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2008年11月10日 (月)

エデンを離れて(4)

現生人類が、アフリカを出た時期やルートの特定には、『科学』が総動員されています。アフリカの気象条件もその一つで、紅海を渡れたのは、寒冷期で、紅海の水面が、現在より100メートル以上低かったであろうことが挙げられています。これを知って、梅爺は聖書に書かれているモーゼの『出エジプト』を思い浮かべてしまいました。『出エジプト』では、紅海が割れて、海底を歩いてイスラエルの民が、アラビヤ半島へ渡ったことになっています。人類の古い伝承が、この伝説を生んだのではないかと想像してしまいました。

アフリカを出た現生人類は、沿岸をたどることで、インド、東南アジア、オーストラリアへ向かいます。魚貝が、主な食料であったことが主因のようです。現生人類は『無人地帯』を進んでいったわけではありません。行く先々には、現生人類とは異なった『人類』が既に住んでいたからです。次々に闘って制圧していったのかというと、そうではなく、無駄な闘いは避けて、オーストラリアまで至った、という方が正しい見方のようです。

つまり、この期間地球上では、異なった人類が共存していたわけですが、仲良く平和に暮らしていたというより、お互いを避けて、自分の領域を守っていたというのが実態のようです。

ヨーロッパも同じく、現生人類が到達するまで『無人地帯』であったわけではなく、ネアンデルタール人が既に住んでいました。ネアンデルタール人は、現生人類に比べて『劣っている』と言われていますが、あまり科学的な根拠は無さそうです。現生人類より優れていたとは想像し難いのですが、それほど違っていなかったかもしれません。

梅爺が、面白いと思ったのは、アフリカのエチオピアに住む人の祖先は、一度アフリカを出た現生人類が、やがて中東から、アフリカへ『舞い戻った』ものだという事実です。そういわれてみると、エチオピアの人たちは、肌の色は黒いのですが、西欧人のように顔の彫が深く、他のアフリカ人とは、違っていることの理由が理解できます。エジプト人も、『舞い戻り組み』とみれば、アフリカ系黒人との違いが理解できます。

『事実は小説より奇なり』といいますが、『科学』は、予想をはるかにこえた『事実』を明らかにしますので、下手な推理小説を読むよりスリリングです。

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