な『健やかさ』とは何かということになると、肉体的な『健やかさ』のようには単純に説明できないことがわかります。脳がこれに関与していることは間違いありませんが、140億個の脳神経細胞が、細胞として機能しているだけでは、『健やか』とは言えないからです。脳が全体として『健やか』に保たれているとはどういうことなのかは、必ずしも科学的に解明されているわけではありません。

肉体的、精神的な『健やかさ』は、独立したものではなく、相互に影響することは、病気の時は気持ちが落ち込むという自分の体験からもわかります。逆に『病は気から』というように、精神の不安定が肉体の健やかさを脅かす原因にもなります。

老人にとって、『健やかに生き続ける』ことは容易なことではありません。特に精神的な『健やかさ』を維持することが問題になります。周囲の人たちの気遣いで、受け身に『健やかさ』を保てるという面もありますが、自らの努力で『健やかさ』を能動的に実現することが最も重要なことと言えそうです。自分で精神的な『健やかさ』を作り出せる人と、そうでない人では、同じ老人といっても、人間としての魅力に大きな違いが生ずるのではないでしょうか。

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2010年11月21日 (日)

日本人のルーツ再び(4)

従来『縄文人』と呼ばれていた人種は、1種類ではなく、『東南アジアから沖縄へ』『シベリアからサハリン経由で北海道へ』『朝鮮半島経由で九州へ(または山陰へ)』の少なくとも、3つの異なったルートで、異なった人種が渡ってきたことが、『ミトコンドリアDNA』の研究から判明しています。『東南アジアから沖縄へ』の人種は、残されている人骨から、オーストラリアのアボリジニに近いことも分かっていて、このルートの渡来がもっとも古そうな気がしますが、3つのルートの渡来順序は、必ずしも確定できていません。

ただ、北海道に残されている石器の材質や形状から、シベリアの文化と共通していることが、九州に残されている石器の材質や形状から、朝鮮半島の文化と共通していることは分かっていますので、『異なった人種』が渡来したことだけは間違いなさそうです。

シベリアから渡来した人種は、氷河期で大陸とサハリン、北海道が地続きであったころに、獲物のマンモスなどを追って日本へ到達したものと思われます。一方朝鮮半島からの渡来は、氷河期に日本と朝鮮半島は地続きではなかったものの、海面は今よりもずっと低く、海峡は狭かったために、渡り易かったものと想像できます。

これら3ルートから渡来した、日本人の先祖が、どのように融合していったのかは、まだ分かっていません。ただ、現代の日本人の中に、これらの先祖の血が確実に受け継がれていることを『ミトコンドリアDNA』の研究は示しています。

『卑弥呼』などというと、太古の人のように思いますが、たった1700年前の人で、日本には、それよりはるか古い数万年前から、日本人(の祖先)は、既に住んでいたことになります。考古学は、今後も色々な『事実』を明らかにして、私たちを驚かせてくれることでしょう。

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2010年11月20日 (土)

日本人のルーツ再び(3)

古代日本の生活に、大きな影響をもたらしたものに、『農耕(稲作)技術』『製鉄技術』『馬』があったのではないかと推察できます。最初に渡来した『弥生人』が、稲作技術をもたらしたとは考えられますが、『製鉄技術』や『馬』は、同時にもたらされたとは考えにくいように思えます。3世紀に中国で書かれた魏志倭人伝では、『日本には馬がいない』と記されていたり、鉄器が出土するのは、古墳時代になってからのことであるのが、そう考える根拠です。

それでは、製鉄技術や馬を伴った他の人種が渡来したのかというと、そうとは断言できないような気がします。むしろ、2300年前頃に稲作技術を持って渡来し、日本に住み着いた『弥生人』は、その後、朝鮮半島や中国と『交流』するようになり、その『交流』の中で、最初の渡来から数百年後に、製鉄技術や馬が、新しい文明、文化として日本へもたらされたと考える方が自然のように思えます。その後の『仏教』の伝来と同じような話です。

『日本人の祖先は、北方騎馬民族』とする、有名な江上波夫氏の説がありますが、新しい人種の流入と馬の流入は、別のことではないかと梅爺は推測します。ただ騎馬文化を持った少数の人たちが日本へ来て、弥生人社会で優勢を誇示し、豪族や天皇家の祖先になったという説は、可能性があるように思います。もし、そうであったとしても、その少数の人たちの血筋は、圧倒的多数の弥生人の中に溶け込んで、現在の日本人へ受け継がれているということでしょう。現在の日本人の『ミトコンドリアDNA』の35%は、弥生人からの継承という、科学が示す事実がそれを物語っています。

一方、現在の日本人の『ミトコンドリアDNA』に、10%の縄文人のそれが受け継がれているという事実は、弥生人が縄文人を完全に排除・殺戮しなかったことを示唆しています。局所的な殺戮行為はあったにしても、全体としては『融合(混血)』が行われたことを示しています。

弥生人が渡来した当時の、縄文人と弥生人の人口比率は、圧倒的に縄文人が勝っていたのが、何故逆転したのかは、『人口増加率』の差であると、考古学者は観ています。つまり、稲作文化に支えられる社会の方が、狩猟、漁業で支えられる社会より、『多くの人口を養うことができた』ということで、納得がいく話です。『人口増加率』の違いを想定して、いつ頃人口比が逆転したかも推測されています。

農耕文化に依存する社会が、その後の日本人の精神文化へもたらした影響の大きさは、申し上げるまでもありません。自然の中に『神々』を見出すアミニズムも、ここに起点がありそうな気がします。

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2010年11月19日 (金)

日本人のルーツ再び(2)

現代日本人の『ミトコンドリアDNA』は、20種類に分類でき、いずれもアジア各地にその先祖が分布していますので、シベリア、中国(モンゴル、チベットなどの内陸も含む)、朝鮮、東南アジアの人種の影響を受けていることになります。学術的には『大和民族』などという純粋種は存在しません。現代日本人でも、北海道と沖縄では『ミトコンドリアDNA』の分布パターンは異なっています。

『縄文人』と呼ばれている人たちの『ミトコンドリアDNA』でさえも、12種類に分類できますから、その時点でも既に、アジアの色々な人種からの影響を受けていることになります。

渡来系『弥生人』と呼ばれている人たちは、朝鮮半島経由で九州へ2300年前に渡来したと推測されています。日本に最初の現生人類が辿りついたのは、4万年位前とこれも推測されますので、『弥生人』の渡来は、比較的『最近』のことであると言えます。2300年前と言えば、ギリシャで、ソクラテス、プラトンなどが活躍していた時代です。

『弥生人』以前の日本人を総称して『縄文人』と呼び、4万年の時間軸で日本の歴史を俯瞰すれば、ほとんどが『縄文人』の時代であったことになります。しかし、最近の学術調査研究で、『縄文人』は少なくとも前述の3つの異なったルートから渡来した人々の、共存または混血共存であったことが判明しています。

17万年前にアフリカ中部で生まれ、8万年前頃に、アフリカを出て、世界へ分散していった現生人類が、東南アジア(当時氷河期で東南アジアは、スンダランドと呼ばれるまとまった陸地であった)経由で、4万年ほど前に沖縄へ到達したのが、最初ではないかと推測できます。沖縄で見つかった1.8万年前の人骨(発見された場所の地名から湊川人と呼ばれている)の特徴は、明らかに、東南アジア(スンダランド)の人たちの特徴と類似しています。オーストラリアのアボリジニも、スンダランドから渡った人たちの子孫と考えられています。現代の沖縄人の特徴も、目鼻立ちがハッキリしていることで、最初の渡来人の影響を受けていると考えれば納得できます。

この最初の渡来人は、やがて日本全土へ分散し、何らかの事情で一部が東北、北海道で、『隔離状態』となり『アイヌ』になったというのが、梅爺の推測です。沖縄の人とアイヌの人の『Gm血液型』が類似していることは、このように考えないと説明がつかないからです。

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2010年11月18日 (木)

日本人のルーツ再び(1)

梅爺は前に『日本人は何処から来たか』というブログを書きました。松本秀雄氏の同名の著書を読んだ時のことです。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-fab2.html

日本人なら誰でも自分のルーツには関心があるはずですが、意外なことに、明確には分かっていません。ただ現在の日本人は、単一、純粋な人種の子孫ではなく、複数の人種の『混血種』であることは、『ミトコンドリアDNA』の調査で判明しています。現在の日本人の『ミトコンドリアDNA』にはは、平均して35%『弥生人』の、10%『縄文人』の『ミトコンドリアDNA』が継承されていることが分かっています。『弥生人』の影響が最も強いことは明白ですが、『日本人=弥生人』とは言えないこともまた明白です。

『ミトコンドリア』は、細胞の中にある小器官で、生物(人間など)の細胞へエネルギー源を供給する重要な役割を負っています。『ミトコンドリア』は、もともと独立した単細胞生物であったものが、他の細胞に呑みこまれて、『ヤドカリ』のように他の細胞の中での『共生関係』見出し、寄生して今日に至っていると考えられています。『酸素呼吸』『生物進化』『生物の生殖機能』など、すべてに『ミトコンドリア』の存在が関わっていることが判明しています。

『ミトコンドリア』についても、以前ブログを書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_19d2.html

『ミトコンドリア』が独立した生物体であった名残として、『ミトコンドリア』固有のDNAを持っています。人間の場合、これは『母』から『子』へ継承されるために、祖先を科学的に追いかけるときの手掛かりになります。また『ミトコンドリアDNA』も、継承のプロセスで『突然変異』を起こすことがあり、その変容の系統図も、祖先を追いかける重要な手掛かりになります。科学者は、これらを丹念に追いかけて、『現生人類』の先祖、アダムとイヴは、17万年前のアフリカサバンナ地帯に存在していたと、結論づけました。

NHKBSハイビジョンで、『私たちはどこから来たのか』という、日本人のルーツを追いかける番組があり、録画しておいて観ました。

最近の科学調査で、『縄文人』と従来ひとくくりにしていた人種が、1種類ではなく、『東南アジアから沖縄へ』『シベリアからサハリン経由で北海道へ』『朝鮮半島から九州へ』と少なくとも、異なった3つの人種が、縄文時代に日本へ渡ってきたらしいことが判明していることを知りました。

これで、色々なことが梅爺の頭の中で整理できましたが、残念ながらこの番組では『アイヌ』に関する説明がなく、これだけは、依然『分からない』ままになっています。『シベリアからサハリン経由で北海道へ』が『アイヌ』の先祖と考えたくなりますが、松本氏の本では、『Gm型血液』でみると、宮古島の人とアイヌは類似しているということですので、そう単純ではなさそうです。

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2010年11月17日 (水)

のみといえば槌

上方いろはカルタの『の』、『のみといえば槌(つち)』の話です。

大工の棟梁が、弟子に『おい!のみ!』と言い、気転のきく弟子が『ハイ!』とこたえて、『のみと槌』を手渡す光景が脳裡に浮かびます。『一を聞いて十を知る』と同様、状況を先読みして対応しなさい、という教訓であることは容易に理解できます。この弟子は、棟梁に可愛がられ、やがて一番弟子や、独立した棟梁に出世するのも早まると言う『世俗的な役得』も勝ち取ることになるのでしょう。一方、気転の聞かない人は『ドジ!マヌケ!』と周囲から冷たく扱われます。

最近でも、『状況を先読みして対応しない』ことを『KY(空気読めない)』と称して、『あいつはKYだ』と、仲間内で嘲笑の対象になります。『状況を先読みできない』裏返しは、『自分本位で他人を配慮しない』ことですので、嫌がられるのは当然です。『KY』は『状況を先読みできない』ことと『異なった価値観を許容できない』ことが重なっていて、最悪です。

人間は『状況を先読みする能力(推論能力)』に秀でていますが、これは、人間だけの特権ではなく、動物も、獲物を狙う時に『風上から近づく』『待ち伏せする』など、『先読み能力』を保有しています。人間も動物も、『因果関係をパターンで記憶し、類似パターンの因果関係を推測する』という、脳の基本機能を保有しているのでしょう。ただし、人間の能力は図抜けています。

『のみといえば槌』と聞いて、『先読みすれば、良いんだな』と単純にすますわけにはいきません。なぜならば、因果関係が単純で『先読み』できることは、世の中には少なく、多くのことは『先読み』したくても複雑すぎてむずかしいからです。つまり『一寸先は闇』でもあります。それでも無理に『先読み』して、『早とちり』をし、痛手をこうむることもあります。

財政破たんへズルズル向かう日本は『KY』ですし、地球環境の変化に対応できずにいる世界は『KY』です。つまり、視点を変えて観れば、人間は誰もが『KY』であるということにもなります。

『理』に長けた優秀な人が『先読み』して、このままでは日本は危ない、世界は危ないと警鐘を鳴らしても、多くの凡人は、『情』で現状維持が安泰と感じて、『安泰を捨てて、試練の代償を払うのはイヤ』と対応を渋ります。これに関しては、人間は賢いとはとても言えません。

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2010年11月16日 (火)

室内楽とディナーの夕べ

11月14日の夕刻、梅爺の大学時代からの合唱仲間で畏友の青木修三さんの奥さまで、ピアニストの青木紀久子さんの室内楽演奏会があり、梅婆と出かけました。他にも、合唱仲間の何人かが聴衆に加わりました。

今回の演奏会は、浜松町のイタリアン・レストラン『サン・ミケーレ』が会場で、演奏会の後にイタリア料理のフルコースをいただくという、聴覚と味覚を同時に満足させるという贅沢な趣向でした。青木紀久子さんの室内楽を楽しむ人たちが、70人ほど、テーブルを埋めました。梅爺が仕事の現役時代は、浜松町に本社があり、20年近くも通勤して、浜松町には精通していると思っていましたが、このようなレストラン『サン・ミケール』の存在は知りませんでした。まさに『灯台もと暗し』です。

青木紀久子さんの演奏会については、前にもブログで紹介しました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_5c74.html

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-bfd9.html

Img_0001_2 青木紀久子さんの室内楽演奏会の常連聴衆にはおなじみの、ピアノ(青木紀久子さん)、チェロ(アダルベルト・スコチッチさん)、クラリネット(山本正治さん)の共演でした。手の届きそうな間近で、室内楽を聴くという体験は、梅爺も初めてで、宮廷音楽を楽しむ王様の気分でしたが、いかんせん音響効果はコンサート・ホール並みとはいえず、折角の演奏がもったいないと感じましたが、味覚も同時に満たそうという会場設定ですので、いたしかたがないことなのでしょう。

_edited2 今年は、ショパンとシューマンの没後200年ということで、演奏にはこの二人の作曲家の室内楽が選ばれました。ただし、ショパンの曲は、ピアノ曲をチェロとピアノの曲にアレンジしたもので、二つの楽器が醸し出すハーモニーは目新しいものの、固定観念が強い梅爺には、ショパンの華麗なピアノ曲は、『やはりピアノだけで聴く方が良い』と身勝手に感じました。梅爺のその気持ちをご配慮いただいたかのように、アンコールでは、青木紀久子さんが、ピアノ単独でショパンを演奏してくださいました。

青木修三、紀久子ご夫妻のご長男健太さんは、カンボジアの貧しい農村の少女たちの手に職をつけて、買春(売春)の世界に身を落とさないように支援するNPO『かものはしプロジェクト』を現地で展開しておられます。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-63e3.html

この『かものはしプロジェクト』を支援する、青木紀久子さんの室内楽チャリティ・コンサートが来年2月11日に、青山のO.A.G.ホールで開催されます。多くの方が心にとめて、参加していただけるように梅爺も願っています。

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2010年11月15日 (月)

政治経済学者ロナルド・ドーア(6)

番組の最後に、ロナルド・ドーア氏は、100年後の日本人へのメッセージを語るにあたり、次のような周恩来に関する逸話を披露されました。『フランス革命の歴史的価値をどのように評価されますか?』という問いに対して、周恩来は『未だ結論を出すにははやい』と答えたと言うのです。ドーア氏が云いたいことは、フランス革命で掲げられた『自由、平等、博愛(同胞愛)』の内、『自由』と『平等』を社会の中でどのようにバランスをとるべきかについて、フランス革命から200年経った今でも、人類は合意を見出していないということで、従ってメッセージは『どうか100年後の日本人はこの問題を解決していて欲しい』でした。

周恩来の上記の逸話は、良く出来過ぎていて、作り話であろうと想像されますが、もし本当なら、周恩来の洞察力は尊敬に値します。

私たちは、気軽に『自由』『平等』を口にしますが、人間の社会は『自由』を制限し、『平等』ではない現実を認めない限り成り立ちません。何よりも、人間は生まれた時から能力差があり、裕福な家庭に生まれるか、貧しい家庭に生まれるかでも大きな『差』が生じます。

『自由』な経済行為を認めれば、富の分配は『平等』ではなくなり、富の分配を『平等』にすれば、能力のある人たちの意欲を損ない、社会は活性化しなくなります。表現の『自由』を認めれば、他人のプライドを傷つけたり、多くの人たちが嫌悪感を持つような『不穏な社会』になりかねません。

『自由』と『平等』は、人間の基本的権利を守るために必要な抽象概念であって、この概念の適用を、他の領域にまで拡大していくと、ややこしいことになります。世の中は『何をやっても、何を云っても、何を信じてもよい』『誰もが同じように扱われる』というわけにはいかないようにできているからです。

私たちは、都合よく『自由』『平等』という言葉を悪用し過ぎているような気がします。ドーア氏は、100年後の日本人に、『自由』と『平等』の問題を乗り越えていて欲しいと語られましたが、これは一種のリップサービスで、本心では、『到底無理』と感じておられるのではないでしょうか。勿論、100年後の日本が、新しいバランスを見つけていることはありえますが、本質的に問題を乗り越えたとは言えません。梅爺も、この問題は人類にとって永遠の課題であり、解決することはないように感じます。周恩来の逸話は、実に深遠な意味を含んでいるのです。

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2010年11月14日 (日)

政治経済学者ロナルド・ドーア(5)

ドーア氏は、英米人らしい『理』による冷徹な観方で、今後の日本の国際情勢への対処方法を示唆しました。

21世紀は、米中の対決が顕著になり、地理的にも両国の狭間になる、日本と韓国が微妙な立場に置かれることになり、アメリカの核の傘の下で身を護ることが必ずしも得策とは言えない。むしろ、日本と韓国は同盟関係を強め、軍事的にも独立して、米中両国へ、自国の主張を言える体制にした方が良い。日韓協力で、核兵器の開発を検討するのも選択肢の一つかもしれないという主張です。

これを聞いて、インタビューしていたNHKのアナウンサーは、核兵器に関する予期せぬ発言に大慌てで、『日本には色々な考えの方がおられます。要は、日本の独立度を高めるべきだということですね』対応しました。『核兵器開発、核兵器保持』をNHKが支持しているわけではありませんよ、と懸命に弁明しているようで、梅爺は苦笑しました。

『インタビュー』と『対談』は異なりますので、『インタビュー』では、質問する側が自分の意見をさしはさまないようにするのが基本ルールですが、日本人を代表して質問しているという立場ですから、『唯一の核被爆国として、日本人は核兵器には最も敏感な国民です。政治的な手段として保有するという論理を、多くの日本人は感情で受け入れないでしょう』と言えば良いのではないでしょうか。相手の意見を聞きだすことが目的であって、相手の意見を『正しい』としてうけいれるかどうかは、視聴者に任せればよい話です。視聴者も、NHKが、『こういう意見の人がいる』という『事実』を放送しただけで、NHKがその意見に『加担している』かどうかは別問題である、とすれば良いだけのことです。しかし、現実は、『あのような発言内容を放送するのは怪しからん』と多くの日本人は反応するような気がします。

梅爺も、『国の独立性を強める最後の拠り所は軍事力である』という論理は、『好き』ではありません。つまり『情』が強く反発します。しかし、『軍事力』ではない手段で、たとえば経済力や文化力で国の安全や独立を保てれば良いなと思いますが、それ以上の具体的な方法を提言できないかぎり、『軍事力』という選択肢を完全には否定できません。

ドーア氏は、核兵器保有を日本に薦めているのではなく、『非核拡散条約』交渉は暗礁に乗り上げ、やがて多くの小国も核兵器を保有することになると、現実的に世界を見ています。そのような状況で、被爆国の日本が、『核兵器』を使用することを強く制約する新しい世界のしくみを提案したらどうか、とも発言しています。この文脈の中で上記の発言がありました。

世界的に著名な政治経済学者が云うことは『正しい』と鵜のみせずに、自分の考えを持つ日本人が増えることが、日本の独立性を高める第一歩ではないでしょうか。梅爺は、独立を保つための手段として軍事力だけに頼ることは賛成ではありませんが、核兵器の開発保有を認める日本人が存在するのは『怪しからん』とは思いません。ただ、どちらの意見も『リスク』を負うことだけは覚悟する必要があります。国の安全や独立は、『きれいごと』では実現できないからです。

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2010年11月13日 (土)

政治j経済学者ロナルド・ドーア(4)

ロナルド・ドーア氏は、最初から、政治経済学者になって、日本を研究対象にしようと考えていたわけではなく、『偶然、幸運にもそうなってしまった』と語っていました。第二次世界大戦中に、英国で軍が『敵国日本の言葉が話せる通訳の人材育成』を行い、これに応募して合格したドーア氏は、1年半ロンドンで日本語の勉強をし、終戦後、今度は、『英国国際問題研究所』の後ろ盾を得て、『戦後の日本の動向(共産化するかどうかなど)』を探るために、東大へ留学することになります。

ドーア氏は、『戦争成金という言葉がありますが、自分の場合は戦争成学(なりがく)です』とユーモアを交え話されました。特に目的なしに小舟に乗って海に漕ぎ出し、その時々の風の向き、潮の流れに従っていたら、やがて宝島に辿りついていた、というような話に聞こえますが、それはドーア氏の謙遜で、鋭い感性や洞察力があってのことです。

梅爺も、小学校の頃は『新聞記者か弁護士になりたい』とボンヤリ考えていましたが、気がついてみると機械工学を専攻し、会社では企業向けコンピュータシステムにかかわるビジネスに従事していました。『無定見』のそしりは免れませんが、人生とはこういうものだと思い、今でもあまり後悔はしてはいません。

ドーア氏は、日本が高度成長を遂げた時代の『日本型資本主義』の特徴を以下のように要約しています。

(1)系列による株の持ち合い構造
(2)春闘を機会に、全員が将来について同時期に議論するシステム
(3)株主ではなく従業員を優先する経営思想
(4)業界が共生を前提に競争する経営思想

確かに『持ちつ持たれつ』『なれあい』そのものが反映していますが、その分『曖昧、不透明』を許容しなければなりたたないシステムや思想であることがわかります。

その後、日本もレーガン、サッチャー時代に始まった『新資本主義』の導入が、中曽根内閣から開始され、『持ちつ持たれつ』は排除されて、英米型資本主義へ変貌していきます。その結果、経営者のマインドも、グローバル・スタンダード遵守へと変り、労働組合も弱腰になってしまいました。

米国留学から帰国した、若手官僚や企業人が、組織の上にたつようになって、その傾向が促進されたとドーア氏は分析しています。そう言えば、梅爺が退任する前に仕えた会社の社長の3人は、全て米国勤務、米国留学の体験者で、通訳無しに英語でビジネス折衝ができる方々でした。

今になって、何故日本は『持ちつ持たれつ』を手放したのかと問われても困ります。そうしなければ、世界市場で認められない環境であったからです。昔へは帰れないとしても、日本らしさを何とか保持したいと思うなら、どうしたら良いのかを考える必要に私たちは直面しています。外国との軋轢(あつれき)を我慢するか、日本の流儀が世界にも通用することを積極的に示そうとするか、のどちらかの道を選択することでになるのではないでしょうか。

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2010年11月12日 (金)

政治経済学者ロナルド・ドーア(3)

『持ちつ持たれつ』という考え方は、『思いやり』を想起させ、暖かい心を感じて、これが本来人間関係のあるべき姿と思いますが、ドーア氏の見かたは少しばかり冷徹です。『持ちつ持たれつ』は、『貧しい社会』に起因するものだと言うのです。貧しい社会では、生活スペースが狭く、行動範囲も限定されて、人間関係が密接になり、一緒に生きていくと言う感覚が醸成されやすくなるという見かたです。階級社会の英国でも、貧困層の集まる地域には、昔『持ちつ持たれつ』の感覚が存在したということでした。そう言われてみれば、江戸時代の長屋や、近世日本の農村、都会の下町などの『持ちつ持たれつ』を思い浮かべることができ、得心がいきます。

生物としての人間は、進化の大半の過程で、『身を寄せ合って』『持ちつ持たれつ』生きていくことが、生き残りの必須の条件であったわけですから、『絆』が最も大切なものであり、これを喪失することを『不安』と感じる本能を身につけ、現在までそれを継承しているのであろうと梅爺は推測しています。『孤独』は最大の『不安』『恐怖』であることは、自分自身が言葉の通じない外国で迷子になったことを思い浮かべてみれば、容易に想像できます。『孤独』を癒すために、人は『神や仏との絶対的な絆』を求めるようにもなります。宗教の本質的な意義はそこにあると梅爺は考えています。

極端に貧しい環境では、生きるために『殺す』『盗む』も辞さない状況に追い込まれますが、その一歩手前で、人間は『持ちつ持たれつ』で、一緒に生きていこうとするのではないでしょうか。『持ちつ持たれつ』は、人間だけの崇高な行為ではなく、『象の群れ』などにも、その原始的な形態が見受けられますから、生物種が生き残るための本能的な『知恵』ではないかと想像できます。

人間は裕福になると、他人に頼らず自分だけで生きていけると勘違いするようになり、他人を思いやらない傲岸な存在になりがちです。会社で、役職昇進すると、自分は偉いと勘違いして、やたらと傲岸に振舞う人間が出現するのと同じです。こういう人間がやがて『孤独』に追いやられた時には、惨めなことになりかねません。

戦後の極貧からなんとか抜け出し、日本中の大半が『中流』になった時代には、まだ『持ちつ持たれつ』の心は残っていて、同じ共同体に自分が属していると誰もが感じ、日本人は『生き生きしていた』のではないでしょうか。ほぼ同時期に、徐々に『中流』になった日本は、幸運でしたが、現在の中国のように、『上流』と『下層』の格差が短期間に拡大する社会は、極めて危険な社会的火種を抱えているように梅爺には見えます。21世紀は米中対立の時代と云われますが、それは中国が当分今のままの中国であるという前提で、これは必ずしも確かな前提とは思えません。

日本が富裕な国になったら、心が貧しい国になった、というプロセスはなんとか理解できますが、この状態を変える手立ては、今のところ判然としていません。どう振舞うかは、日本人自身がきめることで、他国に責任転嫁できません。

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2010年11月11日 (木)

政治経済学者ロナルド・ドーア(2)

『ゲマインシャッフト(共同体優先の社会)』『ゲゼルシャフト(個人主義優先社会)』などという言葉を学校で習っても、社会科学にはそういう分類(定義)があるという程度の理解で、その本質を理解するにはいたりません。日本の学校教育の問題点の一つで、得意げに話している先生も、表面的な理解にとどまっていて、本質は分かっていないからではないでしょうか。

しかし、ドーアさんの話を聞いていると、『共同体優先』『個人主義優先』は、相対する独立した概念ではなく、いかなる人間社会も、その両面を同時に保有していることに気付きます。社会システムのしくみとして、『集中管理』と『分散管理』の考え方が共存しているのと同じような話です。どちらが『正しい』『良い』とは一概に言えません。

20世紀後半の日本の経済成長を支えたものは『共同体優先』の考えが強い社会であったからという主張は間違ってはいませんが、その当時の日本社会にも『個人主義優先』の考え方が無かったわけではありません。同じく、英米の『階級社会』は、『個人主義優先』が強いことは確かですが、『共同体優先』の考え方が皆無ではありません。

もっと分かりやすい例を挙げれば、ブラジルのサッカーは『個人主義優先』の色彩が強く、日本のサッカーは『共同体優先』の色彩が強いということになります。日本チームは、監督の指示には従順で、『俺が、俺が』ということは少なく、全員が自分を犠牲にしてまで全体に貢献しようとしますが、個人の能力やアイデアで、局面を突破することも少ないと言う弱点があると言われ続けてきました。日本サッカーの最近の明るい材料は、本田や香川といった、『個』の能力で勝負できる選手が出現し始めたことです。黙っていても『共同体優先』の色彩が強い日本チームに、いかに『個人主義優先』をとりいれるかが、強くなるための課題です。

ドーアさんは、『最近の日本人は、しょげていて生き生きしていない。将来への希望を失い過ぎているように見える』と番組の中で発言していました。社会の価値観が、急速に『共同体優先』から『個人主義優先』へ移行したことに、多くの人が戸惑っているからではないでしょうか。

『世界に通用する日本』であると同時に、『日本らしい日本』でもありたいと願うなら、『共同体優先』と『個人主義優先』とのバランスを、どうするかについて、定見を持つ必要があります。現在の日本が、極端に『個人主義優先』になってしまっているというのなら、どのような具体策で『共同体優先』を取り戻すのかを考えなければなりません。

最もしたたかな対応は、対外的には『個人主義優先』で、日本国内は『共同体優先』という、使い分けをすることですが、これには、日本人一人一人が、矛盾をあわせ呑める『大人』になる必要があります。どちらが正しいか、などと白か黒かの議論しかできない青二才では対応できません。

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2010年11月10日 (水)

政治経済学者ロナルド・ドーア(1)

NHKBSハイビジョンの『100年インタビュー(100年後の日本人へ伝えたい言葉をインタビューで聴取する番組)』で、今回は、英国の政治経済学者ロナルド・ドーア氏が登場し、流暢な日本語で、アナウンサーの問いに答えました。

ドーア氏は、25歳で初めて東大へ留学するために来日し、その後何度も来日を繰り返し、時には5年間も日本に住み着いて、『日本社会が持つ特質』を研究し続けてきた方です。85歳の現在は、イタリアに住んでおられて、この番組出演のためにわざわざ来日されました。

60年間『外部の眼』で、日本を冷静に観察し続けて来られたドーア氏の洞察に富んだ言葉は、極東の小国日本が、精一杯の背伸びをして、現在にいたった過程で、日本人、日本社会の中にそれまで存在していた『特質』が大きな効力を発揮したにもかかわらず、逆に獲得した世界の経済大国の地位を守ろうとすれば、その『特質』を手放さなければならない運命に直面していることを鋭く指摘しています。

数十年前まで日本に存在していた『特質』は、『持ちつ持たれつの精神』であるとドーア氏は指摘します。『共同社会』で、日本人の誰もが、同じ日本人であるという意識でや絆で結ばれていたということです。その頃、『企業戦士』として最前線で戦っていた梅爺には、この感覚がよくわかります。『社長』『平社員』などという見掛け上のランクはあったものの、同じ立場で会社や日本のために頑張るという意識がありました。

労働者階級の子息として生まれ、英国『階級社会』の中で育ったドーア氏の眼には、この日本の『共同社会優先』『持ちつ持たれつの精神』は、斬新に映ったに違いありません。日本人が誰も当たり前のこととして意識していないことが、外国人には『異文化』に見える典型的な例です。

国際化する市場の中で、日本が経済大国であり続けるために、主としてアメリカ型の『グローバル・スタンダード』を、『正しいこと』として導入し続けた結果、日本は、『共同社会』から英米型の『階級社会』へ急速に変わりつつあるというのがドーア氏の視点です。会社は『従業員主権主義』から『株主主権主義』へ変わり、『年功序列』『終身雇用』は、『成果主義』『能力主義』に変わろうとしています。このまま推移すれば、上流社会と下層社会とで、購読する新聞、観るテレビ番組、子供が通う学校、食事をするレストランなどが異なったものになり、上流社会は下層社会のことを『理解しない』人種になるであろうという予測になります。そう言われてみれば、そのような現象が既に顕著になっているようにも感じます。『持ちつ持たれつ』という言葉もあまり聞かなくなりました。

日本の『特質』に固執し続ければ、日本は世界の経済大国にはなれなかったわけですから、『昔へ戻ろう』という話にはなりません。これ以上の『階級社会』への移行を容認しないようにしようと云うのなら、バランスをとるために、今日本人は何をしなければならないのかを考える必要があります。日本社会の問題の本質を、ドーア氏のように理解している政治家は何人いるのでしょう。『事業仕訳』で、『正義の味方』のように居丈高に振舞うことだけが、政治家の仕事と考えていないことを願うばかりです。

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2010年11月 9日 (火)

銀河鉄道999(6)

松本零士氏の履歴を見ると、その多才な作品の多さに驚きます。『銀河鉄道999』『宇宙戦艦ヤマト』など、SFマンガで確固たる名声を得ていますが、高校を卒業後、九州からマンガ家を目指して上京し、生活のために、少女マンガを含め、色々なジャンルのマンガを手掛けています。シンデレラ・ボーイのように一夜にして有名になったわけではありません。手塚治虫氏にあこがれ、SFマンガを描きたいと思いながら、時節到来を忍耐強く待ち続け、その間に自分を磨き、将来のための資源を蓄えたことになります。この時代の自伝とも言える『男おいどん』という作品も有名です。アイデアが枯渇することは無いのだろうかと、梅爺はおせっかいに考えてしまいますが、どうもそういうことはなさそうです。

娯楽のための劇画マンガの中に、単に『痛快活劇』『勧善懲悪』『滑稽』だけではなく、『人間賛歌』をそれとなく忍び込ませているところが、手塚治虫氏や松本零士氏の素晴らしさではないでしょうか。日本のマンガ文化は世界が注目するレベルに達していますが、手塚氏や松本氏の功績も貢献しているに違いありません。ほとんどの手がけた分野を世界一流のレベルにしてしまう日本人ですが、『政治』だけは、世界があきれるほどの3流レベルにとどまっているのは何故でしょう。

自然界や人間社会は、不都合なこと、理不尽なことで満ちていますが、そうであるがこそ、与えられた人生では、夢や希望を持ち続け、自分を輝かせる努力を怠ってはいけない、という松本氏の『メッセージ』が、『銀河鉄道999』からは伝わってきます。番組に、視聴者の中から、『自分も若いころ励まされた』というコメントが多く寄せられたのも頷(うなづ)けます。

しかし、これはある意味で人生の『成功者』である松本氏の『メッセージ』でもあります。夢や希望を持ち続け、精一杯自分を輝かして生きても、誰もが松本氏になれるわけではありません。つまり『成功者』であることは、大問題ではなく、『生き方』が重要と言うことになりますが、『成功者』は、『成功』など些細なことだとは言いにくいので、どうしても『頑張れば報われる』というような話になってしまいます。本当は、『頑張っても報われないかもしれない。それでも頑張れ』というのが正しい教訓なのでしょう。これを受け入れるかどうかは個人の問題ですが、受け容れるかどうかで、人生は大きく変わってきます。

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2010年11月 8日 (月)

銀河鉄道999(5)

梅爺がサラリーマンであった時に、マンガを悪魔の化身のように忌み嫌う謹厳実直な上司がいて、『通勤電車の中で、いい大人がマンガ週刊誌を読んでいるのを見ると、世も末だと思う。外国人がみたら、日本人はなんとレベルの低い人種だと軽蔑するだろう』と嘆いていました。また梅爺がその頃仕事でお付き合いがあったある会社の社長さんは、社員にマンガ週刊誌を読むことを禁じ、違反したら懲戒にすると通達していました。

梅爺自身は、すすんでマンガを読みたいと思いませんでしたが、『マンガを読む人=下賤な人』と決めつけるのは、行きすぎと感じていました。サラリーマンにとって手っ取り早い息抜き、ストレス解消の手段がマンガであるというなら、それはそれで良いではないかと思っていました。人間は、マンガに興味がなければ高尚で立派な人であるというような、単純なものではありません。ワイン好きは高尚な人、焼酎好きは下賤な人といえないのと同じような話です。

確かにマンガの一部は、『エロ、グロ、ナンセンス』なもので、これしか読まないということは褒められたことではありませんが、全てのマンガをこれで断ずるわけにはいきません。そのようなことを言い出せば、活字の本でも、内容は『エロ、グロ、ナンセンス』なものもありますから、本さえ読めば褒められるということにもなりません。テレビ番組も、映画も同様です。人間は、『エロ、グロ、ナンセンス』に興味を持つ習性を持っていて、商業主義はそれにつけ込もうとします。商業主義にも勿論責任がありますが、自分を理性で律することの方が重要です。自分の中に『エロ、グロ、ナンセンス』に好奇心を持つ習性があることを認めた上で、理性で『それだけに支配されるのは自分としては情けない』と、自己抑制することが重要です。『自分の中に、エロ、グロ、ナンセンスを好む習性などはない』と言わんばかりに、自分を取り繕(つくろ)う人や、本当にそうだと信じている人とお付き合いするのは、梅爺は苦手です。

『銀河鉄道999』は、少年が夢に向かって旅立ち、やがて『世の中には不条理なことがある』『自分の力では避けられない障害が待ち受けている』『人生には死がある』『命を賭けても信ずるもの愛するものを守るために戦うべき時がある』などという現実に直面し、最初の夢を見なおして、また新たな旅に旅立つというストーリーになっています。少年なら誰もが通過する過程ですが、作者松本氏の人生観が反映していて、梅爺は違和感を覚えませんでした。『人生は、清く、正しく、美しく生きるべきだ』などという教条的な教訓にはなっていないからです。

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2010年11月 7日 (日)

銀河鉄道999(4)

劇画マンガだけではなく、小説も映画もオペラも、背景と登場人物の設定が成否を決める大きな要因になります。勿論『タイトル』も大きなカギを握ります。それらは、作者の才能の裏返し表現でもあります。

『銀河鉄道』は、宮沢賢治の本からの借用ですが、それ自体が、ロマンと夢を内包しています。『333』や『555』ではなく、『999』としたことも、『無限の夢』や『遠い目的』を暗示しているようで秀逸です。このタイトルだけで『勝負あった』と言えるかもしれません。

人類が、地球以外の星にまで、居住空間を獲得している未来の話であるにも関わらず、現代人にさえ『旧式』と思われるものが、色々登場する『チグハグ』な取り合わせも、絶妙です。『銀河鉄道999』は、外見は旧式な蒸気機関車(SL:C62型)に牽引される列車で、主人公たちが長旅をする座席は、昔の2等車の、垂直な背もたれの、いかにも座り心地のわるそうなものです。『古いものも魅力的で、大切にしなさい』という教訓が込められているとも考えられますが、松本零士氏自身のノスタルジーの反映なのでしょう。

もっとも、『銀河鉄道999』は、外見は古くとも、中身は最新型で、波動エンジンを搭載し、瞬間空間移動(ワープ)が可能であり、宇宙空間でもバリアで保護されている、などという『説明』がなされます。作者は、これらの『理論的な裏付け』を、実弟で早稲田大学教授の松本将氏と話し合って行ったとインタビューの中で語っておられます。全くの荒唐無稽ではなく、将来はあるかもしれないという『理屈』にこだわるところも、松本氏の性格の一端が見えて、梅爺は面白いと思いました。

何といっても『銀河鉄道999』の魅力は、3人の主要登場人物の設定と、3人が旅する『目的』の設定です。3人は、決してイケメンとはいえない少年『星野鉄郎』、謎の美女『メーテル』、そしてこれまた正体不明で透明人間ながら、なとなく憎めない『車掌さん』です。とくに『メーテル』は、『鉄郎』にとって、姉でもあり、母でもあり、恋人でもあり、友人でもあるという、少年が夢見る『理想の女性像』になっています。

そして、『鉄郎』の旅の目的は、『銀河鉄道999』の終着駅の星で、『機械の身体を手に入れ、死なない人間になる』ことです。旅の途中、『鉄郎』は色々な体験をして、徐々に『機械の身体』を手に入れることが、本当に幸せなのかと疑うようになっていきます。

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2010年11月 6日 (土)

銀河鉄道999(3)

梅爺は、松本零士氏のマンガに精通しているわけではなく、それどころか、今回はじめて『銀河鉄道999』のアニメを観ただけですから、『松本零士論』を述べるには程遠い人間ですが、番組の中のインタビュー内容や、インターネットで調べた松本氏の経歴などから、『うーん!世の中には並はずれた才能の持ち主がいるものだ』と感心してしまいました。

自らの言動で、周囲を楽しく、明るくしようとする人は、陰鬱な人より好ましいことになりますが、インタビューに答える松本氏は、控え目、物静かで、むしろ恥ずかしそうでした。漫画家として大成功を収めた、ある意味で人生の勝者であるという事実を知らずに、松本氏と接すれば、失礼ながら『ごくごく普通のおじさん』と見誤ってしまうのではないでしょうか。

松本氏は、自分の主張や、才能の披歴(ひれき)は、作品(マンガ)を介して行えばよい、行うことができるという確固たる確信や基盤があるからこそ、控え目で物静かであることができるのでしょう。才能や、才能を発揮する機会に恵まれない人は、得てしてギラギラした言動で、『オレは偉いぞ』と主張しがちです。多くの場合ギラギラした人は、本物志向とは言えても、本物ではありません。

松本氏のように、人生の勝者として、控え目、物静かである方は、希少な存在で尊敬に値しますが、そのような立場は誰もが達成できるものではありません。むしろ、梅爺の好みは、『凡人で控え目、物静かな人』ですが、こういう方も世の中には少ないことに気付きます。

梅爺も、時折自分が凡人であることを忘れて、尊大に振舞い、後で後悔することの繰り返しです。『梅爺閑話』の内容が、控え目、物静かでないことが多いのは、その証拠です。従って、自分が望む『凡人で控え目、物静かな人』に、自分自身がなれていないことを承知しています。『悟りの境地』などは、夢のまた夢です。

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2010年11月 5日 (金)

銀河鉄道999(2)

『銀河鉄道999』の『999』をどう読むかで、色々な議論があったようですが、『スリー・ナイン』とすることになり、主題歌の中でもそのように歌われています。些細なことですが、英語の表現であれば、むしろ『トリプル・ナイン』が妥当ではないかと思います。英語圏の人が先入観念なく『スリー・ナイン』と聞けば、『999』ではなく『39』を思い浮かべるのではないでしょうか。厳密を期すなら『スリー・ナインズ』でしょう。

些細なことと書いたのは、言葉はコミュニティの『約束事』であり、コミュニティの中で『共通理解』が保たれれば、それ以外のことは二義的であるからです。日本人には『スリーナイン』が心地よく聞こえるというだけの話で、『スリー・ナイン』と言ったからといって、作品の価値が損なわれるわけではありません。

当然言葉は、時代とともに『変わる』方が自然であり、目くじらを立てて『昔の表現が正しい』『文法的におかしい』と言っても始まりません。『とても』とか『全然』とかいう副詞の後には、『とてもかなわない』『全然うまくいかない』と、『否定表現』が来るのが『正しい』とされていますが、現代の日本人の多くは、『とても美しい』『全然ハッキリしている』などとルールを守っていません。梅爺のような、ルールを知っているはずの年寄りでも、程度の差はあれ同じです。

約60年前の小津安次郎監督の映画『東京物語』を今観ると、敬語を含む表現、話し方のテンポが、現在とはかなり違うことに気付きます。梅爺は懐かしさを感じますが、若い人には、『これが日常の会話なの?』と思うことでしょう。逆に江戸時代の人が『東京物語』を観れば、違和感を感ずることでしょう。言葉とはそのようなものです。

日本語は、『和語(土着の日本語)』『漢語(中国大陸からの移入)』『外来語(その他の外国からもたらされた言葉)』で構成されています。基本的な文法は『和語』に依りますが、『単語』は『漢語』『外来語』で満ち溢れています。英語の本を読む習慣を持つ梅爺は、日本語の文章の中に、英語の単語をつい使ってしまう悪い癖があり、反省しています。『オレは英語に堪能だぞ』と誇示する気持ちはなく、とっさには、その表現しか思い浮かばなかっただけのことですので、ご勘弁いただくほかありません。『外来語』を生半可な理解で日本語へ取り込むことは、危険なことだというご指摘ならば、異論がありません。

日本人にとって『情感』を表すには、『和語』が何故最適なのか、梅爺は不思議に思っています。日本人のDNAと関連しているのでしょうが、それ以上のことは分かりません。

『銀河鉄道999』から、話がドンドン逸れていってしまい申し訳ありません。

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2010年11月 4日 (木)

銀河鉄道999(1)

NHKBS第二チャンネルで、5夜にわたり、『全駅停車!「銀河鉄道999」全部見せます』という、松本零士(れいじ)原作のアニメ映画特集があり、普段は宮崎駿(はやお)監督のアニメ映画以外はあまり観ない梅爺も、『童心に帰るのも悪くは無いだろう』などと自己弁解しながら、内心は単に好奇心に駆られて、録画して観ました。

番組では、テレビ放映された113作品から選ばれた30作品、劇場版作品、松本零士氏へのインタビュー、主題歌、各種関連エピソードなどが紹介されました。

松本零士の原作漫画『銀河鉄道999』が、少年漫画雑誌やテレビアニメ、劇場版アニメで人気を博したのは、1970年代の後半から1980年代の始めのことですから、今から約30年前の話で、その頃の梅爺は、40歳前後の『猛烈企業戦士』として、仕事だけに明け暮れていました。当然のことながら『銀河鉄道999』を読んだり、観たりする機会は、全くありませんでした。

梅爺は今まで、『マンガを本で読む』という習慣からは縁遠い人間として過ごしてきました。幼いころは、戦災で何もかも失い、食べることにも事欠くような生活でしたから、『本を買ってもらう』などということは夢のまた夢で、仮にその余裕があったとしても、多分父親は『マンガは低俗』と決めつけて、決して購入をゆるさなかったであろうと思います。小学校時代に、山川惣治(そうじ)の『少年ケニア』が人気で、友人の本を借りて、コッソリ家で読みましたが、友人たちとの話題で仲間はずれになりたくないという動機の方が強く、マンガそのものの虜になったという記憶はありません。その後の手塚治虫氏の『鉄腕アトム』などへの対応も、同じようであったと記憶しています。

当時の梅爺は、『マンガは低俗』と決めつける、大人びて可愛くない子供であったわけではなく、『活字で本を読む』という習慣の方が強く身に付いてしまったからではないかと、今では自己分析しています。

活字(文字)は、約束事の記号(コード)であり、読んでから、脳の中で一度具象化して理解します。この具象化イメージは、個人によって全て異なりますが、逆に『自分勝手に創造(想像)できる』楽しさを伴います。この楽しさを一度知ってしまうと、人は『活字中毒』になっていきます。同じ『本を読む』でも、マンガと活字だけの本では、脳の対応が異なるのではないでしょうか。活字だけの本の方が、脳への負担は大きくなりますが、その分得られる満足度の質が高いのではないかと思います。

マンガ、映画、テレビなど、具象化された情報を取得した場合は、『コードを脳の中で具象化する』というステップが省略されますので、脳の負担はずっと『楽』になります。難しい本を数時間読み続けることは、疲労になりますが、映画やテレビドラマを観続けることは、さほど苦にならないのはそのためです。

人間は『楽』を好むと言う一般的な習性がありますが、一方『苦労』の末に得られる『楽しさ』も捨てがたいものだと考える習性も持ち合わせています。そこに、自分の創造や達成感が関係しているからです。

松本零士氏の『銀河鉄道999』は、観る人の年齢や、人生経験の度合いによって、色々な思いを共感できるような仕掛けになっていて、多くの人たちの心をつかんだのは、当然と感じました。70歳近い梅爺の中に、少年の心が残っていると言えるかどうかは別にして、楽しく番組を観ることができました。

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2010年11月 3日 (水)

『10(テン)』(3)

『尊敬する人は誰ですか』という質問に対し、カナダ北部ヴィクトリア島に住むイヌイット(エスキモー)の10歳の男の子は、『お祖父さん』と答えます。祖父は、ライフル銃で、食料にするための野牛やアザラシをしとめる名手であるからです。カナダ北部には、4.5万人のイヌイットが生活していて、この数は世界のイヌイットの1/4に相当することを知りました。

カナダのイヌイットは、明らかに『モンゴロイド』で、アジア北部、シベリア、ベーリング海峡(昔は陸続き)を経由して、北米大陸へ移り住んだ人たちの末裔です。更に、多くの『モンゴロイド』が、南下して北米、中米、南米に住み着いたことは分かってますが、何故イヌイットだけが、生活し難い厳寒の地にとどまり続けたのかは、不思議な話です。要領が悪く、グズグズしていて厳寒の地に取り残されたとも考えられますが、そうではなく、『モンゴロイド』の中で、厳寒の地でも耐えられる体質を、進化の過程で獲得した種族が、現生人類の大移動が開始される前から、厳寒の地に住み着いていたのではないかと梅爺は想像しています。イヌイットの遺伝子は、厳寒の地でも生きていけるような体調制御のしくみを、ミトコンドリアの遺伝子として獲得していて、他の人種とは異なっていることが、科学調査で分かっています。

この番組に登場する10歳の男の子は、尊敬する祖父と一緒に狩りにでかけ、生まれて初めてライフルを撃つように云われますが、『怖いから厭だ』と泣いて拒みます。祖父も『わしも、お前くらいの歳の頃は、怖くて泣いたものだ』といって、叱ったり、無理強いしたりはしません。このやりとりは、梅爺に色々なことを考えさせてくれました。

男の子が、何故『怖いから厭だ』と泣いたのかが興味深いところです。普通は好奇心が勝って、戸惑うことなく大人の真似をしてライフルを撃つのではないかと思うからです。『未知なる体験への恐怖』『生き物を殺すことへの畏れ』などが考えられますが、いずれにせよこの男の子は『優しい心の持ち主』で、『情』に富んだ性格の持ち主であろうと推察できます。祖父も無理強いしないということは、人間としてそれが『大切なこと』であると考えているからに違いありません。この価値観は、現代の多くの日本人が失ってしまっているものです。

男の子は、ついに『恐れ』『畏れ』を克服して、アザラシをライフルで仕留めます。祖父は、『これで、この子も一人前の大人になった』と涙を流して喜び、部族のみんなもそれを一緒に祝います。生きるためにはライフルを撃たなければならない、しかし、ライフルを撃つということは『自然に対する怖ろしい行為である』という価値観が観る人に伝わってきます。キリスト教も、生きることで避けられない『原罪』を説きますが、この『畏れ』のことであろうと推察しました。

イヌイットが野牛やアザラシを乱獲して、これらの野生動物が絶滅の危機に瀕しているという話を梅爺は聞いたことがありません。自然の中で、自然を破壊しない程度に利用し、自然と一緒に生きるという『知恵』を、現生人類は、原始時代から持ち合わせていたのではないかと思います。その後人類は、『強欲』や『生物種として不自然な数の増加』から、『知恵』をかなぐり捨てて、自然とのバランスを壊すようになりました。『生物多様性の維持』や『熱帯雨林、サンゴ礁の保護』が、自分たちが生き残るために必要と、ようやく昔の『知恵』の重要性に気付き始めています。

人間は『限りなく賢く、限りなく愚かである』という認識がないと、人類は生き残れないのではないかと感じました。

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2010年11月 2日 (火)

『10(テン)』(2)

質問に対する日本人の子供たちの『回答内容』は、梅爺が想像できる範囲のものでした。共通して言えることは、『生きること』『食べること』などは、当たり前のこととして興味の対象ではなく、それ以外の『物欲』が主な対象であることです。10歳の子供ですから当然なのかもしれませんが、『心の絆』『思いやり』『愛』『感謝』というような精神的な背景が感じられる回答はあまりありませんでした。日本が物質的に豊かな国になった半面、精神的なことの大切さが見失われていることの端的な表れなのでしょう。人間にとって、物質的、肉体的な安泰と、精神的な安泰の両方が必要であることが、忘れられている結果です。

一人の女の子が『大切なものは、お父さん、お母さん』と答えたので、期待して聴いていましたら『今、お父さん、お母さんに死なれたら私が困るから』という理由が追加され、梅爺は苦笑してしまいました。『人間関係』を、『絆』ではなく、『自分に都合がよいか悪いかで判断する』のは、まるで現在の大人の日本人と同じであると感じたからです。

世界は、どこも『日本と同じ』ではなく、自然環境、政治体制、経済レベル、文化レベル、価値観が異なっていることを日本人に分かってもらおうというのが、この番組の趣旨であるとすれば、『10歳の子供の考え方』で比較する方法はなかなか良いアイデアであると思います。昨日も書いたように、ストレートに大人社会を反映するからです。

物質的に恵まれている国が陥る『歪み』の典型例として、アメリカの貧困家庭の『10歳の肥満児』が番組に登場しました。この男の子の『現在の悩み』は、『腹いっぱい食べたいのに親にダメと言われること』です。アフリカの飢餓に喘ぐ国の子供が『腹いっぱい食べたい』と言っているのではなく、肥満を食い止めるために食べる量を制限されている子供の『悩み』なのです。貧困家庭なのに『肥満児』になるという矛盾も、アメリカの事情が背景にあることが分かります。貧困家庭に対して、『安い肉』や『冷凍野菜』などの基本的な食材の購入を、国が補助金で援助する制度があり、これだけを食べていると『太る』ということらしいのです。アフリカの飢餓に喘ぐ国の人が知ったら『いい加減にしろ』と怒鳴りたくなるでしょう。

この番組の中で、梅爺が特に興味を抱いたのは、国によって『教育』に対する考え方や、レベルの違いがあり、子供にもそれが反映していることでした。知識を教えることではなく、自分で考える能力を養うことを優先するフィンランドの子供は、『新しい知識を(自分で考えて)得るのが楽しい』と答え、エコ教育を徹底しているドイツの子供は『自然とともに生きたい』と答えています。貧しく教育設備もたりない、インドの子供は『勉強している時が一番楽しい』と答え、ウガンダの子供は『学校のノートが宝物』と答えています。いずれも勉強をして、医者や先生になり、貧しい人たちのために働きたいと夢を語ります。

極端な例は、シンガポールの能力別指導によるエリート育成教育で、10歳の天才的コンピュータ・プログラマが紹介されました。一方、『アメリカのメジャー・リーグの野球選手』になることだけが夢のドミニカ共和国は、夢をかなえて金持ちになることだけを親も子供も考えていて、教育には無関心であることがわかりました。このように宝くじの幸運のようなものだけを望んでいるドミニカ共和国が、貧困から逃れるのが難しいことは、誰の目にも明らかです。

この番組を観て、梅爺が感じたことは、日本の『歪み』の原因が、『人間の心の問題』をおろそかにしていることが原因とあらためて痛感したことです。日本人が『心の大切さ』を取り戻すために必要なことは、『新しい、効果的、具体的な方法』を見つけることです。『大人が子供にお説教をする』『道徳教育を強化する』などは、それほどの効果がある方法とは思えません。くどいようですが、梅爺が思いつく唯一の方法は、『幼児の情操教育を制度化、義務化』することです。

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2010年11月 1日 (月)

『10(テン)』(1)

BSフジ放送が、開局10周年の記念番組として、3時間のドキュメンタリー『10(テン)』を放映し、梅爺は録画して観ました。

日本を含む世界10ケ国の10歳の子供に、10種類の同じ質問を問いかけ、回答内容の違いから、日本を改めて見直そうという試みで、少々恣意(しい)的なところが気にはなりましたが、考えさせられる内容でした。同様に、『今一番大切であると思っているもの』をクレヨンで描いてもらうという趣向があり、国に依って結果は千差万別でした。

質問の内容は、『一番大切にしたいものは何ですか』『10年後は何になっていますか』『現在の悩みは何ですか』『一番楽しい時間は何ですか』『宝物にしているものは何ですか』『何のために勉強するのですか』『人生の目標は何ですか』『夢は何ですか』『エコとは何ですか』『尊敬する人は誰ですか』でした。

当然ながら、子供の『答え』は、自然環境と、大人が作り上げた人工的な環境(政治経済のレベル、文明の度合い、大人の価値観)に強く影響されますので、日本の子供の『答え』が、『能天気である』『夢や希望が感じられない』としたら、日本の大人がそうであることの裏返しですので、子供を責めてもはじまりません。50年前に、日本の子供に同じ質問をしたら、全く異なった『答え』が返ってきたのではないでしょうか。しかし『昔の子供は純真で、目が輝いていた』『昔は良かった』という比較は、単純すぎると梅爺は思います。

いつの時代も『昔は良かった』と大人は云い続けてきたからです。本当に昔に帰ったら、当の大人が、一番耐えられないことは目に見えています。50年前の生活レベルに戻すのは、至難のことです。『貧しい環境では、人は支えあって生きようとし、裕福な環境では人は独りよがりになりがちである』という、人間の習性を直視しない議論は不毛です。『豊かな生活環境でありながら、思いやりが基盤となっている社会』は望ましいことは確かですが、悲しいことに人間の習性を考えると、それは『不自然な組み合わせ』かもしれません。

日本を『豊かでありながら、思いやりが重視される国』にしたいのなら、新しい『知恵』を必要とします。『昔は良かった。日本人はこんなではなかった』といくら繰り返し嘆いてみても、日本は『豊かでありながら、思いやりが重視される国』にはなれません。過去の教訓をくみ取ることは重要ですが、過去に『回答』を見出すことは困難です。

物質的に豊かになると、精神的な『絆』が薄らぐのは、自然の成り行きであるとしても、これを食い止める『知恵』や『方法』はあるはずです。『絆』は、『愛』や『感謝の心』で支えられ、それらは、幼児期からの訓練で獲得できる『情感』であると、梅爺は考えています。何度も何度もブログに書いてきましたが、日本は、幼児の情感教育を世界に先駆けて、制度化(義務化も含め)してほしいと願っています。

日本は、『とびきり素晴らしい国だ』と勘違いするのも、『とりわけひどい国だ』と卑下する必要もありません。良いところは伸ばし、悪いところは直していくというのは、国も個人も同じことです。

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