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2007年12月19日 (水)

福岡伸一氏の本(2)

福岡伸一氏は、『生物と無生物のあいだ』のプロローグで、『なにかを定義する時、属性を挙げて対象を記述することは比較的たやすい。しかし、対象の本質を明示的に記述することはまったくたやすいことではない』と書いておられます。この一文を読んだだけで、梅爺は『そう、そう』と身を乗り出してしまいます。福岡氏には、遠く及びませんが、梅爺が『自分の心象を述べたい』などと豪語してしまったあげく、『梅爺閑話』で苦心惨憺していることが、そのことであるからです。

テレビのインタビューの中で、福岡氏は、本を書くに当たって『面白いものにしたいと考えた』と述べておられます。対極の『面白くない』ものとして『教科書』を挙げ、『何故教科書が面白くないのか』の本質を、『事実を、事後断定的に記述しているにすぎないからで、本当はその事実が生み出されるプロセスに存在したドラマが面白いのです』と言い当てておられます。もう一つ、著者が配慮すべき点として、『自分が知っていることは、読者も知っていると勘違いして、重要な内容や説明を欠落させてしまうことです』とも言っておられます。一見当たり前のことのようですが、多くの本がこのような配慮を欠いているがゆえに『面白くない』ことを梅爺は体験してきました。

『生物と無生物のあいだ』を読めば、福岡氏の文才が『並外れなもの』であることに、直ぐ気づき驚嘆します。主題が、先端科学の、それももっとも複雑極まりないものであるにも関わらず、読者は上質なミステリーを読んでいるような、スリルと満足感を次々に体験します。『何をどう書けば面白いのか』に、周到な配慮がめぐらされている上に、文章は、これまた上質な文芸作品を読むような、詩情、ユーモア、巧みな比喩、美しさ(特に日本語表現の美しさ)に満ち満ちています。梅爺は、『梅爺閑話』のような駄文を書いてきたことを、打ちのめされるように恥ずかしく感じました。

福岡氏は、子供の頃は『昆虫大好き少年』であったと述べておられますが、また『読書大好き少年』でもあった述懐されておられます。『昆虫』の方は、生命の謎を追う『分子生物学』へ、『読書』が、類稀な文筆家に氏を導いたのであろうと推察できました。

梅爺が、一番知りたい『生命が地球に誕生した謎』は、この本にも回答はありません。歴史上の誰もが未だ知りえない謎なのですから、当然です。しかし、生命の正体についての、梅爺の知識は、格段に進歩しました。そして、現状で分かっていることが、科学的な裏づけで説明されていることにも満足し、自分の体内でも、この巧妙極まりない生命活動が、密かに休み無く続けられていることを想像して、不思議な気持ちになりました。

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