« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月31日 (月)

人の心、動物の心(2)

動物全般にわたり、心があるかどうかを論ずる知識を梅爺は持ちませんが、我が家の飼い犬を観察すると、犬は明らかに『情』を持っているように見えます。嬉しさはしっぽをふって表現しますし、怒れば、うなり声で威嚇します。基本的には、人の本能的な『情』の表現と異なることはありません。

問題は、犬にも『理』が働いているかということになりますが、これは『理』の範囲をどのように定義するかで、異なった答になります。我が家の犬は、家の中ではなく、庭で飼われていますが、梅爺が2階のベランダでタバコを吸っていると、姿は見えなくても臭いで、梅爺の存在を感知し、『クンクン』と甘えた鳴き声で応えます。『タバコの香り』『梅爺の存在』を論理的に結びつけているわけですから、少なくとも『簡単な論理判断』はできていることになります。今は、耳が遠くなってしまいましたが、昔は、我が家の車のエンジン音で、飼い主が出かけたり帰宅したりすることも、理解して反応していました。

我が家の犬は、知らない人には吼えますが、一度見知った人には吼えません。昔一緒に暮らしていた、梅爺の息子も娘も、今は家を離れていますが、時折帰省した時でも、犬は覚えていて、しっぽをふって嬉しそうにしますから、『記憶を利用した判断』はできていることになります。息子は外国暮らしですので、帰省は何年ぶりというようなこともありますが、忘れることはありません。これは、『理』に属する行為です。

人間は、目が見えなくなったり、耳が遠くなったりすれば、失望したり悩んだりします。つまり『変化』がもたらすであろうことを、色々と『推測』して、多くの場合心に悩みを抱えます。『こうなったらどうしよう』『ああなったら大変だ』『あのことが今までとおりにはできなくなってしまう』と、『仮想状況』を推測することが、悩みを生み出すことになります。高度な『推論処理能力』を持っている故に人間は『悩む』と言えます。

少なくとも、我が家の犬は、耳が遠くなったことを、『悩んでいる』ようには見えません。『高度な推論処理機能』をもたないためか、高僧のように『煩悩』を脱却した境地にあるのかは、犬に訊くわけにもいきませんので、分かりませんが、多分前者なのでしょう。

高度な『推論処理』は、持たないにしても、犬は簡単な『論理処理』『記憶参照処理』はもっているとすれば、人の『理』とは同程度でないにしても『理』は働いていると考えることができます。

『情』と『理』の絡み合いが『心』であるとすれば、犬にも犬なりの『心』があるという結論になりそうです。犬も、不安には怯え、それが原因でノイローゼにもなりますが、少なくとも、人間のように『変化がもたらすであろう先のことを推察』して、悩んでいるようには見えません。犬にとっては、わけもわからない『現在の不安』がノイローゼの原因です。勿論、自分の中に『邪悪な心』があるなどと、悩んでいるようにも見えません。

| | コメント (0)

2009年8月30日 (日)

人の心、動物の心(1)

『動物にも、人の様な心があるのだろうか』という議論を耳にすることがあります。梅爺のような理屈っぽい人間は、先ず『心』の定義を明らかにしてもらわないと、闇雲にこのような議論には乗れません。

脳に関する本を色々読んでみて、『脳の総合的な働き全体が示す現象』というような定義が、『心』の定義としては、無難なところではないかと考えるようになりました。脳は身体の一部ですから、脳あっての『心』であり、『心』や『魂』や『霊』が、身体とは別に存在するという説には疑念を抱いています。

梅爺流に拡大解釈すると、脳の総合的な働きは、『意識(随意』『無意識(不随意)』、『理』『情』が、複雑に絡み合う状態が醸し出す現象ということになります。

『情』は、本来生物としての生き残りに必要な、本能的な機能で基本的には構成されていて、『無意識』に支配されることが多いように感じます。『悲しい』『寂しい』『楽しい』『腹立たしい』は、現象が起きた後で、その理由は何であるかを『理』で確認することはできたとしても、本来『なぜか悲しい』『なぜか寂しい』『なぜか楽しい』『なぜか腹立たしい』というような、不意に襲ってくる感覚が先行しますので、脳の中の、『情』でかつ『無意識』な部分が、先ず反応しているように思われます。

『ひとりぼっちは寂しい』という感覚は、人間の先祖が、本能的に一人でいると身に危険が迫ることを感じ、仲間の群れに戻るようにという『危険信号』として、進化の過程で獲得したものではないかと思います。人間なら誰でも感ずる共通の感覚ですが、本来は『本能』であったものが、『情』に組み込まれたのではないかと推察されます。したがって『理』で、『頑張って寂しさを克服しなさい』などと諭しても、寂しさが解消するようなわけにはいきません。人間は、どちらかと言えば『理』より『情』に強く支配されるようにできているのではないかと思われます。

独り暮らしの老人が、ペットを飼ったり、テレビに向かって話しかけたり、亡くなった人の遺影に向かって話しかけたりするのは、『寂しさを紛らわせようとしている』ことには違いがないのですが、大昔の本能の話しに戻れば、『仲間の群れに戻る行為』に代わるものとして、『誰かと一緒にいる』という感覚を無意識に欲していることの表れではないかと思います。人間は、基本的には、群れをなさないと生きていけないようにできています。

梅爺の長兄のQ翁は、妻を亡くし独り暮らしになり、『言いようの無い寂寥感で、何もする気がなくなった』と語っていました。『情』に厚い人ほど、この感覚は強いのでしょう。Q翁は、その後、プロテスタントの教会に通い、信仰の仲間を得、『自分の中に、神や亡くなった妻が存在している』という実感を得て、むしろ『感謝の日々を送る』ようになりました。Q翁は独り暮らしでありながら、精神生活では、『独り暮らし』ではないという心境を得たことになります。

人間にとって、いかに『信仰』が強い力を発揮するかが分かります。医者の助言や、薬だけでは、このようなことは起こらないからです。しかし、Q翁が『自分の中に神や、亡くなった妻が存在している』と考えるようになったのは、『情』だけでなく『理』も大きな役割を果たしているように梅爺は感じています。自分で自分を納得させる行為は、『理』の典型的な機能であるからです。もっとも、Q翁からは、『そんな、小賢しい、単純な話ではない』と、叱られそうな気もします。

人間の『心』は、脳の総合機能を駆使した精神活動であることが分かります。もし、これと同じことが動物の脳の中でも起きているのであれば、動物にも『心』がある、ということになりますが、果たしてどうなのでしょうか。

| | コメント (0)

2009年8月29日 (土)

ペリクレス(3)

『ペリクレス』が、優れた構想力と実行力の持ち合わせた為政者であったことは、その遺業を見ればわかります。更に『直接民主主義』の体制で、永年為政者であり続けたことは、『人徳』も兼ね備えていたのでしょう。日本の現状と比較して、羨ましくなります。

『ペリクレス』は、アテネは、陸戦ではライバルであるスパルタに勝てないと分析し、強固な城壁を建造します。その分海軍を増強し、海戦に持ち込んでスパルタを打ち負かそうと考え、当時としては画期的な、上下に3段のオールを配備した、高速戦艦を建造して待ち受けます。相手と自分の関係を冷静に分析し、強み、弱みを認識して、具体的に対応する能力は、まさしく『戦略家』です。

案の定、スパルタが攻めてきますが、陸の戦いでは無理をせず、城壁でなんとか食い止めます。

期待の戦艦で、海戦では一泡吹かせようと満をじしていたときに、アテネは思いもよらない『敵』に遭遇し、国力は急速に疲弊し、スパルタの軍門についに下ることになります。

その『敵』は、アテネの繁栄を支えていたエーゲ海を利用する海上貿易の船でもたらされた『病疫菌』でした。現在その『病疫』は『腸チフス』であったと推測されています。このため、アテネの人口は1/4に減少し、『ペリクレス』自身も、この病気で亡くなったと考えられています。

さすがに賢明な『ペリクレス』も、このような『予期せぬ敵』の出現は、見通せなかったことになります。

科学知識が増えた今日でも、人類は依然として『予期せぬ敵』の出現に遭遇し続けています。それは、地球環境の激変とそれに伴う生態系の変化であったり、新種の病原体(ウィルス)の出現であったりします。

自分で作った兵器で自滅する確率より、このような『予期せぬ敵』の攻撃で滅亡する確率の方が高いのではないでしょうか。同様に個人の死も、本人には予期できぬ原因が引き金となることが大半です。健康に留意を重ねることは、無意味ではありませんが、対応範囲は限定され、『攻撃』をすべて撃退することはできません。全てを『予知』できないのは人間の宿命ですので、自分の死に関しては、『謙虚に結果を受け入れる』以外に方法はありません。

| | コメント (0)

2009年8月28日 (金)

ペリクレス(2)

『ペリクレス』が人類史上、優れた為政者の一人と考えられるのは、『直接制民主主義』のルールの中で、30年にわたり、都市国家アテネの統治を継続したという事実からです。実質、官僚に支配されている『政党』の中のパワーバランスで『総裁』に選ばれた凡人でもなければ、いかがわしい歴史の偶然で『将軍様』になってしまった独裁者でもありません。

2500年後の私達が、『ペリクレス』の偉業を偲ぶことができるのは、彼が残した、『パルテノン神殿』や『上下水道施設』の遺跡を見る事ができるからです。勿論、『ペリクレス』は、『計画』を立て、『財源』を確保し、『実行』を命じただけで、実際の建造物や施設は、当時の市民である『職人達』『労働者』の手によるものです。『パルテノン神殿』を作るために、10数キロメートル離れた、石切り場から、大理石の素材を切り出し、丘の上まで『運搬』した人たちや、それを加工して、継ぎ目に紙一枚挿入できないほどの精巧さで、積み上げた人たちが沢山いたことが想像できますので、当時の文化レベルや技術の高さには驚かされます。

重い大理石素材を、どのようにして積み上げていったのかに関しては、諸説ありますが、この番組では『木製のクレーン、滑車とロープを使用した』のではないかと、説明していました。いずれにしても危険な作業で、8年にも及ぶ工期間中には、何人もの人達が、事故の犠牲で亡くなったことであろうと、梅爺は想像しました。

『パルテノン神殿』ほど、後の人類の『建築』に影響を及ぼしたものは少ないといわれています。柱のふくらみ(エンタシス)や、人間の視覚上『水平』に見せるための、微妙な湾曲などの『技術』が有名です。

完成時は、外観は全て塗料で塗られた極彩色であり、内部には高さ9メートルの石の彫刻『女神アテネ(アテネの守護神)像』が祀られていたと考えられています。

『パルテノン神殿』を眼にした当時のアテネ市民の『満足感』と『優越感』は、どれほど大きいものであったかは、梅爺でも想像することが容易です。市民を犠牲にすることなく、偉大な市民の『団結の象徴』を作り上げた『ペリクレス』は、人間社会を統率する術を心得ていたのでしょう。

| | コメント (0)

2009年8月27日 (木)

ペリクレス(1)

BS日テレの、『ペリクレス』に関するドキュメンタリー番組を録画しておき観ました。キリストの出現より500年も昔の、2500年前にギリシャの国家都市アテネの為政者であった人物です。

その後の人類の歴史に多大な影響を及ぼした『為政者』の中で、『ペリクレス』は特筆すべき人材の一人であることを再確認しました。

その中の、一つは、『民主主義』の原型を採用したことでしょう。現代の多くの国家で採用されている『民主主義』は『間接制民主主義』ですが、『ペリクレス』が採用した『民主主義』は、『直接制民主主義』です。『くじ引き』で、アテネ市民から500人の成人男性が評議委員として選ばれ、この評議委員の投票(小石をつぼの中に投げ込む形式)によって、為政者の選出や、国家の重要事項の採択が行われました。『ペリクレス』は、この議会のために立派な『評議会場』を建設しています。現在で言う『国会議事堂』の原型です。

一人の為政者に権力が集中しないように、有害な人物と思える人物を追放する『しくみ』もありました。陶片に『有害人物』の名前を書いて、これもつぼの中に投げ入れる『投票方式(Ostracism)』です。追放された人物は、財産を全て没収され、10年間『国外追放』になりました。『ペリクレス』は30年にわたり為政者の地位にありながら、一度も『追放』されていないわけですから、市民の絶大な支持があり、自分もそれをわきまえていたにちがいありません。

国民の支持がなくとも、為政者であり続ける人物がいたり、国民のあずかり知らぬ事情で、猫の目のようにコロコロ為政者が変る日本とは大違いです。『間接制民主主義』では、国会議員が国民による選挙で、『国民の声を代弁する見識者』が選ばれることが『タテマエ』ですが、実態は、志を持たない『ただの世襲者』『自己権益の拡大が目的の人物』『見識などとは程遠い単なる有名人』などが選ばれることになっているのが日本の悲劇です。『政党』の存在も、政党の都合で立候補者が決まりますので、『国民の声の代弁』とは言い難いものになる弊害を含んでいます。

日本の地方自治の為政者は、直接投票で選ばれますが、その権限は『国家官僚』によって大きく制約されるという、巧妙な『しくみ』になっています。『間接制民主主義』は、本来『直接制民主主義』より『効率の良いしくみ』として進化してきたもののはずですが、今では『弊害』の方が目立っているのは、皮肉な話です。ITの進歩で、『効率の良い直接制民主主義』の導入も、可能な時代になってきましたので、今後、重大なことの決定には『直接制民主主義への回帰』がありえるかもしれません。

勿論『ペリクレス』も『非の打ち所のない政治家』であったはずはありませんが、それでも現在の日本人からみると羨ましい資質の人物です。

| | コメント (0)

2009年8月26日 (水)

仏の顔も3度

上方いろはカルタ『ほ』の、『仏の顔も3度』の話です。

腹の中は、煮えくり返るようなのに、『俺も、仏の○○と言われる男だ。ここは我慢我慢』と許してやったのに、さすがに同じ相手が3度同じようなマチガイを起こしたときは、仏顔で見過ごせない、という状況が目に見えて、笑ってしまいます。『3度』という数字も微妙で、『5度』とか『10度』とかになると、現実味が失せます。

この『マチガイ』は、『人は、うっかりマチガウことがある』と鷹揚(おうよう)に許せる程度の話で、『殺人』とか『強盗』とか、最初から悪意のある『大罪』の場合は、こうはいきません。

マチガイを起こしたときに、相手がとがめなかったから『許してもらえた。助かった』と単純に受け止めてしまう、感性の乏しい人間を戒める諺なのでしょう。

マチガイを起こした人間は、普通は『シマッタ』と思うわけですから、『見過ごしてもらいたい』と思う気持ちが、『許してもらえた』と思いこみたい気持ちにつながることは、梅爺も、自分の過去を振り返れば、分からないでもありません。

政治家の『裏金事件』などは、3度どころか一向に後を絶つ気配がありませんから、国民は『仏顔』どころか、あきれかえって口もきけませんが、当の政治家先生は、『秘書がやった話で、知らなかった』『法に照らしてやましいことはしていない』『説明責任は十分に果たした』などと、決まり文句を言って、『免罪』されたかのごとく厚顔に振舞うわけですから、いろはカルタの諺を真摯に受け止めようとする庶民とは、異なった人種なのでしょう。

プロ野球の選手は、ひどいミスが3回も続けば、使ってもらえないばかりか、2軍へ降格するのは当たり前ですが、プロの政治家は、『落ち度はすべてゆるしてもらえる』と思い込み、『2軍落ち』しないばかりか、首相や大臣にまで上り詰めてしまうのは、どういうことなのでしょう。そうかと思えば、何もしないまま『この重荷には耐えられない』と、職務を放り出す首相がいたりしますので、政治家は、庶民の理解をはるかに超えた人種としか言いようがありません。

| | コメント (0)

2009年8月25日 (火)

Arthur & George(アーサートジョージ)(7)

コナン・ドイルは、若い頃から『降霊現象』に興味を抱き、やがて、その信奉者となります。自らの死に際しては、死後も霊による交流ができるので、喪に服したり、悲しんだりしないように家族に言い残したらしく、家族も忠実にそれに従いました。葬式にあたるものは、家族だけで、ささやかにとりおこないましたが、『降霊現象』を信奉する人たちの主催で、なんと1万人もの人が参加した『降霊集会』が、ロンドンのアルバート・ホールで開催されました。中には、興味本位の野次馬で参加した人たちも多かったのでしょう。

当時の新聞は、さすがにあきれて『シャーロック・ホームズもついに頭がおかしくなったのか』というタイトルで記事を載せています。

『Arthur & George』という小説の最終章は、この『集会』の様子を詳細に再現しています。ジョージも、恩人であったアーサーに最後の別れを告げようと、こっそりこの集会へ参加したという設定になっています。

壇上には、アーサーの霊が現れるための椅子が置かれ、家族(後妻とその後妻との間にできた二人の息子)もその周りの椅子に座ります。司会者による進行で、いくつかの賛美歌が歌われ、パイプオルガンの演奏などもあった後に、『霊媒者』の女性が現れ、会場にいる何人かに関係する『霊』を呼び出し、その『霊』のメッセージを仲介して見せます。そして、ついに『サー・アーサー・コナン・ドイル』の霊が、今ここに『存在する』と宣言し、そのメッセージを家族に伝えます。勿論、『霊媒者』の女性が、『霊が今ここにある』と宣言し、一方的に『メッセージを伝えた』だけですから、会場の人間には、特別何かが『見えたり』『聞こえたり』したわけではありません。

ジョージは、一人の人間の死に、大群衆が、哀悼や悲しみではなく、異様な熱気で対応する様子に圧倒されますが、壇上で行われていることは、『イカサマの猿芝居』にすぎないと感じます。

20世紀初頭のロンドンで、著名な作家の死後の集会が、このように行われたことを知って、梅爺は、驚きました。人は生前の業績を『何らかのかたち』で残すことはできるとしても、死によって、その人の心や精神も、全て無に帰すと考えているからです。科学知識が現在より乏しかったとは言え、今からたった100年くらい前のことですので、現在でも『降霊現象』は信じないにしても、死者の霊が存在すると『信ずる』人が、まだ沢山おられることは、不思議な話とは言えません。梅爺にしても、霊が存在しないことを『証明する』能力はありません。ただ『存在しない』と仮定した方が、多くのことが『理に適って見える』と考えているだけです。

コナン・ドイルが、何故『霊の存続』にこだわったのかは、推量するしかありません。愛する家族との絆が断ち切られることが、耐えられなかったのかもしれません。それにしても、1万人の人を巻き込むのは、いくらなんでも、やりすぎではないでしょうか。

| | コメント (0)

2009年8月24日 (月)

Arthur & George(アーサーとジョージ)(6)

この小説では、英語の動詞『think』『believe』『know』が重要な役割を果たしています。小説の中で、アーサー(コナン・ドイル)が始めてジョージに会った時に、『私は、あなたが無実だとは思いません(don't think)。また無実であると信じているわけでもありません(don't believe)。でも、あなたが無実であることを知っています(know)』と告げる設定になっています。

日本語の『思う』『信ずる』『知る(知っている)』のニュアンスを想定して読むと、この文章は難解にも見えますが、英語では、人間の頭の中にあることの『確信度(強さ)』を示す順序は、以下であることがわかります。

(know)>(believe)>(think)

つまり『know』は、『全く疑う余地なく知っている』ということで、『believe』『think』には、無意識であったとしても、頭のどこかに、程度の差はあれ、『疑念』があることを示しています。

この小説の著者は、初対面の人に、『無実であると知っている』とアーサー(コナン・ドイル)に語らせることで、アーサーの性格を表現しようとしています。日本語で表現すれば『こうと思ったら梃子(てこ)でも動かない』性格の人物ということになります。このような性格は、『意志の強さ』という点では美徳かもしれませんが、『思い込みが激しい』という点では、周囲を辟易(へきえき)させることにもなります。シャーロック・ホームズは、相手の身なりを観て、その人の出身地や職業を当てたりして、読者をビックリさせますが、これらも、沢山ある可能性の中から、コナン・ドイルが一つだけを断定的に提示していると言えない事はありません。

一方、作者は、この小説のもう一人の主役であるジョージに、小説の最後の部分で、『人生を振り返ってみると、私は沢山のことを思いめぐらしてきました(think)。そして、少しのことは信じてもきました(believe)。でも、確かに知っているといえることはほとんどありません(don't know)』と述懐させています。

アーサーとジョージの、性格の決定的な違いを、三つの動詞で、見事に表現しています。そして作者は、アーサーよりジョージの人柄に共感を抱いていることも分かります。

梅爺も、ジョージのような人間でありたいと願いますが、現実には、しばしばアーサーになってしまい、周囲を困惑させてきました。世の中には、アーサーのような人も、ジョージのような人も沢山いますが、それと同時に梅爺のように、時にアーサー、時にジョージという人もまた、沢山いるのではないかと想像しています。皆さんは、ご自分をどうみておられますか。

| | コメント (0)

2009年8月23日 (日)

Arthur & George(アーサーとジョージ)(5)

人は、『自分が他人から良い人間であると思われたい』という動機で行動することがあります。梅爺も、事後にこれを感じ、嫌悪感に陥ることが、しばしばあります。『正義のために立ち上がる』と『正義のために立ち上がる人間であると、自分を見せたいために立ち上がる』は、外見は同じでも、大きな違いがあります。そんな理屈をこねなくても、結果が同じならば良いではないか、というわけにはいきません。『良い夫(妻)でありたい』と、『良い夫(妻)であると思われたい』の間には、雲泥(うんでい)の差があります。

この小説で、作者は、コナン・ドイルを、『体裁のために行動しながら、自分は体裁のためではなく、自分の信念で行動していると思い込んでいる人間』として描いているように感じました。世間の『成功者』といわれる人に、このタイプは多いのではないでしょうか。『成功者』になればなるほど、この傾向が強まるのが普通です。自分に対して嫌悪感など微塵も感じなくなりますので、全く手に負えなくなります。赤の他人の冤罪を晴らすために立ち上がったアーサーを、世間は『正義の人』ともてはやしますので、本人は『正義の人』になりきってしまいます。しかし、著者は、有名人をいたずらに賛美するのではなく、冷徹にコナン・ドイルの、この『弱点』を観ています。

一方、ジョージは、何事にも控えめで、外見は魅力のない男でありながら、ものごとの本質を冷静に観ることができる人間として描かれています。梅爺は、大いに共感しますが、皮肉なことに、このようなタイプの人間は、世の中の『成功者』には、なかなかなれません。ジョージは、自分の『冤罪』を晴らすために、アーサー(コナン・ドイル)が、ものすごいエネルギを費やしてくれたことには、感謝していますが、アーサーの動機は、アーサー自身のためであって、たまたま、自分の事件が、そのために利用されたことを感じ、違和感を感じています。つまり、アーサーの『体裁(スタンドプレイ)志向』を、鋭く見抜いています。勿論、『人にはそういう面がある』ことも承知しているわけですから、アーサーを非難はしていません。『成功者』であるかどうかを別にすれば、人間としての器(うつわ)は、ジョージの方がはるかに大きいと言えるのではないでしょうか。

明らかに、この本の著者は、『成功者』のアーサーより、『凡人』のジョージに暖かい目を注いでいるように感じます。

梅爺も、ジョージのような人間にあこがれますが、自分の中に、アーサーに近い嫌な性格があることを知っていますので、自分の今までの人生を振り返り、非常に身につまされながら、この小説を読みました。

| | コメント (0)

2009年8月22日 (土)

Arthur & George(アーサーとジョージ)(4)

法律は裁判によって、『有罪(Guilty)』か『無罪(Innocent)』かの白黒決着をつけることを求めていますが、この冤罪事件に関する英国法務省の『調査委員会報告書』は、『有罪』『無罪』を曖昧(あいまい)にして、『免罪にする(Pardon)』という言葉を用い、偽善的な決着をつけようとしたものでした。『実質的な無罪』ともとれますが、関係者(警察、裁判所、法務省)へのお咎めは無視し、『謝罪』も『賠償金支払い』も無しで済ませるための、姑息な解決策です。

当然、アーサーもジョージもこれに反撥し、再度新聞による批判キャンペーンをはります。これにより、国会での質疑にまで発展しますが、法務省は『免罪にする』という横車を押し通してしまいます。『家畜惨殺の犯人とは言えないが、匿名手紙による恐喝事件の犯人ではないとは言えない』という、ひどい論理を押し通したことになります。国家権力の前では、庶民の『正義』などは無視されるという事態が、現在の日本の話だけではなく、どの時代、どの国にも存在することであることが分かります。

アーサーは、妻に死なれた後に、10年間日陰の恋人であった女性と再婚します。この結婚式に、夫妻は、ジョージを招き、列席した大勢の著名人の前で、ジョージを『私の最高の友人』と紹介します。著名人の誰もが、ジョージの『身の潔白』には疑念を抱かず、拍手で讃えます。

新妻も、『今日の日が迎えられたのは、あなたのお陰です』とジョージに感謝を伝えます。ジョージは、何のことか一瞬理解できませんが、無実にもかかわらず3年の刑期に耐えたことが、新妻が、日陰の身を10年間耐え抜いたことの支えであったことを知ります。

この小説の本当の素晴らしさは、このような『筋書き』にあるのではありません。登場人物の性格設定と、場面場面での心理描写が見事なことにあります。文学好きの方は、梅爺のブログを読んで、本を読んだ気にならずに、『現物』をお読みいただくことをお奨めします。

| | コメント (0)

2009年8月21日 (金)

Arthur & George(アーサーとジョージ)(3)

この小説で、アーサーが、コナン・ドイルという有名人であるのに対して、ジョージは、歴史上は無名の人物です。あらゆる点で、アーサーとは、対比的な人物像として描かれています。極度の近視で、体格も貧弱な上に、スポーツなどには興味を示さない真面目一辺倒な男ですので、日本流に言えば、『石部金吉』といったところです。

父親は、インド人ですが、英国に渡り英国国教会の牧師になった人で、母親はスコットランド人です。ジョージは、この極めて信仰の厚い両親の元で、英国の田舎の牧師館で厳格に育てられます。勉学に励み、弁護士の資格を取得して、近隣の町に事務所を構え、牧師館から汽車で事務所へ通勤します。『法律』を学んだために、父親への敬愛は変わらないまでも、キリスト教の教義には、内心疑念を抱くようになっていきます。

牧師館のある地域一帯で、『匿名の手紙による恐喝事件』『家畜の惨殺事件』が立て続けに発生し、不幸なことに、ジョージがこの『全ての事件の犯人容疑者』として逮捕されてしまいます。しかも、裁判による陪審員の票決結果は『有罪』で、7年の実刑が確定してしまいます。この地方の警察署長の、インド人に対する『人種的な偏見』が背景にあり、証拠物件も警察によって『捏造』されたのではないかと思われるほど、いかがわしいものでした。20世紀初頭のイギリスの田舎では、こんなひどい人種差別や意図的捜査が、まだまかり通っていたことが、わかります。

ジョージの家族や知人、弁護士などが、『不当裁判』を訴え続け、英国法務省は、刑期が3年過ぎたところで、ジョージを『仮釈放』します。勿論、常に居場所を警察へ届ける義務を負うような条件がついていてのことです。あるときアーサー(コナン・ドイル)は、ジョージに関する新聞記事を読み、興味を感じ、早速ジョージに面会して、その誠実な人柄を知り、『有罪判決』は『冤罪』であることを確信します。

ここから、アーサーの『シャーロック・ホームズ』ばりの私的な調査が行われ、有名人の立場を利用した新聞による大々的な、警察、裁判、法務省に対する、批判キャンペーンが開始されます。

ついに、法務省も無視できなくなり、『調査委員会』を設置して、報告書を発表しますが、この内容は、官僚主義丸出しの、ひどいものでした。つまり、ジョージは『免罪』にするが、警察署、裁判所、法務省には、何のお咎めもないという内容でした。アーサーとジョージが求めた、『国の謝罪』『関係者の責任追求』『賠償金の支払い』は一切無視されました。

| | コメント (2)

2009年8月20日 (木)

Arthur & George(アーサーとジョージ)(2)

『シャーロック・ホームズ』の全てを知ろうと、研究に没頭する『シャーロッキアン』と称する人たちが世界中にいます。前に、神戸北野の異人館を見学した時に、『英吉利(イギリス)館』の中に、ベーカー・ストリートの『シャーロック・ホームズの部屋』が再現されていました。勿論想像の産物です。この館の元の住人が作ったものではなく、後に観光用に部屋を改造したものであろうと思います。拡大鏡、顕微鏡、ピストル、それにバイオリンなどが、もっともらしく置かれていました。

シャーロック・ホームズの作者、コナン・ドイルがどんな人物であったのかは、梅爺は今まであまり知りませんでした。『アーサーとジョージ』という小説は、歴史上の事実を調査して書かれた小説ですので、ここに登場するアーサー(コナン・ドイル)は、実像に近いものと思いますが、作者の想像による虚構も含まれているものとわきまえて読む必要があります。

アーサーは、子供の頃、父親が怠け者(うつ病気味)であったために、気丈な母親に育てられました。母親が、勇ましい騎士の物語をアーサーに語って聞かせたこともあり、冒険を夢想する少年として育っていきます。後に作家となる下地がここにあったのかもしれません。スポーツ好き、冒険好きの、体格にも恵まれた快活な青年となり、オーストリアに留学した後に、イギリスで眼科医を開業します。余技に書いた探偵小説が世界中で大ヒットし、富と名声(イギリス王室からサーの称号を授与される)を手に入れ、専業の作家になります。結婚して、2人の子供(娘と息子)にも恵まれますが、どんなことでもアーサーに反対しない従順な妻が、病気になり、永年の自宅療養が続くことになります。

このとき、声楽家の若い女性と出会い、2人は恋に落ちますが、当時(20世紀初頭)のイギリスの社会倫理観、宗教倫理に強く縛られ、二人の関係は、ストイックでプラトニックなものとして、アーサーの妻が亡くなるまで、約10年間続きます。妻や家庭も愛し、世を忍ぶ若い恋人との関係も断ち切れないという、男の心理が見事に描かれている小説でもあります。

『理』と『情』の両方を豊富に持ち合わせた男性が、当時、『科学』や『宗教』をどのように受け止めていたのかと考えながら、梅爺はこの小説を読みました。アーサーは、科学はやがて色々なことを明らかにするであろうと期待する一方、『降霊現象』のような、超自然現象に強い興味を示しています。『理』を重んずる姿勢は、『シャーロック・ホームズ』を見れば明らかです。彼は、無神論者とは言えませんが、敬虔な信仰の持ち主とは程遠い人物として描かれています。一方、恋に落ちた若い女性は、最初は信仰深い人間でしたが、恋人(コナン・ドイル)の色に染まり、やがて『降霊現象』の信者に変わっていきます。恋は盲目といった風情です。

小説を読むことは、今まで見ず知らずだった人と遭遇するような楽しみがあります。作家の力量もあり、この小説の登場人物は、誰もが『人間臭く』、良くも悪くも魅力的です。

| | コメント (0)

2009年8月19日 (水)

Arthur & George(アーサーとジョージ)(1)

梅爺は、本屋に出向くと、衝動買いをしてしまう悪い癖があります。イギリス人の作家Jurian Barnesの小説『Arthur & George(アーサーとジョージ)』という、著者に関しても、書名に関しても、それまで全く知識のなかった英語版ペーパーバックも、衝動買いした一冊です。

敢えて、理由を探せば、この本が、2005年の英国『The Man Booker Prize』にノミネートされていると表紙に書いてあったので、日本の『直木賞』のようなものだろうと勝手に憶測し、アメリカのチャラチャラした大衆小説とは異なり、小説文化が歴史的に成熟しているイギリスらしい重厚な内容にちがいないと、これまた勝手に『感じた』ためでした。

結果的に、この衝動買いは大成功でした。アーサーとジョージという、生まれも育ちも違う二人の男が、運命的な出会いをするという、小説にはよくあるパターンなのですが、1/3位読み進んだところで、アーサーは、『シャーロック・ホームズ』の生みの親である、アーサー・コナン・ドイルのことであることを読者が知るような仕掛けになっています。

19世紀の末から20世紀の初頭にかけてのイギリスを舞台に、当時の人間の『科学観』『宗教観』『倫理観』『人種観』を窺い知ることができる『人間ドラマ』であると同時に、コナン・ドイルが登場するのですから、当然『推理小説』の要素も含まれている、『二度美味しいグリコ』のような、小説です。ジョージの冤罪を、アーサーの努力で晴らすというくだりが、推理小説まがいの設定になっています。しかし、当然ながらこの小説の主題は、推理小説ではなく、『自分の中に存在する矛盾にどう対応すべきか』という深遠な問題です。

主要な登場人物は、全て実在の人物ということですので、著者の綿密な事前調査があったことは予想されますが、一人一人の人物描写や心理描写は的確で、読んでいて、共感するしないは別にして、違和感なく感情移入ができます。コナン・ドイルも、シャーロック・ホームズのような人間として登場するわけではなく、恋愛問題で苦悩したり、『降霊現象』に興味をもったり、教会に疑念を持ったりと、世の中には沢山いそうな人間として描かれています。しかし、作者は、コナン・ドイルの『自己過信』『体裁志向』の性格に、『批判的』であると、梅爺は感じました。『自己過信』『体裁志向』は、梅爺も自分の内にある嫌な性格と感じていますので、他人事ではなく読みました。

全く事前知識のなかった本を購入して、勿論、期待が裏切られてガッカリすることもありますが、今回のような『満足』に遭遇すると、『俺の勘も、まんざらではない』と自惚れて(自己過信の最たるもの)、また衝動買いをすることになります。年金生活では、書籍代はバカになりませんが、老後の生き甲斐として、この悪癖は当分おさまりそうにありません。

| | コメント (0)

2009年8月18日 (火)

ローマ帝国は、何故キリスト教を国教としたのか(2)

コンスタンチヌス帝は、『本当は信仰心などなかった』と主張する人たちは、根拠の一つとして、死の床に伏せた時でさえも『洗礼』を受けなかったことを挙げています。しかし、ニケイアの宗教会議を自ら招集し、キリスト教の『教義』に関して、何が正当で、何が異端かを決定することにリーダーシップを発揮した皇帝が、キリスト教に関心が無かったとは、到底思えません。洗礼という儀式を受け容れなかったのは、神は信じていても、皇帝として、人間であるキリスト教の司教の前に跪(ひざまず)くことは、プライドが許さなかったのかもしれません。また、ニケイアの宗教会議は、その時点で、キリスト教の教義が一つではなく、宗派間で、論争、抗争があったことを示唆しています。

『政治的に、キリスト教徒を利用しようとした』という面も、勿論あったのでしょう。『地上の王』を信奉しないキリスト教徒も、自分達の神を信ずる皇帝は、尊敬の対象にするであろうと推測できるからです。見方を変えれば、皇帝でさえも無視できない勢力に、既にキリスト教がなっていたということになります。

『皇帝自身が神の啓示を受けた』という説としては、皇帝になる前にライバルと戦った時に、『(キリスト教の)神が現れ、勝利を約束した』というような、言い伝えが残されています。本当かどうかは証明のしようがありませんが、少なくとも戦闘に用いた旗には、『十字』の旗印を用いています。

『熱心なクリスチャンであった母ヘレナから感化を受けた』という説も、母親と息子の関係を考えれば、そうではないと反論することは難しいように思います。ヘレナは、自らパレスチナにまで出向き、聖遺物の蒐集に熱心であったと伝えられていて、カソリックの聖女の一人に挙げられています。

コンスタンチヌス帝の回心で、バチカンはその後、今日まで1500年以上『権威』を維持し続けています。ローマ帝国は滅びましたが、バチカンは生き残りました。人間の歴史の中で、これほど長期間権威を維持することに成功した『組織』は他にありません。地上の権力と、実にうまく付き合う術(すべ)と、莫大な富を背景にしていることはまちがいありませんので、『お見事』というほかありません。

また、ヨーロッパ全土が、キリスト教を信奉する国家になったのも、コンスタンチヌス帝の功績です。現代のキリスト教を作り上げた功労者は、イエス、パウロ、コンスタンチヌス帝の3人であることが分かります。この3人がいなければ、人類の歴史は変わったものになっていたに違いないからです。

| | コメント (0)

2009年8月17日 (月)

ローマ帝国は、何故キリスト教を国教としたのか(1)

『ローマ帝国は、何故キリスト教を国教としたのか』という、疑問は、梅爺の興味の対象の一つです。

もともと、ローマ帝国は、文化的には先進国ではなく、ヘレニズム文化(ギリシャ)の多神教の影響を受けていましたが、その後版図(はんと)を拡大した時には、制圧した土地土地の土着の宗教を否定せずに、認めていました。ローマ帝国が巨大になれた一つの理由はは、この柔軟な『宗教政策』に因るものと考えられています。見方を変えれば、宗教をそれほど重視しておらず、『神は唯一』という概念も持っていなかったのでしょう。自分達が制圧した民族は、自分達より劣ると観て、他の民族が信奉する神などは、歯牙(しが)にかけなかったのかもしれません。

しかし、次第にローマ帝国支配下で、大きな勢力となりつつあったキリスト教は、『地上の王』である皇帝よりも、キリスト教の神だけを崇拝の対象とすることが鮮明になってくると、皇帝は、キリスト教徒がやがて国家(皇帝中心の考え方)基盤を危うくするものと感じ、弾圧し始めます。キリスト教徒のグループを闘技場の真ん中へ引きずり出し、ライオンに襲わせて見世物にするなどるなどの、むごいことが行われたとも伝えられています。

4世紀にコンスタンチヌス帝が、キリスト教をローマ帝国の国教とする基盤を作り、首都をローマからコンスタンチノープル(イスタンブール)へ移したというような『史実』は、勿論梅爺も理解していますが、それまでの歴代の皇帝が、あれほど過酷な弾圧を加えてきたキリスト教を、何故突然採用することになったのかは、いかにも唐突な話に見えます。しかし、少なくとも、ユダヤのイエスの教えで始まったキリスト教は、その時点で、ユダヤ人が信奉するユダヤ教とは『別物』という認識が、ローマ社会に定着していたと想像できます。『ユダヤ戦争』で、ユダヤがローマ帝国に刃向かう原因となった属州(植民地)ユダヤの宗教を、当のローマ帝国が採用するはずは無いからです。前に、何度も書きましたが、この『別物』のイメージを作り上げることに貢献した最大の功労者はパウロであったと考えられます。

コンスタンチヌス帝が、キリスト教を受け容れた『理由』については、多くの歴史学者が、色々な説を唱えています。『本当は宗教心など無かったが、勢力を増し、無視できなくなったキリスト教徒を政治的に取り込んだ』『自ら神の啓示を受ける体験があった』『熱心なクリスチャンであった母親の感化を受けた』など様々です。

『ユダヤ人とローマ帝国』の著者、大澤武男氏は、どれか一つの理由を特定しようとしても、無理があるので、全ての説が、何かしらの真実を伝えているのではないかと推測しておられます。梅爺も、そう考えるのが妥当なように感じています。

| | コメント (0)

2009年8月16日 (日)

クレオパトラ(4)

エフェソスで発見された『アルシノエ』の立派な墓(立派であったであろうと推定される)は、誰が建てたのかは分かっていません。薄幸な女を悼み、エフェソス市民が建てたという説と、オクタビアヌス帝(ローマ帝国初代皇帝)が建てさせたという説があるようですが、梅爺は後者ではないかと思います。政敵であったアントニウスの悪行(『アルシノエ』を毒殺)のシンボルとしては、うってつけのものであるように感ずるからです。

エジプトのアレキサンドリアは、その歴史に見合う遺跡がまだ発掘されていません。度重なる地震で、昔の建造物の大半が海底に沈んでしまっているからです。最近、本格的な海底発掘調査が始まり、色々なものが引き上げらていますが、まだ、肝心な『クレオパトラ』の墓らしきものは見つかっていません。

前にブログで紹介した、歴史ミステリー小説『アレキサンドラ・リンク』では、アレキサンダー大王の墓が、沿岸の海底から見つかったことになっていました。勿論これはフィクションです。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-f394.html

アレキサンドリアは、ヘロデ王の追及を逃れた、キリスト一家が、一時住んでいた所としても有名です。キリストは7歳になるまで、両親とこの地で過ごしたと考えられています。当時の国際都市で育ったということは、キリストは、ヘブライ語のほかに、ギリシャ語、コプト語、アラミック語などにも見識があった可能性があります。これを題材にした小説については前にブログで紹介しました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_8ead.html

『クレオパトラ』の墓は、海底または、アレキサンドラ近郊に残る遺跡にあるはずだと、考古学者が追いかけ続けています。彼女が生涯で一番愛した男と言われるアントニウスと一緒に葬られているのではと推測されていますが、見つかっていないために分かりません。もし、これが発見されれば、それこそ世紀の大発見になります。遺骨が見つかれば、DNA鑑定で、『クレオパトラ』と『アルシノエ』の姉妹関係も、より強固に裏付けられることになります。

| | コメント (0)

2009年8月15日 (土)

クレオパトラ(3)

『クレオパトラ』の妹『アルシノエ』が、エフェソスで『殺された』ということが判明し、『アルシノエ』の数奇な人生と、姉妹の確執が浮かび上がってきました。

ローマ帝国のシーザーは、地中海沿岸をほぼ全域手中におさめ、残る大国エジプトを制圧するために遠征にでかけます。時代は、キリストが生まれる約50年前のことです。

このとき、プトレマイオス朝の女王であった『クレオパトラ』は、シーザーに媚を売り、ローマ帝国と同盟関係を結ぼうとします。しかし、これに反対するエジプト国民は、妹『アルシノエ』を擁立して、両派は内戦になり、『同盟反対派』が勝利して、『クレオパトラ』は追放され、一時『アルシノエ』が女王の座につきます。ローマ帝国は援軍を送って、『アルシノエ』を女王の座から降ろし、再び『クレオパトラ』が女王に返り咲きます。

『アルシノエ』は、罪人としてローマへ連行され、市中引き回しの末に処刑されることになっていましたが、うら若い『アルシノエ』を処刑するのは忍びないと反対の声が市民から上がり、シーザーは、やむなく『恩赦』を与え、エフェソスへ送って、アルテミス神殿内に、幽閉します。

その後、シーザーがローマで暗殺され、ローマ帝国の後継者を巡り、オクタビアヌス(シーザーの甥)と実力者アントニウスが対立します。帝国の西方はオクタビアヌスが、東方はアントニウスが分割統治することになり、アントニウスが、エジプト(アレキサンドリア)を支配下におこうとします。ここで、再び『クレオパトラ』は、今度はアントニウスに媚を売り、同盟関係を築こうとしますが、オクタビアヌスの軍隊が、政敵アントニウスの軍隊を打ち負かし、『クレオパトラ』は、自分の運命もここまでと観念して、毒蛇に自らを噛ませて自害します。『プトレマイオス朝』はこれをもって終わり、以降アレキサンドリアは、ローマ帝国の完全な支配下におかれます。

『クレオパトラ』とアントニウスが、『蜜月関係』であったときに、『クレオパトラ』は、アントニウスをそそのかして、エフェソスに幽閉中の妹『アルシノエ』を毒殺させたのであろうと、歴史学者は推定しています。女王の座を脅かす肉親を抹殺したことになります。『アルシノエ』の遺骨が物語る『突然死』が、それを裏付けています。『クレオパトラ』は毒の知識を豊富に持っていたと伝えられています。

『クレオパトラ』とアントニウスは、新婚旅行で、エフェソスを訪れたと言われていますが、これが、妹暗殺の前なのか(姉妹は会っていたのか)、後なのかは、梅爺は分かっていません。いずれにせよ、『クレオパトラ』は、大変な『やり手女』であったことは、間違いなさそうです。梅爺には、残念ながら無縁な話ですが、『美女の媚』は、男にとって麻薬のように恐ろしいことが分かります。

| | コメント (0)

2009年8月14日 (金)

クレオパトラ(2)

エーゲ海に面するトルコのエフェソスの、ローマ時代の遺跡の中から、『クレオパトラ』の妹の『アルシノエ』の墓と遺骨が発見されたと聞いて、梅爺は、『ホホウ』と驚きました。

エフェソス(エフェス)は、2007年の夏に、結婚前の娘と一緒に、梅爺夫婦が観光で訪れた場所であったからです。古代ローマの都市遺跡が、これほど大規模に、ほぼ手付かずで残っているのは、エフェソスしかありません。テレビに映る遺跡の様子を見て、目もくらむような炎天下で、観光した当時のことを鮮明に思い出しました。このときの様子は、前にブログに書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_f7ce.html

番組によると『アルシノエ』の墓は、遺跡観光のメインロードに面しており、梅爺たちは、当時、それと知らずに側を通り過ぎたことになります。

遺骨が『アルシノエ』のものであると、ほぼ確定できたのは、昨年(2008年)のことで、当然、科学やコンピュータの力で立証が進みました。遺骨から分かったことは、身長154センチのスリムな体型の女性、死亡時の年齢は15~17歳、死因は病気ではない『突然死(毒殺?)』、頭蓋骨の形状から、ヨーロッパ系白人と古代エジプト人の血を引く『混血』である、などです。コンピュータで再現された彼女の容貌は、白人ではありませんが、なかなかの『美人』です。

男性中心のローマ社会で、しかも、墓は町の外に作るのが習慣であったエフェソスで、女性の墓が、町の中央にあることは異例です。コンピュータ上で再現された墓の形状が、アレキサンドリアにあった、『ファロスの灯台(世界の七不思議のひとつ、14世紀に地震で崩壊したとされている)』の八角形を模していることから、アレキサンドリアにゆかりのある、高貴な女性と推定され、全ての条件を合わせ考え『アルシノエ』と確定されました。『クレオパトラ』自身も候補にあがりますが、死亡年齢は30歳後半と考えられますので該当しないことになります。

実の妹が『混血』であったとすれば、『クレオパトラ』も『混血』ということになりますので、多くの絵画で描かれてきた『ヨーロッパ系(ギリシャ系)白人』のイメージは崩れることになります。エジプトの『プトレマイオス朝』は、アレキサンダー大王の家臣『プトレマイオス(ギリシャ人)』が開いた王朝ですが、『クレオパトラ』の出現は、300年後のことですので、それまでに、王族は、『ギリシャ人』と『エジプト人』の『混血』になっていたことは、容易に想像できます。『クレオパトラ』も美人であったと推定できますが、ローマ人から見ると、エジプト人の血の混じる『エキゾチックな美人』であったのではないでしょうか。

| | コメント (0)

2009年8月13日 (木)

クレオパトラ(1)

NHKのテレビで『エジプト発掘』という特集番組がシリーズで放映されていて、その中に『クレオパトラ』の謎に迫るものが何本かありました。古代エジプトの歴史は今ブームらしく、民放でも、特別番組が最近よく放映されます。エジプト考古庁長官のザヒ博士なる自己顕示欲が強そうな人物がよくテレビに登場し、自分ひとりで、歴史を解明し続けているような発言をするので、少々食傷気味ですが、それでも、歴史ミステリー・マニアの梅爺は、これ等を録画して観ています。

『クレオパトラ』は、アレキサンドリアを首都としたエジプト王国『プトレマイオス朝』の最後の女王で、ローマ帝国の英雄『シーザー』や『アントニウス』を、美貌で篭絡(ろうらく)し、ローマ帝国との同盟で、エジプト王国の存立を計りますが、ことはうまく運ばず、ついにオクタビアヌス(初代ローマ帝国皇帝)率いる軍勢に攻め込まれ、これまでと観念し、毒蛇に自らを噛ませて自害したと伝えられているます。

世界の『三大美人』と言えば、まずその名があがる『クレオパトラ』ですが、意外なことに、彼女に関する歴史的な『遺物』はほとんど発見されておらず、『プルターク英雄伝』などの歴史的な書物に記載されている内容を元に、多くは後代の作家や画家が、『作り上げた人物像』を、私達は『クレオパトラ』と思い込んできたところがあります。彼女の横顔を刻印した当時のコイン以外は、何も見つかっていません。勿論、墓も見つかっていません。

梅爺は、『クレオパトラ』と言えば、1963年に公開されたハリウッド映画を先ず思い出します。『クレオパトラ』はエリザベス・ティラー、『アントニウス』はイギリスの名優リチャード・バートンが演じた、ハリウッド黄金期を象徴する、歴史スペクタル超大作でした。たしか、この映画での競演が縁で、エリザベス・ティラーとリチャード・バートンは結婚(後に離婚)したはずだ、というような、どうでも良い話まで、ついでに思い出しました。

前に読んだアメリカの小説に、普段はおとなしい女主人公が、自分を奮いたたせようと、思い切って『クレオパトラのような化粧』をして外出する、というような表現があり、アイラインをクッキリ描くと言うような『厚化粧』のことだろうと、想像しました。そういえば、現在の日本にも『クレオパトラのような化粧』を施して、得意げに町を闊歩するオバサンやオネーサンが沢山いて、意地悪な梅爺は、つい化粧の下の素顔を想像してしまいます。

NHKの番組は、トルコの遺跡エフェソスで、『クレオパトラ』の妹『アルシノエ』の墓と遺骨が見つかったことから、歴史学者や考古学者が、これを元に『クレオパトラ』の実像に迫ろうとしていることを紹介する内容構成でした。

| | コメント (0)

2009年8月12日 (水)

二階から目薬

上方いろはカルタの『に』、『二階から目薬』の話です。

ある目的を達成するために、選んだ手段は、間違ってはいませんが、利用や適用の方法が効率的でない、という状況を、表現しています。これを『諧謔』ととらえているのは、『人は往々にして、知らず知らずにそういう行動をしているものだ』という思いが庶民にはあったのでしょう。梅爺も、そう言われてみると思い当たることがあります。

『昔からそうするように決まっている』とか『誰かにそうするように言われた』とか、色々な『弁解』はできますが、人間は、それと知らずに効率の悪い行動をしてしまうものです。

日本の製造業の現場は、頭を白紙に戻して、『ムリ、ムダ、ムラ』の原因を徹底排除することに意欲を燃やし続けてきました。もうこれ以上は無理というような状況でさえも、上の人は『カイゼン』を迫りますから、あたかも『乾ききった雑巾を絞る』ような努力を続けることになります。外国人の目には、この状況は、あまりにもすさまじいものに映ったらしく、今では『カイゼン』は英語の単語として通用するほどです。日本が低コストで高品質の製品を作り出す秘密の根源が『カイゼン』にあることを思い知ったからに違いありません。

しかし、自分の労働力を契約によって、時間単価で売っているという認識の、外国の労働者には、『カイゼン』は自分の義務とは思えませんので、『カイゼン』を叫んでも、日本と同じことは起こりません。『カイゼン』に意欲を燃やす日本人の資質は、国際競争力の源泉であることがわかります。

アメリカはこれに対抗するために、『誰がやっても同じ結果が得られる道具や方法の開発』に意欲を燃やすことになりました。その結果やたらと分厚いマニュアルなどが準備されることになります。これはこれで、優れた対応なのですが、『言われたことを、言われたとおりにしかやらない』という弊害からは脱却できません。

一方、日本人は、『言われたことを言われたとおりにやる』ことは、最低限の話で、更に自分の配慮で、どこまでできるかに挑戦しようとします。反面、道具は所詮道具にすぎないと考えて、うまくいかないのは自分の『技量』が劣っていると考えてしまうところもあります。誰でも同じように切れる鋏(はさみ)を作ろうとせずに、与えられた鋏で上手に切ろうとするところがあります。いわゆる『匠の技』を尊重する文化です。

自分の技に磨きをかけようとする資質に加えて、効率の良い道具や方法を手にしたら、日本人は、まさしく『鬼に金棒』ということになります。

一昔前の日本人労働者は、このようでしたが、昨今の風潮をみると、アメリカ人労働者と同じような考えの人が増えているようにも感じます。もしそうなら、日本は貴重な資質を自ら放棄していることになりますから、国際競争力は、劣化することになります。

| | コメント (0)

2009年8月11日 (火)

ピョートル一世(3)

イワンが死んで、唯一の皇帝になった『ピョートル一世』は、西ヨーロッパへ睨(にら)みをきかす拠点として、バルト海に面するサンクトペテルブルグに壮麗な宮殿を中心とする都市を建設しました。古い体質を根強く継承する東のモスクワと、2都体制で、広大なロシアを支配しようとしたわけです。

『ピョートル一世』は、ロシア国民に西欧風の服装を強いたと言われていますので、明治政府が、ちょんまげを廃し、西欧風の服装を取り込もうとしたことと似ています。『中身を変えるには先ず外見から』ということなのでしょう。日本の欧化政策が成功したかどうかの評価は、一言では言えませんが、結果を見れば、概ね成功したと言ってもよいのではないでしょうか。それでも、日本人には今でも『キモノ』への執着がありますから、当時のロシアでは、強引な欧化政策に不満が鬱積していたと言われています。しかし、逆らえば殺されますから、渋々服従したに違いありません。

ロシアの政治の『恐怖政治体質』は、スターリンの大粛清(大テロル)など共産革命政権にも引き継がれ、今日も存在するように梅爺は『感じ』ます。真の『民主主義』を歴史的に一度も体験していないわけですから、無理からぬこととは言え、『コワモテ』の為政者が次々に登場するロシアという国は、私達には、なにやら異質な国に見えます。『マッチョな男』をことさら演出する現在のプーチンも、梅爺には胡散臭(うさんくさ)く見えます。反動で、ロシアでは民衆の中に、極めてヒューマニズムや叙情に富んだ芸術が生まれますが、これも多くは為政者に抑圧され続けてきました。

『ピョートル一世』の後、ロマノフ朝は『エカテリーナ二世(女帝)』によって、更なる繁栄を謳歌しますが、共産革命の勃発で『カルロス二世』が処刑され、終焉を迎えます。このロマノフ朝の終焉にまつわる話を題材にした歴史ミステリー小説『ロマノフ家の予言(Steve Berry著) 』を梅爺は読みました。これについては、別にブログに書こうと考えています。『エカテリーナ二世』については、既にブログで紹介したことがあります。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_8905.html

サンクトペテルブルグは、世界三大美術館の『エルミタージュ美術館』などがあり、日本人にも人気の観光地になっていますが、その設立には、おどろおどろしい血生臭い歴史があるということなど、多くの観光客は知らずに、『キレイ、スバラシイ』などと叫んでいるのではないでしょうか。そういう梅爺も、『エルミタージュ美術館』を訪問して、是非世界の三大美術館をすべて征服したことにしたい、などとミーハーで能天気なことを言っていますので、あまり他人を非難する資格はありません。

| | コメント (0)

2009年8月10日 (月)

ピョートル一世(2)

『ピョートル一世』は、10歳にして皇位継承者に指名されますが、伯母のソフィアがちょっかいを出し、銃兵隊を扇動して、『ピョートル一世』の支持者を処刑し、自分の凡庸な息子のイワンを擁立しようとします。宮廷は苦肉の策で、『ピョートル一世』とイワンを、同時に皇位に就け、二人の皇帝が同時に存在すると言う馬鹿げた解決策をはかります。実際の権力は伯母ソフィアが握りました。

『ピュートル一世』は、青年になると宮廷を飛び出し、外国の軍事教練教師を招いて、『私設の軍隊』を編成し、その力で、伯母を権力の座から下ろし、尼僧院へ監禁してしまいます。自分に逆らうものは、自ら手を下して処刑し、『誰も彼には逆らえない』ということを、周囲に思い知らせます。しかし、国政はイワンに任せ、自分は、進んでいる西ヨーロッパの文化や技術を勉強するために、外国へ出向きます。この間、滞在した地では平民に混じって、造船技術や医学の勉強をしたと言われていますので、『並みの貴族のボンボン』ではありません。ただし、平民に敬意を払ったのではなく、自らの知識欲を満たす手段として、そう振舞っただけではないでしょうか。

ロシアが圧倒的に『遅れている』ことを体感した『ピョートル一世』は、軍隊を強化し、外洋に面した港を戦略的に手に入れたいと野望を抱きます。スェーデンのカール五世率いる強い軍隊と、壮絶な戦いの末に、ついに、バルト海に面する現在のサンクトペテルブルグ手にいれ、ここに、宮殿を構えて、西欧流の都会の建築にかかります。沼地に木材を杭として打ち込み、補強整地をするという、難工事を、ロシア国民の多大な犠牲の下に完遂します。

『ピョートル一世』は結婚をし、男の子アレクセイを得ますが、自分の価値観からすると凡庸に見える妻やアレクセイに嫌気が差し、妻は修道院へ幽閉して、自分は利発な農家の娘と再婚してしまいます。それでも、なんとか息子アレクセイだけは、自分の後継者にふさわしい資質と気概を持ってほしいと、色々教育を試みたり、結婚させたりしますが、アレクセイはことごとく父親の期待を裏切ります。実母をないがしろにした父に対する反抗心があったのか、生来凡庸であったのかは、梅爺には分かりません。

ついに、アレクセイは、愛人を携えて、国外へ逃亡します。そして、こともあろうに、ウィーンのハプスブルグ家の庇護をうけます。『ピョートル一世』は激怒し、アレクセイをロシアへ連れ戻し、拷問や裁判の末に『国家反逆罪』で、処刑することを決意します。『ピョートル一世』は、自分の皇位を奪おうとする連中がいて、その中心に息子のアレクセイがいるという『妄想』を抱いていたと言われています。『野心家』は『疑心暗鬼』になりやすいという、典型例でもあるように見えます。

『野心を持つ父親』の意のままに『凡庸な息子』が育たないという事態が引き起こす悲劇は、今でもよくあることですが、実の息子の『拷問』『処刑』はいくらなんでもひどい話です。

| | コメント (0)

2009年8月 9日 (日)

ピョートル一世(1)

NHKのテレビ番組『プレミアム8』の『ピョートル一世(在位1682-1725年)』に関するドキュメントを録画しておき観ました。一代で、ロシアを西欧の列強国の一つに築き上げた『ロシアの父』『偉大なるツァー』と言われるロマノフ朝の皇帝の話です。

ハプスブルグ家の最後の皇帝『フランツ・ヨーゼフ』は、『今や皇帝などと言う地位は世間から、ずれた存在である』というような主旨のことを言っていますが、それは、『フランツ・ヨーゼフ』が『まともな人間』であった証拠ではないでしょうか。あまりに『まとも』すぎて、王妃エリザベート(シシー)が、夫を避けてハンガリーでの生活を望んだのではないかと、疑いたくなります。『まともな人間』の定義にもよりますが、時に、『個性的でない人間』『魅力のない人間』と言われることを覚悟しなければなりません。誤解を生じやすい発言で恐縮ですが、『まともな人間』だけの社会や組織も、必ずしも魅力的ではなく、活力を欠きやすいものです。

近世の人間社会は、ほとんどが『皇帝』を実質排除した政治体制を採用していますが、今でも『皇帝』とは呼ばれないまでも、実質『皇帝』のように振舞う為政者がいないわけではありません。3~5百年前のヨーロッパは、むしろ『まともでない皇帝』が跋扈(ばっこ)し、歴史の主人公でした。

現代に生きる私達が、これらの皇帝を『まともでない』と感ずるのは、自分の価値観だけを絶対視し、『多様な価値観』は認めないという姿勢に起因します。『ピョートル一世』や、前にブログで紹介したイングランドの『ヘンリー八世』などが、その典型です。『民のためにつくす』などという『帝王学』とは無縁の人物です。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-ce28.html

自分の価値観は、自分の『大いなる野望』を正当化するもので、これに逆らう人間は、身内の人間と言えども全て『抹殺』するという、『恐怖政治』が生まれます。『野望を持つ』こと自体は、必ずしも『悪』とは言えないところが、ややこしいところで、現在でも『野望』は『恐怖政治』と表裏一体になりやすい弊害をはらんでいます。社員はノイローゼになっても、業績を伸ばす『ワンマン社長』がいないわけではありません。

『ピョートル一世』は、強国スウェーデンを打ち負かし、バルト海に面した港を確保して、サンクトペテルブルグを作り上げて、ヨーロッパ列強に伍する国に、『偉大なる田舎』であったロシアを押し上げましたが、その代償として、凡庸であった実の息子アレクセイを、『反逆罪』で処刑することになります。

自分の妻までも『反逆罪』で処刑した、『ヘンリー八世』と同じです。

| | コメント (0)

2009年8月 8日 (土)

『ポートベロの魔女』(5)

この小説で、作者のパウロ・コエーリョは、主人公の人生に関わった色々な人たちが、章ごとに『回顧する』という、手法を採用しています。この手法は、ドキュメンタリー映画などによく遣われるもので、異なった視点と語り口で、同じ対象(事件など)に迫りますので、対象の多面性が浮き彫りになります。

この小説でも同じことで、一貫した視点で主人公を追いかける普通の小説と異なって、主人公の多面性が鮮明に読者に伝わってきます。主人公は、一人称で語ることはなく、また固定した他人の同一視点で語られることもありません。全てが色々な他人の視点で語られます。『複雑な多面性』こそが、人間の不思議で魅力的なところで、多くの小説の主題ですから、この手法をうまく利用した作者の力量を感じます。それでいて、全体としては主人公に暖かい視線が注がれているように感じますので、これは、作者の人柄の反映なのでしょう。

女主人公は、ユーゴスラビアで、ジプシーの女が産んだ父なし子で、孤児院で育ちますが、子供のいないレバノンの裕福な実業家の夫婦に、里子として引き取られます。レバノンが政情不安になり一家はイギリスのロンドンへ亡命し、彼女はイギリスで教育を受けます。その後、大学の同級生と結婚し、男の子を産みますが、やがて離婚し、女手一つで子供を養いながら生きていくことになります。彼女の霊的な異常能力は、小さい時から現れますが、ロンドンの銀行に勤めているときに、『踊り続ける』ことで『トランス状態』になることに気付きます。これが『心の安らぎ』を生むことを知り、それを銀行仲間に教えることで、銀行の業績は飛躍的に伸びます。それが元で昇進し、中東の銀行支店へ管理者として赴任しますが、現地の不動産屋にリクルートされ、当分生きていけるだけの金を稼いで、子供と一緒にロンドンへ戻ります。『トランス状態』で、彼女は『母なる自然』と一体となり、愛に満ちたメッセージを語ります。それが、評判になり、大きな空き倉庫を借りて、彼女を中心に多くの信奉者があつまる集会がもたれるようになります。しかし、キリスト教(イギリス国教会)の神父に、『神の冒涜』と糾弾され、キリスト教信者の一部から『魔女』と呼ばれ、身の危険を感ずるほどの脅迫を受けます。身を引こうとしますが、何者かによって無残に殺されてしまうところで、物語は終わります。

『母なる自然との一体感』というような死生観は、日本人にはわかりやすい考え方ですが、多分、パウロ・コエーリョも共感するものなのでしょう。カトリック教徒でありながら、柔軟な宗教観を持つ作者は魅力的で、人間を愛情に満ちた視線で観ているところが、梅爺のお気に入りです。

| | コメント (0)

2009年8月 7日 (金)

『ポートベロの魔女』(4)

『正常』と『異常』は、そもそも相対的な価値観ですが、人は『自分は正常である』という前提で、他人を見ますので、時折このことが、人間関係の悲喜劇を産む原因になります。一般的に、『正常』と『異常』の境目(さかいめ)は、はっきしません、

『トランス状態』は、多くの人からは『異常な世界』に見えます。この小説の主人公が『魔女』と糾弾されるのはそのためです。『トランス状態』は、それが過ぎ去れば、普通の人間に戻りますが、これとは別に、先天的、後天的な要因で、精神に問題を抱えた人間が存在し、その言動は、『普通の人』に不安を与えます。ほとんどは普通の人のように外からは見えながら、実は、『繊細で、研ぎ澄まされた感覚』を保有する人もいて、この人の言動も、普通の人には『異常』に見えることがあります。芸術家の中にはこのタイプの人が存在し、ゴッホなどはその典型であろうと思われます。彼は、自らの『繊細な感受性』故に悩み、自らを死にまで追いやります。

最近、梅爺は録画しておいたイラン映画『予感』を観ましたが、この中にも、後天的な原因で、精神障害を持つことになった人物が登場します。小説や映画では、人間のある一面を強調して表現する目的や、悲喜劇を産み出す要因として、このタイプの人間が利用されます。余談になりますが、イラン映画のレベルの高さと、イランの富裕階級の生活が、先進国並みのレベルであることを、この映画で再確認しました。

先天的な精神障害は、冷酷な言い方で恐縮ですが、DNAの問題なので、ある確率で、どの時代にも、どの社会にでも生じます。現代医学でも、未だそれを回避する手段が見付かっていません。しかし、現代の日本に、犯罪につながる『おかしな人が増えた』と多くの普通の人が感じているとすれば、それは後天的な要因であろうと想像できます。

昔の日本と、現在の日本の環境的な違いは、『裕福で便利な生活になった』『情報量が格段に増えた』『拝金的な価値観が主流になった』『核家族になった』などでしょうから、これらの要因で疎外感を抱く『おかしな人』を産み出す確率を高めていると、これまた想像できます。単に、修身教育を復活、強化しても役に立ちそうにありません。

『おかしな人』に共通なことは、健全な笑顔が、その人の顔から失われていることです。柔和な笑顔の人は、周囲をも明るくしますが、そういう人は、自分の滑稽さも認識できていて、自らを笑い飛ばす器量も備えているのであろうと梅爺は感じています。自分を笑いの対象にできない人は、人間が未熟であると言えそうです。

| | コメント (0)

2009年8月 6日 (木)

『ポートベロの魔女』(3)

梅爺は、『トランス状態』を体験したことはありませんが、それに近い『ランニング・ハイ』を体験したことがあります。若い頃、青梅マラソンに毎年参加していて、準備のためにジョギングを欠かさなかった頃のことです。

長時間走り続けていると、肉体は苦しくなりますが、突然、苦しさが消えて、気分爽快になる期間が訪れます。これが『ランニング・ハイ』です。このときの状態は『神との交流』を感ずるという大袈裟なものではありませんが、それでも、このままいくらでも走る続けられるような気分になります。しかし、残念ながらこの期間は長続きせず、また苦しさが押し寄せてきます。こういうことを繰り返した後に、最後は苦しさだけが残って、『ランニング・ハイ』は訪れなくなります。

人間の身体や脳は、極度のストレスが継続すると、それを緩和しようとする機能を備えているのではないでしょうか。これは、特殊な人の能力ではなく、誰もが備えているように思います。梅爺の『ランニング・ハイ』はこのことを示しています。『鬱』と『躁』が交互に現れるというのもこのことに違いありません。しかし、緩和できないほどのストレスが継続すると、限度を越えて、もはや『ランニング・ハイ』は訪れなくなります。

『ポートベロの魔女』の女主人公は、激しく踊り続けることで、『トランス状態』に陥ります。そして彼女の場合は、『母なる自然』と一体になり、『母なる自然』の言葉を代弁するようになります。一般に、『トランス状態』で、体験することは、本人にも、周囲の人たちにも摩訶不思議な世界となります。自分の肉体と精神が分離し、精神が自由になるという『ランニング・ハイ』に似た状況が基本ですが、このほかに、『神や仏』『先祖の霊』『半人半獣のような奇怪な動物』『宇宙人』などという、この世には存在しないものとの交流が可能になると報告されています。何故人は、『トランス状態』で、それぞれ全く異なったバラバラな体験ではなく、このような類似体験をするのかは、現代科学では未だ解明されていません。

人間は、自分では理解できないこの想像を超えた体験を畏れ、『神』の概念を持つようになったというのが、グラハム・ハンコックの主張です。シャーマニズムが、人類の宗教の原点であるということになります。この原始的な体験を、洗練された教義の体系にまで昇華させたものが、現代の宗教であるという主張でもあります。

『心の安らぎ』は、脳の領域の『情』に属する世界ですから、『理』で得ることが難しいことは分かります。『苦悩』を『理』で処理することはできません。しかし、『トランス状態』とは何かを『理』で追求することはできます。ストレスで脳の中にある物質が増え、それが『トランス状態』の引き金になる、というような事実がやがて明らかになるのではないでしょうか。『不思議な体験』が起こる理由も、解明されないとは限りません。

同じ人間の中に共存する『崇高な面』と『卑賤な面』は、いずれも脳のなせるわざです。生物としての人間は、『そういう存在にまで進化してきた』わけですから、誰も好むと好まざるに関わらず、この宿命からは逃れることはできません。多くの人が、それでも『崇高』でありたいと願うのは、『理』の働きで、人間の尊厳はこれで保たれています。

| | コメント (0)

2009年8月 5日 (水)

『ポートベロの魔女』(2)

パウロ・コエーリョの『ポートベロの魔女』という小説は、人間は何故『心の安らぎ』を求めるのか、というテーマを描いたものと感じました。

ヨーロッパの教会などで、祭壇の前に跪(ひざまず)き、瞑目(めいもく)して、静かに、ひっそりと祈りを捧げている老人を見ると、たとえこの人の人生に多くの苦難があったにせよ、今は、つかの間であれ『心の安らぎ』を感じているに違いないと思います。

人は、終わりのないように思える『悲しみ』『寂寥感』『不安』『絶望感』には耐えられません。自らの努力でそれをはねのけよう、忘れよう、和らげようとしても、適うような生易しいものではありません。しかし、人間は、悪戦苦闘の結果、いくつかの『心の安らぎ』を得られるかもしれない方法を見つけ出しました。

宗教の根幹である『神や仏の慈悲にすがり祈る』ことが、その一つです。自分の苦悩を他人とは共有できなくとも、神や仏は分かってくださるという認識が、『心の安らぎ』をもたらします。これと、きわめて類似したものが、何らかの手段で自らを『恍惚状態(トランス)』にして、肉体と精神が分離した感覚を得る方法です。誰でも『トランス状態』になることのできる手段は、麻薬などの薬物を摂取することですが、これは、中毒や後遺症の危険を伴いますので、多くの国で禁止されています。しかし、中には薬物を利用しなくとも、『一心に踊り続ける』『一心に祈り続ける』などの行為を経て『トランス状態』に入ることができる人たちがいます。

この人たちは、肉体と精神が分離した感覚を味わい、その時精神は、『偉大なるもの、愛に満ちたもの』に接触したり、会話を交わしたりできるほか、時に『偉大なるもの、愛に満ちたもの』が自分に乗り移り、『トランス状態』の間に、『代弁する(お告げを語る)』ようなことも起こります。

未開部族に伝わる宗教儀式の中の『霊媒師』や、現代でも存在する『巫女(みこ)』『魔女』などは、『トランス状態』になりやすい体質の人と言えます。

人間の宗教の原点は、この『トランス状態体験』にあったのではないかという説を唱える、グラハム・ハンコックの『超自然現象(Supernatural)』というノンフィクションを読んだ感想は、前にブログに書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_82a5.html

『ポートベロの魔女』の主人公は、醜い老婆の魔女ではなく、ごく普通の女性が、『トランス状態』を実現できる能力をもっているために、数奇な一生を送ることになるという話です。

| | コメント (0)

2009年8月 4日 (火)

『ポートベロの魔女』(1)

国際的に幅広い愛読者層をもつ、ブラジルの作家パウロ・コエーリョの小説『ポートベロの魔女(The Witch of Portobello)』の英語翻訳版(ペーパーバック)を読みました。以前クリスマスの時期に、息子夫婦が住む米国アトランタを訪ねた時に、偶然本屋で購入した彼の小説『錬金術師(Alchemist)』を読んで、梅爺もすっかり魅せられてしまいました。それ以来、彼のファンになり、この小説は日本で購入しました。

『錬金術師』の話は、以下の二つのブログに書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_dead.html

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_69db.html

『錬金術師』の背景場所は、彼の母国ブラジルではなく、スペイン、エジプトでしたが、『ポートベロの魔女』の背景も、レバノン、イギリス、ルーマニアで、ブラジルではありません。原文はポルトガル語で書かれていますが、彼が『人類共通の言葉で書く作家』といわれるのは、人間共通の問題を取り上げるばかりではなく、背景が国際的であることもあるのでしょう。英語版を読む限り、彼は決して難解な単語や、凝った文体を使うわけではありません。平易な表現で、『人間の精神世界の奥深さ』を読者に想起させる力量は、これぞプロの作家と感じさせます。

『ポートベロの魔女』の主人公は、『母なる自然』という、主人公にとっての『神』ともいえるものと、一時的な神がかりな状態(Trance)で交流できる特殊能力をもった女性で、周囲の人間に多大な精神的影響を与えます。そのことで、心の安らぎを求めて彼女のもとに集まる人たちが増えますが、イギリス国教会の神父に、彼女の行為は『神への冒涜』と糾弾され、主人公と、神父を支持する二つのグループが対立し、騒乱を起こすような事態にまでに発展します。女主人公は、反対派からは『魔女』と呼ばれ、脅迫さえ受けます。身の危険を感じて隠れようとしますが、何者かによって最後は惨殺されてしまいます。

中世に行われた『魔女裁判』の現代版とも言えますし、イスラム原理主義者が『ジハード(聖戦)』と称して、自分と同じ対象を信じない者を、テロで殺戮することをも想起させる話です。

『八百万(やおよろず)の神々』が存在する日本では、オーム真理教のような反社会的なグループは別として、神様の数が一つ増えようと、一つ減ろうと、大きな問題にはなりません。恐山(おそれざん)の巫女(みこ)が、火あぶりの刑になったなどという話は聞きません。しかし、自分の信ずる神が『唯一の神』と確信する精神文化のもとでは、それ以外は『異端』であり、『冒涜』であるとして、その存在を認めず、抹殺しようとします。これは、決して中世の暗黒時代の話ではありません。

最近テレビを観ていましたら、アメリカのある州の上院議員が、『テロリストの黒幕は神である』として、裁判所に『神』を訴えようとしたというニュースが流れていました。何でも訴訟対象になるアメリカならではの話ですが、これに対して、裁判所は『訴状に神の住所が書いてないので、訴えを棄却』したと聞いて、梅爺は思わず笑ってしまいました。なんともユーモアの効いた大人の対応です。

この上院議員は、別に頭がおかしい変人ではなく、信心深い選挙民の反撥も覚悟の上で、『神の名の下に人を殺すことは許されることですか』という問題提起をしたのではないでしょうか。裁判が成立するかどうかなどは、二の次であったと思います。日本のテレビでも報道されるほどのニュースになったのですから、目的を達したと感じているかもしれません。

確信を持つということは、悪いことではありませんが、『八百万の神々』と同じく、世の中には沢山の異なった『確信』があり、自分の『確信』は、その一つに過ぎないと、何故思えないのかが、梅爺には不思議です。他の『確信』の存在を認めることと、それを『受け容れること』は別で、他の『確信』の存在を認めても、梅爺は自分の『確信』が否定されるとは思いません。そんないい加減な『確信』は、本当の『確信』ではない、と反撥を受けそうな気がしますが、他人を抹殺する、誹謗する『確信』が、本当の『確信』とは思えません。

| | コメント (2)

2009年8月 3日 (月)

孫と爺さんのこんにゃく問答(2)

孫『だから、お爺ちゃん、「運命のイタズラ」って何のこと?』

梅爺『誰も、これから先、何が起こるか、何もかにもわかっているわけではないだろ。でも、時間が経てば、何かは起こるから、これはきっと「運命」が決めていたことが起こったと思うんだな』

孫『ふーん。じゃあ、「運命」は、先のことが何でも分かっている頭の良い人なんだね』

梅爺『「運命」は人じゃないんだよ。誰も、「運命」の姿を見たり、「運命」とお話した人はいないからね』

孫『でも、ボクは、先のことでも分かっていることがあるよ。明日も幼稚園へ行くしね。天気予報だって「明日は雨です」って言うじゃない』

梅爺『少しは、先のことも予想して、そのとおりにすることもできるんだな』

孫『それじゃ、頑張れば「運命」が決めたことでも変えられるんだね』

梅爺『先のことを決めて、頑張ることは大切で、そのとおりになることもあるけど、どうしても、変えられないことも沢山あるんだよ』

孫『ふーん。お爺ちゃんの話は、そういうことがあると言ったり、ないと言ったりで、なんだか良くわかんないな。もしかして、「運命」なんて、本当はないんじゃないの。だって、誰も姿を見たことがないんでしょ』

梅爺『姿が見えないものでも、大切なものはあるんだよ。「優しい気持ち」は大切なことだけど、目には見えないだろう』

孫『でも、目に見えないものがイタズラをすると、どうして分かるの?』

梅爺『自分に分からないものは、何かのせいにしたいと、人が思うからかな』

孫『やっぱり、お爺ちゃんの話は良く分からないな。お爺ちゃんも、本当は「運命のイタズラ」って何のことか分かっていないんじゃないの』

梅爺『・・・』

孫『分からないなら最初から「分からない」って言えばいいのに』

梅爺『そうだね。「分からない」って言えばよかったんだね。ごめんね』

(終わり)

(注) この質問は、梅爺がアメリカにいる孫を訪ねたときに、孫から実際に受けたことは『事実』ですが、そのときの会話は、必ずしもこのように進展したわけではありません。むしろ『大人のための童話』として、梅爺が、大半を創作したものです。

| | コメント (0)

2009年8月 2日 (日)

孫と爺さんのこんにゃく問答(1)

孫(5歳男児)『お爺ちゃん、「運命のイタズラ」って何のこと?』

梅爺『どうしてそんな難しい言葉を知っているの?』

孫『ボクが持っている絵本に書いてあったんだよ』

梅爺『ふーん!「運命のイタズラ」か・・・』

孫『運命は、きっとイケナイ子なんだね』

梅爺『どうして?』

孫『だって、ボクがイタズラをすると、お母さんが「やめなさい」って言うもん』

梅爺『じゃぁ、きみは、イケナイことだと分かっていながら、イタズラをするの?』

孫『そんなことないよ。ボクは、こうやったらきっと面白いだろうなと思った時や、お父さんやお母さんや幼稚園の先生や友達もボクと一緒に楽しくなるだろうな、と思った時にイタズラをすんだよ』

梅爺『それなのに、お母さんは「やめなさい」って言うんだろ』

孫『そのイタズラは、ボクは楽しいけど、お母さんは楽しくないからじゃないの』

梅爺『そうか、ということは、他の人が楽しくないイタズラはしてはいけないって言うことなんだな』

孫『お爺ちゃんは、イタズラをしないの?』

梅爺『うーん。そういわれてみると、御爺ちゃんも時々イタズラをしているな』

孫『そのときは、お婆ちゃんに、「やめなさい」って、言われるの?』

梅爺『うん。よく言われているよ』

孫『じゃあ、ボクと同じだね。イタズラをしない人はいないということ?』

梅爺『そんなことないよ。オリコーサンなら、イタズラをしないかもしれないよ』

孫『じゃあ、ボクもお爺ちゃんもオリコーサンではないんだね』

梅爺『ふーん。そういうことになるな。でも、オリコーサンでは楽しくないかもね・・・』

(続く)

| | コメント (0)

2009年8月 1日 (土)

ヒトの記憶(3)

梅爺の母親は、脳梗塞で倒れ亡くなりました。亡くなる間際には、息子の梅爺も識別できないくらいに、脳の機能は失われていましたが、幼かった頃、父親に手を引かれてお祭りを見に行った話や、仲人に手を引かれて桜の花の下を歩いたなどという自分の結婚式の様子は、正常に思い出しながらポツリポツリと語ってくれました。二人の子供を自分より先に亡くしたり、自身が空襲で瀕死の火傷を負ったりと、その人生には辛いことも多かった母親が、最後に語ってくれた話が、楽しい内容であったことが、残された梅爺たち兄弟には、何よりの救いでした。

人間の『長期記憶』は、コンピュータのように喪失しないものではなく、動的な変化を受けやすいものであるはずですが、強い印象とともに獲得した内容は、強固に残るものであることが、母の例からも分かります。

人間は、大人になると幼児期の『記憶』がほとんど残っていないことに気付きます。これは、時間が経って『忘れてしまった』ものなのか、『もともと長期記憶に換える能力が確立していなかった』のか、どちらかであろうと予測できますが、脳の本によると、後者が原因のようです。つまり、人間は、幼児期の後に、『長期記憶』を強固にする能力が培われるものらしいのです。

夢には、『長期記憶』の内容が、強く影響するのではないかと推測できますが、梅爺の経験では、『長期記憶』の内容がそのまま現れるのではなく、かなり変容して現れるような気がします。夢は、単に無意識に『長期記憶』を呼び起こしている以上の行為なのではないかと、思われます。夢は誰でもみますが、夢を見るカラクリの詳細は、現状では解明されていません。

夢の内容を、脳波を利用して『画像』として取り出そうというような試みもあるようですが、それを実現するには、まだまだ分からないことが多すぎます。

SF小説には、人間の脳の内容を全て、外部装置へ『ダウンロード』するなどという話も登場しますが、動的に変化をしている脳の内容の一瞬をとらえて『ダウンロード』することに、どのような意味があるのか、梅爺には想像もつきません。

人類にとって、最大の難問が、人類の誰もが保有している脳そのものであるというのも皮肉な話です。難問であればあるほど、科学者のチャレンジ精神はかきたてられることになるのでしょう。

| | コメント (0)

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »