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2008年11月30日 (日)

随意と不随意(1)

心理学の世界の、『意識』と『無意識』は、身体の筋肉を動かす『脳の指令』に例えれば、『随意の部分』と『不随意の部分』と言い換えることができます。

私達は、自分のことは自分で『随意に』制御できると錯覚しがちですが、実は、脳の中には、『随意に関わる仕事』をしている部分と、『不随意に関わる仕事』をしている部分があるということを、知ることが重要であると気付きました。

環境に合わせて脈拍を変える心臓に代表される内臓の動き、暗闇で瞳孔が開く動き、寒かったり、ゾッとした時の鳥肌断つ動きなど、全て『不随意な仕事』を、脳が行っている結果です。本人の意思とは無関係に、生物個体としての生命を維持するための『しくみ』が脳の中に組み込まれているということです。『自殺』は例外とすれば、人の『死』は、『不随意』の最たるものであることに気付きます。一方、『歩く』『走る』『投げる』『捕る』『打つ』などといった、『随意な仕事』にも、勿論脳は関わっています。これも、本来は、生きるために必要な機能として備わっていると見ることができます。

物理的な行動に、『随意』と『不随意』なものがあるように、『精神や心』と考えられているものにも、『随意』と『不随意』があると考えれば、いくつかのことが納得できます。

ただ、『精神や心』の場合は、物理的な行動のように、『随意』と『不随意』の部分を判然と区分できないために、『自分ながら、自分が分からない』という摩訶不思議なことを体験することになるのではないでしょうか。『不思議な夢を見る』『霊感に打たれる』など、私達は、それを日常体験しています。

あまりにも不思議なので、つい『身体とは別に霊が存在する』などと推察してしまいますが、人の『心』『精神』『意識』『霊』は、全て『脳の随意、不随意の部分の相互作用(Interaction)』で起きていること、と考えるのが合理的であるような気がします。ただ、その『相互作用』の実態、メカニズムは、ほとんど解明できていません。

死と共に、全てが消滅すると言われると、味気なさを感じて『せめて霊は永遠に存在し続ける』と願いたくなり、エジプトのファラオのように、星になって天空に昇り、やがて復活して地上に舞い戻る、などということを信じたくなりますが、残念ながら『全てが消滅する』が現実ではないかと梅爺は考えています。

故人の家族や、親しかった人たちの『脳の中』には、故人との関係が記憶として残っていますので、『生きている人の脳の中に、故人は死後も存在する』のは当然ですが、故人の霊が、実体として、『生きている人の脳の外に存在する』という考えにまで拡大するのは、無理があるように思います。

外界の霊を信じない人を、冷淡な人と決め付けるのも行き過ぎです。故人との関係が脳の中に思い出され、『悲しい』気持ちになるのも、誰もが持つ『脳』の働きの一つですので、霊の存在を信じないから、その人は涙を流さないということでは、ないのですから。

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2008年11月29日 (土)

面白い教科書(2)

梅爺が、ブログを書いてみて、結局自分の興味の大半が、『人間の脳の不思議さ』に集約できると思うようになりました。ブログの最大の効用です。

それにしては、『脳』について知らな過ぎると反省し、関連する色々な本を購入してきて、書棚に積んであります。

その中に『(新)脳の探検(上・下):フロイド・E・ブルーム他著、中村克樹、久保田競監訳:講談社ブルーバックス』があり、読み始めましたら、これは、アメリカの大学生のために書かれた元々は『教科書』であることが分かりました。ところが、この『教科書』は、梅爺が思い浮かべる『教科書』とは異なり、『滅法面白い』ことにびっくりしました。『教科書は面白くない』などと、迂闊なことはいえないものです。

序文で、著者が、知識を持たない学生に興味を持ってもらうためにこの本を書いた、と言っているとおり、『興味を喚起する』ための記述、説明が沢山あり、日本の味気ない教科書とは、全く異なったスタイルであることが分かり、アメリカの学生が羨ましくなりました。知識を積み重ねていけるように、全体が論理構造になっているのも、梅爺好みです。梅爺も、年寄りですが知識を持たない学生レベルであることには、かわりがありませんので、分かりやすいカラーの挿絵や写真も楽しみながら、この『教科書』に魅了されてしまいました。

梅爺は、養老猛司先生や、茂木健一郎先生など、日本で『脳の権威』と呼ばれている方の本は、ほとんど読んだことがありませんので、比較できませんが、『脳の基礎知識』を体系的に得たいと思われる方には、『(新)脳の探検』は是非お奨めしたい本です。

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2008年11月28日 (金)

面白い教科書(1)

梅爺は、学生時代に、『教科書』を、熟読した、愛読したという記憶がありません。本を読むことが嫌いではない梅爺が、何故『教科書』を敬遠したのかは、明らかに『教科書』が梅爺にとって『面白い本』ではなかったからです。

勉強は、そもそも『修行』のような厳粛なものなのだから、『面白さ』を求めるなど、もってのほかと、おっしゃる方がおられるかもしれませんが、梅爺はそうは思いません。辛い修行に耐えられるのは、修行の対象や目的に、自分自身が『深い興味』をもっていることが重要で、そうでなければ長続きはしません。『面白さ』が『興味』の源泉であることは、重要なことです。

生物分子学の学者で、『生物と無生物のあいだ』という、面白い本の著者である福岡伸一先生が、何故教科書が面白くないかを、的確に表現されていることを、前にブログで紹介しました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_1fc9.html

教科書が面白くないのは、『事実・結果』だけが書いてあって、その事実が明らかになった『経緯(プロセス)』が書いてないからだということです。しかし、世の中は、皆福岡伸一先生や梅爺のような『プロセス大好き人間』ばかりとは限りませんので、中には『百科事典を隅から隅まで読むのが好き』などと、事実を沢山知識として知っていることに満足感を覚え、執念を持たれる方々もおられます。従って、一般論として『教科書は面白くない』という断定はいけないのかもしれません。

『明智光秀が主君織田信長を本能寺で討った』という歴史の事実は、梅爺の興味をあまりそそりませんが、何故明智光秀が主君を討つという異常な行為に及んだのか、という話になると俄然興味がわいて来ます。『自らの野望のため』『正義を実行するため』『ひどい仕打ちに対する復讐のため』『自分の身を守るため』などと、色々な『原因』が思い浮かび、本当の原因が何かを知りたくなります。時には、人間としての明智光秀に共感をおぼえたり、自分が彼の立場にあったら、どう振舞ったのだろうかなどと、夢想してしまいます。

教科書に、全て『プロセス』を網羅したら、現実離れしたボリュームになってしまうので、『プロセス』の部分は、教室で先生が補えば良い、とおっしゃる方もおられるでしょう。もし、そうであれば、先生は『生徒の興味の対象を知り尽くしたプロ』でなければならないことになります。確かに、梅爺も先生次第でその学科が好きになったり、嫌いになったりした経験がありますから、教育で一番影響力を持つのは、先生であるという説には異論がありません。梅爺は、大企業のサラリーマン(エンジニア)の道を選びましたが、先生になっていたら、『そこそこ、良い先生』にはなれたのではないかと、密かに自負しています。

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2008年11月27日 (木)

ヤング@ハート(4)

歌は、歌詞と音楽の相乗効果で、人間の感性に迫ってきます。詩だけ、音楽だけよりも一層の効果を発揮します。歌は、歌っている人の心を解放し、聴く人との感情的な連帯意識も呼び起こします。

歌っている人、聴いている人の心はその間清純になり、邪悪な心は一時入り込む隙がなくなります。勿論、悪用すれば、『軍歌』のように、戦闘意識を鼓舞する目的にも利用できます。『軍歌』をいかがわしく感ずるのは、梅爺だけではないでしょう。悪用とまでは言えませんが、『国家』『校歌』『社歌』などは、『連帯意識高揚』の目的で、歌が利用されています。

映画『ビルマの竪琴』には、対峙する日本軍と英国兵が、戦闘を停止して、一緒に『埴生の宿』を歌う感動的なシーンがあります。良い歌は、人を残虐にしません。

歌は、宗教に似た効果を人に及ぼすことが分かります。それであるが故に、多くの宗教は、『歌』を礼拝儀式の中に採り入れています。キリスト教の『ミサ曲』『聖歌』『賛美歌』、イスラム教の『祈りの歌』、仏教の『お経』『声明(しょうみょう)』などは、この典型的な例です。神や仏の賛美だけが目的ではなく、実は、自分自身の精神を解放する、参列者同士のれ連帯感を得る、というような多面的な効用があるように思います。

『微笑み』と『良い歌』は、何故か人の心を穏やかにします。人間の脳は、そのようにできているとしか思えません。『微笑み』や『歌』を絶やさない人や社会は、健全であることが分かります。

形式的に、カッコよい歌は作れますが、心へ響くものを持たない歌は、やがて、忘れ去られます。小室哲哉が音楽的な才能の持ち主であるかどうかは、梅爺はわかりませんが、少なくとも、金銭欲を満たすためだけに、歌を利用しようとしても、長続きはしないことを、最近の事件は端的に物語っているように思います。不健全な精神から、健全な歌は生まれません。

『ヤング@ハート』と『クワイヤ・ボーイズ』という、二つのドキュメンタリー映画から、同じく今でも合唱を続けている梅爺は、多くの示唆を受けました。しかし、米国と英国を舞台にしたこの二つの映画を観ていて、やはり『異文化』を感じてしまいました。指導者や団員の発言内容、表現方法が、『日本人同士の会話』では、通常お目にかからないものであるからです。個人の『主張』と、全体調和のための『妥協』が、きわどいバランスで『対話者の間』に存在していることが分かります。日本では、『妥協』が優先され、『主張』は、そのためにできるだけ差し控えるということが『美徳』と考えられています。どちらの文化が『良い』かという問題ではなく、日本とは異なった文化が、外国には存在していることを知る必要がありそうです。

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2008年11月26日 (水)

ヤング@ハート(3)

テレビで4夜連続で放映されたドキュメンタリー『クワイヤ・ボーイズ』は、12~15歳の男の子たちによる合唱団の話です。イギリス政府は、学校教育の中で合唱が取り上げられるように、年間80億円もの予算を計上しているとのことでした。男子だけの中学校に、9ケ月の契約で派遣されてきた指導教師もこの計画の一環なのでしょう。

スポーツには大変熱心なこの学校の他の教師達は、最初校長先生を除いて、合唱の指導教師に、冷ややかな対応をします。しかし、合唱の指導教師は、ロンドンのロイヤル・アルバートホール(超一流の音楽家だけが演奏できる最高の音楽ホール)で、年一回開催される学校音楽祭へ、合唱団を特別枠で参加させようと目標を決め、主催者に打診をした結果、『100人の合唱団』が最低の条件であり、歌のレベルの事前審査に合格することが必要であることを知ります。

呼びかけに応じて集まり、合唱団として定着した生徒の数は、50人にも満たず、しかも初めて歌うことに、皆戸惑っている様子で、なかなか 合唱団の体(てい)をなしません。それでも、指導教師は、各家庭に個別に電話して勧誘したり、ラップ音楽には熱心ながら、合唱など『女々(めめ)しくてきらい』と関心を示さない子供達にも、興味を持ってもらおうと、あの手この手の努力を繰り返します。

やがて、指導教師の熱意が段々伝わって、生徒達の歌う表情が変わり始めます。心を一つにして、うまく歌えた時に、全員が共有できる達成感の味も知るようになります。自分達よりも、ずっと上手な合唱団の練習にも参加し、『もっとうまくなりたい』という意欲もわいて来ます。

団員の数も、ほぼ100人となり、事前審査にも合格して、いよいよ、晴れのロイヤル・アルバート・ホールでの演奏に臨み、歌い終わった時に、聴衆から大きな喝采を受けます。その時の、『皆で難しいことを一緒に成し遂げた』という、生徒達の誇らしげに輝いている顔が、梅爺には印象的でした。この経験は、生徒達にとって一生の宝になるであろうと思いました。最初指導教師に反抗的であった生徒が、『先生の善意を受け容れようとしなかった自分は、なんとバカだったのだろう』と述懐する言葉も印象的でした。

『ヤング@ハート』は平均80歳以上の老人達で、『クワイヤ・ボーイズ』は中学生の男の子達と、極端に、年齢や人生経験の度合いは異なりますが、合唱を通じて体験する感動が、人の心を優しくしていくという点では、全く一致しています。梅爺は、『合唱の魔力』をあらためて痛感しました。

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2008年11月25日 (火)

ヤング@ハート(2)

人は、『学歴』『経歴』『肩書き』などを持たずに生まれてきて、一人一人が、異なった人生を歩み、そして再び、老域に達して『学歴』『経歴』『肩書き』などが意味をなさない『一人の人間』に立ち戻るということが、この映画を観ていて分かります。『一人の人間』として、仲間を労わりながら、一緒に歌う姿に先ず感動します。『ヤング@ハート』の団員も、昔は海兵隊の敏腕パイロットであったお爺さんなどがいますが、今は、『輝かしい経歴』や『人種』などとは無関係に、対等な歌の仲間として、強く結ばれています。

『天性の美声に恵まれた人』『歌詞がなかなか覚えられない人』『リズムが取れない人』など多様ですが、この合唱団では、そのようなことは、大きな問題ではありません。歌う人の心が、そのまま聴衆の心へ、直接響くというこのような例を、梅爺は今までにあまり見たことがありません。

梅爺も合唱経験の中で、『歌は心で歌うもの』ということを繰り返し教えられてきましたが、それでも、カッコをつけて、『間違いなく、うまく歌おう』という気持ちを優先して、それから逃れられないでいる自分が恥ずかしくなりました。

『ヤング@ハート』は、近くの刑務所へ出向き、囚人達の前で、慰安演奏会を開きます。前日亡くなった仲間への追悼を込めて、心を一つに歌います。『I feel, it's so nice(気分は最高だぜ)』などという、本来若者が歌うロックの曲に、囚人達は、魅せられた様に聴き入り、演奏後『こんな感動的な演奏を聴いたことがない』と、老人達にそれぞれ握手を求めます。たとえ一時であるにせよ、どんな『説教』より、囚人達の心を清らかにしたことがわかります。

大ホールでの演奏会は、切符が入手できないほどの大盛況になります。聴衆は、大人から子供まで多様です。亡くなった仲間を偲んで、低音の美声が持ち味の一人のお爺さんが、『大切なものを失った悲しさで、涙が頬をつたってやまない』というような歌詞の、ロック・バラードをソロで歌います。このお爺さんは、大変な肥満で、その上、肺や関節に水がたまるという難病を患っているために、酸素吸入の管を鼻に装着し、椅子に腰掛けたままで歌います。聴衆は、静まり返って涙をおさえながら聴き、終わった途端に、全員が立ち上がって、歓声と拍手が、しばし鳴り止まない状態になります。『Yes,I can(そうさ、俺にもできるさ)』などという、リズムに富んだ曲には、聴衆は全員が、身体を動かして、参加します。

老人達は、自分達の存在を社会が認め、しかも、社会が自分達を求めていることを、この瞬間、実感するわけですから、身体の痛みも忘れ、歌うことが『生きる希望』に変わるのも、当然のように思います。彼らは、誰も死は当然のこととして受け入れ、自分が死んでも、仲間に歌い続けて欲しいと、口々に語ります。

誰もが、このような素晴らしい老後を送れるとは限りません。そう考えると、この人たちは、大変恵まれた人たちであることが分かると同時に、老人達にとって、『死』はもはやそれほど大問題ではなく、『いかに生きるか』の方が、大問題であることがわかります。

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2008年11月24日 (月)

ヤング@ハート(1)

アメリカのボストン郊外に住む平均80歳を越す老人達が、混声合唱団『ヤング@ハート(Young at Heart)』を結成し、しかもロック・ミュージックだけを歌うという、破天荒にも思える実話を、ドキュメンタリーとして記録した劇場映画を観に、梅婆と有楽町の映画館まで足を運び、梅爺は感動の涙をながしました。

最近、NHKBS第一放送で、4夜連続放映された、ドキュメンタリー『クワイヤ・ボーイズ(The Choir )』を観たばかりでしたので、歌が、歌う人、聴く人の心に何故感動をもたらすのだろうかと、興味深くくらべながら『ヤング@ハート』も観ました。『クワイヤ・ボーイズ』は、イギリスの男子だけの中学校に、9ケ月の契約で派遣された『合唱指導者』の若い男の先生が、それまで合唱文化が途絶えていた学校を舞台に、すばらしい男声合唱団を作り上げていく過程を追いかけた内容です。

梅爺自身、高校時代から合唱をはじめ、大学時代には男声合唱にのめりこみ、今でも大学のOB合唱団に参加して歌っていますので、『歌の持つ不思議な力』は、感じてきましたが、あらためて、人間と合唱の関係を深く考えさせられました。

老人混声合唱団『ヤング@ハート』は、米国での演奏は勿論のこと、ヨーロッパ公演までもこなす、人気グループです。ロンドンの公演を聴いて感動したドキュメンタリー映画作家が、7週間彼らの日常に密着して、活動を記録したものが、この映画です。高齢の団員ばかりですので、誰もが、何らかの体の不具合を抱えていて、歩くこともおぼつかない人たちが大半です。ガンの手術を数度にわたり体験し、死の淵から、生還した人たちも、何人か含まれています。死と隣り合わせでありながら、全員が歌うことを、生きる励みにして、情熱を傾けます。それでも、この映画を撮影していた7週間の間に、2人の団員が他界します。仲間の死の悲しみにくれながら、追悼もこめて、老人達は、尚歌い続けます。

このグループの合唱団としての成功は、厳しく、優しい男性の指導者によるところが多いと感じました。それに、何といっても、この老人達に『ロック・ミュージック』を歌わせるという着想が、見事です。これが、もし、クラシックの合唱曲や、宗教曲であったりしたら、これほどの感動は生み出せなかったのではないでしょうか。エネルギに溢れた若者が、本来感情を吐露する『ロック・ミュージック』を、老人達が歌うという、通常では考えられない組み合わせのために、同じ曲が、全く異なったものとして、聴く人に迫ってきます。団員達は、本当は『クラシックが好き』『オペラが好き』『ミュージカルが好き』などと言いながら、それでも、『ロック・ミュージック』を、心から楽しんでいるように見えました。

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2008年11月23日 (日)

Q翁曾爺さんになる

11月21日に、梅爺の長兄Q翁が、ついに『曾(ひい)爺さん』になりました。Q翁は、昨年妻を亡くし、80歳を前に、独り暮らし余儀なくされたQ翁は、一時は、耐えられないほどの寂寥感に打ちひしがれていましたが、その後、プロテスタントの教会に通うようになり、洗礼も受けて、心の安らぎを取り戻しました。自分を生かしてくださっていると感じる神や、亡くなった妻と、いつでも心の中で会話ができ、交流できると、梅爺同様毎日欠かさず続けているブログの中に、心境が述べられています。晴れやかな笑顔を取り戻してくれたQ翁を見ることは、梅爺には何よりも嬉しいことです。

Q翁に比べて、現在恵まれた環境で生きている梅爺が、生意気に『神という実体は本当に存在するのか』などと、小賢しいブログを書いていることも、Q翁は、大らかに許容してくれています。

結婚した孫娘が、出産のために入院したという知らせを受けてから、Q翁は、何もしてやることのできないもどかしさと、期待と不安を抱きながら、『産まれた。母子ともに元気』という吉報の電話を、祈りつつ、じっと待っている様子が、当日のブログ『曾孫(ひこ)誕生(男児)』に、克明に記載されています。

http://ameblo.jp/dokkyohisashi/

長寿国日本といえども、男性が『曾(ひい)爺さん』になるのは、色々な好条件が揃わなければかなわないことですので、とにかくおめでたいと、梅爺は素直に喜んでいます。梅爺自身は、孫の男の子が未だ5歳になったばかりですので、自分が『曾爺さん』になるまで生きているかどうかなどは、考えただけでも、気の遠くなる話です。

『消えていく命があって、生まれてくる命もある』という、自然の摂理の中で、命は受け継がれ、世の中や自然は、活性を維持していけるという、当たり前のことを、梅爺はあらためて強く感じました。

Q翁は、独り暮らしですが、Q翁をいつも気遣っている息子夫婦や、3人の優しい孫達に、いつも見守られています。今年大学を卒業して社会人になった男の子の孫も、ブログを書いていて、Q翁は、コメントを寄せ、励ましています。こんな幸せな『独り暮らしの爺さん』の事例は、梅爺の周辺には、あまりありません。

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2008年11月22日 (土)

聞いて極楽見て地獄

江戸いろはカルタの『き』、『聞いて極楽見て地獄』の話です。

宗教が唱える『極楽(天国)』『地獄』という抽象概念が、人間の歴史に与えた影響の功罪については、一度考えてみたいと思っていますが、あまりにも大きなテーマなので、後にしたいと思います。誰も生きている時には、確認できないことですから、これを唱えても『嘘つき』と非難されることがないという点で、巧妙な『しかけ』とも言えます。少なくとも、理性が成熟しない子供に、この概念を教えることは、大変危険なことのように感じています。『自爆テロ』の実行犯は、『天国で神の祝福を得られる』と確信している人たちです。

この江戸の諺の『極楽』と『地獄』は、最も端的な『両極端』の比喩ですので、『自分にとって、何もかも満足できる状態』など、現実には存在しないという教えであると同時に、『おいしい話に、騙されないようにしなさい』という忠告でもあります。

在日朝鮮人が、『北朝鮮は夢のような国家』と聞かされて、移住してみたら、自由もなく、生活苦にさいなまれる結果が待っていた、などという話は、典型的な例です。多くは、このように、『自分が判断能力を欠いていた』ために遭遇する事態ですが、天才的な詐欺師は、慎重な人の判断さえも狂わせるような、『仕掛け』で迫ってきますので、油断も隙もありません。

梅爺が、何回もブログに書いてきたように、人が『満足する』『不満を感ずる』という判断基準は、絶対的なものではなく、相対的なものである、ということが、ことをややこしくします。

最初は満足しても、そのうちに、その状態に慣れてくると、不満が生じるという話です。『夫婦がお互いに疎ましく感ずるようになる』『今より良い車が欲しくなる』『毎日ステーキを食べていたら、肉は見るのも嫌になる』など、判断基準が相対的に変わることを示す例です。

従って、『人は満足することは永遠にない』という性質を持っており、それが芸術やスポーツなどの分野では、人が努力を重ねる原動力にもなっているとも言えます。ポジティブに考えればそうですが、ネガティブに考えれば、『満足したいと追いかけ続けても切がない話で、ばかげている』ことにも気付きますので、多くの宗教家や、過去の大人物は、『現状を、ありのままで受け容れなさい。あなたには、それが丁度良いのです』などと私達を諭してくれます。

『限りなく努力を続ける』ことに生きる喜びを見出す人もいれば、『現状を受け容れて、いらぬ欲望は持たない』ことが、心を平安に保つことだと考える人もいます。

梅爺の場合は、極めてご都合主義で、両方を自分に都合よく使い分けて生きてきたように思います。『どんなことで頑張る』こともしませんでしたが、『どんな欲望も捨て去る』こともしてきませんでした。一見チャランポランで、生真面目な方からは顰蹙を買いそうですが、『自分を肯定する』『自分を癒す』ための方法は、単純ではないというだけの話ではないかと考えています。

そう考えること事態が、『自分を肯定して、自分を癒す』ことに他なりませんが、梅爺が人間である以上逃れられない宿命と達観することにしています。

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2008年11月21日 (金)

モンダヴィーノ(5)

21世紀に、人類が直面する問題は沢山ありますが、その中の一つが、『グローバル・カルチャーとローカル・カルチャーの確執』です。それでなくても、過去には『ローカル・カルチャー同士の確執』が沢山の悲劇を生み、今でも『宗教間の対立』は、人類が克服できていない課題の一つである上に、もっと厄介な課題を抱えてしまったことになります。『モンダヴィーノ』という映画は、ワインという題材を利用して、この課題の本質を提示しようとしていると梅爺は理解しました。

『グローバライゼーション』を推進する両輪が、『資本の原理に基づく経済活動』と『IT(情報処理技術)の利用』であることは、今や多くの人が認めるところです。

『グローバル・カルチャーとローカル・カルチャーの確執』については、アメリカのジャーナリスト、トーマス・フリードマンが、ノンフィクション『Lexus and the olive tree(レクサスとオリーブの木)』で優れた評論を展開しています。レクサスはトヨタの高級車で、『グローバル・カルチャー』の象徴、オリーブの木は『ローカル・カルチャー』の象徴です。更に、この著者は『The World Is Flat(世界は平面になった)』で、『グローバライゼーション』についても論じています。これらについては、前にブログで紹介しました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_2bbb.html

人は誰も『ローカルな価値観』が存在する社会で生まれ育ちますが、今や『グローバルな価値観』を無視したり、忌避したりしては生きていけない環境に世界が変わりつつあるということでしょう。『どちらが正しいか』とか『どちらが勝利するか』といった議論は、あまり意味が無く、双方の存在を認めて、賢く使い分ける必要があります。日本人は、世界の中では比較的うまく対応している方だと梅爺は感じています。つまり見方によっては節操が無いといえるほどに『いいとこ取り』が上手だと言うことです。日本人が、日本で生活している分には、『いいとこ取り』で済みますが、政治的な外交や、国際ビジネスの場では、そんな暢気なことでは済みません。世界に通用する日本人は、単に『いいとこ取り』ができる人ではなく、言語、文化を理解し、論理的に自分の考えを述べる能力と同時に、相手の考えも理解できる能力を兼ね備えていなければなりませんので、育成は易しいことではありません。日本の将来は、こういう能力に長けた日本人をどれだけ育成できるかにかかっています。

一方、アメリカ人には、『自分の価値観』が『世界の標準になるべき価値観』だと単純に、傲慢に思い込んでいる人が多く、世界中の知識人からは失笑を買うことが多いのですが、『資本の原理に基づく経済とITの結びつき』で、現状『強さ』を保持しているために、『自らの倣岸さ』にまだ気づいていないように見えます。サブプライム問題で、ほころびを露呈し、弱体化しましたが、まだ相対的に『強さ』を保持していることには変わりがありません。

『いいとこ取り』をすることと、『異なった価値観のバランスをとる』こととは、同じではありません。『異なった価値観のバランス』をとることに関しては、日本人は極めて賢いと世界中から認められる国になるためには、まだまだ沢山の試練や努力が待ち受けているように感じています。

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2008年11月20日 (木)

モンダヴィーノ(4)

国際的に『商業主義ワイン』の流れを作り出している主要人物のもう一人が、『カリスマ的ワイン評価者』の、アメリカ人ローバート・カーターです。彼が、専門誌にワイン銘柄毎の採点(100点満点)を発表するだけで、その銘柄の売れ行きが変わるほどの影響力をもっています。消費者としては、権威者の評価が分かることは、助かることでもありますが、いくら彼が優れたワインの評価能力を持っているにせよ、一人の人間の主観で、ビジネスの盛衰がきまってしまうというのも、梅爺には解せない話です。『お客様は神様です』などと消費者を持ち上げておいて、裏では『権威に弱い消費者の弱点』を、せせら笑いながら突いてくる、したたかな商法が存在するように感じてしまいます。この映画では、『国際ワイン業コンサルタント』のロラン氏と、『カリスマ的ワイン評価者』のカーター氏が、20年来の友達であると言うことを紹介するにとどめてありますが、映画を見た人は、黒幕が誰であるかは、察することができます。

アメリカを舞台に、大成功を収めた『モンダヴィ父子』は、ロラン氏と組んで、フランスやイタリアの老舗ワイナリーと提携したり、買収をしたりしようとしています。勿論、新興国のオーストラリアやチリにも食指を伸ばそうとしています。フランスのブルゴーニュ地方で、先祖代々老舗のワインを守ってきた父親と、『国際商業主義』と提携して事業的には成功を収めつつある息子の確執が、この映画では紹介されています。このままだと、一見銘柄は異なっていても、結局『ロバート・モンダヴィ』味の、ワインが世界中に出回ることになるのかもしれません。まるで、ワインが『コカ・コーラ』になってしまうような話です。

ヨーロッパのワイン愛好家は、『商業主義ワイン』は、口に含んだ時は、『美味しい』と感じさせるだけで、味が長続きしない、などと批判していますが、負け犬の遠吠えともいえないことがありません。科学の力や、製造技術で、『熟成ワイン』の味に近づけようとする『商業主義ワイン』を一概に『邪道』とは言えませんが、日本では『合成焼酎』と『天然醸造焼酎』が、消費者に区別できるようになっているように、ワインの世界もそうしてもらえないと、困ります。現に、フランスでは、『フランス・ワイン』と称するには、国家の製法規格を遵守する必要がありますが、『商業主義ワイン』にするために、葡萄ジュースを混ぜて色合いを良くする等の、違反者が出始めたと、映画の中でフランス政府関係者が嘆いていました。

日本の日本酒市場でも、ナショナル・ブランドになっている『菊正宗』『黄桜』『白鹿』と、地方の地酒銘柄の対立がありますが、消費者が、賢く飲み分けていて、共存がなりたっているように見えるのは喜ばしいことです。

ワインの世界でも、結局同じようなことになるのではないでしょうか。『商業主義ワイン』だけが圧勝して、『ローカルな銘柄ワイン』が、市場からすべて消えてなくなるというようなことはないでしょう。人間同様、個性豊かなものが沢山存在する社会の方が、楽しい上に健全であると、梅爺は感じています。

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2008年11月19日 (水)

モンダヴィーノ(3)

梅爺も、気持ちの上では、『商業主義ワイン』より『伝統文化ワイン』が好ましいとは思いますが、普段の生活を省みると、街のベーカリーの焼きたてのパンが美味しいことはわかっていても、ついスーパーマーケットで、安価で便利な『ヤマザキパン』を購入してしまいますので、カッコイイことは言えません。

『商業主義ワイン』と『伝統文化ワイン』が、市場で共存できることが、好ましいと思いますが、世の中は、現状『資本の原理、経済原則』で動いているという現実も無視できませんので、今後どのような展開になるのかは、予測できません。ワイン通で、お金持ちの人は、毎日『伝統文化ワイン』を飲めば良いと思いますが、梅爺のような年金老人は、普段は安い『商業主義ワイン』で我慢して、時折意を決して奮発し、高価な『伝統文化ワイン』も 楽しむことができる程度の、可能性が残されることを願います。

『商業主義ワイン』を推進する主要人物として、『モンダヴィ父子』のほかに、この映画では、『国際ワイン業コンサルタント』と『カリスマ的なワイン評論家』という二人が登場します。『国際ワイン業コンサルタント』は、フランス人のミシェル・ロランで、アメリカの『モンダヴィ父子』をはじめ、世界12ケ国の、新興ワイナリーと契約し、大々的な成功を収めています。南アフリカ、オーストラリア、南米チリなどが新興勢力ですが、ほとんどロラン氏の息がかかっています。『熟成』などのプロセスを採用していては、経済的に割がありませんので、直ぐに売れて大衆が『うまい』と感ずるワインを大量生産する方法を伝授しています。我が家も、オーストラリアやチリのワインをよく買ってきて飲んでいますので、知らないうちにロラン氏の術中にはまっていることになります。まさしく『国際商業主義』おそるべしです。

ロラン氏は、自説を権威付けるために、私設の『ロラン・ワイン研究所』を保有し、大衆が『うまい』と感ずる成分の化学分析や、徹底したマーケティング分析を行っています。ロラン氏は、一見人当たりのよい人物に見えますが、大変な自信家で、『商業主義の権化』のような、したたかな人物と梅示威の目には写りました。個人的には、あまり好きになれないタイプのオジサンです。

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2008年11月18日 (火)

モンダヴィーノ(2)

『モンダヴィ父子』が、事業の本拠としているアメリカのナパバレーは、サンフランシスコの北の地域で、バレー(谷間)というと山が近くにある印象を受けますが、アメリカは広大なので、むしろ平野といった印象の場所です。梅爺が仕事時代に通ったITで有名なシリコン・バレーも、確かに、低い山は近隣にありますが、日本人が見れば平地の風情です。

2006年の6月に、梅爺と梅婆は、昔の仕事の同業者仲間(『サンフラワー夫婦の会』)と、7組の夫婦で、ナパバレーの観光に出かけました。ナパバレーには『ワイン列車』という、観光目的の列車が走っていて、豪華な客室で食事やワインを楽しむことができるようになっています。日本のような、けち臭い発想ではありませんので、列車には、ワインを楽しむ専用の客車と、食事を楽しむ専用の客車が別々に用意されているために、乗客の数に比べて、長い列車構成になっています。さしずめ、日本なら、乗客を席に釘付けにして、倍の人数を乗せようとするのではないでしょうか。この列車観光は大人気で、大分先まで予約で埋まっています。それでも、幹事のH氏の奮闘で、私達は予約を確保することができ、優雅な列車の旅(往復3時間程度であったと記憶しています。見渡す限りの葡萄畑の中を列車はゆっくり走ります)を楽しみました。さすがに、日本人客は、ほとんどいなかったところを見ると、日本の旅行社のパッケージ・ツアーでは、予約の確保などが難しいのでしょう。

梅爺たちは、列車観光の他に、主要なワイナリー(ワイン醸造所)の見学も行いました。『モンダヴィ父子』が経営する『ロバート・モンダヴィ』『オーパス・ワン』や、有名な映画監督フランシス・コッポラ(『地獄の黙示録』の監督)の所有する『コッポラ・ワイナリー』などを訪ね、試飲や買い物を楽しみました。『コッポラ・ワイナリー』も『モンダヴィ父子』から経営指導を受けています。イタリア系アメリカ人同士の結束ということでしょうか。

ワインの値段は、ピンキリですが、カリフォルニア・ワインも、『ロバート・モンダヴィ』や『オーパス・ワン』のようなブランド品は高価で、現地でもボトル価格は100~200ドルはしますから、日本で買えば、2万円以上ということでしょう。

梅爺は、ブランド・ワインは、普段家で飲んでいる1000円前後のワインに比べて、確かに『旨い』とは感じますが、値段に匹敵する『旨さ』かどうかは、判定できる能力を持ち合わせていません。

『モンダヴィ父子』は、消費者の嗜好を徹底分析し、醸造法にも人工的な手を加えて(オーク材の樽で香りをつける、醸造のプロセスで、酸素を注入するなど)ワインを造っているとして、伝統的なヨーロッパのワイン醸造者からは、『あれは、ワインではない。ワインに地味がないことを隠蔽しているに過ぎない』と厳しく批判されていますが、ビジネスとしては、誰も追いつけないほどの大成功を収めています。

さて、皆さんは、『資本の原理に基づいた商業主義ワイン』と『伝統文化ワイン』のどちらを、支持されますか。現代社会が抱える、問題の縮図のようなもので、難しいのですが、『最後は消費者が審判する』ことになるのではないかと、梅爺は感じています。

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2008年11月17日 (月)

モンダヴィーノ(1)

ビデオ録画装置のハードディスクに撮り貯めてあった映画『モンダヴィーノ』を観ました。現在の『世界ワイン市場事情』を題材に、『グローバル・カルチャー』と『ローカル・カルチャー』の相克を描いた、劇場版『ドキュメンタリー映画』で、制作者(フランス人)自身が、関係者にインタビューをする様子を、後で編集してまとめたものですので、予め『脚本』を用意して創った映画とは異なった、『意外性』や『面白さ』に満ちていて、梅爺は、大いに楽しみました。画面もわざと素人が撮影した感じをだすためか、動きの激しいもので落ち着きませんが、その分臨場感があるように思いました。期待しないで、ぶらっと入ったあまりきれいとは言えない中華料理屋のラーメンが、滅法旨いことを発見した時と同じ満足感です。

タイトルの『モンダヴィーノ』は、イタリアの『モンダヴィ家』のことで、元々はトスカーニ地方のワイン醸造主でしたが、アメリカのカリフォルニア・ナパバレーに事業の本拠を移し、大成功を収めた一家です。『ロバート・モンダヴィ』『オーパス・ワン』は、今や、カリフォルニア・ワインとしてばかりではなく、世界のワイン愛好家が認める『ブランド』で、いずれも『モンダヴィ家』が経営にか関わっています。アメリカでの創業者の父と息子が経営者ですので、『モンダヴィ父子』と呼んだ方が適切かもしれません。

『モンダヴィ父子』は、何をやるにも、『徹底した事前調査』をすることで有名で、アメリカの『ナパバレー』が、ワインの葡萄栽培や醸造事業に適した土地であることを見極めてから、イタリアを離れ、進出しました。勿論、アメリカの潜在的なワイン市場の規模も見越したことですが、どれだけ事前調査を行っても、『不確定要素』が伴いますから、経営者としての『慎重にして大胆な決断資質』が、成功の原因になっています。

ワインは、人類の文化の発祥と同じくらい歴史の古い酒ですが、特にキリスト教の宗教儀式には欠かせないものになり、ごく最近のまではワイン文化はヨーロッパ文化の代名詞でした。特に『フランス・ワイン』が世界に君臨していました。

『モンダヴィ父子』は、『これぞアメリカ流』と言える経営手法で、世界のワイン市場の従来の価値観を、変えつつあり、それを巡る論争がこの映画の主題です。ワインの世界にも『グローバライゼーション』の波が押し寄せているという話です。映画製作者は、中立な立場で、淡々と現実を描き、どちらかに軍配をあげているわけではありませんが、梅爺の観るところ、『アメリカ流価値観の浸透』は、『いかがなものか』という『ローカル文化の価値観』に共鳴するニュアンスが強いと感じました。梅爺も個人的には、『アメリカ流グローバライゼーション』は、あまり好きにはなれません。

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2008年11月16日 (日)

アカペラ(2)

合唱にのめりこむ人たちは、『和音』に魅せられたからではないでしょうか。波長が異なった音が、時に共鳴で、実際には発していない音を作り出す(物理的には倍音が聴こえる)ことがあり、えも言われぬ『快感』を体験することになるからです。

勿論、綺麗な『和音』を創りだすためには、歌う人の声の質が合っていることが大切で、『良い声で独唱できる人』を集めても、必ずしも『綺麗な合唱』にはならないことになります。合唱では、調和に徹した発声が求められる所以です。

アカペラ・コーラスの代表は、教会の聖歌ですが、特にアメリカの黒人教会で歌われる『ゴスペル・ソング』は、ジャズのリズムや、むき出しの感情表現などで、沢山の愛好者がいます。

最近日本でも、若者の間で、『アカペラ・コーラス』がブームになっていて、素人グループのコンテストなどが、テレビで放映されています。このグループの中からプロに転向するものも現れています。マイクロフォンの特性を利用して、打楽器(パーカッション)の擬音をつくりだし、加えることが多く、若い人には、リズム感、和音が、たまらなく『カッコイイ』と感じられるのではないでしょうか。テレビのコンテストに登場するようなグループは、いずれも高度な音楽技法を習得しようと努力していますので、梅爺は、『日本の若者も、なかなかやるではないか』と、感心しています。多分、素人のレベルとしては、質、量共に世界の最先端ではないかと思います。

スウェーデンの『リアル・グループ』は、男性3人、女性2人の5人のグループで、音楽学校時代の仲間で結成し、以後20年間活動を続けている『アカペラ・コーラス・グループ』です。『驚異のアカペラ・グループ』と言われることに恥じない、打楽器や管楽器の擬音も交えた楽しい演奏でした。

スウエーデンも日本同様、合唱の盛んな国ですので、このようなグループが活躍できる基盤があるのでしょう。

どんな形式であれ、音楽を始めると、やがて高度なレベルを求めて、完成度の高い音楽へと努力をすることになりますので、梅爺は、日本の合唱や、アカペラが盛んになっていることは、大変素晴らしいことだと感じています。このような努力は、感動と共に生きる目的ともなり、これを体験した人たちからは、少なくとも、凶悪な犯罪を起こすような人は出てきにくいのではないかと、想像するからです。

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2008年11月15日 (土)

アカペラ(1)

NHKBSハイビジョン放送で放映された、スウェーデンのアカペラ・コーラス・グループ『リアル・グループ』を紹介する番組を録画しておき観ました。『アカペラ(a cappella)』はイタリア語の音楽用語で、元々は教会音楽の一様式のことでしたが、現在は、一般的に無伴奏(楽器の伴奏無し)の合唱形式を意味します。

人の声だけで、音楽を構成するわけですから、もっとも合唱の特色を引き出せる様式とも言えます。例えば、天井の高い教会の聖堂に反響するアカペラの聖歌が、どのような荘厳な雰囲気を醸し出すかは、ご想像いただけると思います。

梅爺も、『素人爺さん男声合唱団(大学のOB合唱団)』のメンバーですので、アカペラの楽しさと難しさは、何度も経験しています。曲の途中までは楽器の伴奏付で、中間部だけがアカペラになり、後半でまた楽器の伴奏が加わると言う様式が、もっとも厄介です。アカペラ部分で、音程の狂いが生じると、後半の出だし部分で、楽器と合唱の音程が合わなくなり、聴衆に合唱団の力量がバレてしまうからです。

機械ではない人間が、それも複数の人間が、『絶対的な音程』を保ちながら歌うということは、想像以上に難しいことなのです。どんな環境でも、『同じ発声ができる』というのは、プロの歌手にとっても、易しいことではありません。

『音』は、空気が振動する『波(音波)』であることは、物理的に現在では分かっており、西洋音楽では、音階に対して、どのような周波数を割り当てるかが規定されています。この『絶対音階』に、可能な限り合うように楽器は調律され、人が歌う時にも、可能なかぎり『声』を合わせる努力をすることになります。従って、厳密に言えば、楽器も人間も、『ある誤差の中で、限りなく絶対音階に近い音を出そうとしている』という表現が正しいと言えます。

人間の耳は、大変敏感で、この『誤差』を聴き分けることができますので、いかにそれを聴衆に感じさせないかが、オーケストラや合唱団の力量ということになります。

音楽の構成要素の一つである『和音』は、複数の異なった周波数の音を同時に演奏して、その相乗効果が醸し出すニュアンスの違いを利用する方式です。『和音』の原理を発見したのは西洋音楽で、日本人は、明治維新後まで『和音』を知りませんでした。それまでの日本の音楽には、『和音』を利用するという発想がありません。人間の耳(脳)は、それを『安定した感じ』『不安な感じ』『楽しい感じ』『悲しい感じ』としてとらえます。人間が、何故そのようにできているかは、分からない不思議なことですが、経験則でそれを『発見』したことが、西欧音楽の発展に大きく寄与しました。『和音』に関しては、『絶対音階』が条件ではありませんので、どんな周波数の音でも、それを基盤として『和音』を構成することができます。

従って、アカペラだけで終始するなら、絶対音階とは関係無しに、合唱メンバーの間で『和音』が保たれている限り、聴衆は、普通違和感を覚えないことになります(絶対音階を識別できる能力のある人は、音程の狂いを聴き分けることになりますが、和音としては不自然さはないという意味です)。

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2008年11月14日 (金)

エデンを離れて(8)

この本を読んで、梅爺があらためて感じたのは、宇宙や地球の歴史に比べて、現生人類の歴史が、約20万年弱と、あまりにも短いということでした。現生人類が出現するベースになった先住人類には、先行する進化の歴史があったとしても、精々人類としては全体で200万年に過ぎません。137億年の宇宙、46億年の地球に比べれば、ほんの『一瞬』に近い時間です。

しかも、驚くべきことに、現生人類が出現した時の『脳の容量』は、現在の私達とほとんど変わっていないということです。生物体として『個体』を制御するエンジン容量(脳)は、それまでに、ほぼ『最適』なレベルまでに進化が終わっていたというように見えます。

『脳の容量』が知性に比例するとは言い切れませんが、少なくとも、17万年前の現生人類を現在に呼び寄せることができ、しかるべき訓練をすれば、現代人のように振舞える可能性があるということを意味します。

喜びや悲しみといった抽象概念を表現する『芸術』、神を崇める『宗教』などは、比較的早い時期に、その萌芽があったと想像できますが、『哲学』などの高尚な思考は精々数千年、科学知識の幅広い総合的な活用などにいたっては数百年の歴史しかありません。そう考えると、梅爺は、奇跡に近いような時代に、偶然生まれてきた人間であることがわかります。

人間が存在しない世界には、人間が作り出す抽象概念が無いわけですので、『芸術』『宗教』『哲学』は存在しない、と梅爺は推定していますが、仮に『神』は、宇宙創生の初めから存在しているとすれば、途方も無く長い期間、『愛する人類』の出現を、じっと待っていてくださったことになります。天地創造の数日後に人間が造られたわけではないからです。あまり考えたくないことですが、地球は、永いスパンで見れば、また氷河期を迎えたり、小惑星との衝突などという事故にも見舞われる可能性があり、人類は滅亡する可能性はゼロではありません。そのようなことになれば、『神』はまた、『愛する人類』を失って、寂しい時間を過ごされることになりかねません。『理』で考えればこうなりますが、『神』の存在は、このように『理』でのみ論ずる対象ではないことは承知していますし、『人間の心の中にのみ存在するものとして、人間にとっては重要な意味がある(心の安らぎを生み出す)』ということも承知しています。

この本の著者は、生物種が、環境に適応して生き残るためには、種の中に『多様性』を確保しておくことが重要と書いています。人間社会の『多様性』は、『相克』の種になり、『社会効率』を落とすことになりますが、かりに、遺伝子操作などを行って、『優秀な人間』ばかりを増やしたりすると、『多様性』が減じて、新しい細菌やウィルスの攻撃があったときに、ひとたまりもなくやられてしまう可能性が高まるというのです。一律の人間だけが存在する社会などが、到来する前に、梅爺は死ねるように願うばかりです。

そう考えれば、梅爺のような敬遠されがちな屁理屈爺さんの存在も、『多様性』に貢献しているのではないかと、都合よく、勝手に想像してしまいました。

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2008年11月13日 (木)

エデンを離れて(7)

ヒトのミトコンドリアDNAや、Y染色体の変化や分布を追及することで、現生人類の歴史に関する知識は、格段に増えました。従来沢山あった仮説も整理され、定説が確定したものも少なくありません。しかし、人間の知識範囲が増えると、それに応じてまた新たな謎も沢山生ずることが、この本を読むと分かります。科学者には、終わりの無い挑戦が待ち受けていることになりますので、幸せな職業と言えます。

例えば、南北アメリカ大陸へは、氷河期以前に人類が入植していたことがほぼ分かってきましたが、氷河期の後の再入植が、何時頃で、その人たちの祖先は、世界のどの地域の人たちであったかなどは、必ずしも明確に特定できていません。氷河期には、現在のベーリング海峡のあたりは海面が下がって、人が住める大陸(ベングリア)が存在し、そこに、氷河期の間避難していた人類が、氷河期の後、北からアメリカ大陸へ再侵入したなどという、梅爺が考えもしなかった説があることを知って驚きました。

人類の移動は、沿岸伝いであったとすると、当時の陸地は現在ほとんど海に没しているわけですから、考古学的な資料の発掘が、難しいという事情も理解できました。

梅爺は、日本人なので、現生日本人はどのように、日本に住み着いたのかは、大変興味があります。この本にも、縄文人(アイヌを含む)、弥生人などが登場しますので、大局的な知識は得ることができましたが、日本列島の入植が、どのようなルートで行われたのか、現生日本人には、古代人の影響が人種的にどのような形で残っているのか、地域別の分布はどうなっているのか(沖縄と東北では、明らかに容貌の特徴が異なっている)、など更に詳しいことが知りたくなりました。今後、古代日本人の歴史を科学的に追いかけた本を見つけて、読んでみたいと考えています。

この本を読んで、極東の日本へ、アフリカを出た人類が到達したのは、梅爺が考えていたより、ずっと古いことがわかりました。少なくとも、現生人類がヨーロッパへ入植するより早い時期に、日本へ到達しているのではないかと思われます。

日本は、現生人類が住み着いて以来、地球上に色々な気候変動があったにもかかわらず、常に人が住める環境であり続けたという、大変恵まれた『場所』であることに、私達は感謝をすべきと感じました。歴史が浅い国などと、卑下する必要は勿論無さそうです。

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2008年11月12日 (水)

エデンを離れて(6)

アフリカを出た現生人類が、最初は遠洋航海する知識(技術)を持たなかったとすると、地球上で、最も到達し難い場所は、アメリカ大陸ということになります。アジア系の人種が、アラスカ経由で入植し、南下をしていったとすると南米がその中でも一番遠い場所になります。15世紀の末に、コロンブスがアメリカ大陸を発見して、当時の人たちは『新世界』と称したわけですが、古代の現生人類にとってもアメリカ大陸は『新世界』であったことになります。

アメリカの考古学会の定説は、ながらく『最初の現生人類の到達は、氷河期の後』とされてきました。アラスカ、カナダの氷が融けて、陸地伝いに北から移住が可能になったと考えられ、最初に発見された遺跡も、それを裏付けていました。しかし、その後、新鋭の考古学者の何人かが『氷河期以前の遺跡』を発見したと発表するにおよび、何十年も、学会は、この『新説』に、なんだかんだとイチャモンをつけて、排除しようとしてきました。

どこの国の『学会』も、権威主義がはびこって堕落する可能性を秘めていますが、アメリカの考古学会は、その典型で、長老学者が司祭のように、取り仕切り、教授職などの利権を利用して、権威維持につとめてきたのでしょう。

観察した事象から、最も矛盾のない『理論』を考えるのが学問や科学ですが、観察の方法や精度が変化すれば、『新しい理論』に変更しなければならない事態も生じます。一度作り上げた理論を定説として、権威でそれを守ろうとするのは、学問と言えないばかりか、人類の進歩を阻害する行為とも言えます。

さすがに、アメリカでも、最近になって更に沢山の反証事例が発見され始め、『氷河期以降に現生人類がアメリカ大陸に入植した』という『定説』は、あやしくなっていると梅爺が読んだこの本には書いてありました。

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2008年11月11日 (火)

エデンを離れて(5)

17万年前に、アフリカを出た現生人類が、その後、地球の各地で、順調に生活できたわけではありません。先住人類との『闘い』もあったと想像できますが、何よりも大きな試練は『地球規模の気候変動』への対応であったと思われます。

地球は、約2万年前頃から、地軸の傾きが少し変わることに起因して、『最大氷結期(氷河期)』に突入します。海面が100メートル以上低くなることで、今まで海であったところが地続きになり、人間が陸伝いで移動することが可能になるというメリットもありましたが、北西ヨーロッパ(北欧、イギリスの大半、フランス、ドイツ、スペイン、ロシアなどの一部)が氷に覆われ、実質的に人が住めない場所になりました。氷に閉ざされない地域でも砂漠化が進み、入植していた人類は死に絶えるか、住める場所を求めて移動することになりました。

話が飛躍しますが、現在懸念されている『地球温暖化』は、温度が上がって住めなくなるという心配が喧伝されていますが、北極の氷が融けて大量の冷水が海になだれ込み、メキシコ暖流が止まって、北西ヨーロッパが、『寒冷地』になり、農業も不可能になるということの方が深刻と考えられています。極東の日本も、影響を受けますが、幸いなことにその度合いは少ないと推定されています。

前述の2万年まえから開始した『最大氷結期』でも、同じように、日本の大半は氷結せず、人が住める場所であったと考えられています。

『最大氷結期』以前に、日本に住み着いていた『縄文人(アイヌはその子孫の一種と考えられる)』と、『最大氷結期』で、北(南シベリヤ)の地を追われ、移動を開始し、やがて、朝鮮半島を経由して日本へ移入してきたモンゴロイド(弥生人の祖先)との混血で、『現日本人』は形成されていることになります。遺伝子の継承を見ると、縄文人は、アフリカを出た時の人類に近いことが判明していますので、数万年前に東南アジアの沿岸沿いに、日本へ到達した人たちであろうと推定されます。農耕知識をもった弥生人の流入は、氷河期の後と推定されています。

『世界に冠たる大和民族』や『鬼畜米英』などという戦時下日本のスローガンは、何の根拠もありません。これを信じて多くの人が悲惨な戦争に巻き込まれたたことを考えると、やりきれません。

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2008年11月10日 (月)

エデンを離れて(4)

現生人類が、アフリカを出た時期やルートの特定には、『科学』が総動員されています。アフリカの気象条件もその一つで、紅海を渡れたのは、寒冷期で、紅海の水面が、現在より100メートル以上低かったであろうことが挙げられています。これを知って、梅爺は聖書に書かれているモーゼの『出エジプト』を思い浮かべてしまいました。『出エジプト』では、紅海が割れて、海底を歩いてイスラエルの民が、アラビヤ半島へ渡ったことになっています。人類の古い伝承が、この伝説を生んだのではないかと想像してしまいました。

アフリカを出た現生人類は、沿岸をたどることで、インド、東南アジア、オーストラリアへ向かいます。魚貝が、主な食料であったことが主因のようです。現生人類は『無人地帯』を進んでいったわけではありません。行く先々には、現生人類とは異なった『人類』が既に住んでいたからです。次々に闘って制圧していったのかというと、そうではなく、無駄な闘いは避けて、オーストラリアまで至った、という方が正しい見方のようです。

つまり、この期間地球上では、異なった人類が共存していたわけですが、仲良く平和に暮らしていたというより、お互いを避けて、自分の領域を守っていたというのが実態のようです。

ヨーロッパも同じく、現生人類が到達するまで『無人地帯』であったわけではなく、ネアンデルタール人が既に住んでいました。ネアンデルタール人は、現生人類に比べて『劣っている』と言われていますが、あまり科学的な根拠は無さそうです。現生人類より優れていたとは想像し難いのですが、それほど違っていなかったかもしれません。

梅爺が、面白いと思ったのは、アフリカのエチオピアに住む人の祖先は、一度アフリカを出た現生人類が、やがて中東から、アフリカへ『舞い戻った』ものだという事実です。そういわれてみると、エチオピアの人たちは、肌の色は黒いのですが、西欧人のように顔の彫が深く、他のアフリカ人とは、違っていることの理由が理解できます。エジプト人も、『舞い戻り組み』とみれば、アフリカ系黒人との違いが理解できます。

『事実は小説より奇なり』といいますが、『科学』は、予想をはるかにこえた『事実』を明らかにしますので、下手な推理小説を読むよりスリリングです。

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2008年11月 9日 (日)

エデンを離れて(3)

現生人類が、アフリカ中部のサバンナ地帯に出現してから、17万年経過しています。この『17万年』を、永いと観るか短いと観るかは、何を基準とするかで異なります。自分の生きる時間に比べれば、勿論永いとも言えますが、宇宙や地球の歴史に比べれば、『一瞬』ともいえるような短い期間です。梅爺は、この17万年に『現生人類が地球で成し遂げてきたこと』を考えると、『短い』と感じます。

現在地球上に住む全ての現生人類は、共通の先祖をもつ、という『科学』が証明した事実は、西欧の一部の白人には、不快なものでした。彼らは、『抽象概念処理』を利用して現生人類が、『文明を開化させた』のは、ヨーロッパ系白人種が起源であると思い込んでいたからです。スペインやフランスで見つかった洞窟壁画はその証拠と考えていました。

彼らは、渋々『アフリカ先祖説』を認めた上で、今度は、現生人類が、比較的早い時期に、アフリカを北へ縦断し、ヨーロッパへ渡って、そこで、地球上のどの地域よりも早く、『文明を開化させた』と主張しようとしました。アジアやオセアニアには、その文明が後に伝播したと信じて疑わなかったようです。しかし、『科学』は、この根拠のない『白人優越思想』も、打ち砕いてしまいました。

原始人類が、『アフリカを出て、多の地域に住むことに成功したのは、歴史上たった一回で、それは、7万年以上前に起きた。そのアフリカ脱出ルートは、アフリカを東へ横断し、紅海を渡ってアラビヤ半島へ向かったもので、北へ向かってヨーロッパへたどり着いたわけではない。その後、一部は、インドや東南アジアを経て、オーストラリアや日本(アイヌ人はこの末裔と考えられる)にまで達している。中東に留まった一部が、それから後代になって、ようやくヨーロッパへ移住した』ことが、実証されてしまったからです。

唄、踊り、絵画、言葉は、ヨーロッパ白人種が、開花させたものという説はもろくも崩れ去りました。アフリカの先祖は、既に『唄い、踊り、絵を描き、喋っていた』ことや、ヨーロッパよりずっと古い洞窟壁画が、アフリカやオーストラリアで見つかったからです。

それでも尚、一部のヨーロッパ考古学者は、頑固に『ヨーロッパ優越思想』に基づいた反論をしようとしていますが、学会の主流ではなくなってきています。『思い込み』や『願望』が人間を支配することに、梅爺は驚くばかりです。

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2008年11月 8日 (土)

エデンを離れて(2)

ミトコンドリアの遺伝子と細胞内のY染色体を手がかりに、現生人類の祖先を科学的な手法で辿っていくと、約17万年前のアフリカに存在したアダムとイヴを突き止めることができる、という50年前には誰も知らなかった『事実』が明るみに出ました。

現在地球上に住む、全ての人類は、オーストラリアのアボリジニ族なども含めて、全て『同じ祖先』を持つことが判明したことになります。猿は、ゴリラ、オランウータン、チンパンジーなど異なった種が、現在でも地球上に棲息していますが、ヒトに限っては、『現生人類だけ』が生き残っているという、興味深い話です。約3万年前までは、ヨーロッパやアジアに、『現生人類以外の先住人類』が棲息していたことは、考古学的に分かっていますので、『複数の異なった人類が共存する期間』を経て、『現生人類』が『種』としては世界を征服したとも言えます。

遺伝子の調査などから、『現生人類』には、他の人類の血が交じり合っている気配がない、ということなので、先住の人類は、自ら滅びたか、現生人類に滅ぼされたのか、どちらかということになります。ヨーロッパの先住人類であるネアンデタールは、『現生人類』に追い詰められて、滅亡したという説もあります。もしそうなら、『現生人類』は、先住人類よりも、何らかの『優れた特性』を持っていたことになります。

『二足歩行』『原始的な言葉』『道具利用(火の利用も含め)』などの基本能力は、先住人類も保有していたことになりますので、『優れた特性』は、『頭の良さ』ではないかと想像できます。つまり、『言葉』や『道具利用』のレベルで勝っていたのではないでしょうか。

『頭の良さ』の実体は、『抽象概念の論理思考能力』や『コミュニケーション能力』のレベルが高いということで、厳しい自然環境から身を守る智恵、獲物を追い詰める智恵、敵を殲滅する智恵などを、グループで共有し、子孫へ語り継ぐ能力であったにちがいありません。肉体的に必ずしも勝っているとは思えない『現生人類』だけが、生き残ったのは、『頭の良さ』のおかげではないかと、推察できます。

一体『頭の良さ』という特性を、どのように『現生人類』は、手に入れたのでしょう。『人類の足跡10万年全史』の著者は、これも永い永い生物の『進化のプロセス』の帰結とみなしています。

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2008年11月 7日 (金)

エデンを離れて(1)

科学は、時に人の想像をはるかに超えた『事実』を明るみに出します。地球上に生息する生物(人間も含め)の原祖先は、深海に生息するメタン生成菌のような単細胞『古細菌』であったとか、宇宙は、何もない真空空間(巨大なエネルギーの場は存在)に、突如『超ひも』という極微細物質が生まれ、それが137億年かけて現在の大きさに膨張した(今も膨張を続けている)とかが、それにあたります。

もし、論証プロセスが提示されずに、その結果だけが示されるとしたら、多くの人は『嘘も休み休みにしてほしい。とても信じられない』と答え、まだ『天地や人間は神が創造した』という話の方が、納得しやすいと考えるに違いありません。

地球上に存在する『現生人類』の、共通の祖先は、約17万年前のアフリカに居たという、同じく科学が明るみにした事実も、私達の『直感』とは、必ずしも相容れるものではありません。

西欧の白人種、東洋の黄色人種、アフリカの黒人種は、外見があまりにも異なっており、各々違う祖先から生まれたと考える方が、直感に合っているからです。現に、永年『単一祖先説』と『複数祖先説』は、学会の論争の中心でしたが、科学が『単一祖先説』であることを論証し、約20年前に決着がつきました。白人は、黒人や黄色人よりも優秀だと思い込んでいた西欧の人たちの一部は、さぞ落胆したことでしょう。梅爺も若い頃は、『複数祖先説』が正しいと想像していました。

科学が用いた方法は、生物分子学が見出したミトコンドリア(人間の細胞内にある小器官)の遺伝子と、人間の細胞の中にあるY染色体を利用する方法でした。ミトコンドリアの遺伝子は、母から子へ、Y染色体は父から子へ継承されるという事実を利用し、数学やスーパーコンピューターの力をかりて、祖先を次々に辿っていくと、17万年前(この数値の精度はそれほど高くないかも)のアフリカへ辿りつくということが判明しました。今では、かなり詳細な『現生人類系統樹』が完成しており、アフリカの祖先が、その後どのように、地球の各地に分散していったかを、推測する手がかりを提供しています。勿論、いつ移り住んだのかという『時代』までは特定できませんので、考古学的な発掘資料との突合せで、推定していくことになります。

聖書の物語になぞらえて言えば、『エデン』はアフリカで、そこに『アダムとイヴ』が存在していたことになります。

この、現生人類の『出アフリカ』の歴史を、詳細に書いた本『人類の足跡10万年全史(スティーヴン・オッペンハイマー著:仲村明子訳:草思社)』を本屋で見つけ読み始めました。

『民族』や『人種』は、人間の歴史を動かす要因であり続けてきましたが、科学的な視点からは、あまり本質的な意味を持たないことが分かります。『人間、皆兄弟』という、楽観的な政治スローガンは、梅爺の好みではありませんが、『人間、皆同種』は、科学的に立証されたことになります。

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2008年11月 6日 (木)

三べん廻って煙草にせう

江戸いろはカルタの『さ』、『三べん廻って煙草にせう』の話です。

早く一服したいしたい気持ちがあっても、三回くらい念を押して見廻ってからにしなさい、という夜回りを例にあげての教訓でしょう。梅爺は、喫煙を優先して、仕事を中断したりしますので、耳の痛い話です。一方、平穏であった江戸の街でも、泥棒や不審火を警戒していたことが分かります。

昔、仕事で種子島のロケット打ち上げセンターに出張した時、島の人が『夜鍵をかける家などありません』と、豪語していたことを思い出しました。世界中、種子島のような安全な場所であって欲しいと願いますが、残念ながら、そうはいきません。

大分前に、別に今やらなくても、後でやればよいという口実で、実行をサボろうとする人間の習性、『先送り癖(Procrastination)』に関してブログを書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/procrastination_e111.html

『先送り癖(Procrastination)』が蔓延すると、企業は困りますので、アメリカには、これを防ぐためのプログラムを売り込む、専門のコンサルタント会社があるくらいです。

『三べん廻って煙草にせう』には、『楽なことを優先しないで、やるべきことはすぐやりなさい』という教訓と、『重要なことは、手抜きをしないで念をいれなさい』という教訓の二つが含まれています。二つともごもっともな話ですが、ズボラな性分の梅爺には、なかなか『実行』できない難題です。しかし、どんな律儀な人でも、食事や睡眠に時間を割かないわけにはいかないことからも分かるように、『楽をする』ことは、英気快復(心身の癒しヒーリング)に必要な行為で、『楽をしたい』という気持ちを、一概に『悪いこと』とは決め付けられません。

とはいえ、『念には念をいれて、嫌なことでもちゃんとやっておけば安眠できる』ことや、『つらい努力の先に、大きな達成感と満足が待っている』ことを、私達は経験則で知っていますので、『楽をしたい』という気持ちを、一方的に『当然のことだ』と肯定するわけにもいきません。人間は、じつに厄介にできています。

梅爺は、会社のために、身を粉にして働いてきたのだから、老い先が見えてきた今は、少しくらいは『楽をしても良い』と勝手に自分で決めつけ、煙草をふかしながら『さて、次は何をやろうか』と思案しています。江戸いろはカルタの作者には、会わせる顔もありません。

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2008年11月 5日 (水)

紅葉の軽井沢に遊ぶ

P1000022 軽井沢雲場池の紅葉

10月28日から29日にかけて、軽井沢に一泊旅行をしました。

大学時代の男声合唱団仲間で、今もOB爺さん合唱団で一緒に歌っているUさんと奥様、同じ仲間であったWさん(残念ながら2年前に亡くなられました)の奥様、それに、梅爺夫婦と5人で出かけました。

W夫人が、会員制リゾートホテルのメンバーになっておられ、その特典を利用することで、普通なら、梅爺や梅婆には、不釣合いにも見える豪華ホテルに宿泊できました。そして、紅葉が始まっている軽井沢を、思う存分堪能することができました。

ホテルには各室自炊可能な施設があるということで、軽井沢のスーパーマーケット『ツルヤ』で、事前に食べ物やお酒を買い込み、夕刻から夜半まで、約6時間も、ホテルの部屋で『宴会』を催しました。

いずれも60歳を越えている面々ですから、過去に大病を克服されたUさん、W夫人はもとより、人生を振り返れば、誰も話題に窮することはなく、それに、亡くなったWさんの思い出話も随所に加わりますので、宴会は時に、しみじみとなり、時に笑い声がはじけて、大いに盛り上がりました。歳をとると、人の絆が人生で何よりも貴重なものであるということがよく分かります。

W夫人は、日中国交回復で多大な貢献をされた、著名な経済人、故岡崎嘉平太氏のご息女で、岡崎嘉平太氏については、以前にブログに書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_9dea.html

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_ed21.html

Wさんの突然の死に遭遇された、奥様の心境は、他人には到底理解できるものではありませんが、今も心の中のご主人を大切にされておられる様子が、鈍感な梅爺にも伝わってきて、時折胸がつまりました。ご主人が亡くなられた後に、お2人のお孫さんが誕生し、現在は忙しい毎日を送られておられることが、周囲の我々には何よりの慰めです。そのような中で、逆に、私達のために、今回のような配慮をして下さることにも頭が下がります。

軽井沢の観光名所『雲場池』の紅葉が、あまりにも見事だというので、滞在中2回も訪れました。自然が創り出す見事な配色、池の水面(みなも)に、絵の具を流したように映る美しい光景には、無条件に感動をしました。自然は時折、人間に大災害ももたらしますが、一方このような、感動も与えてくれます。死生観にも影響を与えるほどの、美しい自然に恵まれた国に住む日本人は、なんと幸せで、贅沢なのだろうと、あらためて感じました。

俗世間の経済不安などという嫌なニュースを一時忘れ、人の情けに触れ、美味しい食事や酒を楽しみ、美しい自然をゆっくり眺めるという、なんとも至福な2日間でした。

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2008年11月 4日 (火)

宮廷画家ゴヤは見た(2)

ゴヤが『見た』ものは、拷問で証拠をでっちあげ、異端尋問を行うカトリックの『宗教裁判』、宮廷、王族の浮世離れした生活、正義や愛国を旗印に繰り広げられる戦争などの、理不尽さと、その中に見え隠れする人間の醜い欲望です。この映画の主役は、ゴヤや、ゴヤが描いた『亡霊達』ではなく、これらは、物語の『狂言回し』として登場します。

主役は、異端尋問を行う側のカトリックの聖職者の一人と、美人であるだけの理由で彼の好色の餌食になり、15年間牢につながれることになる、豪商の娘です。

聖職者は、ゴヤに肖像画を描いてもらうために、アトリエを訪れ、偶然そこにあった豪商の娘の美しい肖像画に魅せられます。聖職者は、理由もなくこの娘を尋問に呼び出し、拷問の末に『ユダヤ教徒』であるという証拠をでっちあげて、彼女を牢につなぎます。聖職者は、牢の彼女にうまく近づき、妊娠させ、女の子を産ませます。一方、豪商は、娘を救い出すために、教会に多額な献金をしたりしますが、成功せず、ついに、聖職者を自分の家へおびき出し、逆に拷問にかけ、『自分はオランウータンとチンパンジーの間に生まれた私生児である』という突飛な告白書にサインをさせます。これによって聖職者は教会から『恥さらし』として追放されますが、フランスへ逃れ、革命に参加した後、今度はナポレオン軍の一員としてスペインに戻り、宗教裁判の関係者に復讐しようとします。しかし、イギリスと組んでスペインは、フランス軍を国外へ追いやり、元聖職者は、逮捕され、カトリックの裁判で死刑になります。この間、ナポレオン軍によって牢から解放された元富豪の娘(精神異常になる)や、彼女の産んだ娘(元聖職者との間の子供で、売春婦に身をやつす)などが、ドラマに絡みます。

なんともドロドロした物語(主役に関するドラマは多分フィクション)ですが、遠い昔の話ではなく、たった200年前に、人間社会に起こりえた話として、この映画は、現在にも通ずる『偽善がもたらす悲劇』の問題を提起しようとしたのであろうと、梅爺は感じました。

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2008年11月 3日 (月)

宮廷画家ゴヤは見た(1)

10月28日に、映画『宮廷画家ゴヤは見た』を観に、梅婆と新宿の映画館まで出かけました。なにやらセンセーショナルな日本語のタイトルですが、原題は英語で『Goya's Ghosts(ゴヤが描いた亡霊達)』であることを知りました。ゴヤは、いうまでもなく18世紀から19世紀にかけて活躍した、スペインの巨匠画家フランシスコ・デ・ゴヤのことです。

40歳を越して、ようやくスペイン最高の宮廷画家に登りつめたゴヤは、当時の画家としては『遅咲き』と言えるかもしれません。46歳で聴力を失ったため、彼の傑作とされている『カルロス4世一家の肖像』『着衣のマハ』『裸のマハ』『マドリード、1808年5月3日(銃殺の光景)』『巨人』などは、全て聴力を失った後の作品です。

ゴヤが現在でも『天才』とされるのは、類稀(たぐいまれ)な描写力、特に、モデルの『本性』までを画を観る人に想起させる、人間に対する鋭い観察力にあります。もともとの才能に加え、耳が聞こえないために、『見たものだけ』で、本質をとらえる能力が研ぎ澄まされていったのかもしれません。『カルロス4世一家の肖像』では、全員きらびやかに着飾ってはいますが、『カルロス4世』は、『人の良さそうな凡庸なオジサン』に、『王妃』は、『底意地の悪そうなオバサン』に、梅爺には見えます。宮廷画家なら、現在の街の写真館のカメラマンがお見合い写真や結婚写真を写す時に、『本物以上に』みせる『修正』を加えるようなことをやればよさそうなものですが、そういう『迎合』をしていないところが、ゴヤたる所以(ゆえん)です。

1807年に、スペインは、ナポレオン配下のフランスに攻め込まれ、動乱状態に入ります。ゴヤは、戦争の中でむき出しになる『人間の醜い側面』を、スケッチや銅版画(リソグラフ)で描くようになります。もともと、カトリック教会が、拷問などででっち上げた『証拠』をもとに、過酷な宗教裁判(異端尋問)を行っている時も、聖職者の偽善を示唆するような、スケッチや銅版画を作成していましたが、戦争体験で、彼の『人間描写』は一層鋭いものになっていきます。『Goya's Ghosts』の『Ghosts』は、彼の画に描かれた『亡霊のような人間達』のことで、デフォルメされ、簡潔なタッチで描かれた人間達からは、人間の『本性』が、写実的な画よりも強く観る人に伝わってきます。現代の『風刺漫画』にも似た技法ですが、ゴヤの表現力は天才的で、芸術の領域の達しています。

当然、彼の画は、スペインの自由主義者弾圧の対象になり、ゴヤは、フランスに亡命し、82歳で、波乱に富んだ人生に終止符を打ちました。

『高貴な人』『裕福な人』『偉い人』などは、人間社会のしくみが生み出した人種で、生まれつきの人間の属性ではありません。誰もが持つ『人間の醜い面』が、『権威』という『仮面』で、『高貴な人』『裕福な人』『偉い人』の中に現れる『矛盾』を、ゴヤは真面目な性格の故に、寛容に見過ごせなかったのでしょう。梅爺のように、『しようがない』と、直ぐに妥協してしまう人間とは大違いです。

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2008年11月 2日 (日)

キリストと奇跡(2)

世の中の事象には、全て『因果関係』がある、と考える人にとっては、『奇跡』は受け容れがたいことになります。『火のないところに煙が立った』と言っていることに等しいからです。従って『奇跡は存在しない』と考えるか、もしくは『奇跡に見えるものの奥に、実は、まだ我々が知らない因果関係が隠れているのかもしれない』と考えることになります。こういう人に、『神のみが奇跡を起こせる』と説明しても、『因果関係』として納得させることにはなりません。

しかし、キリスト教の教義にとっては、『奇跡』は、特別の意味を持っています。キリストが『神の子』であることの『証(あかし)』として語られているからです。勿論、『奇跡』は、『神のみがなせる業』という前提を認めた上でのことです。この前提を認めない人が、一般的な『因果関係』で、『奇跡』の有無を論じてみても、お互いに噛み合わないのは当然です。

キリスト教を信ずる人は、原点が『神』を受け容れる姿勢ですので、『奇跡』を受け容れることも当然ということになります。もし、『奇跡』に疑念を持てば、論理的には『神』や『神の子』の存在に疑念を持つことになりますので、矛盾をきたします。従って、本来キリスト教を信ずる人には、『奇跡は本当か』などと議論すること自体があまり意味のないことではないでしょうか。

そのように考えると、BBCの放送で、カトリック信者の奇術師に、『もし奇跡でないとすれば』という前提で真相として可能性のあるものを追求させたのは、不自然なことのように感じました。『信者』と『奇跡への疑念』の組み合わせは、迫力を欠くに決まっているからです。

宗教は、現実の世界とは異なった世界へ人を誘い、現実の世界では得られない『心の安らぎ』や『生きることの意味』を見出す手助けをします。『信仰』は、人の精神活動の一つで、現実世界のご利益(りやく)を求めるものではないように思います。従って、『信仰』の意義とは無関係に、『奇跡』を現実世界の論理や言葉で検証することは、『信仰』を持つ人にとっては、繰り返しになりますが、どうでもよいことなのではないでしょうか。

しかし、『信仰』を持たない人が、『奇跡』を、世の中の事象の一つとしてとらえ、本当にありえるのかと、現実世界の論理で追求するのも、もっともな話です。単純に『真相を知りたい』という願望は、人間の本能の一つであり、誰もこれを禁ずることはできません。

しかし、残念ながら、人類の獲得している知識は有限ですから、現状の有限の知識の範囲で論理的な説明がつかいないものを『奇跡』とするなら、世の中には『奇跡』のタネはいくらでもあるように思います。現代人の我々には、『飛行機』や『テレビ』は『奇跡』ではありませんが、科学知識を持たない未開人には『奇跡』に見えるにちがいありません。人は、誰も『奇跡』を、『信じる、信じたい』『信じない、信じたくない』という矛盾した『気持ち』を持っていて、自分の置かれた環境に応じて、都合よく使い分けているのではないでしょうか。従って、世の中のある事象に対して、『信ずる人』と『信じない人』の両方が存在することは、当然のような気がします。

BBCの番組は、中途半端に『キリスト教』と『奇跡』を関連付けて紹介していて、観る人に『結論』があるように期待させながら、『結論』を避けているわけですから、キリスト教を『信ずる人』も『信じない人』も、どちらも釈然としない内容になってしまっているように感じました。

『情』で『信ずる』という話と、『理』で『論証する』という話は、人間にとって同次元の話ではない、ということではないでしょうか。

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2008年11月 1日 (土)

キリストと奇跡(1)

BS朝日というテレビチャンネルに、『地球伝説』というイギリスBBC放送が制作したドキュメンタリー番組があり、面白そうな内容は録画して観るようにしています。

『キリストの身辺に起きた奇跡を検証する』という内容の番組が三日連続で放送され、梅爺が知らない情報があるのかもしれないと、大いに期待して観ました。結論を先に申し上げれば、『期待はずれ』で、特段あたらしい情報を手に入れることはできませんでした。

考えてみれば、イギリスの公共放送であるBBCが、『奇跡は本当に起きた』とか『奇跡は無かった』とか、言い切ることは難しく、『奇跡を信ずる人』と『奇跡を信じない人』の双方に、判断の材料らしいものを提供して、『判断はあなた自身でどうぞ』と、投げ出すのは、当然のことかもしれません。

この番組で取り上げられた『奇跡』は、布教を開始した成人のキリストに関して聖書に記されているもので、『キリストの説話を聴こうと集まった大群衆に、一個のパンと一匹の魚を、無数のパンと魚に増やしてふるまった話』『ガリラヤ湖を弟子達と舟で航行中に嵐に遭遇し、これを鎮めた話』『布教の途中婚礼の席に招かれ、水を赤ぶどう酒にかえた話』『目の見えない人を見えるようにした話』『悪魔に取り付かれ錯乱状態の人に、悪魔祓いを行った話』『十字架にかけられ一度死んだ後、復活した話』でした。

今回は、取り上げられませんでしたが、幼少時に、『死んだ子供を蘇らせた話』『土で作った鳥の人形を、本当の鳥にかえた話』なども伝えられています。そもそも、生誕に関する『処女マリアの受胎』も大きな『奇跡』の一つにちがいありません。

番組では、アメリカの若い奇術師(カトリック信者)が、『奇跡』が起きたとされる場所を実際に訪ねて、『奇跡』とされているものが、本当は『奇跡』でなかったとしたら、どんなことが考えられるのかを模索する形式を採用しています。西欧人らしい論理分析で、『トリックが可能か』『聖書の著者が、架空の作り話を捏造したということは考えられるか』『実際に起きたことが、形をかえて伝えられている可能性はないか』を調べようとします。

奇術師以外にも、心理学者や聖書研究家が登場して、『あーだ、こーだ』ともっともらしい話をするのですが、当然のことながら、誰も『断定』はしませんので、検証にはならず、結局『奇跡ではなかった』とは言えないことになり、間接的に『奇跡は否定できない』ということを匂わせる形で番組は終わりました。

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