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2008年1月21日 (月)

こんなに近く、こんなに遠く(1)

梅爺は、テレビで放映される映画で、なんとなく観てみたいと思うものを、ビデオ録画装置(ハードディスク内臓)に録画しておき、気の向いた時に観るようにしています。テープに録画していた時代と違い、元の放送とほぼ同じレベルの画質で再生されますので、映画館の大画面の迫力には及びませんが、技術の進歩でもたらされた環境に満足しています。ハードディスクの中には、いつも20本近い『未だ観ていない映画』があって、順番を待っています。

最近、このうちの1本、『こんなに近く、こんなに遠く』というイランの映画(レザ・ミル・キャリミ監督、NHKのBS放送で放映)を観て、梅爺は、久々に『すばらしい映画を観た』と感動しました。アラビヤ語ではタイトルがどのような表現になっているのか分かりませんが、英語のタイトルは『So Close, So Far』です。

やたらと大金を投じ、最新の特撮技術を競うだけの現実離れした活劇映画がハリウッドの主流になっていますが、インド、ベトナム、タイ、イランなどには、すばらしい力量で『人間』を描く監督が沢山います。資金不足で、対抗上こういう映画しか作れないという現実的な側面もあるのかもしれませんが、経済的に貧しい国の知識人が、『アメリカ文化に対して無言の抵抗と警告を発している』ようにも思えて、梅爺はこちらに共感していまいます。

『こんなに近く、こんなに遠く』は、『人間の生と死とは何か、それに関わる神の役割とは何か?』を、観る人に問いかけた映画であると梅爺は理解しました。勿論、監督は、答を提示したり、説教がましいことを押し付けたりはしていません。むしろ監督自身も『分からない』と感じていることを表現しているのだろうと思うのですが、その『分からないレベル』が、梅爺のような凡人とは桁違いであることに圧倒されます。つまり、『何が分からないか』が『よく分かっている』ということを意味します。

多分、プロの映画関係者が観れば、『緻密な脚本』『適切なキャスティング(役割に合った俳優の選択)』『俳優の演技力』『撮影技術』『音楽』などのレベルの高さに、驚嘆するのではないでしょうか。梅爺は、以前『梅爺が選ぶ5本の映画』の一つに、中国のチャン・イー・モー監督(初恋が来た道)をブログでとり挙げましたが、このイランの監督は、チャン・イー・モー監督に勝るとも劣らない偉大な監督であると感じました。

普段ニュースに登場するイランは、アメリカに反抗して核兵器を開発しようとしている国であったり、熱狂的な反米デモが繰り広げられている国であったりしますから、なにやら『恐ろしい得体の知れない国』のイメージを抱きがちですが、イランの知識人や庶民が、どのような生活をしていて、どのような悩みを抱いているかを、このような映画は垣間見せてくれますので、親近感を覚えることになります。政治家の、内容の無い自国礼賛演説より、一本の映画の方が、外交に貢献しているともいえます。

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