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2008年6月23日 (月)

題名のない音楽会(4)

『題名のない音楽会』という番組は、指揮者佐渡氏の、人間味溢れるお人柄が魅力の一つです。オーケストラの指揮者には、音楽に関する優れた感性と同時に、知性や理性も求められますので、それらをバランスよく持ち合わせておられる佐渡氏が、魅力的であることは当然のここと言えます。

盲目の若いピアニスト、辻井信行さんの才能を発掘され、番組で『ラフマニノフピアノ協奏曲第二番(第三楽章)』をオーケストラと競演した後、お二人は、黙って壇上で抱擁されました。そのしばしの沈黙は、お二人にとって、どのような会話にも勝る『心の交流』の時間であったことは、テレビを観ている梅爺にも伝わってきました。この瞬間に関しては、言葉は無力であり、反って邪魔なものであることを感じました。『感動』は、人間にとって何にも勝る薬なのではないでしょうか。

佐渡氏は、小学生から高校生の年代の、優れた器楽演奏家を集めて『スーパーキッズ・オーケストラ』を育成されておられ、これが、しばしば番組に登場します。その練習風景も紹介されましたが、子供達の、佐渡氏の話を聞き漏らすまいとする、きらきら輝く眼が印象的でした。このオーケストラの力量は、並々ならぬもので、日本の音楽文化のレベルの高さが、如実に現れています。佐渡氏も、『いつか、この子供達をヨーロッパへ連れて行って演奏をしたい。ヨーロッパの人たちを驚かせたい』と語っておられました。ヨーロッパの人たちが『驚愕』することは、間違いありませんので、想像しただけで、梅爺は楽しく、誇らしく感じました。

『スーパーキッズ・オーケストラ』は、エリート教育にも見えますが、そうではなく、音楽をやるからには、大人であれ子供であれ、最高のレベルを目指すべきという、佐渡氏の考えの表れなのでしょう。才能のある子供に、最高の環境を提供するという考え方に、梅爺は賛同します。しかし、それは、才能の無い子供を無視するということではありません。人は、才能に応じて生きていくことが『幸せ』の条件のように思いますが、なかなかそうは行かないところが、人生の厄介なところです。

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