« 清く正しく美しく(2) | トップページ | 清く正しく美しく(4) »

2008年5月 9日 (金)

清く正しく美しく(3)

梅爺は、母親が娘の頃、宝塚に通い詰めていたという話を聴いても、なんとミーハーなと眉をひそめたりはせず、むしろ微笑ましく感じます。青春時代には、誰もが色々な夢を見るものですが、やがて夢と現実のバランスをとることの重要性も認識するようになります。大人になっても、夢と現実が区別できない人は困りものですが、夢の部分(遊び心)を持っている大人は、魅力的です。

梅爺が大企業に勤めていたころ、同じ工場の2年先輩にSさんという方がおられ、何かの話題の折に、Sさんが、『猛烈な宝塚ファン』であることを知りました。申すまでもなく、Sさんは男性です。梅爺は、小学生の頃、祖母に連れられて、何度も宝塚大劇場に通ったことがあり、母親も娘時代に宝塚ファンであったという話をしたことで、心を許して梅爺だけに『告白』されたのかもしれません。『ベルサイユの薔薇』をはじめ、著名な公演内容や、スターの名前や特徴まで、生き字引のような承知しておられ、梅爺は圧倒されました。

Sさんは、大変知性的で優秀なエンジニアであり、風貌も立派な紳士ですから、『宝塚』との組み合わせは、想像しがたいものですが、梅爺は、その話を聴いて、Sさんを変人と思うより、むしろ親近感を覚え、一層、Sさんを尊敬するようになりました。

Sさんの『宝塚への入れ込み』は中途半端なものではなく、なんとニューヨーク公演の時には、現地まで『追っかけ』ていって、その時、客席でこっそり録音したテープも『お宝』のようにしておられ、梅爺もそれを借用して拝聴しました。知性と理性を持ち合わせているSさんが、夢だけに溺れるはずはありませんから、夢を承知で、それに熱中する自分を『演じ』ることが、現実からのストレスを軽減する術(すべ)であることを、心得ておられたのでないでしょうか。

雪国の長岡でつつましく育った梅爺には、小学生の頃、伊丹の祖母を訪ねた折に連れて行ってもらった『宝塚』は、大劇場も遊園地も、この世のものとは思えない『別世界』でした。大劇場のレビューは、最後が近づくと、必ず舞台一面に大きな階段がセットされ、上の方から、腰や頭に駝鳥の羽のようなものをつけた、『綺麗なお姉さん達』が、鈴を鳴らし、宝塚のテーマソングを歌いながら降りてくる『しきたり』になっていることを知りました。

大人になってからも、何度か東京宝塚劇場に観劇に出かけたことがありますが、この『しきたり』が伝統として、今日まで残されていることを知り、遠い昔の思い出が、郷愁のように一挙に蘇ったことを覚えています。

|

« 清く正しく美しく(2) | トップページ | 清く正しく美しく(4) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 清く正しく美しく(2) | トップページ | 清く正しく美しく(4) »