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2008年6月19日 (木)

臭いものに蓋

江戸いろはカルタの『く』、『臭いものに蓋』の話です。

『くさいにおいは元から断たなきゃダメ』という、コマーシャルがありましたが、これが正論で、『臭いものに蓋』は、『人は都合が悪いことを、姑息な手段で隠蔽しようとするものだ』と、皮肉っていることになります。

犯罪行為とは行かないまでも、誰もが胸に手を置いて考えてみれば、それらしいことをしてきたことに思い当たり、単純に『他人事(ひとごと)』として、笑って済ませないところが、江戸いろはカルタの秀逸なところです。

一方、『天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず』という有名な老子の言葉があるように、姑息な手段で不都合を隠蔽しようとしても、必ず露見するものですよ、という教えもあります。大変ごもっともな話ですが、『臭いものに蓋』の方は、『分かっていながら、人はそういう馬鹿げたことをやってしまう弱いところがある』という『人間に関する観察眼の鋭さ』が感じられて、梅爺は、説教がましい教えより、こちらの方が好きです。

普通の神経の持ち主なら、『蓋をしたからもう大丈夫』とは考えずに、誰かが蓋をあけないか、蓋がはずれてバレることはないかと、その後ビクビクしながら生きていくことになります。中には、心配がこうじて、もう一枚上から蓋をするような人もいるかもしれません。『臭いものに蓋』は、そんな人間のドラマを想起させるところがあります。『においの元を断つ』のが本質だと、正論を言われても、そんなに簡単に、元を断てない『におい』と分かっているからこそ、あわてて蓋をしたというのがホンネですから、正論は効を奏しないことになります。

梅爺は、不都合を隠蔽することを、仕方がないことだと擁護しているわけではありません。官僚や企業が不都合を隠蔽するような不法行為が発覚したときには、人並みに義憤は感じます。しかし、『臭いものに蓋』をしてしまう人間の習性は、江戸の庶民が見抜いていたように、ほとんどの人が持ち合わせているとすれば、偉い人がテレビに現れて『今後、同じようなことが起きないように徹底します』などと釈明しても、『そうはならない』ことも明白です。

『今後、同じようなことが起きないように徹底する』という釈明の蓋で、覆ってみても、元を断つことができない『臭いもの(人間の弱い心)』がある以上、またどこかでにおいを発することは避けられませんので、人間の社会からは、残念なことに根絶できそうにありません。

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