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2008年5月25日 (日)

イラクからのアメリカ帰還兵(2)

梅爺は、前に『中世の人たちには、流血や死を見るのは日常的なことであったのに対し、現代人には、流血や死は、日常的ではない異常体験になってしまったので、現代人が中世の人たちの死生観を考えることは難しくなってしまった』というような内容が書いてある本を読んだことがあります。

しかし、本当にそうなのでしょうか。アメリカの純真な青年達は、現代人であるために、イラクの戦場でショックを受け、精神障害を発症したのでしょうか。梅爺は、むしろ人間は誰でも、過酷な経験に晒されると、程度の差はあれ、精神障害を起こす可能性を『本来秘めている』ように思えてなりません。確かに、日常的に死に接している医師や看護婦が、死に対して『慣れっこになる』ことはあり、また最初から異常な精神の持ち主は、『死(殺すこと)をなんとも思わない』ということがあるだろうと想像しますが、『普通の人間の、普通の反応』はそうではないように思います。

もし、梅爺の想像が正しいとすると、『人間の脳は、ある限度を越えたショックを受けると、正常に働かなくなる』ようにできていることになります。逆に言えば、『限度を越えたショックを、できれば回避して生きていたい』という本能を持っていることになります。そういう本能を持っている方が、生物種として生き延びる可能性が高いために、獲得した本能であるように思います。

一方、生物種として生き延びるためには、『殺す』『略奪する』ことも繰り返してきたために、この本能も人間の中には残っています。しかし、自分や家族が殺されたり、略奪されたりしたときの『限度を越えたショック』を想像すると、これも耐え難いことなので、人間は、ショックを回避するために、社会的『殺すな』『盗むな』という『法』や『ルール』を作り出してきたのではないかと思います。

人間は『性善説』も『性悪説』も当てはまる動物ですが、どちらかと言えば『性善説』を重視した方が、生き延びる可能性が高いと本能で知っている動物なのではないでしょうか。多くの宗教が、『自分の中の悪を退け、善良に生きよ』と教えるのは、そのためであるように感じます。高尚な『道徳論』などを好まれる方には、まことに味気ない話で、申し訳ありません。

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