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2008年6月30日 (月)

安物買いの銭失い

江戸いろはカルタの『や』、『安物買いの銭失い』の話です。

梅爺は、4歳の時に、新潟県の長岡で『敗戦(終戦)』を迎えました。敗戦の直前に、長岡は空襲に見舞われ、我が家は全て灰燼に帰したと同時に、両親が、爆撃で怪我を負い(特に母親は重度の火傷)、その後、家族が一緒に暮らせるようになるまでは、バラバラな生活を強いられました。梅爺は、茨城県の親戚へ預けられていました。

難民のために建てた『市営住宅』で、ようやく家族一緒の生活ができるようになりましたが、『市営住宅』とは名ばかりで、雨漏りに悩まされるようなバラックでしたので、夏の暑さ、冬の寒さをを懸命にしのいで、生きることがようやくの生活でした。梅爺は、栄養失調でヒョロヒョロの子どもでしたので、周囲の誰もが、『生き延びられない』と覚悟をしていたと後で聞かされました。67歳まで生き延びて、梅爺閑話を書いているなどということは、幸運以外のなにものではないことが分かります。

そういう、生活体験があるためか、梅爺は、お金は、実利目的で使うものと考え、贅沢のためにお金を使うことには、臆病な性格になりました。しかし、実利だけで安物を買うと、直ぐに壊れたり、使えなくなったりして、『安物買いの銭失い』を、身をもって何回も体験することにもなりました。

『高価なものは、それなりの価値がある』とは限りませんが、確かに『高価なだけのことはある』ものも多いことに、気づいたのは中年を過ぎたころからです。少しは贅沢ができる生活になったためでもあったのでしょう。

海外出張の折に、空港の免税店で、ダンヒルのベルトを購入したことがあります。2万円くらいしましたので、購入時は『高い』と感じましたが、その後何年使っても、クタクタになりませんでしたので、『銭を失わない』とは、こういうことかと具体的に理解できました。

ブランド品ならば良いとは限りませんが、ブランド品は裏切られることが少ないということかもしれません。その後、仕事で使う鞄などは、それなりの値段のものを買うようになりました。

本当は、安物か高価かは、あまり関係なく、『良いものかどうかを見抜く眼力』が必要なのでしょう。梅爺は、騙されたと他人を恨むより、自分の眼力のなさに、ガックリくる性格で、眼力には自信がありません。今でも時折騙されて、『安物買いの銭失い』と『ガックリ』を繰り返しています。

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2008年6月29日 (日)

「完成」の意識(2)

梅爺は、芸術家ではありませんから、例えばブログを書くときは、論旨や文章の長さを配慮して、「この辺で終わりにしよう」と適当に、切り上げます。後世に残る、天下一品の名文に仕上げようと、名誉にかけて「推敲を重ねる」こともありませんので、「適当に切り上げる」という表現があたっているように思います。

しかし、芸術家の場合は、その習性として「満足がいくまで手を加えたくなる」のではないかと思われます。満足がいかない作品を残すことは、耐えられないという気概があるのではないでしょうか。しかし、「満足したら、その時点で芸術家はお終い」というよな、言われ方もしますので、芸術家には「本当の満足」がないことになり、パラドックスのような話になります。

従って、論理的には、以下の二つの「命題」が考えられます。

(1) 芸術家にとって、「作品の完成」とは、それ以上手を加えることができない状態に達した時である。

(2) 芸術家にとって「作品の完成」とは、修正しようとすればきりが無いので、あるところで妥協することである。

もし、命題(1)が正しいのなら、芸術家は完成の時点を、どのように認識しているのだろうかと興味がわいてきます。

梅爺がまだ若い頃、近隣の福生(ふっさ)に住む、新進気鋭の洋画家と知り合いになり、「完成の意識」について、質問してみたことがあります。彼は、ニヤリとして、「それは、小便をし終わった時の感覚です」と答えました。

少々、下品な表現ではありますが、梅爺は「なんとなく、わかった」ような気がしました。しかし、梅爺は、芸術家ではありませんので、本当にその感覚を追体験できません。あくまでも「そんなものか」と想像したに過ぎません。

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2008年6月28日 (土)

「完成」の意識(1)

梅爺が、昔から是非知りたいと思っていたことに、芸術家が、どの時点で「作品が完成した」と思うのか、ということがあります。

私達は、「既に完成した作品」を、観たり、聴いたり、読んだりしていますので、その作品が存在していることを、なんの疑いも無く受け容れていますが、作者にとっては、「無」から始めて「作品完成」までに、時間的経過、プロセスがあり、どこかで「完成した」と「意識した時点」があったはずです。

音楽は、時間的経過を利用する芸術様式ですので、作品自体の「終わり」はどこにするかは、比較的明白ですが、作曲家が作曲の途中で、曲想をもっと良くしようと楽譜に修正を加えることはあるはずです。もっとも、モーツァルトの残された直筆楽譜には、ほとんど「添削の跡」がありませんので、モーツァルトの場合は、頭の中で「音楽が既に完成していた」と推測できます。凡人には、想像を超えた天才の世界です。

文学も、様式上の「終わり」は明白ですが、内容に関しては、「推敲に推敲を重ねる」という表現があるように、修正のプロセスがあるはずです。原稿用紙に書いていた時代は、第三者が作家自身の添削の跡をたどることができるために、作家の思考過程を推測できましたが、ワープロで原稿が書かれてしまうと、第三者は「完成品」しか眼にすることができないことになります。これをもって、ITが、文学をダメにした、と非難する方もおられますが、電子媒体で受け渡すことができる原稿は、その後の編集、製本などのプロセスを、圧倒的に効率よくしていますので、万年筆と原稿用紙が文士の必需品である時代ではなくなりました。

梅爺が、一番不思議に思うのは、絵画や彫刻といった、作品自体には時間的要素が無い美術の世界で、芸術家が、どの時点で、「これ以上は筆を加える場所はない、これ以上はノミを入れる場所は無い」と「意識」するのだろうということです。

ダ・ヴィンチがモナリザを完成させるのに、3年間を要したと伝えられていますが、「3年間の終着点」は、どのように訪れたのだろうと考えてしまいます。どうでもよいことのようにも思えますが、それにしても不思議です。

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2008年6月27日 (金)

奇遇

人生には、不思議な縁で、人と出会う『奇遇』と呼べるものがあります。梅爺も、『横浜フォーラム』の主催者で、大学時代からの友人でもあるMさんのおかげで、最近以下のような『奇遇』を体験しました。順序だって、『顛末』を記述すると以下のようになります。

(1)梅爺の長兄『Q翁』も、梅爺同様毎日欠かさずブログを掲載していて、長兄の毎日の所感に加えて、我々兄弟の母方の祖父にあたる『岡村司』が明治の終わり頃に、フランスへ留学した時に書き残した『日記』の内容を、少しづつブログへ転載し続けている。『岡村司』は、当時京都帝大の法学部で『民法』の教鞭をとっていた。留学仲間に、同じく京都帝大で『刑法』の教鞭をとっていた『勝本勘三郎』氏がおり、祖父の日記には、度々その名前が登場し、二人の交友関係の深さが分かる。

(2)長兄『Q翁』のブログを、梅爺の友人Mさん(横浜フォーラムの主催者)が読んで、Mさんの知人で、6月の横浜フォーラムの講師をお願いしている『勝本正之』氏と、『勝本勘三郎』氏はつながりがあるのではないかと、『直感』で思いつき、調べた結果、『勝本勘三郎』氏は、『勝本正之』氏の曽祖父であることが判明した。Mさんは、高校生時代の正之氏の家庭教師であったために、勝本家の家系について、正之氏の祖父『勝本正晃』氏は民法の、伯父『団藤重光』氏は刑法の有名な学者(教授)であるという予備知識があったことも幸いしている。

(3)6月25日(水)の『横浜フォーラム』に、勝本正之氏は講師として参加され、梅爺との対面が実現した。お互いの曽祖父、祖父のパリでの交友から、100年以上が経過してのことである。

梅爺の長兄『Q翁』が、ブログに祖父の日記を転載しなければ、そして、Mさんの勝本氏との関係や『直感』がなければ、このような『つながり』は分からずに済んだ話ですので、不思議な縁を感ずると同時に、感謝にたえません。

勝本正之氏は、大手電機会社を退職され、現在は大学の講師をされており、今回は、『世界青年の船』に指導者のお一人として参加された折の体験をお話されました。

尚、この『奇遇』には、更にエピソードがあります。勝本正之氏も梅爺同様合唱の趣味をお持ちで、色々な演奏会に合唱団員として出演されておられることが分かりました。そして、なんと最近の演奏会、『メサイア』と『荘厳ミサ』は、梅爺も拝聴していることが判明しました(この演奏会については、それとは露知らず、前にブログに書きました)。梅爺は、友人のUさん夫妻が出演されるので、演奏会へ出かけたわけですが、間接的ながら、勝本氏とは、既に接触の機会があったということになります。

蓋然性の組み合わせとは言え、人生には、このような楽しいことも待ち受けているものだとあらためて知り、長生きする意欲が少し増しました。

Mさんは今回も、講師の『お名前織り込み狂歌』をご披露され、その一つが私達の『奇遇』を詠まれたものでした。Mさんのこのような才能にも頭が下がります。

『勘三郎(んざぶろう) 司(かさ) 黙(だ)すも 時(き) 回(わ)り 探(ぐ)る縁(えにし)の かしき 絆(ずな)』

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2008年6月26日 (木)

『ジブリ美術館』(2)

アニメーション映画は、一枚一枚手書きの原画(セル画)を用いたり、粘土細工を少しづつ動かしたりして、丹念に撮影を続け作り上げるものなので、大掛かりな撮影セットなどを必要とはしませんが、膨大な人間の労力と能力とを必要とする映画の形態です。

アメリカのディズニー映画が、『アニメーション映画』の代名詞のようになっていた時代もありましたが、伝統的なセル画を使うアニメーションでは、今や日本が世界一の座を獲得し、テレビ用、劇場用のアニメーション映画を問わず、日本の作品は、『輸出』され、外貨を獲得しています。中でも、宮崎駿監督の作品は、劇場用アニメーション映画の頂点に君臨し続けています。韓国や中国が、国策でこの分野の育成に力をいれていますが、日本の優位は今のところ揺るぎそうもありません。

アメリカのアニメーション映画は、制作コストを重視してコンピュータを利用する方法に代わり、それはそれで、写実性、立体感などで優れているのですが、人がつくったという『ぬくもり』の点で、宮崎アニメーションには、及ばないような気がします。

『ジブリ美術館』を見学すると、細部にまで徹底してこだわる制作の姿勢を知ることができます。背景画の作画、色彩の決定、音楽などどの部分をとっても、世界に通用するプロ中のプロが手がけていることがわかります。この日本人のきめの細かい『総合能力』を外国が、たやすく真似できない理由なのでしょう。

梅爺は、宮崎作品はどれも大好きですが、中でも、『風の谷のナウシカ』『隣のトトロ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』などが好きです。

子供の心を持ち続ける大人でなければ、このような映画はつくれません。面白さで子供を魅了し、一方『愛』や『自然との共生』といった深遠なテーマに大人も引き込まれるわけですから、世界中の人が賛嘆するのは、当然なことです。『マンガは嫌い』など決め付けて、この世界に接したことがない方は、人生の宝を一つ見落としておられるのかもしれません。

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2008年6月25日 (水)

『ジブリ美術館』(1)

梅爺が、仕事の現役時代に、同業の4社から2名づつ参加する(計8人)会合があり(名誉のため申し上げれば、談合ではありません)、ほとんどが現役を引退してしまった現在も、夫婦ぐるみでの付き合いを続けています。亭主だけの会は『十六夜会』と称し、女房だけの会は『サンフラワーの会』と称して定期的に会合(飲み食いと談笑だけが目的)がもたれます。前に、このグループの5組夫婦で、東北へ旅行した時の様子は、『松尾芭蕉』というタイトルでブログに書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_f788.html

梅爺に、今回は『十六夜会』の幹事役が回ってきましたので、6月19日(木)に、吉祥寺での会合をセットしました。梅爺は、青梅に住んでいますので、最近めっきりスマートな街に変身した立川の方が地の利を得ているのですが、グループには、千葉県、神奈川県の住人もいますので、妥協して、中央線と東急井の頭線が交差する吉祥寺を選びました。吉祥寺は、前に『ジョージタウン』と呼ばれ、若者の街でもありましたので、年寄りの『郷愁』もあろうと考えたからです。

会合は、一部と二部に別れ、一部は午後、井の頭公園(西園)の中にある『ジブリ美術館』を見学した後に、井の頭公園散策、二部は、夕刻より吉祥寺駅北口のサンロード内にある、『新潟の地酒が飲める居酒屋』で宴会という構成にしました。今回は『十六夜会』でしたが、夫婦同伴もOKとしたこともあり、一部には9名、2部には14名が参加しました。梅爺と梅婆は、幹事役をこなすために、事前に2度も吉祥寺へ下見に出かけました。

『ジブリ美術館』は、世界的に有名な日本のアニメーション映画の巨匠監督、宮崎駿(みやざきはやお)氏が主催するスタジオ・ジブリがつくった美術館で、関連資料やアニメーションの作られるプロセスがわかりやすく展示されています。子供から大人までが楽しめますが、外国語のサービスがほとんどないにも関わらず、外国人の見学者が多いのに驚きました。日本のアニメーションが、世界の人たちに愛されている証拠なのでしょう。

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2008年6月24日 (火)

題名のない音楽会(5)

佐渡裕氏の師であるバーンシュタインは、有名なブロードウェイ・ミュージカル『ウェストサイド・ストーリィ』の作曲家です。ジャンルを問わず、多くの人が『音楽の素晴らしさを知り、好きになる』ことが重要と考え、ミュージカルや映画音楽など、クラシック音楽以外の分野でも活躍しました。佐渡氏が、『題名のない音楽会』の司会者を、超多忙なスケジュールの中で引き受けたのは、この師の考え方を継承しているからでしょう。

梅爺は、この番組を観ていて、日本では小学校から正規授業になる『音楽』は、欧米では、正規授業に含まれていないことを始めて知りました。精々『課外授業』程度の扱いらしいのです。音楽専門の先生や楽器にかかる費用を節約するため(節税)というのが、その理由のようですが、幼児期に音楽が果たす『情感教育』の意義を考えると、本末転倒のように思えます。日本が音楽教育の先進国であることを喜ぶと同時に、経費カットなどという名目で、西欧追従をしないように願うのみです。

アメリカのある工科大学で、学生に、課外活動で必ず『音楽』を選択するように指導したところ、正規の授業の成績があがり、落第などの落ちこぼれも減った、というような話を、本で読んだ記憶があります。人間の脳は、『理性』と『情感』の双方がバランスよく発達していて、はじめて『健全』といえるのではないかということを裏づけするような話として、興味深く感じました。

日本の小中学校で、音楽の時間に、『題名のない音楽会』の録画を生徒に見せるだけで、多くの生徒は音楽に興味をいだき、人間の優しさを感じ、そして世界で活躍するために、日本人はどのような努力が必要かを理解するのではないでしょうか。梅爺と梅婆が観ているだけでは、もったいない番組です。

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2008年6月23日 (月)

題名のない音楽会(4)

『題名のない音楽会』という番組は、指揮者佐渡氏の、人間味溢れるお人柄が魅力の一つです。オーケストラの指揮者には、音楽に関する優れた感性と同時に、知性や理性も求められますので、それらをバランスよく持ち合わせておられる佐渡氏が、魅力的であることは当然のここと言えます。

盲目の若いピアニスト、辻井信行さんの才能を発掘され、番組で『ラフマニノフピアノ協奏曲第二番(第三楽章)』をオーケストラと競演した後、お二人は、黙って壇上で抱擁されました。そのしばしの沈黙は、お二人にとって、どのような会話にも勝る『心の交流』の時間であったことは、テレビを観ている梅爺にも伝わってきました。この瞬間に関しては、言葉は無力であり、反って邪魔なものであることを感じました。『感動』は、人間にとって何にも勝る薬なのではないでしょうか。

佐渡氏は、小学生から高校生の年代の、優れた器楽演奏家を集めて『スーパーキッズ・オーケストラ』を育成されておられ、これが、しばしば番組に登場します。その練習風景も紹介されましたが、子供達の、佐渡氏の話を聞き漏らすまいとする、きらきら輝く眼が印象的でした。このオーケストラの力量は、並々ならぬもので、日本の音楽文化のレベルの高さが、如実に現れています。佐渡氏も、『いつか、この子供達をヨーロッパへ連れて行って演奏をしたい。ヨーロッパの人たちを驚かせたい』と語っておられました。ヨーロッパの人たちが『驚愕』することは、間違いありませんので、想像しただけで、梅爺は楽しく、誇らしく感じました。

『スーパーキッズ・オーケストラ』は、エリート教育にも見えますが、そうではなく、音楽をやるからには、大人であれ子供であれ、最高のレベルを目指すべきという、佐渡氏の考えの表れなのでしょう。才能のある子供に、最高の環境を提供するという考え方に、梅爺は賛同します。しかし、それは、才能の無い子供を無視するということではありません。人は、才能に応じて生きていくことが『幸せ』の条件のように思いますが、なかなかそうは行かないところが、人生の厄介なところです。

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2008年6月22日 (日)

題名のない音楽会(3)

佐渡裕氏は、子供の頃から米国の著名な指揮者、レオナード・バーンシュタインに憧れ、その弟子になった経歴をお持ちです。師のアシスタントとして、米国やヨーロッパに永く滞在していたこともあり、英語とドイツ語が堪能とお見受けしました。音楽自体が、人類共通の『言葉』であるとはいえ、指揮者は、『自分の意図』を明確に演奏家に伝えなければなりませんので、言語は重要な役割を果たします。

梅爺達『爺さん合唱団』の指揮者の三澤先生も、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ラテン語、英語の堪能で、『正しい発音』や『単語の持つ本当の意味』までを、教えてくださいます。辛うじて英語が少し分かる程度の梅爺は、全く頭が上がりません。

世界で活躍される日本人は、自分の得意分野に加えて、このような言語習得の並々ならぬ努力をされていることが分かります。

梅爺の長兄の『Q翁』のブログに、母方の祖父が明治の終わり頃にフランスへ留学したころの『日記』が、転載されており、当時祖父がフランスで、『言葉に一喜一憂している様子』がうかがわれます。フランス人に『フランス語か英語をもっと勉強したらどうか』と言われて、『100年後には、世界中の人間が日本語を勉強するようになるから、外国語はあまり勉強しない』などと、変な自尊心と反骨精神で答えています。『忠君愛国』などというスローガンを嫌った祖父ですが、本当はかなりの愛国者であったことが分かります。

梅爺も、仕事の現役時代に、『英語』を話すのが当然と考えているように見えるアメリカ人には、まず『あなたは日本語ができますか』と質問するようにしていたことを思い出しました。『本来は対等な関係なのに、あなたのために私が無理をして英語を使っているのですよ』ということを示したかったからです。祖父の日記を読んで、こんな『変な自尊心や反骨精神』まで、見事に遺伝していることを知り、つい苦笑いしてしまいました。

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2008年6月21日 (土)

題名のない音楽会(2)

梅爺は、大学時代には、男声合唱団で、指揮者の前田幸市郎先生(故人)のご指導を受け、仕事の現役からリタイアした現在は、大学のOB男声合唱団に加わって、指揮者の三澤洋史(みさわひろふみ)先生のご指導を受けていることもあって、『音楽の面白さの真髄は、練習にある』と感じています。前田先生も、三澤先生も、状況に応じて、『合唱』という音楽の本質を、極めて適切な表現で、『言葉』にされますので、梅爺は、『うーん、なるほど』と感服してしまいます。音楽ばかりではなく、人間の本質や、言語、歴史、文化に関する深い理解と洞察力がなければ、そのような『表現』はできないと感ずるからです。

特に、若い三澤先生は、ご自分の父親に相当するような年齢の『素人爺さん合唱団』のために、練習時の多くの時間を費やして、色々な話をしてくださいます。人生では先輩の爺さん達が、若い先生の話に、眼を輝かせながら神妙に聴き入っている様子は、ご想像いただいただけで、ユーモラスな光景かと思いますが、これが当の爺さん達にとっては至福の時間なのです。

バイロイト音楽祭の合唱指揮者を務められたり、現在は新国立劇場の専任合唱指揮者として活躍され、世界が認めるこの分野の第一人者であられる三澤先生が、時に、音程や発声さえもままならぬ、『爺さん合唱団』のご指導を引き受けてくださるということだけでも、『感謝』のほかありませんが、『心に響く話』までしていただけるわけですから、爺さん達は、まことに果報者です。

三澤先生は、文才にも長(た)けておられ、ご自分のホームページの『今日この頃』というコラム欄に、すぐれた文章を掲載されておられます。

http://mdr-project.hp.infoseek.co.jp/

『題名のない音楽会』でも、佐渡裕氏のドイツのオーケストラでのリハーサル光景が放映されました。達者なドイツ語で指導される様子もすばらしいのですが、プロの団員が、神妙に聴き入っている様を観て、爺さん合唱団が三澤先生に感服しているように、このオーケストラの団員も、『マエストロ佐渡』に感服しているなと、感じました。

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2008年6月20日 (金)

題名のない音楽会(1)

日曜日の朝に30分放送される『題名のない音楽会』という番組は、最近司会者が指揮者の佐渡裕(さどゆたか)氏に代わって、一層面白さが増したために、梅爺と梅婆は、毎週録画して楽しんでいます。

この番組は、40年以上も続いている長寿番組で、最初の司会者は作曲家の黛敏郎氏でした。その後、司会者は永六輔、武田鉄矢、羽田健太郎と代わり、最近羽田氏(ジャズピアニスト)が急逝されたこともあって、佐渡裕に引き継がれました。原則として、一流のコンサートホールを利用し、聴衆を前に舞台で演奏される、これまた一流のオーケストラや演奏家の音楽を、テレビを通じて茶の間へ送り込むという、高尚な娯楽番組が、多くの人たちに愛され続けてきたという事実は、日本の文化的な民度がいかに高いかを示す指標の一つではないかと梅爺は感じています。世界中を探しても、このような番組がこれほど永く続いたという事例はないのではないでしょうか。

勿論、一貫してスポンサー企業を続けてきた出光興産の経営者の志がなければ、継続できなかったと思われます。手っ取り早く視聴率が稼げる番組へ広告投資をするという、誰もが採用しがちな経営判断よりも、このような『利益の社会還元』の方が、長続きし、結果的にブランド力を強化することになるという、良い事例ではないでしょうか。

司会者の個性で、番組の性格が変わりますが、佐渡裕氏の『豊かな人間味』が、この番組に新しい個性をもたらしたように思います。

日本は、近年、世界に通用するオーケストラの指揮者を沢山排出していますが、佐渡裕氏もそのお一人です。『世界のオザワ(小澤征爾)』が、研ぎ澄まされた孤高の鋭さを感じさせるのに対して、佐渡裕氏は、その情熱的で、エネルギッシュな取り組み姿勢が魅力です。演奏後には、衣装が汗でびっしょりになるというのが、佐渡氏のトレードマークです。

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2008年6月19日 (木)

臭いものに蓋

江戸いろはカルタの『く』、『臭いものに蓋』の話です。

『くさいにおいは元から断たなきゃダメ』という、コマーシャルがありましたが、これが正論で、『臭いものに蓋』は、『人は都合が悪いことを、姑息な手段で隠蔽しようとするものだ』と、皮肉っていることになります。

犯罪行為とは行かないまでも、誰もが胸に手を置いて考えてみれば、それらしいことをしてきたことに思い当たり、単純に『他人事(ひとごと)』として、笑って済ませないところが、江戸いろはカルタの秀逸なところです。

一方、『天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず』という有名な老子の言葉があるように、姑息な手段で不都合を隠蔽しようとしても、必ず露見するものですよ、という教えもあります。大変ごもっともな話ですが、『臭いものに蓋』の方は、『分かっていながら、人はそういう馬鹿げたことをやってしまう弱いところがある』という『人間に関する観察眼の鋭さ』が感じられて、梅爺は、説教がましい教えより、こちらの方が好きです。

普通の神経の持ち主なら、『蓋をしたからもう大丈夫』とは考えずに、誰かが蓋をあけないか、蓋がはずれてバレることはないかと、その後ビクビクしながら生きていくことになります。中には、心配がこうじて、もう一枚上から蓋をするような人もいるかもしれません。『臭いものに蓋』は、そんな人間のドラマを想起させるところがあります。『においの元を断つ』のが本質だと、正論を言われても、そんなに簡単に、元を断てない『におい』と分かっているからこそ、あわてて蓋をしたというのがホンネですから、正論は効を奏しないことになります。

梅爺は、不都合を隠蔽することを、仕方がないことだと擁護しているわけではありません。官僚や企業が不都合を隠蔽するような不法行為が発覚したときには、人並みに義憤は感じます。しかし、『臭いものに蓋』をしてしまう人間の習性は、江戸の庶民が見抜いていたように、ほとんどの人が持ち合わせているとすれば、偉い人がテレビに現れて『今後、同じようなことが起きないように徹底します』などと釈明しても、『そうはならない』ことも明白です。

『今後、同じようなことが起きないように徹底する』という釈明の蓋で、覆ってみても、元を断つことができない『臭いもの(人間の弱い心)』がある以上、またどこかでにおいを発することは避けられませんので、人間の社会からは、残念なことに根絶できそうにありません。

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2008年6月18日 (水)

理詰め(3)

『理詰め』は、ものごとを良い方向へ向かわせようと、論理思考する作業です。昨日も書いたように、結果が必ずしも良い方向へ向かうと言う客観的な保証がない場合でも、人間は、その人の持てる能力を駆使して『理詰め』を行おうとします。

『理詰め』という言葉を聞くと、じっくり時間をかけて慎重に思考するイメージが思い浮かびますが、実際は、かけられる時間に制約があり、瞬間ともいえるような短い時間の中で、良かれと思われる方向の決めなければならない事態にも遭遇します。このような凝縮した時間の中の判断までも『理詰め』と呼ぶことを許していただければ、人間は、とっさに危険を回避するような本能的な反応を除き、ほとんどの場合、良かれと思う方向へ舵取りをするための『理詰め』を行いながら、次の行動を決めていることになります。

『将棋』や『碁』などのゲームは、『じっくり型の理詰め』の典型ですが、スポーツなどは、大半が『瞬間型の理詰め』が主役です。野球の良いバッターは、瞬間的に球種やコースを予測し、ゲームの状況も判断して、『強く引っ張る』か『軽く流す』かを決めますし、サッカーの良い選手は、瞬間的に敵や見方の陣形を察知し、もっとも有効なところへ向かってドリブルをするか、パスを送るかを決めています。スポーツで言われる『読みのよさ』は、瞬間的な『理詰め』で、有効な結果を引き寄せる能力の高さのことであろうと思います。

『私は考えることが苦手なので、思いついたら直ぐ行動することにしている』などと、『理屈っぽさ』を嫌うようなことを言う人でさえ、その人なりの『理詰め』は、必ず行っていることになります。

『理詰め』は、『理屈っぽい人』の専売特許ではありません。つまり、『理詰め』をする習性は、多かれ少なかれ、人間なら誰もが脳の基本機能として、生まれながらに保有しているものと梅爺は考えています。問題は、『客観的にみて、良い方向』の尺度がありませんので、各自が『自分にとって、良いと思われる方向』に向かって、『理詰め』を行うことにありそうです。

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2008年6月17日 (火)

理詰め(2)

日本の学校教育では、『問題に対して正しい答を言い当てる(論理で導くか、知識として記憶していることを表現する)』訓練が主に行われます。問題には、必ず『正しい答』があることが前提になっていますから、全ての問いに、間違いなく答えると100点満点が取れて、頭の良い子の勲章になります。

勿論、世の中には、『問題に対応する唯一の正しい答え』が存在するケースが無いわけではありませんが、むしろ比率としては少なく、大半の問題は、『対応方法は幾通りか考えられるが、どれが客観的に正しいかは分からない』ケースの方が圧倒的に多いのが現実であるように思います。そして、そのことが、世の中の多様さを生み出す要因になっています。

学校で、『問題に対する唯一の正しい答』を見つける訓練をつんだ『頭の良い人』が、世の中に出て、問題に遭遇した時に、『正しい答の存在を疑わず、それを見つけようとする』のは、無理からぬことかもしれません。懸命に答が書いてある参考書や答を知っている人を探しだそうとしたりしますが、それも見つからない時には、途方にくれて、立ち止まってしまいます。『結婚願望』はあっても、誰が自分に『最もふさわしい伴侶』かについて答を見い出せないでいるうちに婚期を逃したりするのと似ています。

『理系』の人間は、『理屈っぽくて、付き合いきれない』と言われることがありますが、確かに『理系』の人の中には、何事も『理詰め』に考えれば、『正しい答』に到達できると単純に考えているように見える人がいることも確かです。自然科学の領域は、正しい論理を積み重ねて、真理へ到達しようとしますので、この手法が何にでも通用すると錯覚してしまうためでしょう。一番手に負えないのは、『自分が思いついた考えが、唯一の正しい答』と短絡してしまう場合です。

世の中の大半のことは、『正しい答があるかどうかさえ分からない(現状の人間のレベルでは)』ので、『理詰めに考える』ことは、あまり意味がないという主張には、梅爺は同意しかねます。

正しい答が見つからないといって、何もしないで立ち止まっていることは、現実には許されませんから、何らかの対応方法を決めて行動する必要に迫られます。この『なんらかの対応方法』を決めるプロセスにも、『理詰め』の考え方が有効に働きます。他の対応方法に比べて矛盾が少ない、自分に不利な要素が少ないなどと考えるのは、『理詰め』に他ならないからです。

フィンランドの『考える教育』が話題になっていますが、これは、『正しい答』を見つけるというより、『自分で相対的に納得できる対応方法』を見つける訓練を重視していることに他なりません。梅爺は、後者も『理詰め』の思考であろうと思います。

『理詰め』を、融通の利かない、『理系』人間のばかげた習性と切り捨てるのは、行き過ぎのように思います。『理詰め』は人間の誰にも与えられた特権でもありますので、これを活用しない手はありませんし、誰もが利用しています。自分より『理詰め』ですぐれた人に出会うと、劣等意識もはたらいて『なんとなく煙たい』と避けたくなることはありますが、そうだからといって『理詰め』を否定する理由にはなりません。

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2008年6月16日 (月)

理詰め(1)

梅爺は、友人・知人の仲間内で『理屈っぽい人間』と評され、大学で『理系』の学科を卒業した人間の共通する性格であると、言われることがよくあります。しかし、小学校を卒業する時の文集には、将来なりたいもの(職業)として、『新聞記者』か『弁護士』と書いていますので、この頃は『理系』へ進もうとは考えていなかったことがわかります。

『理系』を選んだのは、大学受験時に進路選択を迫られ、『それならば理系で』と決めた程度のことですので、今でも、自分の資質は『理系以外にはない』と確信しているわけではありません。従って、もし梅爺が大学で『文系』を専攻していたら、『理屈っぽい人間』になっていなかったとは思えません。梅爺の『理屈っぽさ』は、生まれつきで、DNAのなせる業です。

『理屈っぽい人間』が嫌われる理由の一つは、『何でも理詰めで考えれば、正しい答や対応策が見つかる勘違いしている人間』と受け取られているためと、感じています。現に、『世の中は、理屈だけで片付くものではないよ』と、仲間内からたしなめられることがあります。

梅爺がこのような人間であると受け取られているのは、梅爺の不徳のいたすところで、梅爺本人は、『何でも理詰めで考えれば、正しい答や対応策が見つかる』と考えているわけではありません。『理屈っぽさ』と『正しい答への執着』は、必ずしも一体ではないのです。

梅爺は、本を読んだりテレビを観て、ある事象に遭遇すると、どうしてそれが起きたのかとか、何故それが存在するのかなどと、『因果関係』を推測したがる性格が強く、自分なりに思いついた『因果関係』を『仮説』として提示する癖があります。『梅爺閑話』の大半は、それに属するものであることは、お読みくださる方には、ご理解いただけるでしょう。このような場合、自分が提示した『仮説』が、正しいと主張しているわけではありません。

カッコヨク言えば、梅爺は自分の『思索を楽しんでいる』ことになりますが、思索の基となる教養・知識を欠くために、時に『とんでもない誤謬』を、それと知らずに述べている可能性があることも承知しています。

自分の考えを開示したりするのは、わざわざ世の中に、災いの種を蒔き、敵を作ることになって『損だ』と考え、『沈黙は金』を決め込む方もおられますが、梅爺のような年齢になると、世の中には『具眼の士』がおられて、こちらがどんなに気取ったり、黙っていても、能力のレベルや本性は、見破られてしまうものであることも、承知していますので、どうせそうならと、恥を忍んで『梅爺閑話』を書いています。

人は『恥をかかずに生きていく』などということはできませんので、恥をかいたときは、生きている証拠と感謝し、次は少しでも恥をかくまいと発奮する材料にすればよいと考えています。

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2008年6月15日 (日)

霧と砂の家(2)

『霧と砂の家』は、ホメイニの宗教革命で国を追われ、アメリカに亡命したイラン人の軍人一家(夫婦、娘、息子)と、夫に逃げられ、酒とタバコで自暴自棄な生活を送っていたアメリカの若い未亡人(子供はいない)が、未亡人の持ち家の権利をめぐって激しく争う中で、お互いが相手の立場を『理解』する心が芽生え始め、微妙な関係になっていく話です。しかし、最後はハッピーエンドではなく、全ての登場人物が、観る人にとっては、やりきれない『不幸』が待ち受けています。

米国人の未亡人は、労働者であった父親が一生かけて手に入れた家を、遺産相続でもらい受け、住んでいましたが、税の滞納で、州に家を没収されてしまいます。一方、亡命したイランの軍人一家は、最初は、亡命時に所持していた金で、娘のために豪勢な結婚式を挙げたりできましたが、やがて所持金が少なくなり、息子の進学資金にも困窮するようになります。そのとき、新聞で州が没収した家が、オークションにかけられているのを見つけ、格安でこれを入手し、移り住みます。入手金額の4倍の値段で、やがてこの家を売却し、資産を増やそうというのが狙いです。

一方、未亡人は、州の没収そのものが、州の判断ミスであると主張し、未亡人に心を寄せる保安官と結託して、この家をとり戻そうと試みます。激しい争いのなかで、イラン人一家とアメリカ人の未亡人の間に、微妙な心の交流ができ始めますが、保安官の思慮を欠いた策略がもとで、イラン人一家(夫婦と息子)は死に追いやられ、未亡人も家を失い、保安官は投獄されます。

アメリカに亡命しながら、イラン人としての誇りを失わない軍人と、同じくプライドを持ちながら心優しいその妻、そして両親を尊敬する息子は『異文化』として、未亡人や保安官の『アメリカ文化』と対比して描かれています。この映画の制作者は、アメリカの人たちに、『異文化との共存』の意味を考えて欲しいという意図をもっていたのかもしれません。2001年の9.11事件の後、2003年にこの映画が作られたことの意味を考えてしまいました。

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2008年6月14日 (土)

霧と砂の家(1)

NHKBS第二チャンネルで放送された、2003年のアメリカ映画『霧と砂の家』を録画しておき、最近観ました。

最近のアメリカ映画は、制作費だけは、膨大にかけながら、商業主義丸出しのチャラチャラした、荒唐無稽なものばかりと、少しあきらめかけていた梅爺には、衝撃的にすばらしい映画でした。多分、メジャーではないスタジオが制作したものと推測しますが、アメリカの映画製作者の中には、まだまだ、根性の座った人たちがいるのだと、見直しました。

梅爺が今年観た映画の中では、前に紹介したイラン映画『こんなに近く、こんなに遠く』と双璧のすばらしさです。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_b50e.html

『霧と砂の家』と『こんなに近く、こんなに遠く』の共通点は、緻密なシナリオと、リアリズムに徹した表現です。観ていて、ストーリーに不自然さを感ずることがありません。利己的で冷徹な人間が、心の優しさを兼ね備え、時に自らの死よりも、信条や自尊心を重視するという、矛盾した存在であることを二つの映画は表現しています。登場する役者の演技力もすばらしく、観ていて、知らず知らずに感情移入してしまいます。多分、サンフランシスコ近郊の海辺がロケ地と思われますが、霧が生み出す幻想的な映像美も見事です。

両方の映画とも、『根っからの悪人』などは、一人も登場しません。利己的でもありながら、根は善良な人間が、ちょっとした歯車の狂いで、観ていて胸が締め付けられるような不幸へズルズル引き込まれていきます。懸命にその不幸から抜け出そうとあがきますが、状況は一層悪くなっていきます。それでも『こんなに近く、こんなに遠く』では、最後のシーンで、『神』の存在の示唆により、観る人にホッとする『救い』が用意されていますが、『霧と砂の家』は、主要な登場人物が全て『救いのない状態』で終わります。

過酷な運命に翻弄され、ついには最悪の状況に追い込まれる人間が、その辛い状況の中でも『心の優しさ』や『自尊心』を示すのを観て、人間の素晴らしさと、不思議さをあらためて感じます。運命に押しつぶされるのは、『不幸』ですが、その『不幸』の中でも『心の優しさ』や『自尊心』を失わない人間の存在の素晴らしさを描くために、敢えて、安易な『救い』などをこの映画は用意しなかったのではないかと感じました。

結末が、こんなに暗く悲しい映画を、梅爺は今まで観たことがありません。でも、観終わって、『こんな映画は観なければよかった』と、少しも感じませんでした。むしろ、どういうわけか、心が洗われたような、清々しさを感じました。

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2008年6月13日 (金)

日本人の宗教観(2)

死んだ人の魂について、『生まれ変わる』が30%、『別の世界へ行く』が24%、『消滅する』が18%というのが、アンケートの結果です。

『生まれ変わる』『別の世界(天国、極楽、地獄)へ行く』は、多くの人たちが子供の頃からそのように言い聞かされてきたことの影響が強いのでしょう。または、せめて身体は消滅しても、魂は存在し続けて欲しいという願望が込められているのかもしれません。

梅爺も、既に亡くなった両親、姉や友人、知人の夢を見ますので、故人は『梅爺の脳の中では生きている』と感じますが、それは梅爺の脳の中にある記憶が、そうさせるのであって、故人の魂が存在し、梅爺を訪れるのではなさそうだと感じています。従って、アンケートには『消滅する』と答えると思いますが、『消滅する』は18%ですので、梅爺は日本人としては少数派であることが分かりました。

死と同時に、脳の活動が停止し、その人の全ての精神活動は無に帰す、と考えるのは味気なく空しいようにも感じますが、何も心配事のない天国で存在し続けるのも退屈かもしれませんし、苦しみが永遠に継続する地獄で存在し続けるのもいやですので、ある期間この世に生を受けたことには感謝し、区切りをつけて『無に帰す』ことが、梅爺には好ましいことのように思われます。前にも書きましたが、『千の風になって』空を吹きまわるつもりもありません。梅爺は、自己主張が強いとよく言われますが、死んだ後まで自己主張をするつもりはありません。

ありふれた元素素材でできている1兆個の脳細胞がつむぎ出す広大な『精神活動』は、宿主の梅爺にも理解ができない摩訶不思議な世界ですが、煎じ詰めれば、個々の細胞は、DNAのプログラムを基本的に実行しているだけであり、外部からの栄養素と酸素の供給をエネルギー源とする『化学・物理反応』であるに過ぎませんので、死とともに、エネルギーが絶たれて、全てが停止し、客観的には『その人の精神活動は全て消滅する』と考えるのが、妥当と考えています。コンピュータは、何度でも電源のON/OFFを繰り返せますが、人間は、生涯に一度のONと一度のOFFしか許されていないことになります。

梅爺は、自分のことを極々平均的な日本人であると思っていましたが、『日本人の宗教観』の記事を読んで、こと宗教観に関しては、少数派の日本人に属することが分かりました。そう分かってみれば、『変な爺さん』といわれるのも、無理からぬことだと納得しました。

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2008年6月12日 (木)

日本人の宗教観(1)

5月30日の読売新聞に、『日本人の宗教観』に関するアンケート回答に基づく特集記事があり、梅爺は興味深く読みました。

多くの人が、神社やお寺に詣でたり、お墓参りをしたり、宗教的な年中行事や冠婚葬祭を自然に受け容れていながら、7割の人たちが、『宗教を信じない』と答えているからです。『行動』だけ見れば、日本人は宗教のしきたりを受け容れていながら、『回答結果』が一致していないのは、アンケートが『宗教を信じますか』と直接的に問うていることが問題で、単純に7割の人たちが『宗教を拒否している』と考えるのは間違いのように感じました。『しきたりには従うが、本心で信じているかというと、そうでもない』というのがホンネなのでしょう。

一方、94%の人が『先祖を敬う』と答えているのは、宗教とは関係なく、先祖無しには自分は存在しないと考えているからで、梅爺は、極めて健全な結果と感じました。また、『自然の中に人間の力を超えた何かを感ずることがある』が56%を占めていることも、梅爺もそう感じますので、納得がいきました。

『先祖を敬う』『自然の中に人間の力を超えたものを感ずる』が、必ずしも直接『宗教』と結びついていないところが、現代の日本人の宗教観の特徴かもしれません。勿論、日本人は昔からそうであったわけではなく、平安時代や江戸時代に、同じアンケートで調査をすれば、全く異なった結果になったにちがいありません。生活環境や情報の多寡が、宗教観に大きな影響を与えることが分かります。しかし、『強い願望』や『心の悩み苦しみの大きさ』が宗教を受け容れるベースになるという傾向は、今も昔も変わらないのではないでしょうか。

一見『チャランポラン』に見える日本人の宗教観は、見方を変えれば、現代の日本人は『願望など、持ってみてもどうせ適えられない』と最初からあきらめていたり、『追い詰められるほどの悩み苦しみを感じていない』ともいえます。そういう社会を『嘆かわしい』とみるか、『まあまあ健全』と見るかは、人によって異なるのでしょう。

外国の同様の調査結果との比較材料がありませんので、想像でしかものが言えませんが、一般に先進国では、『宗教離れ』が進行しているのではないかと感じています。ひょっとすると日本は『宗教離れ』に関しては、先進国の中でも先進国かもしれません。宗教的な儀式は生活習慣の中に残しながら、本来の信仰心を失っていく矛盾に、深刻に悩んだりしない日本人は、『感性に乏しい』のか、『いい加減』なのか、それとも『意外に大人なのか』梅爺には判断がつきません。

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2008年6月11日 (水)

『ホシズ』(2)

『ホシズ』や『カリコチャン』は、幼児が、自分の『不可解な思い』や『願望』に対して、『仮想の分身を創造』し、『納得』するという『論理思考』の現れではないかと推察できます。

大人になると、『仮想の分身』は、存在しないらしいという『知識』が増え、そのような主張はしなくなりますが、精神障害を持つ方の中には、大人になっても『自分はナポレオンの生まれ変わりである』とか『自分こそが正当な天皇家の末裔である』とか、主張し続ける人がいることが知られています。

しかし、人は誰でも、『不可解な思い』や『不都合な事態』や『願望』に遭遇した時に、脳の中で『自分に都合の良い論理解』を求めようとする習性を、本能として保有しているのではないでしょうか。梅爺が梅爺閑話で展開する『屁理屈』の大半は、これに相当するのかもしれません。『神や仏』という概念も、この習性が生み出したのではないかと、梅爺は想像しています。従って、脳の中に『神や仏』という概念を保有することは、人間にとってはごく自然な行為であるように思いますし、梅爺も、『自分が善良な存在でありたいと願う心』と言い換えれば、それを保有しています。一方、梅爺の中には、厄介なことに『ホシズ(イケナイ梅爺)』も存在していて、これが、『善良な梅爺』を圧倒しそうになりますので、悩み(煩悩)が尽きません。孫のように、『それはボクではなく、ホシズがやったんだ』と単純に主張できるのであれば、どんなに楽なことだろうと、羨ましくなります。

『自分に都合の良い論理解』を見出そうとする人間の習性は、ストレスを緩和する方法として、付与されている本能(DNAで受け継がれるプログラム)であろうと思いますので、『馬鹿げている』と、一蹴するわけにはいきません。人間が生きていくために必要な習性であるともいえるからです。しかし、ある人にとって『都合の良い論理』は、他の人には『都合の悪い論理』であるという『矛盾』がしばしば生ずることになります。

『誰もが安心して暮らせる、真に平和な社会』を、人間が歴史上実現できていない理由の根源は、この『自分に都合の良い論理解』同士の相克が絶えないからではないでしょうか。自己主張のない人同士なら『平和な社会』はできそうですが、それは人の本性に反しているとなると、『できるだけ自己主張せずに我慢する』が関の山で、そうすれば、少しは改善はされますが、『真に平和な社会』はやはり実現できないと、悲観的にならざるをえません。

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2008年6月10日 (火)

『ホシズ』(1)

5月の25日から、6月の2日まで、アメリカ在住の息子夫婦が4歳の息子を伴って帰国し、我が家に滞在しました。2年に一度、アメリカ勤務の人には、2週間の家族ぐるみ休暇が認められ、その制度を利用してのことです。

普段は、梅爺と梅婆に老犬一匹という、静かな環境の我が家が、この一週間だけは、大勢の会話や笑い声が弾む、にぎやかなものに一変しました。

梅爺も、孫とおもちゃで遊んだり、一緒にお風呂に入ったりと、楽しい時間を過ごしました。

孫が、はしゃぎすぎたり、イタズラをした時に、『オリコウにしなさい』というと、孫は『ボクではなく、ホシズがやったんだ』というので、『ホシズって誰なの?』と尋ねると、『ボクと姿や声は同じなんだけど、イケナイ子なんだ』と答えました。どうも、孫には、孫だけが感ずることができる『ホシズ』という分身がいるらしいのです。

息子夫婦も、『ホシズ』は最近突然孫が言い出したもので、その奇妙な名前の由来も分からないと言っていました。

孫は、『オリコウにしなさい』『イイコになりなさい』といくら言われても、自分の中に、『イタズラをしたい自分』や『反抗したい自分』がいることを『不思議に感じて』、『ホシズ』という『仮想の分身』を、自分なりに納得できる『論理』として、創造したものと思われます。梅爺は、4歳の子供でも、自分の中に『イイコ』と『イケナイコ』がいることを察知し、その矛盾に、『自分で納得がいく論理』を脳の中で創造して対応しようという能力を持っていることに驚きました。多分このような能力は、生物としてはヒトだけが保有するものと思われます。

そういえば、我が家の娘も、子供のときに、『カリコチャン』という、女の子の友達が、いつも自分と一緒にいる、といっていたことを思い出しました。大人の目には『カリコチャン』は見えませんので、『カリコチャン』も一種の『仮想の分身』で、『自分と思いのままに心を通わせることができる友達』が欲しいという当時の娘の願望が、そのようなものを脳の中に生みだしたのではないかと推察できます。

『ホシズ』や『カリコチャン』は、大人の知識を持ち合わせていない子供が、自由に発想した、微笑ましいものに見えますが、実は、大人もこれに類する『自分に納得がいく論理』を脳の中で生み出す本能をを持っているのではないかと、梅爺は考えています。

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2008年6月 9日 (月)

面白さ満載の本(4)

『The Interpretation of Murder』という小説の中で、シェークスピアの『ハムレット』の一番有名な台詞『To be or not to be, that is the question.』の解釈が重要な役割を演じ、ある場面の会話でも、有効に使われます。

日本では、一般に『生か死か、それが問題だ』と訳されます。梅爺は、人間が生か死かの選択を迫られるのは、確かに大変な問題とはおもいますが、選択を迫られる原因に言及しないで、嘆いてみせるのは、少し大袈裟ではないかと、ぼんやり感じていました。

この小説の中で、フロイトは次のような解釈を展開します。『to be』は『今のままで存在し続けること』、『not to be』は『今のままで存在し続けないこと』と解釈します。つまり、ハムレットが、自分の父であった王を殺害し、自分の母と結婚して王位についた叔父を、容認するか、叔父を殺害するかの選択で悩む言葉であって、ハムレット自身の生死のことではないという解釈です。フロイトのことですから『エディプス・コンプレックス』で、ハムレットは母親の再婚相手(叔父)に無意識な嫉妬を感じているのだとも主張します。もし、そうならシェークスピアは、とっくの昔に、人間の『エディプス・コンプレックス』についての理解していたことになります。

小説の中に主人公として登場するアメリカの若い精神医学者は、更に拡大解釈し、『to be』を『ありのままで存在すること』、『not to be』を『ありのままで存在しないこと』と考えます。人間が、何かの行動を起こすと言うことは、何かの『役割を演ずる(to seem)』ことであり、どんな行動でも、行動に及んだ時点で『to be』ではなくなってしまうという矛盾を抱えながら、人間は生きているのだ、という主張です。少々哲学的で、難解な説明ですが、なるほどと思わせます。

推理小説のつもりで読み始めて、思いもよらず梅爺は、『20世紀初頭のニューヨークのありさま』『精神分析医の診断プロセス』『フロイトとユングの確執』『ハムレットの台詞の解釈』と、沢山のことを知ることができました。たかが推理小説と侮るわけには行かないことが分かります。

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2008年6月 8日 (日)

面白さ満載の本(3)

フロイトの学説は、『エディプス・コンプレックスに基づく無意識の性衝動が誰にもあり、それが夢に現れる』というものですので、初めてこれを聴いた人は、驚愕し、戸惑ったにちがいありません。特に、宗教家や、自分は『清く正しい』と信じ込んでいる人たちは、受け容れがたい妄説として反撥しました。この小説の中でも、当時のアメリカ医学の大家達が、フロイトの講演や英語訳の学説論文出版を、社会を害するものとして阻止しようと、暗躍する様子が描かれています。

『無意識の願望』や『何となく気がかりなこと』が、夢に現れるという主張は、そうであろうと梅爺も思いますが、何でもかんでも『エディプス・コンプレックスに基づく性的願望』として説明しようとするのは無理があるように感じます。脳の活動の一部は、自分の理性ではコントロールできず、我ながら不可解なこともあると、単純に認めてしまえば、それで済むことですが、なかなかそうはいかず、自分の中に、そのようなおどろおどろしたものがあることを『罪』と意識し、悩んだり、抑圧しようとしたりして、反って鬱状態になるようなこともあるのでしょう。人間は、自分自身が不可解であることを認めたがらないために、悩みを抱えるのですから本当に厄介です。

ユングは、最初フロイトの一番弟子でしたが、やがて二人は、考え方の違いが元で、袂を分かつことになります。この小説の中でも、ユングがフロイトに反抗する場面が登場します。心理学は、物理や化学のように、普遍的な法則が存在しない学問ですから、学者間の『仮説』の対立は避けられないのでしょう。

心理学は、脳の働きを外側から、現象的にとらえる学問で、ヒトを解明する手がかりの一つではありますが、『何故ヒトは、そのようにできているのか』という真因を突き止めることは、難しいように感じます。ヒトの脳を、『生きている状態でリアルタイムに』解明する、決定的な探索手段が見つかれば、従来心理学が現象的にとらえていた事象の真因が分かってくるかもしれません。

しかし、仮に真因が明るみに出た時に、その事実を個人や社会がどう受け止めるかは、想像を絶する難題のように思います。核兵器の発明どころではない、大きな問題に人類は直面するかもしれません。自分の中に、おどろおどろした不可解なものがあることを認めた上で、思い悩み、苦しんでいる方が、『人間は幸せ』なのかもしれません。悩みや苦しみの原因が明らかになり、それから解放される手段を手に入れた時に、人間は人間らしさを失うかもしれないというパラドックスのような話です。

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2008年6月 7日 (土)

面白さ満載の本(2)

『The Interpretation of Murder』の背景は、1909年のニューヨークです。『世界で、最もエキサイティングな都市はどこですか?』と訊かれたら、梅爺は『ニューヨーク(マンハッタン地区)』と『ベネチア』答えることでしょう。勿論、『東京』は別格としての話です。人間が『人工的に作り上げた極端な都市』であることが共通点です。『ロス・アンジェルス』も人工的ですが、車社会が作り出した味気のない都市ですので、好きではありません。

ニューヨークは猥雑で、少し気を許すと身に危険が及ぶような怖い都市でもありますが、猥雑さは『闇鍋』をつっつくようなスリルがあることの裏返しで、多様な価値観が、ごっちゃ混ぜになっており、日本では体験できない『異質な雰囲気』と『活気』に満ちています。空港からダウンタウンまで、タクシーに乗ったら、英語があまり通じないヒスパニック系の運転手だったり、ヤンキースがワールド・チャンピオンになって有頂天にはしゃぐ黒人運転手だったり、梅爺も、色々な体験をしました。グリニッジ・ビレッジにある『ビレッジ・バンガード』などのライブハウスへ出向き、1500円程度払えば、飲み物つきで、本場の一流ジャズメンの演奏を目の前で楽しむことができ、『別世界』に浸れます。同じ演奏家が来日して公演する時には、立派なホールが使われ、5000円以上払うことになりますが、あの『別世界』は味わえません。同じく、ニューヨークでは、ブロードウェイのミュージカル、メトロポリタン歌劇場のオペラ、それに、メトロポリタン美術館やニューヨーク近代美術館に出向けば、いずれも『超一流の本物』をリーズナブルな値段で楽しめます。

梅爺が知っているニューヨークは、現代のニューヨークですが、この本の話は1909年の設定ですので、建設途上、発展途上のニューヨークを対比して楽しむことができました。富裕層が、ヨーロッパの貴族社会をまねて、舞踏会を催したり、大規模な舞踏会のために、超豪華なホテルが建てられたりしていく様が活き活きと描かれています。馬車と車が並存していた時代の様子も面白く、車が優勢になっていったのは、馬糞公害のためだと知りました。当時は、2酸化炭素ではなく、馬糞が公害の元凶だったわけです。

イースト・リバーにかかる巨大なつり橋『マンハッタン・ブリッジ』も当時建設中で、橋げたの土台を、川底から30メートルほど下の岩盤まで掘って建設する、当時としては画期的な工法も紹介されています。その工事現場が、物語の重要な場所として登場したりしますので、梅爺は、色々な雑学的好奇心を満たしながら、本を読み続けました。

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2008年6月 6日 (金)

面白さ満載の本(1)

梅爺は、仕事やコーラスの練習で、週に最低2回は、都心に出る機会があり、往復3時間の電車に乗りますので、この時間を利用して、肩のこらないスリラー小説やミステリー小説を、英語版ペーパーバックスで読むことにしています。最近は、アメリカの新鋭作家 Jef Rubenfeld の『The Interpretation of Murder』を楽しみました。タイトルをこのまま訳せば『殺人の解説』ですが、何故か本屋の店頭には、『殺人者は夢をみるか?』という邦訳名の添え書きがありました。

この本は、基本的な推理小説としての出来栄えも良いのですが、その他に『時代背景となっている、20世紀初頭のニューヨークの風俗、できごと』『講演旅行のためアメリカを訪れ、事件に巻き込まれる設定になっている、ヨーロッパの著名なな精神分析学者達(フロイトや弟子のユング達)の言動』『シェークスピアのハムレットの名台詞(To be or not to be, that is the question.)の真意をめぐる論争』など、これでもか、これでもかと興味深い話題がちりばめられているサービス満点の本です。事実(登場人物の一部と時代背景)と虚構をこれほどに融合させるためには、作者の広範な知識を必要としますので、綿密な考証作業が事前に行われていることが分かります。『一粒で2度美味しい』というキャラメルの広告が昔ありましたが、1冊で4度美味しいという徹底振りです。

『夢判断』で有名なフロイトが、主要な人物として登場するために、邦題を『殺人者は夢をみるか?』としたのであろうと想像しました。勿論フロイトを登場させるわけですから、性に絡む願望、嫌悪、嫉妬などが猟奇的な犯罪につながっていくのが、この本の主題で、犯人を追い詰めていく手がかりに『精神分析』が使われますが、犯人の見た夢をを直接分析しているわけではありませんので、邦題の『殺人者は夢をみるか?』は適切でないように思いました。日本で売る時に『殺人の解説』では、あまりにも陳腐で購読者の興味を引かないと考えたのでしょう。アマゾンのホームページで調べてみましたら、講談社文庫から、『殺人者は夢を見るか?』というタイトルで、邦訳本も売られていることを知りました。

梅爺のように、好奇心旺盛で、何にでも、やたらと首をつっこみたくなるような方には、お奨めの一冊です。

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2008年6月 5日 (木)

鬼に金棒

江戸いろはカルタの『お』、『鬼に金棒』の話です。

それでなくても強いものが、更に強さを増す要素を加え、万全の体制となることを表現した諺で、説明の余地がありません。ただ、これに類する『組み合わせ』は、他にもいくらでもある中で、江戸の庶民が、外見はいかつくても、なんとなく愛嬌のある『鬼』と、いぼいぼのついた、これまた愛嬌のある『金棒』の組み合わせを選んだ、言葉選びのセンスの良さに感心します。想像しただけで、なんとなく『滑稽』な感じが伝わってきます。

同様なことを表現するのに、中国には、『虎が竜の翼を得る』という言い方があることを、昔、ある体験で知りました。その体験というのは、梅爺が、15年くらい前に、『中国に出向き、多くの中国人の前で、スピーチを中国語で行った』ことを指します。梅爺が現役の頃、中国に足しげく通って、ある大学と『ソフトウェアの合弁会社』を設立しました。その会社は、やがて3階建ての自社ビルを建てるまでに成長し、その落成式に、梅爺は呼ばれました。日本側を代表して、祝辞を述べることになり、よせばよいものを、『最後の1分間は、中国語で話す』と宣言しました。早速、その部分の原稿は、中国の方が起草し、梅爺は、出かける前に、日本で『読み方(発音)』の猛特訓を受けました。その原稿の中に、『虎が竜の翼を得る(中国と日本の強いもの同士が組んだ)』という表現がありました。

猛特訓の割には、発音が間違っていたらしく、本番では、中国人の聴衆には笑われてしまいましたが、ともかく『日本人が努力をした』ことは、評価いただけました。

『虎が竜の翼を得る』は、あまりにまともで、カッコよく気取った表現のように梅爺は感じます。中国の方は、このような表現を好まれるのかもしれませんが、同じことを、愛嬌、滑稽のニュアンスを漂わせた『鬼に金棒』と表現する日本人の心情が、梅爺は好きです。梅爺は、根っからの日本人である証拠なのかもしれません。

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2008年6月 4日 (水)

スピノザの『エチカ』(2)

スピノザの『神』に関する考え方は、『神即自然 (deus sive natura)』 で、アインシュタインが『自然の摂理の深奥(しんおう)に、神の存在を感ずる』という主旨のことを言っていることと同じではないかと思います。科学や数学が見出した法則で、多くのことが論理的に検証できますが、その法則自体が何故成り立っているのかという疑問が次に発生しますので、むしろ疑問は増えることになります。複雑に見える自然も、究極は単純な法則に支配されているというようなことが、やがて解明できるかもしれません。しかし、その『単純な法則』は、何故存在するのかという疑問が残り、最後は、その『単純な法則』を『神』と呼び代えることになるのかもしれません。しかし、この『神』は、人間の『願い』や『思惑』などはおろか、人間の存在とも無縁で、『宇宙』とともに存在し続けていることになります。スピノザの究極の主張である『この世は神しかいない』という認識は、こういうことを意味するのでしょう。

『自然そのもの』や『自然の摂理』を『神』とみなす場合、『神』は、非人格的なものになりますので、私達を『愛してくださる』『慰めてくださる』『救ってくださる』というような人格的な神を想定する宗教観とは相容れないものになります。

スピノザは、『神即自然 (deus sive natura) 』という『神』の存在を主張し、最後は、『この世は神しかいない』とまで主張したのに、カトリックからは『無神論者』と非難されたのは、お互いが違う『神』を想定しているからにほかなりません。

梅爺が、不満に思うのは、多くの人たちが、『神の定義』や『神の存在は真か偽か』という論理的な議論にばかりこだわっていて、人間にとって一番重要な、『心の悩みや苦しみから解放されたいという願望』と『神を信ずること(信仰心)』が、どのように関わっているのかに言及しないことです。

『心の悩みや苦しみ』は、脳が生み出す現象で、多少なりとも誰もが抱えることですが、これが『解放』されたり『軽減』したりするのに、『神を信ずること』が結果的に大きな効果をもたらすことは、幾多の事例から分かっています。しかし、『神を信ずること』以外にも、『解放』や『軽減』に効果的な要因は存在することも確かなような気がします。梅爺は、『神は存在するかどうか』などという議論より、人が何故『心の悩みや苦しみ』を抱えるのかという問題の解明の方が、重要であるように感じます。脳の中の『願望』と、『現実』に大きな差が生ずると、人は『悩み、苦しむ』ことになります。『願望』は生きる原動力の一つですが、『悩み、苦しみ』という反面を秘めていることになりますので、なんと絶妙なバランスであろうと感心してしまいます。ヒトは何故『願望』を抱き、『願望』が適えば有頂天で喜び、適えられないときに『悩み、苦しむ』のかについて、やがて、ある種の回答がもたらされるかもしれません。そうすれば、何故多くの人たちが『神』という概念を必要とするかも、見えてくるのではないでしょうか。

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2008年6月 3日 (火)

スピノザの『エチカ』(1)

大学の同級会の伊勢から名古屋へ移動するバスの中で、毎年仲間に『神学論争』をもちかけることで有名なTさんから、再び『「神は存在する」という命題は真か偽か』『ビッグバン説だけで宇宙の大きさは規定されるのか』という難しい質問が発せられました。

梅爺は、バスの後方に座っていましたので、議論に加わりませんでしたが、Tさんの近くに座っておられた幹事役のOさんは、『「神」とか「宇宙」とかいう言葉を、詳しく定義しないと、議論にならないのでは』と答えられました。梅爺もその回答には賛成です。

『神』は、『抽象概念』としては、哲学などの人文科学の議論対象にはなりますが、共通の『実体』としては観察ができませんので、現状では自然科学の検証対象とするには無理があるように思います。『誰もが同じものと認識できる実体』が存在しない以上、今のところ自然科学では、検証の方法がないからです。

一方『宇宙』は、自然科学の検証対象であり、もし『宇宙』を『私達が今存在する宇宙』と規定すれば、ビッグバン以来137億年間『光の速さ(一定)で拡大し続けている』ことになりますので、その大きさは、粗っぽく言ってしまえば、半径137億光年の距離の球体と推測されます。しかし、『私達が今存在する宇宙』以外に、別の『宇宙』があるのかどうかは、確認できていませんので、それらをひっくるめた『宇宙の大きさ』は『分からない』ということになります。

Tさんは、17世紀のオランダの哲学者、神学者スピノザの『エチカ』を読まれたとのことで、そこに書かれている『「神は存在しない」という命題を突き詰めていくと矛盾にぶつかるので、「神は存在する」ことになる』というような内容を説明されました。梅爺は『エチカ』を読んだこともない上に、バスの中でそのような難解な説明を突然聞いても、正しくスピノザの論理を追うことができず、ただ、なんとなく詭弁のような気がしました。

『神』は、誰でも(例え無神論者でも)脳の中に形成することができる『抽象概念』で、その『抽象概念は実体をともなうものと「信ずる」人にとっては、神は存在するが、実体をともなうと「信じない」人にとっては、神は存在しない』と、梅爺は考えています。『信ずる』という行為は、『直感』などによる人間にとって崇高な行為ですが、必ずしも論理的な根拠に基づいたものではありませんので、『信ずる』人と、『信じない』人が『議論』してみても、『信じないのはおかしい』『信ずるのはおかしい』と言い合うだけで、かみ合わないのは当然のことのように思います。

Tさんの、『エチカ』に書かれた論証だけを聞くと、スピノザは『有神論者』のように見えますが、実は、スピノザはカトリックからは『無神論者』として非難された人物です。スピノザが『神』と定義したものが、聖書に書かれた『神』とは全く異なっていたためです。考え方や立場の違いで、人はそれぞれ『自分の神』を思い描いているわけですから、そのことをわきまえないと、『神』に関する議論は、不毛なものになるように思います。

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2008年6月 2日 (月)

鉄と神話(5)

同級会幹事のOさんから、『神宮』『大社』『神社』の違いが分かっていますか、と一同に質問があり、梅爺は、答えられませんでした。

Oさんの説明によれば、『神宮』は、天皇家の守り神である天照大神とその系統の神様を祀る場所で、『神様が常駐している』由緒あるところ、『大社』は、天皇家の守り神とは違う系統の神様を祀るところ、『神社』は、普段は『神様が常駐していない』が、呼び出しに応じて現れる特定のところ、とのことでした。神様にも『常駐サービス』と『出張サービス』があると知って、不謹慎にも梅爺は笑ってしまいました。

天照大神とその系統の神々は、『天皇家だけが独り占めしている特別の神様』ですから、大和朝廷成立後も、庶民や他の豪族に、恩恵をお裾分けなどするはずがなく、逆に、天皇家は、他の神様には無関心で、『大社』の存在を容認したのでは、ないかと梅爺は推察しました。権力者が自分の信仰を、庶民や制圧した民に強いるというような、外国で起きたことが日本では起こらなかったということが、これで説明できるように思います。古代の日本人は、『自分や一族だけの神様』を持ち、『他人の神様』には干渉しないという、『神との関係』に関する考え方を持っていたのではないかと思います。もしそうなら、これは、外国にはあまり例をみない考え方のような気がします。結果的に、『自分だけの神』が増えて、多神教社会が形成されるのも当然ということになります。

Oさんの、『鉄と神話』の話は、外国にも及び、紀元前1600年代の、ヒッタイト(現在のトルコに建国)が、鉄を作り、利用する技術を保有し秘匿していたにもかかわらず、謎の民である『海の民』に滅ぼされた話を紹介されました。日本、外国を問わず、『鉄』に関連する古代のロマンに、興味を抱き続け、そのための勉強を怠らないOさんに、同級生一同、大いに敬意を表し、来年の再会を約して、散会になりました。

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2008年6月 1日 (日)

鉄と神話(4)

同級会の幹事Oさんは、『神話』は、大和朝廷の正当性を主張するために都合よく書かれていることを承知の上で読めば、必ずしも荒唐無稽な作り話ではなく、隠れた歴史の『事実』が、見えてくるのではないか、と話されました。梅爺も、全く同感です。西洋にも、神話をベースに『トロイの遺跡』を発見したシュリーマンのような例があります。

梅爺が、勝手な想像で『神話』を解釈すれば、以下のようになります。

後に、日本の中央部を制定した大和朝廷の先祖は、朝鮮半島から九州へ渡来した一族である。この一族の族長は女性(天照大神)であった可能性が高い。日本の中央部は、そのころ多くの部族が別々に支配していたが、中でも出雲地方(大国:おおくに)を治める一族は力が強かった。大国主命(おおくにぬしのみこと)は、この部族長である。大国の支配下の部族長は、年に1回出雲へ集まるしきたりがあり、それが、現在では『神無月(10月)』として伝えられている。大和朝廷の先祖は、先発隊として、女族長の弟(素箋鳴尊:すさのうのみこと)を、出雲へ遣わし、局地的には戦闘があったものの、比較的平和裏に大国を支配下におさめた。鉄の利用技術は、このとき出雲で手に入れた可能性が高い。神話で、八岐大蛇(やまたのおろち)や土蜘蛛(つちぐも)などと表現されているのは、大和朝廷に実際反抗した一族の蔑称である。その後、大和朝廷一族は、中央部を制圧するために、当時その地方に勢力をもっていた、猿田彦(さるたひこ)を利用したが、制圧が終わった時に、猿田彦を抹殺した(神話では、偉丈夫であった猿田彦が、貝に噛まれてあっけなく死んだことになっている)。大和朝廷一族は、祟りを畏れて『猿田彦神社』をつくり祀った。

いかがでしょうか。なんとも都合よく、つなぎあわせた話ですが、今回の同級会をきっかけに、以上のような『妄想』が梅爺の頭に湧いてきました。日本の古代史に詳しい方からは、『いい加減にしろ』とお叱りを受けそうですが、『爺さんの妄想』として、ご容赦いただきたいと思います。

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