« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月30日 (日)

狂気と正気(1)

私達は、それぞれ反対の意味を持つ「対語」に接すると、中間に明解な「境界線」が存在すると「錯覚」します。実際には、「黒」と「白」の中間に、無数な「灰色」が存在するように、意外なことに、区分けは簡単ではありません。

ニュルンベルグ裁判のドキュメンタリー番組を観ていて、アウシュビッツの惨状を記録映像で見たりすると、歯止めの無くなった人間の「狂気」に身震いを禁じえません。

しかし、一般論で、「狂気」と「正気」の判別は、判然としません。個人個人は、お互いに異なった尺度で、判断しているだけですから、ある人から見ると「狂気」であるものが、ある人には「正気」に属することになります。

梅爺は、「正気」のつもりで書いているブログの内容も、ある人が読めば「狂気の沙汰」かもしれません。アルカイダのテロや、イラクの自爆テロも、「狂気」ではなく、むしろ「正気」と考える多くの人たちが存在することを、認識しておく必要があります。「いかなる理由があるにせよ、テロは許されない行為」という考え方は、現代社会では多くに人が支持する考え方で、梅爺も同意しますが、「テロは崇高な目的のための崇高な行為」と信じている人たちが存在することも確かです。

異なった価値観で、両陣営が「テロは許されるか、許されないか」を論じてみても、平行線をたどるだけなので、現状では双方が「相手を殲滅するまで戦うしかない」と宣言しています。「殲滅の意図」は相手の「復讐心」を増幅し、泥沼が続くことになりかねません。ブッシュがビン・ラディンを捕獲、殺害しても残念ながらテロはなくならないでしょう。弱者が強者に、最も効果的な打撃を与えることができる手段として、人間の歴史の中で、テロや暗殺は繰り返されてきました。悲しいことに、完全な絶滅は期待できそうにありません。

「異なった価値観」を生み出しているものが何かを、本来議論の対象にすべきですが、闘争手段であるテロをめぐった議論になっていますので、本質がボケているように思います。

ある価値観を持ったグループ(国家、コミュニティ)は、その価値観に対して外部から干渉されることを嫌い、争いに発展します。政治的、軍事的、経済的、文化的、宗教的と干渉の種類は沢山あります。大国はえてして自分の「価値観」を正しいものとして、他国に押し付けようとします。

大国が現状で「面白くない」と思う他のグループの価値観も、色々な内部要因で変化します。特に、多くの人は「今より豊かな生活を保証する体制」を受け入れていく習性をもっていますので、外圧ではなく、内部の自主的な価値観の変化を、忍耐強く待つ姿勢も必要ではないかと思います。

生物学的な進化論を信ずれば、危険な「狂気」は、やがて「正気」によって淘汰される方向に進化することになります。それが生き残りに必要な条件であるからです。

| | コメント (0)

2007年9月29日 (土)

化身認定委員会(2)

「化身」のなり手が多すぎて困るというのは、宗教(仏教側)上の問題であるはずなのに、何故国家が介入するのかと、また仏教側もそのような主体性の無さを、恥ずかしいと思わないのかというのが、日本人の梅爺の率直な感想でしたが、「化身認定委員会」を運営する政府の関係者は、「ブータンに化身制度が必要とは、必ずしも個人的には思わないが、国民の大多数の関心事を放ってはおけない」と話していました。まるで、日本の自治体の「すぐやる課」のような、迅速な対応です。

梅爺は、次に「認定基準」が問題になり、「認定基準制定委員会」が発足し、その次には、「誰が選定委員にふさわしいかを討議する委員会」ができるというように、収集がつかなくなるのではないかと想像しますが、ブータンではそのような杞憂は必要ないのかもしれません。

番組の中で、幼い「化身」が、「今、一番望んでいることは何ですか」という質問に、「極楽へ行くこと」と答えたのにも、びっくりしました。一見微笑ましい受け答えのようにも思えますが、梅爺が、何度もブログに書いてきたように、梅爺のような爺さんならともかく、十分な知性が整っていない幼い子供に、「極楽(または地獄)」といった、抽象的概念を植えつけることには、大変危険なことのように思います。

「すばらしい信仰」と「狂信的な信仰」は、紙一重で、同じヒトの脳のはたらきに根ざしているように感じます。「とんでもない。世の中には正しい宗教と、偏った宗教があることの区別がお前には分からないのか」と、おっしゃる方が沢山おられることも承知しています。しかし、ある宗教が他の宗教を「邪宗」と、問答無用で決め付ける例は沢山承知していますが、正邪を第三者的な視点で見極める「認定委員会」ができたという話は、聞いたことがありません。

| | コメント (0)

2007年9月28日 (金)

化身認定委員会(1)

今回は、「化身」の話ですが、ずっと前に紹介した、インターネット上の仮想社会(Second Lifeというサイトが有名)に、自分の身代わりとして登場させる「化身(Avatar)」ではなく、「仏(ほとけ)の化身」の話です。

NHKのBSハイビジョンで、作家の五木寛之が、アジアの仏教文化を探訪するドキュメンタリー番組をやっていて、梅爺は偶然、ブータンを紹介する番組を観ました。

ブータンは、昔日本の言語学者が、「日本語の起源はブータンの言葉だ」と主張したことを思い出しました。その説は、線香花火のように消えてしまいましたが、確かにテレビで観る人々の容貌は、日本人そっくりでした。

ブータンは、熱心な小乗仏教の国で、日本の禅寺のような厳しい戒律を守った修行が行われていることを知りました。高僧は、仏の化身として衆生(一般の人たち)から、尊敬されている様子が分かりました。

高僧になるための候補生達は、選ばれた5から7歳程度の男の子達で、これも「化身」と呼ばれています。この子達は、親元を離れて、実質的に家族との縁を切り、厳しい修行生活を送ります。中には、母親が妊娠中に、夢に仏が現れて、お腹の中の子が「化身」であることの「お告げ」を受けたということで、「化身」になる子もいれば、自ら「自分は化身だ」と宣言して、「化身」になる子もいることを知りました。梅爺には、幼い子が自らそのような判断ができるとは思えませんが、社会的に尊敬の的である高僧になることは、日本の子供が野球やサッカーの選手になりたいというのと、同じ心理なのかもしれません。母親達は、インタビューに答えて「寂しいけれど、名誉でもあり、割り切るようにしている」と、複雑な心境を述べていました。

ところが、最近は、自薦他薦で「我こそは化身」と名乗り出る子供が増えたために、なんとブータン政府が、「化身認定委員会」を発足させたという話の紹介があり、梅爺は、驚くと同時に失礼ながら笑ってしまいました。

ブータン政府は、他にどのような解決すべき課題を抱えているのか、その中で「化身認定委員会」の優先度はどの位置づけになっているのかは、知りませんが、見方によっては、ブータンは地上の楽園のような平和な国なのかもしれません。

| | コメント (0)

2007年9月27日 (木)

言語力(2)

言葉は、ヒトの脳にある情報を、他人に伝えるために存在し、情報の大元が、具象的なものである場合と抽象的なものである場合に分かれます。

例えば、梅爺が「濃い紫色の山影の上に茜色の夕焼け雲があった」と書いたとすると、読んだ人は、それぞれにその光景を頭の中に描きますが、その光景の詳細は、人によって全て異なっており、勿論、梅爺が意図した光景と同じである保証はありません。

具象的な情報でさえも、このようなものですので、梅爺が、「孤独に苛まれた」というような抽象的な表現をした場合は、尚更「正確に伝わる可能性」は薄らぎます。「言葉には、人を動かす力がある」という表現は当たっていますが、「言葉は、事実や真実を伝える道具」という表現は、厳密には正しくないことが分かります。

言葉で全ては伝えられないという、制約は言葉の短所ではありますが、それぞれの人に、その人なりの「想念」を喚起する手段であるという、長所も保有しています。文学はこの特徴の上に芸術になりえます。

「テレビを観ないで、本を読め」とよく言われますが、テレビは、取得した情報(視覚、聴覚)を脳の中で、概念に変換することが主体であるのに対して、本を読むことは、符号を脳の中で概念に変換することが主体です。どちらも、人間の重要な営みですが、多分前者の方が動物の本性に近く、「対応が楽」なので、そちらに傾いてしまうのではないでしょうか。

符号を概念に変換することは、脳にとっては負担が重いことですが、それに慣れてくると、「想像」「創造」能力が満たされて、深い満足を得るようになり、「本の虫」になる人がでて来るのでしょう。

符号を概念に変換し、その概念がまた次の概念を呼び起こすと言うような複雑な脳の連鎖反応的行為は、生物の中でヒトに与えられた特権のような能力ですので、訓練し、磨きをかけることには大いに賛成です。

しかし、具象物を観て、抽象的な概念に変えるという行為も、ヒトにとっては重要なことです。仏像を観て心が洗われる、などという現象も、ヒトに与えられた特権的な能力であるからです。絵画や彫刻が芸術になりえるのも、このためです。

| | コメント (0)

2007年9月26日 (水)

言語力(1)

文部科学省の新しい教育方針で、「言語力」をこれから重視すると新聞が報じています。日本の子供達の言語読解力、表現力、思考能力が外国のそれよりも劣っていることが、「由々しき事態」であると文部科学省が認識したことは、大変結構なことと思いますが、今頃そんなことをようやく言い出したのは、文部科学省の「思考力」が劣っていることを示す証拠のような気がします。子供の思考能力と同時に、日本人の大人の思考能力も「由々しき事態」なのではないでしょうか。

言語については、梅爺は今までに何回もブログに取り上げてきました。ヒトという生物が地球上で繁栄できた一つの要因は、「言語」を保有することで、ヒトが集団を作れば、必ず「言語」が出現することから、基本的に「概念や論理を相手に伝える機能」が脳の中にプログラムされているものと考えられます。

しかし、私達が現在使用している言語は、社会環境が複雑になるに連れて、「ルール」や「語彙」の数も飛躍的に増えてきました。つまり、「言語」の本質は、基本機能は本能的な要素で発生するものであっても、現実の「言語」は、人為的に創りだされ、世代を超えて継承されてきた「人工的」な要素で表面が覆われています。どの部分が、本能的なものと深くかかわっているのか、どの部分が人工的なものに過ぎないかを判別することは、難しく、言語を考える上での難関です。

文部科学省が、「言語力の向上」と言っても、「言語力」の定義と、「向上」の具体的なレベル表示や説明がないと、梅爺には理解ができません。日本語の最低限の基本ルールや語彙を頭に詰め込むトレーニング、作文の機会を増やすようなことかと思いますが、言語は当然時代とともに変貌するものですので、現時点での「正しい日本語(ルール、語彙)」を規定することも、容易ではないはずです。まさか、明治時代の日本人の言葉に戻そうと考えているのではないでしょう。言語はヒトの概念や論理を伝える手段で、表現には「理」と「情」が絡み、とても奥深いものです。「思考」の表現には「言語」が必要ですが、「思考」イコール「言語」ではありません。教える側の先生の「言語能力」も、大きな影響を持つはずです。

「言語力の向上」と言い出すことに異論はありませんが、これだけでは、例によって、日本人が大好きな「がんばります」とか「必勝を期す」とか言っているレベルと同類のような気がして、不安です。

| | コメント (0)

2007年9月25日 (火)

ラマさん

梅爺は、仕事で接した外国人の何人かに深い感銘を受け、ビジネスの枠を超えてつきあってきました。昨日、コンサルタント教育に関して紹介したインド人のラマさんもその一人です。

彼は、アメリカの大学を卒業し、アメリカの大手コンピュータ会社に就職しましたが、アメリカ人の価値観に馴染めず、日本へきて梅爺のいた会社に就職しました。その頃30歳前後であったと思いますが、同年代の日本人には残念ながら期待できない、聡明さを持ち合わせていることに梅爺は興味を持ち、何回か個人的な話をする機会を持ちました。

インドの最高階層の裕福な家の一人息子として育ち、幼いときには、3人のメイドが面倒を見ていたということですので、梅爺には想像すら難しい別世界の話ですが、彼はそのようなことを一切自慢にすることはなく、きわめて謙虚で礼儀正しい青年でした。インドの宗教的な背景があるのでしょう。

ある時、梅爺が「日本へ来て、カルチャー・ショックを受けましたか」と質問すると、彼は怪訝な顔をして、「インドには異なった文化と言葉を持つ部族が20近く存在します。私は、どの言葉も理解できます。その後英語と日本語をたった2つだけ加えただけです。異なった文化が存在することは当然のことで、ショックなど一切受けません。アメリカにいたとき、中国人の友人が虫の空揚げを食べましたので、私も食べました。あなたは、食べることができますか」と逆に問われて、赤面してしまいました。

彼が計画して、一緒にインドのソフトウェア会社とのビジネス折衝に出かけることにしていましたが、アメリカの「9・11事件」が起こり、実現しませんでした。そのこともあって、梅爺はインドへは行ったことがありません。

彼はその後、日本人の女性と結婚し、二人の可愛い男の子に恵まれました。最初の男の子が生まれたときに、梅爺にぜひ「祝福」して欲しいと頼まれました。他人の子供を「祝福」する役柄が自分にめぐってこようとは、夢にも考えませんでしたので、どのような言葉をかけるべきか悩みましたが、双方の都合がつかずこれは実現しませんでした。

二人の子供の将来の教育について、悩んだ末に、ラマさん一家はインドへ戻り、今は梅爺が勤めていた会社の半導体部門が設立したソフトウェアの経営幹部になっています。日本にいた頃、職場によってはラマさんの能力を理解できない上司もいて、彼を悩ませていたことを、梅爺は知っていましたので、良い決断をしてくれたと喜んでいます。

今でも、丁重なクリスマスカードなどを受け取るたびに、ラマさんの聡明な語り口を思い出します。

| | コメント (0)

2007年9月24日 (月)

人材への投資(3)

梅爺がビジネスの技術責任者であった時に、事業部門に属するシステム研究所のI所長が、システム・エンジニアを、30人単位で、アメリカに派遣し、ビジネス・コンサルタントの素養を身に着ける研修を行う計画を立ててくれました。これも、多くのコストを人材投資に費やすことでしたが、梅爺は賛成し、幸い事業部門の認可も得ることができました。

システム研究所のI所長の配下に、インド人のラマさんという、優秀な若者がいて、この計画を具体的に実行する段取りを考えてくれました。

ラマさんは、アメリカでビジネス・コンサルタントの教育を行う会社200社を洗い出し、質問状を送って、その回答内容から、最終的に4社の候補を選びました。次に、この4社の代表を日本へ招聘し、教育をどのような内容で、どのように行うかについて、プレゼンテーションをしてもらいました。最終1社に絞り込むための、コンペチションというわけです。

梅爺を含む審査委員会が、厳正に評価した結果、ボストンのコンサルタント教育会社を選定し、以後、数回にわたり、システム・エンジニアをボストンに送り込み、教育を実施しました。梅爺も、教育修了書授与式などに立ち会うために、何度かボストンへ出向き、教育の一部もついでに受講することができました。

教育会社が教えたことは、顧客が望むことを正しく、体系的に理解すること、顧客の中で、発注を決めるキーマンが誰かを見極めて、その人が最も重視することに適切な対応をすること、などで、一つ一つは「当たり前のこと」のように思えましたが、これらを膨大な教育体系に仕上げていることがすばらしいと感じました。日本人は、暗黙知(マニュアルなどでは表現が難しい勘などに基づくビジネスの知識)を、関係者で共有することを好みますが、アメリカのビジネスでは、できるだけ形式知に代えて、誰もが利用できるようにしようとします。どちらが良いとは一概には言えませんが、最低限の技量(スキル)を共有しようとするときには、アメリカ型が有効です。

アメリカでは、有名なビジネス・スクールを卒業することが、会社での出世の条件にもなっていますが、その型にはまった思考を嘲笑する人がいないわけでもありません。何事にも、万能な方法はありません。

最低限の技量がないと、芸術もビジネスもスポーツも基本的な対応はできませんが、最後の仕上げは、その人の持つ個人的な能力がものを言うと梅爺は考えています。最低限の技量を共有するために、梅爺たちは人材投資をしたことになります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月23日 (日)

人材への投資(2)

30人規模の若手セールスやシステムエンジニアに、アメリカで研修してもらうという計画を言い出した張本人として、梅爺も何度か同行し、研修中、「時差」で寝ぼけたりしないように、ハッパをかけたり、夜はホテルで、いつもはあまり話ができない人たちの悩みを聞いたりしました。梅爺自身にも、大変得るものが多かったように思います。

「シリコンバレー」などと言葉でだけ知っていた現場に、実際に身をおいて、若い人たちが、同年代で同業のアメリカ人と、意見交換し議論する経験は予想とおりに、若い人たちに大きなインパクトを与えました。

一番彼らがアメリカとの違いを感じたのは、アメリカ人の自信たっぷりに振舞う挙動のようでした。日本では、「出しゃばらないこと」「慎ましくすること」が美徳ですが、アメリカでは「無能者」とみなされるかもしれないことに気づいたからでしょう。こんな、些細なことが異文化を理解するきっかけになります。勿論、アメリカ人にも、能力が無いのに、あるように振舞う人も沢山いることを梅爺は知っていましたが、研修参加者には、「アメリカに来たからには負けるな」とハッパをかけました。彼らはまた、最低限の英語ができないと、国際的なビジネス・コミュニケーションができないということも、痛感したものと思います。

企業の研修と言うと、新しい「知識」を詰め込む場と多くの人たちは、考えますが、梅爺は、それよりも、研修に参加した人たちが、自らの課題を見出し、それへ向かって今後努力をしようと考えることが大切で、研修の効率もその方が良いと考えています。個々の手段よりも、汎用の手法を教えることや、動機付けに意味があると考えています。

たとえば、ブログを書こうと決意した人にとっては、どうしたらブログをインターネットに掲載できるのかというような「知識」を自ら克服することは、大問題ではありません。

帰国後、彼らの多くは、顧客の琴線に触れる「提案書」を書くために、膨大な背景情報を調査する姿勢に変わりました。「猛烈に忙しくなりましたが楽しいです」と感想を寄せてくれた人の、輝いた眼を、梅爺は今でも忘れません。「輝いた眼」を、投資効果であったと言えば、梅爺は会社で笑いものになったと思いますが、本心で「投資効果である」とほくそ笑んでいました。

| | コメント (0)

2007年9月22日 (土)

人材への投資(1)

企業が将来のために、何に投資をするかは重要な選択になります。借金をして投資にまわすと言うことでもない限り、利益とのトレードオフになりますので、経営者は、目先の利益確保を重視したい気持ちに駆られ、投資には慎重になりがちです。

製造業では、製造設備の質、量が生産へ直結しますので、比較的投資効果が予測しやすく、一般には景気の指標としても参照されます。

しかし、梅爺が携わっていたような、企業への情報システムを提供するビジネスでは、セールス、システムエンジニア、開発エンジニアといった人材が、事業の基盤となりますので、「人材投資」が鍵を握ります。この投資効果をどう判定するかは、易しくありません。

優秀な人材をリクルートすることも重要ですが、既存の社員の能力開発にどれだけの「投資」をするかが問題になります。「必要な勉強は、自宅で自習しろ」と主張する経営幹部もいましたが、梅爺は、会社の責務の一つとして、また社員のモラルを上げるためにも、能力開発のための投資は必要と主張しました。社員の自発的な勉学意欲のみに頼るというのでは、経営者側の責任を放棄していることに近いと考えたからです。世の中に、投資をしないで儲かる話は、そうざらにはありません。

国内での、合宿研修は当然実施しましたが、梅爺は、海外での集中研修を計画しました。若手のセールス、システムエンジニアを30人ほど、アメリカの事業提携しているコンピュータ会社へ送り込み、アメリカの同年代で、同様の仕事をしている人たちの仕事ぶりを見てもらい、市場(顧客)へどのようにアクセスするかについての意見交換をしてもらいたいと考えたからです。

アメリカのパートナー会社の協力を取り付けることも大変でしたが、30人もの人を同時に、10日間ほど、アメリカへ出張させる費用は、馬鹿にならない額になりますので、「人材投資」として社内承認をとりつけることのほうが大変でした。

結果的には、この研修は実施され、研修を受けた人たちの帰国後の行動パターンも目に見えて変わりました。何よりも能動的で、自信にあふれた顧客対応になりましたし、顧客のほうも、自分の会社を担当してくれるセールスやシステムエンジニアが選抜されて、アメリカで研修を受けてきた実績を高く評価してくださいました。ビジネスの目に見えないブランドが向上したことになります。その後、この研修は、毎年定期的に実施されるようになりました。

| | コメント (0)

2007年9月21日 (金)

日本人はなぜシュートを打たないのか?

9月9日(日)の読売新聞の書評欄に、「日本人はなぜシュートを打たないのか?(湯浅健二著)」の書評(ノンフィクション作家高橋秀実氏)が載っていて、サッカーオタクの梅爺は、興味深く読みました。本を読まずに、書評だけで感想をかくことをお許しいただきたいと思います。

どの世代の日本代表チームも、「得点能力不足」が日本の課題と言われ続けていて、A代表監督のオシムも、それは認めています。優れた身体能力と運動センスを兼ね備えたフォワードが、少ないということになりますが、それよりも「得点が入りやすい状況をまず創る」ことを、日本人が最優先しているためではないかと、著者は言っているのだと理解しました。

著者が、サッカーでドイツに留学していた時に、ドイツ人から「得点が入りやすい状況を創ることは、得点することより難しい」と言われたエピソードが紹介されています。少しでも可能性があれば、リスクを犯しても、先ずシュートをすることが重要という意味なのでしょう。

どちらが正しいと言うより、サッカーは両方のバランスで成り立っていて、日本人は、前者を重視していると言うことになります。戦術サッカーを唱えるオシムも、日本人が「リスクを冒さない」ことが問題と指摘しています。

書評を書いた高橋氏は、サッカーはまだ日本では異国文化で、実体は「蹴鞠(けまり)」の延長なのではないかと書いています。梅爺は、サッカーと蹴鞠が融合した「日本流サッカー」が、世界に通用することを願っています。

サッカーだけでなく、野球でも、「ただ投げる」「ただ打つ」だけでは満足せず、日本人は、「投球理論」「打撃理論」と、先ず「型」にこだわります。日本人が何故「型」という方法論にこだわるのかを、究明すると、日本人の本質が見えてくるように感じます。「リスクを回避したがる民族」というような、単純な話ではないように思います。

| | コメント (0)

2007年9月20日 (木)

オペラ鑑賞(3)

11月の予定されている夫婦同伴オペラ鑑賞ツアでは、最大五つの以下の演目を観る(聴く)ことができることになっています。

「アラベラ(リヒャルト・シュトラウス)」「セビリアの理髪師(ロッシーニ)」「ルサルカ(ドボルザーク)」「トスカ(プッチーニ)」「仮面舞踏会(ヴェルディ)」

勿論、全員が全部付き合う必要はなく、観光やショッピングを優先したい人はそれでも良いことになっています。

我が家には、「トスカ」と「ルサルカ」「アラベラ」のDVDが、既に回覧されてきましたので、事前鑑賞をしました。歌姫「トスカ」の悲劇は、前にもテレビで観たことがありましたので、再確認ということになりました。徹底した悪人を登場させて、最後に主人公の男女を死に追いやるというストーリーなので、梅爺は少し不満です。本当の悲劇は、登場人物に一人も悪人がいないのに、ちょっとした誤解が、更なる誤解を招いて悲劇が増大するというものであって欲しいと、勝手に考えているからです。悪人を登場させれば、悲劇はいくらでも作れるような気がします。

「ルサルカ」はドボルザークの作曲ですから、チェコ語のオペラで珍しく、梅爺も初めて観ました。おとぎ話の「人魚姫」に似たストーリーで、主人公ルサルカ(水の精、女性)が、人間の男(王子)に恋をして、魔法使いに頼んで人間になるのですが、完全な人間にはなりきれず、恋は破局するというものです。

梅爺が、大変面白いと感じたのは、「人間」と「水の精」の似て非なる違いで、「人間」は、「死ぬもの(水の精は死なない)」「魂を保有するもの」「情熱を保有するもの」「声を保有するもの」とこのオペラでは規定されていることです。

水の精は、恋心は持つけれども、情熱はない、というような設定には、少々無理があるようにも思いますが、ヨーロッパの人たちの、理屈っぽい「人間観(人間とは何かという哲学的思考)」が垣間見えて、面白いと感じました。梅爺は、歌舞伎や能といった、日本の古典芸能に詳しくありませんが、日本人は、「義理・人情」のしがらみは好みますが、「人間とは何か」というような主題は、あまり興味の対象ではないように感じます。

「アラベラ」は、ウィーンの貧乏貴族の長女アラベラをめぐる、恋の騒動劇で、最後にどんな悲劇が待ち受けているのかと「期待」していましたら、すんなりハッピーエンドとなり、拍子抜けしました。

ツア出発前には、Uさんを講師にした「勉強会」も予定されていますので、梅爺の泥縄勉強は、まだ続きそうです。

,

| | コメント (0)

2007年9月19日 (水)

オペラ鑑賞(2)

梅爺は、今までオペラは、テレビでの放映を観る程度で、劇場にまで足を運んで鑑賞したことはありません。ヨーロッパや日本の有名なオペラハウスの内部を見学したことはありますが(初台にある第二国立劇場の舞台制御用コンピュータシステムは、梅爺が勤めていた会社が納入しました)、建築物として見たにすぎません。

数年前に、梅爺の大学同級生(精密機械工学科)の一人で「オペラおたく」のMさんから、一緒にドイツの「バイロイト音楽祭」へ行こうと誘われたことがあります。Mさんは、バイロイト音楽祭の観劇ツアーに以前参加したことがあり、事情に精通していました。結局、梅爺の都合がつかず、この計画は実現しませんでした。

バイロイト音楽祭は、ワグナーがオペラ専用に建てた「祝祭劇場」を利用し、毎年、1週間程度、連夜オペラが上演されることで、世界的に有名な音楽祭です。Mさんは、客席の椅子は木造で、座布団のようなものがないとお尻が痛いとか、椅子は狭いので、上演中は、トイレにも立てないなどと、細かいことまで教えてくれました。日本からのツア料金も通常のツアより高額で、たしか一人100万円程度であったと記憶しています。

Mさんは、バイロイトに行くなら、勉強しておけと、ワグナーの主要なオペラのDVDを貸してくれました。おかげで、俄か勉強ですが、今まで断片的に理解していた内容を、初めて体系的に理解することができました。特に、「リング4部作」と言われる、ジークフリートにまつわるオペラを、一気に観ることができました。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で収録されたもので、最近のオペラのような前衛的な舞台デザイン、衣装を採用せず、オーソドックスなものでしたので、初心者の梅爺には、分かりやすいものでした。

バイロイト音楽祭へ行く話が流れて、これでオペラとの縁も切れたかと思っていましたら、今度は、大学時代の男声合唱団同期生が夫婦同伴で、ウィーン、プラハ、ブタペストへ出向いて、「本場オペラを鑑賞しよう」という計画が持ち上がり、今年11月に出発予定で話が進行しています。この仲間は2年に一回のペースで、これまでも海外旅行を楽しんできました。前回は、アメリカのグランド・キャニオンやザイオン国立公園といった大自然が対象でしたので、今度は一転して、ヨーロッパの文化を訪ねようということになりました。

この仲間にもUさんという「オペラおたく」がいて、観劇が予定されているオペラのDVDを、仲間に回覧してくれました。梅爺も、再び気合を入れなおして、これらのオペラの事前勉強をしているところです。

| | コメント (0)

2007年9月18日 (火)

オペラ鑑賞(1)

梅爺の友人には、「オペラおたく」が何人かいます。どの作品を、どの劇場で、誰がオーケストラを指揮し、主演者は誰(有名なオペラ歌手)であったかなどを、よどみなく説明できる能力には感服してしまいます。梅爺もジャンルを問わず、音楽の愛好家であることは人後に落ちないと自認していますが、今まで、なんとなく「オペラ」だけは、あまり近づかないようにしてきました。

理由は、きわめて簡単で、オペラの主要要素である「台詞(言葉)」を、言語として理解する能力を欠いているため、本当にオペラを鑑賞することは、大変自分に腹が立つことながら、自分の能力を超えていると考えていたからです。

「夕鶴」のような、日本で作られたオペラはともかく、西欧の有名なオペラは、ドイツ語、イタリア語、ロシア語、フランス語、時にはチェコ語と作曲者の国籍に応じた言葉が使われ、辛うじて英語が理解できる程度の梅爺には、「台詞」の微妙なニュアンス(詩的表現、哲学的内容表現など)を聞き分けることができません。これでは、鼻をつまんでおいしいワインを味わおうとするようなもので、ワインの馥郁たる香りなしに、総合的なすばらしさを堪能しろと言われても無理な話と同様であろうと考えてきました。

日本で公演される外国のオペラは、日本語に翻訳された内容が舞台脇のスクリーンに映り出されたりしますし、DVDを購入すれば、画面の下に日本語スーパーが入りますから、大変助かり、筋書きの概要は理解できますが、これで本当に「音楽と文学の融合された美的芸術の世界」が理解できたと言えるのかと問われても、答えに窮します。

それほど堅苦しく考えずに、絢爛な舞台、すばらしいオーケストラ、有名なアリアやコーラスなどを、自分の理解できる能力の範囲で楽しめば良いのではないかと、それも無理なら雰囲気だけでも楽しんだらどうかとよく言われます。そもそも、芸術はオペラに限らず自分の能力の範囲でしか鑑賞できないものですから、この主張は正しいのでしょう。しかし、理解できないものを、理解できたように装うのは、なんとなく憚られます。

ところが、「少し身を入れて、まじめにオペラを事前勉強しなければならない事情」が、最近発生し、俄か勉強を始めました。この事情については、次回以降に書きます。

| | コメント (0)

2007年9月17日 (月)

爺さん論争:公と私(2)

「公」の形成に、「私(個人)」が関与したと言う意識が、「私」側にあるかどうかが問題ではないでしょうか。西欧の民主主義形成のようなプロセスを踏まずに、明治維新や太平洋戦争敗戦時に、「公」の概念が突然与えられた(given)ために、多くの日本人は、「公」を自分達が自主的にかかわるべき(commit)対象と考えずに、時に自分に干渉する煩わしい存在と認識して、他人事のように「公はけしからん」と叫んだりするのではないかと思います。今でも、不当な年貢を要求する悪徳代官のイメージで「公」を見ているのでしょう。

「公」を維持するには、「公」としてのルールやモラルを必要とし、「公益」を追求することになります。「公」の運用に必要なコストは、構成要員である「私」の共同負担(国家の場合は税金)となり、国家や自治体のような規模の「公」では、専門の管理要員(官:役人、公務員)が必要になります。

「公」は「私」のためにある存在ですから、「公」のルールやモラルは、当然「私」も遵守義務を負います。子供の給食費を払わない親などは、もってのほかです。

「公」は「私」のために存在するという基本概念が希薄になると、「官」は「官」のために存在するように錯覚して、腐敗や、不当な「天下り」などが横行することになります。

見かけ上「民主主義」が定着した日本ですが、「私」も「官」も、「公とは本来何か」という意識が成熟していないのではないでしょうか。

「もともと、お上(かみ)のやることなど、信用していない」というような言い方は、「公」を正しく理解していないか、放棄した人の言い分で、健全とはいえません。

| | コメント (0)

2007年9月16日 (日)

爺さん論争:公と私(1)

梅爺の大学時代の男声合唱団同期生が、メールを利用して行っている「爺さん論争」で、碩学で勉強家のSさんが、今度は「公と市民」という論文を書いて、仲間に送ってくださいました。

Sさんは、大学では化学を専攻された「理系」の方ですが、もっぱらそのご興味が、「公と市民」「科学と市民」など、社会生活にかかわることが多いのは、現役を引退されて、今までより、社会生活一般を俯瞰される余裕が増えたためかと推測しています。もともと、お忙しい時から、そういうテーマへのご関心が強かったのかもしれません。

送っていただいた論文は、さすがに論旨明解で、公の定義、公にかかわる現在の日本の問題、公と官の関係、そして最後に愛国心の問題にまで触れられています。仲間内だけで読んで終わるのは、もったいない感じがします。

Sさんも、「そのうち、ブログをはじめたい」とおっしゃっておられましたので、この種の論旨が、「公に」公開される日が近いかもしれません。少なくとも「梅爺閑話」よりは、内容は啓発的なものになるだろうと期待しています。

論文を読んで、梅爺も梅爺なりに、「公」とはなんだろうと、あらためて考えてみました。そんなことは、百も承知とおっしゃる方には、釈迦に説法ですので、恐縮です。

「公」は「私」に対応する概念で、複数の「私(個人)」が属するコミュニティが形成された時に、そのコミュニティに「公」という仮想の人格を与えるものではないでしょうか。家族というコミュニティには、普通「公」の概念が適用されないところを見ると、少なくとも個人にとって「家の外のコミュニティ」からが「公」の対象に見えます。

代表的な「公」の国家が、「官」で管理されることから、日本人は、歴史的に「公」と聞くと「官」と結びつけて、すぐ「お上(かみ)」を想像しますが、会社の金を流用するのも「公私混同」と表現されますので、会社もある意味の「公」であり、必ずしも、「公」イコール「官」が管理する国家社会、ではなさそうです。

「公」も「公」としてのルールやモラルを保有したり、利益(必ずしも金銭だけではない)や安寧を求めたりしますが、「公」の内容は、構成要員である個々の「私」に対して、「公開」されていることが必要条件です。英語の「Public(公の)」と「Publish(公開する、出版する)」が、同じ語源らしいのは、このためではないでしょうか。

| | コメント (0)

2007年9月15日 (土)

インドのIT企業(5)

インドのIT企業は、インド経済を牽引する「希望の星」ですが、今でも人口の90%以上が、「貧困層」にあえぐインド全体を、救済する手段にはなりません。しかし、「有能な人材資源」が、今後の世界で生き残っていくための、有効な手段であることを、顕著に示しています。

日本は、明治維新以降、富国強兵と同時に、国民全員に義務教育を課し、それが現在の日本の礎になっています。当時の指導者の優れた洞察力と決断に、私たちは感謝すべきでしょう。今後日本が世界の中で、存在を認められ続けるためには、色々な分野で、世界に通用する「人材」を排出できる「しくみ」を重視する必要があります。

日本人の一部のスポーツ選手や、芸術家は、世界が「一流」と認めてくれる時代になりましたので、誇らしいことと思いますが、普通の日本人でも、しかるべき努力をすれば、世界に通用することを示すことは可能であろうと梅爺は考えています。このための条件は、日本の文化や伝統を捨てることではなく、それを維持したままで、異文化も理解するという「両刀使い」になることではないでしょうか。日本の教育が、この視点を明確に持っているようには見えないことが、少し不安です。

インドでは、年収が60万円以上は、中産階級とみなされ、現状では8%程度までに増加してきたと報じられています。IT産業が、この推進役であることはまちがいありません。今後、製造業や農民にまで、中産階級を広めて行くことは、至難のことであり、インドの智恵が求められ続けるでしょう。

梅爺が仕事で接したインドの方々は、誰も、一部のアメリカ人のような「傲岸さ」を持ち合わせていませんでした。インドは、もともと多種部族、多種文化が混合された国家であり、「自分への誇り」と「異文化への畏敬の念」が自然に身についているのではないかと、梅爺は思いました。

日本民族の「均一性(ホモジニアスで、異文化に接しなくても生きていける社会)」は、日本の最大の強みであり、最大の弱みでもあるというのが、梅爺の結論です。

| | コメント (0)

2007年9月14日 (金)

インドのIT企業(4)

梅爺のところに売り込みにきたインドのIT企業に対して、梅爺は、昨日述べたような理由を話し、「あなた方が望むようにに、うまくはいかないだろう」と申し上げました。アメリカの、GEやGMといった大企業で通用する話が、日本の大企業では通用しないことを知って、彼らは戸惑った様子でした。

ネガティブな話だけでは、申し訳ないので、「どうしても頑張りたい」というなら、以下の対応を検討したらどうですか、と伝えました。

一つは、日本人のシステム・エンジニアを雇い、顧客との仕様打ち合わせは、日本人の折衝能力に任せること、二つ目は、企業ごとに異なる情報システムの開発はあきらめて、欧米で開発された、お仕着せでパッケージ型の「ビジネス・アプリケーション」を日本の企業に導入する手助けをすること、三つ目は、ビジネス情報処理の世界はあきらめて、商品に組み込まれたマイクロプロセッサのソフトウェア開発(Embedded Software:組み込み型ソフト)に注力すること、でした。

一番目は、高い給料の日本人を雇うことで、売り物の「低コスト」が損なわれることになり、実現はしませんでしたが、「パッケージ型ビジネス・アプリケーション・システム」の導入支援と、「組み込み型ソフト」開発は、彼らの日本における主力ビジネスになりました。

特に、「組み込み型ソフト」は、発注者がエンジニアであることもあり、日本でも「詳細な仕様書」を事前に準備することが当たり前になっていて、その上技術的な論理で記述されていますので、ビジネス・システムのような「あいまいな日本語」にインド人が悩まされる機会も少ない、という利点があります。

今では、多くの日本企業が、「組み込み型ソフト」の開発パートナーをインドに持っているか、自分で「開発センター」をインドに設立しています。梅爺が勤務していた会社の、医療システム部門、半導体部門なども、開発の一部をインドに依存しています。

| | コメント (0)

2007年9月13日 (木)

インドのIT企業(3)

インドのIT企業が、アメリカで成功した背景要因は、いくつかあります。なんといっても、英語でビジネス・コミュニケーションができるというのが第一です。時にインド人の英語は、ものすごい訛りがあって、梅爺も閉口することがありますが、多様な人種の国のアメリカでは、「英語の訛り」は大きなハンディキャップにはなりません。

第二は、基本的にアメリカは「契約社会」で、会社では、大方の仕事の内容が、「Job Description」というマニュアルで記述されていて、それが、会社と個人の契約のベースになっています。契約が履行されたかどうかを、客観的に争う場合に弁護士が必要になり、ご承知のとおり、アメリカは、弁護士だらけの国になっています。会社が、仕事やモノを外部に発注する時には、当然「契約」ですから、詳細な「仕様書」が必要になります。

アメリカの大企業が、情報処理システムの開発の一部や、システムの日常保守を、労働単価の安いインドの企業に「外注」するようになるのは、当然と言える経済的行動で、そのうちに、情報システム部門の仕事そのものを「丸ごと」インドの会社へ委託する、いわゆる「アウトソーシング」が、「常識的な経済行為」になりました。猫も杓子も「アウトソーシング」と叫ぶので、その頃梅爺は、アメリカ人の知人に、「それなら、ついでにCEO(経営最高責任者)もアウトソーシングしたらどうか」と、冗談を言った記憶があります。勿論アメリカ国内には、「空洞化」を危惧する声や、職を失ったアメリカ人からの反対もありましたが、「コスト削減」に邁進する企業を阻止はできませんでした。その後、日本の製造業で起きた問題の、「はしり」が、このアメリカのソフトウェア「アウトソーシング」です。

インドの企業が、アメリカで成功した要因は、「英語」「詳述された仕様書の存在」「安い知的労働者の単価」です。

インドのソフトウェア(IT)企業は、第二の経済大国日本でも成功しようと、乗り込んできましたが、「日本語」と「詳述され仕様書が存在しないこと」というアメリカと異なった壁にぶつかることになりました。

日本は、農業社会にその根源があると言われるように、「契約」という概念より、「信頼に基づく約束」が重視され、ビジネスもこれを基盤としています。したがって、「お願いします」と約束を交わした後に、どういうシステムを作るかについて、個々の話し合いが始まるのが普通です。事前に「詳細な仕様書は存在しない」ことが、大半です。

日本人同士でも、相手の言っている内容を正しく理解するのが難しい約束後の話し合いの世界に、少しばかり日本語を学んだと言うインド人が立ち向かってもうまくいくはずがありません。何よりも、インドの企業は、こういう商習慣に戸惑うことになりました。

梅爺が、インドのIT企業は、日本では苦戦すると予測した理由は、このことでした。

| | コメント (0)

2007年9月12日 (水)

インドのIT企業(2)

1990年代のはじめごろから、コンピュータ・システム市場は、前にもブログに書いた「オープン化」の傾向が顕著になり、梅爺が関与していたビジネスは、それまでの全て自製のコンポーネントで構成することが難しくなったために、アメリカの会社の技術や商品を提携導入する目的で、急にアメリカへの出張する機会が増え始めました。忙しいときは、月に数回アメリカと日本を往復しましたので、「時差」と「時差」が重なって、過酷な状態にもなりましたが、それでも、耐えられたのは、今より若かったことと、使命に懸命であったためなのでしょう。

90年代の半ばになると、お客様から受託したソフトウェア開発のコストを下げる手段として、外国の安い労働コストを利用することが必要になり、中国やインドの会社を利用することの検討を始めました。

そのために梅爺は、今度は中国への出張を繰り返し、96年に中国の会社との合弁事業(ソフトウェア開発)を立ち上げました。この時の、その後の梅爺の人生に重要な意味を持つ体験については、いつか別にブログに書こうと思っています。

90年代の後半になると、インドの大手ソフトウェア会社が、軒並み日本へ進出拠点をつくり、梅爺の会社をビジネス・パートナーにしようと、懸命な売込みをかけてきました。

その時点で、インドのソフトウェア会社の大半は、アメリカの大手企業を顧客にすることに成功しており、余勢をかって、同じパターンで日本市場へ進出をはかろうとしていました。日本でビジネスをするために必要な、日本語の習得にもインドの会社は力を入れていました。

しかし、梅爺は長年日本の企業顧客と付き合ってきて、その習性や行動パターンを理解していましたので、インドの会社がアメリカと同じように日本で成功を収めるのは、難しいだろうと判断しました。理由については長くなりますので、次回に書きます。

| | コメント (0)

2007年9月11日 (火)

インドのIT企業(1)

インドの経済レベルを向上させるために、象徴的な業界としてIT企業が国家の庇護を受けて、牽引車役を務めています。このことには、昨日のブログでも触れました。

インドの裕福な家庭の優秀な子女が、米国に留学し、米国で知的レベルを要求される職業に就くケースが多く、シリコンバレーは、「ICでもっている」と言われてきました。ICはインド人と中国人を指すと同時に、半導体集積回路の意味をダブらせて表現したものです。梅爺が現役時代に付き合った米国のエンジニアの多くはインド人でした。

シリコンバレーの勢いが昔ほどではなくなったことと、米国が外国人の就労規制を厳しくしたことから、優秀なインド人エンジニアが、母国へ帰国し、大手のIT企業に再就職したり、ベンチャー企業を起こしたりして、インドは世界有数の先進IT企業が乱立する国になりました。

バンガロールやいくつかの都市は、これらのIT企業の招聘地で、近代ビルが建ち並ぶ、インドの中では「別世界」の様相を呈しています。勿論、ここで働く人たちの給料は、一般のインド人より4~5倍高いものですから、多くのインドの若者が、「インディアン・ドリーム」を夢見て、ITの勉強に励み、IT企業に就職しようとします。国家もこれを支援しています。下層のカーストに属する貧しい家庭の子女も、優秀なら、奨学金が得られるしくみになっていますので、お金は障害ではなく、能力が問題になります。将来インドのために価値を生み出す金の卵には、投資をするという、人材がすべての情報社会の特徴が如実に現れています。

インド自体は、まだIT商品に関しては、大きな市場ではありませんから、これらのIT企業は、先進国の大企業や消費者を相手にビジネスを展開することになります。自国のIT市場が、急速に伸びている中国とは、この点で大きく環境が異なります。

インドのIT企業の強みは、「豊富な人材」「安い労働コスト」「英語を常用語として使用できること」です。特に「英語」は、グローバル・ビジネスの展開には必須の要件で、日本や中国がこの点で大きなハンデキャップを背負っているのに対して、インドの圧倒的な強みになっています。

英国の植民地時代に、英語を強要されたとも言えますが、もともと20近い異なった言語が存在し、「インド人同士が同じ言葉でコミュニケートできなかった」実情を、現実的な共通語として「英語」で解決したとも言えますので、インドに対して沢山ひどいことをしたイギリスも、このことに関しては「良いことをした」ことをしたのではないかと梅爺は考えています。

インドは、まだ遅れていると多くの日本人は考えていると思いますが、「とんでもなく進んだ部分を包含している」ことも、知っておく必要があります。

| | コメント (0)

2007年9月10日 (月)

組織の上意下達

国家でも、企業でも、スポーツのチームでも、組織においては、リーダーの意図がどの程度下に浸透し、理解されているかが重要な要素になります。

梅爺が40年以上勤務した会社は、国内だけでも正規従業員が6万人以上と言う大企業でしたので、上意下達は、きわめて難しい課題でした。当然、会議や研修が頻繁に実施され、それに要する間接コストは、膨大な額にのぼることになります。

それでも、歴代の社長は、「私があれほど、口をすっぱくして言い続けているのに、支社や工場を訪ねて確認すると、ほとんど浸透していないことが分かる」と嘆いておられました。

この現象は、必ずしも情報が伝わっていないのではなく、情報を受け取る側が「自分の問題」として、その真意を理解しようとしない場合にも発生します。いわゆる「聞き及ぶ」という状態でとどまり、具体的な行動・成果には、何も反映しないことになります。

梅爺が、仕事でつきあっていた米国のサンマイクロシステムズのCEO、スコット・マクネリ(当時)は、研究所の研究員の数を100人と規制していました。理由を尋ねると、「トップの意図を本当に理解するのは直下の10人、そのまた意図を理解するのは直下の10人で、それ以上の階層を重ねると、最初のトップの意図が反映しなくなるから」と言っていました。組織行動を洞察した一つの見解(智恵)であろうと思います。

トップの意図を、くどくど説明せずに、きわめて単純なスローガンで表現してしまうという方法もよくとられます。昔、キャノンの御手洗社長(先代)は、「右手にカメラ、左手に事務機」と言い続けて、会社の注力分野を社員に浸透させたという有名な話があります。

構成要員の数が多い組織では、全員のレベルを一律に上げるのではなく、代表的な部門のレベルだけを、格段にあげる方策をとることで、他の部門が、刺激されて、レベルアップするという方法もとられます。うまくいけば、コストをかけずに成果を得ることになります。クラスの中に、一人頭の良い子が転校してくると、そのクラスの成績レベルがあがるというのと同じ手法です。

インドの国家経済政策を見ていると、この一部の人たちを優遇して生活レベルを上げ、能力と意欲を持つ他の国民が、これに追従するという方式がとられていることが分かります。膨大な貧困層の生活レベルを一気に上げる妙策はないからとはいえ、一時的には国内の「格差」をひろげるリスクを覚悟の政策なのでしょう。

格差が表面化してきた日本で、このような政策をとれば、政権の維持はおぼつかなくなりますが、そうかといって「みんなで仲良くレベルアップ」する方法は、見当たりませんので、「格差是正」などと、国民うけを狙って簡単に叫ぶ政党もありますが、梅爺は「どのレベルで平準化する」のかを説明してもらわないと、是非の判断ができません。論理的には、低いレベルに全体を合わせるのも「格差是正」であるからです。

| | コメント (0)

2007年9月 9日 (日)

絶対安全(2)

物理法則や数学の公理など、「絶対正しい」と言っても差し支えないものはありますが、工学で使われる計測の単位にかかわる数値情報は、厳密には、正しいとは言い切れません。

例えば、機械工作で、「幅5cm、長さ10cm、厚さ1cmの鉄の板材」を作り出そうとしても、このとおりの寸法の実物が入手できるとはかぎりません。現物は、指定寸法に、加工精度に依存した「誤差」が必ず含まれます。このことは、梅爺のような機械工学のエンジニアには、「常識」ですので、予め「誤差」幅をある範囲に収まるように加工条件として指定したり、「誤差」があってもかまわないという前提を承知して設計を行います。

電気工学のエンジニアも、回路部品に「100オームの抵抗」を指定しても、実際の部品は、「絶対値の100オームではなく誤差を含む」ことを承知して回路設計をします。

「時間」も同じことで、何を「絶対時間」の基準とするかは、やさしい問題ではありません。インターネット・オークションで、誰が早く「手を挙げた」のかを、公平に判断する方法を実用化することは容易ではありません。

工学エンジニアは、「絶対」は望んでも得られぬもの(誤差を必ず含むもの)で、しかも、形ある部品は、いつかは壊れる事実を承知していますので、「正しく機能する製品、壊れにくい製品、またはそれを実現するための運用条件」には勿論最大限の配慮をしますが、「絶対落ちない飛行機」や「絶対事故を起こさない原発」が作れるのかと問われれば、論理的に「YES」とは答えられません。「あなたは、絶対に事故を起こさず車の運転ができますか」と問われて、誰も論理的に「YES」と答えられないのと同様です。

人間は、リスクを減らす最大限の努力をしますが、世の中のことの大半は、リスクを背負って進行していることを、知っておく必要があります。残念ながら「絶対儲かる投資」と同様に、「絶対安全な原発」は論理的に存在しません。原発が是か非かという議論は、プラスの恩恵面とマイナスのリスク面を、総合的に判断することに他なりませんので、存在しない「絶対安全」を求める議論では空しく、むしろリスクを減らす智恵を出すか、リスクを甘受する勇気を必要とします。

| | コメント (0)

2007年9月 8日 (土)

絶対安全(1)

8月の「横浜フォーラム」は、講師抜きで、梅爺も含む参加者が自由討論する会でした。主催者のMさんが、話題が弾むようにと、最近のニュースからキーワードを抽出して、配布してくださったこともあり、最近の日本の政局や、災害事故にかかわる話題で賑わいました。

梅爺も、野次馬根性では人後に落ちませんが、参加メンバーの、「真相推測能力」は大変盛んで、梅爺はとても敵いそうもないと悟り、もっぱら拝聴役に徹しました。

安倍内閣は何故「脳死」状態なのか、防衛大臣に女性(小池百合子)は適切か(後に、辞任を表明)、柏崎原発の稼動再開に何故時間を要するのか、中華航空の那覇事故の原因は何か(これは、後日、フラップ稼動部分のボルトが外れ、燃料タンクを突き破り、ガソリンが漏れて、それがエンジンの熱気で炎上と判明)、日本の林業の衰退を救う方法はあるのか、などに話題は広範に及びましたが、梅爺が、興味を覚えたのは、「原発の安全性に、国民が『絶対安全』を求めている」という話題でした。

梅爺は、日常の会話の中で、気軽に『絶対』という言葉を使用していますが、世の中に、『絶対』と言い切れることは少ないことも承知しています。物理、数学などの科学の世界では、『絶対正しい』と想定しても矛盾が見つからない真理、ルールが存在するために、特に、科学的なマインドを持っている人は、科学以外の世の中のことにも、全てに『正しい真理』が存在すると思いがちです。

しかし、人間社会の事象は、人間が現状で獲得している限られた知識や、時に知識は用いずに「感情」「感覚」で判断していることで構成されていることが大半ですので、「絶対正しい」や「絶対安全」の保証を求めることに無理があります。どの学校へ進学するか、誰と結婚するか、どの会社へ就職するかについて、「正しいだろうと思う選択」は可能ですが、「絶対正しい選択」などは、誰にもできません。

原発を建設するにあたり、周辺住民や国民を説得するために、国や電力会社が「絶対安全」というような説明してきましたので、柏崎の地震災害などに遭遇すると、「国や電力会社が嘘をついた」という、話になってしまいます。

年金データの大量消失についても、安倍総理が「必ず1年以内に解決します」などと、選挙で安請け合いしても、1年後に「嘘をついた」ことが明白になるのは目に見えているように思います。存在しないデータを復元できるとは思えないからです。もっとも、安倍総理が、どういう状況を「解決」と看做しているのかによって、「嘘ではなかった」ことにもなってしまいます。政治では、言葉は命取りにもなりますが、うまく利用もされる方便でもあります。

国民や住民にいらぬ不安を与えないように、耳障りの良いことを言うという、国民を愚民扱いにする政策は、もはや日本では通用しないように思います。大衆は、愚かに振舞う時も多々ありますが、賢明でもあります。政治は、本当に重要なことには、国民が「賢明」であることを前提にして臨むべきです。

原発にはリスクがあるけれども、総合的に日本のエネルギ政策を考えて、この方法を「選択」したいと、説明し、国民の理解を求めるべきでしょう。そうすれば、国民は「猛暑にはエアコンが必要」でも「原発は反対」とわがままを言いにくくなり、自分の問題として深刻に考えるようになるのではないでしょうか。愚民政策を続ける政党は、結局「愚かな党」として、国民の信頼を失うでしょう。

| | コメント (0)

2007年9月 7日 (金)

ニュルンベルグ裁判(2)

ニュルンベルグ裁判は、司法の歴史に前例をみない軍事裁判(勝者が敗者を裁く)で、これに続いた「東京裁判」も含め、裁判としての妥当性を疑問視する意見が後を絶ちません。

ニュルンベルグ裁判は、ドイツの敗戦が決まって後、半年の準備期間を経て開廷されました。ナチにとっては党大会が行われた聖地ニュルンベルグがその場所に選ばれたのは皮肉なことであり、裁判を主導した英米にとっては、「みせしめ効果」を狙ったものと思います。

何よりも「前例の無い裁判で、以降の前例となるものが創られる」という考え方、つまり「法廷は新しい法を生み出す場所」という英米的な考え方に基づいて、この裁判が行われたことになります。

ゲームを進めながら、ゲームのルールを創るという比喩に匹敵しますので、「そんなものはゲームではない」という論理的な批判は当然起こるでしょう。しかし、人間は、予め全てのことを予測して待ち受ける能力をもたないという現実を肯定すると、「新しい事態に遭遇したら、そのとき対応を考えるしかない」というのも、実践的な考え方ではあります。新しい事態に、古いルールを適用することが、無意味なことも確かにあります。「論理」と「実践」の、どちらを優先するかという問題は、梅爺には判断がつきません。

ニュルンベルグ裁判は、戦勝国が圧倒的な有利な状況下で、敗戦国を裁くのですから、結果は明白で、形式的なプロセスを踏んだのだろうと想像していましたら、ドキュメンタリーを見る限り、英米の検察側が最も恐れていたのは、弁護側が勝利し、むしろ「ナチのプロパガンダ」として、この裁判が利用されてしまうことのようでした。

検察側は、「心理分析や精神分析の専門家」を、囚人(戦犯)の世話役(スパイ)として独房にまで送り込み、徹底した「個人分析」で戦犯の性格的な弱点を攻撃しようとします。これも、フェアな行為なのかどうかは、微妙な話です。

昨日も書いたように、戦犯は「特別な能力の持ち主ではなく、偏った考え方に固執する普通の人間」であることに恐ろしさを感じました。そういう人は、世の中には沢山いますし、場合によっては梅爺も、その部類に入るかもしれないからです。

| | コメント (0)

2007年9月 6日 (木)

ニュルンベルグ裁判(1)

NHKのBS放送で、3夜連続で、「ニュルンベルグ裁判」を扱ったドキュメンタリー番組があり、梅爺は、大変興味深く観ました。

イギリスのBBCが、当時のニュースフィルムや、今でも生存している関係者の証言をうまく差し挟みながら、忠実に裁判の模様をドラマで再現したもので、役者の迫真の演技と、緻密な考証で見ごたえがありました。

戦争の勝者が敗者を裁くという、国際軍事裁判が、法的にどのような意味を持つのかは、梅爺は専門家ではないので、わかりませんが、「ナチズムの狂気」が、世界の人々が見守る中で、議論された事実は、人間の歴史にとっては重要なことと感じました。

イギリスのチャーチルは、「裁判なんかしないで、戦犯人を射殺するだけで良い」と発言したと言われていますが、これは、野蛮な感情論ではなく、勝者が敗者を裁くということを形式的な茶番と考え、「結果は同じ」と言いたかったのではないか(むしろ、論理的、理性的な発言)と、梅爺は想像します。梅爺も途中の論理を省略して、結論だけ言って、梅婆の誤解を招くことが度々あります。

このドキュメンタリーでは、我々からみると、良心を取り戻し、それに従ったように見える(本心は減刑を求めたのかもしれない)アルベルト・シュペーア(軍需大臣)、最後まで、鼻持ちならない傲岸さを貫き、法廷で他の戦犯までを威嚇した(下劣な権威志向者に過ぎないように見える)ヘルマン・ゲーリング(帝国元帥)、1941年にスコットランドへ脱出、記憶喪失を装い、裁判の最後には正気のように振舞った(それでも見る人には、狂信的な人間に見える)ルドルフ・ヘス(総統代理)と、特徴ある3人に焦点をあてて、ドラマが進行します。

当時の関係者の一人が、以下のように述懐していて、梅爺も全くそのように感じました。

「ナチの中枢にいた人たちは、特別な人間ではなく、偏った考えに支配されやすい人間の弱さを持った普通の人間であることが分かって、ショックを受けた」

ルドルフ・へスは、最後まで「ユダヤ人は、薬をつかって人の心を惑わせる危険な人種」と、本気で信じていたように見えます。

一握りの偏った考え方を持つ普通の人たちが、多くの人たちの命を奪い、歴史を変えてしまうという「馬鹿げたこと」が、歴史上繰り返さないという保証はありません。

幼稚な政治家の失言や、少しでも失敗が明るみに出たりすれば、すぐ支持率が下がってしまう日本の政治体制は、レベルが低いと嘆くより、「安全弁」が機能しているとして、感謝すべきものなのかもしれません。

| | コメント (0)

2007年9月 5日 (水)

敗戦時の思い出(2)

戦争さえなければ、全く違った人生を送ったであろう人は沢山おられますが、梅爺の長兄もその一人です。

梅爺と異なり、頑健な身体で、勉学能力と運動神経にも恵まれていた長兄は、戦時中、中学4年生の時に、「飛び級」で、海軍兵学校と陸軍士官学校の受験に合格し、陸軍士官学校を選んで進学しました。しかし、卒業間近の段階で「終戦」になり、戦地への赴任はありませんでした。戦争が、もう少し長引いていたらと、考えるだけでも恐ろしい話です。長岡の空襲の時は、まだ在学中でしたので、家にはいませんでした。

長兄の陸軍士官学校同期の人たちは(勿論80歳近い方々ですので亡くなられた方々も多い)今でも結束が固く、同窓会やメール、ブログでの交流をしていますが、自分達が生き延びた幸運の裏に、日本のために殉じた多くの先輩への絶ちがたい思い(負い目)があるように、梅爺は感じています。長兄も、「自分は一度は死んだ身」と時折、述懐します。

息子の陸軍士官学校への進学は、両親にとっては、誇らしいことと同時に、「息子の死を覚悟する」ことであったに違いありません。戦争は、人の心に過酷なことを強います。

昨日書いたように、戦後の梅爺一家は、どん底の生活でしたので、長兄は大学への進学などの学業の継続をあきらめざるを得ませんでした。過去に対して「もしも」は、言っても仕方が無いことですが、戦争が無ければ、長兄の人生は、大きく違ったものになっていたでしょう。幸い、大学まで出してもらえた梅爺には、申し訳ないという気持ちが付きまといます。しかし、長兄の「自分の人生を恨むような発言」を聞いたことがありません。

長兄は、妻に先立たれ、最近一人暮らしをはじめました。その心情は、以下のブログ「独居Q翁つぶやき」に吐露されています。梅爺の文章は「理」が強いのに対して、Q翁のブログは、「理」と「情」のバランスがすばらしいと、兄弟ながら感心しています。

http://ameblo.jp/dokkyohisashi/

Q翁は、物理的には一人暮らしですが、すばらしい息子一家、特にお爺ちゃんが大好きな、3人の孫(男一人、女二人)との心の交流があり、決して「一人暮らし」ではありません。

| | コメント (0)

2007年9月 4日 (火)

敗戦時の思い出(1)

300万人以上の日本人が、第二次世界大戦で亡くなった中で、梅爺の家族からは一人の死者もでなかったことは、単なる偶然とはいえ、幸運であったとしか言い様がありません。一人でも失っていたら、その後の家族の生活は現実の過去とは異なったものになり、梅爺も異なった人生を送ったにちがいありません。

しかし、梅爺の家族も、戦争の被害を受けなかったわけではありません。終戦の直前、梅爺の家族が住んでいた長岡は、大空襲に見舞われ、我が家は灰燼に帰しました。逃げ惑う途中、母は至近騨の炎を浴び、生涯全身にケロイドが残る大やけどをし、父も爆弾の破片で怪我をしました。路傍で動けなくなっている家族を、幸い教師であった父の教え子達が見つけてくれ、むしろで作った応急の担架で、これも緊急に設営された野外の病院まで送り届けてくれました。

大学で造兵工学を学んだ父は、当時教師でしたが、エンジニアとして軍需工場に度々狩り出されていましたが、この空襲の夜には、帰宅していました。母と子供達だけだったら、また運命も変わっていたかもしれません。

両親の怪我が快復するまで、梅爺は茨城県の親戚に預けられました。4歳半位であった梅爺の記憶は、今では断片的ですが、空襲のときの恐ろしい光景(一面の火の海、川面を燃えるガソリンが流れる光景、爆弾の投下音、炸裂音)や、親から遠く離れて親戚で寂しい思いをしたことは、よく覚えています。

40歳の後半で、全ての家財を無くした父が、大やけどを負った母と一緒に、どのような気持ちで、ゼロからの再出発に立ち向かおうとしたのか、想像するしかありませんが、多分、周囲が全て同じような状況、あるいはもっとひどい状況であったために、耐えられたのではないかと思います。一人で立ち向かうには、あまりに過酷な環境です。

梅爺の家族より、もっと悲惨な経験をされた方々が、沢山おられることも知っており、何よりも現状の恵まれた環境を考えると、幼いときの体験を、「自分も被害者」というような表現をする資格が無いと考え、積極的に口にすることを今まで控えてきました。ただ、梅爺が、現在曲がりなりにも平穏な生活が送れているのは、父母の、あの時の壮絶な努力によるものであることを誇らしく思い、感謝しています。

| | コメント (0)

2007年9月 3日 (月)

よしのずいから天井のぞく

江戸いろはカルタの「よ」、「よしのずいから天井(覗く)のぞく」の話です。

「よし」は、川原に群生する「葦(あし)」と同意語です。「あし」が「良し悪し」の「悪し」につながるので、縁起を担いで、反対の意味の「良し」、「よし」と言い換えたものと思われます。

細長いよしの中空の芯、随(ずい)で、天井を覗いてみても、天井のごく一部しか見えない、ということから、「狭い知識や、少ない経験で、大きな問題や大局を判断しようとする」という人間の、避けられない習性を揶揄しているものと、梅爺は理解しました。

人は、悲しいことに、自分の能力以上の判断はできません。また、他人の能力のレベルも、客観的には把握することが難しいことになります。自分の能力のレベルで、他人の能力のレベルも推し量り、世間を見、他人の話を聞いて、「判断」しているわけですから、自分より能力のレベルがずっと高い人がこの世には存在していて、同じことを見、同じ話を聞いて、自分とは全く異なった理解や判断をしていることがあろうなどとは、なかなか気づきません。従って、他人の判断内容も、自分のレベルで「判断」してしまいます。

更に厄介なことに、能力の高い人も、低い人も、人間としての外見はそれほど異なっていませんから、アインシュタインも見方によっては、「普通のオジサン」に見えてしまい、「自分とはそれほど違わない」と勝手に判断してしまったり、「欠点」を見つけ出して、「自分より劣る」と思い込んだりします。

能力の高い人ほど、更に自分より高い能力が存在することを推定でき、能力の低い人ほど、他人は全部自分程度の人間であると決め付ける傾向があるように思います。会社などの組織で、能力の高い部下が、能力の低い上司の下についた時の悲劇の例は、枚挙に暇がありません。

「よしのずいから天井のぞく」といわれると、梅爺は、脳天をドーンとどやされたように感じます。自分の視野の狭さを差し置いて、偉そうな振る舞いや発言をし、多くの方々に迷惑をかけてきたのであろうと恐縮しています。そうかといって、必要以上に、自分は無力であると畏れ入ってばかりいては、生きていけませんから、人間というものは真に厄介なものです。梅爺のブログも、「よしのずいから天井をのぞいている」に過ぎません。

| | コメント (0)

2007年9月 2日 (日)

厄介な形見分け

人が亡くなって、それ相応の遺産が残された場合は、相続人の間で、分配に関して揉めたりすることはあっても、負の遺産でもない限り、相続人が損をすることはありませんので、基本的には、ハッピーな結末が期待できます。

しかし、故人が、大切にしていたものの形見分けとなると、客観的に価値のある宝石、骨董品や高価な衣装類ならともかく、他人が故人ほど価値を感じない写真アルバムなどになどは、貰い受けを皆が渋ったりして、厄介な話になることが多いと、聞いたことがあります。

昔は、写真は貴重なものでしたので、残された写真の量もそれほど多くはありませんでしたが、今は、安価で手軽に写真が写せますから、膨大なアルバムが残っていますので、一層面倒なことになるのでしょう。

なまじ、故人が写っているために、残された人たちは、邪険に捨てたり、燃したりし難いという心理が働いて、結局、押入れの隅で、陽の目を見ないまま、放置されるようなことになりかねません。

以前に紹介した、チェコの作家、ミラン・クンデラの小説に、以下のような話があったことを思い出しました。

社交的な奥さんと、そのせいもあって普段は影が薄い夫の組み合わせの老人夫婦の話です。突然、元気だった奥さんが亡くなり、老人はやもめになるのですが、何を思ったか、突然亡くなった奥さんが写っている昔の写真を、片っ端から破り捨てるという挙にでます。長女は、父親である老人の心情が分かるような気がすると、発言しますが、次女は、「お母さんの形見の写真を破り捨てるなんて、気でも狂ったのか」と凄い剣幕で、父親に食って掛かります。

作者のミラン・クンデラは、これだけの状況描写をするだけで、父親(老人)の真意や、同情した長女の推測内容については、何も述べず、読者の判断に任せています。そのため、読者は老人の気持ちを、色々思い巡らすことになります。

他人事ではなく、我が家にも、梅婆が海外旅行などで撮り貯めた膨大な量の写真や、昨日ブログに書いたように梅爺が取りためたビデオ(DVD)があります。遺族に迷惑をかけないように、遺言の一節に「躊躇無く処分すべし」と書こうかなとも考えましたが、そのようなことまで口出しするのも、大人気ないと考え直し、実行はしていません。

梅爺は、死後「千の風になって」、遠い空から、自分の取りためたビデオが、邪険に扱われるのを見て、悲しんだりはしないつもりです。

| | コメント (0)

2007年9月 1日 (土)

ビデオカメラ

梅爺は、家族と一緒に、泊りがけの旅行に出かけるような時には、デジタル・ビデオカメラを携行するようにしています。1週間から10日間位の旅行で、かなりマメに撮影したつもりでも、結果的に延べ2時間以上の撮影をするのは、かなり難しいということが、今までの経験則から分かっています。別売りの4時間くらい連続撮影が可能な大容量バッテリーを装着していますので、長期の旅行でも、通常、途中でバッテリーを充電する必要はありません。このデジタル・ビデオカメラは155万画素の解像度があり、メモリー・カードにデジカメと同じような静止画写真も残すことができますので、ビデオと静止画の撮影で併用しています。

昔は、アナログ・ビデオカメラを保有していましたが、デジタルに変わってからは、機材全般の機能や性能が向上して、再生時に、かなり鮮明な画像が楽しめるようになりました。最近は、ハイビジョン対応の、家庭用デジタル・ビデオカメラも発売されていますが、梅爺は、それほどのめりこんだ「ビデオ・オタク」ではありませんので、現在の画質で満足していて、新機種購入までには到っていません。ハイビジョン対応機種なら、鮮明さに関しては、プロのレベルにひけをとらない撮影が、誰でもできるわけですから、世の中は進んだものです。

梅爺の友人には、撮影後、入念な編集作業を楽しまれる方もおられ、素晴らしいタイトル画面や、キャプション、ナレーション、バックグラウンド・ミュージック付きの素晴らしい作品がDVDになって送られてきたりしますが、不精な梅爺は、簡単なタイトルをつけた程度で、オリジナルのデジタル・テープの内容を、DVDに焼き付けて保管するに止めています。昔、アナログ・ビデオで撮影したものも、DVDに変換して保管してありますので、一応、梅爺のビデオ歴を示す「全作品」は、DVDで観ることができます。

ビデオの記録は、勿論「動き」のほかに、同時録音した「現場音声」が入っていますので、静止画の写真に比べると、一層の臨場感があります。梅爺は、観光地などでは、解説事項をつぶやきながら撮影しますので、再生時に参考になるのですが、時折、言わなくても良いことや辛らつなことを言ってしまったりして、家族の顰蹙を買っています。

撮影直後に、再生して観るのも、楽しいのですが、ビデオ記録の良い所は、かなり昔のものを観た時に、その時の状況を改めて鮮明に思い出せるところにあります。我が家の老犬が、ぬいぐるみのような子犬であったあった頃の映像や、今よりは、頭髪があった梅爺自身の映像を観たりすると、懐かしさと共に、時の経過を思い知らされます。

梅爺が、ボケ始めたら、更にボケが進行しない様に、刺激療法として、昔のビデオを梅爺に見せるように、今から家族に頼んでおこうかなと思いますが、効果の程は不明です。

| | コメント (0)

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »