« 霧と砂の家(1) | トップページ | 理詰め(1) »

2008年6月15日 (日)

霧と砂の家(2)

『霧と砂の家』は、ホメイニの宗教革命で国を追われ、アメリカに亡命したイラン人の軍人一家(夫婦、娘、息子)と、夫に逃げられ、酒とタバコで自暴自棄な生活を送っていたアメリカの若い未亡人(子供はいない)が、未亡人の持ち家の権利をめぐって激しく争う中で、お互いが相手の立場を『理解』する心が芽生え始め、微妙な関係になっていく話です。しかし、最後はハッピーエンドではなく、全ての登場人物が、観る人にとっては、やりきれない『不幸』が待ち受けています。

米国人の未亡人は、労働者であった父親が一生かけて手に入れた家を、遺産相続でもらい受け、住んでいましたが、税の滞納で、州に家を没収されてしまいます。一方、亡命したイランの軍人一家は、最初は、亡命時に所持していた金で、娘のために豪勢な結婚式を挙げたりできましたが、やがて所持金が少なくなり、息子の進学資金にも困窮するようになります。そのとき、新聞で州が没収した家が、オークションにかけられているのを見つけ、格安でこれを入手し、移り住みます。入手金額の4倍の値段で、やがてこの家を売却し、資産を増やそうというのが狙いです。

一方、未亡人は、州の没収そのものが、州の判断ミスであると主張し、未亡人に心を寄せる保安官と結託して、この家をとり戻そうと試みます。激しい争いのなかで、イラン人一家とアメリカ人の未亡人の間に、微妙な心の交流ができ始めますが、保安官の思慮を欠いた策略がもとで、イラン人一家(夫婦と息子)は死に追いやられ、未亡人も家を失い、保安官は投獄されます。

アメリカに亡命しながら、イラン人としての誇りを失わない軍人と、同じくプライドを持ちながら心優しいその妻、そして両親を尊敬する息子は『異文化』として、未亡人や保安官の『アメリカ文化』と対比して描かれています。この映画の制作者は、アメリカの人たちに、『異文化との共存』の意味を考えて欲しいという意図をもっていたのかもしれません。2001年の9.11事件の後、2003年にこの映画が作られたことの意味を考えてしまいました。

|

« 霧と砂の家(1) | トップページ | 理詰め(1) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 霧と砂の家(1) | トップページ | 理詰め(1) »