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2008年5月 3日 (土)

エカテリーナ2世(2)

エカテリーナ2世は、18世紀後半に、ロシアのロマノフ朝を最も繁栄期に導いた、8代目の皇帝(女帝)です。

彼女は、ロシア人ではなく、ドイツの小侯領主(貴族)の娘でしたが、縁があって、ロシア皇太子妃の候補として、14歳で母親と一緒にサンクトペテスブルグの宮廷へ移り住みます。時の皇帝は、エリザヴェータ(女帝)でした。賢いエカテリーナは、直ぐに将来の夫である皇太子(エリザヴェータの甥で、後のピュートル3世)が、『箸にも棒にもかからないダメ男』であることや、宮廷で生きていくために必要な社交術、エリザヴェータに気に入られる方法などを直感的に理解してしまいます。『KY(空気が読めない)』と言われる人には、なんとも羨ましい能力です。

将来のロシア皇帝妃の座を得るために、あらゆることを耐え忍んだと言えばそれまですが、もしも、エリザヴェータの不興を買えば、命の保証もない(現にエリザヴェータはそういうこともやりかねない冷酷な女帝でした)という現実を理解し、受け容れたとみるのが正しいように思います。

宗教もプロテスタントからロシア正教へ改宗し、表向きは『バカ皇太子』や『冷酷女帝』とも問題をおこすことなく、ついに皇太子と結婚するにいたります。賢いと同時に、相当の演技にたけた役者でもあったのでしょう。『簡単に改宗する』『尊敬に値しない男と結婚する』『権力者に忠誠を誓って媚びる』という彼女の生き方に対して、『節操がない』と言うのは簡単ですが、外国人の小娘が、自分の才能だけで、命がけで、宮廷内の地位を勝ち取ったとみれば、『アッパレ』であったとも言えます。誰にでもできることではありません。

やがて、エリザヴェートが死に、彼女の夫のピュートルが帝位につきますが(ピュートル3世)、『バカ男』の本性が直ぐに露見し、近衛兵とロシア正教の結託によるクーデターで、エカテリーナが帝位につきます。エカテリーナの奔放な男性関係は有名で、何人も父親が誰かが分からないような子どもを生んでいますが、近衛兵の隊長であったオルローフとも恋仲でしたので、クーデターの本当の黒幕は、エカテリーナ自身であったのかもしれません。ピュートルはその後病死と発表されましたが、歴史家は、オルローフ兄弟による暗殺とみています。これもエカテリーナの指示であったかどうかは不明です。

一方、彼女は、知識欲も豊富で、フランスのボルテールの著作を読んだり、同じく知識人のディドロなどをロシアに招いて、交流したり、生涯手紙を交わしたりしています。『権謀術数』『奔放な私生活』『知識希求欲』といったものが、一人の人間の中に、当たり前のように混在しているところが、エカテリーナの不思議な魅力です。

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