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2008年2月29日 (金)

日本の科学技術政策(1)

2月27日に、『横浜フォーラム』の月例会があり、講師に現役バリバリの文部科学省の官僚岡村直子氏(研究開発局海洋地球課地球・環境科学技術推進室長)をお迎えし、日本の科学技術政策について、大変有意義なお話を伺うことができました。

『横浜フォーラム』については、前にブログで紹介しましたので、ご興味のある方は、以下をご参照ください。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_66c0.html

岡村氏は、昭和63年に東京工業大学の修士課程を卒業され、文部科学省に入省後、米国コーネル大学へも留学された『科学技術に詳しい女性の官僚』です。今までに、ナノテクノロジーなどの最先端技術の政策担当や、大臣秘書(安倍内閣伊吹文部・科学大臣)などの要職をこなしてこられましたが、現在は、日本ばかりか世界が注目する、『地球・環境科学技術』の舵取りをなさっておられる方です。

岡村氏は、横浜フォーラムのメンバーのお一人の尾本さん(明治製菓の役員を退任後、現在は慶応義塾大学の先生、薬学の大家)のご親戚(奥様の姪御さん)というご縁で、今回講師を引き受けてくださいました。尾本さんご自身も、何度も貴重な講演をしてくださっていますが、ご実兄の尾本恵市先生(東大名誉教授、人類学者)にも、講演いただいたことがありますので、羨ましいくらいに『優秀なるご一族』であることがわかります。

尾本恵市先生については、以下に紹介したことがあります。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_c804.html

日ごろ、総理大臣や閣僚の答弁などを、見ていると、『原稿棒読み』のような味気ないものが多く、21世紀の日本の運命を決めかねない、『科学技術と人間の生活の関係』について、この人たちは、どの程度の洞察力やビジョンをお持ちなのだろうと、心配になってきますが、岡村氏のように、実務で日ごろ奮闘されている方の、生々しいお話をうかがって、少し安心しました。しかし、洞察力やビジョンを持たない上の人たちを啓蒙したり、現実に厳しい状況が続く国家予算の中で、『舵取り』をすることの大変なご苦労も、理解できました。

科学技術の重要性を指摘することは、誰でもできますが、具体的な『政策』として展開することは、誰にでもできる容易なことではありません。

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2008年2月28日 (木)

IQ(2)

少々理屈っぽくて、大変恐縮ですが、梅爺は、人間の『知的能力』と『情的能力』について、以下のような『仮説』を前提に、何回もブログに書いてきました。

『知的能力』=『先天的知的能力』+『後天的知的能力』

『情的能力』=『先天的情的能力』+『後天的情的能力』

更に、『知的能力』においては、『先天的知的能力(遺伝的要素)』が、『情的能力』においては、『後天的情的能力(遺伝的要素ではないもの)』が、『支配的』である、というのが梅爺の『仮説』の重要要素になっています。

この『仮説』をベースに、『知育(知的能力力を伸ばすための教育)』ばかりでなく、『情育(情的能力を伸ばすための教育)』も重視すべきであることと、『情育』は、影響力の大きい幼児期を特に対象とすべきと述べてきました。

ワトソン博士の発言の基となっている『IQ(知能指数)』は、『先天的知的能力』と『後天的知的能力』の和に対する指標値ですから、これに有意差があることが『事実』であるとしても、これで『先天的知的能力』に有意差があると決め付けるわけにはいきません。むしろ、米国の場合、黒人は白人に比べて、教育環境が劣り、『後天的知的能力』に恵まれていない、と梅爺には推測されます。『IQ』で、人種の優劣を論ずるのは、大変危険なような気がします。

一方、『30年で、IQが15程度上昇する(フリン効果)』も、いくつかの国で確認されていますので、このことから、『後天的知的能力』が、『知的能力』全体に対して、ある割合を占めていることが想定できるような気がします。30年程度のタイムスパンで、人間のDNAに影響を及ぼすような『生物学的な進化』が、確認できるとは思えませんので、フリン効果は、『後天的な知的能力』が『存在』することの傍証でもあります。

人間は、『知力』『情力』『体力』の総合的なバランスで成り立っていますので、どれか一つを取り出して、人間の『優劣』を論ずることは、梅爺の好みではありません。『賢いが優しくない人』と『優しいが賢くない人』の、どちらが、人間として優れているかについて、好き嫌いを述べることは許されるとしても、これで『優劣』を決め付けてはいけないのではないでしょうか。

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2008年2月27日 (水)

IQ(1)

2月26日の読売新聞1面の『日本の知力』特集(シリーズ)に、『IQ』に関する、以下のような興味深い話が掲載されていました。『IQ』は、知能テストで測定される人間の『知的能力のレベル』の指標値です。

DNAの発見で有名なワトソン博士が、『あらゆる社会政策は黒人の知性が我々(白人)と同じということを前提になっているが、テストの結果は必ずしもそう示していない』と米国で発言し、これが『差別発言』と非難されて、研究所の会長職を辞任することになったという内容です。

科学者であるワトソン博士が、『根拠のない発言』をしたとは梅爺には思えませんので、何らかの知能テストで、黒人と白人では『IQで有意差がある』という具体的な数値を確認した上でのことであろうと推測できます。

『テストの結果が、あることを示している』という、科学者として『事実』を述べただけのようにも思えますが、この数値は『平均値』であろうと推測できますので、発言は大きな誤解を社会に与えかねないことになります。つまり、『黒人は、誰も彼も白人に知能で劣る』とは言ってるわけではないのに、一般には、そのように誤解される可能性を秘めています。このような『誤解』が浸透したら、ヒラリー・クリントン氏と大統領の座を争っているオバマ氏にとっては、大打撃ということになります。

ワトソン博士が配慮に欠けているのは、『平均値で知能が劣る人種に、同じ社会政策を適用するのはおかしい』と、言っているようにもとれることです。社会政策は、人間の基本的人権を平等に認めることがベースですので、ここに『知力』の問題を持ち出すのは、適切ではありません。そんなことを言い出せば、『瞬発的な運動能力で、白人は黒人に劣る』という反論も可能になってしまいます。

ある分野で、ノーベル賞を受賞するような科学者が、梅爺のような人間でも理解できる社会的な『常識(知力)』を欠いているという、ブラックユーモアのような話です。

しかし、ワトソン博士の発言のベースになった、『あるテストで判明した有意差』とは、何を意味しているのでしょうか。梅爺は、こちらの方に興味をひかれました。

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2008年2月26日 (火)

Sign of The Cross(2)

多民族国家のローマ帝国は、人類の歴史に多くの教訓を残しています。繁栄の基盤が、『領土拡大』であったと同時に、衰退の原因も『領土拡大』であったと多くの歴史学者が指摘しています。

前線の国境線防備にかかる費用が、ローマ帝国の大きな負担であることは、賢明な皇帝なら気づくであろうと推測できます。2世紀後半のハドリアヌス帝は、在位の大半を前線視察に費やし、『領土縮小』策を、提言しますが、ローマしか知らず、自分達の地位や財産にこだわる元老院のメンバーから猛反発を受け、嫌気がさして隠居してしまったと伝えられています。その後、ローマ帝国は衰退の一途を辿りますので、ハドリアヌス帝は、賢帝の一人に数えられています。このような教訓があったにもかかわらず、今でも前線で何が起きているかを知らずに、過去の栄光だけで、『それいけドンドン』を繰り返し、衰退した国家や会社はあとを絶ちませんので、『歴史の教訓』などは、あまりあてにならないことが分かります。

『Sign of The Cross』という小説では、キリストと同時代のローマ皇帝ティベリウスが、属国ユダヤで、民衆の支持を集め始めたキリストを、旧約聖書が予言しているユダヤの『救世主(メサイア)』に仕立ててしまった方が、ユダヤの民意は落ち着き、ローマ帝国への反感や、反乱も減って、ユダヤからの経済的な搾取しやすくなると考えたという『仮説』で成り立っています。キリスト以前にも、『我こそメサイア』という人物がユダヤには何人も現れて、民衆の反ローマ帝国意識を駆り立て、ローマ帝国が手を焼いてきた、ということがあったすれば、説得力ある『仮説』と言えるかもしれません。

キリストが本当に『神の子』で『メサイア』であることを、ユダヤ人に認めさせるには、『死からの復活(奇跡)』を演じてみせる必要があると皇帝は考え、現地のローマ軍指揮官のポンテオ・ピラトに、『策略・演出』を命じたという筋書きになっています。

当時のローマ帝国が行っていた一般的な『十字架の刑』にくらべて、キリストの場合は、不自然なことが多い(普通は、死体は十字架上で放置され、遺族に遺体を引き渡すことなどはない、など)というのがその根拠です。

刑の執行前に、毒薬を飲ませ、仮死(半死)状態で、直ぐに十字架からおろし、ポンテオ・ピラトと通じていた、アリマタヤのヨハネの管理する岩屋へ運び、『生き返る』ことを演出しようとしたという大胆な『仮説』を前提に、話は進行します。

これらの企みを立証する、ティベリウス帝や、ピラトの書いた『古文書』が発見され(この部分は明らかにフィクション)、この事実が明るみに出たら、窮地に陥るバチカンと、バチカンをゆすろうとする悪人一派の、死闘が大活劇で展開されるという、歴史を利用したスリラー小説に仕上がっています。

最後がどうなるかを書いてしまうと、今後この本を読もうと思われる方には興ざめでしょうから控えますが、作者が、全キリスト教徒からの誹謗に身を晒さなくてすむような、キリスト教徒も、やれやれと胸をなでおろすような結末になっています。

『十字架の死と復活』を、理性で理解しようという一つの『仮説』としては、まあまあよくできていると梅爺は感じました。

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2008年2月25日 (月)

Sign of The Cross(1)

もし『キリスト』が、新約聖書に書かれている実態と異なった存在であったとしたら、それはキリスト教徒にとっては、信仰の根底を揺るがす深刻な問題となりかねません。

キリストが『神の子』であり、『数々の奇跡を起こし』『死から復活した』という話は、現状で人間が獲得している科学的な知識では、理解の範囲を越えており、『信ずる』か『疑う』かのどちらかの選択を迫れれます。聖書には、人の生き方に関する沢山のキリストの『教え』が述べられており、それが人の悩みや苦しみが癒すことが本質であって、『教え』以外の記述部分の『実態』などを論じて(特に科学的な検証で)、本質を否定しようとすることは的外れであるという考え方もあるでしょう。しかし、『教え』以外の部分も含めて聖書は聖書であり、都合よく『教え』の部分だけを受け容れて、それ以外は、見てみぬ振りをすることが、信仰では許されないとなると、『疑念』は、誰の脳裏にも、程度の差はあれ残るのではないでしょうか。特に、理性の強い人程、これが信仰を受け容れる時の難関になります。

したがって、この『疑念』は、多くの人の関心をひきつける格好のテーマであり、特にミステリー小説の題材になりやすいのは当然で、今までに沢山の本が書かれ、最近では、『ダ・ヴィンチ・コード』が大ベストセラーになりました。キリスト教にとっては、『そっとしておいて欲しい』という願望があるに違いありませんが、一攫千金を夢見る作家の出現は後を絶ちません。梅爺が、最近ブログで紹介した『The Secret Supper』もその一つです。

面白いことに、これらの作家は、キリスト教文化圏の国の人たちです。キリスト教文化圏であるからこそ、『疑念』を『信仰』で封印しようとする教会への反撥も強いのかもしれません。梅爺は自分で確認したことがありませんが、イスラム教のコーランには、『キリストは(人間の)預言者で、十字架の死は作り話である』とはっきり書いてあるとのことですので、もし本当ならイスラム教徒にとっては、全く議論の対象にもならない話なのでしょう。

梅爺は、不謹慎な野次馬根性がわざわいして、作者や出版社の思惑通りに踊らされ、この種の小説を次々に読んできました。フィクションに『疑念』への回答を求めるつもりはありませんが、どれだけ理性で納得できる素材が提供されているかが、本を読むときの興味の対象です。

今回は、アメリカの新人作家クリス・クズネスキの『Sign of The Cross(十字架の印)』という本(英語版、ペーパーバック)を読みました。いかにも、ハリウッドへ映画製作権を高く売りつけようとしていると思えるような内容で、事件に巻き込まれた二人のスーパー・ヒーロー(元米国特殊工作部隊員)が、謎を追いかけながら次々に難局を克服していくという、ストーリィ仕立てになっています。舞台は、ヨーロッパ、アフリカ、アジアと世界中に及びますが、主要な役割を演ずる登場人物はアメリカ人という、アメリカ人の読者が喜びそうなお膳立てになっています。

娯楽小説としては、よくできたB級ミステリィで、『キリストの十字架の死』は、ローマ帝国皇帝ティベリウスが仕掛けた『陰謀』である、という『仮説』が基調になっています。この『仮説』をもっともらしく見せるための、史実とフィクションの組み合わせは、なかなかの出来栄えで、この作家の力量の一端がうかがえます。

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2008年2月24日 (日)

泣く面を蜂が刺す

江戸いろはカルタの『な』、『泣く面を蜂が刺す』の話です。

『泣きっ面に蜂』という表現で梅爺は覚えてきました。『泣く面を蜂が刺す』の方が、文法にのっとっていて、冷静な客観描写ですが、『泣きっ面に蜂』の方はぶっきらぼーの表現ながら、泣いている子の顔へめがけて、ブンブンと蜂が押し寄せる様が目に浮かぶようで、滑稽感や動きが感じられ、梅爺はこちらの表現が好きです。

『悪いことは重なるもの』という例えで、人生誰でも、そのような事態は、何度か経験していますので、『泣きっ面に蜂』とは、うまく言い当てたものだとその表現の妙に感心してしまいます。

悪いことが続いて、落ち込んでいる時に、気持ちを励ましてくれる言葉としては、『人生全て塞翁が馬』『禍福はあざなえる縄の如し』『朝が来ない夜はない(春が来ない冬は無い)』『ピンチはチャンス』などがあります。

悪いことが過ぎ去った後では、たしかに『そうだった』と納得できることではありますが、悪いことの最中(さなか)にいる時は、励ましの言葉も、気休めにしか受け取れず、『いい加減なことを言うな』と怒鳴りたくなります。

会社の経営や、社会の状況などには、『悪循環(Vicious Cycle)』というものがあり、一度このサイクルにはまってしまうと、『好循環(Benevolent Cycle)』へ戻すには、マイナスをプラスに転じるための多大な努力や工夫を要求されます。賢人は、事前に『悪循環』を予見して、手を打つことができますが、凡人は、渦に巻き込まれるように、あがきながら引き込まれてしまうことになります。

アメリカのイラク侵攻は、その後の『悪循環』を引き起こしたことは、ブッシュがいくら『自分は正しい道を選んだ』と強弁してみても、誰の目にも明らかで、強弁すればするほど、ブッシュが軽薄に見えてきます。

梅爺は、『悪循環』を予見できる程の賢人ではありませんので、嵌ってしまったら、『じっと、嵐が吹き去るのを待つ』ことしか、思い浮かびません。

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2008年2月23日 (土)

福岡伸一氏の本再び(4)

梅爺は、英国で狂牛病が見つかり、世界中が騒然としていた頃に、アイルランドのダブリンへ国際会議出席のために出張したことを思い出しました。ロンドン経由でアイルランドへ入ったのですが、ロンドンでは、牛肉は食べられず、魚介類を専門とするレストランで食事をしました。

アイルランドの空港へ到着すると、物々しい警戒態勢で、『アイルランドでは、まだ狂牛病は発生していません』等と書いた横断幕が張られ、入国の時には、強い消毒液を含ませたマットを靴で踏んで通過するように指示されました。

ところが、アイルランドの首相も同席した晩餐会のメイン料理は、牛肉のステーキで、梅爺は、首相も食べているものを固辞するするわけにもいかず、ここは日本人の度量の大きいところを見せようと、強がってニコニコしながら食べる羽目になりました。

帰国後、会社で、『そのうち、狂牛病が発症して、わけの分からないことを言い出すかもしれない』と、この話をしましたら、『この病気は、潜伏期間がながいのですよ。あなたの歳なら、その時は認知症か狂牛病か判別できませんよ』などと皆にひやかされました。

しかし、『プリオン説はほんとうか?』を読むと、狂牛病(ヒトの場合はヤコブ病)とアルツハイマー症は、同じ脳が犯されるのでも、症状がかなり異なることが分かります。コンピュータで言えば、中央処理装置に異常が発生することですので、深刻さは同じですが、ヤコブ病の場合は、診療や対症の方法もなく、100%死に至るということですので、悲惨です。

福岡伸一氏の『仮説』が正しいとすれば、ヤコブ病は、外部からの感染、しかも食べ物からの感染が原因と言うことになります。ヤコブ病は、従来は、100万人に一人程度の発症率ですが、感染した牛や羊の、特に臓器、脊髄、脳みそなどを食べた場合は、この程度では済まないことになります。

米国が、牛肉の日本への輸出条件を緩和するように、圧力をかけてきていますが、厚生・労働省は、政治的な圧力に屈せず、『疑わしきは、通さず』の信念を貫いていただきたいと思います。そのために、吉野家の牛丼の値段が少々上がっても、梅爺は我慢するつもりです。

電子顕微鏡の出現で、従来光学式顕微鏡では見つからなかった沢山のウィルスの正体が発見されましたが、最新の科学技術を駆使しても、まだ正体がつかめない『病原体』があることを、この本を読んで実感しました。

こんな、細菌やウィルスに囲まれながら、人間は、内部の『防衛機能(免疫、抗体機能)』が働いて、梅爺のような歳まで、なんとか生きてこられたわけですから、感謝するほかありません。

『人間にとって、一番科学的に理解ができていないものは人間』という表現が、正しいことが分かります。

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2008年2月22日 (金)

福岡伸一氏の本再び(3)

勿論プリシナーは、『ハッタリの決め付け』だけでノーベル賞を受賞したわけではなく、脳内に蓄積された異常タンパク質に関する、新しい事実の発見などに功績を残しています。

福岡氏は、プリシナーの論文を細かく検証し、論理的な帰結ではない『決め付け』の部分や、恣意的なデータの提示方法(グラフの横軸、時間軸を対数表示にして、二つの事象が相関を持つように見せかけるなど)の不備を次々に暴いていきます。刑事コロンボが、犯人のアリバイを崩していくようで読者はワクワクします。

見つかった新しい事実や、過去の知識を含め、『納得がいく対抗仮説』を福岡氏は提示します。見つかった異常タンパク質は原因ではなく結果で、本当の病原菌は新種のウィルスであろうという内容です。このウィルスが最初は生物のリンパ体に取り付き、徐々に侵攻してやがては脳にたどり着き、正常なタンパク質を、異常に変えて『脳スポンジ症』を発症させるという『仮説』です。この自説を証明しようと、福岡氏は、気も遠くなるような実験を繰り返しますが、残念ながら、ウィルスの正体は、科学的に未だ突き止められていません。論理的には、ウィルスとしては最も小さい類(たぐい)に属すると推測されています。

この種の実験は、遺伝子組み換えを行った多量なマウスを用い、その他にも最先端化学を駆使した、時間とお金のかかるものであることを梅爺は始めて知りました。途中での一つのプロセス・ミスもゆるされない、いわば、砂浜から一粒の砂金を見つけるような作業です。真理追究の執念がなければ、こんなことに根気は続きません。

福岡氏は、他人の業績をただ紹介する評論家タイプの『先生』ではなく、傷つくことも承知で、自分が納得できる真実を追い求める『行動派の学者』であることに、敬意を表したくなります。ただ、残念なことに、梅爺は、プリシナーと福岡氏のどちらが、正しいのかを、推測する能力さえ持ち合わせていません。しかし、この本のおかげで梅爺は、いっぱしの『プリオン』通になったような気がしています。

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2008年2月21日 (木)

福岡伸一氏の本再び(2)

ノーベル賞を受賞したプリシナーが、ヒトのヤコブ病や、狂牛病などの『脳スボンジ症』を発症する病原体が、脳から発見された異常タンパク質ではないかと最初に主張した時に、世界中がこれをスンナリ受け容れたわけではありません。むしろ異端者扱いされました。

なぜならば、今まで病原体はすべて細菌やウィルスなど、最低限、自己増殖するための『核酸(DNA)』を備えているものでなければならないという考え方が定着していて、これが病理学の常識であったからです。

核酸を有しないタンパク質が、病原体になりうる『カラクリ』については、現状では誰も解明できていませんし、そのような例は他には発見されていません。

プリシナーは、極めて功名心が強いのか、逆境に強いのか、執拗に実験を繰り返し、自分の『仮説』に有利な傍証データを次々に発表し、学会誌ばかりではなく、新聞などのジャーナリズムも利用して、『巻き返し』をはかります。最初は冷たかった学会の中にも、次第に『プリオン説』を支持する学者も増え始め、傍証データも更に補強されて、ついには『ノーベル賞』にまでたどり着きます。

しかし、プリシナーの『プリオン説』は、すべて傍証データでしか説明されておらず、いわば『演繹的に決め付けている』ことになります。裁判で言えば、決定的な証拠なしに、傍証だけで、犯人であると決め付けているようなものです。

福岡氏は、『病原体はタンパク質』という、従来蓄積してきた知識の中では説明がつかない主張に疑念を持ち、仮に、それが正しいにしても、その『カラクリ』自体も、科学的に論証されなければならないと考えて、ノーベル賞受賞学者の主張の徹底検証を開始します。

福岡氏は、この本の中で、プリシナーの『人となり』を、あからさまには批判していませんが、真理追究と功名心追求が同居しているように見えるプリシナーの行動を、『こころよく思っていない』であろうことをほのめかす、記述がそこここにあるように梅爺は感じました。

『プリシナーさん、もしあなたが本当の真理追究の学者なら、私の反論や主張にも、耳を傾けるはずですよね』という、福岡氏の自負心が、伝わってきます。梅爺は、野次馬の上に判官びいきのところがありますので、『そーだ、いーぞ。ノーベル賞学者の鼻を明かしてやれ!』と応援しながら、この本を読みました。

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2008年2月20日 (水)

福岡伸一氏の本再び(1)

『生物と無生物のあいだ』の著者、福岡伸一氏は、日本を代表する生命科学(化学)の学者でありながら、並々ならぬ文才の持ち主であることを、以前に紹介しました。

生命化学について、何の見識を持たない梅爺のような素人でも、ワクワクしながら読み通せ、複雑で難しいこの学問分野の勘所が分かったような気になるわけですから、『本の価値』は著者の文才で決まることがよく分かります。このような、ある意味で難しい内容の本がベストセラーになる日本と言う国も、捨てたものではないと嬉しくなりました。

本屋の書棚を眺めていて、今度は福岡伸一氏の『プリオン説はほんとうか?』を見つけ、迷わず購入しました。正直に申し上げれば、『プリオン』とは何かについて梅爺は、何の知識も持ち合わせていませんでした。しかし、『福岡伸一氏の本』であるというだけで、たとえ『プリオン』が何であれ、『面白いに決まっている』と梅爺には確信がありました。相当な入れ込みようです。

一気に読み終えて、『生物と無生物のあいだ』と同様に、期待通りの深い満足を味わいました。

ヒトのヤコブ病、牛の狂牛病、羊のスクレイピー病、は病名は異なりますが、『同じ病原体』で発症する病気で、この病原体につけられた名前が『プリオン』であることが分かりました。病原体の正体は、確定されていませんが、この病気にかかった動物の脳の中に、健康な動物には存在しない『特殊なタンパク質』が蓄積されていることが分かり、このタンパク質が病原体であるという『仮説』を展開した、アメリカのスタイナー・プリシナーが、その功績により、1997年に、ノーベル生理学・医学賞を単独受賞しました。『プリオン』はプリシナーの命名(タンパク性感染性粒子の略)です。

この病気の、特異で恐ろしいところは、潜伏期間が異常に永いこと(ヒトの場合は数十年に及ぶことがある)、感染の初期には、発熱などの自覚症状が全く現れないこと、最終的に脳が異常タンパク質で犯され、脳神経が死滅して後にはスポンジ状の空胞が残り、感染したヒトや動物は100%死に至ることです。

何も知らない、梅爺は、ここで『なんと恐ろしいこと。病原体を見つけたプリシナー先生は偉い』と思って終わりになるところですが、福岡伸一氏は、なんとこのノーベル賞受賞学者の『仮説』に、疑義を抱き、科学的な徹底検証や反論を試み、対抗する『仮説』までも提示しようとします。『そんな偉い先生に楯突いて、大丈夫か』と梅爺は心配になりながら、野次馬根性で、『最後はどういうことになるのだろう』とミステリー小説を読むように、本に引き込まれてしまいました。

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2008年2月19日 (火)

オペラの歴史的背景(3)

オペラが、王侯貴族の遊びから、大きな変容を遂げたのは、18世紀末のフランス革命、ナポレオンの王政復古、ナポレオンの失脚とヨーロッパが動乱の時期を経験したことにあると、岡田氏は指摘しています。社会的背景が様変わりすることで、庶民の一部を含む観客が求めるものも大きく変わったということでしょう。

コストをかけない『軽い喜劇様式』や、民族の歴史に主題を求める『国民オペラ』などが次々に登場します。やがて、19世紀の庶民が主役の社会になると、コストを負担するパトロンが、王侯貴族から、経済活動の成功者(慈善活動)や、興行主に変わっていきます。興行主は、当然な事ながら、多数の観客を動員するために、商業主義的な手法を駆使します。今で言う『マーケティング』です。当時、外国旅行が流行し、異国への憧れがあるとみるや、『蝶々婦人(日本)』や『トーランドット(中国)』のような作品を作り出しました。梅爺は、プッチーニが、何故日本を舞台にしたオペラをわざわざ作ったのかと不思議に思っていましたが、これで謎が解けました。

最後に、オペラを利用して、『王様のような立場』になるという野望をもったワーグナーが登場します。ワーグナーの総合的な才能は、誰もが認めるところですが、権謀術数にも長けていて、ルードヴィッヒ2世のような純真な(少々狂気のある)王様をうまく利用して、資金を調達し、観客が陶酔、崇拝する『総合プロデューサ』の立場を獲得します。今でも、世界中に『ワグネリアン』という、ワグナーを『教祖』のように崇拝する人たちが沢山いますので、その威光は、現在も色あせていません。

荘厳な序曲、終曲などの手法は、その後ハリウッド映画に引き継がれていったと岡田氏は書いています。梅爺は『ベン・ハー』や『アラビヤのロレンス』を直ぐに想起しました。

これを読んで、オペラの人間くさい面、生臭い面が理解でき、また少し、オペラに親近感がわきました。

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2008年2月18日 (月)

オペラの歴史的背景(2)

オペラは、演劇、音楽(オーケストラ)、歌(独唱、合唱)、踊りと、舞台芸術の要素を全て取り込んだ芸術様式ですので、制作関係者には、『総合能力』が求められ、制作や上演には、『多大なコスト』がかかることは、容易に想像できます。

岡田氏の著作『オペラの運命』では、このコストを、『誰が何のために負担したか』を中心に、オペラの変遷を見ようとしていることが、斬新な視点のように思いました。

17世紀初頭のバロック時代に、ヨーロッパの王侯が宮廷の社交の場の背景を華やかに彩るものとして、オペラが始まったということは納得がいきます。贅沢な目的のためや、封建階級における自分の威光を示すために、このような『遊び』ができるのは、ふんだんな財力を持つ王侯でなければできないからです。現在の私達には、なじみがありませんが、実はこの頃のバロックオペラは、作品の数も一番多いのだと、資料を読んで知りました。

そういえば、梅爺も訪れたことがある、チェコのチェスキー・クロムロフという町の城の中にある、劇場が復元され、当時のオペラを上演している様子を最近テレビで観たことを思い出しました。勿論、この頃のオペラは、庶民とは無縁なもので、『社交の彩り』が目的でしたから、悩み、悲しみといった陰鬱なテーマは必要なく、決まってハッピーエンドに終わるのだそうです。まるで、『水戸黄門』のテレビドラマや、B級西部劇のような話です。

その後、大都市には大きなオペラ専用の劇場ができ、現在も使われ続けていますが、『社交性』『儀礼性』『王侯の威光を示す場』であったことは、劇場の贅沢な装飾や、客席の構造から見て取ることができます。梅爺と梅婆は、昨年の旅行時に、ウィーン国立オペラ劇場のボックス席に座り、舞台を見下ろしながら鑑賞しました。王侯貴族とは程遠い風采なので、畏れ多い話です。

人間のすばらしいところは、一度作り出した『様式』を、更に高尚なものにしようという意思が働くことです。オペラも例外ではなく、ショウ化してしまったオペラを改革しようという動きが、18世紀の始めに起こりました。脚本も、人生の苦悩に類するテーマを取り上げるようになり、やがて、モーツァルトのように、卓越した音楽で、悲劇を喜劇に見せてしまったり、下品な内容を、下品と感じさせないような、天才までが登場することになります。

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2008年2月17日 (日)

オペラの歴史的背景(1)

梅爺の大学時代の男声合唱団同期生が、昨年11月に、ウィーン、プラハ、ブタペストへ『本場のオペラを鑑賞する旅』を敢行したいきさつは、前にブログに書きました。夫婦同伴9組を含む総勢21人が、周到に『事前勉強』もして臨みましたので、オペラを大いに堪能したことは言うまでもありません。健康、時間、それに、なんとか捻出できるお金がなければ、参加できないわけですから、環境に恵まれていることを感謝するほかありません。梅爺は、『冥土への土産』が一つ増えました。

この旅行の後も、オペラへの関心が薄れないとみえ、仲間の一人Aさんが、『オペラの運命(岡田暁生著:中公新書)』という本を読んで、感想と抜粋要約を、『爺さん論争』のメンバにメールで送ってくださいました。

『オペラの歴史』ではなく『オペラの運命』とは、一体何事だろうと、抜粋を読んでみて、著者岡田暁生氏の視点が、音楽史というより、その時々の社会背景に影響を受けて、オペラが進化したり、必然的に変容したりする経過を丹念に追いかけ、オペラそのものが分からない人にも、『なるほど』と思わせる読み物になっていることが分かりました。オペラが辿った『運命』という意味なのでしょう。

階級制度(王侯貴族と庶民など)、政治体制、経済体制、商業主義、関係者の野望(特にワーグナー)など、一見『芸術』とは無関係な要素が、実はオペラに、その時代では意味のある大きな影響を与えている、という視点は、斬新で、大いに勉強になりました。

私達は、映画、演劇、ミュージカル、バレー、日本の古典芸能、それにテレビと、周囲に選択可能な『娯楽』が満ち溢れている環境で、『オペラ』のことを考えますが、『オペラ』が楽しみの主役であった時代の人たちが、『オペラ』をどのように受け止めていたのかということに、なかなか思いが至りません。当時の人たちは、ハリウッド映画などは知らないわけですから、私達のように、『映画の方が面白い』とか、『家でテレビを見ていたほうが気楽で良い』とか、言えません。

オペラに限らず、歴史を考える時に、その時代の人が、どう感じていたのか、何を考えていたのかを、その環境制約条件を想定して推測することは、意外に難しいものです。多くの場合、『現代の眼』で見てしまい、誤認することが少なくありません。

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2008年2月16日 (土)

『品格』ブーム(3)

『品格』に関する本がベストセラーになっているという現象は、すばらしいことかもしれません。多くの日本人が、現在の日本や、そこに住む自分が、結果として『品格』を欠くような行動をしていると、『思い当たること』があり、もう一度考え直してみようと思うからではないかと推測できるからです。この種の本に、誰も見向きもしない状況になってしまったら、手遅れなのかもしれません。

しかし、自分は品格を有すると信じ、周囲の人や国(日本)が『品格』を欠いていると常々嘆いていた人が、『良くぞ私の代弁をしてくれた。私もこれを言いたかったのだ』という目的で、本を買うのであれば、大きな期待はできません。梅爺も、自分は高いところに身を置いて、誰かを批判するようなことを言いかねないと案じて、本を読むことを躊躇しているのだと思い当たりました。自分の品格に疑いを持たない人が、溜飲を下げるために本を読み、品格などには元々興味の無い人が本を読まないとすれば、何も変化は生じないからです。

現在の日本や日本人が、『品格を欠いている』とすれば、日本や日本人が『品格』という概念よりも、もっと相対的に重視している『他のもの』が存在するからに違いありません。直ぐに思いつくことは、『物理的に裕福な生活を手に入れる』ということで、この目的のためには、他人や他国を押しのけることもやむを得ないと考えているからではないでしょうか。『格差反対』などと言いながら、『格差』を生むように、皆が加担しているとも言えます。しかし、『物理的に裕福な生活を手に入れたい』と考えることは、人間の自然な欲求でもあり、これを一概に『悪いこと』と断ずることもできません。この欲求だけに取り付かれた人には、『品格』は、一文にもならないと見向きもされないことになります。

人間は、『品格』を大事にする心と、『品格』などかまっていられないという心を両面持ち合わせていて、そのバランスの中で苦悩していると言うのが実態ではないかと思います。一方的に『品格』だけを論じてみても、問題は解決に向かいません。

『品格』を相対的なバランスの中で重視する方向へ変えていこうということは、社会の価値観のバランスを変えていこうということに他なりませんから、精神論では済まされない、大変なエネルギーを必要とします。ベストセラーになっている本が、現在の日本で、このエネルギーを生み出す一つのきっかけになるのかどうか、梅爺は、期待して見守りたいと思います。

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2008年2月15日 (金)

『品格』ブーム(2)

人や国があることに遭遇した時には、その人のそれまでの人生経験や歴史経験とその時点で保有する能力の全てを駆使して、判断を下し、ある行動に出ます。本人は無意識でも、必ず、人となりや人生観や教養の度合い、国家の場合は、文明度や民意の高さが現れます。それは、時に形勢不利な環境でも、信念を曲げない毅然たる態度を保持することかも知れませんし、あるいはまた、自分の非を悔いて、潔く謝罪することかもしれません。『品格』はその行動の中に、自然とにじみ出るある種の『雰囲気』であろうと思いますので、『結果』に相当します。『品格』は『装う』ものではなく、『現れる』もので、全ての状況が異なっている以上、『品格』はこうあるべきものだという、誰にも、どの国にも適用できる絶対的な規範は存在しないように思います。

『昔の日本は品格のある国であった』『昔の日本女性には品格があった』という『命題』が、仮に『真(正しい)』だとしても、それは、今とは異なったある状況の中での話であり、従って『今こそ、昔の品格を取り戻すべきだ』という『命題』が『真』であるかどうかは、別の議論になります。個人が生活する社会・経済環境や、日本を取り巻く世界情勢は、大きく『変わってしまっている』からです。どの時代であれ、誰も、どの国も、見方によっては『品格を欠いている(いた)』と言えないことはありません。

梅爺は、『品格』は意味の無いことであると言っているわけではありません。『品格』は『結果』なので、もし現在の『品格』に問題があるというのであれば、何故そのような『品格』が『現れる』のかという『原因』を考える必要があると言いたいだけです。『結果』の良し悪しを指摘することは、誰にもできますが、何故そのようなことになったかを、洞察することは一般に易しいことではありません。勿論、『昔は良かった』で済まされる話でもありません。

『もっと品格を大切にして、いたわりの気持ちや、思いやりに満ち、道徳や倫理が支配する日本にしたいと、言っているだけなのに、どうして、お前はそんなに話を難しくするのか』と、叱られるかもしれませんが、『いたわりの気持ちや思いやり、倫理や道徳の精神』が少なくなった『原因』は、誰にも即座に解明できませんし、しかも後戻りできない歴史のプロセスの中の、極めて複雑な要因から成り立っていますので、そのことに目を向けずに、ただ『品格と取り戻そう』というスローガンを唱えるのは、『火の用心』といっているのと同様の効果しか、期待できないような気がします。

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2008年2月14日 (木)

『品格』ブーム(1)

『国家の品格』『女性の品格』『親の品格』などという本が、ベストセラーに名を連ねていることは、梅爺も知っています。

『爺さん論争』の仲間のSさんから、前に『国家の品格』を読んだ感想文を頂戴しましたが、何故か梅爺は、これらの『品格』に関する本をあまり読みたいという気持ちが起こらず、一冊も読んでいません。

読んでいない本の内容を想像して、ものを言うのは、大変失礼なことなのですが、梅爺は『自分が何故、品格に関する本に興味が持てないのか』にむしろ『興味』が沸きました。従って、このブログは、今売られている本に関する意見ではなく、自分が『品格』をどのように理解しているかを綴ったものに過ぎません。

先ず、『品格』と言う言葉の裏側にある、ある種の『意図』に、なにやら、『いかがわしさ』があるように感じていることに気づきました。『品格とはこういうものですよ』と教えてもらって、その通りに外面的に振舞えば身につくものではないように思っているからです。『品格』は、定められた条件を満たせば『ある』と認められような、単純なものではなく、その人なり国家なりが、色々な状況に対応する姿勢の中に、自然に内側からにじみ出てくる『雰囲気』のようなものであって、それに『品格がある』かどうかの判定は、当事者ではなく、第三者が下すものと梅爺は考えました。従って、自らの言動に自省の念が無い人や、内面を磨こうという意思を持たない人に、外面的な『品格』の大切さを説いてみても、『馬の耳に念仏』になってしまいます。

梅爺の友人Oさんが、そのブログの中で紹介している、田辺聖子さんの以下の言葉(警句)は、『品格』の本質をよく見抜いているように思います。

『下品な人が、下品な服を着ていても、下品ではない』

梅爺流に警句を作れば、『自分を差し置いて、他人に品格を説く人は品格が無い』ということになります。

つまり、『品格』は、相対的かつ流動的な価値観であり、絶対的な価値観があるかのような錯覚を抱くことは、危険ではないでしょうか。

梅爺も、できれば『品よく振舞いたい』とは思い、現に見栄を張ることも多いのですが、外面だけ『品よく』振舞おうとする態度は、第三者には必ずしも『品よく』見えていないことは、他人の振る舞いを見ていて、よく承知しています。『馬子にも衣装』とも言いますが、どんなに装ってみても、他人は、その人の本性を鋭く見抜くものです。着飾ったり、お化粧をすることが、反って『あだ』になる場合も少なくありません。

他人に、不快な思いをさせないための、マナーを守ることは、社会生活で重要なことですが、そのレベルの話を『品格』という言葉で論ずるのは、『品格』に失礼なような気がします。

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2008年2月13日 (水)

念には念をつがへ

江戸いろはカルタの「ね」、「念には念をつがへ」です。

「つがへる(つがえる)」は、「組み合わせる」ことで、現在では「念には念を入れる」または「念には念を押す」ということになりますので、全くおっしゃるとおりで、説明を要しません。英語でも『Double-check』と表現します。

梅爺は、きわめて無精者なので、「念には念を入れる行為」を苦痛に感ずる悪い癖があり、何度も痛い目に会いながらまた失敗を重ねてきました。取り返しのつかないような大失態を辛うじて回避できてきたのは、単なる幸運としか言いようがありません。よく「自信過剰」と叱られてきましたが、自分では、「自信過剰」の意識はなく、むしろ単なる「無精」のなせるわざと、考えています。

しかし、物忘れが激しくなってきた今は、失敗の数も増え、「幸運」だけに頼れる状況ではなくなってきましたので、これからは「念には念をつがへ」を、念仏のように唱えながら、生きていきたいと考えています。

「念のためにメモをとっておけ」と若い頃は、言われましたが、「メモを取る」ことも、梅爺は苦手でした。会議の席などで、全員の発言内容を、詳細にメモする人などを見て、尊敬したものです。

メモを取るのが苦手な原因は、現在進行中の「論理」を理解しようと、頭がそちらへ行っていて、少し前の内容をメモしている間に、重要な「論理」を見失ってしまうことを無意識の内に恐れているためではないかと、自己分析しています。したがって、梅爺は、ノートにキーワードとなる単語や、他人には分からないような記号を書き付けて、メモ代わりにしていました。

これを見た人からは、「記憶力に自信があるのですね」とひやかされましたが、これも自分では、記憶力の問題ではなく、現在進行している論旨や論理を逃すまいとする性格が強いだけとと考えていました。

しかし、外見上は、梅爺は、「何事にも自信過剰で、特に記憶力をひけらかす生意気な奴」として、他人の目には映っていたのだろうと思います。まことに、不徳のいたすところです。

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2008年2月12日 (火)

プラシーボ(Placebo:偽薬)効果(3)

ヒトの脳の活動を、『情』と『理』と書きましたが、もう一つ『生命活動維持制御』という、基本活動が脳にはあることに触れませんでした。血圧の制御、ホルモンの制御、病原菌と戦うための免疫制御など、宿主の人間が意識しないところで、脳は重要な機能を果たしています。

『願う』『笑う』『憩う』などによってもたらされる『こころ』の状態が、『からだ』の制御に関係しているとするならば、脳の『情』の活動と、『生命活動維持制御』は、深い関係を有していることになります。

このことから類推できることは、生物としてのヒトの脳の発達過程は、先ず『生命活動維持制御』が出来上がり、その上に『情』の活動が加わり、最後に『理』の活動の部分が加わった、ということです。

もし、そうだとすると、『情(こころ)』が『からだ』の制御に影響する度合いは、『理』が『からだ』の制御に影響する度合いより高いという現象は納得できます。梅爺のような爺さんは、物忘れが激しくなっていますが、それが原因で特段『病気』にはなりません。物忘れは『理』の領域の活動であって、『からだ』への影響が少ないからでしょう。一方、『こころ』が、悲しい、寂しい状態が続けば『からだ』にも良くない兆候が現れるにちがいありません。

人間は、先ず『情』で反応し、その後で『理』が働く、と何度も前にブログに書いてきましたが、このことも、『脳の発達過程』を考えると、納得いきます。『生命活動維持制御(からだ)』<『こころ(情)』<『理性(理)』という階層で、お互いが影響し合っているという『仮説』は、梅爺には極めて妥当なように思えます。

『ボケ防止』ばかりを、金科玉条のように唱えてきましたが、本当に長生きするためには、『こころ』を健全に保つ努力の方が、有効であるという単純なことに、ようやく思い至りました。『ボケ』より『根性悪』の方が、健康に良くないということです。直ぐに理想的な『好々爺』にはなれそうもありませんが、とりあえず、今後つまらないことで、梅婆と言い争いする回数を減らすことにしたいと思います。

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2008年2月11日 (月)

プラシーボ(Placebo:偽薬)効果(2)

帚木 蓬生(ははきぎほうせい)氏が紹介した、医学の実験は以下です。痛みが最も激しいと言われる肺がんの患者を、ABCDの4グループに分け、それぞれ、以下の治療をします。

A 鎮痛薬を投与すると患者に告げて鎮痛薬を点滴する
B 鎮痛薬を投与すると患者に告げて生理食塩水を点滴する
C 患者には何も告げずに鎮痛薬を点滴する
D 患者には何も告げずに生理食塩水を点滴する

その後、患者にインタビューして、痛みが軽減したかどうかを調べた結果、効果が大きい方から、A>B>C>Dの順であることが分かったというのです。ここで、勿論注目すべきは、CよりもBの効果が大きかったということで、実際の薬より『暗示』の方が効いているということです。『期待、願い』といった『こころ』が、実際には強く人間を支配しているように見えます。

これを『プラシーボ(偽薬)効果』と称するわけですが、このような内容は、近代医学の医者や製薬会社は、あまり公表したがりません。薬より効くものがあるなどと思われては困るからです。

しかし、人間の歴史で、病気と薬の因果関係が、理論的に立証され始めたのは、近世に入ってからで、何千年の間、人々は病気になると、経験則で見つけた薬か、『悪魔祓い』などの呪術による『暗示』に頼ってきました。これらの意味を、ただ『非科学的、ばかばかしい』といって排除できないのではないかというのが、帚木 蓬生氏の主張でした。

人間は、『こころ』が肉体を制御していることを、昔から感じ取り、『病(やまい)は気から』とか『笑う門には福来る』などと表現してきました。医者の不適切な一言が反って『病気を重くする』とも言われています。

『こころ』が『からだ』を正常にコントロールする上で、重要な『要素』になっていることは、誰もが感じていることです。宗教家や、思想家の『教え』は、人が生きていくうえで重要な要素であることも確かでしょう。

梅爺は、あまり信心深くないので、宗教が説く、神や仏の存在には、疑念を持っていますが、宗教の『教え』の多くは、『こころ』を豊かにして生きていくことの大切さを思い起こさせてくれるものとして、異論なく受け入れることができます。

好きな本を読む、好きな音楽を聴く、コーヒーをゆったり飲む、お酒をチビチビ飲む、愛犬と戯れる、瞑想しながらタバコをくゆらす、なども、些細なようですが、梅爺にとっては、『こころ』を豊かにする方法です。ただし、タバコだけは『こころ』を豊かにしながら『からだ』には害があるという矛盾したものなので、いつも『やめなさい』と梅婆に迫られています。

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2008年2月10日 (日)

プラシーボ(Placebo:偽薬)効果(1)

NHKBSハイビジョンで『こころのゆくえ』というフォーラムの討議内容を紹介する番組があり、面白いので、つい観てしまいました。多くの人たちが、目に見えるものだけを信じて、物欲が、人や社会を支配する傾向となりつつある時代に、人間が、本当に人間らしさを回復するために、『こころ』について、もっと考えてみる必要がある、というごもっともな趣旨の討論会でした。

『こころ』は、誰もが気安く使う言葉ですが、その実態は、ほとんどと言って良いほど、解明されていません。目に見えない抽象的な概念では困るというので、ハート(心臓)マークなどの『記号』が使われますが、勿論『こころ』は心臓のことではありません。

ただ、『こころ』は、『生きているもの』の中に存在するらしいと感じ、生きることの原動力である心臓に『こころ』があると昔の人は想像したのでしょう。言い換えれば、死とともに『こころ』は消滅すると想像していた証左かもしれません。その意味では、『いのち』も同様な抽象概念で、『いのち』と『こころ』は関連があり、更に『いのちあるものには、こころがある』という概念までも、人は生み出しました。

人間の推論能力のすばらしいところは、やがて『一見生きているようには見えないもの』にまで、『いのち』や『こころ』があると考えるまでに至ったことです。仏像や絵画などは、もちろんのこと、路傍の石ころにまで、『いのち』や『こころ』があると感ずることができます。

『こころ』とは何か、について梅爺の興味は膨らみますが、話を発散させないために、このブログでは『ひとのこころ』についてのみに限定したいと思います。

ヒトの脳の活動が、『理』と『情』の処理を担当していることは推測でき、両方とも『ヒトが生きる』こと、『ヒトという生物種が存続すること』に必要な要件であることは、『生物進化論』から推測できます。もし無駄なものであれば、淘汰されて無くなっているはずです。現代科学でも、解明できていない難しい分野が、このヒトの脳の『情』活動です。脳生理学、心理学、などが懸命な努力をしていますが、『生きているヒトの脳に立ち入る』話であるために、困難が伴います。

『ひとのこころ』は、この『情』の活動が生み出す、抽象的な『全体像』ですから、これが『こころ』であると、手にとって見ることはできません。『悲しい』『嬉しい』『恋しい』『虚しい』『妬ましい』などの、『情』が渾然一体となって編み出す世界ですから、大きさや重さを規定することもできません。

科学は目に見えない抽象概念を軽視しがちですが、『こころ』の研究をもっと重視すべき、というのが、フォーラムのパネリストの一人であった帚木 蓬生(ははきぎほうせい:作家、精神科医)氏の主張でした。例として挙げられた『プラシーボ(Placebo:偽薬)効果』に梅爺は、興味を持ちました。

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2008年2月 9日 (土)

ケ・セラ・セラ(2)

昨日は「人事を尽くして天命を待つ」という言い方の肩を持つようなことを書きましたが、本当に人事を尽くしたかどうかの判定は、主観的ですので、「私は努力をしましたよ」と主張する時の自己弁護に用いられかねません。これに反して、まじめな人は、「まだまだ、やれることはあったかもしれない」と悩みますので、「人事を尽くさないうちに、天命が来てしまった」と考え勝ちです。

「運命」というブログで、梅爺は、人の「運命」は、「天命(自然の摂理)」と「自分の能力・意思による判断・行動」の織り成す綾で決まる、と書きました。

「天命」には、今のところ誰も逆らえませんので、これで決まってしまう「運命」には、「ケ・セラ・セラ(なるようになるさ)」と達観して対応するほかありませんが、本当は、「自分の能力・意思による判断・行動」で変えられる「運命」まで、「ケ・セラ・セラ」と笑い飛ばしてしまうのは、行きすぎです。

現在、「天命」とあきらめているもののいくつかは、時代とともに、科学的な解明がなされて、人はその支配下から逃れることができるようになると思います。例えば、自然災害の予知や、回避(台風の進路を制御など)、降雨量の制御、遺伝的な不治の病と考えられていたものの治癒(遺伝子の組み換えなど)があげられます。

降雨量の制御が科学的に可能になれば、「雨乞いの儀式」は不要になりますので、「神様」のお役目が一つ不要になります。

「天命」の解明は、「科学」と「宗教」のせめぎあいですが、梅爺には、「科学」の方に分があるように見えます。ただし、「天命」の解明や、「天命」の回避が、人間にとって幸せなことかどうかは、別問題です。

「美容整形」は、現在可能な、ささやかな「天命」への反抗手段ですが、もしも、全員が美男美女に変身してしまうと、人間社会のバランスは崩れてしまいます。梅爺が、梅爺の顔であることには、それなりの意味があるのです。

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2008年2月 8日 (金)

ケ・セラ・セラ(1)

梅爺が高校生くらいの時であったと思いますが、ドリス・ディが歌った映画(知りすぎた男)の主題歌「ケ・セラ・セラ」が流行りました。英語で言い直している部分は、「Whatever will be, will be」ですので、「物事は、なるようにしかならない」という意味と理解できます。

歌の内容は、女の子が母親に、「大きくなったら美人になれるの?」と尋ねたとき、その女の子が大きくなって恋人に「二人の将来はバラ色(原文では、いつも虹を見るの)なの?」と尋ねたとき、その娘が母親になって、子供から「ボクは、ハンサムでお金持ちになれるの?」と尋ねられたとき、答えはいつも同じで「なるようになるでしょう。先のことなど誰にも分からない」でした、というような他愛の無いものです。

「ケ・セラ・セラ」は、スペイン語なのかフランス語なのか、というような論争もあるようですが、梅爺の能力では、判別できません。スペイン語圏では、このような表現をしないということらしいので、英語の喋り手が考えたスペイン語ということなのでしょうか。

ビートルズの「レット・イット・ビー(Let it be) 」も、「成るにまかせなさい」という意味で、ニュアンスの差はあるにしても、同様のことを言っているのでしょう。

韓国人が、日常多用する「ケンチャナヨ」も、「なんとかなるさ」と言う意味で、クヨクヨ考えても仕方が無いということだと教えられたことがあります。

明るい表現なのか、自嘲気味な表現かはともかくとして、「なるようにしかならない」という考え方は、「そう考えないとやっていけない」と自分を納得させるのには、便利な言葉です。前に梅爺が「運命」というブログを書いたときに、梅爺流の定義で用いた「天命(自然の摂理)」を引用すれば、「誰も天命には逆らえない」という感覚は、人類共通の認識なのかもしれません。

しかし、人生は言うまでも無く、「人事を尽くして天命を待つ」ことに意味があり、何にでも「ケ・セラ・セラ」と叫ぶのは軽薄で、自己弁護、現状逃避と言われても仕方が無いのではないでしょうか。

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2008年2月 7日 (木)

日本の男声合唱(5)

西洋音楽のルーツは『グレゴリオ聖歌』であろうといわれるくらいですから、合唱は、当初教会で歌われる宗教曲として発展しました。その後、オペラが登場し、見せ場としての合唱(コーラス)が登場するようになります。宗教にとらわれない芸術形式としての音楽も盛んになり、著名な作曲家は、器楽曲のほかに、声楽曲も作曲し、声楽の1ジャンルとして合唱曲も沢山創られるようになりました。詩に曲をつけるという形式が確立し、なかでも『ドイツ歌曲』が有名で、男声合唱曲についても、シューベルトなどが美しい曲を沢山残しています。

教会専属の合唱隊や軍隊の合唱隊(ソ連時代の赤軍合唱団など)を除くと、プロの『男声合唱団』を経済的に維持することは難しいこともあり、主としてアマチュアの合唱愛好家達や、大学の男声合唱団(グリークラブと呼ばれる)などによって、男声合唱は、演奏されることが多いように思います。そのような理由で、現在、日本の男声合唱の水準は、アマチュア合唱団によって維持されているといっても過言ではありません。梅爺が大学生の頃は、東の早稲田グリークラブ、慶応ワグネルソサイエティ、西の関西学院グリークラブ、同志社グリークラブが、日本の男声合唱界で、高い水準を競い合っていました。

梅爺が若い頃には、ドン・コサック合唱団(白系ロシア)、ミッチ・ミラー合唱団(アメリカ)など、がエンタテイメント色の強いプロの男声合唱団がありましたが、現在では、姿を消してしまいました。指導者やメンバーが老齢化したことも一因と思いますが、経済的に成り立たち難いのが真因と思います。

日本の男声合唱団は、世界中の幅広いジャンルの曲に挑戦していますが、やはり、日本人の詩人(歌人)の詩に、日本人の作曲家が曲をつけた合唱曲を歌うことが大きな特徴です。これらは、西洋音楽と日本文化が同化した、新しい音楽のスタイルで、日本独自のものに進化しつつあります。

美しい日本語を、美しく発音(発声)し、しかも、ハーモニーを保ちながら歌うという作業は、とても難しいことであることが、やればやるほど分かってきます。数え切れないほどのアマチュア男声合唱団が日本にはあり、皆が『日本独自の合唱様式』を追求し続けています。日本が恵まれた社会であることの証左でもありますが、日本の文化水準の高さを示す指標の一つとして、世界に誇りうる事象ではないでしょうか。

梅爺が所属する男声合唱団は、平均年齢が60歳を越える『爺さん合唱団』ですが、情熱だけは若々しく、次から次へ判明する課題克服のために、飽くなき修行を続けています。バイロイト音楽祭のコーラス・マスターも務められたことがある、世界的なコーラス指揮者、三澤洋史(ひろふみ)先生のご指導で、先生の深い教養、感受性に接することができることも、爺さん達の生き甲斐になっています。

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2008年2月 6日 (水)

日本の男声合唱(4)

梅爺の父親は、自分が興味を持てない音楽に、息子が執着することに、戸惑ったことと思いますが、息子が『歌舞音曲で生計をたてていく』ことはなかろうと、たかをくくったのか、表立って梅爺に反対したことはありませんでした。音楽好きの母親でさえ、晩年テレビのジャニーズなどを観ながら、『この子達は、大人になったら、どうして食べていくのかねぇ』などと、言っていましたから、梅爺が、学生の頃に、音楽の道で生計を立てたいなどと言い出したら、猛反対したに違いありません。

梅爺は、大学に入って親元を離れたこともあり、周囲に気を使わずに、すぐさま男性合唱団に入部して、勉強より合唱にいそしむようになりました。今考えてみると、税金が投入された国立大学で、あまり勉強しないで歌ばかり歌っている工学部の学生がいるということは、大変怪しからん話ですが、当時は、その環境は自分の実力で勝ち取ったものと、勘違いし、うぬぼれていたにちがいありません。梅爺の大学は、当時男子主体の学校で、女子はごく少数でしたので、混声合唱は成り立たないこともあり、学校が正式に音楽部の部活動として認めていたのは、この男声合唱団とオーケストラ部の二つだけでした。

しかし、学内には、非公式のサークルとして、沢山の混声合唱団があり、外部の女子大生を募って、楽しそうな活動をしていました。梅爺たち男声合唱団の部員は、それを横目で見ながら『女の子目当てに合唱をやるとは軟弱きわまりない。本末転倒、言語道断』などと、心にもないことを言い、『武士は食わねど高楊枝』さながらに、ストイックに強がって、男だけで歌っていました。

しかし、梅爺たちは『強がり』だけで歌っていたわけではなく、男声合唱の特徴である、低音を基調にした重厚な和声(和音)の魅力にとりつかれ、しかも、プロの指揮者(前田幸市郎先生)の音楽性の理解の深さにも魅せられて、抜け出せなくなってしまったというのが真相です。梅爺の同期生の多くが、60歳の半ばを越した今でも、OB合唱団に属して歌い続けているのは、この時の感動が、いまだに持続しているからに他なりません。

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2008年2月 5日 (火)

日本の男声合唱(3)

梅爺が、小学生の頃は、日本全体が、『戦後』から脱却できずに、未だ貧しい状態にあり、今のように、親が競って子供のお稽古ごとに、お金を使う余裕などはありませんでした。我が家も同様で、梅爺は、ピアノやバイオリンの稽古に通うなどという考えさえ、思いつきませんでした。

かりに、我が家が少々家計に余裕があり、梅爺がピアノを習いたいと考え付いたとしても、『歌舞音曲は、男子一生の生業(なりわい)にあらず』というような考えを持っていたと思われる父親に、反対されたであろうことは想像に難くありません。実際、父親は音痴で、自分でもそれをわきまえていたらしく、家で歌を歌うことはおろか、ラジオの音楽番組を聴くこともありませんでした。先生稼業なので、式典の『君が代』くらいは歌えるだろうと、母親は言っていましたが、それもあやしいものだと、梅爺は想像していました。

一方、母親の方は、少女時代大阪に住んでいて、『宝塚歌劇』に通いつめたり、お琴の師匠の資格をとったりしたと言っていましたから、音楽は好きだったのでしょう。母親の兄にあたる梅爺の伯父は、京都大学理学部数学科の先生でしたが、初任給を全部はたいて、当時の最先端の外国製『蓄音機』とクラシックのレコードを買ってしまったと言い伝えられていますから、今で言えば、大変な『音楽マニア』であったに違いありません。

そのようなわけで、梅爺の『音楽好き』は、母親の家系の血をひいているものと思われます。梅爺は、子供の頃、母親が買ってくれたハーモニカや木琴を、我流で器用に演奏していた記憶があります。小学校の3年生くらいであったと思いますが、学校で、当時マリンバ演奏の第一人者であった平岡養一氏の巡回演奏会があり、その後、学校を代表して平岡氏の前で、木琴の演奏をやらされた記憶がありますから、まあまあの才能は、当時学校にも認められていたのかもしれません。

中学では、ブラスバンドで、トロンボーンを吹き、高校に入って、初めて本格的な『混声合唱』を経験しました。生意気にも、音楽部部長になって指揮者をやっていました。その後、大学に入ってから、今度は『男声合唱』にいれあげることになりました。

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2008年2月 4日 (月)

日本の男声合唱(2)

人の声という『楽器』は、音と言葉を同時に伝えられるという、他に類を見ない特徴を備えていますので、恋を称え、人の死を嘆くといったような、心の発露の道具として、または、歴史的な出来事を語り伝えるものとして、各民族のなかで、発展を遂げることになります。日本の各地に残る民謡は、この名残です。『歌謡曲』や『演歌』は、下品だとして蔑む方も沢山いらっしゃいますが、これらは、民謡の延長にありますので、下品かどうかは、主観的な問題として、日本人の心に響く、なんらかの音楽要素を秘めているにちがいありません。こっそり告白すれば、梅爺は『歌謡曲・演歌』が大好きとはいえませんが、嫌いでもありません。その証拠に、気分次第で、風呂場で『ひーとーりー、酒場でー、飲ーむ、さーけーはー、~~~』等と、無意識に口ずさんでいることがあります。

どの宗教も、この『声楽』が持つ、言葉と情感を同時に伝えられる資質を利用することを思い立ったことは、容易に想像できます。仏教のお経やイスラム教の祈りの歌などがありますが、ローマン・カトリックが、これを9から10世紀ごろに、『グリゴリオ聖歌』という形式に昇華させたことが、西洋音楽の起源であると見られています。

いずれも、寺院や教会、聖堂に集まった人たちに、俗世間とはことなった、異次元の空間を体感させる効果を狙っています。面白いことに、せっかくの『言葉』が、サンスクリット語(お経)や、ラテン語(グレゴリオ聖歌)といった、庶民にはチンプンカンプンなものであっても、反って、それが『異次元のありがたい雰囲気』をかもし出す『効果』の一つになっています。

西洋音楽の歴史で、もっとも偉大な発明は『楽譜』で、音楽を記号化し、紙に書くことで、忠実に作曲家の意図を『再現』できるようにしたことです。15~16世紀頃のこととされていますので、現在の『楽譜』による音楽継承様式は、それほど永い歴史をもつものではないことがわかります。『楽譜』は、言葉の『文字』にあたるものですので、この発明で、人類は、『聞き伝え』という制約から解き放たれることになりました。

『楽譜』は当然、その元となる『ルール』が確立していないと意味をなしませんので、いわゆる『音楽理論』が確立し、音階(音の高低、絶対音の規定)、拍子(リズムの速さ)、和音(複数の音の混合効果)などが、『理詰め』で考えられるようになりました。情感を表現する音楽の裏に、極めて『理詰め』の考え方が存在することが、理系の人間に音楽を好きな人が多いことの理由であると主張される方もおられますが、梅爺は、真偽の程はわかりません。なにやら、文系の人に失礼な主張のようにも感じます。

声楽が、『斉唱』から『合唱』に発展した裏には、上記の音楽理論がありますが、それ以外に、同じ旋律を、ことなったパートで、時間差をつけて歌う『輪唱』形式の面白さに、気づいたことがあるといわれています。『ポリフォニー』といわれるこの形式が、やがて『合唱』に進化していったという話は、なんとなく『そうかもしれない』と思わせます。

人間の声であれ、楽器であれ、『和音』が作り出す情感は、音楽の厚みを増すことになります。和音によって、人は『心地よさ』や、時に『不安』などのさまざまな情感を体験します。何故脳がそのように反応するのかは、不思議な話で、梅爺の興味の対象の一つです。

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2008年2月 3日 (日)

日本の男声合唱(1)

合唱は、人間の声を『楽器』として作り出す音楽形式です。弦楽器、管楽器、打楽器という人工的な『楽器』と異なり、人間の声は『言葉』を同時に表現できるところが、一番の特徴です。しかし、生身の人間は、いつも同じ『声』が出せるとは限らないところに、この『楽器』の難しさがあります。合唱形式には、成人の男女を構成要員とする混声合唱(ソプラノ、アルト、テナー、バス)、成人の男性だけで構成する男声合唱(トップテナー、セカンドテナー、バリトン、バス)、成人の女性だけで構成する女声合唱(ソプラノ、アルと中心の2または3パート)、少年少女合唱、声変わりする前の男の子だけの少年合唱と色々な形式があります。

それぞれに、特徴があり、目的に合わせた表現形式が採られます。例えば、ウィーン少年合唱団は、『天使の歌声』と賞賛されるように、厳粛で静寂な大聖堂の中で聴く人は、自分が天国に居るのではないかと錯覚するような夢見心地を堪能することになります。しかし、味気ない言い方をすれば、教会がそういう『宗教的な雰囲気』をかもし出すために、少年合唱という形式を計算して利用しているともいえます。オジサン、オバサンの声より、少年の声の方が『清らか』と思うのは、人間の方で、絶対の『神』がそのような好き嫌いなどにこだわるはずはないからです。

絵画や彫刻といった芸術様式の原点が、自然に存在するものの模倣、模写にあるのとは異なり、音楽芸術は、『自然界に存在しない人工的な音の表現』を最初から目指していたように見えます。静寂な雨音、磯に押し寄せては返す波の音、清流のせせらぎ、虫の音など、人の心を癒す自然の音はありますが、音楽は、必ずしもそれを模倣しようとして始まったようには見えません。むしろ、偶然見つけた『音を発する仕組み(人間の声、太鼓、笛、弦楽器)』に触発されて、原始の人たちは、人工的な音の表現への興味をつのらせていったのではないでしょうか。人間の『好奇心』『表現意欲』に根ざすものでありながら、『絵画・彫刻』と『音楽』は、異なったプロセスで発展しているように見えるのは、梅爺には興味深い点です。それぞれ視覚と聴覚という異なった器官や脳の部位を利用していますので、同じ芸術と言っても、絵画に秀でた人と、音楽に秀でた人は、異なった資質や能力を保有しているのであろうということが、想像できます。

人間の『声』を、『話す』目的以外に『歌う』ことにも利用でることを、原始人も直ぐに発見したのではないでしょうか。更に、一人で『歌う』よりも『皆で歌う』ことの面白さも、直ぐに見出したに違いありません。同じ旋律を歌っても(斉唱)、複数の人の声が混じると、各々の声質の違いが、微妙にとけ合わさって、異なった情感として聴こえるからです。

密林の中に住む未開の部族でも、『歌』を保有していることがその証拠のように思えます。しかし、人類が、『独唱』『斉唱』から脱して『合唱』形式を見つけ出すには、永い年月を要しました。音楽理論のなかで、『和音』の考え方が確立して、初めて今日の『合唱』が出来上がりました。

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2008年2月 2日 (土)

So what?(2)

梅爺は、日本人としては、自分と異なった他人の考え方や、立場を「理解する」方だと自負しています。しかし、「理解する」ことと「受け容れる」こととは異なりますので、へそ曲がりであることもあって、自分の考えや立場を変えようとしない頑固なところがあります。卒業した新潟県立長岡高校の校訓が、旧制中学以来「和而不同(和して同ぜず)」であった影響を強く受けていることもあるのでしょう。因みに、長岡中学の卒業生の山本五十六元帥も、人生で最も影響を受けた教えは「和而不同(和して同ぜず)」であったと言われています。

梅爺は、他人が、なぜそのように主張したり、行動したりしているかの「立場」は理解しますが、それが、あまりにも自分中心のの主張であったり、行動であったりすると感じた時には、「それがどうした!(So what?)」と言いたくなる衝動に駆られ、時には本当に言ってしまい、顰蹙を買うことが少なくありません。

相手が、理性的な判断ができる人であったり、ユーモアを理解する人であったりすれば、その場は、和やかに終わりますが、梅爺から個人攻撃を受けたとだけ感ずる人は、烈火のごとく怒ることになります。

烈火のごとく怒るだけの人とは、冷静な話し合いはできませんので、梅爺は、人生の苦い経験から、「相手を観て話す」術を身に着けるようになりました。これで、表向きは平穏に収まりますが、梅爺が、自分の判断基準で相手を「品定め」しているという大変失礼な行為でもあり、時には、「慇懃無礼」で、その人との間に距離を置こうとすることでもありますので、この術(すべ)を釈然と受け容れているわけではありません。

「ホンネで話し合うことが大切」と言われますが、誰にもそれが通用するとは思えません。人間は「情」と「理」のバランスでコントロールされていますので、「理」だけで教訓は成り立ちません。「ホンネ」は相手の「情」をひどく傷つける要因にもなるからです。「和而不同(和して同ぜず)」も、パラドックスのような内容ですので、具体的な場合に、どのような対応をすることが、それにあたるのかを見極めるのは、易しい話ではありません。

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2008年2月 1日 (金)

So what?(1)

英語の「So what?」は、日本語と同様に、相手の偏った価値観を強く非難する時は、「それがどうした!」という意味で使われますし、穏やかに、「それで、あなたが本当におっしゃりたいことは何ですか」と、真意をただす時にも使われます。

日本語の「それがどうした!」は、多くの場合、他人の価値観や存在を全面否定する表現と受け止められますので、言われた相手は、自分が、「攻撃された」「馬鹿にされた」と感じ、瞬間ムッとします。言い争いの中で、売り言葉に買い言葉といった目的で、「それがどうした!」はよく使われます。双方が、「それがどうした!」と怒鳴りあった時は、全面否定同士の対決ですので、問題の解決は期待できなくなります。

前に、何度もブログに書いたように、人間の脳は、先ず「情」で反応しますが、その後で理性の働く人は、「理」で考え直します。「それがどうした!」と言われれば、誰もムッとはしますが、その後、「理」が働く人は、「ひょっとすると、自分はつまらないことに拘っていたかもしれない」「この人は、あなたの視野は、狭いですよ、と忠告してくれたのかもしれない」と考え直すことができます。ムッとしている状態が永く続きがちの梅爺は、こういう冷静な対応が、すぐできる人に出会うと、人間の度量の大きさの違いを思い知らされて、猛烈に尊敬してしまいます。

人は誰でも、他人は、自分と同じように、「感じ」「考えている」と錯覚しがちです。自分と同じように「感じていない」「考えていない」ことが判明すると、「あの人は冷たい」「あの人はどうかしている」と非難することになります。

「自分の価値観以外の価値観が存在する」「自分が大切と思うことも、他人には些細なことに見える場合がある」という、簡単なことを本当に理解している人は、意外に少ないのかもしれません。

梅爺と梅婆が、時折、言い争うのは、双方とも、この簡単なことを、本当に理解していない証拠なのでしょう。「悟りの境地」などは、到底おぼつきそうにありません。

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