トマスによる福音書(2)
『トマスによる福音書』は、1945年に、エジプトのナグ・ハマディで発見されたいくつかの古文書の中の一つで、パピルスに、コプト語で書かれたものです。コプト語は、エジプトがイスラム国家になる以前に、使われていた言葉ですから、この古文書を残した人たちは、エジプト人であったと推定できます。
福音書と呼ばれていますが、新約聖書の『共観福音書(マルコ・マタイ・ルカ・ヨハネ)』と異なり、キリストと直接関係のあったトマスという人物が、『キリストから直接聞いた言葉114個を書き残した』という体裁になっていますから、『言語録』と呼ぶのが適切です。キリストの生誕、布教活動、死にまつわる『できごと』、つまり伝記形式は採用していません。『グノーシス派』の人たちにとっては、キリストの『教え(言葉)』だけが、『全て』であったのではないかと、梅爺は想像しています。
コプト語版の『トマスによる福音書』は、2世紀の中ごろに書かれたものと推定されていますが、それよりも前にギリシャ語版の原典が存在していたと考えられています。原典は、キリストの死後100年以内に成立していたと考えられますので、成立時期は、『共観福音書』の成立時期と併行しており、どちらかを参考に一方が書かれたと断定することは、難しいと、著者の荒井氏は観ておられます。
以下のような表現の序文で、『トマスによる福音書』の内容ははじまります。
これは、生けるイエスが語った、隠された言葉である。そして、これをディディモ・ユダ・トマスが書き記した。
まず、この『ディディモ・ユダ・トマス』なる人物が、何者かが気になります。『ディディモ』はギリシャ語の『双子』の意味で、著者は、自分がイエスの双子の兄弟で、そうであるが故に『自分だけに、特別にイエスが語ってくれた』というニュアンスを出そうとしているように感じます。イエスに双子の兄弟がいたなどという史実や証拠がありませんので、本当のことかどうかは、わかりません。
キリストの教えがあって、『グノーシス派』が生まれたのか、『グノーシス派』という『知性・理性』を基盤に、ものごとを考える集団が先にあって、この集団がキリストの教えを、取り込んだのかが、次に問題になります。
梅爺は、後者ではないかと感じます。つまり、ギリシャ哲学に影響を受けた『グノーシス派』が先に存在し、これがキリストの教えを、自分達流に解釈して取り込んだのではないかということです。したがって、トマスは、『グノーシス派』の中で、自分の存在を明確にし、権威付けるために、『双子』という呼称を使ったのではないかと思われます。『共観福音書』には、ローマン・カトリック(またはパウロ)の『意図』が混入しているように、『トマスによる福音書』は『グノーシス派』の『意図』が混入していると考えるのが妥当ではないでしょうか。どちらが『正しい』かを論じても、意味がありません。
114個のキリストの言葉は、『共観福音書』とダブルものもありますが(表現は少し異なっていても)、『トマスによる福音書』だけに記述されているものもあります。
『史実』と、『グノーシス派』が自分達に都合よく『創造』したものの、混在と考えられますが、明確に区別することは難しいのではないでしょうか。
いずれにしても、『トマスによる福音書』から浮かび上がるイエス像は、『神の子』というより、『偉大な思想家(人間)』であるように、梅爺は感じます。
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