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2007年12月31日 (月)

宗教と芸術(2)

宗教が、芸術を布教の目的だけに『利用した』と断ずるのは言い過ぎで、『純粋に神を賛美し、奉納した』という側面もあるのではないかという、Sさんのご指摘も、ごもっともです。宗教関係者の純粋な気持ちを、現世的な目的達成の手段だけで片付けるのは、失礼な面があるからです。

しかし、人が神と交流するために、特別な場所を設定し、大聖堂や大伽藍を造り、きらびやかな装飾を施し、そこに集って、祈りや歌を捧げる行為は、どうしても梅爺には、『現世での権威』も示そうとする宗教の側面が垣間見えて、逆に『純粋な行為』だけとも言えない気がします。

もし一神教の『神』が、全てをお見通しの存在であり、全てを超越した存在であれば、人間の行為によって、『神』が『喜ばれる』『お怒りになる』『悲しまれる』ということはないはずです。『神』はそういうものさえ、超越しているはずなのですから。しかし、土俗的な多神教の宗教では、多くの場合『神』は、必ずしも絶対者とみなされておらず、人間くさい性格も与えられていますので、例えば、天災は『神の怒り』と理解され、『怒りを鎮める』ために、神への祈りや捧げものが行われます。

歴史的に、教義が洗練されてきたはずの一神教の世界にも、『願いを叶えてもらうために、神に祈る』『神を賛美する気持ちを伝えるために歌う』というような、多神教的な行為が残っていることは、梅爺には興味深いことです。神を対象として『祈る』『歌う』という行為は、神を信ずる人に、『心が癒された感じを与える』という効果があることも分かっています。この『心を癒す感じ』という効果は、『神は全てお見通しなのに、何故わざわざ祈る必要があるのか』などいう梅爺のような理屈では片付けられない、重要な意味を持っているように思います。『祈る』『賛美の歌を歌う』は、実は『神』に対してというより『人間』にとって重要な行為なのではないでしょうか。将来、『人間の心の実態』が解明されれば、『心を癒す』方法も解明され、『神』をいちいち持ち出さなくてもよい時代が来るかもしれません。しかし、全ての悩み、悲しみから開放されたら、人間は人間らしくなくなってしまうという矛盾も抱えているようにも思えます。優れた文学などは、出現する余地がなくなります。

音楽も、絵画・彫刻も、『神への捧げもの』と『布教の手段』の両面を持っていますが、音楽は、やや『神への捧げもの』の色彩が強く、絵画・彫刻は、やや『布教の手段』の色彩が強いと、梅爺は考え直しました。

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2007年12月30日 (日)

宗教と芸術(1)

12月24日の梅爺のブログ『ヘンデルのメサイア(2)』を読まれて、大学OB男声合唱団の仲間で、大学時代の同期生のSさん(仲間がメールで行っている『爺さん論争』の論客のお一人)から、次の2点のご指摘を受けました。以下は、梅爺が真意を斟酌し、直接的に表現したもので、Sさんの表現は、梅爺を気遣い、もっと紳士的で思いやりのあるものでした。

(1) 宗教と芸術の関係を、音楽と絵画・彫刻を一緒にして論ずるのは無理がある。音楽の特性と、絵画・彫刻の特性は異なるところがある。

(2) 宗教が芸術を『布教の手段』として利用したとだけ断ずるのは、極端すぎる。『純粋な神への賛美、捧げもの』という目的もあるのではないか。

2つとも、大変ごもっともなご指摘で、梅爺は、思考の足りなさ、表現の稚拙さを反省しました。

ご指摘に感謝した上で、以下のようなことを更に考えました。音楽と絵画・彫刻の一番の違いは、前者が抽象的な概念の伝達手段であるのに対して、後者は具象的なイメージの伝達手段であるということでしょう。勿論、人間は、具象的なイメージを見ても、それを更に抽象的な概念に変換してしまう、優れた能力を保有しています。ミケランジェロのピエタを観て、『母親(マリヤ)の深い悲しみ(キリストの死に対して)』を感じたり、仏像を観て『慈悲』を感じたりするのがこれにあたります。しかし、絵画・彫刻は、具象的な情報であるために、観た人が『観たもの』を、『事実(ホンモノ)』と受け取る危険を内包しています。

『キリストの顔』と言えば、誰もがエル・グレコの肖像画や、ダ・ヴィンチの最後の晩餐に描かれたキリストを思い浮かべてしまいます。『マリアの顔』にしてもそうで、ラファエロの聖母子像などを思い浮かべます。しかし、当時の写真などは残っていませんから、誰も本当の顔は知りません。これらの『顔』は、後世、画家や彫刻家が、徐々に作り上げていった共通イメージに過ぎません。競って『理想像』を作り上げていったわけですから、当然、理想から遠いように見えるキリストやマリアの顔が描かれれば、宗教側の非難の対象になったにちがいありません。

一方、イスラム教は、絵画や彫刻で表現された『偶像』を拝むことを禁止しています。偉大な抽象概念である『神』を、具象的なイメージで、制約したり、固定化したり、卑小化することは、誤解を招くという理由ですので、これは、大変もっともな話のように思えます。しかし、手っ取りばやい布教という視点では不利な条件であるともいえます。

一方、音楽は、自然界には存在しない人工的な音源(旋律、リズム、和音、音色など)を利用して、人間の脳に抽象概念を想起させることが目的です。特に宗教曲は、音楽と言葉(歌詞)という二つの抽象概念の相乗効果もあります。作曲家は『神の世界』『神の威厳』『神の慈悲』などの概念を聴く人に想起してもらおうとしたにちがいありません。究極的には、『慈悲』や『愛』などという抽象概念を重要な対象とする宗教にとっては、音楽の方が、絵画・彫刻より相性が良いとも言えそうな気がします。

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2007年12月29日 (土)

チンパンジーの記憶能力(2)

『チンパンジーの子供の瞬間的な記憶再生能力は、人間の大人のそれよりも優るが、チンパンジーも大人になるにつれて、この能力は減退する』という『命題』が仮に正しいとすると、それは何故なのか、人間にも同じ傾向が見られるのか、というのが梅爺の好奇心の対象です。

脳生理学に、なんの知識も持ち合わせない梅爺ですので、推測はムチャクチャかもしれませんが、いつもの悪い癖で、『仮説』を考えてみました。

人間も含めた眼を保有する動物は、眼でとらえた映像を『ありのままの形』で瞬間的に、脳の画像処理領域へ転送しているものと思われます。自分の周囲に『危険』が存在しないかどうかを瞬時に判断するための手段ですから、これに時間がかかっては、種は生き残れないからです。

『ありのままの形』は、先ず咄嗟の危険察知などの本能的な目的で使われ、その後、見た対象物が『食べられるか』などの論理的な推測の材料として利用されるのではないでしょうか。従って、この判断には少し時間がかかります。

更に、人間などの高等な生物種は、『ありのままの形』を、『ある種の抽象概念』に変えて、論理的に『理解』しようとします。人間が、記号である文字を読んで、『その意味』を理解するプロセスはこれにあたります。このとき、抽象概念への論理的な変換は、脳の中の異なった領域で行われます。

『ありのままの形』は直ぐに脳の記憶領域に転送されますが、膨大な情報量ですから、そこでの存在持続時間は短いのではないでしょうか、全てを記憶しておくには、脳の負担が大きすぎるからです。

しかし、一度『論理概念』に変換された情報は、一種の記号に変換され、他の概念との関連付けもなされますが、情報量としては少なく、記憶領域に転送された後の存在持続期間も永いのではないでしょうか。関連付けされた概念は、記憶時間が永いと言えそうです。

これらを考えると、人間もチンパンジーも大人になると、『論理概念』に変えて、見たものを『理解』しようとする能力が高まり、それが、邪魔をして『ありのままの形』を脳の中で再現することへの『障害』となっているのではないでしょうか。

つまり、脳の興味が概念処理に移ってしまう故に、単純な『記憶再生』が、むしろ疎(うと)んじられてしまうように、梅爺には見えます。人間は、ありのままにモノを見ないで、恣意的に見ようとしているとも言えます。禅僧は、これを排除しようと修行しています。

チンパンジーの実験のニュースを聞いて、梅爺の『妄想』は広がりました。妄想の強い人ほど、単純な判断を誤る傾向があると、主張したことにもなりますので、梅爺の仮説は、あまり当てになりません。鵜呑みにされないようにお願いします。

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2007年12月28日 (金)

チンパンジーの記憶能力(1)

京都大学の霊長類研究所の実験で、チンパンジーの子供の記憶能力は人間の大人の記憶能力より優れているという結果が出たと、テレビのニュースで報じていました。

パソコンの画面に、1から5まで数字を書いたカードを、カルタとりのように、ランダムに配置したものを、チンパンジーの子供に一瞬見せ、直ぐに、そのカードを裏返した状態にする(数字はみえなくなる)と、チンパンジーの子供は、1から5の順に、カードを間違いなく指差して当てる様子が、テレビに映りだされていました。面白いことに、チンパンジーは大人になるにつれて、この能力は衰えていくとのことでした。

同じ実験を人間の大人で行うと、誰も当てることができないことから、テレビのコメントでは、『チンパンジーの子供は、人間の大人より賢いことが判明した』と伝えていましたが、これは少し短絡的な表現過ぎるように思います。梅爺は、人間がチンパンジーに劣るというのが、くやしくて、そう思ったわけではありません。正しくは、『チンパンジーの子供の記憶再生能力は、人間の大人に優る』と言うべきでしょう。

実験に使われたチンパンジーが、事前に特殊な訓練を受けたものなのかどうかの説明がありませんでしたので、この実験結果が『一般論としても正しい』のかどうかは、梅爺には分かりません。

生物進化論で、『人間は猿から進化したもの』と教えられ、梅爺は、チンパンジーやオランウータンをみて、『これが、自分の先祖か』と一時不思議に感じていましたが、これは誤解で、大昔に、人間と猿が枝分かれする元となった、霊長類のある『種』が存在した(現在その種は絶滅して存在しない)という理解が正しいことに気づきました。当然ながら、現在の猿そのものが、人間の先祖ではありません。

そのような背景から、人間と猿は、極めて近い資質をもった生物であることは間違いありませんので、人間を解明するために猿の研究をすることには意味がありますが、一方それで、人間の全てが究明されるわけでもありません。従って、チンパンジーを使った実験の結果を鵜呑みにして、人間を論ずることは危険を伴います。

梅爺が、ついでに知りたくなったのは、人間の子供に同じ事前訓練を施して、同じ実験をしたら、どのような結果になるのだろう、ということでした。

『チンパンジーの子供の瞬間的な記憶再生能力は、人間の大人のそれよりも優るが、チンパンジーも大人になるにつれて、この能力は減退する』という『命題』が、仮に『正しい』とすると、一体それは、どうしてなのだろうと、梅爺のいつもの探求心がうずき始めました。

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2007年12月27日 (木)

中国の「党内民主化」

一党独裁の国、中国で、共産党が「党内民主化」を人民大会において満場一致で「議決」したと新聞が報じているのを少し前に読んで、梅爺は失礼ながら笑ってしまいました。

真意は、毛沢東や彼を信奉する一部の人たちが行った政策や「文化大革命」で、党や国民を危機や飢餓に追いやった苦い経験を二度と繰り返さないために、カリスマ的指導者の出現を許さない党体制をつくることにあるようです。「文化大革命」が、中国の人や共産党のいかに大きな「トラウマ」になっているかが良く分かります。

「党内民主化」の「民主」という言葉は、「民主主義」の「民主」とは、全く異なった意味で使われていますので、党の指導層が、耳障りの良い言葉として、利用しているにすぎないことが分かります。日本人も、「キレイゴト」の言葉で、事態をカモフラージュする傾向がありますが、中国の「党内民主化」もそれに類することのように理解しました。

混乱期の中国を、効率よくまとめるために、共産党の「一党独裁」体制は、有効であったことは認めますが、資本主義経済の考えを導入し、国としての体裁が整ってきた中国で、「一党独裁」がいつまでも維持できるとは、到底思えません。

「民主」は、異なった考え方が存在するところで、どの道を選択するかを、個々の構成員の議論や投票で決めることを意味しますので、「同じような考え方を持つ人たち(中国の場合は、同じような考え方を強いられた人たち)」の集まりである「党内」で、論理的には「民主」は必要になりません。

「党の独裁」は認めて、「党内の独裁」は認めないという論理も、矛盾しています。共産党の保身のために、躍起になっていることは理解できますが、躍起になればなるほど、矛盾が露呈し、将来的には「賢い人民」の反撥を買うことになるであろうと予測できます。

「党内民主化」のために、誰も斬新なことは言い出せずに、「ナアナア主義」に陥り、結果として再び「カリスマ」を待望することになりはしないかとも思います。

嘘や矛盾を覆い隠すために、嘘や矛盾を重ねるという愚は、誰もがやりかねないことですが、中国は国家的なレベルで、この問題を抱えているように感じました。

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2007年12月26日 (水)

フィンランドの考える教育(2)

15歳の子供の『考える能力』で、世界の1位になったフィンランドの教育システムについて、NHKが取材した内容をテレビで観ました。

想像通り、日本の『教育』の考え方とは、全く異なった発想で教育が行われていることがわかりました。ソ連の崩壊とともに、その支配下から脱したフィンランドは、経済的な困窮から国家としての存立の危機に瀕しますが、その中から将来の国家は、『自分の考えを論理的に考えられる人材』にかかっているとの判断を下し、教育のシステムを一変させました。

『教育指導要綱』という先生のマニュアルを最小限にとどめ、『教え方』は現場の先生の裁量に任せるという、大胆な方式に切り替えました。事細かに分厚い『教育指導要綱』を定め、先生の自由を奪っている日本とは逆な発想です。フィンランドでは、子供の問題は、現場の先生が一番良く知っているという先生に対する『信頼』が基調にあります。勿論、この背景には、先生という職業が社会的に高く評価され、先生になることは『非情に難しい』難関を突破する必要があるという環境があります。つまり、子供に『考える』ことを教えるからには、先生が最も『考える』能力をもっていなければならない、という前提が貫かれています。人口500万程度の国家であるからできることかもしれませんが、『先生の質』が大問題になっている日本とは、大違いです。マニュアルを分厚くすればするほど、先生は『考えなくなる』というのも皮肉な話です。

フィンランドでは、ほとんどの授業は、先生の自由裁量で行われていますが、多くの場合、先生は『課題』を子供達に示し、その『課題』に子供達がどう取り組むかを観察しようとしています。つまり、『正しい答』に到達できるかどうかより、その子供の『考えるプロセス』を重視しています。

もう一つ、梅爺が驚いたのは、国民の読書量が極端に多いことです。勿論図書館等の設備も、日本より優れています。家庭では、親が子供に本を読んで聞かせる習慣も定着しています。文字という記号は、抽象概念ですから、最も人間の『考える能力』を刺激する素材であることを、国だけでなく、家庭も理解していることは羨ましい限りです。

『ノルウェイの男女平等』について、前にブログに書きましたが、『フィンランドの考える教育システム』を観ると、何故北欧の国家は、『斬新な政策』を実現できる資質をもっているのかが、梅爺の次なる興味になりました。

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2007年12月25日 (火)

フィンランドの考える教育(1)

OECD(経済開発協力機構)が、世界の15歳の子供がどのくらい『考える能力』を保有しているかを調査した結果、日本は、総合で10位と芳しくない成績に終わったと、新聞やテレビが報じています。今回は、3回目の調査で、初回の調査では、日本は世界の1位であったのに、『凋落が甚だしい。ゆとり教育の弊害ではないか』とジャーナリズムは嘆いています。今回1位はフィンランド、2位は韓国でした。

人間の『考える能力』が、客観的に定量化できるのかどうか、梅爺には疑問が残りますが、テスト内容は、『論理思考(数学的なもの、文章から要点を判読をするもの)をすれば、正しい答えに到達する』ものであったであろうことが想像できますので、それはそれで意味が無いとは言えません。

論理思考をすれば、『正しい答』に到達できる可能性は高まりますが、世の中の大半のことは、論理思考をしても『正しい』と確信が持てる『答』には到達できないことも知っておく必要があります。重要なことは、『正しい答』に到達することもさることながら、『論理思考をする』こと自体なのではないでしょうか。

日本の従来の教育の弊害は、全て『正しい答』が存在することを前提に、問題が作られ、『答』を知識として沢山記憶し、知っていることや、『定められた答の導き出し方』を知っていることを、『頭が良い』と判定する基準としていたことのように思います。このことは、世の中の全ての問題には『正しい答』があると、勘違いする要因にもなります。

『正しい答』かどうかは分からないけれども、自分なりの『論理思考』で『自分の考えを持つ』ことの重要さについては、あまり教わることがなく、評価の対象にもなりませんでした。

情報化社会では、『沢山のこと知っている(記憶している)』ことよりも、自分が見聞きした『情報』に関して、『自分なりの判断を下して対応する能力』が重要になります。個人も、会社も、国家も、情報の利用能力で優劣が決まる時代になりつつあるということです。情報は有り余るほどありますが、『単に知っていても、利用しない情報』は、存在しないに等しいことになります。

論理思考をするためには、多くの知識を記憶している方が有利という意見は正しいと思いますが、逆は真ならずで、知識を沢山持っている人が、論理思考に長けているとは限りません。

梅爺は、事実を記憶する能力は他人より劣っており、特に数字を記憶することが苦手です。これで、よく『理科系』の人間としてやってこれたと、自分でも不思議に思います。それを、補うために『考える』努力をしてきたのかもしれません。『梅爺閑話』は、まさしくその表現の場であり、『自分の考え』を披露しているに過ぎませんから、『これが正しい考え方』だと主張する気持ちは、さらさらありません。共鳴いただければ幸甚ですが、共鳴いただけないことの方が多いことも、また『当然』と考えています。

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2007年12月24日 (月)

ヘンデルの『メサイア』(2)

文筆家には、その人固有の文体があるように、音楽にも、作曲家固有のスタイルがあり、ヘンデルの『メサイア』を聴きながら、いかにもヘンデルらしいと梅爺は感じました。モーツァルトはモーツァルトらしく、チャイコフスキーはチャイコフスキーらしいと『感ずる』違いを、梅爺は勉強不足のために音楽理論の言葉で、的確に言い表せないのは残念です。旋律や和声、楽器の使い方などの微妙な違いを、脳が認識・判別しているにちがいありません。

味気ない言い方になりますが、芸術も、その人の特異な才能を売り物にした『経済活動』の面があり、特に中世、近世までは、パトロンが、王族、教会、大富豪などに限られていたことを配慮して、理解する必要があるように思います。江戸の庶民が、こぞって贔屓の浮世絵師の絵を購入したなどという例は、むしろ珍しいのではないでしょうか。

ヘンデルの信仰心がどの程度のものであったかは、梅爺は想像するしかありませんが、『メサイア』は、18世紀半ばに、教会がキリスト教の教義布教の目的で、音楽を利用したもの、という見方も許されるのではないでしょうか。

『宗教』と『科学』が、相容れないライバルになりがちなのに対して、面白いことに、一部の例外を除いて『宗教』と『芸術』は相思相愛の仲と言えます。権威や、荘厳で霊的な雰囲気を作り出すために、そして字が読めない人に布教を行うために、芸術(音楽、絵画、彫刻)は、たくみに利用されてきました。『宗教』と『芸術』の相性の良さについては、もっと根源的な理由があるようにも感じます。一方『科学』と『芸術』との関係は、これはこれで、別次元の話になります。

『メサイア』には、新・旧約聖書の言葉が引用されていますが、『全ての人の罪を、主が(十字架の死で)贖(あがな)ってくださった』という趣旨の言葉が、何回も繰り返されます。もともと、人は神によって創られたというのに、どうしてわざわざ神にそむく罪を犯すような存在に創られたのか、何故神の分身のキリストの死という代償で、人の罪を贖うなどという、『ややこしい、回りくどい』設定にする必要があったのか(いっそのこと、神が人を創らないか、人を神に対して従順なものに創っておけば、このような話は要らないのに)と、いつもの悪い癖で、演奏を聴きながら、つい『邪念』が梅爺の頭をかすめました。

アイルランドのダブリンで、当時初演を聴いた人の中には、梅爺のような屁理屈を言う『不届きモノ』は一人もおらず、皆『神の威光』を感じ、神への帰依を誓ったに違いありません。梅爺も、その時代、その環境に生きていれば、そうなったのかもしれませんが、想像の域を出ません。

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2007年12月23日 (日)

ヘンデルの『メサイア』(1)

梅爺が趣味で所属している、大学のOB男声合唱団の仲間Uさん(大学時代の同期生:前にオペラ通として紹介したUさんとは別人)が、奥様ともども、ヘンデルの『メサイア』の合唱団として演奏に参加されるというので、梅婆と一緒に、12月9日に立川にある『アミューたちかわ』へ出かけました。

実は、梅爺たちの男声合唱団は、前日に大学の現役後輩の男声合唱団が催した定期演奏会に賛助出演して、三澤洋史(ひろふみ)先生の指揮で、男声合唱組曲『富士山(草野心平作詞:多田武彦作曲)』を歌ったばかりなので、Uさんは、連日の演奏というわけです。Uさんは、このほかにもいくつかの合唱団に参加されていますので、合唱への入れ込みようは、梅爺の比ではありません。

今回の『メサイア』は、ドイツ人のハンス=ヨアヒム・ロッチェ氏が指揮をし、特別編成のオーケストラ、プロのソリスト4名、このために編成された混声合唱団(200人位の大編成)で演奏されました。

『メサイア』は音楽のジャンルでは、オラトリオ(聖譚曲)と呼ばれるキリスト教の宗教曲で、日本ではクリスマスの近辺に、ベートーベンの『第九交響曲』や、バッハの『マタイ受難曲』などとともに、よく演奏されますが、勿論クリスマス用の音楽ではありません。

『メサイア』は救世主のことで、ヘンデルのこの曲は、第一部:降誕、第二部:受難(十字架による死)、第三部:復活・永世に分かれ、全演奏時間は2時間半にも及びます。ソリスト(歌手)や合唱が、キリストの生涯を謳いあげるわけですが、歌詞(英語)には旧約聖書、新約聖書の言葉が引用されています。第二部の最後に歌われる『ハレルヤ・コーラス』は、誰もが知る有名な曲です。ヘンデルは、たった24日間で、全てを作曲したと伝えられていますので驚きです。

梅爺は、全曲を通して聴くのは、今回が初めてで、舞台袖に映し出される歌詞の日本語訳を読みながら、18世紀の半ばごろのイギリス人の庶民が、聖書を読めない人でも、こういうものを介してキリスト教の教義に触れたのであろうと思いながら拝聴しました。

演奏は、大変立派なものでした。演奏後、Uさんご夫妻と、梅爺夫婦の4人で、立川の居酒屋へ出向き、ご苦労様の『乾杯』を交わしました。良い音楽、良い仲間、良いお酒で、梅爺には満足の一日でした。

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2007年12月22日 (土)

福岡伸一氏の本(5)

『生物と無生物のあいだ』という本は、梅爺には『桁外れに面白い本』でした。しかし、そのことは、この本は『スラスラ読める本』であることを意味しません。少し読み進むごとに、知的好奇心、哲学的な思索、詩情溢れる光景の想起を伴いますから、しばし立ち止まり、自分の脳を整理してからまた先に進むことになります。そういう意味の『面白さ』を望む方には、読書をお薦めしますが、明石家さんまのトークのような、『面白さ』を期待する方には、お薦めできません。

エピローグに書かれている以下の一文を読んでいただければ、『面白さ』の実態を想像いただけるものと思います。

『生命という名の動的な平衡は、それ自体、いずれの瞬間でも危ういまでのバランスをとりつつ、同時に時間軸の上を一方向にたどりながら折りたたまれている。それが動的な平衡の謂(い)である。それは決して逆戻りのできない営みであり、同時に、どの瞬間でもすでに完成された仕組みなのである』

福岡氏は、京都大学卒業後、アメリカのロックフェラー大学やハーバード大学で、研究員としての実績を積まれ、京都大学の助教授を経て、現在は青山学院大学の分子生物学の教授をつとめておられます。

梅爺は、前々から京都大学は偉才の人材を輩出する確率が高いと感じていましたが、福岡氏の原点が、京都大学にあるのかどうかは、わかりません。頭の固い官僚や、日本の社会でのみ偉さを発揮する人材を多く出す、東京の有名な大学に比べ、京都大学は、柔軟で個性豊かな人材を世に送り出しているように感じます。

福岡氏のこの著作は、いずれの外国語に翻訳しても、世界中から受け容れられ、賞賛されるでしょう。ただし、この本の日本語のすばらしいニュアンスを、そのまま伝えることは至難の業であろうと思います。

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2007年12月21日 (金)

福岡伸一氏の本(4)

『生命とは動的平衡にある流れである』ということは、構成基本の原子レベルで見れば、常に新しいものと入れ替わっていることを示します。私達は『お変わりありませんね』などと挨拶しあっていますが、実は、常に原子レベルでは『総入れ替え』が行われていることになります。骨や脳細胞に至るまで例外がありません。

それなのに、全体としての秩序が保たれているために、外見は『変わりが無い』ことになります。これが動的平衡の意味するところです。流れの『入力』は、酸素(呼吸)、水、食べ物(たんぱく質、炭水化物、油脂、栄養素)であり、『出力』は、あらゆる排泄物となります。呼吸が止まれば死を意味しますが、『飲食』と『排泄』という基本動作が困難になることも、人の死が近いことを予感させます。若い人には当たり前なことですが、普通に『飲食』や『排泄』ができることは、梅爺のような老人には、大変ありがたい話なのです。

ウィルスは、他の生物の細胞をやどかりのように借用して『自己複製』しますが、自分自身は無生物同様に『動的平衡』の流れを行っていないことから、福岡氏は、ウィルスを『生物』の範疇にいれない側の立場をとっておられます。

『生物と無生物の間に、たゆとうウィルス(福岡氏の表現)』は、構造的には『無生物』に近いという話も、不思議な話です。『生物』に寄生するものとして、後からウィルスができたのか、ウィルスが進化して『生物』になったのか、どちらなのだろうと梅爺は考え込んでしまいました。ひょっとすると、ウィルスが『生物出現』の謎を秘めているのかもしれません。

少しややこしいことを考えるだけで、頭が痛くなり、それ以上の思考をやめてしまう人間の内部では、実は、想像を絶するほどの膨大で緻密なしくみの数々が、相互に平衡を保ちながら、休まず活動している、というのも皮肉な話です。人間は、『自分がどうして生きているのかの詳細を知らずに生きている』ということになるからです。これは、アインシュタインのような天才にも、梅爺のような平凡な爺さんにも言えることなのです。

『生命』に関しても、科学者が明らかにしてきたことは、当然、物理や化学の法則で説明できることばかりです。今のところ未知なことが多い『人間の思考や意識』の領域にまで、この手法が敷衍できるのかどうかが、梅爺の究極の興味の対象です。

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2007年12月20日 (木)

福岡伸一氏の本(3)

『生物』を『無生物』と区別する定義として、誰もが『自己複製能力』を思いつきます。生物が『自己複製』するには、細胞内のDNAに書かれた情報(遺伝子情報はその一部)が、細胞分裂時にコピーされて継承されていく『しくみ』が利用されていることが20世紀の後半に解明され、この『しくみ』を最初に発見し論文発表した人たち(ジェームズ・ワトソン、フランシス・クリック)は、ノーベル賞を受賞しました。20世紀最大の発見とも、人類が『神に近づいた』の歴史上の大発見ともいえる偉大な功績です。

それにしても、DNAは何と巧妙にできているのだろうと、梅爺は唖然としてしまいます。たった4個の情報表現記号で、膨大な遺伝情報を伝えるしくみ、2本の情報が書き込まれている螺旋が、ミラー・イメージになっていて、どちらかが破損しても、全体が修復できるしくみなど、コンピュータの世界さながらです。しかも、何億年も前の最初の『生物』からこのしくみは継承されているのです。こんな『しくみ』が偶然できたとは考えにくいのですが、今のところ『必然』の要因が分かっていません。『神』のイメージがつらつくのも無理からぬ話です。

福岡氏は、あと一歩まで『栄光(ノーベル賞などの栄誉)』に近づきながら、最後に要領の良い『とんび』に『あぶらげ』をさらわれてしまった、不運な学者達の努力も記述し、アカデミックな世界も、俗世間同様に、欲望が渦巻く『いかがわしさ』が存在する場所であることを読者に伝えています。ここで、『結果』ではなく『プロセス』に『面白さ』が存在することを読者は体験します。

『生物』と『無生物』を区別する要因は、『自己複製能力』だけではない、と福岡氏は主張されます。そして、この本の『主題』である、『生命とは何か』に肉薄していき、『生命とは動的平衡にある流れである』という表現に到達します。

論理にうるさい方は、直ぐこの『動的平衡』という表現に、矛盾を感じられることと思います。『平衡』は元々、飽和状態などのバランスが取れた状態で『動きがない状態』を表す言葉ですから、『動的』という形容詞句との共存は矛盾しているように見えるはずです。

しかし、福岡氏の主張は、奥深いもので、この一見パラドックスに見える表現の中にこそ、『生命』の本質があることを読者は知って、『ウーン!ナルホド』と唸ることになります。生物が、ミクロなレベルで無秩序な動きをする『原子』で構成されていながら、全体としてマクロには『秩序』を維持していることの謎が、この本の中で、解き明かされていくからです。

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2007年12月19日 (水)

福岡伸一氏の本(2)

福岡伸一氏は、『生物と無生物のあいだ』のプロローグで、『なにかを定義する時、属性を挙げて対象を記述することは比較的たやすい。しかし、対象の本質を明示的に記述することはまったくたやすいことではない』と書いておられます。この一文を読んだだけで、梅爺は『そう、そう』と身を乗り出してしまいます。福岡氏には、遠く及びませんが、梅爺が『自分の心象を述べたい』などと豪語してしまったあげく、『梅爺閑話』で苦心惨憺していることが、そのことであるからです。

テレビのインタビューの中で、福岡氏は、本を書くに当たって『面白いものにしたいと考えた』と述べておられます。対極の『面白くない』ものとして『教科書』を挙げ、『何故教科書が面白くないのか』の本質を、『事実を、事後断定的に記述しているにすぎないからで、本当はその事実が生み出されるプロセスに存在したドラマが面白いのです』と言い当てておられます。もう一つ、著者が配慮すべき点として、『自分が知っていることは、読者も知っていると勘違いして、重要な内容や説明を欠落させてしまうことです』とも言っておられます。一見当たり前のことのようですが、多くの本がこのような配慮を欠いているがゆえに『面白くない』ことを梅爺は体験してきました。

『生物と無生物のあいだ』を読めば、福岡氏の文才が『並外れなもの』であることに、直ぐ気づき驚嘆します。主題が、先端科学の、それももっとも複雑極まりないものであるにも関わらず、読者は上質なミステリーを読んでいるような、スリルと満足感を次々に体験します。『何をどう書けば面白いのか』に、周到な配慮がめぐらされている上に、文章は、これまた上質な文芸作品を読むような、詩情、ユーモア、巧みな比喩、美しさ(特に日本語表現の美しさ)に満ち満ちています。梅爺は、『梅爺閑話』のような駄文を書いてきたことを、打ちのめされるように恥ずかしく感じました。

福岡氏は、子供の頃は『昆虫大好き少年』であったと述べておられますが、また『読書大好き少年』でもあった述懐されておられます。『昆虫』の方は、生命の謎を追う『分子生物学』へ、『読書』が、類稀な文筆家に氏を導いたのであろうと推察できました。

梅爺が、一番知りたい『生命が地球に誕生した謎』は、この本にも回答はありません。歴史上の誰もが未だ知りえない謎なのですから、当然です。しかし、生命の正体についての、梅爺の知識は、格段に進歩しました。そして、現状で分かっていることが、科学的な裏づけで説明されていることにも満足し、自分の体内でも、この巧妙極まりない生命活動が、密かに休み無く続けられていることを想像して、不思議な気持ちになりました。

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2007年12月18日 (火)

福岡伸一氏の本(1)

日曜日の深夜に放送される、今良く売れている本を紹介するNHKBSハイビジョンの番組を何気なく観ていましたら、ノンフィクションの『生物と無生物のあいだ』が紹介され、著者の福岡伸一氏が、スタジオでインタビューに応えておられました。

梅爺は、大変不勉強なことに、それまで、この本も、著者も存じ上げていませんでしたが、福岡氏のインタビューへの受け答えの見事さに、つい惹きこまれてしまいました。勿論、『生物と無生物のあいだ』というタイトルも、梅爺の興味を限りなくかきたててくれました。

地球は最初『無生物だけの世界』であったと考えられていますが、そこへ、突如『生命を持つ生物』が、どのようなプロセス出現したのかは、現在の科学知識では説明できない、『謎』のひとつで、梅爺のように、基礎知識を欠く人間でも、分からないとは知りながら、つい『何故だろう』と夢想してしまいます。『神が命を創った』といわれても、反論できないほどに、命は見事なカラクリで、ある時間持続し、新しい命をも生み出し、子孫へ命を継承していきます。このような、見事なカラクリが偶然できあがったとは考えにくい(現状の知識の範囲では)ので、つい『神の意図』で片付けたくなりますが、一方、今はまだ分かっていない、新しい事実が判明し、それは、科学の言葉で論理的に説明できるものかもしれないという期待もたかまります。もし、このカラクリの『正体』を知ることができ、その上に『人間の意識、情感』や『宇宙の創生』に関する謎も解き明かすことができれば、人間は『神』を垣間見ることができるのかもしれません。

番組のインタビューへ受け答えされる福岡氏の、見事な『論理』『比喩』『言葉つかい』に、梅爺は仰天しました。学者(福岡氏は分子生物学の第一人者)は、論理は表現できるけれども、そこに『面白さ』を加える表現などできない人種、と勝手に決め付けていた梅爺の失礼極まりない『常識』は、完全に覆ってしまいました。福岡氏に関しては、『天は二物を与えず』という表現が間違いであることが分かります。このような先生(福岡氏は青山学院大学の教授)に教わる生徒は、何と恵まれているのだろうと、梅爺の遠い昔の味気ない大学の講義を思い出し、羨ましくなりました。

早速、本屋へ走り、『生物と無生物のあいだ』を買い求め、一気に読み終わりました。期待にたがわず、『知識の習得』と『美しい日本語の表現と文体』の両方を堪能できました。この本は、30万部以上のベストセラーということですので、梅爺同様に、福岡伸一氏に魅せられた日本人が、沢山居るという話も嬉しいことです。すばらしい日本人が存在し、それに共鳴できる多くの日本人が居るという事実は、梅爺の心を明るくしてくれます。

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2007年12月17日 (月)

星野Japanのすばらしさ(2)

今回は、結果が良かっただけに、全てが『良く』見えるところがありますが、星野監督の魅力は、『情熱的で周囲を惹きつける人柄』と『優れた戦術眼、戦術眼』であろうと梅爺は感じました。

大学時代からのよきライバルであった、山本、田淵コーチをはじめ、ピッチングの大野コーチも、参謀として、心からリーダーを支えようとしている様子が見えました。参謀が自分の主張をし、リーダーがそれを尊重して聴いて判断するという関係は、簡単なようで簡単ではありません。全員の人柄や能力がそろわないとこのような関係は実現しません。実社会を眺めてみれば、今回のスタッフがいかに理想的であるかがわかります。

今回のチームは、プロの代表ではなく、『日本野球』の代表であるという視点も、アマチュアの選手をメンバーに一人残すことで、貫きました。星野監督は、『自分が日本に貢献できるのは野球』という自己認識に徹しています。事前の情報収集を徹底的におこなったことも見事です。

WBCの教訓があったとはいえ、短期決戦で『勝つ』ための要因分析も見事です。『打つ(長打を狙わないバットコントロールがうまい選手)』『守る(エラーが少ない選手)』『走る(一つでも先の塁を狙える選手)』『投げる(強肩な選手)』を選手選考の基本にしています。それに、国際試合の修羅場を経験している、『冷静で精神力が強く、試合の流れを読める選手』が選ばれています。今回の試合では、各選手がひたむきに自分の良さを発揮しました。阿部選手が高打率でMVPを獲得しましたが、梅爺は、全員が賞賛されるべきものと思います。

野球は、投手陣が崩壊すると試合になりませんから、投手の選考は鍵ですが、将来の日本を担う若手と、堅実な結果が望めるベテランをうまく配し、将来のために、若手を全て先発に登用したことも、戦略眼として、敬服に値します。北京大会が楽しみになりました。

監督が、喜怒哀楽を表すことへの是非論がありますが、星野監督の場合は、チームを鼓舞する上で、自然な表現として好感が持てました。

最終試合後のインタビューで、選手達に感謝して流した涙も美しいものでした。こんなリーダーの下にいる選手が、この涙をどう受け止めたかは、歴然としています。次は、もっともっと、この監督に喜んでもらいたいと心に誓ったに違いありません。

サラリーマンの多くは、こんなリーダーにめぐり合ってみたいと、羨ましく観たのではないでしょうか。

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2007年12月16日 (日)

星野Japanのすばらしさ(1)

五輪野球日本代表、『星野Japan』が、見事にアジア予選を全勝で勝ち抜き、来年の北京大会の出場権を獲得しました。梅爺も、ため息をついたり、拍手をしたりしながら、テレビ中継を3日間見続けました。

スポーツは、『筋書きの無いドラマ』であるがゆえに、観る人を興奮させ、時に感動を与えます。何が起きるか分からないという緊迫感が、観衆を惹きつけ、しかも、ルールに則って、ある時間内に、必ず勝敗の決着がつく、ということも、テレビの番組素材としては『好条件』ですから、世界中のテレビ局がスポーツ中継を重視します。大作ドラマや映画の名画を流すことも、視聴率確保のためにとられる方策ですが、費用や準備のための時間を考えると、スポーツ中継は、商業的に極めて有利な素材です。現地からの報道を含むニュースとスポーツが、番組コンテンツとして好条件を備えている証拠は、アメリカのニュース専門局CNNや、スポーツ専用チャンネルの成功が証明しています。

必ず勝つとは限らない状況の中で、『勝つ』ということが、どれほどの重圧を監督やスタッフ、選手に強いるかは、当事者以外にはわかりません。サッカーの日本代表が国際試合をする時に、テレビ局が『必ず勝たねばならぬ試合がそこにはある』などと、視聴率を確保しようと事前に煽り立てたりしますが、梅爺は、商業主義が見え隠れするこのような『非情』なキャッチフレーズは嫌いです。勿論勝って欲しいと願いますが、勝った時には、素直に喜び、負けた時は『残念』で済ませば、それで良いのではないでしょうか。負けた監督や選手を戦犯扱いにする日本のジャーナリズムも、大衆に媚びた姿勢のように思えて嫌いです。

『星野Japan』は、そのような中で『勝った』わけですから、何よりもすばらしいことになりますが、組織や組織の責任者が、重圧の中で、どう振舞うべきかという、多くの教訓を日本人に見せ付けたことも、大きな成果ではないでしょうか。

梅爺が、会社引退前にこれらの試合を観たら、『ウーン』とうなったに違いありません。それほど星野監督は、組織の長として、魅力的な資質を備えておられます。

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2007年12月15日 (土)

ハプスブルグ帝国(4)フランツ・ヨーゼフ

ドキュメンタリー番組の3回目は、ボールが坂道を転げ落ちるように、帝国が滅亡に突き進んだ時期の19世紀後半から20世紀初頭へかけての皇帝、フランツ・ヨーゼフに焦点を当てたものでした。

ローマ帝国が、内部に滅亡の要因を内包していたのとは異なり、ハプスブルグ帝国は、市民革命、民族自立という、歴史の波(外部要因)に、抗しきれずに、滅亡したといえるのではないでしょうか。その時期に、皇帝になったフランツ・ヨーゼフは、そもそも悲運の皇帝ともいえます。フランツ・ヨーゼフは、その言動から、いわゆる『バカ殿』であったとは思えません。むしろ、厳格なくらい『皇帝』の使命を果たそうとしたことが、悲劇を増幅する原因になっているように見えます。自分自身でも、晩年『だいぶ前から、王族などというのは、変わった人種であることに気づいていた』と述懐していますので、分かっていながら『自分の立場』を維持し通したのでしょう。まじめで、プライドの高い人ほど、敗色濃厚のなかで、『モー、ヤーメタ、シーラナイ』と、言えないものです。

梅爺の長兄『Q翁』のブログの中で、新潟県長岡が生んだ、河井継之助と山本五十六の二人の偉人に共通する『人生の美学(負けるという結果は分かっていながら自分の立場を全うする)』について書いていますが、フランツ・ヨーゼフも、『皇帝としての美学』に殉じたのではないかと思いました。ある意味では、もっとも『皇帝らしい皇帝』であったと言えます。もっとも、その『皇帝』のおかげで、人類は、第一次世界大戦という、悪夢のような歴史を経験させられることになりました。

ただ、美人の妻エリザベートが、皇帝との同居生活を避けて、ハンガリーなどへ逃避していたことや、一人息子の皇太子のルドルフが、父親との確執が原因で自殺してしまうようなところを見ると、フランツ・ヨーゼフは、『立派な皇帝』を演じようとするがあまりに、周囲には、身内さえも寄せ付けない冷たい雰囲気があったのではないでしょうか。

真面目で融通がきかない人ほど、人生を『立派な人間』で通そうと努力しますが、皮肉なことに、そういう人が周囲から疎まれるということが良くあります。映画『エデンの東』の父親は、信仰深く謹厳な性格であるがゆえに、家庭内の悲劇の原因になるという想定ですから、典型的な例です。

梅爺は、自分が立派な人間ではないことを、先刻承知していますので、なんとしても立派な人間になろうなどとは思うことは、あまりありませんでしたが、自分が死んだ後に、誰かに『そうはいうものの、あいつにだって、少しは立派なところもあった』と言っていただけることがあるなら、それはそれで、望外の喜びです。

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2007年12月14日 (金)

ハプスブルグ帝国(3)マリア・テレジア

マクシミリアン1世の孫の時代に、ハプスブルグ家は、スペイン、ポルトガルの覇権も握り、植民地の新大陸までも配下に納めたために、文字通り『陽が沈むことの無い帝国』を作り上げますが、フランスとの戦いなどで疲弊したあげく、1700年に世継ぎを欠いて、フランスのブルボン家に王位を譲ることになり、スペイン・ハプスブルグ家は消滅します。しかし、オーストリア・ハプスブルグ家は、この後も繁栄し、特に、18世紀の中ごろ君臨した女帝マリア・テレジアの時代に、ウィーンはヨーロッパの政治・文化の中心都市のひとつになりました。

マリア・テレジアは、神聖ローマ帝国の皇帝カール6世の娘として生まれましたが、男の世継ぎがいなかったことで、オーストリア大公国の王位を継承し、実質的にハプスブルグ家を統帥したために、『女帝』と呼ばれています。18歳の頃の彼女の肖像を見ると、細面の美人ですが、『女帝』時代の肖像は、『堂々たる、貫禄十分のおばさん顔』の変わっています。

歴史に名を残した女性のなかでも、マリア・テレジアは、特別に際立った人物ではないでしょうか。何しろ、生涯16人の子供を生んだという一事をとっても、『スーパー・ウーマン』であることが分かります(15番目の娘が、有名なマリー・アントワネット)。

帝王学を学ばないまま、オーストリア大公国の王位を、20歳そこそこの若さで継いだために、周辺諸国から『オーストリア分割』を迫られますが、これを見事な政治、軍事手腕で乗り切り(オーストリア継承戦争)、内政面でも、財政の安定(地方豪族や教会からも税を徴収)、義務教育の施行、自然科学を中心とした学問の振興など、多くの業績を残しています。彼女が作り上げたシェ-ンブルーン宮殿は、フランスのベルサイユ宮殿と並ぶ、絢爛豪華な歴史遺産として残されています。

彼女が、北の強国プロイセンに占領された領土を、最後まで奪還できなかったことの他は、大きな破綻無く人生を乗り切ることができたのは、勿論有能な側近や夫に支えられたこともありますが、彼女自身が、『理』と『情』のバランスの才に恵まれていたためではないかと想像しました。

当時の王族の娘としては珍しく、ロートリンゲン家の王子フランツ・シュテファン(後に神聖ローマ帝国皇帝)と恋愛結婚し、生涯円満な家庭を全うしています。この夫は、自然科学を愛する知性的な人でしたが、事業の才能にも長けていて、一族や女帝マリア・テレジアを財政面でも支えたといわれています。夫は、決して政治の表舞台には立とうとはしませんでしたが、有能な人材を登用するようにマリア・テレジアに進言したりして、影で支えていますので、男性版の理想的な『内助の功』といえます。マリア・テレジアも夫を尊敬し、死後二人は、同じ棺で葬られています。極めて『男運』にも恵まれたと言えるでしょう。

マリア・テレジアは、『自分の威厳を見せつける術』にも長けていて、女性としては珍しく、馬を乗りこなしたり、華麗な宮殿を造ったりしていますが、何より梅爺がすばらしいと思ったのは、キリスト教の『教義』と『教会』を分けて理解できた能力です。キリスト教は信奉しながら、教会(イエズス会)の旧弊な支配を排除しています。これは、当時としては画期的な考えです。ハプスブルグ家の伝統に従い、支配下の他民族の固有の文化(言語など)を尊重していることもすばらしいことです。

今でも、ウィーンの人たちに、マリア・テレジアが愛されている理由が、ドキュメンタリー番組を観て、よく理解できました。

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2007年12月13日 (木)

ハプスブルグ帝国(2)マクシミリアン1世

梅爺は、ドキュメンタリー番組を観て、知りえた歴史の事実を、ブログに書くことを目的にはしていません。梅爺が、勉強不足で今まで知らなかっただけで、歴史に詳しい方には、先刻ご存知の『知識』に過ぎないからです。このドキュメンタリーは、ハプスブルグ帝国の、興隆、繁栄、衰退に関与した、マクシミリアン1世、マリア・テレジア(女帝)、フランツ・ヨーゼフの3人に、焦点を当てています。当然、梅爺が関心を引かれたのは、この3人の『人間像(生き方や資質)』です。ドキュメンタリー番組を観て、梅爺が、『こうであったであろう』と個人的に推測した内容も含みますので、記述内容は、『事実』とは異なるかもしれません。梅爺にとっては、最大の興味は『人間探索(推理)作業』ですから、事実であるかどうかは、あまり問題ではありません。

13世紀にスイスの小さな城主の一人であったハプスブルグ家が、農民の蜂起(スイスが現在のような国家になった原点)でスイスを離れ(追われ)、当時ヨーロッパの辺境であった、ウィーンに居を構えてから、徐々に、ドイツ王、神聖ローマ帝国皇帝などの地位を勝ち得て、地盤を強固にしていきましたが、ヨーロッパ全土に影響力を持つような大帝国の基盤は、15世紀の後半から16世紀の初頭にかけて活躍したマクシミリアン1世の功績によるものです。

『戦争よりも婚姻関係で勢力拡大』したといわれるハプスブルグ家の代表的な例として、マクシミリアン1世も、フランスの圧力に困窮していたブルゴーニュ公国(現在のベルギー)の後継者マリーと結婚することが出世の原点になっています。当時ヨーロッパの田舎であったウィーンとは異なり、文化的な成熟を誇っていたブルゴーニュで、目にしたものは、彼にとっては何もかも『新鮮』であったに違いありません。

マクシミリアン1世に関して、梅爺が驚くのは、その新しい知識への対応能力です。特に、すばらしいのは、その言語対応能力で、ラテン語、フラマン語、フランス語を、あっという間に習得してしまったといわれています。『王がその地方の言葉で話すことが、王の人気を挙げる』と本人も言っていたように、その後も、数ヶ国語をマスターしていったと伝えられています。言葉以外にも、裁判制度や新しい芸術様式(ポリフォニーといわれる輪唱形式の合唱をウィーンに導入、後のウィーン少年合唱団の基盤となる)も貪欲に吸収していきます。

ブッシュ大統領が、英語しか話せないように、権力を持つ国家の為政者は、他国にも自国語を話すように強いますが、マクシミリアン1世は、権力者が異文化の言葉を話すという、全く逆な対応をしたことになります。ブッシュがアラビヤ語で語りかければ、ビン・ラディンの対応も変わるかもしれませんし、日本が朝鮮を支配下に置いたときに、日本の天皇や為政者がハングルで語りかければ、歴史は変わっていたかもしれません。異文化の相互繁栄は、言葉を一つにすることでは成り立たないことを示す歴史の教訓ではないでしょうか。

『中世最後の騎士』といわれたマクシミリアン1世の、最もすばらしい資質は、『優れたものを、謙虚に受け容れる姿勢』と、『自分の方が努力をして他人に合わせる努力をすることが、良い結果を生むことを知っていた』ことであろうと、梅爺は理解しました。

できれば、自分を、他人に押し付けようと、安易な方法をとりがちであった、梅爺の今までの人生と比較して、マクシミリアン1世の『偉さ』を再認識し、当然のことながら、梅爺は、とても『皇帝』になれる器ではないことも思い知りました。

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2007年12月12日 (水)

ハプスグルグ帝国(1)

梅爺自身がそうなので、勝手に想像してしまうのですが、多くの日本人にとって、中世から近世にかけてのヨーロッパの歴史は、非常に分かり難いものではないでしょうか。国の区分けが現在と異なっている上に、民族が入り混じった帝国、王国、公国などが、合従連衡を繰り返し、国が支配する領土も、増えたり減ったりする上に、ローマン・カトリックが、政治にも介入しますので、全貌を筋道たって理解するのは、絡み合った毛玉をほぐすような作業が必要になるからです。

更にローマ帝国や、ハプスブルグ王朝のように、複数の他民族をその支配下に置きながら、長期にわたって権力を維持し続けることができた背景や理由を推察することも、日本人には難しい話です。領土や民族を固定して、国の歴史を眺めることができる日本とは、あまりにも環境が違うからです。

長生きできる人は、運や才能に恵まれている可能性が高いように、国家体制を長期に維持できる国も、運や才能ある人材に恵まれている可能性が高いことを歴史は示しています。これからの世界は、『異文化の共存』が人類生き残りのキーワードになりますので、複数民族を支配下におきながら、長期に繁栄した、ローマ帝国やハプスブルグ帝国の歴史は、人類にとって大変参考になるのではないでしょうか。勿論、衰退、滅亡した理由の中にも多くの教訓が含まれているはずです。特に、ヨーロッパのEUは、言ってみれば他民族による共同国家体制を目指しているようなものですので、歴史から得られる教訓は多いはずです。

11月に、梅爺たちは、大学時代の合唱団同期生達と夫婦連れで、ウィーン、プラハ、ブタペストをめぐり、本場のオペラを鑑賞してきましたが、期せずして、この3都市は、ハプスブルグ帝国の支配と関連が深く、多くの関連史跡も残っていましたので、梅爺は、ハプスブルグ帝国の歴史に、あらためて興味をそそられました。

幸いなことに、帰国後、タイミングよく、NHKのBSハイビジョンで、3夜連続の『ハプスブルグ帝国の興亡』に関する延べ6時間のドキュメンタリー番組が放映され、早速録画して、じっくり観ました。

この種のドキュメンタリー番組が、ありがたいのは、断片的であった自分の歴史の知識が、点と点でつながって、自分なりの体系的な理解が深まることです。それに、絵画や彫像だけで見知っていた歴史上の人物が、自分の頭の中で、血の通った人間として、魅力的に活動し始めることです。

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2007年12月11日 (火)

娘の結婚

11月25日に、娘が結婚し、カソリック教会式の結婚式でしたので、梅爺は人生で一度のバージン・ロードを、娘と腕を組んで歩きました。花婿、花嫁をはじめ、普段、外見には、あんまり『信仰深い』とは思えない人たちが、この時ばかりは神妙に『神の前に誓いをささげる儀式』を、『しきたり』として受け容れてしまうところが、日本人の『いい加減で、素晴らしいところ』です。

勿論、普段『神は人の心(脳)の中にあるもので、外には実在しないのではないか』などと、理屈をこねている梅爺も、典型的な日本人として抵抗無く、フランス人の神父さんの言うとおりに、『花嫁の父親』役を、神妙に(?)演じました。

我が家は、一人息子、一人娘ですが、長男から11年経って長女が生まれたこともあり、梅爺は、娘には『自他ともに認める、あまい父親』でした。梅爺が41歳の時の子供ですので、『この娘が大学を出るまで働き続ける』ことと『この娘が結婚するまで生きている』ことは、シンドイ話だと、その時は考えていましたが、両方とも、なんとかクリアでき、親としての最低限の責務が果たせたと、今は心からホッとしています。

娘が生まれた直後の血液検査で、『代謝不全』の疑いがあり、最悪の場合、脳の正常な発達に支障がでる恐れがあるとと言われ、梅爺と梅婆(当時は爺さん、婆さんではありませんでしたが)は、動転し、心が凍りつく思いで、東京の国立小児科病院へ出向いて、再検査をしてもらいました。結果が出るまでの日々は、つらい時間でしたが、幸いなことに『問題は何も無い』ことが判明し、胸をなでおろしました。そういうこともあって、『健康に育ってくれさえすればよい』と、考えるようになったことも『あまい父親』になった一因かもしれません。

花嫁の父親は、結婚式では『号泣』するものだと周囲から言われ、梅爺も『それも悪くない』と密かに期待するところもありました。梅婆からも、当日は、ハンカチとティッシュを準備するようにと言われ、そのとおりにしましたが、当日は、とりあえず『涙をひと様に晒す』ことなく、終わることができました。

勿論、色々な感慨が脳裏をよぎりましたが、幸せそうな娘を見ているだけで、むしろ『嬉しい』と感ずる気持ちの方が強く、『突然号泣する』ような事態にはなりませんでした。娘の結婚前の交際期間が永かったことと、以前から通勤の関係で娘は一人暮らしを始めていたことで、梅爺は徐々に『覚悟』ができていたことも、『泣かなかった』要因かもしれません。

結婚式の余興で、野球少年として育ち、今でもアマチュア野球を楽しんでいる花婿と、みんなの前でキャッチボールすることになり、相互に、ボールにメッセージを書いて投げ交わしました。梅爺は、『良いところだけをみつめて、大切に』と書きました。

梅爺は、このような教訓じみたことを言えるような人間ではありませんが、人間関係の基本といえる夫婦の間では、特に『相手の良いところをみつめ』、『少々の難点(誰にもある)には目をつむる』ことが、楽しく生きていく秘訣ではないかと考えています。もっとも、梅爺は、若い時から、このように達観できていたわけではありません。

梅爺のDNAを引き継いでいるので、多分、娘はなんとしても『立派な嫁になろう』とか『立派な母親になろう』とか、殊更頑張ると、人生は反ってマイナスの面が生じることもあると、それとなく感じていてくれていると思います。基本は自然体で臨み、でも、少しは周りの人の考えや価値観も尊重することができれば、周囲から愛される人生を送れるのではないかと、それだけを願っています。

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2007年12月10日 (月)

ベンチャー・ビジネスと大企業(8)

米国では、一流大学を卒業した学生が、大企業に卒業せず、「起業家」になることを目指すケースが多いのに対して、日本の大学の卒業生の多くは、その時点でもてはやされている大企業へ就職することを希望し、それが叶えられれば、両親も安堵します。大企業で、無難に過ごすことが、人生の幸せをつかむ「確実な方法」と、信じているからでしょう。「無事これ名馬」などという諺は、日本社会の価値観に起因します。

米国と日本の違いは、それぞれ社会的な価値観に起因していますので、どちらが「良い」と即断はできません。米国の製造業の設計技術者不足問題が表面化し、このままでは日本、中国、インドに勝てないと危惧の声が挙がっています。米国の優秀な学生は、先ず「起業家」として成功し、それを背景に大企業の経営者にリクルートされることを夢見ていますので、大企業の経営者になることをキャリアの終着点と見ているのでしょう。

日本の優秀な学生も、大企業に就職すると、すぐに組織のしがらみに翻弄され、一層、「無難」を求める人に変貌していきます。潜在能力を秘めた人材を雇用しながら、その能力を使い切っていないというのが、日本の大企業の問題です。

梅爺は、大学卒業時に、ベンチャー・ビジネスなどという概念さえ知りませんでしたので、何も深く考えずに大企業へ就職しました。もし、違った道を歩んでいたら、今より更に「生意気な爺さん」になっていたかもしれません。大企業で、すばらしい方々と出会うことができたり、人生修行ができたりしたために、ようやく、現状程度に収まっているのだろうと考え、感謝しています。

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2007年12月 9日 (日)

ベンチャー・ビジネスと大企業(7)

ベンチャー・ビジネスと大企業は、カルチャーが異なり、各々、そういうカルチャーで無ければならない理由もあり、当然、そのカルチャーの中で「有能」と言われる人材の資質も異なります。大企業で有能な人も、ベンチャー・ビジネスに加われば、「役立たず」と看做される恐れはありますし、逆に、ベンチャー・ビジネスで有能な人が、大企業に移れば、「ハネッカエリの独りよがり」と嫌われる恐れがあります。

面白いことに、創業時はベンチャー・ビジネスのカルチャーで有名であった会社が、成功して大企業になるにつれ、ベンチャー・ビジネスのカルチャーが徐々に失われ、大企業のカルチャーになっていくのが一般的です。

組織が大きくなるに連れて、ルールや管理機構が複雑になり、情報の伝達速度が遅くなったり、正しく伝わらなかったりする弊害が増えてきます。一方、ビジネスを遂行するに必要な基本機能が充実しますので、大概の仕事は、それらの機能を利用することで実現しますから、ベンチャー・ビジネスのように、基本機能から準備しなければならない大変さはありません。

梅爺の経験では、両者のカルチャーは、「水」と「油」ほど違い、簡単に「融合」させることや、「両者の良いところどり」をするといった便法は無いように思います。各々、自分のカルチャーは肯定した上で、それでも、ここだけは何とか改善しようと思うことに挑戦する程度が関の山ではないかと思います。

梅爺が勤めていた大会社は、結局「分社制度」を採り入れ、ビジネス単位で独立採算を目指す体制に切り替えました。これは、今でも続いていて、成功しているといえます。ただし、分社しても、一つ一つは数千人規模の「会社」ですので、とてもベンチャー・ビジネスに近づいたとは言えず、精々、少し身軽になった大企業に過ぎません。

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2007年12月 8日 (土)

ベンチャー・ビジネスと大企業(6)

大企業が、自分の弱点を克服して、「俊敏」に行動し、次世代の新しい事業基盤を創りだそうと考えるのは、当然の成り行きで、社内ベンチャー制度と言うしくみを作り、本業とは別に、新規事業プロジェクトに、社内の人材を転用し、資金も援助するというアイデアが浮かびます。

梅爺が永年勤務した大会社でも、これを実行したことがありました。副社長が陣頭指揮し、社内の色々な部門から、人材を集め、会社の年間の総売り上げの0.5%の資金を、投資するという方式でした。

この新しい「しくみ」を決断し、実行に移すことも大変でしたが、最大の問題は、「しくみ」ではなく、「しくみ」が生み出そうとする「新しいカルチャー」に対して、「従来のカルシャー」にドップリ浸かってきた、現状体制の人たちが示した冷たい反応でした。「異文化を受け容れる」「異文化と共存する」ということは、同じコミュニティの中でさえ、「言うは易く、行うは難し」であることが良く分かります。

会社を今まで支えてきたのは、自分達であると自負している現業部門の人達の眼には、ベンチャーを目指す人たちは、「根拠の無い夢を追いかけているハネッカエリ集団」にしか写らず、しかも自分達が汗水ながして、得た収入の0・5%を、有無を言わせず税金のように召し上げるのは、怪しからんというのがホンネでした。副社長の陣頭指揮も、合議や稟議に慣れている不満分子からは、「個人的な価値観」で決まる専制体制と、危険視されました。

不満分子を黙らせる唯一の方法は、「ベンチャー事業」が目覚しい成果を挙げることでしたが、短期間の試行で、そのようなうまい話は、そうそうあるわけはなく、数年後、担当された副社長が、不幸にも癌でなくなられたこともあり、この「しくみ」は終わりを告げました。

梅爺は、現業のコンピュータ部門側から、この「しくみ」を間接的に支援する立場にありましたので、この結果は残念なことでした。原因の大半は「しくみ」にあったのではなく、「しくみ」の外にあったと言えます。小泉元首相が「自民党をぶっ壊す」と言っても、自民党はなかなか「ぶっ壊れない」のと同じ類の話です。

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2007年12月 7日 (金)

ベンチャー・ビジネスと大企業(5)

大企業は勿論のこと、ベンチャー・ビジネスも、「グローバルなビジネス環境」を配慮しないと、成り立たない時代になりました。当然、「グローバルなビジネス環境」は、日本からみると、「異文化の環境」ですから、日本の経営者にとっては、厄介な課題となります。

スポーツ、芸術、デザインなどの世界で、才能に恵まれた日本人が、個人として「世界に通用する」ことを立証する事例が増えて、日本人としては誇らしいことですが、「個人的な経営能力」で、世界のビジネス環境を牽引できる日本人の経営者は、そうそう多くはおられません。世界に通用する日本の政治家も少ないというのも同じ現象です。「日本でエライだけでは、世界に通用しない」ということが、今後更に深刻な問題になるような気がします。

確かに、日本の大企業は、海外に生産拠点を展開したり、販売パートナーを統括する現地法人会社を設立したりして、涙ぐましい努力をしてきましたが、これらの背景は、日本の優れた「技術力」や「商品力」であって、日本人経営者の「優れた能力」が、海外で評価の対象になっているわけではありません。厳しい表現をすれば、海外側も、「日本」や「日本人」に魅力を感じたわけではなく、「技術」「商品」に魅力を感じたり、雇用拡大の経済効果を期待したりしただけ、と言えない事もありません。今までは、それで良かったと(しかたがなかった)しても、今後もそれで良いのかというのが、梅爺の気になるところです。

日本が、日本人の組織が生み出す「技術力」や「商品力」の強さを維持し続ける努力は当然として、更に、個々の日本人が、海外で評価される努力を必要とする時代になっているきています。将来、海外から尊敬される国家「日本」は、その努力の延長上にしかないように、感じています。

何回も書いてきたように、すばらしい日本人であると同時に、すばらしい世界人でもある、日本人の数を、どうしたら増やせるのかが、政治や、教育に課せられた課題のように思います。メジャー・リーグ・ベースボールのチームの監督に、日本人の監督がリクルートされる時代を夢見ています。誤解が無いように申し上げれば、梅爺は、言語能力だけを問題にしているわけではありません。

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2007年12月 6日 (木)

ベンチャー・ビジネスと大企業(4)

経営者として会社を興す目的が、「何かを成し遂げたい」「社会的な名誉を得たいというような無形の「志」なのか、ただただ「金儲けがしたい」という「利益」なのかは、判別が難しい問題です。「金儲けのためなら何でもする」という、いかがわしい会社の事件が発覚する度に、「倫理感に欠けた拝金主義は怪しからん」という論調で、ジャーナリズムは鬼の首を取ったように、騒ぎ立てます。

しかし、企業経営は、慈善事業ではありませんので、全ての企業にとって、「志」と「利益」は、必要な両輪です。経営者の倫理観が、「良い会社」と「悪い会社」を分ける要素になっていますが、どんな会社も一歩間違えば「悪い会社」になる可能性を秘めているという、きわどいバランスで成り立っています。

正義の味方のように振舞うジャーナリズムの一角を担うテレビ業界が、視聴率のために(実は広告収入を確保するために)、低俗な番組を流したり、時には、でっち上げ番組を制作したりして、衣の袖から鎧が見えることがあります。

企業は、「志」と「利益」の微妙なバランスの上でな成り立っていますので、「法に抵触しない限り、利益追求は許される」という主張で、経営の目的として「志」より「利益」に重きを置き、倫理より法を金科玉条のものとする会社が出現する現象を阻止することは、困難です。このような会社の経営者は、問題を指摘されると、「法に抵触しているとは考えなかった」と強弁します。

アメリカのベンチャー・ビジネスの中には、最初から、「あるレベルまでに成長した時に、会社を大企業へ売却する(ゴールデン・パラシュートと称される行為)」ことを目的とするものも、現れます。投資家も、それならばと投資をしますし、大企業側も、自社内に「新規事業」を育成するより、「買収」の方が、経営効率が良いと考え、このような経済行為を歓迎します。本来、敵対関係にある両者が、実は「相思相愛の仲」でもあることが分かります。利用できるものは、何でも利用するという「経済原則」のなせる技なのでしょう。

日本も、このようなドライな行為が「常識」となる日が来るのかもしれませんが、今のところ日本のベンチャー・ビジネスは、表向き「志」を重視しているように見えます。

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2007年12月 5日 (水)

ベンチャー・ビジネスと大企業(3)

「優れたアイデアを出せる人」「ビジネス・プランを策定できる人」「ビジネスを実践できる人」「投資家」の4要素がそろわないと、「新規事業」は成功しないと、昨日書き、日本の大企業こそが、これらを満たす人材を豊富に抱えているにもかかわらず、「新規事業の立ち上げ」が得意ではないのは、なぜだろうかとも書きました。

答えは簡単で、これらの4つの資質以前に、新規事業を推進する条件は、「リスクを賭けた決断をする人がいる」ことで、日本の大企業には、これができる経営者が少ないために他なりません。サラリーマンの階段を、無難にうまく上り詰めた人が、経営者になるという日本のシステムでは、リスクを回避する術は、皆心得ていますが、梅爺自身の経験に照らしても、リスクの責任をとる訓練がなされていません。「合議」による決断が尊重され、失敗責任も曖昧になるような巧妙なシステムになっています。

一般論として、日本人はアメリカ人より「臆病」なので、リスク責任を負おうとしないのかというと、そうではなく、社会的な価値観の違いと会社の昇進システムの違いに起因していると梅爺は考えています。

日本では、原則として「一度の失敗で全てを失い、2度と立ち直れない」ことになりかねません。倒産した会社の経営者が自殺したり、夜逃げしたりする話はよく聞きますし、会社の中で失敗したサラリーマンも、以後の昇進はあきらめて、「冷や飯食い」を覚悟することになります。一方、アメリカでは「挑戦したことへの評価」があり、何度かベンチャー・ビジネスの立ち上げに失敗した人が、更に新しい事業を起こそうとしたときに、ベンチャー-・キャピタルは、その「失敗経験」をむしろ評価して、投資をすることが少なくありません。勿論、全財産を失って、絶望のあまり自殺するというケースもないわけではありませんが、一般論としては、「事業(仕事)の敗者」を、「人間としての失格者」とはみなさない社会環境がアメリカにはあります。投資家も、「投資はリスクを伴うもの」という当たり前のことを、理解しています。

新規事業の立ち上げは、企業や社会の活性化に必要なことで、日本の経済発展にも重要なことですが、「日本でそれを実現するにはどうするか」という話は、あくまでも「日本の環境」を前提にしますので、前提が異なるアメリカを表面的に真似しても始まりません。社会の価値観までに及ぶ、奥深い議論になると思いますが、そういう発想ができる政治家や官僚には、あまりお目にかかったことが無いので、心配しています。

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2007年12月 4日 (火)

ベンチャー・ビジネスと大企業(2)

アメリカのビジネス・スクールは、「起業家(Entrepreneur:アントロプレナー)」を育成する機関であり、そのために、アメリカではベンチャー・ビジネスで大成功する人が多い、と一般に言われていますが、それほど、単純な話ではないと梅爺は感じています。

アメリカン・ドリームを実現した、ベンチャー・ビジネスの成功例が、大きく報じられますが、一つの成功事例の裏側には、数1000ケの失敗事例があることを知っておくべきでしょう。梅爺が、昔アメリカのベンチャー・キャピタルと一緒に仕事をした時の、経験では、ベンチャー・キャピタルに投資を求めて持ち込まれる話は年間6000件以上ありましたが、その内成功して、ベンチャー・キャピタルに後々大きな利益をもたらすのは、平均3件程度でした。梅爺が関係したベンチャー・キャピタルは、大手の部類でしたが、それでも年間の投資対象は20件前後に厳選していました。そのうち、将来利益をもたらすのは、3件であるとすると、プロの眼で厳選しても、その他の投資は、「金をドブに捨てた」ことになりますから、いかに厳しい実態かが分かります。これでも、ベンチャー・キャピタルが儲かるのは、その3件の成功事例がもたらす利益が、「莫大」であるからです。

ビジネス・スクールでは、経営者として会社経営に必要な基礎知識を教えますが、要求される能力は、多岐にわたりますから、通常、「一人の人間にその全てを求めることは難しい」という現実に遭遇します。ビジネス・スクールを卒業したという事実は、勲章ですが、それで「経営者になれる」と勘違いすると、悲劇のもとになります。

ベンチャー・ビジネスに限らず、「新規事業」を興そうとしたときには、以下の4つの異なった資質をもった「人」が必要になります。

(1) 新ビジネスの優れたアイデアを思いつける人
(2) そのアイデアを具体的なビジネス・プランに展開できる人
(3) ビジネス・プランをベースに実務を柔軟に実行できる人
(4) このビジネスにお金を投資できる人

一人の人間で、この4つの資質が満たされれば、理想的ですが、そういう人はほとんどいませんので、適材者による「チームワーク」が組めるかどうかが、ベンチャー・ビジネスでは「鍵」になります。

しかし、良く考えてみると、この4つのしかも、優れた「資質」を備えた人材を、豊富に抱えているのが、日本の大企業ではないでしょうか。それなのに、日本の大企業が、「新事業企業」をあまり、得意としていないのは、どうしてでしょう。

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2007年12月 3日 (月)

ベンチャー・ビジネスと大企業(1)

梅爺は現在、ベンチャービジネスの立ち上げのお手伝いをしていて、永年勤務した大企業との違いを痛感しています。基盤ゼロから、全てを新しく創り上げていかなければならないベンチャービジネスと、過去の資産の継承で、ある程度安定基盤を有する大企業とでは、事業への取り組み姿勢が当然大きく異なります。一番大きな違いは、リスクへの対応姿勢です。ベンチャービジネスは、いやでもリスクと隣り合わせの環境が避けられませんが、大企業は、リスクを回避すると言う選択肢があります。しかし、大企業の社員が全員、当面リスクを回避しても、給料は貰える、下手にリスクを冒して失敗した時の責任を取らされるのはイヤだ、と考え始めると、深刻な「大企業病」に陥ることになります。

もう一つの大きな違いは、「時間感覚」で、梅爺の経験では、ベンチャービジネスの経営行動は、方針の決定であれ、技術開発であれ、大企業の10倍の速さで進行してしているように感じます。

梅爺が勤務していた大企業で、N社長が就任された時に、「俊敏(Agility)」を、経営の基本理念にされ、社員に通達されました。社長になられる前に、米国勤務が永かったN社長は、米国の企業の行動スピードと日本の会社のスピードの違いを痛感され、危惧されておられためと思います。

これで、「俊敏」という言葉の認知度は、社内で高まりましたが、目に見えて社員の行動が速くなったようには思えませんでした。殿様が、「火の用心」と言うと、家来全員「火の用心」と同じく口では唱えますが、実質的な「防火作業」は、誰か他人がやってくれるものと思い、「行動」はしないという話に似ています。ただ、N社長は、役員の数を減らし、「社内分社制度」を断行されました。これは、組織の「俊敏」さに大きく貢献したように思います。

いずれにせよ、大企業にとって、「コーポレート・カルチャーの変革」は、容易なことではないことが分かります。

ベンチャー・ビジネスの経営者から見ると、「人材の宝庫」である大企業は、羨ましい存在ですが、逆に大企業の経営者から見ると、ベンチャー・ビジネスの「俊敏さ」が羨ましいということになります。

大企業が本当に「俊敏」であったら、ベンチャー・ビジネスには勝ち目がありません。少数な兵力でも俊敏さで、大兵力の相手を打ち負かそうと、ベンチャー・ビジネスは、虎視眈々と狙っています。

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2007年12月 2日 (日)

言葉遊び

梅爺閑話には、今まで無かったような軽い話題です。ただ、笑っていただくだけが目的の話題です。

10年以上も前のことですが、慶応大学で情報工学(コンピュータ)がご専門のI教授と会食をしている折に、オーストラリアの英語は、訛っていて、「Today」は「トゥダイ」と発音するというような話題になりました。そこで、I教授は、「それで思い出しましたが・・・」と前置きされて、以下の謎めいた英語を、紙に書いて、「どういう意味かわかりますか」と梅爺に示されました。

At Sunday, Today is not Monday.

梅爺が思案の末「わかりません」と降参すると、ニヤリとされて、「駿台(予備校)では、東大は問題ではない」ですよと種明かしをされました。なるほど、オーストラリア訛りで読めば分かる、良くできたジョークと判明しました。

同種のものとして、高校時代に英語の先生が教えてくれたものを思い出しました。

You might, you ought, this morning's some fish.

「言うまいと、言おうと、今朝の寒さかな」という句になります。これも、なかなか傑作です。どこかの本で読んだ、「Glad to meet you」、「How are you?」、「Do you understand?」は、それぞれ、「柄留町」、「ハワイの湯」、「電気スタンド?」と言えば、英語として通じるという話も笑えます。

その後、梅爺は、アメリカ人や、中国人のビジネス・パートナーと、折衝をする席で、以下のような、ジョークを創作し、紹介して、これが結構うけました。

「No Problem!」は、日本語では「月曜日の夜」という。「Monday Night」で、つまり「問題ない」。「Problem!」は、日本語では「月曜日の早朝」という、「Early Monday」で、つまり「(あり)問題」。

中国語の、「問題ない」は、「没有問題(メイヨウウェンテイ)」なので、英語では「May your Wednesday」、同じく「問題あり」は、「有問題(ヨウウェンティ)」なので、英語では「Your Wednesday」と発音すればよい。

実に、他愛の無い話ですが、最低限の語学の素養で、考え付くこれらのジョークは、深刻なビジネス折衝の場を、少しだけ和ませる効果はありました。

お粗末さまでした。

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2007年12月 1日 (土)

操り人形

1999年に、梅爺と梅婆は、東欧を旅し、チェコのチェスキー・クロムノフというお伽噺のような小さな町の骨董屋で、道化師の操り人形をみつけ、なんともいえない表情や衣装の色合いに惹かれ、衝動買いをしてしまいました。旅行かばんに入らないような大きさでしたので、苦労して日本へ持ち帰り、我が家の部屋に今でも飾ってあります。

チェコの操り人形芝居は有名で、ハプスブルグ家の支配下であった時代に、公けの芝居はチェコ語が禁じられていたため、人形芝居だけは、チェコ語を使用することの許可をとって、文化を継承したと言われています。いわば、民衆のささやかな抵抗の手段であったということになります。

梅爺は、我が家にある操り人形は、頭を太い針金で固定し、手足は4本の糸だけで操作する単純なものなので、骨董品の飾り物として作られたものであり、本物のの人形ではないと勝手に思っていました。

しかし、今回、プラハで、本物のの操り人形芝居を観てみて、本物の人形も、一本の針金と、4本の糸で操られていることが分かりました。つまり、我が家の人形は、本物の芝居でも使われた人形であるらしいことに気づきました。

このような、単純な構造で、人形に色々な動作をさせるのは、確かに技量が必要ですが、表現には限界があります。梅爺が、子供の頃日本でみた操り人形は、目、眉、口が動き、更に、女性が一瞬にして般若に変わるなど、実に精巧な仕掛けが施されていました。文楽人形も、顔の表情も含め表現は多彩です。

チェコの操り人形も、素朴さを保っているということでは、風情がありますが、日本人は、何かを始めると、徹底してその極致を追求し、高度な芸術や美の世界にまで、高めてしまうところがあり、操り人形の世界でもそうであることが分かりました。

日本の時計、カメラ、車などの工業製品にも、この日本人の習性がいかんなく発揮されています。世界に誇るべき習性であることを、操り人形を通じて再確認しました。

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