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2008年5月16日 (金)

ウンベルト・エーコの文学論(1)

文学を体系的に学んだことが無く、予備知識も無い梅爺が、無謀にも前に『文学とは何だろう?』というブログを書きました。その折に、イタリアの現代作家のウンベルト・エーコの『On Literature(文学について)』という本を一応は買い求めてあって、未だ読んでいないと報告しました。

プロ中のプロで、大御所の本を敢えて読まずに、先ず自分の考えを書いてみて、後で、どのくらいのレベルの違いがあるのかを確かめてみるのも、一興と気楽に考えてやってしまったことですので、罪滅ぼしに早速『On Literature』を読み始めました。

ウンベルト・エーコは、記号論で世界的に有名な哲学者であると同時に、大学教授、小説家もこなす、当代きっての才人の一人で、日本でも『薔薇の名前』と言う小説がベストセラーになりました。『薔薇の名前』は、14世紀の北イタリアの修道院で次々に起こる怪事件を解き明かしていくと言う、推理小説(探偵小説)の形式をとりながら、当時の宗教論争(異端摘発)、や清貧論争を背景として扱う、エーコの才覚がぎっしり詰め込まれた面白い小説でした。中世ヨーロッパの歴史、文化、宗教に詳しい方には、こたえられない面白さであろうと思いますが、そういう背景をあまり持ち合わせていない梅爺は、『上質な推理小説』として読むにとどまったように記憶しています。日本で、このような難しいテーマを扱った本がベストセラーになったのは、やはり梅爺と同じく『推理小説』として読んだ方が多かったからではないでしょうか。

『On Litarature』は、折にふれエーコが書いてきた小論文やエッセイを一冊にまとめたものですので、文学について、体系的に説明した教科書のような本ではありません。梅爺閑話と比較するのは、大変おこがましい話ですが、エーコの興味の対象に関する心象が、鮮明に浮き彫りにされていて、一見バラバラな話題の羅列に見えながら、反って『文学の本質』が提示されているように、梅爺は感じました。

覚悟はしていましたが、梅爺の『文学とは何だろう』とくらべてみると、背景の知識量、本質のとらえかた、問題の洞察力、表現力の全てで、『月とスッポン』の違いがあることに直ぐ気づきました。勿論、梅爺の書いたものが『スッポン』です。

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