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2008年5月15日 (木)

のど元過ぐれば熱さ忘るる

江戸いろはカルタの『の』、『のど元過ぐれば熱さ忘るる』の話です。

人は、辛かった時のことを、それが過ぎ去ってしまうと、忘れてしまうものだということで、誰にも身に覚えがあることでしょう。段々に、時を経て忘れるというより、『のど元過ぐれば』は、直ぐに忘れてしまうというニュアンスが強いように感じます。一度経験した辛いことは、二度と繰り返さぬようにしなさい、という教訓にもとれますが、むしろ、『人は、性懲りも無く、同じことを繰り返すもの』という、人間の弱さを、『諧謔』的に表現しているように梅爺は感じます。

事件が起きるたびに、『再発防止策を徹底します』などと、関係者は、神妙に答えますが、本当に、再発しなくなるなどとは、よほどお人好しでも無ければ、心の中で信じている人はいないのが実情で、実際、同じような事件はあとを絶ちません。

人が持つこのような『弱み』を、擁護すれば、社会秩序が保てませんが、少なくとも自分もそのような『弱み』を保有しているということだけは、認識しておく必要があるように、梅爺は感じます。

人間は、辛い経験を、忘れるどころか、むしろ、『楽しい、懐かしい』思い出に変えてしまうという、奇妙な習性も持ち合わせています。『貧しかったけれども、肩を寄せ合って家族が生活していた時の方が充実していた』とか、『苦しい環境で、必死に頑張ったあのころが懐かしい』とか述懐します。多分、そういう『楽しい、懐かしい』思い出に変えた方が、『からだ』の健康のために良いということを、無意識に実行しているのではないかと思います。

しかし、戦争経験のように、『忘れたり』『風化させたり』『美化したり』してはいけないものがあることを、強く認識し続ける理性も、私達には求められています。何でもかんでも、『のど元過ぐれば熱さ忘るる』といって、笑い飛ばすわけにはいきません。

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