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2008年8月31日 (日)

木田元先生の『反哲学入門』(5)

プラトンの、『超自然的原理』が自然を作り、動かしているという基本的な考え方が、ヨーロッパの歴史の『設計図』に組み込まれているのに対して、日本人の自然観は、自然は自ずと『成る』ものと観ていると、木田先生は語っておられます。自然界にあるものは、全て誕生し(成り)、そして、無に帰っていく(死す)ものと考え、人である自分も、その自然界の一員として『例外ではない』ことを、疑わずに受け容れていると言えます。『諸行無常』『盛者必衰(しょうじゃひっすい)』『色は匂えど散りぬるを』などは、日本人の心の原点で、だからこそ、華やかに咲いて、すぐ散る桜を、自然の『典型例』と考え、自分の運命に投影して、愛(め)でることになります。

『神が天地を創造した』などと言われると、『天地』は何か無機質な材料で造られたように感じますが、日本人は、天地(あめつち)を、有機的な生命体のようにとらえているように梅爺は感じます。日本人が、『万物に神が宿る』と考えるのは、このためで、このときの『神』は、ヨーロッパの『超自然的絶対神』とは、決定的に異なります。日本の『神』は自然そのものに、一体となって溶け込んでいます。梅爺には、『絶対神』が、洗練された考えで、日本の『八百万の神々』は、土俗的で、低級な考え方であるとは、到底思えません。

日本の『お化け』は、この世にあった時の『恨みつらみ』を言うために、現れたりすることになっていますが、決して、エジプトのファラオの蘇りや、キリストの復活のように、再びこの世を、支配したり、治めたり、審判するために、現れたりはしません。日本人が、死者の霊に対して、祈り、祀(まつ)るのは、『この世のことは、忘れて、平穏にそちら(あの世)でじっとしていてください』とお願いしているだけで、この世の人も、死者の霊自身も、蘇って、再びこの世で権力をふるうことが可能であるなどとは、信じていないように、梅爺は感じます。

これほど、基本的な考え方が異なっている日本人が、ヨーロッパの『哲学』が『分からない』のは、至極当然で、『自分も日本人なので分からない』と、木田先生のような大哲学者に言っていただけると、梅爺は、すっかり、安堵してしまいます。

しかし、くどいようですが、木田先生の『分からない』と、梅爺の『分からない』とには、『雲泥の差』がありますので、誤解されないようにお願いします。

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2008年8月30日 (土)

木田元先生の『反哲学入門』(4)

何かが『存在』しているとすれば、『何故存在するようになったのか』という理由(原点)があるであろうと、理性でものを考える人は、誰でも思いつきます。

現代科学でも、『宇宙のはじまり』はビッグ・バン説が有力ですが、全てが解明されていませんし、『地球上の生命のはじまり』にいたっては、いくつかの『仮説』はありますが、ほとんど分かっていないとも言えるような状態です。

『存在のはじまり』を、哲学的に観ると、『造る』『産む』『成る』という三つの視点があると、木田先生は書いておられます。『造る』と『産む』は似ているように梅爺にはみえますが、『造ったものと、造られたもの』と『産んだものと、産まれでてきたもの』の関係を考えると、『産む』の方は、親子関係が思い浮かび、親と子は『同質なもの』の感じを受けますが、『造る』の方は、刀鍛冶が日本刀を造る、といったように、造り主と造られたものは、異質なものであってもかまわないというようなニュアンスの差を感じます。しかし、両者とも、『造り主は何故存在したのか』『産む母体は何故存在したのか』と話が堂々巡りになりかねません。そこで、追求を打ち止めにするために、『絶対的な創造主』、『絶対的な母体』という概念持ち出されることになります。この『問答無用に追求を打ち切る』姿勢を、『科学』はもっとも嫌い、承服しませんので、『哲学と科学』『宗教と科学』は、歴史的に対立を続けてきました。哲学と宗教は、科学と矛盾しないことを立証しようとした、哲学者や神学者は、いますが、『成功している』ようには、梅爺には見えません。

一方、『成る』は、『自ずと成る』という想像を絶する摩訶不思議な話で、『無』から『有』が忽然と現れるイメージですから、『とにかく成ったのだ』と言われてしまえば、それ以上の追求はできなくなります。

西欧哲学の基礎をつくったのは、ギリシャのプラトンで、根本の考え方は『造る』という視点によっていると、木田先生は、説明してくださっています。自然の全ては、自然を超越した『イデア』が造りだすものと論じ、この『超自然的原理』思想は、その後キリスト教では『神』と名前を変えることになります。

この『超自然的原理』を、自然の外に設定する考え方が、日本人の古来からの自然観(『成る』という考え方)とは、相容れないために、日本人は、『哲学』が『分からない』のだと、木田先生は述べておられます。

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2008年8月29日 (金)

木田元先生の『反哲学入門』(3)

哲学は、煎じ詰めて言えば『存在とは何か』を追求する学問であるという程度の知識は、梅爺も持ち合わせていました。確かに、こんな疑問を持たなくても、人は生きていけますから、哲学は、社会生活に役立たないと言えそうです。

哲学が、ギリシャ時代に始まり、現在もまだ議論が繰り返されているところを見ると、科学法則のような、多くの人が納得して受け容れる『決定的な解が未だに見つかっていない』ということではないでしょうか。時代時代で、諸説が生まれ、またその批判をベースに新説が生まれるということが繰り返されてきました。この過程で、『考え方が深まった』とはいえますが、未だに『結論』に達しないということは、今後も『結論』は出ないことを予感させますので、現実的な人は、そんなことを考えても時間の無駄と感じてしまうに違いありません。

しかし、梅爺のような、問題に対してどのように『思考するか』や、その思考のベースになる『論理』に興味のある人間にとっては、『面白そうな世界』に見えます。『結論』があって、それに到達できるのかどうかは、あまり興味の対象ではありません。

哲学を分かり難いものにしてしまっているのは、『哲学』という名前をはじめ、使われる専門用語を見たり聞いたりしただけで、拒否反応を示したくなるからではないでしょうか。木田先生は、近世ヨーロッパの哲学者が大学の教授を兼任するようになって、用語の難しさが増したと書いておられます。特殊な、仲間内だけで通用する言葉を定義して使うわけですから、この定義を理解していない人には、チンプンカンプンになるのは避けられません。普通の人は、カントの『純粋理性批判』という本のタイトルを見て、何のことかは想像もできませんから、ここで逃げ出したくなります。分かっている振りをする人が、大学で講義をしたり、原書の翻訳をしたりするので、そういう人たちの講義を聴いたり、翻訳書を読んだりすると、『一層分からなくなる』と木田先生は、述べておられます。木田先生も、職業柄分かった振りをしてきたけれども、50歳を越えたころから、『わからない』ことは『わからない』と言うようになったと書いておられます。勿論、木田先生の『わからない』は、梅爺の『わからない』とは同じではありません。

哲学のギリシャ語に当たる言葉は、『知を愛する』という意味なので、『愛知学』とでも命名すれば、まだ、分かりやすかったかもしれないと木田先生は書いておられますが、たとえ名前を変えてみても、何故『存在とは何か』などという問いを発する必要があるのかが、日本人には、『わからない』原因のように思います。ここで、先生は『わからない』ことは恥ずかしいことでもなんでもなく、日本人の自然観を考えれば当然のことだいってくださるので、梅爺のような人間は、ホッとすることになります。

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2008年8月28日 (木)

木田元先生の『反哲学入門』(2)

木田元先生の『反哲学入門』は、出版社である新潮社の編集者が、口頭で『質問』をし、それに先生が口頭で『答えた』内容を録音し、書き起こしたものに、先生が添削するという方法でまとめられた本です。

従って、『難解な文章を読む』という感じは一切無く、まるで、先生が梅爺のために、目の前で淡々と易しくお話してくださっているような印象を受けます。偉い先生を独り占めしているようで、なんとも嬉しい気持ちになります。

第一章の中にある『哲学という麻薬』の項で、先生は以下のように語っておられます。これをお読みいただければ、梅爺が、先生を無条件で受け容れてしまう理由がお分かりいただけるだろうと思います。

「哲学」についてのわたしの考え方は、かなり変わっているかもしれません。わたしはどうも「哲学」というものを肯定的なものとして受けとることができないのです。社会生活ではなんの役にもたたない、これは認めなければならないと思います。しかし、それにもかかわらず、百人に一人か、二百人に一人か、あるいは千人に一人か割合はっきりしませんが、哲学というものに心惹かれて、そこから離れることができない人間がいるのです。わたしもそうでした。答が出そうもないようなことにしか興味がもてないのです。(中略)だから、人に哲学をすすめることなど、麻薬をすすめるに等しいふるまいだと思っています。しかし、哲学という病にとり憑かれた人は、もうしかたがありませんから、せめてそういう人たちを少しでも楽に往生させてやろう、哲学に導き入れてやろうと、そんなふうに考えて本を書いているのです。わたしの書く入門書は、同じような不幸を抱える人を読者に想定して書いています。同病相憐れむですね。「子どものための哲学」なんて、とんでもない話です。無垢な子どもに、わざわざ哲学の存在を教える必要はありません。哲学なんて関係のない、健康な人生がいいですね。

この本を読めば、先生が幅広い読者を獲得するための『むこううけ』を狙い、媚びてこのようなことをいっておられるのではないことが、分かります。幸い今まで『哲学病』に犯されずにきた梅爺ですが、梅爺閑話を読まれれば、犯されやすい体質であることはご想像のとおりで、その自覚もあります。

人間の歴史に沿って、哲学を大局的に理解する本として、梅爺同様の『哲学病にかかりやすい体質の方』には、最高の入門書と言えます。

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2008年8月27日 (水)

木田元先生の『反哲学入門』(1)

だいぶ前に、読売新聞に、哲学者(中央大学名誉教授)木田元(きだげん)先生のインタビューが掲載されていて、ご自身の著書『反哲学入門』について語っておられるのを読み、『こりゃ、面白そうだ』と直ぐに近所の書店へ出向きましたが、そこそこの規模の書店には、置いてあるような本ではないらしく、購入することができずに、気になっていました。

インターネットで購入しようかなとも考えましたが、たまたま所用で都心に出る機会があり、東京駅丸の内のビル内にある『丸善』に立ち寄って、購入することができました。『丸善』には、売り場の各所に、客が検索できるようにパソコンが配置されていて、著者名や書名で検索すれば、在庫の有無が即座に分かるようになっていて、大変便利です。さすが、大規模書店です。

梅爺は、もともと『哲学』に興味があったわけではなく、従って、関連する書籍を読み漁ってきたという経験はありません。むしろ、自分には理解できない『縁遠い世界』であると、食わず嫌いで遠ざけてきました。それでも、ギリシャ哲学や、その後の著名な哲学者の名前くらいは、知っていて、その上『ゾフィーの世界』などという哲学をあつかった小説なども読んだことがありますので、断片的な知識は持ち合わせているとはいえますが、『哲学』を体系的に理解しているとはとても言えない、『ズブの素人』に属する人間です。

それが、何故『哲学』の本を読もうと思いついたのかの理由は簡単で、新聞のインタビューに答えておられる木田先生の飾らない『語り口』が、魅力的であったからです。福岡伸一氏のテレビ・インタビューを観ただけで、人柄に惹かれ、本を買いに走ったのと同じ心理です。タイトルより、著者の人柄に惹かれて本を購入した方が、『当たる確率が高い』という、梅爺の経験則です。

それでなくても、しち面倒くさい『梅爺閑話』が、今度は『哲学』を論ずるのか、勘弁して欲しい、などとおっしゃらずに、お付き合いください。勿論、梅爺がいまさら『哲学』の講釈などをするつもりはなく、いつものとおりの梅爺自身の、自由気ままな『心象』を書くだけです。

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2008年8月26日 (火)

『キリスト 三つの名画の謎』(7)

フランチェスカの『キリストの復活』は、中央に大きく描かれた復活したキリストと下方の、遺体を盗難から守ろうとするローマ兵達に分かれます。面白いことに、ローマ兵達は、この画を観る人が下から見上げることを想定した見事な『遠近法』で描かれているのに対して、キリストは平面的に描かれていることです。フランチェスカは、人物描写に『遠近法』を導入した最初の画家といわれていますので、キリストをわざと平面的に描いたとしか思えません。

下から眺めるキリストでは、『鼻の穴』まで書かなければならないので、避けたのであろうとも言われていますが、平面的であるが故に、観る人は、キリストと眼が合い、感動すると言われています。

ローマ兵達は、『キリストの復活』に気付かず、眠りこけているのも、『宗教的な寓意』を表現しています。多くの人は『神の威光』を知らずに生きているということで、『求めよ、さらば与えられん』という教義につながっていきます。

第二次世界大戦の時に、サンセポリクロを攻撃したイギリス軍の司令官が、この町に世界的な名画があることを本で読んで知っていたために、砲撃中止命令を出し、この画は救われたという逸話が有名です。

名画が戦争を止めた、という話として有名で、サンセポリクロの人たちは、司令官の功績を称え、『クラーク通り』という彼の名前を冠した場所をつくりました。私達も、京都、奈良が戦火からまぬがれた背景には、アメリカの知識人たちの努力があったことを知っています。しかし、歴史的文化遺産を守る話と、広島、長崎に原爆を落とす話が、『同じ国』によって行われたということが、政治の世界の『非一貫性』を如実にあらわしているようで、やりきれない気持ちになります。人間は時に『優しく』、時に『獰猛』になるものです。

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2008年8月25日 (月)

『キリスト 三つの名画の謎』(6)

Photo 三つ目の名画は、イタリアのルネサンス期の画家、ピエロ・デラ・フランチェスカの『キリストの復活』です。

彼の出身地サンセポルクロの役所(現在は市立美術館)の壁に、フレスコ画の手法で描かれたものです。

フランチェスカは、大変な理論家で、遠近法などの手法に関する本も残しています。

『キリストの復活』は、画家にとって、非常に難しいテーマでした。なぜならば、聖書には、『復活』の光景を具体的に記述した部分がなく、『処刑の三日後、遺体が安置されていた岩屋を訪れたら、遺体がなくなっていた。(従って復活されたにちがいない)』というような、間接的な表現でしか書かれていないからです。

前にブログで紹介した小説『Sign of the Cross』では、『キリストの復活』は、時のローマ皇帝がポンティオ・ピラトに命じて、実行させた『演出』であるという仮説で展開されます。救世主(メサイア)の出現を待ち望み、ローマに反抗的なユダヤ人に、キリストを『神の子』として受け容れさせた方が、ローマ帝国にとって政治的・経済的に有利であるという策略であったという想定です。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/sign_of_the_cro.html

また、初期キリスト教の一派であったグノスティック派では、マグダラのマリアが、キリストの遺体と対面した時に、『光として神の存在』を感じ、その後、彼女はキリストの遺体を伴って、南フランスへ逃れ、布教を開始したとされていますので、『肉体の復活』は教義にはなっていません。当然、ローマン・カトリックはその後グノスティック派に過酷な弾圧を加えました。最近まで、マグダラのマリアは『娼婦』であったと、いわれなき主張をしていたのもそのためと言われています。

『王が死後に復活する』という思想は、古代エジプトの信仰の中心でしたので、ローマン・カトリックが、この思想を利用し、『神の奇跡』として『キリストの復活』の話を作り上げた、という主張は、それなりに説得力があるように感じます。

『死後の復活』は、多くの人の願望でもありますが、『神の奇跡』でしかそれは実現しないということですので、理性による論理的、科学的な説明は、あまり意味が無いように思います。結局、信ずるか、信じないかの立場の選択を迫られるだけの話ではないでしょうか。

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2008年8月24日 (日)

『キリスト 三つの名画の謎』(5)

ダリは、20世紀を代表するスペインの画家で、『夢の光景』をシュール・リアリズムの手法で描くことで有名です。パリの画壇で先ず名を馳せますが、作品ばかりでなく、言動が『神を冒涜するもの』とみなされ、宗教界の顰蹙を買いました。その後、移り住んだアメリカから、フランコ将軍統治のスペインへ帰国するにあたり、『カトリック教徒』に改宗しました。そうすることが入国(帰国の許可)の条件であったからです。

科学や数学から、『影響を受けた』と言われていますが、梅爺の見るところ、ダリが科学や数学を本当に理解していたとは到底思えません。『原子核の構造』などに興味を示し、画のモチーフに採用していますが、『勝手な解釈』に過ぎないように見えます。日本に原爆が投下されたことに衝撃を受けたといわれていますが、非人道的な行為に衝撃を受けたのではなく、『科学の成果』に衝撃を受けたのではないかと思います。

ダリはテレビのインタビューに応えて『神は信ずるが、信仰は持っていない』と正直に語っています。ここでの『神』は、ダリが勝手に解釈した『科学の真髄に宿るもの』という程度の意味なのでしょう。生半可な知識と勝手な解釈で、『分かったように、自信たっぷりに振舞う人』はどこにもいますが、ダリもその部類に入るのではないかと思います。しかし、ダリの作品が芸術として観る人の情念を揺さぶるかどうかは、ダリの人柄とは無関係な話です。

そういうダリが、何故、『十字架のキリスト』を描いたのかは、興味のある話ですが、『誰も思いつかなかった奇抜な画』で世間をあっと言わせたかっただけかもしれません。このキリストは、茨の冠もかぶっていませんし、身体のどこにも傷などを負っていません。

この画は、現在スコットランドのグラスゴー美術館にあります。購入価格が高いということで市民の猛反対があったようですが、観光客のお目当てのひとつになって、今ではグラスゴーの観光収入源になっているという皮肉な結果になっています。購入はビジネスとしては成功であったと言えるでしょう。

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2008年8月23日 (土)

『キリスト 三つの名画の謎』(4)

D105posters_2  サルバドール・ダリの『十字架のヨハネのキリスト』が2番目に紹介されました。最初、梅爺は『十字架のヨハネのキリスト』というタイトルの意味が理解できませんでした。『十字架のキリスト』なら分かりますが、どうして『ヨハネ』が登場するのかが解せなかったからです。番組を観て、これは『「十字架のヨハネ」の「キリスト」』だとわかりました。中世に『ヨハネ』という修道僧が、夢で十字架にかけられているキリストの光景を見て、その内容をスケッチとして残したのですが、そのスケッチは、斜め後方の上方から十字架を見下ろしている構図になっていることで、話題になり、以降この修道僧は『十字架のヨハネ』と呼ばれるようになりました。普通、十字架のキリストの画は、下から眺める視点で描かれるのが『常識』であったので、この奇抜な構図が話題になったのでしょう。

従って、『十字架のヨハネのキリスト』というタイトルは、ダリが、『十字架のヨハネ』のスケッチを見て触発され、彼なりの新しい解釈で、この画を描いたという意味であることがわかりました。『「十字架のヨハネ」が夢で見た「十字架のキリスト」』という、ややこしい論理構造が『正解』となります。梅爺が『十字架のヨハネ』という修道僧と、その有名な夢について知識を持ち合わせていなかったこともありますが、この日本語のタイトルは少し不親切であるように感じます。

従来誰も思いつかなかった視点で『十字架上のキリスト』が描かれていることに、鑑賞者は驚きます。ダリは、肉体美を誇るハリウッド映画の若いスタントマンをモデルに撮影した写真をもとに、この画を描いたことが分かっています。下方の地上の絵は、彼が住んでいたスペインの海辺の町の光景で、画全体の縦横比や、逆三角形の十字架の配置について、ダリは緻密な『計算』を行ったとも伝えられています。

『キリスト(神)が、いつも見守ってくださっている』ことを表現した素晴らしい画であるという、高い評価を与える人がいるかと思えば、『ラスベガスのショーほどの価値もない』と芸術価値を全く認めない人もいるというように、評価が分かれる作品です。

この画の価値を認めない人たちの多くは、ダリの『神を冒涜するような言動』が気に入らないからではないかと、梅爺は感じました。

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2008年8月22日 (金)

『キリスト 三つの名画の謎』(3)

ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を、虚心坦懐にながめてみると、確かに、『謎めいた表現』がいくつかあることに気づきます。大きな議論の対象になっているのは、キリストの右隣の人物で(画では向かって左側)、他の弟子達と異なり、極めて『女性的』に描かれていることと、一人だけキリストと同じ色の着衣をまとっていることです(昨日添付した画は不鮮明ですが実際に復元された画では、鮮明です)。単純に画のバランスをとるためとも考えられますが、『特別のメッセージ』が込められているようにも見えます。

この人物は、キリストの寵愛を受けた若いヨハネとされていますので、『美男子』として描いたというのが通説ですが、顔の表情が、ダ・ヴィンチの他の名画『岩窟のマリア』の、マリアの顔と類似しており、『同じモデル』が使われているらしいことが、最近判明しました。『最後の晩餐』のヨハネは男性にせよ、何故かダ・ヴィンチは女性のモデルを利用した可能性は高そうです。

最近世界中で話題になった、ダン・ブラウンの小説『ダ・ヴィンチ・コード』では、この人物は、マグダラのマリアで、キリストの妻であったということになっています。

梅爺が、前にブログで紹介したザビエル・シエラの小説『Secret Supper』でも、マグダラのマリア説が採用され、キリストの死後、マグダラのマリアとヨハネが中心に布教した、グノスティック派の教義を、ダ・ヴィンチが本心では支持していた、という設定になっています。グノスティックは、ローマン・カトリックからは異端として弾圧された教義ですので、命がけで秘密裏に表現したという想定です。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/secret_supper1.html

もう一つの謎は、ペテロ(ヨハネの向かって左隣)が短剣を隠し持っているように描かれていることです。『裏切り者』を殺そうとしているともとれますが、寵愛をうけるヨハネ(またはマグダラのマリア)を妬んで、殺そうとしているのだという説まであります。とにかく、晩餐の席にはふさわしくない光景です。

今となっては、ダ・ヴィンチの本心は、想像するしかありませんが、そのような議論を抜きにして、この画は、人類が保有する名画の一つであることには変わりがありません。

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2008年8月21日 (木)

『キリスト 三つの名画の謎』(2)

Photo_2『最後の晩餐』を描いた聖画は他にもありますが、 ミラノのサンタマリア・デル・グラチィエ教会(修道院)の食堂の壁に描かれたダ・ヴィンチの作品が有名です。壁画は、フレスコ画の手法で、漆喰が乾かないうちに描くのが普通ですが、この画は、じっくり描きたいというダ・ヴィンチの意図で、乾いた白壁に、油絵の手法で描いたために、完成直後から湿気などの影響で、損傷が始まったと伝えられています。そのため、ダ・ヴィンチを含め後代の画家が、『上塗り修復』を重ねてきたために、『原画』が埋もれてしまっていましたが、20世紀の後半から、科学的手法を駆使して、根気良く『上塗り部分』だけをはがす作業が続けられ、最近ようやく『原画』が再現されました。勿論、修復ができない欠落部分もあり、色も、当時の鮮やかさが再現されたわけではありません。梅爺は、修復作業中に、この画を現地で観たことがあります。

それでも、誰もが認めるように、この画は、それまでの宗教画の常識を破る画期的なものであることは明白です。キリストが『この中から裏切り者が出る』と語った直後の、弟子達の『驚きと動揺』の様子が、まるで劇の一場面をみるように、見事に表現されています。一人一人の弟子の、性格やそのとき台詞(せりふ)さえも想像できるようなリアルなものですから、当時この画を観た人たちの驚きは、大変なものであったでしょう。『裏切り者ユダ』(左から3番目)は、一人だけ別に、テーブルの手前に配置して描くのが従来の聖画のパターンでしたが、ダ・ヴィンチは、他の弟子達と同等に横並びで描いています。

この画を描くように命じたミラノ候、ルドヴィコ・スフォルツァは、ただ権力と財力を誇示したかっただけと言われていますので、はやく完成せよと催促を繰り返しましたが、ダ・ヴィンチは3年の歳月をかけたと伝えられています。スポンサーの反感をかわない内容に見せかけて、才人のダ・ヴィンチがこの画に、『自分の思い』を注入したであろうことは、想像に難くありません。

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2008年8月20日 (水)

『キリスト 三つの名画の謎』(1)

BS朝日で放送された、イギリスBBC制作の『キリスト 3つの名画の謎』というドキュメンタリー番組を録画しておき観ました。

取り上げられた3つの名画は以下です。

レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』
サルバドーレ・ダリの『十字架のヨハネのキリスト』
ピエロ・デル・フランチェスカの『キリストの復活』

宗教的な内容を、公共放送で紹介するには、偏ったものにならないような配慮が必要で、さすがにBBCはいきとどいていると感じながら観ました。ヨーロッパには、キリスト教以外の信者もいますが、大半の人たちは、キリスト教の信者であるかどうかを問わず、子供の頃から、ごく自然に『キリスト教文化』の中で育っていますので、日本人が、仏教徒かどうかを問わず、仏像を自然に受け容れるように、『聖画』を受け容れるのではないかと感じました。

いずれの画にも、当然ながら画家の『思い』や『計算』が込められていますが、3人3様で、画家本人が必ずしも敬虔なキリスト教信者ではない場合もあることに興味を惹かれました。3人のうち、本当に信仰をベースに描いたのは、フランチェスカだけではないかと思います。ダリにいたっては、本人も『神は信ずるが、信仰はもっていない』と公言していたとおり、形だけのカトリック信者であったことが分かっています。

画家の思惑がどうであれ、作品は、観る人の心にメッセージを送る力を秘めており、そうであるが故に、一般的に『名画』として多くの人々に受け容れられてきたのでしょう。仏師が本当に仏教に帰依していたのか、宗教曲の作曲家が、本当にキリスト教に帰依していたのかとは、関係無しに、その作品が、普通の人の心にまで迫る力を有しているのと、同じ話であると感じました。芸術は、人の情念を動かしますが、それを、多くの宗教がうまく利用してきたとも言えます。

ただ、画は、聴覚に訴える音楽と異なり、視覚を利用した『具象的な表現』ですので、分かり易さがある反面、『誤解』を与える可能性も高いことになります。ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』の解釈をめぐって、論争が絶えないことは有名ですし、ダリの『十字架のヨハネのキリスト』にいたっては、絶賛する人と、『神を冒涜するもの』だと断ずる人に極端に分かれています。

いずれにしても、観る人が、主観的にどう『感ずる』かだけが重要で、『このように解釈すべし』と他人に強要するものではないと、梅爺は感じました。芸術と宗教が、同居しているからややこしいだけで、宗教抜きに芸術として観れば、『色々な感じ方』があるのは、むしろ当然ということになります。

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2008年8月19日 (火)

文をやるにも書く手を持たぬ

江戸いろはカルタの『ふ』、『文をやるにも書く手をもたぬ』の話です。

江戸時代の日本人の文盲率が、どのくらいであったのかは、梅爺は知りません。従って、『手紙を出したくても、文字が書けない』人が、身近にかなり沢山存在する社会であったのか、それとも、珍しい存在であったのかは分かりません。この諺には、貧しい農村で育ち、廓に身を売った遊女が、恋しい男に恋文を出したくても、文字が書けない、という悲しい背景があると言われています。

人は、文字を創りだしたとほぼ同時に、『手紙』というコミニュケーションの手段を発明したのではないでしょうか。『一筆啓上、火の用心、おせん泣かすな、馬肥やせ』などと要件を簡潔に伝える目的のほかに、自分の『思いを伝える』という『恋文』は、抽象概念を伝えるという意味で、人間ならではの特異な形態といえます。昨年旅行したトルコの博物館に、焼き物の粘土板に楔形文字(きっけいもじ)で残されたシュメール時代の『恋文』が陳列してありました。

何をするにも、最低限の素養は必要だという話ならば、何時の時代にも共通な話で、『ドライブしたくも運転できぬ』とか『ブログ書こうにもパソコン知らぬ』とか、いくらでも言い換えがききます。期待や希望だけでは、前に進まないことは明らかです。

こういう人の弱みに付け込んで、『アホでも分かる○○』とか『サルでも分かる○○』とかいう類のハウトゥ(How to)本や、『直ぐにも話せる英会話』などという怪しげな本が、書店の書棚に並ぶことになります。

しかし、残念ながらしかるべき事を成し遂げようと思うと、しかるべき深い素養が要求されるのが通常で、素養の習得には、時間や努力や、時としてお金がかかることになります。

楽をして成果が得られるのであれば、それにこしたことはありませんが、梅爺は、今までそのような『うまい話』に遭遇したことは、あまりありませんので、世の中は、そうはできていないと感じています。

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2008年8月18日 (月)

山折哲雄氏のメッセージ(5)

山折氏は、日本の歴史に、『平安時代』『江戸時代』と、必ずしも軍事力を背景に維持したとは言えない、『永い平和な時代』があったことを、評価すべきであると述べておられます。つまり、日本人は、基本的に『平和を愛好する民族の資質をもっている』というご指摘です。外国にも『ローマの平和』などという一見、平穏に見える時代がありましたが、それらは、軍事力で維持したものですので、『日本の平和』とは異なっているという見方です。

梅爺は、日本で比較的長い平和な時代が維持できたのは、島国である地形などの恩恵があったからで、必ずしも、『日本人は平和愛好民族、外国人は好戦的民族』であるとは、思いません。人間は誰も『平和愛好家であると同時に好戦的である』という矛盾した存在であり、日本人だけが例外とは思えません。しかし、『平安時代』『江戸時代』があったことは『事実』で、これは誇らしいことであるという意見には異論がありません。

山折氏の、『百年後の日本人へのメッセージ』は、『日本人の価値観の尺度を世界の土俵に持ち出して、平和維持に貢献して欲しい』というような内容でした。

梅爺も、仕事の現役時代には、外国人と議論や交渉をしましたが、彼らが自分達の『価値尺度』だけが正しいという前提で、迫ってくることに何度も閉口した経験がありますから、山折氏が、おっしゃりたいことは、良く理解できます。

日本人には『西欧コンプレックス』があり、彼らの尺度が正しく、自分達は間違っていると直ぐ、認めがちですが、そのようなことはないと考えています。ただ、梅爺が苦労したのは、『日本的な価値観』を、正しく外国語で表現して、外国人の理解を得ることでした。自分に、もっと語学力があればと、悔しく思ったことが何度もありました。

『世界の土俵に、日本の価値観を持ち出す』ことには、賛成ですが、そのためには、多くの日本人が、外国の価値観も理解し、更に対等に議論できる語学能力を保有する必要があります。日本人同士が、日本語で、『このメッセージは正しい』などと、認め合っているだけでは、何も起こりません。山折氏のメッセージを実現できる日本人が、100年後には、格段に増えていることを望むばかりです。

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2008年8月17日 (日)

山折哲雄氏のメッセージ(4)

山折氏は、宮沢賢治の『ジェネラリスト』の側面を、これからの時代の重要な資質として挙げておられます。

宮沢賢治は、文学者(詩人、童話作家など)として有名ですが、その他にも、農学者、教育者、音楽家(チェロ奏者)、宗教家(色々な宗教を遍歴)と多彩な側面を持った人物です。どの分野も、あるレベル以上とは言え、『超一流』とまでは言えないという見方も成り立ちます。しかし、宮沢賢治タイプの人間は、ダメだということにはなりません。

山折氏は、『ある分野だけに秀でる』という『スペシャリスト』の資質を、勿論否定はしていませんが、一人の人間が、異なった分野に色々と興味を抱き、ある程度の研鑽努力をすることが、これからの時代では重要なことになると指摘されました。

梅爺が、これまでに何回か書いてきた『全体最適解』は、『スペシャリスト』だけを集めても見出すことは困難で、異なった複数の価値観を俯瞰して、新しい一つの価値観を見出す作業は、『ジェネラリスト』に向いていそうだと考えると、このご指摘は納得できます。

政治家や経営者は、『ジェネラリスト』であることが求められますが、『ジェネラリスト』は、『何も専門分野を持たない人』のことではなく、『広く興味を持ち、どの分野も深めようと研鑽努力する人』のことであることを理解する必要があります。本物の『ジェネラリスト』になるのは、『スペシャリスト』になるより、難しいことかもしれません。

梅爺が会社に居た頃は、先輩から『T字型人間になれ』と教えられました。多くの分野への理解は、『広く浅く』でもかまわないが、ある分野の理解だけは『深い』ものでなければならない、ということですので、『ジェネラリストにしてスペシャリストであれ』といっていることになり、確かに実現できれば理想的な話です。

『ジェネラリスト』が、『スペシャリスト』を『専門バカ』と見下したり、『スペシャリスト』が、『ジェネラリスト』を、『権威だけで偉そうに振舞う嫌な奴』と軽蔑しても、しかたがありません。『ジェネラリスト』と『スペシャリスト』のどちらが重要かと論ずることもあまり意味がありません。人間が集団を形成する場合は、『ジェネラリスト』と『スペシャリスト』が機能を分担することが、もっとも効率のよい話であることは確かなように思います。

組織の中で、高い肩書きを持つ人が『ジェネラリスト』ではなく、本当の『ジェネラリスト』が高い肩書きにふさわしい人であるという、考え方が、現在の日本に定着しているかどうかは、少し疑問に思っています。

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2008年8月16日 (土)

山折哲雄氏のメッセージ(3)

山折氏は、この番組の中で、30年ほど前から『人生50年』が『人生80年』に、日本社会の表現が変わったことに言及されました。『人生50年』時代の日本には、『生』が終われば即『死』という、『生死』は隣り合わせであるという共通の『死生観』があったけれども、『人生80年』では、『生』と『死』の間に、『老い』と『病』が入り込んできて、多くの日本人は、『老い』や『病』へどう対応したらよいのか分からず、当惑していると、山折氏は指摘されました。

67歳の梅爺は、『人生50年』時代なら、とっくに死んでいるわけですから、『老後(リタイア後)の生き甲斐を何に求めるか』などと、悩まなくて済んだことになります。

梅爺の会社時代の先輩の一人が冗談で『「この世」と「あの世」の間には「その世」がある』と言っておられたことを思い出しました。『その世』は、まさしく『老いと病(やまい)』を抱えながら生きる時間帯のことなのでしょう。

山折氏は、紀元前のインド社会には、男の生き方の規範として、『その世』にあたるものも含まれていたと言われました。つまり、『学生期(がくしょうき):勉学にいそしむ時期』『家住期(かじゅうき):仕事にいそしみ家族を養う時期』『林住期(りんじゅうき):独り家を出て林の中に住まい、思索や芸術を楽しむ時期』『聖人期(せいじんき):極めて稀な人が到達できる、完全に俗世間を捨てた境地』の4つに人生は区分されていて、『林住期』と『聖人期』が『その世』にあたるというもので、日本にも、西行、芭蕉、良寛などは、『林住期』の達人がいた指摘されました。

梅爺は、ブログで『思索』を、合唱で『芸術』を楽しんでいるといえないことはありませんが、家庭や世間を捨てた世捨て人にはなりきれていませんから、『林住期』のマネゴトに留まっていることになります。『臨終までの林住(りんじゅう)』などという、オジサンギャグを思いついて、独り笑ってしまいました。

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2008年8月15日 (金)

山折哲雄氏のメッセージ(2)

山折氏が、興味を抱く人物として、親鸞と宮沢賢治を挙げられました。親鸞は、山折氏が、浄土真宗のお寺に生まれたことと、宮沢賢治は、岩手で少年期を過ごされたことと関係があるのでしょう。

『歎異抄』の『善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや』は、『悪人正機(あくにんしょうき)』の思想として、有名です。『歎異抄』は、親鸞が執筆したものではなく、弟子が師の言葉を記録したものですので、このとおりの発言であったかどうかは分かりませんが、主旨は変わらないと思います。

山折氏は、親鸞が、日本で始めてキリスト教の『原罪』に通ずる概念を言い出した宗教人であることに注目しています。当時の日本には、『誰も罪と無関係に生きることはできない』などという考え方は、希薄であった(現在でも共通認識になっているとは言えない)ということでしょうか。

普通の人間(凡夫)は、純粋な善としては存在できず、自分の中に悪を抱えながら生きているという考え方には、梅爺も共鳴します。親鸞は自分のことを『非僧非俗』と表現していますが、この『僧』は、純粋な善の象徴、『俗』は純粋な悪の象徴ではないかと、梅爺は解釈しました。つまり、親鸞は、『僧』でも『俗』でもないと言って、自分の中に善と悪が共存していることを『認めている』のであろうと思います。このことを『認める』ことが救われる(往生を遂げる)ための基本的な条件であるという教えではないかと思います。確かに、キリスト教で、原罪を持つ人間が救われる方法は、『神を信ずる』ことだけと説くのと、何によって救われるかの手段は異なりますが、形式は似ています。

現代人が、『歎異抄』の『悪人』という言葉を、殺人などの大悪を犯した犯罪人のイメージでとしてとらえると、親鸞の言葉は難解になります。『歎異抄』の『悪人』は、『私達凡夫』のことだと思えば、そういうことかと納得がいきます。しかし、山折氏は、凡夫が日常繰り返す『小悪』と、殺人などの『大悪』には、本質的な違いがあるのだろうかと、親鸞は思索を深めたにちがいないと推量しています。『小悪』と『大悪』を区別する、一般的な尺度を持ち込まない限り、『小悪』は救われるが、『大悪』は救われないとは、言いがたいことになります。

屁理屈爺さんといわれる梅爺でさえも、舌を巻くほど、親鸞は『自分の理屈』に固執した人間であったと思えてきました。

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2008年8月14日 (木)

山折哲雄氏のメッセージ(1)

NHKBSハイビジョンで、日本を代表する宗教学者の山折哲雄氏へのインタビュー番組があり、梅爺は、その濃密な内容に感銘を受けました。番組のタイトルは『100年メッセージ』で、100年後の日本人へ向け、山折氏が『メッセージ』を最後に述べて、番組は終わりました。

番組は、司会者のアナウンサーの質問に、山折氏が答える形で進行しました。事前に大方の質問内容は、山折氏へ伝えられていたものと推察しますが、それにしても、山折氏の回答は、いずれも明快で、何よりも、一般論や、他人の意見の紹介ではなく、ご自身の『洞察に基づく考え方』を述べられたことに、梅爺は尊敬の念を持ちました。

山折氏は、ご自身が浄土真宗のお寺のご子息として誕生したこともあり、仏教がその思索のベースにありますが、キリスト教やイスラム教のへ造詣の深さは、発言の端々に感ずることができました。キリスト教やイスラム教の神学者で、逆に仏教に同じような深い造詣をお持ちの方がおられるのかどうか、梅爺は存じませんが、山折氏の、特定の宗教に偏らない、公平な『宗教観』は、現状のような世界の中では特に貴重なものと感じました。

梅爺がブログに何回も書いてきたように、『宗教』『哲学』『芸術』の分野では、主張が『普遍的な真理』かどうかは、あまり重要な議論の対象ではなく、『個性的な主張』が、どれだけ『他人』に感銘や感動を惹起するかが重要なことと、考えています。比較的多数の人たちに支持される『主張』は当然ありますが、受け容れない人を『まちがっている』と決め付けるわけにはいきません。ピカソの絵や、モーツァルトの音楽に感銘を受ける人が、感銘を受けない人を『自分より劣っている人』として批判するのは見当違いです。一見当たり前のようなことですが、世の中は、『自分が認めるものを認めないのはけしからん』という論理が横行しているように、梅爺は感じています。

梅爺は、山折氏の『個性的な深い洞察力』に、感銘を受け、それは自分にとっては大変重要なことなのですが、同じ番組を観て、何も感じなかったという方がおられても、驚いたりはしません。その方は、逆に、梅爺が何も感じないことに、深く感動されることをもっておられるのかもしれませんから。

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2008年8月13日 (水)

北京オリンピック開会式

北京オリンピックの開会式のセレモニー演出をテレビで観て、梅爺は複雑な気持ちになりました。世界的に有名な中国の映画監督チャン・イー・モー(彼の『初恋が来た道』は、梅爺の選ぶ映画ベスト5として前にブログに書きました)の演出とあって、度肝を抜くアイデアや、スケール、色彩美は、見事の一言ですが、『お祭りなのだから』といって見過ごしてはいけないことや、『夢のような世界』と褒めるだけで終わってはいけない、何か違和感を覚えました。

何よりも、現実とは程遠い『国家の美化』が気になりました。中国にとっては、内外へ向けての『国威発揚』を政治的にアピールする絶好の機会であることはを、ある程度認めるにしても、『きれいごとで問題を隠蔽する姿勢』が垣間見えて、心から楽しめませんでした。『異民族が仲良く調和して暮らす平和な国』『地球環境問題に積極的に取り組む国』などが、無垢な子供達をつかって表現され、多くの中国人は愛国心が揺さぶられ、感涙にむせんだに違いありませんが、圧政に悩むチベット自治区や、新疆ウィグル自治区などの人たちは、どんな思いで観たのでしょう。オリンピック期間だけ、電力や水を北京に豊富に供給するため、電力や水の使用制限まで強いられている地方の人たちや、砂漠化が進行して、生活が脅かされている人たち、公害病で悩む人たち、それに、四川地震で、今も困窮している人たちは、この『きれいごと』をどう観たのでしょう。金に糸目をつけず、きれいごとを演出すればするほど、現実との差異が虚しく強調されるように感じたのは、梅爺だけでしょうか。

まさしく『人海戦術』ともいうべき、『マス演技』も見事ですが、全員が個性を殺して一糸乱れず行動するという様は、軍隊同様、人間の本性を考えれば『不自然』な世界ですから、世界の多くの人は、『素晴らしい国』というより、『なんとなく恐ろしい国』と感じたのではないでしょうか。お上の命令によって、このような『マス演技』が可能な国家は、今や中国と北朝鮮くらいかなと思いました。日本は、『阿波踊り』のような『自己表現』ならともかく、このような号令に機械の歯車のように全員が対応する行動様式は、通用し難い国に変貌してしまっていますが、梅爺はこの方が好ましいと感じています。

さすがに、『共産主義』の宣伝はありませんでしたが、『優れた歴史』を紹介するところは、少々自画自賛の『中華思想』にも見えました。その中に『孔子』が出てきたのには、驚きました。とても儒教の精神が生きている国家には見えませんので、こんな時だけ宣伝に使われて、『孔子』もはた迷惑に違いありません。

オリンピックの華やかさの影で、相対的に色々なことが『些細なこと』になってしまうことを、梅爺は恐れます。中国が、オリンピックを開催できる国になったのは同慶のいたりですが、開催するにふさわしい国であるかどうかは、宴の後の、諸問題への対応姿勢で明らかになることでしょう。

それにしても、オリンピックのセレモニーは、今後も際限なく派手になっていくのでしょうか。梅爺は、国同士の『見栄の張り合い』は、もういい加減にしたらどうかと思いますが、歳をとったからでしょうか。日本が東京オリンピックの再度招致に成功した時には、北京に負けるな、などと頑張らずに、むしろ思い切って質素にした方が、世界から喝采を浴びるのではないでしょうか。このままでは、よほどの大国でないかぎり、オリンピック開催は不可能です。

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2008年8月12日 (火)

人の心はどこまでわかるか(5)

20世紀の始め頃、フロイトやユングが、『夢判断』で、人の深層心理の一部を覗き見ることができ、それによって、人が『無意識』の領域から影響を受けて、心の病にかかっている原因を探れるかもしれないと考えたのは、すぐれた推論であったと思います。ただ、フロイトは、『性への欲望』が、深層心理で重要な役割を果たしているという『仮説』を提示したために、当時の学会や宗教界から非難を受けました。人は崇高な存在であり、犬や猫とは違うのだという社会的通念が普及していたためなのでしょう。

『夢』は誰もが体験できる『不思議な世界』です。自分の中で起きている現象であることは確かですが、目が覚めている時には、考えもしないような世界に遭遇します。自分の夢さえ理解できないわけですから、他人が『夢で神様のお告げを受けた』とか『故人が枕元に現れた』と主張するのを聞いても、『嘘でしょう』とは言えません。

人は眠っている時に、『異次元の世界と交流できる能力を持つ』という『仮説』も勿論成り立ちますが、梅爺は、『目が覚めている時と、眠っている時は、脳の動作モードに違いがある』という『仮説』が正しいのではないかと考えています。目が覚めている時は、『論理思考』が強く脳を支配しているのに対して、眠っているときは、『論理思考』の支配が緩むのではないかと推察できます。『論理思考』は、エネルギーを沢山消費し、『疲れ』を蓄積しますので、眠っている間に疲れを癒すために『脳の一部が休む』ためであろうと思います。酒や麻薬は、脳の『論理思考』支配を緩める効果があるため、目が覚めている状態であるにも関わらず、人は『幻覚』をみることもありますから、『脳の動作モードの違い』という説明の方が説得力があるように思います。

もし、『脳の動作モードの違い』という『仮説』が正しければ、夢は、その人の脳が保有する資源(記憶情報など)と、脳の動作のしくみだけで、起きている現象ですから、本人が内容を理性で説明できるか、できないかに関わらず『その人だけの世界』であると考えるのが妥当であって、『外の異次元世界』との関連などを、ことさら持ち出す必要はないように思います。

梅爺も、楽しい夢、嫌な夢、不思議な夢を見ますが、楽しい夢を見たときは得をしたと思い、いやな夢を見たときは、現実でなくて良かったと思い、不思議な夢を見たときは、自分の中に知らない能力が秘められていると思うようにしています。ご都合主義もいいところですが、自分の能力では、到底夢のしくみなど解明できないと、あきらめているというのが本当のところです。

夢のカラクリの追求は、科学者にお任せして、生きている間は、夢を『不思議な自分の一部』とみなして付き合っていこうと考えています。死んでしまえば、夢を見ることさえできないのですから。

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2008年8月11日 (月)

人の心はどこまでわかるか(4)

ユングの心理学では、人は『意識(自我)』と『無意識』の両方に支配されており、『無意識』は『個人的な無意識』と『普遍的な無意識』に分かれるという『仮説』を提示しています。『夢』は『無意識』の一部が表面化したものなので、『夢判断』で、その人の『無意識』を探ることができるという主張になります。

ユングが生きた20世紀前半とは、比べものにならないほどの『脳』に関する科学知識を私達は現在保有しているわけですから、ユングの『仮説』を『仮説』に止めないで、『心理学』は、他の学問分野と連携して、自らの『仮説』に矛盾がないかどうかの更なる検証をして欲しいと梅爺は願います。

梅爺の拙い科学知識でユングの『仮説』をながめれば、『無意識』は、DNAのプログラムに従って、人が生物として、外部環境に基本的な反応をしている領域で、自分で自分を制御しているという『意識』はもてない領域ですから『無意識』ということになり、一方、それらの基本反応をベースに、総合的に組み上げた高度な思考領域は、その人が、『意識』的に制御しているわけですから『自我』ということになるように見えます。

あることを体験して、人が『嬉しい』『悲しい』と『感ずる』のは、何故かという基本的な理由は分かっていません。『嬉しく思いたい』『悲しく思いたい』と自分を制御した結果ではないことは分かります。生後間もない赤ん坊でさえ、反応するわけですから、外部からの刺激に対して、そのように反応するように、脳にプログラムが予め組み込まれているとしか思えません。しかし、獲得した『嬉しさ』や『悲しさ』といった抽象概念を、人は、自らの意思で、言葉や歌で表現しようとしたり、『嬉しさ』を持続させようとしたり、『悲しさ』を克服しようとしたりします。つまり『自我』の領域で対応しようとします。

自らが制御できない基本機能をベースにしながら、それらを組み合わせた高度な総合対応機能の大半は、その人の『意図』に託されるところが、人の絶妙な『しくみ』のように思います。DNAによるプログラムは、基本機能には直接関与していますが、人の『意図』までを直接コントロールしているわけではない、と思います。

例えば、他人の不幸を見て、人の基本機能は『嬉しい』と反応する部分が実際にあるのかもしれません。しかし、人の『意図』の領域では、『それは、はしたないことで、いけないことだ』と普通は抑制しようとします。このような、両者の確執やひずみが、ある限度を越えた時に『心の病』となって現れるのではないでしょうか。

人は、自分の中に『手に負えない暴れん坊』を抱えていて、それを、なんとか自分の『意図』で手なづけながら生きているように思います。過酷な体験などによって、本当に『手に負えない状態』になった時や、自分の中には、そのような『暴れん坊』は存在しないのだと、無理に自分に言い聞かせようとする時に、人は誰でも『心の病』にかかる可能性を秘めていると、梅爺は感じています。

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2008年8月10日 (日)

人の心はどこまでわかるか(3)

『心理療法』の『療法』という言葉を聞くと、『病気が治る、快方へ向かう』ことだと、梅爺は期待してしまいましたが、『心の病』に関しては、うすうす感じていたとおりに、因果関係は、想定はできても特定は難しいということが確認できました。

健康な人でも、心に何かしらの『悩み』や『不安』は抱えています。表向きそれを見せなければ『正常』で、『死にたい』と口にした時からが『異常』と区別するわけには行きません。重い鬱状態の人の言動は、確かに『異常』と周囲が感じますが、一般に『正常』と『異常』は、切れ目無しにつながっているように梅爺は思います。従って、グレーゾーンをどちらと判定するかは、主観しか頼るものがありません。

つらい経験をすれば、誰でも心が傷つきますが、同じ経験でも、ある人は、何らかの方法で、自らそれを克服し、ある人は、克服できずに、心の病が悪化するかことになりますので、『何がそれを分ける要因なのか』が知りたくなります。遺伝子などの先天的条件の違いなのか、後天的な環境や経験の違いなのかも知りたくなります。この本には、『律儀な人ほど、周囲の変化を受け容れることができず、自分を変える苦しさよりも死を選びたがる』などとかいてありますが、梅爺が知りたいのは、どうして『律儀な人』と『律儀でない人』が分かれるのかということです。

『心理療法』は、病にかかった人、または、かかっていると主張している人にどう対応するかを主に問題にしていますが、これは言ってみれば『消火』で、『防火』にはなっていません。一見健康な人でも、『ある条件』によっては『心の病』にかかる危険性は誰でも持っているわけですから、『心理療法』が学問の一つだというなら、そこへ科学的なアプローチをしない限り、『経験的対応術』の領域から出られないのではないかと、失礼なことを考えてしまいました。宗教は、多くの悩める人たちを『救済』してきましたが、『心理療法』は、『宗教』以上に効果的であるという、実感が梅爺にはわきませんでした。

無学な梅爺が、この分野に詳しい方から見れば、ひどい暴言を吐いているのかもしれません。もし、そうであれば、お許しいただきたいと思います。

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2008年8月 9日 (土)

人の心はどこまでわかるか(2)

この本に梅爺が期待したことは、『カウンセラー』の具体的な方法論と、それによる成果との関係を知ることでしたが、そういうことについては、ほとんど記載されておらず、『カウンセラー』と『クライアント』の関係は、一般の『医者』と『患者』の関係のような単純なものではないという事例が沢山紹介されているだけなので、なんとなく、読んでいて、靴のそこから足の裏を掻くようなもどかしさを感じました。梅爺が勝手に期待しすぎただけのことかもしれません。

例えば、『死にたい』と言っている患者に、カウンセラーが対応したら『死にたい』と言わなくなった、と事例だけを聞かされても、因果関係を想像することさえできません。一方、『死にたい』と言っている患者に、カウンセラーが対応したのに、『死んでしまった』例もあると聞かされても、カウンセラーが適切な対応をしたのに、『死んでしまった』のか、カウンセラーが対応を間違ったために『死んでしまった』のか分かりません。

『死にたい』といっている患者に、『あなたが、そう思うのであれば、私にできることはありません』とカウンセラーが、わざと冷たく突っぱねた時(父性的な対応というらしい)に、同情をしてもらえるものと期待していた患者の方が、考え直して症状がよくなる場合もあれば、反って更に絶望して、『死んでしまう』場合もあり、反対に、『あなたの苦しみは理解できる』などとカウンセラーが安易な同情を示した時(母性的な対応というらしい)に、患者の症状が良くなる場合もあれば、反って、本当は理解してもらえていないと『感じて』、『死んでしまう』場合もあるというのが実情のようです。

つまり、河合氏が、認めているように、心の病は『百人百様』で、一律の対応方法はない、ということを、梅爺が『再確認』しただけですから、本を読む前の状態とあまり変わりが無いことになります。

しかし、この本には、梅爺が『面白い』と感ずる、沢山の『逸話』があり、それをベースに考えさせられることはありました。カウンセラー業務とは、一体何かについては、ほとんど具体的な知識は得られませんでしたが、人間が『摩訶不思議な存在』であることの傍証となる、逸話はそれなりに『楽しむ』ことができました。

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2008年8月 8日 (金)

人の心はどこまでわかるか(1)

本屋で、『人の心はどこまでわかるか(河合隼雄著:講談社α新書)』という本が目に止まり、梅爺には、皆目わからない『人の心』を、ひょっとすると分かる方法があったり、分かっておられる方がいらっしゃるのかもしれないと、期待して購入し、読み始めました。

河合隼雄氏は、京都大学名誉教授で、ユング派の心理療法を日本に紹介し、確立された方です。日本各地で同じようにカウンセラー業務を行っている色々な人たちからの質問に、河合氏が口頭で答えた内容をベースに、編んだ本であることが分かりました。

心理療法は、死願望、厭世など心の病を持つ人と、カウンセラーが『対話』をすることで、病気の真因を突き止めたり、快復をはかったりする、一般的に薬などの医療手段を用いない方法ですから、心に対するヨガのようなものです。

カウンセラーという職業は、日本ではアメリカほど一般的に普及しているようには思えませんが、最近では、ビジネスマンのストレスが問題になることが多く、大きな会社では、カウンセラーを抱えるところが増えてきました。

アメリカの映画や、小説には、カウンセラーはよく登場し、患者(この世界ではクライアント:依頼人と呼ぶ)をソファー(カウチ)にゆったり寝そべるように座らせ、対話しているうちに、患者の心を閉ざしていた真因を見つけて、突然患者が直ってしまうというようなシーンに遭遇します。梅爺は、疑い深い性格なので、『そんなうまい話が、実際にあるのだろうか』と、ずっと半信半疑でいました。

この本を読み始めて、直ぐに気づいたことは、『そんな、うまい話はめったにない』ということでした。対応方法が適切なら、良い結果につながりますが、人の心は、百人百様であり、誰にも通用する『適切な対応方法』は存在しないと、河合氏が語っておられるからです。汎用の方法がないものを、『療術』ならともかく、『療法』と呼べるのだろうかと心配になってきました。

人の心は『分からない』ことが結論であれば、『人の心はどこまでわかるか』というタイトルは、少し、思わせぶりすぎる表現のように感じます。むしろ、『人の心は摩訶不思議』とでも言っていただければよいのですが、それでは、本が売れないということでしょうか。

人が、どう感じ、どう考えるかの基本機能は、遺伝子情報がコントロールしているものと思いますが、それらを総合的に組み合わせ、駆使する『心』は、1兆個の脳細胞の複雑な働きで決まるものですので、DNAが百人百様であるように、人の心は、百人百様であることは、言われるまでもなく、当然なような気がします。

カウンセラーは、サッカーの監督と同じで、『直す(勝つ)目的』のために、あらゆる知識や経験を総動員し、良かれと思われる手を打ちますが、『直る(勝つ)』とは限らない、むしろ事態を悪くすることさえ起こりかねないということが分かりました。それでも、監督は必要なように、心の病をもった人には、カウンセラーが必要なのだと、理解しました。

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2008年8月 7日 (木)

コンピュータと芸術(4)

芸術は、類(たぐい)稀なる才能の持ち主が、常人では思いつかないような『美の世界』を発想し、それを具現化する行為と考えられてきました。勿論、作品は、常人でも共感できる資質をある程度備えている必要があります。梅爺の『例え話』でも分かるように、『発想』は無理としても、出来上がった他人の作品をある程度『評価』できる常人(評論家はその一種)の数は多いように見受けられます。

『前衛絵画』と『短歌』で示した梅爺の『例え話』は、常人である梅爺が、『発想』のところだけをコンピュータに依存し、結果として優れた『作品』を創りだしてしまったという話です。念のために申し上げれば、梅爺の例では、コンピュータは実は『発想』等しておらず、ただプログラムに従って、『作品もどき』を沢山作り出したに過ぎません。これが、芸術においては『邪道』であるとしたら、芸術の真髄は『人間の発想』にあるということになります。『人間の発想』を原点に持たないものは、結果がいかに優れていても、芸術とは言えないという論理になります。

梅爺も、人間の一人として、人間の尊厳の最後の砦ともいえる『発想』を重視したいとは思いますが、いつの日にか、『人間の発想』が、脳のカラクリとして、科学的に解明されてしまったら、どういうことになるのだろうかとも考え込んでしまいます。解明されたカラクリを道具に代替させれば、『発想』は人間だけができることと信じていた最後の砦が崩れることになります。

現在人類が抱えている最も難解な問題は『人間』であるという、小柴先生(ノーベル賞受賞者)の言葉が思い起こされますので、近い将来に、『人間の発想』のカラクリが解明されることはないように感じます。しかし、いつの日にか、人類は、『芸術とはなにか』という、問題を真剣に考え直さなければならない事態に遭遇しないとは限りません。

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2008年8月 6日 (水)

コンピュータと芸術(3)

梅爺がコンピュータを効率よく利用して制作した『前衛絵画』や『短歌』が、そういうプロセスがあったことを『知らない』審査員によって、『入選』になったという『例え話』を書きました。プロの審査員のめがねに適ったわけですから、作品自体の『仕上がり』は優れていた判断してかまわないのでしょう。

さて、皆様がもし審査員であったら、どのように対応されたでしょうか。梅爺がコンピュータを利用したという『事実』を知らない場合は、上記の審査員同様、ご自分の『審美眼』で、作品のレベルを判定されると思います。しかし、事前に、梅爺がコンピュータを利用したという『事実』を『知っていた』としたら、どう対応されるでしょう。

先ず、梅爺が姑息な手段を弄(ろう)したということに、立腹し、作品を審査する以前に『落選』とされる方々が、いらっしゃると思います。この方々は、芸術は、人間の能力で、発案、作成するもので、そのプロセスの一部や全てを、コンピュータのような『道具』に頼る方法は、『邪道』であるという考えをお持ちか、単純に、自分を騙そうとした行為は怪しからんと立腹されたからではないでしょうか。

しかし、太っ腹の方もおられて、芸術はプロセスとは無関係で、結果として出来上がった作品自体で価値を判定すべき、と主張される方もおられるかもしれません。コンピュータといった『道具』を利用したのは怪しからんと言い出せば、前衛画家が筆の代わりに利用する電動噴霧器は『道具』と言えないのか、歌人が言葉探しに利用した『辞書』は『道具』と言えないのか、ということになり、話がややこしくなります。どの芸術でも制作の過程で、『道具』の世話にならないものは無いからです。

梅爺の『例え話』で重要なことは、最終応募作品は、多くの候補作品の中から、『梅爺が自分で選んだ』ということです。つまり、梅爺はオリジナル作品を創りだす能力を欠いている(この部分はコンピュータが創りだす偶然性で補った)けれども、出来上がった作品の良し悪しを判定する能力は、持っていたということになります。応募作品には、『選ぶ』という点で、梅爺の『能力・価値観』が反映していたことになります。

『道具の王様』と言われるコンピュータが出現したことで、芸術に関して、『作品』『制作者(人間)』『道具』の関係を再考しなければならなくなってきたようにも見えます。従来の『道具』は、関与があるにしても、些細なことととして見過ごされてきました(芸術の本質には大きな影響を与えないと)が、そうとばかりは言っていられない事態が出来(しゅったい)したことになります。

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2008年8月 5日 (火)

コンピュータと芸術(2)

前回は、梅爺が前衛画家であったらという前提で、プログラムを利用してコンピュータに描かせた絵を模写し、展覧会で入選してしまうという『作り話』を書きました。今回は、設定を変えて、同じような『作り話』をもう一つ考えてみました。

梅爺は、普段短歌を詠むことなど無い人間ですが、何を血迷ったか、突然皇居で新年に催される『お歌会始め』に自作の短歌を応募しようと思い立ったとします。先ず、『お題』となっている言葉を確認し、例によって、梅爺は、過去に他人によって作られた短歌の中から、お題の言葉の雰囲気が感じられるものを集め、五七五七七の言葉に分解して、片っ端からコンピュータへ入力し、一種の『データベース』を作り上げたとします。コンピュータ作業に詳しい方は、その『データベース』つくりは、そんなに簡単なものではなく、途方も無い労力と時間を必要とするので、梅爺にそんなことが現実にできるはずが無いと反論されるかもしれません。しかし、ここは『たとえ話』ですから、超人的に梅爺がそれを成し遂げたということで、是非ご了解ください。

『データベース』ができあがったところで、梅爺は、コンピュータが『データベース』からランダムに言葉を選び出して、五七五七七の『短歌』形式にして、出力するようなプログラム(これは、それほど難しくありません)をつくり、結果をプリントアウトしたとします。膨大な数の『短歌もどき』の中から、梅爺はこれぞと思うものを1首選び(これも、現実には気の遠くなる話ですが、梅爺は超人的にこれもこなしたとして)、宮内庁へ応募したとします。驚くべきことに、この短歌が入選し、梅爺は、新年に、皇居へ参上ということになったとします。

もし、このようなことが起こってしまったとして、『梅爺は、神聖な日本の伝統文化を汚した』または、『コンピュータは、人間に匹敵し、時には人間を凌駕する短歌創作能力がある』といえることになるのでしょうか。

前回の前衛画家と話と、今回の歌人の話は、芸術の真価を、人は何をもって推し量るのか、という問題を提起するものです。荒唐無稽な『たとえ話』はご容赦いただくとして、梅爺の興味の対象は、ご理解いただけたでしょうか。

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2008年8月 4日 (月)

コンピュータと芸術(1)

仮に、梅爺が、アイデアに窮した前衛画家であったとします。そこで、梅爺はコンピュータ用に、独自に『絵を描かせるプログラム』を開発し、異なった初期値などを与えて、スクリーン上に、色々な『画像』を出力させたとします。コンピュータに『絵を描かせるプログラム』がそんなに簡単に開発できるのか、というご質問への回答は、『Yes and No』です。幼稚なものは、簡単に実現できますが、高度な内容のものは、それなりの創意・工夫が必要です。仮に、梅爺はそれなりの才能があり、乱数や数式などを駆使して、色、線、形状、グラデーションなどを利用したプログラムができたとします。

梅爺は、スクリーンに映りだされた『結果』を次々の眺め、これはと思う作品を選んで、プリンターに出力し、それをモデルにして、今度はキャンバスにその画像を、絵の具で『模写』したとします。梅爺が、この作品を展覧会に出展応募したところ、なんと『入選』してしまい、審査員の先生から、『新しい感覚の、色彩、造形がすばらしい』等と、お褒めの言葉をいただいてしまったとしましょう。

もし、このようなことが起こってしまったとして、このことで、『梅爺は、神聖な芸術を汚した』、または『コンピュータは、人間に匹敵し、時には人間を凌駕する美の創出能力がある』といえることになるのでしょうか。

色々な条件を加えないと、この問いに答えることは容易ではありませんが、一般論としては、梅爺の回答は『No』です。

人間にとって、芸術とは何か、という根源的な問題が、このことには秘められているように思います。

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2008年8月 3日 (日)

芸は身を助ける

江戸いろはカルタの『け』、『芸は身を助ける』の話です。

困った時に、一芸を持っていれば、困難を抜け出すことができる、または、色々な才能に恵まれていなくても、あることだけに秀でていれば、それで食べていける、というような教訓かと思います。

野球やサッカーの若いプロ選手が、同年代のサラリーマンなどでは想像もできないような高額年収を得ているということで、羨んだり、嫉妬したり、悪口を言ったりしたくなりますが、『じゃあ、あなたに代わりがつとまりますか?』と訊かれれば、多くの人は下を向くしかありません。年収の絶対額が妥当かどうかは別にして、『比類のない能力の保持者』であることの価値は認めざるをえません。

梅爺も、自分の『芸』を探してみましたが、自慢できるようなものは何もないことを思い知りました。音楽が好きで、今でも合唱をやっていますが、プロの声楽家とは比べものにならない能力ですし、40歳代には、青梅マラソンに毎年参加していましたが、プロのアスリートとは、程遠い記録しか出せませんでした。その他にも、色々なことに手を出しましたが、いずれも中途半端に終わっています。現在は『毎日ブログを書いている』ということが、『芸』といえば『芸』かもしれません。もし、これが『ボケ防止』になっているのなら、確かに『身を助ける』ことになっているとも言えます。こんな梅爺でも、67歳まで生きてこられた裏には、梅爺自身が気づいていない、なにかしらの『芸』があったのかもしれません。

『総合能力』と『一芸』のどちらを高く評価するかは、社会によって異なります。明治以降の日本の学校教育は、『総合能力』を評価し、今でもその風潮は残っていますが、アメリカの教育システムは、子供の頃から比較的『一芸』を評価すると言われています。基本的な教育の考え方が大きく異なることになります。江戸時代は、分担社会であり、職人が残したすばらしいものを見ると、江戸時代は『一芸』を評価する時代であったように推測できますが、そうではなく、大半は『芸』とは縁遠い凡人ばかりだったので、『芸は身を助ける』といっても、あなた方には『無いものねだり』ですねと、からかっているのかもしれません。わが身を振り返れば怖い話です。

世の中は、『総合能力に秀でた人間』と『一芸に秀でた人間』の組み合わせが、最も効果を発揮することは、経験則で分かっていますので、実はどちらのタイプの人間も『価値がある』ことになります。会社も『管理職』『専門職』と区別し、組み合わせて効果を出そうとしていますが、問題は、『管理職』の方が『偉い』と考える風潮があり、誰も彼も『管理職』になりたがり、なれなかった時のわだかまりが残ることが良くあることです。

自分の能力は、自分では評価が難しいのですが、他人の自分に対する評価に対しては不満を表明するといったように、人間は身勝手なところがあります。他人の評価に冷静に身を任すことができる人は、大人物です。

自分の過去を振り返ってみると、梅爺は、半分くらい不満を言い、半分くらいは納得して受け容れたように思いますので、とても『大人物』とは言えません。それでも、せめて『中人物』くらいには入れてもらえるのではないかと、考えています。

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2008年8月 2日 (土)

超ひも理論(7)

『はじめての<超ひも理論>』の著者、川合氏は、米国コーネル大学の助教授等を経て、現在京都大学理学部の教授という、最先端理論物理学の権威の方ですが、この本は、梅爺のような全くど素人にも、なんとか理解してもらえるようにと、マンガ風のイラストなどもまじえて、平易に書かれています。とは言え、非日常的な『虚時間』『負圧力』などといった最低限必要な難しい『専門用語』の解説や、世界の一握りの天才物理学者達が、生涯をかけて、ようやく見出した、『ゲージ理論』『くりこみ理論』のような『理論』が、次から次へと現れるわけですから、昔の梅爺なら、自分のあまりな無学さに腹を立てて、途中で読み進むことを断念していたに違いありません。

幸いなことに、梅爺は歳をとって、現在では『分からないものはわからない』という達観の境地らしきものに到達できるくらいに、人間が丸くなっていますので、分かりそうなところだけを、つまみ食いしながら、なんとか読み進むことができました。

それでも、湯川博士が、李白の詩『天地は万物の逆旅(げきりょ)にして、光陰は百代の過客(かかく)なり』に触発されて、『素領域』という概念を発想したとか、アインシュタインが、確率でしか物理現象を決められない量子力学を嫌い、『神はさいころを振らない』といったなどという逸話には、つい、嬉しくなってにんまりしてしまいました。天才物理学者といえども、『ひらめき』には、科学以外の知識や信条がかかわっていることもありそうだと感じたからです。人間の脳は、不可解で魅力的だとあらためて感じます。

最先端の理論物理学の全容を、正しく理解できている人が、世界に何人居るのだろうかとも思いました。60億人のほんの一握りのすぐれた能力の人たちにしか理解できないほどに、科学は難しい領域にまで進展しているとしたら、人類の未来が、ほんの一握りの人たちで決まってしまうともいえるからです。科学と経済行為は既に密接な関係になりつつありますが、やがて政治も科学とは別の世界と割り切れない時代が到来した時に、社会のリーダーが、科学に『無知』であったときの危険性は、計り知れません。詳細の理解は無理であっても、その本質の意味するところを多くの人が理解しようとすることが、重要な意味を持ってきます。

梅爺のような凡人を、なんとか少しでも啓蒙しようと、このような本を書いてくださる科学者の存在は、大変貴重なものと感謝しながら、読み終えました。

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2008年8月 1日 (金)

超ひも理論(6)

宇宙はビッグバン以降、膨張を続けていると聞けば、誰でも、『いつまでも膨張し続けるのか?』と質問したくなります。論理的には、『物質密度』と『臨界密度』との関係で、『膨張し続ける』『やがて平衡状態に達する』『収縮に転じる』の三つの可能性がありますが、現時点では、『確かなことは言えない』ということのようです。収縮に転じた場合は、最後は、ビッグバンの反対の『ビッグクランチ』が起こり、元の真空宇宙(エネルギーの場だけが存在)へ逆戻りすることになります。勿論、その時は、地球やその上に生息する生物も皆『無に帰す』ことになります。もっとも、収縮が開始するにしても、100億年とか200億年先のことらしいので、私達が今うろたえる必要は無さそうです。

この本の著者の川合氏等のチームは、『超ひも理論』に、ある条件を設定して、『宇宙は、膨張と収縮を繰り返す』という『サイクリック宇宙論』を提示しています。目下のところは『仮説』の一つで、必ずしも学会の主流ではないようです。

川合氏らの試算によると、今までに宇宙は50回『ビッグバンとビッグクランチを繰り返してきた』ということです。それならば、宇宙には、我々以前に何回も、ヒトのような生物が築いた高度な文明が存在した可能性があるのかと聞きたくなりますが、どうもその可能性は無さそうです。宇宙は、最初のサイクル以降、そのサイクルタイムが、段々に永くなってきており、現宇宙の一つ前の宇宙のサイクルタイムでは、『地球のようなもの』が生じる可能性は少ないというのがその理由です。

そう考えてみると、気も遠くなるような宇宙の歴史の中で、『高度な文明をもつヒトという生物種』は、極めて稀有な存在であることが分かります。存在そのものも稀有ですが、『情念』などという、『宇宙には存在しない抽象概念』を保有していることも稀有といえます。

哲学や宗教といった、ヒト固有の『抽象概念を扱う世界』に、生半可な科学の知識を持ち込んで、もっともらしい話をするのは、梅爺はあまり好きではありません。将来、『情念』や『心』の世界を、心理学のように現象観察するだけでなく、脳生理学、生物分子化学などが総合的に解明する時代がくるかもしれませんが、その結果を受け容れるには、ヒトは、よほどの覚悟が必要になります。それは、『情念』や『心』を、ヒトが操作できる可能性を保有するということで、ヒトが今より幸せになれるという保証はないからです。

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