« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »

2010年7月31日 (土)

音楽とは何だろう?(4)

人間の脳が創りだす精神世界は、『理』と『情』の二つの要素で構成されていて、この二つは、すんなり同じ方向を向かないようにできているために、私たちはその『矛盾』に戸惑います。脳も生物進化で出来上がってきたものですから、原点は『自分にとって都合が良いか、悪いか』を判断することにあるというのが梅爺の推測です。それが、『安泰』を維持し、生き延びるための本能であるからです。『悲しい』『寂しい』『不安』は『安泰』を脅かすものを感じ取った危険信号ですし、『楽しい』『嬉しい』『愉快』は、『安泰』が確認できたことへの反応ではないでしょうか。『笑う』ことが健康につながると言われるのも、精神的な『安泰』が、肉体的な『安泰』に関与している証左であろうと思います。

『愛』『寛容』『善良』など『徳』と呼ばれるものも、『憎悪』『嫌悪』『邪悪』など『不徳』と呼ばれるものも、高度に進化した人間の脳が考え出し、区分けした抽象概念で、自然界には存在しないと梅爺は推測しています。自然界を支配しているものは、『動的平衡を求める』という自然の摂理だけで、言ってみれば『都合の良い方へバランスを移す』ということに他なりません。

人間の尊厳は、『自然の摂理』から出発して、高度な精神世界へ到達していることと関連しています。自然界で人間だけが保有する能力であるからです。しかし、一方人間は『自然の摂理』の呪縛から解き放たれたわけではないことも、承知しておく必要があります。

音楽は、高度な精神世界を表現するものに進化してきましたが、原点は、『周囲の人と感じ方を共有して安泰を得たい』とする人間の本能に根ざしたものではないかということを言いたいために、くどくど長くなってしまいました。

『情』を共有するために人間が考え出した『芸術』の難点は、比較の物差しが存在しないことです。つまり『情』には、誰にも通用する物差しがないことが特徴です。カラヤンの指揮する『ベートーベンの第五番』は、小澤征爾の指揮する『ベートーベンの第五番』より『優れている』とは、一般論としては言えません。芸術に関する評論家の意見に、耳を傾ける必要はありますが、他人の意見や、芸術家の名声度の高さで、判断するのは邪道です。一切のバイアスを排除して、自分の心に迫ってくるものがあるかどうかを『感じ取る』ことが、芸術への対応姿勢であろうと梅爺は考えています。鑑賞者は、わがままに『好き、嫌い』で判断すれば良く、それが許されるということです。一方科学のような『理』の世界は『好き、嫌い』は許容されません

芸術作品を創る側は、自分の感性を信じて突き進むわけですから、カラヤンが『帝王』と呼ばれるように、指揮者として強圧的にオーケストラを支配しようとするのは、当然のことで、芸術の世界であるが故に許されることではないかと思います。オーケストラと軍隊だけに『独裁』は許されると言われる所以です。

今回の簡易ビデオ背景は、スイス、ユング・フラウ・ヨッホ近辺の景色です。

| | コメント (0)

2010年7月30日 (金)

音楽とは何だろう?(3)

音楽は、『絆』を『安泰』の基盤として本能的に求めるヒトの習性が生みだした『感じ方』を共有する表現手段の一つではないかと、昨日書きました。『絆』の喪失は不安の要因ですので、やがて人間は『死後の霊が存在する』という『考え方』までも思いついたのではないかと梅爺は想像しています。『死後の霊』が存在すれば、死にゆく人も、残された人も『絆』は喪失しないと安堵できるからです。残された人の脳の中に存在する『仮想の絆(故人との思い出など)』は、人間にとって重要な意義をもつことには、梅爺も異論がありませんが、これとは別に、宇宙空間のどこかに『死後の霊』が実体として存在するという考え方には疑念を持っています。梅爺が、このようなことを言うたびに、周囲から『あなたはロマンの無い薄情な人だ』と非難されます。梅爺が薄情であるかどうかは別にして、もし『死後の霊などという実体は存在しない』ということが『事実』として明らかになれば、多くの人にとって、それは『不都合な真実』であることは理解できます。人間の『情』は、簡単には屈服しない頑固なものであり、『情』が認めようとしない『不都合な真実』は必ず存在します。

『ヘルベルト・フォン・カラヤン』と生前交流のあった人たちの証言を集めたテレビのドキュメンタリー番組を観て、音楽表現における『優れている』『優れていない』は何で決まるのだろうと梅爺は興味を覚えました。この番組のもう一つの見どころは、カラヤンがオーケストラやオペラの『リハーサル(練習)』を行う場面がふんだんに含まれていることです。合奏や合唱をやったことがある方なら、リハーサルにおける指揮者の言動は、本番の演奏より興味深く、啓発的であることをご存知でしょう。梅爺が現在所属する男声合唱団は、三澤洋史先生、前田幸康先生という、優れた指揮者にご指導いただいているために、リハーサルは梅爺にとってきわめて啓発的な場になっています。

カラヤンという人物に関する関係者の証言内容は、証言ごとにマチマチで、『独裁者』『インテリジェンスを欠いた人』と酷評する人から、『思いやりとユーモアに富んだ人』と言う人まで幅広いものでした。梅爺は、いずれもカラヤンのある側面を表現しているものと思い、相互の矛盾は気になりませんでした。人間は、多かれ少なかれ誰でもそういうもので、その矛盾がむしろ魅力でもあるからです。

リハーサルで、カラヤンは自分の音楽的な感性を表現するために、『言葉』や『しぐさ』で、オーケストラのメンバーやオペラの歌手に、自分に従うように強く迫ります。しかし、オーケストラのメンバーや歌手にも『自分の感性』がありますから、この『相克』がどのように処理されるのかを、梅爺は興味深く見つめました。

人間社会において、異なった価値観をもった個人の集まりである組織が、どのような行動規範で動くのかは興味深い話で、オーケストラはその縮図でもあるからです。カラヤンが持つ『音楽的な感性』を、関係者が全員認めて従わないかぎり、オーケストラは成り立ちません。心から納得して従うのか、権威に押されて渋々従うのか、この微妙な駆け引きが垣間見える、何とも面白い番組でした。

今回の簡易ビデオ背景は、軽井沢雲場池の紅葉です。

| | コメント (0)

2010年7月29日 (木)

音楽とは何だろう?(2)

昨日の音楽ビデオ添付が、好評のようでしたので、連載(6回予定)に全てMさんのご長男のピアノ創作曲を添付することにします。梅爺が利用しているこのブログサイトでは、音楽だけの添付には、容量制約(1MB以内)があるため、YouTubeを利用した、簡易ビデオ形式でお届けします。背景に音楽とは関係の無い映像が映りますが、ご容赦ください。今回の映像はクロアチアのプリトヴィツェ国立公園の写真を使いました。

Mさんのご長男は、音楽を職業にしておられる方ではありません。多分趣味で習われたピアノを、ご自分の感性の表現手段として利用し、作曲、演奏をされたに違いありません。透明感あふれる表現は、天性の才能は当然のこととして、ご自分を取り巻く環境(自然も含め)、ご家族などに対する深い感謝と愛情が基調となっているように梅爺は感じます。創造意欲は、『何かのために』というより、自然に内からこみあげてくる高ぶりに依っているのではないでしょうか。昨日演奏内容を紹介した『Fair Way』を含め、全ての曲に、ご家族への深い愛情が感じ取れます。

静寂な伽藍で見事な仏像を観たり、野の小道で置き忘れられたように佇(たたず)む温顔のお地蔵さんを観たりすると、何故か心が洗われるような気になりますが、音楽にも同じような作用があります。作曲者や演奏者の感性が、聴く人の『情』へ働きかけてくるからです。Mさんのご長男の場合は、『心の安らぎ』『周囲への感謝、愛情』を最優先の表現対象にしておられますが、感性にはこれ以外にも『激しい情熱』『深い悲しみ』などもありますから、それに対応する音楽も当然世の中には存在します。

群(むれ)をなして生きていく本能を、生き残りの重要な要素として身に付けたヒトは、群のなかの他のヒトと、同じ『考え方、感じ方』を共有することが、自分の『安泰』につながると、これまた本能で希求するようになったものと、梅爺は推察しています。この共有の関係は『絆』であり、『絆』の喪失は、ヒトに言い知れぬ不安感をもたらすことも、推察の根拠の一つです。『考え方、感じ方』を共有するために、論理構造を持つ言語や、抽象概念を操れる脳を獲得したと考えれば納得がいきます。しかし、『言語』は、『理』による考え方を共有するには、かなりの効力を発揮しますが、『情』の感じ方を共有するには、万全ではありません。そこで、『情の感じ方』を共有する手段として、絵画、音楽、舞踊などの形式を見出し、それを芸術にまで洗練し続けてきたのではないでしょうか。

『音楽とは何だろう?』の一つの回答は、『ヒトが生き残りのために、他のヒトと感じかたを共有して、安泰(絆)を獲得するための表現手段』から発したもの、ということになります。

Mさんのご長男の音楽は、『絆』を大切にしたいという心の表現で、同じ価値観を持つ人に共感を呼び起こすのではないでしょうか。梅爺は、それを言葉で表現することに窮して、『透明感』と言っただけに過ぎません

| | コメント (0)

2010年7月28日 (水)

音楽とは何だろう?(1)

以前梅爺は、無謀にも『文学とは何だろう?』というブログを掲載しました。読書は好きですが、読む本のジャンルには偏りがあり、その上、体系的に文学を学んだこともないわけですから、文字通り『無謀』な試みでした。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_826c.html

罪滅ぼしに、現代文学の世界的な大御所であるウンベルト・エーコの『文学について』という本を読み、この感想もブログに載せました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_8405.html

よせば良いのに、今度は性懲りもなく、『音楽とは何だろう?』というテーマで書いてみようと思い立ちました。

梅爺は、ジャンルを問わず音楽が好きで、学生時代にはまり込んだ男声合唱は、今でも続けています。従って、音楽に関するごく基本的な知識や、楽譜を読むなどの能力はありますが、特別な器楽の演奏ができるわけでもなく、『素人音楽愛好家』の域をでません。

この程度の人間が『音楽とは何だろう?』を論ずるわけですから、たかが知れていますが、本当の興味の対象は、『理』や『情』を操る人間の脳にとって、音楽は一体どういう意味を持っているのだろう、ということです。

このテーマを思いついたのは、最近『ヘルベルト・フォン・カラヤン』を紹介するドキュメンタリー番組と、これとは別にカナダの一風変わったピアニスト『グレン・グールド』を紹介するドキュメンタリー番組を、続けさまに録画して観たからです。

しかし、何をどう書こうかと思い悩んでいました。丁度その様な時に、大学時代の合唱仲間のMさん(前に何回かブログで紹介した『横浜フォーラム』の主宰者でもあります)が、音楽CDを一枚梅爺にプレゼントしてくださいました。Mさんのご長男が、趣味で作曲し、ご自分でピアノ演奏している作品を集めた文字通り『ホーム・メイドCD』です。

このCDは、タイトルの『Pure Voice』とおりに、ファンタスティックなパステル画を観ているような『透明感』に溢れていていると梅爺は感じました。音楽は、人間同士のコミニュケーションの手段で、『理』の共有ではなく、主として『情』の共有が目的です。そこで、このCDを聴いた体験を導入材料にして、『音楽とは何だろう?』を書くことを決めました。

CDには14曲収められていますが、その中の一つ『Fair Way』をこのブログで聴けるようにしました。Mさんのご次男の結婚式のために、ご長男が作曲、演奏されたものとのことです。画面上部に添付してあるビデオ『プレーヤー』を操作して、お楽しみください。バックに流れる画像は、梅爺、梅婆が今年訪れたドブロヴニク(クロアチア)で撮影した写真を便宜上利用して作成した簡易ビデオですから、音楽との関連性はありません。曲の公開については、Mさんのご長男のご了解を得てあります。

| | コメント (0)

2010年7月27日 (火)

多田富雄『寛容のメッセージ』(5)

多田氏の闘病中に書簡を交わし、『往復書簡集』を発刊した石牟礼道子氏は番組のインタビューの中で、熊本地方の言葉『もだえ神さん』を紹介されました。石牟礼氏は、チッソの水俣病の患者の視線で、不条理を告発し続けた作家です。

『もだえ神さん』は、他人が不幸に遭遇している場に居ながら、何もできずに、ただオロオロ立ちつくしている人のことです。『何もしない役立たず』と非難するのは『理』の発想で、実は行動している人よりずっと深く心の中で嘆き悲しんでいるのかもしれないという、『情』を認めた思いやりの言葉であると梅爺は解釈しました。日本人の『人間の観察眼』の素晴らしさと暖かさを感じます。

人間は、自分にとって不条理なことに遭遇すると、怒りや恨みを感じます。本能的に『情』はそのように反応します。怒りや恨みをぶつける相手が特定できない自然災害のような場合には、『しかたがない』と比較的短期に、あきらめますが、相手が、個人、組織、社会、国家など、人間やその集合体である場合には、怒りや恨みは、そう簡単には解消しません。憤怒は復讐を生み、時に憤怒をエネルギーに、立ち上がった民族のリーダーは、その民族のヒーローにもなります。

しかし、厄介なことに、人間の脳は、『憤怒』だけが継続すると、『安泰』のバランスが崩れて、『不安』を感じ、そしてそれが『苦痛』に変わっていく習性を持っています。生物進化の過程で獲得した『動的平衡』で『安泰』を求める本能とも言える習性です。この『苦痛』を解消するには、不条理を行った相手を『赦す』しかありません。『理』を優先すれば、『赦せない』相手を、『情』の『安泰(心の安らぎ)』を優先すれば『赦す』しかないという、矛盾に遭遇します。矛盾ですから、どちらを選ぶのが『正しい』という話ではありません。

こう考えてくれば、『寛容』は、崇高な徳目にも見えますが、本質的に『心の安らぎ』を優先すれば、『寛容』という『手段』が必要になることが分かります。多くの宗教が『心の安らぎ』のために、『寛容でありなさい』と説くのは、実は『理』に適っているということになります。

自然の摂理に従い、『安泰』を求めた『動的平衡』で人間は行動すると観れば、人類が滅亡するかもしれない状況に遭遇し、それを認識さえできれば、人間は『寛容』を選ぶ可能性が高いように思えます。多田氏の『予言』は、当たる確率の高い予言ではないでしょうか。

| | コメント (0)

2010年7月26日 (月)

多田富雄『寛容のメッセージ』(4)

脳梗塞で倒れた多田氏を、更に過酷な運命が襲います。前立腺がんが見つかったからです。倒れた直後は、死のことばかりを願った多田氏でしたが、やがて自分の中に残っている『寡黙な巨人』の存在に気付き、とことんこれと付き合ってやろうという、気持ちが変わっていきます。『寡黙な巨人』は、命を支える自然の摂理のことであろうと梅爺は推測しました。

病床にあった9年間に、多くのエッセイを書き、何人かの方々と交わした書簡集も出版されました。代表的なエッセイのタイトルが『寡黙な巨人』です。大好きであった能の戯曲(アインシュタインの相対性理論や原爆を主題にしたものなど)も3本手がけています。更に、リハビリ患者の入院期間を18ケ月に限定しようとする厚生省の政策に抗議する運動をおこしたり、『自然科学とリベラル・アーツを統合する会』を設立して、会長に就任したりします。

『倒れて、文学青年であった頃の夢が蘇ったのでは』と、奥さまは語っておられますが、『理』と『情』の両方に、優れた能力を持っておられた多田氏でなければ、実現不可能な世界を拓かれたと梅爺は感銘を受けました。『動けない、話せない』人間が、これほどの影響力を発揮できることに驚きました。ただし、『元気なころは、亭主関白で厳格でこわい父親でした』と奥さまが語っておられるところを観ると、さすがの多田氏も、健康な時は『寡黙な巨人』に感謝する心が薄かったのでしょう。それを知って梅爺は少し安堵しました。

亡くなる10日前に出席した『自然科学とリベラル・アーツを統合する会』のシンポジュームでは、『農、脳、能』がテーマで、豊作を祈願するために奉納される能の『三番叟(さんばそう)』を観ながら、多田氏の目じりから涙が一滴流れ落ちる様子が印象的でした。

科学の世界は『理』一辺倒ですが、人間の社会は『理』と『情』の両方の視点がないと理解できないこと、そして科学さえも『情』の視点で眺める必要があることを、多田氏は主張したかったに違いありません。この考え方には、梅爺も異論がありません。

| | コメント (0)

2010年7月25日 (日)

多田富雄『寛容のメッセージ』(3)

亡くなる少し前に、多田氏は病床で、NHKの取材を受け、4つの基本的な質問を受けます。その一つが『文明や科学の未来に、救いはあるのでしょうか?』というものでした。『回答は後日にでもいただければ』と言う取材者の申し出にも関わらず、多田氏は、20分をかけて、左手の一本の指と専用のキーボードで、喘(あえ)ぎながら以下の文章をゆっくり紡(つむぎ)ぎだします。命を削るようにして、真摯に答えようとする多田氏を観て、梅爺は目頭が熱くなりました。

『永い闇の先に希望が見えます。寛容の世界が広がっています。予言です』

多田氏が、ご専門の『免疫』の分野で、『寛容』の重要な役割を認識したという関連があるにせよ、ここでの『寛容』は、形而上学的な深い意味を持つ抽象概念の『寛容』に転じていると梅爺は感じました。

人間は、破滅の選択をするほど、浅はかではないという楽観的な未来観で、そうあってほしいと梅爺も勇気づけられますが、多田氏は、さすがに科学者で、最後に『予言です』と、これが主観的な意見(仮説)であると釘をさしています。つまり、これを『御託宣』として、『正しいから信じなさい』と私たちに押し付けようとはされていません。この姿勢こそが『寛容』の真髄です。

『寛容』の大切さを説いたのは、多田氏が初めてではありません。キリストも『汝の敵を愛せよ』と諭しています。『寛容』は徳目の一つであると多くの人が『理』では理解しますが、いざという時には『寛容』は最優先の徳目とはならず、人間は、『容赦せず、復讐する、対立する、排除する』ことを選択してきました。梅爺も自分の人生で『寛容』ではなかった例を、『寛容』であった例よりはるかに沢山思いつきます。理性で『寛容』の大切さを知っていることと、本当に『寛容』であることとは違います。先ずこれを認識することが大切です。

しかし、最後の最後に、このままでは人類は滅亡するという瀬戸際まで追いつめられれば、人間は『寛容』を最優先するにちがいないというのが、多田氏の希望です。梅爺も、そうあってほしいと切に願います。

| | コメント (0)

2010年7月24日 (土)

多田富雄『寛容のメッセージ』(2)

『免疫』の機能は、体内へ入り込んできた『異物』を、排除、排出しようとする生物の機能と考えられていましたが、免疫学者であった多田氏は、その前提として『異物であると認識する機能』に注目しました。つまり、生物は『自己』か『非自己』かを判別する驚くべき基本機能を保有していることに着目したことになります。

哲学は、『自己とは何か?』を問い続けてきましたが、生物は、『何が自己であるか』を既に『知って行動している』ことになります。自分の中に知らない自分がいるというような話ですが、このことは自然の摂理で人間は生きているという証左でもあります。しかも『免疫』は必ずしも『排除・排出』するだけではなく、時には異物を自分の中に取り込んで、『共生』することもあることを多田氏は指摘しました。

自然科学者で、同時に人文科学や芸術への好奇心にも富んでいた多田氏は、この『免疫』の、『必ずしも排除せずに、共生も選択肢として持つ機能』を、『寛容』という言葉で表現します。

そう言われれば、地球上に最初の生命である単細胞生物が出現して以来、他の単細胞に呑みこまれた別の単細胞が、『ミトコンドリア』や『葉緑体』として、動植物のの細胞の中に、共生して居座ったお陰で、今日の動植物へと進化してきた事実に思い当たります。双方にとって生き残りの可能性を高める選択が行われたということでもありますが、この例から、生物は、敵を排除するだけではなく、時には『寛容』に『共生』を選択することがあるのだと分かります。

しかしこの『寛容』は、人間の細胞が人間のように理性で判断しているのではなく、その時細胞が置かれた環境条件との『動的平衡』で、『排除』か『共生』かへ移行するようにできているということであろうと梅爺は推測します。どちらへ転ぶかは、その時の環境条件次第なのでしょう。

元気であった頃の多田氏と対談した作家の五木寛之氏は、科学者から『寛容』の概念の深い意味を説明され、『衝撃を受けた』と番組の中で述懐しています。人間社会の『寛容』は、『赦す』ことや『愛する』ことにも通ずる、深遠な抽象概念ですが、『免疫』の『寛容』は、『環境条件によっては、排除せずに共生を選ぶこともある』という意味ですから、必ずしも同じ意味ではありません。多田氏は『免疫』の『寛容』と、人間が理性で獲得した『寛容』という深遠な抽象概念とを、重ね合わせて観ていますが、両者は必ずしも『同じ』ではないというのが、梅爺の理解です。しかし、生物が『排除せず共生を選ぶことがある』という資質を持っているという事実を認識することは重要なことです。

人間社会も、『異なったものを排除するだけでなく、時に受け容れて共生すること』を選択すれば、『生き残りの可能性が高まる』かもしれないことを、示唆しているからです。

| | コメント (0)

2010年7月23日 (金)

多田富雄『寛容のメッセージ』(1)

7月15日にNHKBSハイビジョンで放送された、プレミアム8(人物)100年メッセージ『免疫学者・多田富雄「寛容」のメッセージ』を観終わって、梅爺は強い衝撃と感動を覚えました。

この番組は、著名人が100年後の日本人へ残すメッセージを、アナウンサーとの対談で残す形式がとられますが、今回の『免疫学者・多田富雄氏』は、今年の4月に76歳で、他界されておられますので、生前残された記録映像や、故人とゆかりのあった方々の発言で、番組は構成されています。亡くなられる前の9年間は、脳梗塞で倒れた後の、壮絶な闘病の日々の様子が映し出され、観ている梅爺も胸がしめつけられる思いでした。

多田富雄氏(東大名誉教授)は、日本が世界に誇る免疫学者で、数々の国際的な科学賞を受賞されておられる上に、『エッセイ』や、趣味で『能の脚本』までもものにされるという、多才な方として有名です。多田富雄氏や、梅爺が何度もブログで取り上げてきた、生物分子学の福岡伸一氏などを拝見すると、人間を『理系』『文系』などで区分けすることが、無意味なことが分かります。

現役で多忙な毎日を送っておられた67歳の時に、突然脳梗塞で倒れ、一命はとりとめましたが、右半身は不随となり、左半身も腕や指がようやく動かせる程度で、言葉も話せなくなってしまいます。栄光の人生から一転して絶望の淵へ追いやられたことになります。

しかし、奥さまの献身的な看護と、壮絶なリハビリで、左手の指を使って、キーボードをたたき、多田氏は『自己表現』を開始します。外見は、痛々しいほど『廃人』に近い老人が、自分の中に残された精神世界の表現を開始したことになります。天性の文学的才能は、この過酷な環境故か、更に研ぎ澄まされたものになり、その文章は読む人の心へ直接つきささってきます。

健全な肉体の機能を失っても、人間の精神生活が残されている以上、人間の尊厳は維持継続されることを目のあたりにすると、『人として生きる』こととは何かが、おぼろげに分かってきます。そして、曲がりなりにも健康ゆえに、生きてることを当たり前なこととして、意識せずに過ごしている自分が、限りなく愚かに思えてきます。

多田氏にとって、過酷な運命の中でも、精神世界を表現できることが、『生きる糧』であったにちがいありません。多田氏が、健常で生涯を全うされたら、残すことがなかったであろう、偉大な精神表現遺産を、私たちに残してくださったことになります。

| | コメント (0)

2010年7月22日 (木)

ネルソン・マンデラ(6)

ネルソン・マンデラは側近に、政治家としての自らの心得を以下のように述べています。

(1)雰囲気で決断しない。
(2)敵は近くに置く。
(3)他人の意見を聴く。

単純な表現ですが、深遠な配慮がうかがえます。梅爺の人生を省みた時に、実践できたとは言えないことばかりで、『うーん』と唸ってしまいました。最近の日本の首相にも、雰囲気ばかりに気をとられ、しかも決断しない人がいましたので、よほどの人物でないと、これらの心得は実践できないことが分かります。

特に、(2)の『敵を近くに置く』は、難しいことです。マンデラ氏は、『敵を身近に置けば、その言動が掌握でき、対応がし易くなる』と述べていて、自らが大統領になった時に、『アパルトヘイト』時代の政治家(昔の政敵)の何人かを、大臣に登用しています。会社の経営者も、『周囲にイエスマンばかり置くな』とよく言われています。敵を掌握し、自らも戒めるために、重要なことですが、一旦権力を握ってしまうと、多くの人はイエスマンを好み、傲慢になるものです。

ドキュメント番組を観ていて、梅爺が最も関心をもったのは、マンデラ大統領の政権下で、1995年に発足した『真実和解委員会』のエピソードでした。これは『アパルトヘイト』時代に犯した罪(警官の暴行、致死事件など)を白人(加害者)が告白し、黒人(被害者)に詫びるという場で、『裁判』のような形式が採られました。

心の底から過去の罪を悔い、心の救いを求めて黒人に謝罪する白人の他に、新しい社会の流れを読み取って、処世術で謝罪しているように見える白人もいて、梅爺は、人間の素晴らしい面と、ドロドロした面の両方を見たような気がしました。身内を殺された黒人側の被害者も、『情』と『理』の葛藤で、単純に『赦す』とは言えない苦悩がにじみ出ていました。人間ならば当然のことです。怨恨を引きずらないための方法とは言え、『裁判』ではなく『真実和解委員会』で、ケリをつけようと言う発想そのものに、梅爺は驚きました。

『謝罪すれば罪は軽減するのか』『人は自分に耐えがたい苦痛をもたらした犯人を赦すことができるのか』という、解き難い難題です。第三者は、綺麗事が言えますが、自分が当事者になった時に、どう振舞うだろうかと考えた時に、やりきれない気持ちになりました。

| | コメント (0)

2010年7月21日 (水)

ネルソン・マンデラ(5)

ネルソン・マンデラは1918年、南アフリカの貧しい農村に生まれましたが、部族の首長に預けられ、育てられたとドキュメント番組は伝えていました。後の毅然とした態度は、この首長に育てられたということが影響しているということですが、真偽のほどは梅爺には分かりません。ただ、黒人としては当時可能な最高の教育を受けたことは確かです。キリスト教が経営する私立学校で基礎教育を受け、大学(法学)も卒業しています。彼の知性は、この過程で育まれていったことは確かでしょう。イギリスやオランダの『教育』の概念やシステムが南アフリカに移入されていなければ、ネルソン・マンデラは存在しなかったとも言えます。『アパルトヘイト』故に、白人支配下であった南アフリカの全てが、『悪』の印象を受けますが、現在の南アフリカが他のアフリカ諸国より、文明度や社会インフラの整備で先行しているように見えるのは、多分に白人によって持たされた遺産があるためではないでしょうか。皮肉な話です。

ネルソン・マンデラは、大学卒業後、黒人法律事務所を開業しますが、やがて『アパルトヘイト反対』の闘争に加わっていきます。44歳の時に、国家反逆罪として終身刑を言い渡され、以降27年間牢獄で過ごすことになります。当時の南アフリカが『アパルトヘイト』はともかくとして、西欧文明国レベルの囚人待遇(拷問や強制労働で囚人の基本的人権を無視したりしない)をしていたことが幸いしたとは言え、人生の最も充実した期間であるべき時間を27年間を牢獄で過ごしたことになります。普通の人なら気力も失せて絶望的になり、肉体的にも、精神的にも参ってしまうところですが、獄中で『勉強』を欠かさなかったと伝えられていますので、頭が下がります。南アフリカが政治的に彼を釈放せざるを得ない状況に追い込まれたのは1990年ですから、マンデラ氏は71歳になっていたことになります。南アフリカ共和国の最初の黒人大統領に就任したのはその後のことですから、69歳の梅爺が、すっかりもう世捨て人気分になってしまっていることが恥ずかしくなります。

マンデラ氏は、ノーベル平和賞などを多く受賞しましたが、『自分は聖人君子ではない』と述べています。敵を窮地へ追い込む戦略、したたかな折衝能力、大衆の心をつかむ能力などを見れば、確かに聖人君子ではこうはいかないことが分かります。ただ彼が偉大であるのは、その目的が崇高であり、卑賤なものではなかったことです。20世紀の人類が産んだ、魅力的で偉大な政治家の一人であることは間違いがありません。

| | コメント (0)

2010年7月20日 (火)

ネルソン・マンデラ(4)

人間の歴史の中で、外国や異民族から受けている過酷な抑圧から同胞を解放するために立ち上がった英雄は沢山います。多くは、武装蜂起をその手段としましたが、ユダヤのイエス・キリスト、インドのマハトマ・ガンジーのように、『武力』に頼らない手段でそれを成し遂げようとした人物がおり、後世偉人と称えられています。

動物の世界のボスの座をめぐる争いは、端的に肉体の強さを証明する『闘い』で決着がつきます。武力で相手を倒すという人間の行動も、この生物に共通する習性と観れば肯けますが、『武力』に頼らず対抗するという行動は、高い『理』の能力を獲得した人間と言う生物だけに可能な行動と言えます。

ネルソン・マンデラは、結果的には『武力』ではない方法で、『アパルトヘイト』の撤廃を勝ち取ったリーダーですが、イエスやガンジーのように、徹底した『無抵抗主義』を手段としたわけではありません。『民族の槍』などという黒人の武装集団の一斉蜂起の可能性もちらつかせながら、当時の南アフリカの首相デクラークとの『話し合い』を有利に進めていきます。『アパルトヘイト』を糾弾する国際世論の醸成や、それを利用する戦術も実に見事です。

南アフリカの『アパルトヘイト』を国際的に、孤立化させ、窮地へ追い込んでいった具体的な方法の一つが、スポーツの世界での南アフリカ・ボイコット作戦です。南アフリカが参加するなら、自分たちはオリンピックに参加しないと表明する国が続出したり、南アフリカの白人社会の象徴であり、白人の誇りでもった南アフリカのラグビー・チームが、遠征先の国々で、激しい反対デモに遭遇します。スポーツは政治と無縁という主張もありますが、『アパルトヘイト反対』に関しては、最も有効な政治手段として機能しています。

ネルソン・マンデラが南アフリカの大統領に就任した翌年、南アフリカで行われたラグビーのワールドカップで、南アフリカは優勝しますが、マンデラ氏はこれも、国民の気持ちを一つにする絶好の機会としてうまく利用しています。それまで、ラグビーに無関心であった南アフリカの黒人も、優勝で熱狂していたからです。この話は、最近『インビクタス(Invictus:不屈の意味のラテン語)』という映画になりました。

大統領就任の時の演説でも紹介したように、マンデラ氏は、人間の権利の本質を理解する深い知性と、人の心をつかむコミュニケーション能力とを兼ね備えていた、卓越するリーダーであったことが分かります。

| | コメント (0)

2010年7月19日 (月)

ネルソン・マンデラ(3)

『人種差別』は、人権上の不当な考え方であるという国際世論が曲りなりにもできあがって、それほど永い時間が経過しているわけではありません。『曲りなりにも』と書いたのは、現在でも完全に定着しているとは言い難い状況にあるからです。

アメリカで黒人の『公民権』が認められてから、約50年、南アフリカで『アパルトヘイト』が廃止されて、未だ15年しか経っていません。人類は、その歴史の大半を、『奴隷制度』や『人種差別』は『特別に悪いこと』とは認めずに過ごしてきたことになります。

『人種差別は人権上不当である』という考え方は、人間が『理』で導き出したもので、脳の根底にある『情』は、差別をしたくてウズウズしているという現実を直視することが重要であるように思います。『情』は生き残りのための本能と直結していますので、『こうあるべきだ』などという理屈とは無関係に、自分にとって都合の良いものを『好き』、都合の悪いものを『嫌い』と判定して、『嫌い』なものは排除しようとします。この習性は、心の奥を覗き込んでみれば、人間である以上誰もが保有していますから、多くの人は、『理』で『情』を制して、『人種差別は不当である』と表現しているに過ぎません。梅爺は、『人種差別』を肯定しようとしているのではなく、誰もが、『理』と『情』の葛藤の中で、物事を判断していることを、『人間の生物としての特性は、そのようにできている』と謙虚に受け入れるべきだと言いたいだけです。

一方『情』を『理』だけでは抑制しえないものとして、『愛国心』という考え方は、多くの人が肯定しています。ワールドカップのサッカーの勝敗に、世界中の人が熱狂するのは、理屈抜きで自国に勝ってほしいと『願い』、負けることは『悔しい、面白くない』と感ずるからで、『自分および自分が所属するもの』が、有利な状況にあることは、自分の身体的、精神的『安泰』を意味し、『好ましい』と『情』が感ずるからです。従って『愛国心』は一歩間違えば『人種差別』を産み出すきわどい表裏の関係にあります。

『白人種は黒人種に勝る』と『白人』が思うのは、『情』に立脚する『願望』を『事実』と混同したもので、『理』では説明がつきません。現生人類は、白人種も、黒人種も、黄色人種も同じ祖先からの派生であることは、科学が『理』で解明していますので、個人的な能力差はあるにせよ、総合的にどの人種が勝っているとは言えません。

そういう意味では、南アフリカから、ネルソン・マンデラという偉人が現れたのは、特別不思議なことではないと言えます。

| | コメント (0)

2010年7月18日 (日)

ネルソン・マンデラ(2)

南アフリカの『アパルトヘイト(人種隔離政策)』を終焉に導いた黒人の指導者ネルソン・マンデラについては、1994年の南アフリカ共和国第7代大統領に就任した時の彼の演説の一部を読むだけで、端的に彼の類(たぐい)まれな資質、能力が理解できます。幾多の伝記を読み、ドキュメント番組を観ることに勝るような気がします。有名な演説の一部(英語)と、その日本語訳(梅爺の拙訳)を以下に掲載します。

Our deepest fear ia not that we are inadequate.
Our deepest fear is that we are powerful beyond measure.
It is our Light, not our Darkness, that most frightens us.
We ask ourselves, who are you NOT to be?
Your playing small does not serve the World.
There is nothing enlightened about shrinking so that other people wont feel insecure around you.
We were born to make manifest the glory that is within us.
It is not just inst in some of us; it is in everyone.
And as we let our own light shine, we unconsciously give other people permission to do the same.
As we are liberated from our own fear, our presence automatically liberates others.

私たちが一番恐れるべきことは、自分たちが不完全であるということではありません。
むしろ自分たちが計り知れないほどの力を秘めているということなのです。
私たちを最も恐れおののかすものは、私たちの中にある『闇』ではなく『光』なのです。
私たちが自らに問うべきことは、『いかなる能力を秘めているか?』であって、『この程度のものだろう』と自分を型にはめることではありません。
自分の能力に応じた役割を果たさなければ、何も世の中に貢献できません。
あなたが自分の殻に小さく閉じこもっていては、何も周囲を啓発することができません。あなたはそれで自分が安泰だと思っていても、他人はあなたを評価しなくなるでしょう。
私たちは、自らの中にある輝けるものを、一層輝かせるために生まれてきたのです。
その能力は限られた者だけではなく、誰にも与えられています。
そして、私たちが自分の光を輝かせていれば、無意識に他人もそうすべきであると認めていることになります。
つまり、私たちが自分の恐れから自らを解放する存在になることが、ひとりでに他人を解放することにもなるのです。

梅爺の日本語訳は、マンデラ氏の真意を、自然な日本語で伝えようとするばかりに、意訳が混入し、冗長的になっていて、英語の原文の持つ短く力強いリズムが失われています。

マンデラ氏は、この演説で、人間の生きることの本質的な意義と、権利について述べています。人間に関する深い洞察と理解がなければ、このような表現はできません。自然の摂理のお陰で、一人ひとりが異なった能力を持って生まれてくる人間が、何故尊いのかをこれほど見事に表現した他のスピーチ例を梅爺は知りません。政治や経済は、この基本認識無しには、かじ取りができません。

この演説を読んで、それでも『白人は黒人に勝る』などと誰がいえるのでしょうか。日本の指導者で、過去に、これほどの『人間理解』を演説で示した例があったでしょうか。マンデラ氏が人類の歴史に残る偉大な指導者であることがわかります。

| | コメント (0)

2010年7月17日 (土)

ネルソン・マンデラ(1)

南アフリカ共和国で、サッカーのワールドカップが開催されることに因んで、NHKBS第一放送で、アフリカやアフリカのサッカーに関する過去のドキュメンタリー番組が、集中的に連夜放送されました。ほとんどが再放送のようでしたが、梅爺にとっては初めてのものばかりで、録画して観ました。

アフリカではどこの国でもサッカーが最も人気の高いスポーツで、優秀な選手はヨーロッパへ招かれて、強豪クラブチームのメンバーとして活躍しています。カメルーンのエトー、コートジボアールのドログバなどがその代表です。ボールとグラウンドさえあれば、楽しめるということで、貧しいアフリカにも根付きやすいスポーツであるとも言えますが、何よりもアフリカ人の身体能力を活かすのに有利であることが人気の要因ではないかと思います。

ヨーロッパの人気クラブチームに所属して、大金持ちになり『アフリカン・ドリーム』を実現したいと願う多くの少年たちの夢を餌食にする詐欺まがいの事件が後をたたないことを番組で知りました。ヨーロッパのスポーツ・エージェントと称する人間がアフリカに現れ、有能な子供の親から、渡航費、入団テスト費と言う名目で多額の金をせびりとると言う事件です。当然親も欲に目がくらみ、貧しい中で借金をするわけですから、騙された一家は悲惨なことになります。

ヨーロッパまでは連れて行かれ、そこで放置される子供も多く、フランスだけでも、数千人に及ぶと聞いて驚きました。ホームレス同様の子供たちが、犯罪に走るケースも多く、社会的な問題にまで発展したため、国際サッカ連盟(FIFA)は、クラブチームに対して、未成年の選手は、両親がその国に住んでいなければ所属契約は認めないというルールを作り通達しました。

華やかなスポーツの裏には、大金が動くスポーツビジネスがあり、『金の卵』の草刈り場にアフリカがなっているという暗い話でした。

もう一つアフリカのサッカーで驚いたのは、どこの国でも『まじない師』が、サッカーを食い物にして私腹を肥やしているという話でした。選手たちは、勝ちたい一心で、『まじない師』に大金を払って『祈祷』してもらいます。時には相手チームに『呪い』をかけてもらいます。それでも、負けた場合、『まじない師』は、『きっと相手チームの方が、他のまじない師にもっと大金を払ったのだろう』と平然と弁解している様子を観て、梅爺は笑ってしまいました。アフリカはまだ迷信が支配しているとも言えますが、日本のプロ野球チームもキャンプインの前には神社で必勝祈願をしてもらっているわけですから、アフリカだけを笑うわけにはいきません。人間の欲望の弱みにつけ込む『まじない』『祈祷』は、世界中どこにも存在します。

アフリカに関するドキュメンタリーで、梅爺がもっとも感銘を受けたのは、南アフリカの『アパルトヘイト』に終止符を打った、ネルソン・マンデラ氏の言動を記録したものでした。

| | コメント (0)

2010年7月16日 (金)

ユダの福音書(8)

グノーシス派の教えを著わした『ユダの福音書』や『トマスによる福音書』は、ローマン・カトリックにとっては、『異端の書』『禁断の書』であり、歴史上永らく闇に葬られていました。カトリック派(後のキリスト教各派も含め)では、教義に合うものを集めた『新約聖書』が唯一の福音書とされています。

『ユダの福音書』『トマスによる福音書』では、イエスと弟子の『対話』だけで構成されており、イエスの『教え』が記述の中心です。イエスの、生誕、人となり、死といった『出来事』は記述されていません。このことは偶然ではなく、グノーシス派にとっては、イエスの『教え』だけが重要な意味をもっていたのであろうと梅爺は推測しています。

カトリック派では、イエスが『神の子』であることを立証する目的で、数々の『出来事(処女マリアの懐妊、死後の復活、昇天、奇跡の実行)』を重視しているほか、イエスが『十字架の死で、私たちの罪を贖(あがな)ってくれた』という考え方を教義の中心に据えています。一方、グノーシス派では、そのようなことが重視されていません。

グノーシス派は、『識る』ことを重視したということで、理により真実を知ろうとする人たちの集団であると現代人は過大評価しがちです。確かに、『創造神(闇の面を持つ)』と『真の神(光の面を持つ)』を分けて考えて、自然災害や、人間の醜い面の存在理由を説明しようとしているところなどは、『理屈』が垣間見えますが、ここで云う『識る』は、科学の真実追究とは意味合いが異なり、『秘められていること(真の神の存在)』を『識る』という特定の人間だけにあたえられた『特権』のことです。この『特権』を持つ者の霊のみが、死後『真の天国』へ召されるという教義が信仰の中心です。

『識る者』と『識らない者』に分けた、いわば強者、弱者の理論です。弱者が不利な立場に置かれるというのは、自然の摂理とはいえ、これでは、誰もが救済の対象になるというわけにはいきません。その後の宗教は、逆に弱者や罪人までも救済の対象にすることで、大衆の心をつかんできました。

しかし、この『弱者も救済』という考え方は『人間は強くあるべき』という考えに支配される人たちには、軟弱な思想と考えられ、ニーチェのように『宗教は弱者の楽園である』などと酷評する人間の攻撃をうけることになります。

人間が、『強くありたい』『善良でありたい』と願うのは、内に『弱い面』『邪悪な面』を持っているからで、何故そのような矛盾を抱えているかは、生物としての進化の過程(生き残ることを最優先する)に原因があると梅爺は考えています。人間の生き方を論ずるのであれば、先ずこの矛盾を宿命として受け容れることが重要ではないでしょうか。『強くありたい』『善良でありたい』と願うことは、大切なことですが、願っただけで『強くなる』『善良になる』わけにはいきません。自分は強い、善良であるとだけ思い込んでいる人は、本人は幸せかもしれませんが、周囲は困惑することが多いものです。

| | コメント (0)

2010年7月15日 (木)

ユダの福音書(7)

イエスの死の直後の時代に『ユダの福音書』が存在していたことを示す証拠は、2世紀後半にフランスの司教エイレナイオスが残した著書『異端反駁』にその名が記されてあったからです。しかし、その後現物が発見されなかったために『幻の福音書』とされてきましたが、1700年後に写本が見つかりました。

『ユダの書(グノーシス派)』は、人間の問題は『信仰がない』ことではなく『識らない』ことにあるという主張です。無知こそが人間の敵ということになります。逆にその後の正統的なキリスト教は、人間には知識よりも信仰(神を信ずること)が大切であるという主張を大切にしています。パウロは更に『信仰よりも愛の心を保有すること』が重要と、教義を深めました。

『天動説と地動説』のように、二つの『仮説』が正しさを争うことは、科学の世界にもあります。しかし、科学の場合は、『より蓋然性の高い証拠の提示』が、論争を決着させる決め手になります。

『グノーシス派』と『カトリック派』も、正統性を巡って論争を繰り広げたことになります。『グノーシス派』は、この世を見れば天災、飢饉、水不足、疫病など邪悪が支配しているとしか思えず、人間の心も、快楽、怠惰、欲望と、邪悪が強い支配力を持っているように見えることから、天地や人間を創造した神(創造神)もまた邪悪が支配していると『推論』したことになります。しかし、これでは死後の霊の居場所がなくなりますから、『実は、本当の神、本当の天国』は別に存在すると、願望を肯定するための『推論』を更に行ったように梅爺には見えます。梅爺のように『死後の霊などは存在しないのではないか』という疑念を持っていれば、また異なった『推論』になったのかもしれませんが、当時の人々には『死後の霊の存在』は常識であったのでしょう。

『決定的な証拠を欠く推論同士の争い』は、『神学論争』になり、業を煮やした一方が、他方を力でねじ伏せる結果(カトリック派がグノーシス派を異端として弾圧)になりました。こういう決着のしかたは、『神学論争』でなくても、私たちの周囲に沢山存在します。

『グノーシス派』がもし勝っていたら世界の歴史が変わっていただろうと、面白おかしく言う人が沢山いますが、梅爺は、理の面が強調され、情への配慮が薄い『グノーシス派』が、その後人々に受け容れられた可能性は低いように感じます。『カトリック派』に始まった現在のキリスト教の教義は、理の攻撃を受けやすい内容ですが、『愛』や『心の安らぎ』の大切さを説く、情の世界への対応では、強固な砦を築いており、今のところ簡単に崩壊する気配はありません。

| | コメント (0)

2010年7月14日 (水)

ユダの福音書(6)

『グノーシス派』の福音書を読む限り、『全知全能な唯一の神』という考え方や、『私たちを愛してくださる神』という考え方や、『私たちの罪を償って死んでくださったイエス』という考え方が、基調になっているとは思えません。むしろ『光(聖徳)の神』の存在を『識り』、死後自分の霊が『光の神』の支配する『本当の天国』へ迎え入れられることを第一義として希求しているように見えます。

『光の神の存在』は『隠された知識』であり、これを『識ることができる人間は特別に選ばれた者(グノーシス派の人間)』である、と言っているように思えます。まるで、『アホは相手にせぬぞ』と宣言している優越感むき出しの論理であり、弱者救済は視点にはありません。

キリスト教が『善行を積むもの』『神を信ずるもの』を、仏教が『内なる仏を目指すもの』『念仏を唱えるもの』は全て救済の対象としているのとは大きな違いです。梅爺は、宗教の存在意義は『心の安らぎ』を得るためのものと考えていますので、少なくとも『グノーシス派』は、誰にでも『心の安らぎ』を保証する宗教ではないように思います。『理』では矛盾の少ない説明に成功しているのかもしれませんが、『情』に厚い宗教とは言えません。

『ユダの福音書』に登場するイエスは、弟子たち(ユダを除く)の言動に接してよく笑います。このため聖書に書かれているイエスとは、違った人物像の印象を受けます。『お前たちはそのようなことも分かっていないのか』と、あきれて笑う場面が多く、決して、温かみのある笑いではありません。

このような記述は、ユダだけがイエスと同様『光の神』を『識る』ものであったということを強調するための演出であろうと梅爺は感じました。

『ユダの福音書』では、イエスは、『光の神』の存在を生まれながらに『識っている』特別な人間で、イエスがそういう特別の人間であることを『識っている』弟子は、ユダだけであると書かれています。イエスは、この世のあまりの退廃にあきれて、絶望し、『光の神の元』へ帰りたいと願います。それは、肉体が滅んで(死んで)、霊のみが『本当の天国』へ帰るということを意味しますので、ユダはその願いをかなえるために、(師の死に)手を貸したという論法になっています。『あのイエスが、そんな無責任なお方ではない』という観方は伝統的なキリスト教の教義に基づくものです。『グノーシス派』のイエスは、真の神の存在を識る特別な人間ですが、『万民の救世主』ではありません。

あること(グノーシス派の教義)を前提にして、理で突き詰めると、ユダだけがイエスを理解していたという結論になるという論法自体は理解できますが、さすがの梅爺も、『いくらなんでも屁理屈ではないか』と感じました。

| | コメント (0)

2010年7月13日 (火)

ユダの福音書(5)

『グノーシス派』は、現在の地名で云えば、シリア地方に住んでいたユダヤ人グループから始まったと言われています。勿論知性を重んずるという思想はギリシャ哲学の影響なのでしょう。もともとその人たちは『一神教』のユダヤ教を信仰の基盤にしていたはずですが、ここから『多神教』とも言える『グノーシス派』が生まれてきたことは興味深いことです。梅爺は、原始的な多神教から、洗練された一神教へ移行するのが、宗教の自然な流れと考えていましたが、『グノーシス派』はこれに逆行しているように見えるからです。

このようなことが起きた原因は、『グノーシス派』の人たちが、ユダヤ教の聖典(キリスト教の旧約聖書)に書かれている『神』は、知性で考えると、そのまま受け入れることができないと思うようになったからと推察できます。つまり聖典に記述されている『全知全能、唯一の神』が、疑ったり、怒ったり、喜んだり人間のように振舞うことの矛盾に気づいたことになります。この矛盾を解くために、聖典に書かれている神は邪悪な神で、『本当の聖徳な神』は『別に存在する』という『論理』を見出したことになります。エデンも本当の天国ではなく、『本当の天国』は別にあると考えました。論理矛盾のないストーリーを考え出して自分を納得させようとする梅爺のような人間が、いつの時代にもいることが分かります。これが、一神教が多神教へ逆行することが起きた原因と推察できます。

イエスの出現で『グノーシス派』ができたのではなく、もともと存在した『グノーシス派』の考え方が、イエスの教えと結びついて大きな勢力になっていったのではないかと梅爺は、これまた推察しています。

『ユダの福音書』は、イエスの死の100年くらい後に原典がギリシャ語で書かれたと考えられていますので、ユダ自身が著者であるとは考えにくいことです。聖書の記述が正しければ、イエスの死の直後にユダは自殺していますし、記述が正しくなく、ユダが生き延びたとしても、100年後まで生存したという想定には無理があります。『ユダの福音書』の内容は、イエスとユダの具体的な対話が中心ですから、伝承記述と考えられますが、むしろ『グノーシス派』が、『ユダこそが真の使徒』という論理を展開するために、もっともらしく創造した話が大半ではないかと梅爺は思います。

| | コメント (0)

2010年7月12日 (月)

ユダの福音書(4)

初期キリスト教時代に存在した『グノーシス派』については、梅爺は度々ブログに書いてきました。『グノーシス』はギリシャ語の『識る』という意味ですから、『知性で考える』ということになりますが、『グノーシス派』が『知性で考える』としていることは、現代人の『知性で考える』ことと同義ではありません。彼等の基本的な考え方は、『この世は闇に支配されていて、多くの人間は邪悪にまみれて生きているが、人間の中には、光(真の神)の存在を識ることができる特別な人達がいて、この人達の死後の霊だけが光(天国)に迎え入れられる』というものです。つまり『グノーシス派』は、光(真の神)の存在を識る特別な人間の集団であるという優越思想でもあります。

『グノーシス派』の代表的な『教義』としては、『トマスによる福音書』が有名で、前にブログで紹介しました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-8d5a.html

今回『ユダの福音書』を読んでみて、『トマスによる福音書』と微妙な教義の違いがあることが分かりました。『グノーシス派』の間にも見解の相違があったことが分かります。

梅爺は、キリスト教は『一神教』であり、当然『グノーシス派』も同じであろうと考えていましたが、『トマスによる福音書』『ユダの福音書』を読んでみてそうではないことをはじめて知りました。つまり、厳密にいえば『グノーシス派』は『多神教』なのです。『真の神(光)』は一人なのですが、その下に階層的に複数の神々が存在し、その中の一人である『創造神』は、邪悪に支配されているということになります。この世や人間が邪悪に支配されているのは、『創造神』のせいだということになります。一番偉い神(ゼウス)の下に沢山の特性をもった神々がいるという『ギリシャ神話』の考え方に似ています。

『神々(仏)』を上位の層に置き、人間を下位の階層に位置付ける考え方は多くの宗教に共通したものです。仏教では人間は最下層ではなく、下には『餓鬼』や『畜生』の層があると教えています。日本の神話やギリシャ神話では、神と人がごく自然に交流していて、境界が判然としていません。卑弥呼は、神であり人であったのでしょう。近世でも天皇を『現人神(あらひとがみ)』とみなす時代がありました。

『一神教』のキリスト教の教義からは、このような神々をご都合で配置する考え方は、箸にも棒にもかからない『異端』であるということになるのでしょうが、キリスト教でも神が支配する『色々な天使達』が登場しますので、『キリスト教だけは違うぞ』と胸が張れるわけでもないような気がします。

| | コメント (0)

2010年7月11日 (日)

ユダの福音書(3)

イエスの死後、彼の教えを継承した宗派が複数存在したという事実は興味深い話です。単に人間社会に必ず起きる、地位や権力の継承権を巡る俗世的な争いと観れば、そういう欲得にからむ行為を一番嫌ったであろう師(イエス)の教えを、弟子たち(使徒たち)が正しく理解していないことが露見してしまっていることになり、滑稽です。

しかし、表向き複数の宗派が並立することになる理由は、『教義』の違いによるものです。つまり生前のイエス(神の子)の言動を、残された人たち(人間)が『どう解釈するか』で『立場』の違いが生じたことになります。偏屈爺の梅爺は、不遜ながら『神の啓示』は『人間の解釈』で、どうにでもなるものかとつぶやきたくなります。

『教義の違いを理由として、実は継承権を争ったにすぎない』のではないかと、うがった観方もできます。私たちの身の回りの政治の世界を観れば、政党が優位に立つために、相手の政党と故意に『異なった政策』を作り上げて争う戦術をとることが、多く見受けられるからです。どの政党も必ず『国民のための政策』と主張しますが、多くは選挙向けの『党利党略のための政策』ですから、国民は騙されないように目を凝らして注視する必要があります。

しかし、この本を読む限り、イエスの死後複数の宗派が現れたのは、『教義の違い』が、争いのための手段ではなく、あくまでも真の要因であったように思われます。『神や仏の啓示』が『人間の解釈の違い』で、宗派の違いを生むという現実から、人間は逃れられないように宿命づけられていると梅爺は感じます。人間の脳細胞のネットワーク構造は、各人異なっており、特に『抽象概念の解釈』や『情感』の違いは避けられないことであるからです。人間は『十人十色』なのです。『あの人と私は、考え方も感じ方も同じだ』という主張は、そう信じている、そう信じたいという、その人の認識に過ぎず、厳密に云えば幻想です。しかし、人間は、一人では生きていけないために、この幻想を必要とします。

世界のどの宗教にも、かならず宗派の違いが出現するのは何故なのか、そして宗派の違いで殺し合いをするのは何故なのかと、宗教関係者が自ら真剣に論じた本を梅爺は読んだことがありません。全て『私が正しい。相手が間違っているから粛清するのは当然』というレベルの主張にとどまっています。『正しい(客観)』と『正しいと信ずる(主観)』の違いを理解できない人が『神や仏』を論ずると収拾がつかなくなります。人間は『十人十色』にできていますので、『十人一色』を強いることには無理があります。

『ユダの福音書』が展開する『教義』は、初期キリスト教の『グノーシス派』と呼ばれる人たちの主張に属します。

| | コメント (0)

2010年7月10日 (土)

ユダの福音書(2)

『ユダの福音書』のユダは、歴史上『裏切り者のユダ』と悪名で呼ばれるイスカリオテのユダのことです。

当時のユダヤでは、庶民は姓を持たずに名前だけで呼ばれていました。男性のイエス、ヤコブ、ユダ、ヨハネや女性のマリアなどは、ごくありふれた名前でしたので、洗礼者ヨハネとか、聖母マリアなどと形容句をつけてその後識別されるようになりました。イスカリオテは何を意味するのか不明ですが、出身地の名前に由来するものと考えられています。

『裏切り者ユダ』に関しては、前にブログを書いたことがあります。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-e8da.html

ユダは、イエスに従う使徒たちのグループの中で、会計係を担当していたと言われています。イエスを捕え、裁判にかけようとするユダヤ教神官やローマ帝国総督に、金でイエスの所在地や識別方法(ユダがイエスにキスをすることで合図)の情報を売り、結果的にイエスの十字架の処刑につながりました。イエスが使徒達に、『お前たちの一人が私を裏切ろうとしている』と伝える『最後の晩餐』の話は有名です。

その後、ユダは自分の犯した重大な罪を悔いて、自殺したと聖書は伝えています。

このような大罪人が、どうして『福音書』の主人公として登場するのか、不思議に思われますが、それは私たちが新約聖書(共観福音書)で伝えられている内容だけを『事実で正しい』と思いこんでいるからです。

1~3世紀にかけて、アフリカ(エジプト、エチオピア)、ユダヤ、中東(シリア、ヨルダン)、ヨーロッパには、教義が異なる多数のキリスト教宗派が存在し、それぞれに『福音書』を所有していたことが分かっています。アフリカ、ユダヤ、中東中心に『グノーシス派』と呼ばれるグループが存在し、現在のキリスト教とは全く異なった教義を信奉していましたが、その後ローマン・カトリックとの教義論争に敗れ、『異端』と糾弾されて衰退してしまいます。

『ユダの福音書』は、盗掘されたエジプトの墳墓で見つかったもので、冊子状のパピルスにコプト語(アラビヤ支配以前のエジプトの言葉)で書かれたものです。発見されたものは、25ページ程度で、傷みの程度もひどいものでしたので、ジグゾーパズルのような復元作業が行われました。内容は『グノーシス派』の教義に則っています。これ自身は、2世紀以降に作られた写本ですが、それ以前にギリシャ語の原典があったと推測されています。つまり後に新約聖書の原典となる他の福音書と、ほぼ同じ時代に書かれたものと言えます。

新約聖書の編纂時には、当然『異端』とされ採用されませんでした。ユダが大罪人どころか、使徒の中で『最もイエスを理解していた人物』として登場しますし、『神』とイエスの関係も、後のキリスト教(ローマン・カトリック)の考えとは、似ても似つかぬものであることが、最近の解読で明確になってきました。

| | コメント (0)

2010年7月 9日 (金)

ユダの福音書(1)

梅爺はブログを書き始めて、自分が、人間の精神活動とは何なのだろうということに、異常なほどに興味を示す人間であることを思い知りました。多分以前からその習性はあったに違いありませんが、『宗教』や『哲学』は、『どうせ分からないもの』と、なんとなく決めつけ、避けていました。

しかし、生物の進化や、特に人間の脳の進化に関するなけなしの知識を基に、駄文を書き連ねている内に、世の中の摂理は、『自律分散処理システム』や『動的平衡』の考え方が関与しているのではないかということや、脳の機能は『理と情』『随意と不随意』の象限に区分して理解すると得心できることが多いことに、気付き、これをベースに、『人間の精神活動』も観てみたら、意外なことに気付くかもしれないと、怖いもの知らずで考えるようにりました。

自分には縁遠いものと思っていた『宗教』や『哲学』の理解に、一縷の光明が射したことになります。暇な隠居爺さんでなければ、ブログも書かず、このような心境にはならなかったわけですから、ブログの最大の効用と言えます。

『宗教』に関しては、今までの人生で、その知識に接する機会が多かったキリスト教を例に挙げることが多くなっています。仏教やイスラム教に関心が無いわけではなく、単純に梅爺の知識が、キリスト教に比べて少ないだけのことです。

『宗教』を信仰の対象ではなく、知的興味の対象とするのは怪しからんと顰蹙(ひんしゅく)を買うことは覚悟して、ブログを書き続けてきました。

現在のキリスト教の教義は、忽然と出現したわけではなく、古代エジプトの宗教観、古代ギリシャの宗教観や哲学思想、アッシリヤやバビロニアの宗教観などに影響を受けて、ユダヤ教が生まれ、その延長上に、イエス・キリストが出現し、その後多くの変遷があって、4世紀ごろに、現在の教義の土台が確立したものです。

キリストの死後300年間は、沢山の『キリスト教宗派』が存在していたことは、古文書から分かっていて、中には現在の教義とは正反対の内容のものがあることも分かっています。

『ユダの福音書』もその一つで、最近その内容が公開されました。

梅爺は、『原典 ユダの福音書:日経ナショナル・ジオグラフィック社』を購入し、読みました。

| | コメント (0)

2010年7月 8日 (木)

猫に小判

上方いろはカルタの『ね』、『猫に小判』の話です。

『ね』の前に『つ』、『月夜に釜を抜く』がありますが、これは、唯一『江戸いろはカルタ』と『上方いろはカルタ』が同じ諺を採用していますので省きました。前に掲載した『月夜に釜を抜く』は、以下をご参照ください。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_18d1.html

『猫に小判』は、『豚に真珠』同様、『どんなに価値が高いものでも、その価値が理解できない人には、石ころみたいなもの』と笑い飛ばしています。『まねき猫が、お金を呼び寄せる』と考える風習がいつからできたのか、知りませんが、もし江戸時代にあったとすれば、そのイメージが逆にこの表現を生んだのかもしれません。

人間は、その器量の範囲でしか、周囲のことが判断できないという教訓は、いろはカルタの中で繰り返し提示されていて、『猫に小判』はその一つです。

どんなに賢い人でも、人間の知恵には限りがあり、『未だ知らない小判』は沢山あるという壮大な解釈もできますが、むしろ、『他の人には見えている価値が、あなたはその狭い器量故に見えていませんね』という警告と解釈するのが一般的でしょう。

そのように、自分のこととして考えると、『世の中には、程度の低い人がいるものだ』と笑って過ごせなくなります。器量は、相対的なもので、誰にも器量の限界があるからです。梅爺は、自分の器量故に、他人が大切だと思っていることに気付かず、無視をしてその人を悲しませ、迷惑をかけながら生きてきたに違いありませんから、今更手遅れとは知りながら『ゴメンナサイ』というほかありません。

生まれつきの器量の差は、いかんともしがたいものでもありますが、それでも、世の中には、自分の想像を越えた器量の持ち主がいることを、時折思い浮かべて、怖いもの知らずに得意満面に振舞うことを戒め、他人に畏敬の念を持つようにしたいものだと、心から思います。

若い時に、このようなことが分かっていれば、人生は変わっていたにちがいありませんが、70歳近くなって、ようやく少しばかり、理解できるようになるとは、なんと人生は皮肉なものなのでしょう。

| | コメント (0)

2010年7月 7日 (水)

藤原義久作曲『四つの祈りの歌』(2)

『四つの祈りの歌』を今回演奏するために、アカデミカ・コールは、藤原先生に男声合唱の原曲部分は原則として変えないという条件で、小編成の楽器伴奏を付加するように委嘱しました。ピアノ、フルート、オーボエ、バス・クラリネット、ビオラ、パーカッション(スネア・ドラム、ビブラホン、ウィンド・チャイム)が加わり、指揮者の三澤先生が、一流の若手プロ奏者を集めてくださいました。『音楽や楽器に、深い造詣と経験がなければ、できない編曲』と三澤先生も絶賛される仕上がりでした。

器楽伴奏を付加するために、約40年の時を遡り、過去の自分の作品と再び対峙(たいじ)することになった藤原氏は、『時間旅行の先で再開した若造(梅爺注:ご自分のこと)は、本当に生意気な奴でした』と解説で述べられています。この表現だけでも、藤原氏の素晴らしいお人柄が分かります。

梅爺も、たった3年前に書いた自分のブログの文章を読んで、『なんとも傲慢な爺さんだ』と感ずることがありますので、そのお気持ちを察することができますが、生意気は若者の特権でもあり、一方で、なつかしく、いとおしくも感じられたに違いありません。

藤原氏は、アカデミカ・コールの練習にも、何度かお顔を見せてくださいました。あまり、音楽的なコメントはされずに、じっと眼をつぶって聴いておられ、時折、この曲に関するいくつかの逸話をお話しくださり、それは爺さん合唱団の一人ひとりの心に響きました。

指揮者の三澤先生はカトリック信者ですが、何の偏見もなくこの『祈りの融合』の音楽表現に、いつもながらの情熱を注いでくださいました。

一流の作曲家、一流の指揮者の『思い』を表現するには、爺さん合唱団の音楽表現能力はあまりにも稚拙ですが、それでも、全力で取り組みました。高いレベルの『創造』を目指し、全員が努力するプロセスや結果には、『一体感』『達成感』が待ち受けています。比べるのはおこがましいことですが、サッカーの岡田ジャパンと同様な話です。

合唱団の爺さんたちも若いころは『生意気』でしたが、歳を加え、表現能力はともかく、『思い』は理解できるようになりました。梅爺にとっても『異次元の体験』は、『有難い体験』でした。

| | コメント (0)

2010年7月 6日 (火)

藤原義久作曲『四つの祈りの歌』(1)

7月3日に上野の文化会館大ホールで、『第6回東京六大学OB合唱連盟演奏会』が開催され、梅爺も所属する『東京大学音楽部OB合唱団アカデミカコール』の一員としてステージに立ち、藤原義久氏の作曲・編曲した男声合唱曲『四つの祈りの歌』を、三澤洋史(ひろふみ)氏の指揮で歌いました。

『四つの祈りの歌』は、1968年に、無伴奏男声合唱曲として作曲されました。当時は、東西冷戦のさなかで、ベトナムでは、血みどろの戦いが繰り広げられていました。藤原氏は、プログラムの解説文の中で、『そのような時、多分に弱虫で争うことの嫌いな若い私に出来たことは、唯一、自分が習い覚えた音楽によって、平和を祈り、協調を訴えることだったようです』と書いておられます。

曲は、『前奏曲(サンスクリット語、ラテン語)』『行進曲のリズムで(ラテン語、日本語)』『地球の緑の丘(エスペラント語)』『ロンド・アレルヤ(ラテン語、サンスクリット語、エスペラント語)』の4楽章で構成されています。

世界の平和を祈るためとは言え、ラテン語(キリスト教のミサ通常文、聖書詩篇引用)、サンスクリット語(仏教の経文引用)、エスペラント語(R.ハインラインのSF小説の中の英語の挿入歌を翻訳)、日本語(作曲者藤原氏の作詩)が、渾然一体となって醸し出す、言葉と音のハーモニーは、梅爺にとってはまさに『異次元の体験』でした。日本語は、『夢を見た、傷ついて、私を呼ぶおまえの夢を見た』という簡潔で、深い連想を伴う一文だけです。英語の詩をわざわざエスペラント語に翻訳したことにも、藤原氏の『世界平和への祈り』に対するこだわりをみることができます。

日本人の藤原氏でなければ、決して発想できない『祈りの世界』が、演奏者も聴衆も魅了していきます。融合は難しいと誰もが思う異なった宗教の価値観、超えるのが難しいと思う言葉の壁を、『ほら、こうすれば融合できるでしょう、超えられるでしょう』と示しているように梅爺は感じました。価値観や言葉の違いが争いを生み、私たちは『これは避けられない』とあきらめがちですが、音楽は、それを乗り越える最後の手段、一縷の望みなのかもしれません。

藤原氏は『弱虫』などではなく、音楽と言う最強の手段を駆使して、『人間には未だ調和する可能性が残されている』希望を表現されたかったのではないでしょうか。

| | コメント (0)

2010年7月 5日 (月)

型を破る(2)

なかなか『型を破る』ことのない人は、『真面目』『謹厳実直』『冷静』な人と賞賛を浴びる一方、蔭では『お高くとまっている』『何やら魅力に欠ける』人と敬遠されることになります。人の世は実に厄介です。優秀なスポーツ選手は『基本を守ること』と同時に『基本を破ること』の意味も知っている必要があるのと同じ話です。

『人間は、時に型を破ることが必要だ』という論理が正しいとすれば、『型を破る』ことにそれなりの意味があることになります。ということは『型を破らない』努力は、人間にとってストレスであり、このストレスがたまって爆発することの方が、反って悲惨な結果を招きかねないということではないでしょうか。

人間は、身体的にも精神的にも、ストレスを癒そうとする『自己治癒(セルフ・ヒーリング)』の能力を、生物の本能として受け継いでいるというのが梅爺の推測です。『安泰を求める』ことが、『生き残り』に有利な条件であるからです。

『ガス抜きをする』という品の無い言葉は、好きな表現ではありませんが、『型を破る』ことは、時に『悲惨な爆発』を避ける便法であるというのであれば、『そうかもしれない』と同意できます。

『型の存在と意義』を意識した上で『型を破る』のと、意識せずに『型を破る』のとでは、大きな違いがあることがわかります。前者は『思慮深い勇気に富んだ行為』であり、後者は『無知と欲望に突き動かされた無謀で滑稽な行為』ということになります。どちらになるのかは、その人の器の大きさで決まりますから、他人の一見『型を破る』行為に出くわしたら、判断して対応する必要があります。

梅爺は、自分が『型を破らない』ようにしている時は、『打算』と『臆病』が裏にあるように思い、後ろめたさを感ずることがあります。そして、爽やかに『型を破る』ことができたら、どんなに良いだろうと夢想したりします。

『型を破る』行為は、自分にも他人にも影響がでますが、『型を排除して物事を観る』行為は、直接他人に迷惑がかかることが少なく、自分だけの『冒険』として楽しめますので、もっぱら『型でものを観ない』ように心がけながら、『梅爺閑話』を書き続けています。つまり梅爺にとって『梅爺閑話』は一種のストレス解消方法なのです。

| | コメント (0)

2010年7月 4日 (日)

型を破る(1)

人間は、意識的に、または時に無意識に、日ごろ踏襲している『型通りの』行動とは異なった行動をすることがあります。本人が意識している場合も、無意識の場合も、他人には『型破りの行動』として目に映ります。

『型』は、『このように行動しておけば、安泰が維持でき、物事はうまくいく』と思いこんだり、信じたりすることで形成される行動パターンで、それが習慣(ルーチン)になると、一種の呪縛(じゅばく)になっていきます。『型』は、親や先生や聖職者の教えなどによって形成されたり、自らの経験から出来上がったりします。イチローが打席に入ってから、構えるまでに必ず行う一連の行動パターンは、イチローの『型』で、イチローにとっては重要な意味を持ちます。

社会生活で多くの人に共通する『型』は、『道徳』や『倫理』として尊ばれるようになります。神や仏がいないと、人間は『道徳』や『倫理』からはずれた存在になるという主張より、人間は自ら『道徳』や『倫理』の概念を作り出す能力を持つという主張に梅爺は加担しています。

人間が、『型』を形成して、懸命に逸脱しないようにすることの裏返しは、常に逸脱しようとする習性を一方で保有しているからではないでしょうか。梅爺流に表現すれば、『型』で自分を抑制しようとするのは『理』の行動で、『型』を破ろうとする衝動(欲望)は、『情(多くは本能に由来する)』で触発された行動ということになります。

『欲望のままに行動する』のが『型』が守られない状態であると言われると、動物並みの野卑な話になってしまいますが、『好奇心』に駆られて『型』を破ることもありますので、一概に『型を破る』ことを悪いとは言えません。

生物進化の過程で、『好奇心』の強い種の方が、生き残ってきたとも言えます。私たちの中に『好奇心』という本能が残っているのはそのためではないでしょうか。

つまり、人間は、現在の安泰を維持するには『型』を守る方が有利であり、将来環境条件が大きく変わる時には『型』を破ることが有利になるという矛盾した対応を求められていることになります。

時に『型』を守り、時に『型』を破ることができる人間の方が、環境に対応できる能力が優れていると言えないことはありません。そう考えれば、政治の真髄は、『型』にどう対応するのかということであることが分かります。

| | コメント (0)

2010年7月 3日 (土)

王様はつらいよ(5)

国の内外に、あまり大きな問題を抱えない、凡君の王様が、賢い側近の言いなりになっていれば、王様も、側近も、民衆も概(おうむ)ね幸せですが、そのような好条件に恵まれるとは限りません。昔は、戦争による、領土のやりとりが、王様の肩にのしかかることが、日常的であったからです。

外国との戦争には滅法強く、一方、国内の治世には『徳』をもってあたる、というような王様がいれば、これは名君と言えますが、こういう王様は稀有で、戦争を好むような王様は、大概粗暴、横暴で周囲は、閉口することになります。現在でも、社長だから、部長だから偉いと勘違いする人が多いように、多くの王様は権威で偉さを示そうとしました。フランス、ブルボン王朝を最盛期へ導いたルイ14世などは、典型ですが、決して『徳』に優れた王様とは言えません。

そして、ついには、伝説の『白鳥の騎士』や『吟遊詩人(タンホイザー)』にあこがれるといった、夢想癖の王様まで登場します。バイエルン王国のルードウィッヒ2世です。彼は、同性愛者である自分に罪の意識を持ち、純粋、高貴な王様であろうと努力をしましたが、こういう壊れやすいガラス細工のような精神の人には王様は向きません。王様であった時に、3つの城(ノイシュバインシュタイン城、リンダーホフ城、ヘレンキームゼー城)を築城しますが、いずれも、政治や軍事目的の城ではなく、ただ王様の審美欲望を満たすためのものでした。これで、バイエルン王国の財政がひっ迫することになるのですから、側近や庶民はたまったものではありません。

梅爺は、ノイシュバインシュタイン城(険しい山頂に作られた城として有名)とリンダーホフ城を見学したことがありますが、両方に、人工的に『ヴィーナスの洞窟の場面(ワグナーのオペラ、タンホイザー)』が再現されているのに驚きました。『オペラの世界』と『現実』の見境がつかいない王様では、『治世』など望むべきもありません。この王様は、結局不審な死を遂げますが、堪りかねた人たちに暗殺されたという説が有力です。

このような、狂気ともいえる王様を持ってしまった国は不運ですが、これらの城は現在ドイツ(バイエルン地方)の一大観光資源として、外貨獲得に貢献しているわけですから、皮肉な話です。

意外なことに、一人の人間の、狂気や向う見ずが、人類の文化遺産を産み出す原動力になっていることが分かります。

| | コメント (0)

2010年7月 2日 (金)

王様はつらいよ(4)

古代の人間社会では、猿の社会のボス猿と同様に、一族の強い男がリーダーになるという単純なルールが支配していたものと思いますが、そのうちにリーダーが世襲制で引き継がれるなどという、人間ならではの欲得に絡む知恵が加わって、王様の地位は、きらびやかなものであると同時に、危ういものにもなったのではないでしょうか。国の支配よりも、自分の地位の保全を最優先にするという本末転倒なことも、時には生じたものと思います。

やがて、王様の周囲に、娘を王妃として嫁がせ、権力者になろうという人間が現れたり、王妃や側室が自分の息子を次の王様にしようと、陰険な闘争を繰り返したり、自分の息子に王位を継がせた王妃が、実質黒幕として政治を牛耳ったりというようなことが、頻繁に起こるようになりました。こういった歴史は、世界中のどの王室にも共通で、勿論日本も例外ではありません。

横暴な王様の乱行が、国を危うくすることを避けるために、世襲の王位は形式的に認めるものの、王様の実権をできるだけ排除しようという側近や周囲の企みも現れ、実権を取り戻そうとする王様との間で、いざこざが生ずるようにもなりました。

プロイセン王の実妹で、スウェーデンの王妃になったロビーサ・ウルリカは、勉学好きの賢い王妃として有名ですが、貴族に実権が移ってしまっている政治の実権を王様に取り戻そうと、女ながらに企みます。野心のない夫の王様には見切りをつけ、息子(グスタフ3世)に夢を託して、その尻をたたきます。グスタフ3世は、母親が望むとおりの『強い王様』になりますが、今度は、母子の確執が表面化し、ボクチャンとして従順であった息子は、一転して母親をを幽閉してしまいます。母親は、幽閉のまま、失意の中で亡くなります。悲劇はこれにとどまらず、グスタフ3世は、仮面舞踏会の最中に、仮面姿で暗殺されます。『王様という仮面をつけて、王様の役を演じきろうとした悲劇の人物』の象徴的な結幕として、この事件はベルディのオペラ『仮面舞踏会』の題材になりました。

王様に生まれついてしまった人間が、自分の本性を抑圧して、周囲の期待に応え、立派な王様になろうとするところに、色々な無理が生じ、悲劇に翻弄されるという事例は、これまた、世界中に共通な話です。梅爺がこのような立場にあったら、『もうイヤ。王様なんかヤーメタ』と投げ出すものと思いますが、生真面目な人はそうはいかないのでしょう。

| | コメント (0)

2010年7月 1日 (木)

王様はつらいよ(3)

『人間は、誰もが生まれながらに、平等な基本的権利を保有する』『男女は、平等な基本的権利を保有する』などという思想が確立して、まだ数百年しか経っていません。しかも、イスラム圏では、現在でも『男女平等』が確立しているとは言えません。

『人間は、生まれながらに既に決められた生き方が運命付けられている』という考え方が、人類の歴史の大半を支配してきました。現在の『常識』ではなく、このような過去の『常識』で観ないと、王様に関する理解は進みません。歴史を考える上で、これは重要なことなのですが、意外に難しいことで、私たちは、『現在の常識』で、過去を観てしまいがちです。たとえば、ナポレオンの時代に、ヨーロッパの知識人が、エジプトに関して、どの程度の『知識』を持っていたかを考えないと、ナポレオンのエジプト遠征は理解できません。エジプトの古代文字ヒエログリフの解読は、当時未だできていない時代ですから、ナポレオンはピラミッドの存在程度は知っていたにせよ、私たちが現在保有するようなエジプトの歴史に関する知識は持っていなかったことになります。そういう前提で、彼の行動を観る必要があります。戦利品として、オベリスクを誇らしげにフランスへ持ち帰ったのは、『人類の文化遺産の破壊、略奪行為』であるなどとは、微塵も感じていなかったのではないでしょうか。

王様の『賢い能力』に周囲がひれ伏すというのが、理想ですが、どの王様も『賢い能力』の持ち主であるとは限りませんから、『権威』を周囲へ見せつけるために、庶民には想像もつかない『きらびやかな宮殿』『きらびやかな衣装、王冠』といった外見上の要素で対応しようとします。更には、『自分は神の意志を受けた神の代理人である』と主張して『神の権威』を利用する王様が現れたり、『自分に反抗するものは全て処刑する』という恐怖で周囲をひれ伏させる暴君が現れたりします。

本当は、普通の弱い人間が、王様になることを、運命づけられてしまうと、『王様はつらいよ』などと泣き言はいえませんから、次々にとんでもないことを考え、実行するものだということが分かります。歴史上、名君と言われる王様が少なかったり、幸せな一生を送った王様も少ないのは、こういう背景があるのであろうと梅爺は感じています。

| | コメント (0)

« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »