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2009年7月 6日 (月)

蔵本由紀先生の『非線形科学』(5)

蔵本先生が、日常語の美しい日本語で書いてくださっているとは言え、『非線形科学』と言う本は、『易しい本』ではありません。

『動的現象をマクロ視点で観る数理科学』ですから、抽象概念を論理的に理解できないと、ついていけませんし、従来の物理学の『エネルギー』『エントロピー』などの概念、定義、それに関連する法則のほかに、数学の基礎知識も最小限度必要とします。

その上、『非線形科学』では重要な概念となる、『保存構造/散逸構造』、『非平衡解放系』『ゆらぎ』『アトラクター』『分岐現象』『パターン』『振動/興奮』『発展方程式』『リズム/同期』『カオス』『フラクタル』『ネットワーク理論』などという専門用語が使われますので、梅爺のような柔軟性を失ってしまった頭脳は、言葉の通じない外国の街に、独りで放り出されたような心細さを時折感じました。

それでも、読み通せたのは、蔵本先生の一貫した『自然を観る目』が、根底にあるからでした。部分的には難しくて理解できないことがあっても、この先生は『魅力的だ』と梅爺が『感じた』からにちがいありません。世の中には、このように、『よくは分からないけれど、魅力的』という方がおられ、そういう方との出会いが、人生の彩(いろどり)をを豊かにしてくれるものです。

科学の話から、世の中一般のことに目を転じてみても、『ミクロに観れば、マクロに観ていても分からないことが見えてくる』『マクロに観れば、ミクロに観ていても分からないことが見えてくる』ことは沢山ありますので、従来の科学が『ミクロの追求』に偏りすぎていたために、マクロ視点の『非線形科学』が登場するのは、当然のように思います。

ミクロな世界に、普遍的な構造やルールが見つかるのと同様に、マクロな世界にも、普遍的な構造やルールが見つかるのもうなずけます。

キリストや釈迦の教えも、人間をマクロに観て、普遍的なことを表現しようとしているのではないかと思います。

自分に都合良くマクロ視点、ミクロ視点を使い分けるのではなく、いつも公正に両方の視点で、ものごとを観ることができる人は、大変『器量の大きい人』ですが、なかなか、そういう人はいないものです。勿論、梅爺も、残念ながらこれに関しては、落第生です。

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