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2009年7月31日 (金)

ヒトの記憶(2)

梅爺は、人間の脳を考える時の『キーワード』は、『随意』と『不随意』であると、思うようになりました。

『不随意』は、生物として進化の初期から付与されている機能に関係し、『随意』は、進化の後期に獲得した機能に関係しているように見えます。『情』は基本的に『不随意』であり、『理』は基本的に『随意』と言えます。

見方を変えれば、『不随意』の機能は、他の動物と共通しており、『随意』の機能は、より『人間らしい』能力であるとも言えます。最も人間らしいと思えるのは、『随意』と『不随意』の込み入った連携動作によって生み出される能力であると考えられます。『情』と『理』の複雑な連携、交差が、人間を、素晴らしいと同時に、おどろおどろしい動物にしています。

『記憶』を考える場合も、この『随意』『不随意』がポイントであるように感じます。自分には、『特に記憶しておこう』という意志が無いにもかかわらず、鮮明に記憶に残る事象もあれば、『頑張って記憶しよう』と考えても、なかなか記憶に残らない事象もあることが、このことを裏づけしているように感じます。強い『恐怖』や『感動』を伴った事象は、鮮明な記憶として残ることを考えると、『長期記憶』の領域へ記憶概念が移行する条件には、『情』も絡んでいることが分かります。勿論、『お覚えておこう』という意志も、移行条件の一つに違いありません。

脳の『長期記憶』のしくみは、コンピュータ流に表現すれば、見事な『リレーショナル・データベース』であると予測できます。色々な要因をトリガ(引き金)にして、記憶が記憶を辿り(しかも並列的に)、目的へ到達できるようになっているからです。このような柔軟なデータベース構造は、コンピュータでも実現できていません。数十億年をかけたとは言え、生物進化が実現した結果には、唖然とするばかりです。

更に、コンピュータとの違いは、人間の脳は『記憶』を動的なものとして維持しているように見えることです。コンピュータの記憶は、多くは『静的記憶』で、一度記憶してしまえば、機械が壊れないかぎり記憶は維持されますが、人間の場合は、記憶状態が常に外部要因の変化の影響を受けて、変容しているように見えます。最悪の場合、『思い出せない』『忘れてしまう』状況にも遭遇します。梅爺が、簡単なことも思い出せずに、困惑しているのは、『老い』の影響が、記憶に現れていることに他なりません。

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2009年7月30日 (木)

ヒトの記憶(1)

人間が、ある事象を『記憶』することができるという能力を保有していることは、自分の体験から誰でも知っており、それが脳と関係していることも知識として知っています。

我が家の犬を観察していると、『知っている人』と『知らない人』では反応が明らかに異なりますので、『記憶』が働いていることが分かります。人間と犬とでは、『記憶』の量や質が異なるであろうことは想像できますが、少なくとも基本的な『記憶』能力は、人間だけが保有しているものではないことが分かります。

しかし、人間の脳に関する本を読んでみると、『ヒトの記憶』が脳の中で、どのように行われているのかの詳細は、現在でも『分かっていない』ことを知ります。『宇宙の創生』や『物質の原子核の構造』まで解明する能力を持つ人間が、こと自分のことに関しては、『分かっていない』ということになりますので、いかに『人間の脳』が、科学の対象として難物であるかが分かります。前にブログに書いたように、人間の脳は、数十億個の脳神経細胞が相互に作用する『超並列自律分散処理システム』であろうと予想できますので、難物であるのは当然です。しかも、脳の機能は誰もが共通である部分と、人によって特性が異なる部分とが混在しているわけですから、一層厄介です。

勿論、ここ数十年、世界中の専門学者が、『脳』に取り組んでいますので、『全く分かっていない』わけではなく、断片的には『分かっている』ことも沢山あります。しかし、全体的な解明はできていないというのが正しい表現になります。そのうちに、解明の手がかりとなる、あっというような大発見があることを期待するしかありません。

脳に関する本を読んで、『記憶』には、『瞬間記憶』『短期記憶』『長期記憶』の3種類があり、それぞれ、脳の異なった部位が関与しているらしいことが推測されていることを知りました。

『瞬間』は数秒、『短期』は数十秒から数分、『長期』は数年から数十年の単位と分類されます。感覚器官から取得した情報が、『随意』であれ『不随意』であれ、何らかの目的で、『記憶』されるわけですが、ある条件を満たしたものだけが『長期記憶』として残ることになります。

情報が、『瞬間記憶』『短期記憶』『長期記憶』をどのように推移するのか、『長期記憶』では、どのような形態で蓄積されるのかは、分かっていません。老人性認知症(アルツハイマー症)は、少なくとも『長期記憶』への新しい情報移行ができなくなってしまった病気です。

コンピュータの『記憶装置への書き込み』『記憶装置からの読み出し』を思い浮かべて、これと同じことが脳でも行われているのだろうと想像しますが、マクロにはそのとおりにせよ、詳細のカラクリや、記憶形態は、決定的に異なっているものと思われます。

人間の脳の『記憶』は、ホログラフィーのように、ある事象が、全体に分散して収められているといわれています。つまり、コンピュータのように、あるデータが特定の番地に格納されているというような、1対1の単純な関係ではないということです。思いもよらない刺激で、昔の記憶が徐々に蘇ってくるというような経験は、誰でも持っていますので、『記憶』を呼び起こす手段も、色々な要因がかかわっていることが分かります。

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2009年7月29日 (水)

日本人は何処から来たか(8)

『日本人は何処から来たか』の著者、松本氏は、世界中から収集した各民族のGm型血液分析資料を駆使して、17万年前にアフリカを出た『現生人類』が、世界中にどのように、進出していったかのを追及しています。

例えば、オーストラリアのアボリジニは、オーストラリアがユーラシア大陸と陸続きか、浅瀬でつながっていた時代(4万年以上前)に、渡った人たちで、その後オーストラリアが、海で隔たれてしまったために、極めて『原初の姿』に近い形で、隔離され残った民族と推定しています。つまり、『白人型』『蒙古型』の痕跡がほとんどないのが、その推定根拠です。興味深いことに、南米アマゾンの熱帯雨林の奥深く住んでいるシャバンテ・インデアンも、アボリジニと全く同じGm型パターンを持っていると、この本には書かれています。

アメリカ大陸への人類進出は、最後の氷河期の後(1~2万年前)に、シベリア、ベーリング海峡(当時は陸続き)経由で移住した『モンゴロイド』が初めてというのが有力な説ですが(必ずしも定説にはなっていない)、南米にアボリジニと同じような『原初の姿』が残っているということは、それよりもはるか昔に、人類は南米にまで進出していた可能性を示しています。アフリカから、人類が世界の隅々までどのように拡散していったのかは、まだまだ説明しきれない、数々の謎を含んでいるように思います。

この本の著者、松本氏は、シベリア、バイカル湖畔のブリアート人が、日本人の祖先であろうと、Gm型の類似性から推測しています。自らその地に赴き、容貌や宗教観(シャーマニズムなど)も類似していることを確認しています。松本氏の説が、日本の考古学会や人類学会で、定説として根付いているのかどうかは、梅爺は分かりません。

現在の日本人は、『北方系蒙古型民族』を主体とし、『南方系』が1割位『混血』で混じっている『雑種』民族ですが、日本人全体としては、その割合で『均質性』が保持されているという理解を、梅爺はこの本から得ることができました。そして、約1億人の人が『均質性』を保っているという民族は、意外なことに世界でも珍しいということも理解しました。

他の多くの国が、国内に『民族紛争』の火種を抱え込んでいる中で、日本は『均質性』故に、その問題がないということは、国家として大変有利な条件ではありますが、その分、国際社会で、異質なものとの共存が下手な民族であるという欠点も内包しているのかもしれません。痛し痒しです。

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2009年7月28日 (火)

日本人は何処から来たか(7)

古代の日本には、どのくらいの人が住んでいたのかは、推定するしかありません。過去、人口の推移が分かっている時代の数値をプロットしてみると、『X年前の人口が半分だったとすると、それの更に半分(最初の数値の1/4)であったのは、2X年前である』という関係がみつかります。そこで、この『仮説』を適用して、現在を起点に、昔を推定してみると、日本の人口は、以下のようになります。

江戸時代   3000万人
戦国時代   1800万人
奈良時代  6~700万人
紀元0年     400万人
紀元前6千年  100万人
紀元前1万年   65万人

仮に、紀元前1万年の人口は、この推定の半分程度としても、30万人ということになり、これは、梅爺の予想をはるかに超えた数値です。そして、最初の渡来は、紀元前2万年頃と仮定しても、微々たる数の人間ではなく、かなりまとまった数の人間が一気に移り住んできた可能性が高いことが分かります。これだけ、安定した『母数』があれば、その後、少々の異民族の渡来や、帰化人の渡来があっても、混血で、日本人の特性が大きく影響を受けることはないということも分かります。

人間が移り住んでから以降の日本は、地球上の他の地域より、『人間が住むには厳しい環境であった』ことはなく、むしろ、自然や水に恵まれた場所であったと考えられますし、その後、アジア大陸との間が地続きではなくなり、孤立した島国に変貌したことを合わせ考えると、地続きであった時代に、一度に多数の人間が移住した時の名残が、今でも強く残っているとしても、不思議ではないことになります。そして、その『一度に多数の人間が渡来してきた』ことは、少なくとも2回はあったことになります。

日本人の『等質性』は、海に囲まれた国土であるが故に、できあがったとも言えます。中国と地続きの朝鮮半島は、異民族の流入や侵攻が多かったために、『混血』の影響を大きく受け、朝鮮人と日本人は、『異質』な人種となって、現在に至っているということになります。

日本が島国であることの、長短は、色々と論じられてきましたが、こと『人種の等質性を保つ』ことに関しては、有利な要因となっていると言ってよいのではないでしょうか。

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2009年7月27日 (月)

日本人は何処から来たか(6)

大分前に、日本語学者の大野晋氏が、『日本人の祖先はレプチャ人だ』と唱えて話題になりました。レプチャ人は、インドと中国にはさまれた山岳地帯に住む人たちですが、日本人と『容貌が似ている』『生活風習が似ている』『言葉(文法ではなく基本的な単語)が似ている』などが、大野氏の主張根拠でした。

『日本人は何処から来たか』という本には、レプチャ人との関係は特に記述されていません。容貌が似ていると言い出せば、モンゴル人でも日本人に似ていますし、生活風習や言葉(特に単語)は、時代と共に流通しやすいものであることを考えると、これだけで、『日本人と決め付ける』のは、飛躍がありすぎると梅爺は感じます。レプチャ人が、『北方系蒙古型民族』であれば、日本人と似ているのは当然ということになります。

『日本人は何処から来たか』という本には、Gm型の分類による膨大なデータをもとに、世界中の人種の『祖先』についての推測が記述されています。梅爺の興味は尽きませんが、これを全部紹介し始めると、このタイトルのブログが延々と続くことになりますので、差し控えて、特に興味を惹いたものにのみ限定したいと思います。

日本人と、大きなかかわりがありそうな、朝鮮人、中国人、モンゴル人、チベット人、台湾人、東南アジア人のGm型分類を見る限り、日本人とは『異質』であることが分かりますので、それらの人種が確立する時と、ほぼ同時期に、日本人も確立していたと考えられます。つまり、単純に、アジアのどれかの民族の末裔が日本人であるとは言えないことになります。

『蒙古型』には、『北方系』と『南方系』があり、現在の日本人を見る限り、『南方系』の『混血度』は、10%程度であることがわかります。しかし、古代のアイヌ人も、既に5%程度の『南方系』遺伝子を保有していることから、日本人への『南方系』の影響は、想像以上に少ないということが言えそうです。

東南アジアの人たちの先祖は、『南方系蒙古型民族』が主流であると推測されますし、広い中国大陸は、場所によって、『北方系』『南方系』の混血度が、見事に異なって分布しています。

現在、約1億人いる日本人は、『純粋な大和民族』とは言えないまでも、人種としては、かなり『純粋度』は高いといっても良さそうです。

それでは、日本には、どの時代に、どれだけの日本人が住んでいたのでしょうか。

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2009年7月26日 (日)

日本人は何処から来たか(5)

東北の山脈地帯に住む『マタギ』と呼ばれる人々がいて、『マタギ語』という特殊な言葉を継承していることから、この人たちの祖先について、人類学者は色々な推定をしてきました。しかし、血液のGm型の性質を見る限り、『マタギ』は、日本人と『等質』であると、この本は述べています。

世界の人類学者が注目するのは『アイヌ』で、従来色々な説が唱えられてきました。頭蓋骨の形状からして、ヨーロッパ系の人種に近いなどという説もありましたが、『定説』にはならず、降って湧いたような人種と考えられ、『スカイ・ピープル』と呼ばれることもあります。日本の石器時代の人の骨の形状から、この人たちは『アイヌ』または『アイヌの先祖』と考えられ、その後渡来した他の人種と、一部は同化し、一部は、次第に北へ追いやられていった、という説が最も有力です。これが正しいとすれば、最初に渡来したのは『アイヌ(またはその先祖)』であり、ある時期は『日本全土』に住んでいたことになります。現在でも、東北地方の人たちの容貌は、沖縄の人たちの容貌と異なる『感じ』を受けます。東北地方は、先住人種(アイヌ)と後に渡来した人種の『混血度』が高いのではないかと、梅爺は勝手に想像しました。

Gm型で比較する限り、『アイヌ』は、日本人と同じ北方系蒙古型民族に属しますが、明らかに日本人とは『異質』であると、この本には書かれています。混血によって、日本人の中には『アイヌ』の遺伝子は一部継承されていますが、主流を成す日本人の先祖は『アイヌ』ではない別の人種、つまり弥生人であるという、結論になります。

日本の古代の王朝は、『北方騎馬民族』によって打ち立てられたという説があります。これは、仮に正しいとしても、権力者集団として侵入してきただけで、それ以前に、日本人の量的基盤や、農耕文化は確立していたと考えられます。人種的に私たちの祖先は、『北方騎馬民族』であるとは、言えない話になります。

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2009年7月25日 (土)

日本人は何処から来たか(4)

日本に多量の人間が渡来したことは、一度ではなく、複数回であったことは梅爺でも推定がつきます。アイヌ人が現存していること、『縄文文化』と『弥生文化』が異なっていることなどが、その推定根拠です。いずれも、基本的には『北方系蒙古型民族』に属する『人種』であったことも推測できます。

この本を読んで驚いたのは、アイヌ人と沖縄宮古島に住む人は、血液のGm型で比較する限り、『等質性』が高いという事実です。

このことから推測できることは、アイヌ人、宮古島住民の祖先にあたる『北方系蒙古型民族』の『ある人種(縄文人?)』が、まず、アジア大陸と陸続きであった、北のルートを使って、流入し、沖縄の宮古島までの全ての土地に、佐渡、飛島、与那国島等も含め、定住したということです。当時の『島』は、島ではなく陸続きであったか、海の隔たりが狭かったかとも考えられます。

その後、同じルートで、『北方系蒙古型民族』の異なった『ある人種(弥生人?)』が、再び多量に流入し、先住民族を凌駕して(または入り混じり)、本土中心に住み着いたのではないでしょうか。農耕などの新しい文化も、それと一緒にもたらされたものと考えられます。その頃は、『島』は既に海で隔てられた環境に変貌していたために、『島』には、古い人種の痕跡が強く残ることになったと考えれば、Gm型の分布状態は説明がつきます。この本の著者の松本氏も、このような『仮説』を提示しています。

宮古島は、北海道よりは、ずっと台湾に近いわけですから、沖縄には、台湾経由で、南方から人間が移り住んだ、と考えるのが自然ですが、興味深いことに、台湾人と宮古島に住む人のGm型は、明らかに異なっているというのです。古代には、沖縄と台湾は、近くて遠い関係であったと推定するしかありません。

上記のような、日本人の基本パターンが出来上がった後に、かなり長い時間を経て、人間は船を使った確実な海上交通手段を確立し、アジア大陸から、少量の『帰化人』が入りこんできたと想定されます。帰化人の中には政治的に日本を支配するほどの力を得たものもいたのかもしれませんが(皇室の祖先は、朝鮮半島からの帰化人、という説もある)、それが、人種的に日本人を大きく変えたというようなことは、Gm型血液分布を見る限りありません。つまり帰化人との混血の影響は、ゼロではありませんが小さいということです。

中国人(漢民族)、朝鮮人、台湾人、日本人は、いずれも『モンゴロイド』であることは共通ですが、血液のGm型で比較する限り、『異質』であることが、この本で分かります。似て非なるものであるからこそ、『彼らには負けたくない』と、野球やサッカーで異常とも思える『敵愾心(てきがいしん)』を、お互いに感ずるのでしょうか。

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2009年7月24日 (金)

日本人は何処から来たか(3)

梅爺は、『日本人は、北方、南方から移住してきた人種の混血、雑種民族である』と想像していました。万世一系の天皇を戴く神の国で、歴史の最初から純粋で、優れた『大和民族』で構成されているなどとは考えていませんでした。この本を読んで、この予測は間違っていないことは分かりましたが、日本人は、北方、南方から移住してきた人たちの、ゴチャ混ぜ人種ではなく、北方型蒙古系民族が主流であるであることを知って、少し驚きました。つまり、それ以外の民族との『混血』の痕跡は勿論あるのですが、その影響は、想像以上に『小さい』という事実に驚きました。

血液のGm型分布を見る限り、北海道から沖縄まで、2500キロメートルの隔たりがあるにもかかわらず、現在の日本人は、一部の例外を除いて、『等質性を示している』のです。これは、ヨーロッパの人種分布などでは、考えられないことで、欧米の学者は、この事実に驚きました。色々な意味で、日本人ほど『均一性』を示す民族はいないと、よく言われますが、それには、科学的な裏づけがあることになります。均一とはいえない一部の例外は、佐渡、飛島(秋田)、奄美、宮古島、石垣、与那国といった、『島』だけです。このことは、『海で隔たれている』ということが、文化交流はあったとしても、人種の入り混じりを起こすことには障壁になっていることを示しています。別の言い方をすれば、人種の入り混じりを起こすためには、かなり多くの人たちが同時に移動できる環境が整っている必要があることを示しています。日本人の先祖は、少数の人間が小船にのって、日本にたどり着いたのではなく、陸伝いに、多量な人たちが短期間に移入してきたと推定されます。

つまり、アジア大陸と日本列島をつなぐ陸橋が存在していた時代に、北方から多量な人間が、一気に流入してきたと考えられますので、その時期は、2~3万年前から、1万数千年前までの間ということになります。アフリカに人類の祖先が誕生してから、約15万年かかって、日本に現生人類はたどり着いたという推定になります。1万年前の日本には、なんと65万人もの人が既に住んでいたと推定されています。

日本の中で『島』で隔絶された地域の人たちが、日本本土の人たちと『異質性』を示すということは、何を意味するのでしょう。この本は、これに、驚くべき『仮説』を提示しています。

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2009年7月23日 (木)

日本人は何処から来たか(2)

『日本人は何処からきたか』という本の前半で、著者の松本氏は、ご専門の『血液分析』について解説しておられます。以前は、A、B、AB、Oの四つの型があることが分かっていましたが、現在では、30~40種近くも、血液を分類する手法が判明していることを知りました。

A、B、AB、O型で、その人の性格が分かるという説や、夫婦の血液型の組み合わせにも相性があるのだというような、もっともらしい説があり、説明を聞いて、『当たっている』と感じたりもしますが、科学的な裏づけは得られていません。大体、このような『説』を、言いふらしているのは、日本だけのようです。

梅爺は、A型ですので、都合の良い時だけ『俺はA型なので、繊細なのだ』と利用する事にしていますが、あまりうけはよくありません。

A、B、AB、O型だけですと、親子関係を確実に識別することはできませんが、現在では、複数の分類要因を組み合わせて利用することで、地球上の全ての『個人』の違いを識別できるレベルに達していることを知りました。突然、『私は、あなたの子供だ』という人物が現れても、身に覚えがない限りうろたえることはないということです。松本氏は、専門知識を駆使して、中国残留孤児の『親子関係識別』にも関与しておられます。

Gm型を利用すると、世界の全ての『人種』の違いが識別でき、『混血の有無』『混血の割合』もわかりますので、『民族の移動の跡づけ』までも推定できることを知りました。従来の『ミトコンドリア遺伝子』や『Y染色体』で、追跡する手法と併用すれば、更に画期的な『事実』が判明する可能性を秘めています。

この手法を駆使して、松本氏が提示した『仮説』は、『日本民族は北方型蒙古民族系民族に属し、そのルーツはバイカル湖畔にある』というものです。

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2009年7月22日 (水)

日本人は何処から来たか(1)

梅爺は、前に『人類の足跡10万年全史』という本を読んで、『エデンを離れて』というブログを書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-17f7.html

現在地球上に存在する全ての『人類(ホモ・サピエンス)』は、17万年前に、アフリカ中部のサバンナ地帯に祖先(アダムとイヴ)を持つ、同一人種であることが、『ミトコンドリアの遺伝子(母系先祖の追跡)』と『Y染色体(父系先祖の追跡)』の調査で判明しました。

私達が、この科学調査の成果を、画期的な事実(知識)として獲得して、まだ20年しか経っていません。『現生人類(ホモ・サピエンス)』は、それまで、『モンゴロイド(蒙古系)』『コーカソイド(白人系)』『ニグロイド(黒人系)』に大別されていて、それぞれ、異なった祖先を持つのではないかとも考えられていました。身体的な違いや、容貌の違いを見れば、そう考えたくなるのも無理からぬことです。梅爺も、昔はそう考えていました。

また、現生人類の、主たる文明、文化は、『コーカソイド(白人系)』中心に始まったものだとする、欧米の学者の主張も、この事実によって、退けられました。

しかし、同一先祖が、その後どのような要因やプロセスで、『モンゴロイド』『コーカソイド』『ニグロイド』に分かれたのかは、逆に新しい科学の追求課題になりました。それぞれの居住環境の気象条件などに適用できるように、独自の進化をとげたのか、現生人類とは異なった『先住人種』との接触で、混血が起こり、その資質を後代へ引き継いだのか、色々な『仮説』が考えられますが、『定説』の確立にはいたっていません。

梅爺は、『コーカソイド』は、ヨーロッパの先住人類『ネアンデタール』との、混血の影響をうけているのではないかと、勝手な想像をブログに書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-a023.html

このブログをお読みいただいた『山崎次郎』さんから、『もし、そうならモンゴロイドも同じく、アジア系の先住人類との混血ではないか』と、鋭いコメントを頂戴しました。残念ながら、梅爺には、それにお答えできる知識がありません。しかし、アジアにも、北京原人、ジャワ原人などがいたことが分かっているわけですから、現生人類と、アジア系先住人類(現在は絶滅している)との混血がなかったとは言い切れません。

『日本人』は、赤ん坊の尻が青いなどの共通の特徴から、『モンゴロイド』に属することは、定説になっていますが、一体、いつごろ、どのようなルートで日本の地に住み着くようになったは、日本人なら誰もが知りたいことがらです。

本屋で、『日本人は何処から来たか(松本秀雄著:NHKブックス)』を見つけ、『これだ、これだ』と小躍りして買い求め、読み始めました。

著者の松本氏は、考古学者や人類学者ではなく、血液型遺伝子を専門にされる医学者ですが、『Gm型(抗体の新しい血液型)』の研究では世界的な権威で、30年にわたる研究の結果をベースに、『日本人は何処から来たか』の謎に、新しい光をあてられた方です。

『ミトコンドリア遺伝子』『Y染色体』同様に、この『Gm遺伝子』は、『えっ、そうなの?』というような結論に、私達を導いていってくれることを知りました。

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2009年7月21日 (火)

ヘンリー八世(3)

『願望実現』のためなら何でもする、という権力者の周りには、その権力者を利用して、自分も『願望実現』しようという人物が、集まってきます。まさに『類は友を呼ぶ』という現象です。

『ヘンリー八世』の側近として、一時は権勢を振るった、司教ウルジーや法律家クロムウェルなどがそれにあたりますが、やがて『ヘンリー八世』の逆鱗に触れて、二人とも処刑されてしまいます。暴君社長の『幇間(タイコモチ)』で、一時は威張っていたサラリーマンが、あわれな末路を迎えるという事例は、今でもありますから、特段珍しいことではありません。

『ヘンリー八世』に近づき、2番目の王妃になったアン・ブーリンという女性も、『願望実現』志向の強い女性であったろうと推察されます。美貌では、最初の王妃キャサリンにかなわなかったといわれていますから、『才気煥発』であったのでしょう。当時新しかった宗教改革の思想を利用して、『ヘンリー八世』に、法王がキリスト教社会で必ずしも『一番偉い』わけではないという思想を吹き込んだのも、彼女であったと言われています。これが『イギリス国教会』が生まれる要因になっています。

『ヘンリー八世』は後に、カトリック教徒もプロテスタント教徒も、弾圧し多数処刑しています。自分を支える『イギリス国教会』以外は認めないという、身勝手な『自分を肯定する手段』として『宗教』を利用したとしか思えません。本当の信仰を持っている人間なら、どんな理由があれ、7万人もの人間を処刑できるはずがありません。

アン・ブーリンもやがて、『才気煥発』があだになり、『ヘンリー八世』の逆鱗に触れ、狡猾な陰謀を仕組まれ処刑されてしまいます。しかし、彼女が生んだ娘が後に女王『エリザベス一世』として、『チューダー王朝』およびイングランドの最盛期を築き上げたわけですから、アン・ブーリンがいなかったら、歴史は変っていたことになります。『ヘンリー八世』とアン・ブーリンの血を引くエリザベス一世が、並みの資質の人物ではなかったであろうことも、容易に推察できます。

梅爺のように、才能も度胸もなくて、『権力の座』とは無縁な人間は、『人間、ささやかな幸せで満足するのが一番』などと、自らを慰めますが、『ヘンリー八世』のような人物は、梅爺がいくら『俺はそんな人物は認めんぞ』と怒鳴ってみても、人間社会が続く限り、今後も、ある確率で、必ず現れるにちがいありません。多くの人が祈っても、『世界の平和』は訪れないように、『善良柔和な人』だけで構成され、『誰もが安心して暮らせる社会』も、大変残念ながら実現できないのではないでしょうか。『それを言っちゃお終いよ』と叱られそうですが、人間は一人一人顔かたちが違うように、考え方や価値観も異なるように『そもそも、できている』わけですから、『同じように考え、同じように行動する』ことは、むしろ不自然です。そして、それが、人間を『危険な存在』にすると同時に『魅力的な存在』にもしているのです。

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2009年7月20日 (月)

ヘンリー八世(2)

『ヘンリー八世』は、父親(ヘンリー七世)が作り上げた『チューダー王朝』の基盤を確固たる者にした人物ですが、歴史的には、自分の離婚、再婚を正当化するために、ローマ法王(クレメンス七世)と対立し、ついには、袂を分かって、自分の意のままになる『イギリス国教会』を創立してしまったことで有名です。

最初、カトリック信者であった『ヘンリー八世』は、自分の離婚、再婚を『認めてもらうための請願』を法王に提出しますが、拒絶されます。これでへこたれない『ヘンリー八世』は、聖書を精読し直して、『自分の主張が正しい』とすることに都合の良い表現部分を見つけ出し、再度請願をしますが、これも受け入れられません。法王側も、必ずしも純粋な『教義』に基づいて拒否したわけではなく、当時『神聖ローマ帝国』のカール五世と仲たがいをしていた法王は、カール五世によって幽閉されている身でしたので、『ヘンリー八世』の離婚を認めがたい事情を抱えていました。何故ならば、カール五世は、『ヘンリー八世』が離婚したがっている王妃キャサリンの従兄弟であったからです。法王は、カール五世の更なる怒りを買えば、身の危険があるという世俗的な理由で『ヘンリー八世』の要請を拒否したに過ぎません。

怒り狂った『ヘンリー八世』は、今度はイギリス国内で裁判を召集し、自分の主張が『神の意思』であることを、裁判で認めさせようとします。自分の『願望実現』には、『神の意思』さえも利用しようと言うわけです。梅爺は、『神の意思』を人間が裁判で『決める』という行為には、苦笑してしまいますが、自分の願望を『神の意思』として正当化しようとする行為は、教養を『理』の目的だけで利用しようとする人間によくある、典型的なパターンではないかと感じます。

『ヘンリー八世』が、王妃を変えようとした一つの理由は、最初の王妃キャサリンが『男児の世継ぎ』を産まないことにありました。一度は生まれますが、赤ん坊のときに死んでしまいます。その後も、キャサリンは、『男児』を得たいと神に祈り続けますが、果たせませんでした。キャサリンは気品のある美貌の王妃であり、夫『ヘンリー八世』が、フランスとの戦争に出かけている留守の間に起きた、スコットランドによるイングランド侵攻に際しては、兵士を鼓舞してイングランドの大勝利を勝ち取ったこともあり、国民の信望が厚い王妃でした。

政略結婚で『ヘンリー八世』と結婚することがなければ、キャサリンの人生は全く変っていたにちがいありません。

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2009年7月19日 (日)

ヘンリー八世(1)

NHKテレビ『プレミアム8』で、イギリスの『ヘンリー八世』の生涯を紹介するドキュメンタリー番組を観て、人間は権力の座につくと、果てしなく自分勝手で、冷酷な存在になる危険性を孕んでいることをあらためて思い知りました。

『ヘンリー八世』は在位中(1509-1547年)に、逆らう人間を、約7万人処刑した(多くは斬首刑)と言われていて、その中には、妻である王妃や、腹心の部下が多数含まれています。まさしく『血塗られた王様』です。生涯6度結婚をし、最初の王妃キャサリン(スペイン王フェルデナンドとイザベラの娘)は、離婚後幽閉して、病死させ、2番目のアン・ブーリンと5番目のキャサリン・ハワードは、反逆罪で処刑していますので、3人は、夫の手にかかって『殺された』ことになります。

『ヘンリー八世』を、歴史上の暴君の一人として、片付けられないのは、近世でもソ連のスターリンのように、逆らうものを全て処刑した権力者はいましたし、現在でも、世界を見渡せば、同じような暴君の為政者がいるに違いないからです。処刑して殺してしまうことはないにせよ、逆らうものはすべて排除するという暴君社長が、現在日本にいないわけではありません。

『ヘンリー八世』が、単なる無教養で身勝手な男であったというなら、残念ながら世の中には『そういう人間がいる』という説明になりますが、ラテン語を含む数カ国語を理解し、音楽を好み、後には宗教に関する論文(カトリックを擁護し、ルターのプロテスタント思想を非難)まで書いていますので、当時としては平均以上の『教養人』であったと言えます。18歳で即位したころは、身長190センチの偉丈夫で、馬上試合やテニスを愛好するスポーツ青年であったこともあり、国民の期待と尊敬を集めていました。

『教養』は、通常『自戒、自省』を促すものとして作用しますが、『ヘンリー八世』のような人間では、『教養』が『願望実現』のための『手段』として作用していることがわかります。『願望実現』には制約があり、時に周囲の人間に不快感や苦痛をもたらすことがある、ということを『思いやる』ことができるかどうかが分かれ目です。つまり、『教養』を、『理で情を制する手段』として使える人間であるかどうかが人物を分けることになります。

『ヘンリー八世』の行動パターンは、実に単純で、『ヨーロッパ世界で、大国の王として認められたい』『好きな女と結婚したい』という『願望実現』のためには、手段の良し悪しは省みないというだけに見えます。『願望実現』のためなら、『宗教』や『法律』でさえも、都合よく解釈し、時に変更して『手段』として利用してしまいます。価値観の高い優先度が、何よりも『願望実現』にあるということになります。『ヒトラー』『サダム・フセイン』『キム・ジョンイル』などの独裁者に共通する資質です。

ところが、皮肉なことに、人間の歴史の一部は、『ヘンリー八世』のような人間で作り上げられ、その影響は永く残るということもあるということです。現在の『イギリス国教会』などは、『ヘンリー八世』が出現しなければ、なかったにちがいありません。

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2009年7月18日 (土)

針の穴から天覗く

上方いろはカルタ『は』の、『針の穴から天覗(のぞ)く』の話です。

これは、以前ブログを書いた、江戸いろはカルタの『よ』、『よしのずいから天井のぞく』と同じ内容の類似表現です。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_d58b.html

人は、自分の能力の範囲でしか、周囲を見ることができないという悲しい現実を、諧謔で表現したものと思います。『梅爺川柳』で表現すれば『人はみな自分の器量で世をはかり』ということになります。勿論、『世の中には、狭い了見(りょうけん)の人がいるものだ』と、自分は棚に上げて、あざ笑っているようにも見えます。

白内障などで、物理的な視野が狭まるのは、難儀な話で、人は悩みますが、自分の『精神的な視野』の狭さには、なかなか気づかず、悩んだりしません。時には、他人の『精神的な視野』が、自分より格段広いことに遭遇しても、それと気づきません。

世の中の『誤解』の大半は、この『精神的な視野』の違いで生じているのではないでしょうか。なんとか、『精神的な視野』を拡げたいと、少なくとも考える人は、まだ救われる余地がありますが、そのようなことは考えたことも無く、無頓着な人がいるかぎり、世の中から『誤解』はなくなりません。見方をかえれば、『誤解』が世の中を、複雑、多様にしているとも言えます。

生物進化の過程で、地球上の人間は、すべて異なった器量の持ち主であるように仕組まれているわけですから、小説が題材にするような悲喜劇の材料は、いくらでもあることになります。器量というのは、生まれつき遺伝子で継承した資質と、生後その人が努力して獲得した資質の総和です。

『精神的な視野』を拡げる手だても、これといって決定的な方法はありません。周囲の情報に敏感であるように努力し、自分とは異なった視点が世の中にあることを、一つ一つ確認して獲得していくしかありません。『本を読む』などという行為は、たしかにこれに寄与するひとつの方法です。

だいたい、『精神的な視野』を拡げたいと思う人は、もともと、そういう器量の人であるというような話になると、堂々巡りになってしまいます。

こう書いてしまうと、世の中は『悲観の材料』ばかりというようなことになりますが、器量は異なっている人間同士が、マクロには共有、共感できる『視野』はたくさん残されていますので、それに期待したいと梅爺は考えています。

それでも、自分は『針の穴から天覗く』であることを、常に自戒しながら生きることも、尚重要であると感じています。

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2009年7月17日 (金)

鬼怒川、日光に遊ぶ

7月7日から8日にかけて、一泊で鬼怒川、日光に遊びに出かけました。昨年の晩秋、軽井沢に遊びに出かけたときと同じ仲間、W夫人、Uさんご夫妻、それに梅爺夫婦の5人のグループ旅です。軽井沢の旅行記は前にブログで紹介しました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-05be.html

今回も、W夫人が会員権をお持ちの『東急ハーベストクラブ(鬼怒川)』に一泊させてもらうというご好意に甘えました。宇都宮近郊にお住まいのW夫人が、車で、鬼怒川、日光近辺の観光地や美味しい食事どころを、効率よく案内してくださいました。2日間、運転とガイドを全てお願いしたわけですから、W夫人は、さぞお疲れになったであろうと、恐縮するばかりです。

宇都宮にある畏友Wさん(W夫人の亡くなられたご主人)のお墓にお参りをしてから、途中『やな料理』のお店で、鮎の塩焼きの昼食に舌鼓を打ち、鬼怒川へ向かいました。ホテルの豪華な夕食の後は、例によって部屋にお酒を持ち込み、楽しい宴会を催しました。Uご夫妻と当方夫婦が、結婚40周年を迎えたということで、W夫人がお手製のシフォンケーキを焼いて持参くださり、蝋燭を4本立てて、お祝いをしてくださいました。3年前に、ご主人が亡くなられたW夫人に、このようなご配慮をいただき、これまた恐縮以外のなにものでもありませんでした。実は、Wさんご夫妻と、我々夫婦は、偶然にも、同じ日の同じ時間帯に同じ式場で、結婚式を挙げたという間柄ですので、畏友Wさんが生きておられたら、同じく40周年を迎えられたことになります。今回も、Wさんの思い出話に花が咲きましたが、特殊なペンダントの中に、ご主人の遺灰の一部を入れて、肌身離さず持ち歩いておられるW夫人のお気持ちを察して、梅爺は、胸が詰まりました。それでも、いつも私達には明るく接してくださるW夫人には、頭が下がります。

鬼怒川では、『トリックアート・ミュージアム』を見学しました。錯覚で、平面が立体的に見えたり、大きさが異なって見えたりなどの、作品が並び、他愛がないものなのですが、全員年齢を忘れて、ついはしゃいでしまいました。館内では、勿論写真撮影がOK(むしろ推奨)というのが特徴です。

Dscn8174 立体的に見えますが、平面に描かれた絵です

日光霧降高原では、ゴンドラに乗って、今が丁度さかりの『日光きすげ』を見る事ができました。山肌が、『日光きすげ』で、黄色に覆われている様は壮観でした。

Dscn8227 日光霧降高原のゴンドラと『日光きすげ』

単調な日常の梅爺夫婦にとっては、楽しい、楽しい2日間でした。『日光(今市)のたまり漬け』と『日光ゆば』をお土産に購入し、帰宅しました。

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2009年7月16日 (木)

トマスによる福音書(10)

『トマスによる福音書』の著者、荒井献(あらいささぐ)氏のキリスト教思想史に関する造詣の深さに、世の中にはすごい人がいるものだと、梅爺はただただ圧倒されました。あまりにも、内容が豊富なために、多分、真髄の半分も梅爺は理解できていないと感じています。

荒井氏が、梅爺のブログを読まれたら、『生半可な理解で、ものを言うのはおやめなさい』とおっしゃるにちがいありません。弁明で恐縮ですが、梅爺のブログはキリスト教神学に関する論文ではありませんので、ご容赦いただくしかありません。誤認や思い込みだらけと思いますが、それでも、怖いもの知らずで、意外に、面白い視点が含まれているのではないかと、内心では考えていないわけではありません。

この本を読んで、梅爺が『なるほど』と肯(うなず)いたポイントは、『グノーシス派』は、『創造神』と『至高者(単独者)』という概念を分けてとらえ、『至高者(単独者)』を『創造神』より重視しているということでした。キリストは『至高者』を体現した人間(単独者)として、この世に遣わされたという主張です。キリスト教は一神教で、『創造神=全知全能の絶対神』と理解していた梅爺には、新鮮な驚きでした。したがって、『グノーシス派』は厳密には、一神教といえないことになると同時に、『至高者(単独者)』の考えは、仏教の『悟りを拓いた者=仏』と極めて類似していることに気付いたからです。

4世紀以降、教義論争で、ローマン・カトリックが優位に立ち、『グノーシス派』は異端として退けられますが、それ以前に、両者が拮抗していた時には、『グノーシス派』は『カトリック派』を、『彼ら(カトリック派)は、創造神に重きをおくばかりに、至高者の存在に気付いていない』と批判していたことを知りました。

『グノーシス派』にとって、『創造神』は、天地、人間を支配するという点では絶対的な存在ですが、この『創造神』には、『全知全能』『正邪』『愛』の属性を付与していません。現代の私たちの言葉で表現すれば『自然の摂理』ということになり、得心がいきます。一方、『真と善(光)』の象徴が『至高者』であり、明言はされていませんが論理的には『邪(闇)』の象徴が『悪魔』であることになります。

『至高者』『悪魔』は、現代の言葉で表現すれば、人間の中に存在する『善良な心』『邪悪な心』という抽象概念になりますので、『至高者(善良な心)』の持ち主になる努力をしなさい、という考え方は理解しやすいように思います。どこかに『全知全能で、私達を愛してくださる神様』がいると言われても、どうもピンとこないところがありますので、『信ずる』しかありかせんが、邪悪な心を排除して、善良な心を大切にしなさい、という教えならば、多くの人が理性でも『納得する(認知する)』のではないでしょうか。

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2009年7月15日 (水)

トマスによる福音書(9)

下世話な興味になりますが、梅爺は、キリストと12人の弟子の日常生活が、『どうして成り立っていたのか』と不思議に感じています。

一行は、定住地を持たず、各地を渡り歩いて、布教をしているように見えるからです。『食べる』『泊まる』『服装を整える』などは、普通に考えればタダというわけにはいきませんから、最低限の資金が必要になります。5000人の群集にパンと魚を、奇跡で施したキリストのことですから、この程度のことは、お茶の子さいさいであったとも考えられますが、常識的には、金持ちのパトロンがいたか、自分達に、路銀を稼ぐある種の能力があったか、行く先々で人々(キリストへの共感者)が面倒をみたか、ではないかと想像できます。

話が飛びますが、松尾芭蕉の『奥の細道』も、長旅の路銀はどうしたのだろうかと、おせっかいな心配をしたことがありますが、こちらは、行く先々の弟子達が『面倒を見た』というのが、真相のようです。昔の旅は、現在ほどお金を必要としなかったとも考えられます。『芭蕉は幕府の隠密であった』などという説が生まれるのも、梅爺のような、おせっかいな心配屋がいるためなのでしょう。

『トマスによる福音書』という本を読んでいて、キリストの生活基盤として、ユダヤ社会に存在していた『巡回霊能者』が、一つの回答かもしれないと感じました。『巡回霊能者』は、家族や財産を捨てて各地を巡回し、旅先で、病人などを霊の力で癒し、そのお礼に食事や宿泊の提供を受けた人のことであるらしいのです。医療システムが整っていない昔の社会ではありえる話です。

現代の日本でも、『霊能者』と称する人が、本を書いたり、テレビでもっともらしいことを話したり、占いを行ったりして、裕福そうな生活をしているのですから、当時のユダヤに、『評判の霊能者』がいたのは当然のことと思います。少し前までは、日本の山村の村々には、村民の悩み事にこたえる『巫女(みこ)』のような専門者がいました。

梅爺の勝手な想像ですが、キリストとその一行は、身体の病ばかりか、心の病も癒す、特別な能力をもつ集団、つまり『巡回霊能者』と考えられていたのかもしれません。

年金で暮らす梅爺が、キリストの日常生活の心配などしても、何の役にもたたない話であることは、わかっていても、ついつい、おせっかいなことを考えてしまいます。

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2009年7月14日 (火)

トマスによる福音書(8)

キリスト教の『教義』は、後にローマン・カトリック中心に確立された『正統』と、これに反するとして排除された『異端』とに分かれます。現在私達が接するキリスト教の『教義』の根幹は、信者が教会で唱える『使徒信条』の短い文章の中に集約されています。『正統』が確立したのは、4~8世紀にかけてであり、それ以前のキリストの死から400年の間は、各地に『色々な教義のキリスト教』が並存していたと考えるのが自然です。『使徒信条』も原型ができたのは2世紀の半ばで、現在の形になったのは中世以降ということになります。

キリスト教にあまり詳しくない方のために、現在、日本基督教団(プロテスタント)で採用されている『使徒信条』を以下に紹介します。カッコ内は、中世の『使徒信条』には無かったもので、後に追加された表現です。

我は(天地の造り主)全能の父なる神を信ず。我は、その独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は精霊によりてやどり、処女マリアより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに(苦しみを受け)十字架につけられ、(死にて)葬られ、(陰府にくだり)三日目に死人のうちよりよみがえり、天に昇り、(全能の)父(なる神)の右に座したまえり、かしこより来たりて、生けるものと死ぬるものを審きたまわん。我は聖書を信ず、聖なる(公同の)教会、(使徒の交わり)、罪の赦し、身体のよみがえり、(永遠の生命)を信ず。アーメン

見事に、短い文章で、キリストの生涯とその意義を表現していますが、梅爺にとって興味深いのは、これらは『できごと』とその意義を著述したもので、肝心なキリストの『教え(言葉)』が含まれていないように見えることです。後に『異端』とされた『グノーシス派』のように、『できごと』には興味を示さず、『教え(言葉)』だけに意味を見出そうとしたグループがいたとしても不思議ではないように思います。

『できごと』に重きをおくと、『それは本当の話か?』という疑念が生じますので、教会は『信じなさい』という言葉で疑念を封印することになります。疑念を抱くこと自体が『信仰が薄い』証拠とされかねません。

一方、『教え(言葉)』に重きをおくと、『教え』の本質を『認知する(理性で得心する)』ことが重要になります。『認知』の程度は様々でも、それぞれに人は自分の理解で得心します。『グノーシス』はギリシャ語の『認知する』から出た言葉ですから、このグループが『グノーシス派』と呼ばれるのはそのためです。

『信ずる』ことも『認知する』ことも、人間の高度な脳の精神活動で、どちらが重要かを論ずることは意味がありません。信じながら疑いたくなる、疑いながら信じたくなる、という具合に人間は、そもそもできているからです。

キリストは、神の子ゆえに、神の言葉を代弁できたのか、神の言葉を代弁できる才能を持っていたが故に、後に神の子とされたのか、梅爺にはわかりません。しかし、神と人間との関係を深く考えさせ、人間はどう生きるべきかを述べた『教え(言葉)』に本質があるように、梅爺は感じます。

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2009年7月13日 (月)

トマスによる福音書(7)

『トマスによる福音書』は、114個の『イエスの言葉(会話の中で発せられた)』で構成されています。まるで、禅宗の高僧の話のような話しぶりで、『何を言いたいのかなぁ』と梅爺は、考え込んでしまうようなものが大半です。逆説的な表現が多いのですが、これは、イエスの特徴なのか、トマスの好みなのかは分かりません。勿論、新約聖書の『共観福音書』ともダブル(表現は微妙に異なっていても)ものも数多くあります。

しかし、例えば、以下の29番目の言葉を読んで、梅爺は、イエスの深い洞察力に驚き、共感してしまいます。

イエスが言った。『肉が霊の故に生じたのなら、それは奇跡である。しかし、霊が身体の故(に生じたの)なら、それは奇跡の奇跡である。しかし、私は、いかにしてこの大いなる富がこの貧困の中に住まったかを不思議に思う』

『肉』は、物理的な人間の身体で、考え方によっては卑しく貧困なもの、『霊』は、高貴な精神(知性、理性や情感も含む)で富と考えられるもの、ととらえれば、文脈が見えてきます。なんとイエスは、『何故このような貧困な身体の中に、高貴な精神が宿っているのか、不思議だ』と言っているのです。まるで、梅爺が思っていることを代弁してくれているようなものですから、『ね、やっぱりそうでしょう』と相槌を打ちたくなります。

もし、イエスが『神の子』であり、『全知全能』であるとすれば、『不思議に思う』などという表現はありえません。自分には、『分からないことがある』と告白していることにほかならないからです。

これは『グノーシス派』の人たちが、『全知全能』などという存在は無いと、考えていたことの証左ではないでしょうか。『あなたは、神なのに知らないことがあるのか』などと、咎(とが)めだてなどはしていません。イエスは、肉体的には普通の人間でありながら、精神的な資質だけが、『真』と『善良な心』だけを希求する特別な存在であると観ていたとすれば、この表現は解せます。肉体的に普通の人間ですから、生誕や死は当然のこと(創造神の支配下にあるものの宿命)で、したがって、イエスに関する『できごと』には、関心がなく、ただ『生きていた時に話した言葉の内容』だけが、重要な意味を持っていると考えたに違いありません。イエスの肉体は、人間同様滅んだとしても、その『言葉』は、不滅の価値を持っているということなのでしょう。『生けるイエスの(隠された)言葉』に、トマスがこだわる意味が、分かるような気がします。

梅爺も、このように考えれば、なんの異存もなく、むしろ親近感をもって、イエスの言葉を受け容れることができます。

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2009年7月12日 (日)

トマスによる福音書(6)

この本は、『トマスによる福音書』の古文書発見経緯、『グノーシス派』の思想背景、それに114個のイエスの言葉の内容と解説で成り立っていて、スラスラ読める内容ではありませんが、梅爺のように、このような、分野に興味を抱いている人間には、大変啓発的なものです。

『宗教』と『哲学』は異質な文化にも見えますが、『神(仏)』を前提に考えるか、考えないかの違いで、人間にとって『不可解なもの』に対して、『知性、理性』で、納得できる『論理』を追求しようとする点では、同質のものであるように思います。『宇宙のカラクリ』『人間の脳のカラクリ』『生物進化のカラクリ』などに、人間が科学知識を保有していない段階で、『何をどう考え納得しようとしたか』とみれば、与えられた環境の中で『矛盾のない仮説』を考案したいという姿勢ですから、『科学』とさえも本質は同じとも言えます。

現代は、次々と『科学』が新しい知識を供給していますので、今後は、その知識を前提に考えることで、『哲学』や『宗教』が変貌することも十分にありえることと思われます。『天地』や『人間』は、少なくとも今私達が『観ている形』で創られたものではないことは、『ビッグ・バン』や『生物進化論』で明らかになっていますので、私達が『観ている形』で、『神』が、7日間で創造したものではないことは、多くの人にとって異論の無い話ではないでしょうか。しかし、これらの知識は、人類が獲得してからまだ150年程度しか経っていないわけですから、2000年程度昔の人間が、何をどう考えたのかは、その時代と同じ前提で理解する必要があります。むしろ、知識が無い中で、よくここまで洞察できたなと、梅爺は感心してしまいます。

『宗教』と『科学』は、同分野ではないとも言えますが、『科学』は、今後も絶え間なく『宗教』の基盤に影響を与え続けることになると梅爺は思います。一方、『精神とは何か』は、『科学』の追求対象でありますが、『精神の価値』は、科学が決めるものではない、と考えています。『音とは何か』は、科学の追及対象ですが、『音楽(作品)』の価値は、科学で決まらないのと同じ話です。

この本を読んで、梅爺は、いかに自分が『既成概念』に束縛されているかを痛感しました。『既成概念を壊せば、新しいものが見えてくる』とよく言われますが、まったくそのとおりです。物理的な破壊行為は、周囲への影響も大きく、危険でもありますが、思考の破壊は、梅爺の頭の中の話で、皆様にご迷惑をかけることも少なく、お許しいただけるだろうと、勝手に思いながら、ブログを書いています。少なくとも梅爺の脳の活性化にはなっていそうだと、これまた勝手に感じています。

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2009年7月11日 (土)

トマスによる福音書(5)

『トマスによる福音書』の最初に、『これは、生けるイエスが語った、隠された言葉である』と書いてあります。『生ける』『隠された』に、特別な意味がありそうです。

『グノーシス派』は、イエスの『言葉』にこだわり、後の(現在の)キリスト教のように、イエスの生涯に関する『できごと』を重要な『教義』の中心にすることをしていません。生誕、行った奇跡、十字架の死などにこだわらないのは何故なのかと考えてみました。

昨日書いた、『グノーシス派』の考え方を前提にすれば、イエス(子)は、『真』と『善良な心』の純粋な体現者(単独者)であるのに対して、人間(子ら)は、『真』と『偽』、『善良な心』と『邪悪な心』をあわせ持つ存在である以外は、違いがないことになります。イエスは人間でありながら、非常に特殊な存在であるということになります。

つまり、イエスと言えども『創造神(自然の摂理)』に支配される『身体』をもった外見は『人』ですので、その『生誕』や『死』は、特別なことではないと考えていたとすれば、『できごと』に関心を示さないのは、当然のように思えます。『グノーシス派』には、イエスが『全ての人間の罪を一身に背負って、身代わりに死んでくださった』などという、考え方はないからです。

『グノーシス派』のイエス(単独者)は、仏教における『仏』と極めてちかい考え方に見えてきます。人間が、煩悩(偽や邪悪な心)を解脱して仏に近づくことが、仏教の基本的な教えですから、きわめて類似しています。

人は、単独者を目指すべき、という教えと、仏を目指すべきという教えは、ほぼ同じです。人間も、究極には、『単独者』『仏』になれる、可能性を示して、無限の努力を要求しています。

キリスト教(現在の)では、『神』と『人間』は、別の概念であり、『人間』は神に近い『聖人』にはなれても、『神』には絶対なれませんが、『グノーシス派』では、『単独者(仏教の場合は仏)』になれる『可能性を是認』していることになります。

『グノーシス派』が、『隠れた言葉』と言っているのは、仏教の『奥義(おうぎ)』と同様、ある特別な人たち(つまり『グノーシス派』の人たち)でないと、イエスの言葉は理解できないと言う、自負心(差別心)が、根底に働いているのではないでしょうか。自分は、『特別な存在』であると、考えるのは、人間の習性であると思えば、肯けます。

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2009年7月10日 (金)

トマスによる福音書(4)

梅爺は、この本を読んでいて、『既成概念』を排除し、頭を空っぽにして考え直してみると、『グノーシス派』は、現代人にも納得がいく『論理』を保有していたのではないかと思いつきました。勿論、『天地』『身体』などについて、彼らは、現代人のような『知識』は保有していませんので、表現には難がありますが、現代にも通用する本質は見抜いているのではないかという意味です。いうまでもなく、梅爺流の解釈ですから、これが正しいと主張するつもりはありません。

私達は、『神』と言う言葉を聞くと、直ぐに『全知全能の唯一絶対の存在』を思い浮かべてしまいますが(一神教の視点でと言う意味です)、この『既成概念』を払拭すると、『グノーシス派』の主張がすっきり見えてきます。つまり、『グノーシス派』は、『全知全能などは存在しない』『それぞれの目的をもった神(または悪魔)が複数存在する』と考えていたのではないでしょうか。そう考えると、辻褄があってきます。

梅爺が、思い切って言ってしまえば、以下のような解釈になります。

『創造神』は、現代の言葉で言い直せば、『自然の摂理』のことで、『天地(自然)』『身体』が、この宿命的な支配下にあるという考えは、全くそのとおりで納得がいきます。『グノーシス派』は、『創造神』に『全知全能』『善悪』などの概念を付与していません。『父(光)』は、真偽の『真』を、『母(魂)』は、善良、邪悪の心のうちの『善良な心』を純粋に保有する『神』で、『子(イエス)』は、人間の形をしていますが、この『真(光)』と『善良な心』だけを受け継いだもの、つまり『単独者』であるとみることができます。『父』『母』は、現代の言葉で言い直せば、『真』『善良な心』という『抽象概念』ということになります。イエスは、それを人間の目でみても理解できる、純粋で特別な存在、『単独者(仏教の悟りをひらいた仏のような存在)』であるということになります。

『グノーシス派』の考えを敷衍(ふえん)すれば、真偽のうちの『偽(闇)』、善良、邪悪の心のうちの『邪悪な心』だけを保有する純粋な『神(悪魔)』もいることになります。いうまでもなく、現代の言葉ならば、『偽』『邪悪な心』は、抽象概念です。

問題は『子ら(人間)』で、『子(イエス)』と区別して理解していることに、意味があります。つまり、『子ら(人間)』は、外見は『子(イエス)』と同じように作られていますが、イエスと異なっているのは、『真』『偽』、『善良な心』『邪悪な心』を全て併せ持っている存在であるという主張にみえます。これならば、現代人も納得がいきます。

さすがの『グノーシス派』も、人間が原始生物から40億年もかけて『進化』した生物であるということは、見通していませんが、人間が進化の過程で獲得した『真偽』『善良、邪悪』などの重要な『抽象概念』については、見事に洞察し、人間は、その中の『真』と『善良』を希求すべきだ、つまりイエスのような存在をめざすべきだ、と主張しているのではないでしょうか。

『全知全能で唯一絶対な存在』という『既成概念』のために、考えても考えても矛盾にぶつかってしまいますが、これをを捨てれば、『イエスの存在とその教えの意味』は、現代人でも、すんなり受け容れられるように思います。『グノーシス派』が、歴史上『異端』とされてしまったのは、不幸なことと梅爺は思うようになりました。

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2009年7月 9日 (木)

トマスによる福音書(3)

この本の著者、荒井献(あらいささぐ:東京大学名誉教授)氏は、ドイツに留学して神学博士号を取得された、聖書学に関する世界的権威で、特に『グノーシス派』に造詣が深いことを知りました。多分、ギリシャ語、コプト語、アラミック語、ヘブライ語等にも精通しておられるのでしょう。どのような分野にも『世界的権威』を排出する、日本人の素晴らしさを誇らしく感じました。ご自身が、クリスチャンであられるのかどうかは、分かりませんが、客観的な記述内容に感銘を受けました。『イエス・キリスト』『グノーシス派(主義)』に関する沢山の著作がありますので、詳しく知りたい方が読むには、最適なガイドであろうと思います。お陰で、梅爺は『グノーシス派』について、多くの知識が得られました。

『グノーシス派』の発祥の地は、現在のシリア(そこに住んでいたユダヤ人主体)であろうと考えられています。『知性・理性でものごとを認識(知覚)する』ことを重視したグループで、このグループの考え方と『イエスの教え』が合体して、『キリスト教グノーシス派』が誕生したのではないかと、梅爺は昨日書きました。既に保有していた自分達の『基本的な考え方』に『イエスの言葉』を当てはめたと感じるからです。多分、ギリシャ哲学の影響が基本にあったのであろうと推察できます。したがって、現在のキリスト教の視点とは、かなり異なった認識が前提になっています。『共観福音書』の中では、『ヨハネ伝』が、もっとも近い考え方のように感じます。前に、『ヨハネ伝』の最初の部分についてブログに書きましたが、『ヨハネ伝』は際立って、哲学的(形而上学的)で、難解な表現であることに気付きます。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_8650.html

『トマスによる福音書』における、『父』『子(イエス)』『子ら(人間)』『母』『光』『魂』『神』『天地』『肉体』『単独者』の認識は、極めて難解です。荒井氏は、これらの関係を、以下のように『要約(推定)』しておられます。

はじめに『父』と『母』と『子』があった。人間は『子ら』として『父』(と『子』)の本質『光』を、あるいは『母』の本質『魂』を保有しているが、『神』(創造神)によって『天地』と『肉体』の中で支配されている。『子』なるイエスの啓示によってその本質を認識し、『単独者』となれば、終局において始源に復するであろう。

ちょっと読んだだけでは、何を言っているのか分かりずらいのですが、梅爺流に、思い切った言い方をしてしまえば、『人間(子ら)は、イエスの中にある本質(光と魂の一体化)を認識した時に、単独者(仏教の悟りの境地にような状態)になり、イエス(子)と同じ存在になることができる』ということになります。煩悩を脱却して、仏になるという仏教の考え方に近いように感じます。人間が神になれる『可能性』を示していることは、現在のキリスト教と決定的に違います。

創造神のほかに、『父』『母』『子(イエス)』を神と同格の存在としてとらえているところは、純粋な『一神教』ではないように思えます。天地や肉体を介して人間を支配している創造神に、大きな重きをおかず、『イエスの境地に達すること(つまり、父と母のようになること)』を、最重要視しているところが、注目に値します。

自然の摂理(天地や肉体)の支配は、宿命であるけれども、人間としては、『邪悪』を排して、『善良』な存在になるべきだ、と読み取れば、現代人の梅爺にも異論のない『考え方』のように思えます。

『グノーシス派』を過大評価するつもりはありませんが、約2000年前に、このような『洞察』をしていた人たちの存在には、驚きます。

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2009年7月 8日 (水)

トマスによる福音書(2)

『トマスによる福音書』は、1945年に、エジプトのナグ・ハマディで発見されたいくつかの古文書の中の一つで、パピルスに、コプト語で書かれたものです。コプト語は、エジプトがイスラム国家になる以前に、使われていた言葉ですから、この古文書を残した人たちは、エジプト人であったと推定できます。

福音書と呼ばれていますが、新約聖書の『共観福音書(マルコ・マタイ・ルカ・ヨハネ)』と異なり、キリストと直接関係のあったトマスという人物が、『キリストから直接聞いた言葉114個を書き残した』という体裁になっていますから、『言語録』と呼ぶのが適切です。キリストの生誕、布教活動、死にまつわる『できごと』、つまり伝記形式は採用していません。『グノーシス派』の人たちにとっては、キリストの『教え(言葉)』だけが、『全て』であったのではないかと、梅爺は想像しています。

コプト語版の『トマスによる福音書』は、2世紀の中ごろに書かれたものと推定されていますが、それよりも前にギリシャ語版の原典が存在していたと考えられています。原典は、キリストの死後100年以内に成立していたと考えられますので、成立時期は、『共観福音書』の成立時期と併行しており、どちらかを参考に一方が書かれたと断定することは、難しいと、著者の荒井氏は観ておられます。

以下のような表現の序文で、『トマスによる福音書』の内容ははじまります。

これは、生けるイエスが語った、隠された言葉である。そして、これをディディモ・ユダ・トマスが書き記した。

まず、この『ディディモ・ユダ・トマス』なる人物が、何者かが気になります。『ディディモ』はギリシャ語の『双子』の意味で、著者は、自分がイエスの双子の兄弟で、そうであるが故に『自分だけに、特別にイエスが語ってくれた』というニュアンスを出そうとしているように感じます。イエスに双子の兄弟がいたなどという史実や証拠がありませんので、本当のことかどうかは、わかりません。

キリストの教えがあって、『グノーシス派』が生まれたのか、『グノーシス派』という『知性・理性』を基盤に、ものごとを考える集団が先にあって、この集団がキリストの教えを、取り込んだのかが、次に問題になります。

梅爺は、後者ではないかと感じます。つまり、ギリシャ哲学に影響を受けた『グノーシス派』が先に存在し、これがキリストの教えを、自分達流に解釈して取り込んだのではないかということです。したがって、トマスは、『グノーシス派』の中で、自分の存在を明確にし、権威付けるために、『双子』という呼称を使ったのではないかと思われます。『共観福音書』には、ローマン・カトリック(またはパウロ)の『意図』が混入しているように、『トマスによる福音書』は『グノーシス派』の『意図』が混入していると考えるのが妥当ではないでしょうか。どちらが『正しい』かを論じても、意味がありません。

114個のキリストの言葉は、『共観福音書』とダブルものもありますが(表現は少し異なっていても)、『トマスによる福音書』だけに記述されているものもあります。

『史実』と、『グノーシス派』が自分達に都合よく『創造』したものの、混在と考えられますが、明確に区別することは難しいのではないでしょうか。

いずれにしても、『トマスによる福音書』から浮かび上がるイエス像は、『神の子』というより、『偉大な思想家(人間)』であるように、梅爺は感じます。

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2009年7月 7日 (火)

トマスによる福音書(1)

梅爺の周囲を見てみると、『宗教』を生きる心の支えとして、純真な『信仰』をもたれている方と、『宗教』は、なにやら自分の理解を超えた世界で、真剣には考えたくない、近寄りたくはないと思っておられる方がおられます。

梅爺は、自分を冷静に眺めてみると、そのどちらでもなく、極めて中途半端であることがわかります。つまり、『宗教』には多大な興味を抱きながら、『信仰』を持つほどにいたっていません。

『信仰』をお持ちの方からは、顰蹙(ひんしゅく)を買いそうですが、人類の歴史の中の『思想活動』の一つとして、『宗教』は、梅爺には興味深いものです。人類は、最初に、自分をとりまく自然の中に存在し、自分を支配しているように見える『理解を超えたなにものか』を感じ取り、これを『神(または仏や霊)』という『抽象概念』で呼び、仲間内の共通知識としたものと推定しています。

この原始的な段階では、後の宗教が思想体系として創り上げた『教義』などは存在していませんので、『信仰』も原始的であり、ただ、『自分達に恵みをもたらして欲しい、自分達に危害を与えないで欲しい』と願い、祈り、恐れる(畏れる)ものであったにちがいありません。願い事(良いことが起こるように、悪いことが起きないように)のために儀式をする、神にお供えをする、などという行為は、今でも多くの『宗教』に共通しています。日本には、『神様にじっとしていてほしい、祟(たた)らないでほしい』という、『鎮(しず)める』という考え方があります。

やがて、権力者が、人々を支配するために『神』を利用しはじめ、『宗教』は、ややこしい存在になります。エジプト、インカ、マヤなどの王は、『自分が神から遣わされた存在』であることを強調し、地位を権威付けようとしました。しかし、この王達も、勝手に神を『デッチあげ』て利用したのではなく、自らも神の存在を信じていました。

さらに、人類は、権力とは無関係に、『理性・知性』で、この『神』の問題をとらえ、納得したいと考えるようになりました。『理性・知性』でものごとを考えようとするのは『哲学』の始まりですが、この『哲学的な思考』と『神の存在』が、結びついて、現在の『宗教』の基礎ができたものと、梅爺は考えています。キリスト教は、ヘレニズム『哲学』の影響を強く受けているのではないでしょうか。

初期キリスト教の『グノーシス派』が残したと考えられている『トマスによる福音書』を解説した本(荒井献著:講談社学術文庫)を読んで、梅爺は、上記のような『宗教成立のプロセス』のとらえ方は、間違い無さそうだと一層強く思うようになりました。

『宗教』を論ずる時には、その宗教が、何時の時点の考え方を対象にしているのかを明確にしないと、話が混乱します。自然界に存在する私達を支配する力の大半は、既に『科学』によって解明されていますので、現代人は、古代人のように『太陽』や『月』が『神の化身』とは考えなくなりましたが、それでも哲学的思考で教義が作り出された『宗教』の『神』を、今でも多くの方々が『信仰』の対象にしています。原始宗教ではなく、人間の『知性・理性』が作り出した『宗教』が、現在でも人間や人間社会に影響を与え続けていると言えます。

現在のような科学知識がなかった時代に、高い『知性・理性』や『論理的な洞察力』を保有していた人たちが、『何をどのように考えたのか』ということに、梅爺には強く興味を惹かれます。理屈人間である梅爺と、時代は異なっても、体質的に共通するものを感ずるからなのでしょう。

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2009年7月 6日 (月)

蔵本由紀先生の『非線形科学』(5)

蔵本先生が、日常語の美しい日本語で書いてくださっているとは言え、『非線形科学』と言う本は、『易しい本』ではありません。

『動的現象をマクロ視点で観る数理科学』ですから、抽象概念を論理的に理解できないと、ついていけませんし、従来の物理学の『エネルギー』『エントロピー』などの概念、定義、それに関連する法則のほかに、数学の基礎知識も最小限度必要とします。

その上、『非線形科学』では重要な概念となる、『保存構造/散逸構造』、『非平衡解放系』『ゆらぎ』『アトラクター』『分岐現象』『パターン』『振動/興奮』『発展方程式』『リズム/同期』『カオス』『フラクタル』『ネットワーク理論』などという専門用語が使われますので、梅爺のような柔軟性を失ってしまった頭脳は、言葉の通じない外国の街に、独りで放り出されたような心細さを時折感じました。

それでも、読み通せたのは、蔵本先生の一貫した『自然を観る目』が、根底にあるからでした。部分的には難しくて理解できないことがあっても、この先生は『魅力的だ』と梅爺が『感じた』からにちがいありません。世の中には、このように、『よくは分からないけれど、魅力的』という方がおられ、そういう方との出会いが、人生の彩(いろどり)をを豊かにしてくれるものです。

科学の話から、世の中一般のことに目を転じてみても、『ミクロに観れば、マクロに観ていても分からないことが見えてくる』『マクロに観れば、ミクロに観ていても分からないことが見えてくる』ことは沢山ありますので、従来の科学が『ミクロの追求』に偏りすぎていたために、マクロ視点の『非線形科学』が登場するのは、当然のように思います。

ミクロな世界に、普遍的な構造やルールが見つかるのと同様に、マクロな世界にも、普遍的な構造やルールが見つかるのもうなずけます。

キリストや釈迦の教えも、人間をマクロに観て、普遍的なことを表現しようとしているのではないかと思います。

自分に都合良くマクロ視点、ミクロ視点を使い分けるのではなく、いつも公正に両方の視点で、ものごとを観ることができる人は、大変『器量の大きい人』ですが、なかなか、そういう人はいないものです。勿論、梅爺も、残念ながらこれに関しては、落第生です。

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2009年7月 5日 (日)

蔵本由紀先生の『非線形科学』(4)

梅爺が、科学の本を読んで、そこに書かれている『理論』を、ただ受け売りすることは、『梅爺閑話』の本意ではありません。既に見つかっている厳然たる事実や法則については、梅爺が、小説やエッセイを読んだ時のように、『自分の考えや感想』を差し挟む余地はありませんし、『理論』そのものも、大変難解で、梅爺自身が正しく理解しているとは言えないからです。生半可な理解で、事実や法則を、読んでくださる方に伝えようとしても、誤解を生むことになりかねません。それよりも、ご興味のある方は、本そのものをお読みいただくことの方が、手っ取り早い話です。

『非線形科学』という本を読んで、梅爺は、新しい沢山の知識を得、それはそれで個人的な満足ではありますが、いわば『山手線一周の駅名を全部知りました』というような話で、ブログをお読みいただく方には、『それがどうした』という程度のことにちがいありません。

梅爺にとって、重要なことは、『蔵本先生の研究の母体となっている事象の観かたを知ったこと』で、これは、今後の梅爺の『事象の観かた』にも、応用がきくことであり、また大きな影響を及ぼすことにもなりますので、ブログに書いて、ご紹介する意味があるように思います。

この本のエピローグの中で、蔵本先生は、以下のように書いておられます。

「物理学がそのすべてのエネルギーを傾注すべきものはミクロ世界であり、ミクロな要素こそ扇の要であって、そこさえ押さえればこの世界は原理的に理解可能である」という信仰が生まれたのも無理からぬところがあります。(中略)要素的実体にさかのぼることをしないで複雑な現象世界の中に踏みとどまり、まさにそのレベルで不変な構造の数々を見出すことは優に可能です。

つまり、科学の法則のような『不変な構造』は、マクロ世界にも存在し、『カオス』や『フラクタル』のように既にみつかったものもあり、まだ見つからずに潜んでいるものもある、という考え方が述べられています。

ミクロ世界の『不変な構造』の応用で、つまり従来の科学のお陰で、私達は劇的な生活環境の変化を現在享受しています。『非線形科学』がマクロ世界で見つけ出し始めた『不変な構造』は、残念ながら、まだそのような影響を及ぼし始めているとはいえませんが、将来、思いもよらない、応用分野が出現しないとは言えません。

『脳』『生命』それに『人間』『人間社会』は、マクロな視点の方が『不変な構造』を見つけやすい対象であるように、梅爺は感じるからです。

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2009年7月 4日 (土)

蔵本由紀先生の『非線形科学』(3)

著者の蔵本先生が、初めてこの学問に興味を持たれたのは、1970年代の初頭で、当時は『非線形科学』は未だ萌芽(ほうが)程度の段階でしたから、歴史は、たかだか40年ということになります。梅爺が大学を卒業したのは、それ以前の1964年(昭和39年)ですから、『学校で習わなかったことを知らないのは当然』と、弁解はできますが、その後の社会生活の中で、断片的ではあれ、何らかの情報に接する機会は、何度もあったわけですから、今頃になってようやく勉強しているのは、褒められた話ではありません。

当時、蔵本先生を惹き付けた熱力学の新しい理論を書いた本の表紙には、ヒンズー教の『踊るシヴァ神』が描かれていて、『妖しいときめき』を感じたと書いておられます。ヒンズー教は、この世を『創造』『維持』『破壊』の繰り返しと見て、それぞれの役目を担う『神』がいるととらえています。シヴァ神はそのうちの『破壊』を司る『神』ですが、同時に『創造』にも関与していると考えられています。

『この世界は、崩壊と創造、死と再生がたえまなく進行するダイナミックな世界です』と蔵本先生は、書いておられます。何故、それまでの物理学は、このような現実世界の『実相』にほとんど関心を示さないのかと訝(いぶか)り、この学問に没頭するようになったとも述懐されています。『死と再生がたえまなく進行し、全体としてはダイナミックな平衡(動的平衡)を保つ』のは、人間の身体も、人間社会も、自然も、まさしくそのように、見受けられます。『非線形科学』の真髄は、この『破壊と創造の動的平衡』のルールを見出そうとするものと、梅爺は理解しました。シヴァ神は、その象徴としては、うってつけです。そして、古代のインドの人が、現代にも通用する鋭い『世界観』を持っていたことに驚きます。

『散逸』と『自己形成』がたえまなく進行しながら動的な平衡を保つ、などと言われると、なにやら難しい話に聞こえますが、人間の体は、毎日1兆個の細胞が死に、それを補う新しい細胞が生まれて、全体としての『命』が維持されていると言われていますので、このことかと思えば、容易に得心がいきます。梅爺は、自分で『認識』することなく、この『動的平衡』で『生きている』からです。

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2009年7月 3日 (金)

蔵本由紀先生の『非線形科学』(2)

私達は、自分が知らない難しい抽象概念を表した名称(名詞)に遭遇すると、一瞬たじろぎます。特に、その言葉が『理』の世界一辺倒に属するものと分かると、自分の能力を総動員しても『理解できないだろう』と、最初から決め込んで、逃げ出したくなります。

『非線形科学』もそのような概念(名称)の一つではないでしょうか。日本文化の真髄とも言える『ワビ』『サビ』なども、難しい抽象概念ですが、それでも、これは『情』の世界に属するものだとわかりますので、自分の体験などを思い浮かべれば、なんとか、その片鱗でも理解できるかもしれないと一縷の望みに期待を寄せることができます。

『非線形科学』という名前だけ見れば、なにやら理屈だけの、味も素っ気も無い学問的世界の話だろうと、想像がつきますから、さすがの梅爺も敬遠したくなりますが、傾倒する福岡伸一先生が、推薦文の中で、『絶え間なく交換される分子の流れにすぎない生命が、なぜ、秩序を維持できるのか?それを解く「鍵」がここにある!』と書いておられるのを読むに及んで、『一丁、気合を入れて読んでみるか』という気になりました。

昨日も書いたように、日常語で平易に、しかも美しい日本語で書かれた、入門書であることが、梅爺を勇気付けてくれました。この分野の世界的権威であられる蔵本先生が、梅爺レベルの人間でも、『読める』ように、心をくだいて下さっているわけですから、『逃げては失礼』と感じながら、読みました。しかし、実際には『読めても分からない』部分が多く(蔵本先生のせいではなく、梅爺の基礎知識の欠如のために)、決して、スラスラ読んだわけではありません。それでも、『逃げなくて良かった』というのが、読後の感想です。

『科学』の目的の一つは、一見無秩序(混沌)に見える事象の中に、秩序や法則を見出すことにあります。従来の『科学』は、これを実現するために、『ものごとを詳細に追求する』という手法がとられてきました。しかし、これらの『ミクロな視点』をいくら追い求めても、全体の特徴を把握できないという壁に、科学は直面しています。特に、物理学の分野で、そのような壁が顕著に認識されるようになりました。

梅爺の脳細胞の一つ一つを、詳細に覗いて見ても、梅爺がどのような特徴を持つ人間であるかは分からない、といった類の話で、世の中の事象の大半は、むしろこれに属するとも言えます。従って、『非線形科学』が対象とする事象は、身近にゴロゴロころがっています。

『非線形科学』は、この壁を乗り越えるための一つの方法として、従来の視点とは異なった『マクロ視点』で、事象をみようという姿勢が、特徴です。蔵本先生の個人的な定義によれば、『生きた自然に格別の関心を寄せる数理的な科学』という表現になります。『生きた自然』は、必ずしも生命体だけの話ではなく、空気、水、砂丘のように、時々刻々様態(パターン)が遷移するものも含まれます。『マクロ視点』であるとともに、『動き』に関心を寄せる科学ですので、『非線形ダイナミクス(動力学)』とも呼ばれることがあります。

そうは言うものの、『数理的な科学』である以上、数式で記述する世界ですので、本来は、数学の素養がないと理解できないことになりますが、倉本先生は、ほとんど『数式』を使わずに、解説をしてくださっています。

『非線形科学』の詳細を理解するというより、多くの人に『その本質的な意味』だけでも理解してもらいたい、そしてそのことが現代人にとって重要なことだという信念をお持ちのためなのでしょう。

梅爺も、極めてぼんやりながら、『理解できたような気』になりました。ありがたい話です。

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2009年7月 2日 (木)

蔵本由紀先生の『非線形科学』(1)

『科学』と聴いただけで、自分の理解を超えていると尻込みされる方が沢山おられます。確かに現代科学は、高度化、緻密化しており、学校で理系を専攻した梅爺でも、逃げ出したくなることが往々です。

難解な専門用語の定義や意味を理解し、時に難しい数式も克服しなければなりません。その上に、説明の文体が日常の言葉とかけ離れた、『理』一辺倒の堅苦しく、味気ないものであったりすると、本を読み続ける元気も失せてしまいます。科学の本に『面白さ』を要求すること自体が、お門違いなのかもしれませんが、『分からない上に面白くない』とくれば、凡人はお手上げです。

しかし、梅爺は、福岡伸一先生の『生物と無生物のあいだ』という本を読んで、科学の本でも、著者の力量によっては、凡人でも『面白く、読み続ける』ことができるものが存在することを知りました。『生物分子学』という、最先端の科学内容を扱いながら、読者の興味を持続させる配慮が行き届いており、何よりも、美しい日本語で書かれていることに驚きました。

福岡先生の本は、たとえ満員電車で他人に押されながら、つり革につかまって読んでいたとしても、心は、瀟洒なティールームにゆったり座り、かすかに流れるクラシック音楽を背後に聴きながら、香り立つコーヒーをすすりつつ読んでいるような、満たされた気分になります。

それ以降、梅爺は福岡先生のファンになり、その著書はおろか、先生が書評で推薦された他の著者の本までも買い込んで読んでいます。そして、いずれも期待を裏切られたことはありません。

書店で、福岡先生が推薦される、蔵本由紀(くらもとよしき)先生の『非線形科学』という本(集英社新書)を見つけ、迷わず購入して読み始めました。『まえがき』や『プロローグ』を読んだだけで、蔵本先生が、福岡先生同様に、優れた日本語の『書き手』であることが分かります。蔵本先生は『まえがき』の中で次のように書いておられます。

日常の言葉で現代科学の内容をごまかしなく、またおざなりでもなく、どこまで一般の人々に伝えられるかということに私自身これまでひそかに関心をもってきました。(中略)科学の知識を伝達するうえで、日常語は大きな可能性を秘めていると、私はかねがね考えています。日常語は科学言語のような正確さや論理性にはかけていますが、無数の実生活を耐え抜いてきただけに、頭脳よりも肌身にじかに働きかけてくる力がそこにあります。工夫しだいで、日常語一つに豊かな情報を乗せて運ぶことが可能です。

なんと美しい、素晴らしい文体でしょう。梅爺が、待ち望んでいた著者、本に出合えたと、嬉しくなりました。

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2009年7月 1日 (水)

他者の視線(5)

仏像は、『自分を理解してくれる他者の視線』を求めている人の心理を、巧みに利用しているとも言えます。全体として人間に似た姿であると同時に、中でも『視線』を感じさせる『眼』が大きな役割を演じていることが分かります。日本の仏教文化の中で生み出された『円空仏』について、前にブログに書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_6f16.html

番組の中で、宗教学者の山折氏は、仏像の大半の『眼』が、『半眼』に作られていることの重要性を指摘されました。『半眼』は、見えるもの、見えないもの、この世、あの世など、全てを見通している印象を心理的に与えるというのです。番組で紹介された宇治平等院鳳凰堂の阿弥陀仏も『半眼』でした。

そういわれてみると、時代劇で、強い剣士は、切り結ぶ前に、『半眼』で相手を見据える表情をよくします。『お前の身体の動き、心の動きを全て見通しているぞ』と相手を威嚇している時に用いる表情です。『半眼』の仏像に接した人は、苦しみや悲しみも含め、自分の全てを理解していただけたと感じて、救われた心境になれるのでしょう。自分の周囲の理解者を全て失ってしまった、または、周囲には沢山の人がいるけれども、自分を理解してくれる人は一人もいない、と感じている人にとって、『仏像の半眼』は、かけがえの無い『他者の視線』の代替物になるにちがいありません。多くの宗教が、『神や仏の視線』を説く事で、人々に心の安らぎを提供していることがわかります。

仏教の場合は、現代人のような『深層心理学』の知識を持ち合わせていない仏師が、経験則で『半眼』の効用を見出した、と言えますので見事というほかありません。

ヨーロッパの教会を訪ねると、どこから見ても、キリストが自分を見つめているように感ずる聖画によく出会います。不思議に思って、その『カラクリ』を尋ねたことがありますが、『あなたが、キリストに見てもらいたいと思っているので、そう見えるのです』という教会関係者の素っ気無い解答でした。『見てもらいたい』と思っているかどうかは別として、『こちらを見ているかもしれない』と思って見ると、『こちらを見ているように見える』という、心理を利用していることは確かなようです。勿論、画家の計算し尽くしたテクニックもあるのでしょう。

平等院の創建当時の色彩を、コンピュータグラフィックで堪能すると同時に、『半眼』の意味まで知ることができました。

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