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2008年6月13日 (金)

日本人の宗教観(2)

死んだ人の魂について、『生まれ変わる』が30%、『別の世界へ行く』が24%、『消滅する』が18%というのが、アンケートの結果です。

『生まれ変わる』『別の世界(天国、極楽、地獄)へ行く』は、多くの人たちが子供の頃からそのように言い聞かされてきたことの影響が強いのでしょう。または、せめて身体は消滅しても、魂は存在し続けて欲しいという願望が込められているのかもしれません。

梅爺も、既に亡くなった両親、姉や友人、知人の夢を見ますので、故人は『梅爺の脳の中では生きている』と感じますが、それは梅爺の脳の中にある記憶が、そうさせるのであって、故人の魂が存在し、梅爺を訪れるのではなさそうだと感じています。従って、アンケートには『消滅する』と答えると思いますが、『消滅する』は18%ですので、梅爺は日本人としては少数派であることが分かりました。

死と同時に、脳の活動が停止し、その人の全ての精神活動は無に帰す、と考えるのは味気なく空しいようにも感じますが、何も心配事のない天国で存在し続けるのも退屈かもしれませんし、苦しみが永遠に継続する地獄で存在し続けるのもいやですので、ある期間この世に生を受けたことには感謝し、区切りをつけて『無に帰す』ことが、梅爺には好ましいことのように思われます。前にも書きましたが、『千の風になって』空を吹きまわるつもりもありません。梅爺は、自己主張が強いとよく言われますが、死んだ後まで自己主張をするつもりはありません。

ありふれた元素素材でできている1兆個の脳細胞がつむぎ出す広大な『精神活動』は、宿主の梅爺にも理解ができない摩訶不思議な世界ですが、煎じ詰めれば、個々の細胞は、DNAのプログラムを基本的に実行しているだけであり、外部からの栄養素と酸素の供給をエネルギー源とする『化学・物理反応』であるに過ぎませんので、死とともに、エネルギーが絶たれて、全てが停止し、客観的には『その人の精神活動は全て消滅する』と考えるのが、妥当と考えています。コンピュータは、何度でも電源のON/OFFを繰り返せますが、人間は、生涯に一度のONと一度のOFFしか許されていないことになります。

梅爺は、自分のことを極々平均的な日本人であると思っていましたが、『日本人の宗教観』の記事を読んで、こと宗教観に関しては、少数派の日本人に属することが分かりました。そう分かってみれば、『変な爺さん』といわれるのも、無理からぬことだと納得しました。

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